The Heart Goes Last (Anchor Books)

February 07 [Wed], 2018, 5:43


日本でも有名なカナダの女流作家、マーガレット・アトウッドによるディストピア小説。
この本は今年最初のBooks Kinokuniya Tokyoのセールでゲットした福袋に入っていたもので、いつもながら福袋に入っていなければ、読んでいなかった本だと思います。
何とも奇妙な味わいの本です。
ディストピア小説なのですが、SF的要素も非常に強いのではないかと思われます。
背表紙の写真から微笑みかけるアトウッド、一体どんな人なんだろうかと思わずにはいられません。

物語の舞台は、アメリカの所謂ラストベルトと言われる地域。
ロボット工学関連の仕事をしていたものの、不況で職を失ったStanとその妻Charmaineは、自宅を失い車中泊を続ける日々。
Charmaineがバーで働いて稼いでくる、雀の涙ほどの給金が彼らの頼りです。
ストレスから夫婦関係も殺伐としてくるなか、Charmaineは勤め先のバーのテレビで、Consilienceというゲートコミュニティのコマーシャルを目にします。
このコミュニティでは、来る者に快適な衣食住を保障し、失業にも対策するというのです。
テレビの画面に映るベッドリネンにすっかり夢中になったCharmaineは、訝しむStanを説得し、二人でConsilienceに入るのですが、ここは構成員が一月ごとに市民と囚人の役割を入れ替えで演じることで成り立っている、大変奇妙なコミュニティでした。

正直言うと、とても面白いのですが、最後まで読むまでとても謎に満ちた印象を受ける作品でした。
まず、不況で職を失って車中泊生活をした挙句、ベッドリネンに憧れておかしなゲートコミュニティに入ってしまうというあたりからして、非常にシリアスな小説なのではないかと思って読んだんです。
ところが中盤以降は、「これは壮大なジョークなのでは」と思わずにはいられないような、シュールギャグのような場面が満載。
この作品をどう捉えてよいか分からないまま読み終わるところでしたが、最後になり、はっと作品のテーマがわかります。
この作品は、あくまで私の理解ですが、人間にとって自由な意思による決定というのはどの程度ありうるのかというのを、究極的に問い詰めた作品なのではないかと思います。

まず、この作品ではのっぴきならない人間の欲望・欲求が、深刻に、或いは滑稽に描かれており、それがその欲望や欲求そのものに切迫感を与えています。
まず、StanとCharmaineがゲートコミュニティConsilienceに入ったのは、まともな食事を摂ってとベッドでの眠りたいという、人間にとって極めて根源的な欲求でした。
またConsilienceに入ってからの彼らは、共に自らの性欲に翻弄されます。
性欲や性的嗜好がこの作品を読み解く上でのひとつのキーワードになると思いますが、アトウッドがストーリーの中心に性欲を据えたのは、おそらく性欲こそが最も自らの意思でコントロールしづらい欲求だからなのでしょう。
人間は自分の性的嗜好も、性欲の程度も、自らの自由な意思では決められません。
そういう意味で、食欲や睡眠欲以上に、性欲はコントロールし難いものです。
主人公のStanとCharmaineが、物語の中で自らの役どころを自分で決定することができず、暗中模索するように手探りでその都度目の前の出来事に直面せざるを得ないあたりは、非常に象徴的だと思います。
Consilienceへ来たこと、ここで自分の役割を果たすことを決めたこと・・・一見全て彼ら自身の決定のようですが、ラストベルトでの苦境がなければ、彼らは一体こんなところへ来たかどうか。

それだけに、ラストシーンは非常に不気味なものでした。
ここで詳細を述べることは避けますが・・・一体私たちは、例えば誰を愛するかなどといった非常に根源的な決定に対し、どこまで自由な意思を保っていられるのでしょうか。
愛するということだけではなく、どこへ住むか、何を食べるか、どんな仕事をするか・・・本当にどこまで、私たちは自分の意思で決定できているのか。
また、自由であることは幸福なのか。
この小説は完結していましすが、物語そのもの、そしてこれらの問いは、未来永劫続くのかもしれません。

それにしてもこのアトウッドという作家、本当に圧倒される筆力です。
三人称ですが、いろいろな人物の視点で重層的に物語を描くことに成功しており、ストーリーそのものは単純といえばそうかもしれないのですが、単調さを全く感じさせません。
従来の女性作家の多くに見られる「書く主体としての私」というような視点をあまり感じさせず、非常にニュートラルな印象を与えますが、そこにこの作家の個性を見るような気がします。
しかも特に後半は奇妙な諧謔に満ちており、ユーモアが卓抜かつ独特です。
日本の作家にはまずいないタイプではないかと思いますし、女流作家としても稀有な作風だと思います。
この作品が私にとっては初アトウッドになりましたが、すっかりファンになりました。
他の作品も読んでみたいです。

英語の難易度: ★★★☆☆
文法や語彙はさほど難しくないし、文型も非常にシンプルなのですが、スラング的表現が多いです。
英語そのものというより、英米文化的な考え方にある程度慣れた人向けですが、ストーリーを追うこと自体は容易です。
よって、★は3つとしましたが、実際は3.5個分くらいでしょうか。

flow:Issue 22

February 07 [Wed], 2018, 4:59


実は新宿のブックファースト(コクーンタワーの下)にも、flowの取り扱いがあることがわかり、早速買ってみたのが今回。
よく考えたら、ずっと前にもここでこの雑誌を見かけていたように思うのですが・・・表紙がお洒落なので、てっきりファッション誌だと思って手に取った事がなかったんですよね。
新宿の本屋さんでflowが手に入るというのは有難いことです。
実はこの雑誌、どういうわけか洋書が充実した紀伊国屋さんには置いてありません。
この素敵な表紙を見て興味を持たれた方は、ブックファーストか蔦谷書店を当たってみられると良いと思います。

紙好きの人のための雑誌と謳うだけあって、今回も自分で写真を貼れる可愛いフォトブックレットや、綺麗な絵のポスターなど、素敵な付録がついています。
組み立て式のものではさすがにないんですが、子供の頃に付録付き雑誌が大好きだった私には嬉しい限り。
しかしそれ以上に良いのは、やはり本誌の内容です。
今回は雑誌そのもののテーマでもあるマインドフルネスに加え、「創造性」がキーワードになっています。
オペラ歌手やクリエイターなど、そもそもクリエイティブな仕事に就いている人へのインタビューもありますが、「創造性とは何ぞや?」とか、「どうすれば創造性を磨けるのか」ということについても、多くの紙面が割かれています。
まず、創造性は芸術家などが「ひらめいた!」とインスピレーションを受けることだけではなく、問題解決能力なども含み、そういう意味では誰でも創造的になれると書かれており、なるほどと思いました。
それに加え、私たちが創造性を発揮できるような具体的なヒント・・・例えば友達と一緒に絵を描いてみるとか、携帯電話ではなくカメラで写真を撮ってみるなどといった、私たちにも出来そうなアイディアも詰まっています。

日本に関する記事もありました。
今号は「家」をテーマにした記事も多かったのですが、面積の狭い日本で、少ないスペースを活用しながら楽しく生活している人々の特集があり、なかなか興味深いものでした。
日本では狭い家に住むことが謂わば当たり前になっているので、そのことにフォーカスを当ててものを考えたことがなかったので、なかなか新鮮な特集でしたよ。

他にはピカソの愛人で、彼の二人の子どもの母親となった芸術家Francoise Gilotに関する記事もありました。
これなどアートが好きな人には、たまらない記事だと思います。
女性向けの雑誌なので、ピカソではなくGilotに注目したのでしょうが、これなど男性が読んでも興味深いのでは。

『暮しの手帖』『週末野心』『かぞくのじかん』など、「いかにより良く生きるか」ということに関する雑誌は日本にもありますが、内容が生活情報寄りであるのが特徴です。
勿論、コンセプトとしてこれらに近いものというのは洋雑誌にもあるのですが、中には広告が多いものもあり、日本で読むなら断然日本の雑誌のほうが充実していて面白いと思います。
ただflowは別格で、同じように「いかにより良く生きるか」をテーマとしていても、アイディアや心の持ち方のほうにフォーカスが当たっているのが面白いですね。
この雑誌には広告が入っていないのですが、日本で手に入りやすい英米やフランスの雑誌ではなく、オランダの雑誌の英語版であることも、他の雑誌と一線を画している要因かもしれません。
オランダでは印刷物の出版に対し、政府の補助金が出るそうで、そうしたこともこれだけクオリティの高い雑誌を作れている要因かもしれませんね。

参考URL: T-Site Lifestyle http://top.tsite.jp/lifestyle/magazine/i/29350312/index

英語の難易度: ★★☆☆☆
内容は大人の女性向け。しかし英語は平易で、大変読み易いです。

Sherlock Holmes: The Complete Novels And Stories, Volume 2 (Bantam Classics)

January 29 [Mon], 2018, 13:52


久々に格調高い古典イギリス文学の文章に触れ、大満足の読書でした。
格調高い古典とはいえ、読み易く読者に対してフレンドリーであるところがホームズシリーズの良いところ。
以前ご紹介した第1巻も素晴らしかったのですが、更に溌剌として闊達なホームズの推理力。
勿論ワトソンも健在です。
しかもこの巻の中には、事件簿執筆を担当するワトソンにケチをつけたホームズが、『「だったら自分で書いたらどうだ」と言われたものだから、今回は自分で書かなくちゃいけなくなった」と言いつつ、自分で事件について語るエピソードなども含まれていて、なかなか面白いです。
そこには「ワトソンの唯一の我侭といえば、結婚して暫くオレをほっぽらかしていた時だけだなあ」などというホームズの述懐まであり、ホームズはどんだけワトソンが好きだったんだ!と思うとくすっと笑ってしまいました。

第1巻のご紹介のときにも書きましたが、ホームズシリーズの魅力は、よくできたトリックに加え、キャラクターの魅力がやはり大きいです。
冷徹だけれど人から褒められるのが何より好きなホームズと、正直者で人が好く、奇矯な友人への賛辞を惜しまないワトソンは、非常に個性の際立つキャラクターですが、二人の関係性が興味深いです。
ホームズの才能に惚れきっているワトソンに対し、一見優位に立っているのはホームズのほうなんですが、その実ホームズは、最早ワトソンなしではいられないだろうと思うほど、ワトソンに対して強い思い入れを抱いているのがこの巻のエピソードで分かります。
例えばワトソンが犯人から発砲され、脚にかすり傷を受ける場面があるのですが、そのときのホームズはいつもの冷静さもどこへやら。
「怪我はないか!!」とワトソンに駆け寄り、「ワトソンに何かしたら、おまえを殺す!」と犯人をねめつけるありさまです。
その瞬間ワトソンは、「こんなホームズの一面が見られるのなら、大怪我したって価値がある」なんて考えるのですが・・・全く男が男に惚れるというのはこういうことかと、静かにアツイ二人の友情に、見ている(いや、「読んでいる」か)私はニヤニヤするような、「はいはいよかったね・・・」と言いたくなるような、羨ましいような。
ホームズもワトソンも、本当に愛すべき主人公たちですね。

そんな彼らの冒険譚も全て読み尽くしてしまったと思うと、とても寂しくなってしまいます。
実は原作者コナン・ドイルの手によるホームズ関連小説には全部で60ものエピソードがあるのですが、実はコナン・ドイルがホームズ小説を書くのをやめることを目論みつつ、それが叶わなかったことが途中2回もあったようです。
1度目は1893年、"The Last Problem"(第1巻に収録)でホームズを崖から落とし、死んだ事にしちゃおうとドイルが考えたときでした。
そのことを母親に話すと、既に息子が書くホームズ小説のファンになっていた彼女が怒り出したという逸話が有名です。
後世の読者はホームズのご母堂に感謝しなくちゃなりませんね(まさか、お母さんに怒られたから、8年後にホームズ作品を再び書き始めたということはないと思いますが)。
2回目は1917年、"His Last Bow"の執筆時。
ドイル自身はこの作品で、今度こそホームズのエピソードを書くことは終わりにしようと考えていたようです。
このとき既に、ホームズの小説が最初に出版されてから39年もの月日が流れており、およそ50のエピソードが発表されていました。
長きに渡って同じ人物を主人公にした作品を書き続けることで、自分の文学的な試みに困難が生じてしまうとドイル自身が感じていたことが理由だったようですが、その後読者からの熱い要望に押されるかたちで、更に12のエピソードが書かれています。
当時のホームズファンは、まさに今の私と同じ気持ちだったのでしょう。
40年近くも雑誌に掲載されていたのですから、中には最初のエピソードが発表された当時からのファンという人や、親子で、いや、ひょっとすると3世代で楽しんでいたという人もいたはずです。
ホームズ・ワトソンと知り合ってからまだ2年程度の私ですらこの気持ちですから、彼らは既に、ホームズもワトソンも長年の友人か親戚のように思っていたことでしょう。
だからこそ、彼らを主人公にした映画やテレビ番組が今に至るまで何本も製作されているのも理解できますし、二次創作的なスピンオフ作品も沢山書かれているというのも、大変よくわかります。

コナン・ドイルは、最後の一連のエピソードに寄せた序文で、ホームズとワトソンはあらゆる名作の架空のヒーローたちが住む、幸福なリンボ界にいると述べていますが、私にとっての彼らはそんな所にいるのではなく、読者である私の心の中にいます。
この本、図書館などの本ではなくて私自身の本棚の中にありますから・・・いつでもホームズとワトソンは、うちの本棚部屋でパイプをくゆらせているのですよ。

英語の難易度: ★★★☆☆
格調高い英語ですが、古臭い文章ではなく、寧ろかなり読み易いと思います。
非ネイティブの英語学習者であれば、スラングの多い現代小説よりはよほど簡単に読めるでしょう。
時折時代がかった単語も出てきますけれど、それほど多くはありません。

flow: 19 days of mindfulness (Sanoma Media Netherlands B.V.)

January 26 [Fri], 2018, 12:44


オランダの出版社から出ているマインドフルネスに関する雑誌の英語版。
雑誌とはいっても、この版は日本でいうところの別冊或いはムック的なもので、雑誌としてのflowは他に定期刊行されています。
日本では蔦谷書店の大型店舗などで、取り扱いがあります。
実際私がこの本に出会ったのも、冬休みに訪れた代官山の蔦谷書店でした。
この雑誌、表紙がとてもお洒落ですが、中身もカラーイラストや写真が満載で、とても素敵です。
イラストや写真をじっと見つめているだけでも楽しくなってきます。

マインドフルネスとは何ぞや?ということに関しては、以前Make Peace with Your Mindという本をご紹介したときに、少し触れたかと思います。
こちらの本では、マインドフルネスというのは「自分の心の動き・考え方の傾向への気付き」というふうに定義されていましたが、flowのほうの定義だともっと具体的で、「今ここに集中すること」というふうに捉えられています。
Make Peace with Your Mindのほうでも、ありもしない将来や変えようもない過去のことではなく、今このときに集中することの大切さが説かれていましたから、どちらの定義もかけ離れてはいないのだと思います。
そして今回ご紹介するflowでは、いかにして今ここに集中し、幸福度を高めつつ生きていけるかのヒントとなる内容が満載です。
flowのほうが内的かつ心理的ではありますが、料理のレシピなどもついていて、コンセプトとしては日本の『週末野心』に近いものがあるかもしれません。

このflowでマインドフルネス向上のために推奨されていることは、どれも素敵だったし良さそうなことばかりだったので、私も早速いくつか実践しています。
この本は読むだけではなく、自分で書き込むページや、クラフト的な紙の付録もいくつかついているのですが、実は私、殆ど既にやってあるのです。
(最後の付録、気球のモビールだけはお楽しみにとってあるんですが・・・。)
手を動かして何かを作ることで、マインドフルネスの境地に近づけると本誌に書いてあったので、早速付録のノートやぬり絵で実践してみたのですが・・・確かに、作業に没頭することで、集中するということがどういうことか、いかにこれまで自分が散漫だったか、思い知らされてはっとしました。
今ここに集中すること、余計なことを考えずに手を動かすことで、今ここにいることを楽しみ、創造性を発揮するということ・・・これをいかに私は疎かにしてきたか。

仕事のしかたなどのヒントのページにも、「一度にやるのはひとつのことだけにする」ということが推奨されており、日本のワーキングシーンとは間逆の考え方かもしれませんが、これはマルチタスクが持て囃される現代の社会に生きる私たちには、非常に示唆に満ちた指摘だと思います。
よく考えたら、あれこれいろんなことを同時にこなそうとすると、一見気が利いているようでもどの作業も疎かになりがちなのは当たり前のこと。
私はこれも最近実践していて、家事をやるときにはなるべくマルチタスクをやめ、ひとつの作業をするときは、敢えてほかの作業に手を出さないようにしています。
日本では家事をするとき、「空身で行き来しない」ことが良しとされることも多いですが、これだと四方八方に常に気を配っている状態ですので、必要以上に疲れてしまいます。
これはあくまでも私の場合ですが、敢えて空身で行ったり来たりしながら、一つの作業だけを一度にこなすようにしたほうが、家事が終わるのがはるかに早いことがわかりました。
あれもこれもしなくちゃいけない!と常に頭がパンクしそうになっている方は、是非「あれ」も「これ」も考えるのはやめて、目の前の一つのことに集中してみられることをお薦めします。
意外にいろんなことが出来るものだし、仕事が楽しめるのではないかと思います。

勿論毎日生きていれば、人間悲しい事も嫌なこともあるものです。
でもマインドフルネスという考え方を知っておくこと、そしてそれを実践してみることで、気持ちが楽になることは沢山あると思います。
残念ながら日本語版はないのですが、とても素敵な雑誌で、英語も易しいので、最初の英雑誌としても最適だと思います。

英語の難易度: ★★☆☆☆
英語はとても平易。高校生でも楽に読めるかと思いますが、編集・執筆をしている方がお子さんのいる既婚女性ということもあり、内容はお仕事や生活のことが中心です。
ただ、オフラインの勧めのページや名言集、料理のレシピ、マインドフルネスそのものに関する記事などは、誰でも楽しめる内容だと思います。

A Walk in the Woods (Anchor Books)

January 11 [Thu], 2018, 5:14


この本、年末にお正月休み用として用意したもののなかの一冊なのですが・・・このクマ公の表紙にやられました。
いつものBooks Kinokuniya Tokyoで平積みにされていたこのクマ公なんですが、「読んで!」と言ってるようにしか見えなかったので、買って帰ってあげようかな・・・と(笑)。
実はこの本、平積みにされていたから最近の本なのかなあと思ったら、1998年初出の本で、意外にも20年ほど前の作品でした。
それでも平積みされるほど面白いのね・・・と読んでみたら、確かにものすごく面白いのですが、恐らく平積みにされていた理由は、2015年のベルギー映画『ロングトレイル』の原作だからだろうと思います。
映画の原作とはいっても、この作品は完全なるノンフィクションです。
日本語でも『ビル・ブライソンの究極のアウトドア体験 北米アパラチア自然歩道を行く』というタイトルで中央公論新社から出版されているようなので、私は全然知らなかったけれど、結構有名な本なのではないかと思います。

この本、"Redescovering America on the Appalachian Trail"と副題にある通り、作者のBill Brysonがアパラチア山脈を貫くトレッキング道「アパラチアントレイル」に挑むというもの。
とはいえ本の出版当時、Brysonは既に46歳の中年で、しかもトレッキングには不慣れな様子です。
トレッキングコースというと、日本人は何やらハイキングの延長で楽しめるような場所を想像してしまいがちですが、このアパラチアントレイルは2000マイルを超える道程で、なんとアメリカ東部14の州を縦断しています。
この半端ないスケールのためにやはり道中は過酷で、害虫や感染症、熊や豹などの猛獣など、不安要素は沢山あったのですが・・・。
それでもBrysonは、これまたトレッキング経験なんか殆どなく、しかも肥満体の友人Katzと一緒に、「山があるから登るんだ」的なノリで、アパラチアントレイルに挑んでしまうのです。

とはいえ、Brysonは全行程を一気に歩き通すのではなく(驚いたことに、そうする人もいるそうで)、いくつかの期間に分けて歩き、その都度車で前に歩き終えた地点へ行き、そこから再び出発するという方法を取ったようです。
そうはいっても、やはりアパラチアントレイルが過酷であることには変わりなかった様子。
道中、ちょっと変わった人が勝手に仲間に加わってしまい、対処に困惑したり、折角の荷物、それも食料や防寒具などの大事な物を仲間のKatzが「重すぎる」という理由で勝手に途中で棄ててしまったり、はたまたロッジに泊まろうと思ったのに、軍隊みたいな簡易ベッドしかないところで泊まる羽目になり、そのベッドもなぜかひどく汚れていたり・・・という、マヌケな事態にも見舞われるのですが、やはり自然相手ですから、笑えない話もあります。
暑い山の麓を歩いていたと思ったのに、夏なのにも関わらず頂上近くは酷寒で、しかもウィンドブレーカーを持っておらず、判断力が鈍ってしまったという話などは、仲間がいなかったらBrysonは生きて帰れなかったかもしれないと思うとぞっとします。
実際、アパラチアントレイルでは悲しい事にいろいろな理由で死亡する人が結構いるのですが、寒さで命を落とす人もいるとのことです。
他にも、実際にはどうであったかわからないのですが、熊と思しき野生動物に野営中遭遇し、テントの中でまんじりもできぬまま一晩を過ごす話など、やはり森の中に入るときは、それなりの覚悟が必要なのだと思わせられるエピソードが沢山あります。

Brysonは自分の体験と織り交ぜながら、アパラチアントレイルの自然の歴史、アメリカの自然保護活動についても多くのページを割いており、このあたりも非常に面白いところです。
私はアメリカといえば、勝手に自然保護活動の先進国だと思い込んでいたのですが、実はそうではない実態がこの本では指摘されています。
実はアパラチアントレイルの中には公道が通っているのですが、その道路開通のために予算が使われていることが多いということや、森林の保護とはいっても、実際にはただ見守るだけ、つまり実質放置されていることが多いということなど、自然を取り巻く現実に対するBrysonの指摘は、適確かつ手厳しいものです。
森の環境を悪化させたのは、勿論過剰な森林の伐採といった要因もあるのですが、もっと複雑な要因もあります。
19世紀末から20世紀初頭に、それまでずっと森で生きてきた巨大な栗の木々が、輸送の発達でアジア方面から持ち込まれた菌類のためにほんの数日で枯れてしまったということがあったそうですが、そうしたことは外来生物などに悩まされる今の日本の自然の状況とも通じるものがあります。

ご紹介した通り、この本ではいろいろな話が読めるのですが・・・作者のBrysonの視点がものすごく人間的で、それだけにただの「良い本」で終わってしまっていないところが最高です。
熊が出るんじゃないかと思えば、熊対策本を読み漁って却って不安になったり、自然保護の話をしたかと思えばロッジの料金が高い!とぼやいたり・・・そんな作者に親近感を覚え、途中からはずっと応援している気分で読みました。
読み終わったら私も是非山に行ってみたく・・・は、ならなかったんですが(だって過酷そうですから)、自然への畏怖と同時に、文明の有難さもよくわかる本です。
公園の木を見る目も、ちょっとだけ変わるような・・・そんな素敵な読書体験でした。

英語の難易度: ★★★☆☆
文型も単語もシンプルですから、難しいことはなく、楽しく読み進められます。
とはいっても高校生だと少しきついかもしれません。
ある程度英語を学習した人のほうが読み易いだろうということで、★の数は3つにしました。

 


Endless Night (Harper)

January 04 [Thu], 2018, 9:52


Agatha Christieによる1867年の作品。
『終りなき夜に生まれつく』というタイトルで、早川書房から邦訳も出ていますが、『オリエント急行殺人事件』や『そして誰もいなくなった』のような、クリスティファンでなくても知っているような作品ほど、有名な作品ではないと思います。
実は私自身、お正月休み向けに本を沢山用意しようと思ってBook Kinokuniya Tokyoへ行ったときには、もっとメジャーな作品を狙っていたんです。
ミステリーの棚に、いつもならクリスティ作品がずらりと並んでいるんですが・・・そのなかでもメジャーな作品だけ、歯が抜けたようにごっそり売り切れていたんです!
そこで残っていた作品の中から、表紙が好みのものを選んで買ってきたのですが・・・これが大当たり。
けれどもメジャーな作品が本屋さんに残っていたら、きっと手にとっていなかったでしょうから、これも出会いですね。

主人公はMichel Rogerという名のイギリス人の青年。
22歳という若さではあるのですが、短期の仕事はするものの定職に就くことはなく、何となく落ち着かない。
そんな彼はひょんなことから、Gypsy's Acreという土地に迷い込みます。
ここは古くはジプシーたちが棲家としていた場所で、地元では呪われた土地と言われているのですが、これがまた奇妙なきっかけで、Michelの持ち物となるのです。
というのも彼は、ほぼ行きずり的に知り合った裕福なアメリカ人の令嬢と恋に落ちて結婚し、彼女がこの土地を購入するというところから、土地を所有することになったからです。
しかし、著名な建築家に依頼してここに美しい家を建てたものの、何かがしっくりこない・・・。

Agatha Christieに描けない人物像はないのかと思わせるほど、一人称での若い男性主人公の語りが巧みです。
ラストはまさかと思う結末ですが、この全編を漂う奇妙な違和感にたっぷりと浸りたい作品です。
作中描かれる場面は美しいし、家もスタイリッシュなのに、そう、何かしっくりこない・・・。
この違和感に対する説明が、最後は巧みに展開されるのですが、なるほどと思うと同時に背筋が凍ること間違いなしです。
クリスティ本人は何を思ってこの作品を書いたのだろうと思わせられるのですが、書いている間、彼女はとても楽しかったのではないでしょうか。
これを書いたとき、現実の彼女は既に76歳の老境の女性だったと思うと、物語の語り手としてハンサムな若い男性になることは、尚更楽しかったのでは。
しかしそれにしても、シンプルな言葉で映像的に事物を描きつつ、人物の心情にじわじわと迫る手腕は本当に素晴らしく、まさに一読の価値のあるものです。
クリスティが好きな方でも、まだ読んでいない向きも大勢いらっしゃる作品かと思います。
英語学習者の方であれば、是非原語で挑戦なさってはいかがでしょうか。

英語の難易度: ★★☆☆☆
内容からして中学生だとやや難しいかもしれませんが、高校生卒業程度なら十分読めるかと思います。
語彙・文型ともにシンプルかつ簡潔です。
クリスティの他の作品と比較し、語り手の違いによる筆致の差に注目するのも面白いかと思います。

Walt Disney's Donald Duck: The Secret of Hondorica (Fantagraphics Books, Inc.)

January 02 [Tue], 2018, 6:37


2018年最初にご紹介する本は、Fantagraphics Books, Inc.から出ているディズニーのコミック、ドナルドダックの"Secret of Hondorica"。
作者はカール・バークスです。
この作品集、50年代の半ば頃に書かれた作品群を集めたものなのですが・・・実はこの時期、マッカーシズムの嵐がアメリカ中を吹き荒れていた頃で、漫画も検閲の対象になっていた時期だったのです。
勿論ディズニー漫画も業界の自主規制ルールに則っていたわけですが、このルールのために廃業したり、職を失ったりした漫画関係者が当時沢山いたとのことです。
そのなかで、風刺的作風を得意とするバークスも苦労したことと思われますが、よくぞ彼はこれだけの作品群を描ききりました。
バークスの作品は、今読むと長閑な良い作品が沢山あるのですが、それでもバークスは、子どもが寝る前にドナルド漫画を読み聞かせていた母親から苦情の手紙をもらったことがあるそうです。
それに対し、彼が返事を自ら書いていたというのが驚きですが・・・今でいうと、SNSで炎上しかけて本人が出てくるといったような感覚でしょうか。
しかし、漫画が規制されて多くの漫画家が職を失っていた時代とはいえ、まだSNSなんてないですからね、政情がどうであるにしろ、のんびりした時代ではあったのでしょうね。

頭も悪くないしアイディアもある、それなのに何故か物事がうまくいかないドナルドの人間らしさが、これでもかというほどよく出た作品群です。
最後には「僕って役立たずだな」とドナルド本人がぼやいて締めくくられる作品も散見されますし、賢く行動的な甥っ子たちを見て、「僕って一体何なんだろう・・・」と、「カッコ悪い大人」の代表みたいなドナルドが落ち込むシーンの見られる作品もあります。
しかし、どんなに物事が裏目に出ても、ドナルドは決してへこたれないんです。
次の作品ではまた、前の作品同様、突飛なアイディアを思いついてはドタバタやっています。
時には甥っ子たちとのレースにどうしても勝ちたくてズルをしようとするあたり、大人気ないドナルドなんですが、そのあたりがとても魅力的でもあります。

特に10ページの小品”The Olympic Hopeful”は、そんなドナルドが最後に幸福な結末を迎える話として、私はとても大好きです。
ダックバーグからオリンピアンを出そう!と意気込む街の人々に見守られるスポーツ競技会。
そこへ運動なんか全然得意じゃないのに、何故か志だけは高いドナルドが出場してしまうのです。
「おじさん、スポーツは全然ダメなのに!」とドナルドを揶揄する甥っ子たちですが、他の体格の良いスポーツマンたちがひょんな理由で脱落する中(例えば、母親に「こんなことしてないで試験勉強よ!」と連れて行かれるなど)、どの競技でも下手糞そのもののドナルドが勝利を収めてしまうのです。
しかし鍛えていない身体はへろへろだし、大勢居る観客は不満の野次を飛ばすしで、ドナルドは散々。
そうこうするうち競技場を嵐が襲ってきて、司会者も観客も他の選手も、皆家に帰ってしまいます。
そして嵐の中、1500メートルを走りきるのは(というより、へとへとで「歩ききる」に近い)、ドナルドひとりということに。
サポート役の小さい甥っ子たち以外、誰も見守る者もないなか、ドナルドはトラックの上に倒れこむようにゴールインします。
そして後日。
ドナルドが自宅で寛いでいると、ラジオから、結局ダックバーグからオリンピアンを輩出することはできなかったというニュースが聞こえてきます。
恥ずかしそうなドナルドでしたが・・・。
甥っ子たちは「最後までやり遂げたのは、おじさん一人だけだよ!」といって、ドナルドに手作りの優勝カップを渡すのです。
そしてこの作品は終わります。


この話、よくよく読むと何も報われてはいないんです。
ドナルドはものすごく努力したけど、競技の途中から既に、彼自身にも自分が自信過剰であったことや、現実の壁の厚さが、嫌と言うほど見えています。
努力しても現実に阻まれ、他人から嘲笑われ、最後はグロッギーになりながら折角ゴールのテープを切った挙句、見ている人なんか誰もいないんです。
けれども最初はドナルドをバカにしてた甥っ子たちが、最後に彼のことを誇らしく思うくだり、私はとても大好きです。
諦めず最後まで、カッコ悪くても努力することの素晴らしさ、美しさがよく出た作品で、この作品集に最もぴったりな作品だったと思います。

英語の難易度: ★★☆☆☆
元々児童向けとはいえ、絵本のように簡単というわけではないのですが、本編は絵にリードされてすらすら読めます。
但し解説は大人向けです。

Make Peace with Your Mind (New World Library)

December 31 [Sun], 2017, 20:26


皆様、こんばんは。
今日は大晦日・・・2017年最後の、本の紹介となります。
今回ご紹介するのは、"Make Peace with Your Mind"という、セルフヘルプの本です。

実は私、図書館に行っても書店に行っても、自己啓発やセルフヘルプ系の棚へ行くことは、これまで全くといっていいほどなかったのです。
それがこの年末、クリスマスの少し前に体調を崩してしまったのですが、その後なし崩し的に精神的にもどん底の状態になりました。
精神的にも肉体的にも自分をコントロールしづらい状態になり、小学生の息子にもすっかり心配を掛けてしまいました。
子どもに心配を掛けてしまったということで、ものすごくまた落ち込んでしまい、藁をも縋る思いでいつもの新宿の洋書屋さん、Book Kinokuniya Tokyoのセルフヘルプの棚に駆け込み、見つけたのがこの本だったのです。
実はこの本を読んだあとから思い返してみると、あの時私は、心身ともに疲れていたのだと思います。
しかしそれを認識できていなかったところから、問題が大きくなってしまったようなのです。

実は新宿でこの本を見つける前、たまたま移動中でJR東京駅にいたので、構内にある和書の書店にも行ってみたのです。
すると、それほど広くはなく細長い店内なのですが、入り口から結構なスペースが、生き方指南の本ばかりで占められていました。
ビジネスマンが多い東京駅という場所柄のためなのか、迷える旅人が多く利用するからなのかはよくわからないのですが、とにかく入ってすぐが自己啓発や行き方指南の本ばかりというのに驚きました。
私もいくつか手に取ってみたのですが、わざわざその後新宿の洋書店に行ったのは、日本で書かれたそれらの本に対して、強い違和感を感じたからです。

日本にある自己啓発やセルフヘルプ、生き方指南の本というのは、読者にある考えを提示し、このように行動しなさいと指示する内容のものや、「あなたはあなたのままで良い」と述べつつも、読者が自分の考えを変えるよう促す内容のものが多いように思います。
中には、読者を叱責したり、「こうしなければ大変なことになる」などといって、脅すような内容のものさえ見られて驚きました。
社会的影響力を持つ著者が自分の個人的な生き方に基づき、それを一般化して見解を述べる内容のものも多いです。
しかし西洋のセルフヘルプ系のものというのはやや違っていて、精神医学やセラピーの専門化が著者であることが多いです。
それだけに、内容も精神医学や脳科学に基づいた実践的かつ科学的なものが多く、日本で言うところの行動療法に近い内容を提示したものが多くあります。
今回ご紹介する本もそうしたものの中の1冊で、著者のMark Colemanはメディテーションの専門家として、国際的に活躍している人です。

この本の内容を実践する上で大切なキーワードは、mindfulnessという言葉です。
日本では聞きなれない言葉ですが、これは自分の内面や心の動きを自分で知り、認識することであり、昨今の欧米のセラピー業界では広く知られた用語なのだそうです。
その上で驚かされたのは、「あなたの考えはあなた自身ではない」という内容です。
この本では、「考えなどというものは雨が降ったあとの森に生えるキノコのように、ポコポコ出てくるものだから、それに固執することはない」という見解を示しています。
最近の科学では、人間は一日のうちに何千ものことを考えていることが分かっているということですから、驚かされてしまいます。
それだけに、人間の心にはちょっとしたきっかけによっていろいろな考えが浮かんでくる性質があるそうです。
どういうトリガーによってどういう考えが浮かぶのか、どうしてそうなるのか、その癖を知っておくことで、必要以上に自分を責める心の声から距離を置く事ができるというのです。

この考え方は、私にとっては非常に新しいものでした。
なぜなら、日本の自己啓発書には、とにかく「他人を変えることはできないのだから、あなたが考え方を変えるべき」という内容のものが多く、とにかく「考え」というものに固着しているものが多いからです。
これでは本当に悩んでいる読者は救われません。
「ああ、このように考える私が悪いのだ」と、いよいよ自分を責めることになるからです。
しかし「あなたの考えは、あなた自身ではない。考えの後ろに、誰かがいるわけではない。それはただの言葉の集積だ」ということを知ることで、心が大分軽くなります。

各章の最後には心のトレーニングになる実践的なメディテーションのエクササイズがついていて、気持ちが落ち込んでどうしようもなく思えるときなど、具体的に役に立ってくれるはずです。
勿論それで、今ある問題がうまく解決するわけではないのですが、自分を赦すということ、自分をコントロールするというよりも寧ろ正しく自己認識をし、うまく自分と付き合う方法を実践的に示している点で、この本は非常に有益です。
こんなにいい本なのに、日本語版が出ていないのが不思議ですが・・・まず自己の存在を認め、その上で自分を赦したり癒したりしながら上手く付き合うという考え方は、そもそも自己の存在を消すことから始まる日本の精神文化とは馴染まないものなのかもしれません。
しかし私にとっては、この本は宝物となりました。
この本に出合えたこと、本当に感謝しています。

英語の難易度: ★★★☆☆
文型や語彙が難しいわけでは決してないのですが、内容が大人向けです。

The Life & Adventures of Santa Claus (Penguin Books)

December 29 [Fri], 2017, 18:56


サンタさんは、どうして世界中の子どもたちに一晩でプレゼントを届けられるの?
どうしてクリスマスの夜には、靴下を暖炉に吊るしておくの?
どうしてサンタさんは、煙突からやって来るの?
・・・などなど、サンタさんに纏わるさまざまな疑問を子供の頃に抱いた方も沢山いらっしゃるかと思います。
この本は、まさに子どもたちのこうした疑問に答えてくれる本で、彼に関する伝説の起源を語るという体裁のお話です。
しかしこの本は、「サンタさんは、元は小アジア出身の聖ニコラスがその起源で・・・」などと解説するような、教養的な内容では全くありません。
作者は『オズの魔法使い』で有名なライマン・フランク・ボームで、このお話もボームの作品らしく、夢のある御伽噺に仕上がっています。

人間の捨て子ながら優しい妖精の養母に育てられた少年クラウスが、長じて人間の世界へ戻って子どもたちに玩具を作るようになり、やがてそれがサンタクロースとしての彼の仕事へと繋がっていく・・・という、要約すればそれだけの話です。
しかしこのお話は、クリスマスに読むのに相応しい、夢のある、心温まる物語です。
子どもたち、特に病を抱えていたり、体が不自由だったりする者たちに対する、若きクラウスの優しさ。
その昔、クラウスがまだ若かった頃、世界中の親たちは子どもたちを構うことなど殆どなく、子どもは皆寂しさを抱えていたということ、そして唯一子どもたちを愛した大人が、クラウスだったということ。
クラウスが子どもたちのために玩具を作る家がある、小川の流れる美しい緑の谷。
妖精たちの助けを借りながら、クラウスが作る玩具の、なんとまあ美しく、可愛らしいこと。
クラウスが子どもたちに玩具を与え、子どもたちが幸せになると同時に、大人たちの心も温まっていきます。
一人の人間の良心と愛により、世界が良い方向に変化していくとう内容も相俟って、読み手の心に心地よい温もりを与えてくれるこの作品ですが、良い妖精・精霊たちと悪い精霊の戦いなどというスリルある展開もあり、そのあたりはやっぱり、『オズの魔法使い』を髣髴とさせるところがあります。

この本は、PenguinのChristmas Classicsというシリーズ(全部で6冊あるそうです)の1冊で、表紙がとても綺麗なハードカバーになっています。
Mary Cowles Clarkによるイラストも初出当時のままで、レトロながら可愛らしく、子どもの本に相応しいものです。
英語を勉強している学生さんへのプレゼントにも、素敵だと思います。
興味を持たれた方は、来年これをサンタさんにお願いするというのもいいですね!

英語の難易度: ★★☆☆☆
1年生ではさすがに難しそうですが、中学生でも英語の得意な人であれば、3年生くらいなら読めるのではないでしょうか。

The Letters of Vincent van Gogh (Penguin Classics)

December 25 [Mon], 2017, 23:31


息子がゴッホの大ファンなので、今年はよくゴッホの展覧会を観に上野の美術館へ行きました。
そんなこんなで、もっとゴッホのことが知りたいと思って手に取ったのがこの本です。
ゴッホが生前に書いた膨大な手紙の中から、特に彼の芸術の理解の助けとなる内容のものを収録したのがこのPenguin Classics版です。
収められた手紙の殆どは、画商であり、ヴィンセントの理解者でもあった弟テオに宛てて書かれたものなのですが、中には妹ウィルや批評家、ゴーギャンなどの他の画家に宛てて書かれたものもあり、非常に興味深い内容です。

ただ、興味深い内容ではあるのですが、私個人にとっては読んでいてとても辛くなる内容でもありました。
ゴッホが精神を病んでいたこと、今でいうところの双極性うつであった可能性が高かったことは非常に有名な話ですが(そのあたりは、Penguin Non-Fictionから出ている、The Yellow Houseに詳しいです)、手紙の内容から、ヴィンセントの気分の浮き沈みを見て取ることができるからです。
自身の芸術の理解者でもあったテオに対し、今後の作品の構想などを、豊かな色彩表現を交えて情熱的に語っているときの彼は、非常に気分が高揚していたのではないかと思います。
しかしあれほど素晴らしい絵を描いたのに、死の直前まで評価されることがなかったために経済的には苦境に陥らざるを得なかったヴィンセントは、経済的にテオの庇護下に入らなければならないことを心苦しく思っていたらしく、そのことを暗示する内容のときには、やはり精神的にかなり辛かったのではないかと思われました。
「自分は社会的に無用の存在」としながら、描き続けることで精神の均衡を漸く保っていたヴィンセント。
彼は感覚的であると同時にロジカルで、知性の豊かな画家でもありましたが、まさにそのことによって、彼は精神的に追い詰められていった面が強かったのではないかと思われます。

読んでいて辛くなることもある本なのですが、ヴィンセントが精神や肉体の病に苦しみながら、それでも絵画を通じて肉迫しようとした真実とは何だったのか、それを知るには必読の本といえます。
「どうしても自然にあるがままのように、完全に描くことはできない」とテオへの手紙で述べた彼ですが、優しさと知性、そして敬虔な精神のうちに秘める強い情熱が伝わる彼の作品に対し、畏敬の念を覚えざるを得なくなる本です。

ヴィンセント・ファン・ゴッホは語学の達人で、英語も堪能でした。
私は残念ながら、彼の母語であるオランダ語は話せませんが、もしタイムトラベルができるのだとしたら、最も辛く、孤独な状況で絵を描き続けたゴッホのところへ行って、「あなたの芸術はとても素晴らしいもので、世界中が賞賛するに値するものですよ」と英語で伝えたいような気持ちです。

英語の難易度: ★★★☆☆
原文が英語のものもありますが、オランダ語から英語へ翻訳したものが殆どです。
知性に溢れ、読書家であったヴィンセントの語彙は豊かですが、手紙ですから文構造はシンプルです。
ただ、文学作品ではないので、話題がいきなり飛んだりすることはあります。
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洋書を読むのが大好きな英語学習者です。東京都在住、一児の母です。宜しくお願い致します。
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