キューバ音楽一口メモ61

July 27 [Thu], 2006, 18:38
☆キューバのトラディショナル・ソンの大御所
パンチョ・アマートが昨年に続き、長期来日公演

 ○渋くて切なくて、なにせええ感じ
  いうまでもなく、トレス・ギター奏者として当代随一の腕達者であり、
  ミュージシャンズミュージシャンといわれ多くの人から敬愛される存在

※8・1(火)〜31(木)
 舞浜シェラトン・トーキョー・ベイのガーデン・バーベキュー2006

※9・1(金)
 静岡 市民文化会館中ホール
 参照ブログ
 「コニタス」〜ライブ告知 パンチョ・アマート静岡公演
 http://blog.goo.ne.jp/koneeta
 静岡大学の先生をなさっている方で、
 我がつたない記事キューバ音楽一口メモ37の
 パンチョ・アマートにコメント・トラックバックなどを
 いただきました。静岡近隣の方々で興味のある
 場合、ぜひのぞいてみられることをおすすめします

ラテン音楽一口メモ40

July 24 [Mon], 2006, 7:05
Amor a la Mexicana THALIA EMI H2 7243

ターリアは本名アリアドナ・タリア・ソディ・ミランダでメキシコシティに生まれ
子どもの頃から芸能界入りし、その後テレノべラの看板女優として活躍した。
そして音楽活動でも、着々と地歩を固め、やがて97年頃には中南米を席捲
欧米・日本などでも知られるようになり、西語・英語の作品で世界進出した。
持ち味はルーツ系からコンテンポラリー系までこなす幅広い音楽性であり、
プリミティブな女性の魅力を核にして、自身を多面的に表現するミューズ
あるいはディーバと称される存在感である。そのうえで80年代に先達の
グロリア・エステファンがなしたラテンのインターナショナル化を00年代に
引き継いだことで、シャキーラと並び現代ラテンのスーパースターとなった。
ただ個人的にはこういうラテン風ポップス系音楽はちょっぴり苦手であるが。

キューバ音楽一口メモ60

July 18 [Tue], 2006, 11:29
☆映画 ミュージック・クバーナ のこと
 ※イントロダクションより引用
 <これらの言葉が全てを物語っているかのようだ>
これは伝統的なキューバ音楽と現代的なキューバ音楽が
出会う瞬間を映し出すミュージシャン世代間の物語である。
さらには情熱の国 キューバへの旅の誘いでもあると思う。
人々の心は揺さぶられ、熱情と愛情と希望に満たされる。

 ※心が歌いだす キャスト
故ピオ・レイバ、マジート、エル・ネネ、ティルソ・ドゥアルテ、
オスダルヒア、テルマリー、チキチャカ・ガールズ、
コトー(トレス・ギター)、プピー(ピアノ)

 ※参照 「オフィシャルサイト」
http://www.music-cubana.com/
関西上映は8・5(土)より 大阪のテアトル梅田にて

ラテン音楽一口メモ39

July 15 [Sat], 2006, 7:02
El Barzon Amparo Ochoa TKF−CD−22

アンパーロ・オチョアはメキシコ北部の小さい村の
音楽好きな労働者家庭に生まれ、よく勉強して育った。
やがて1969年に、安定した小学校の先生の職を捨て、
歌手になるため、首都のメキシコ・シティに出ていった。
それから徐々に各地の民謡や他の中南米諸国に伝わる
大衆音楽を学び、地道にキャリアを積み認められていった。
そうして古き良き時代の大衆音楽を現代に歌い継ぐ歌手、
世界各地でメキシコ文化を代表して公演する存在となった。
本作は初期の代表作のひとつで、ほとばしるような情熱と
独特の洒脱な歌唱がとてもよく感じられる逸品だとおもう。
残念ながら1994年に、病気のため天に召されたのだが、
その颯爽とした歌声は人々の心にいつまでも残るとおもう。

ラテン音楽一口メモ38

July 10 [Mon], 2006, 6:23
Lo Mejor Tania Libertad IEMPSA 1544

タニア・リベルターは自由という言葉を名前に持つ、ペルー生まれで
今やメキシコの新しい歌の女王と称される艶やかな美しい歌手である。
本名 タニア・リベルター・デ・ソウサ・スニガで、1951年ペルー北部の
小さい町で生まれ、5才の時からプロの少女歌手としてボレロなどを
歌い、アイドル歌手として華々しい活躍をしていた。それから1980年、
より一層の飛躍を求め、全てを捨ててペルーを去り、メキシコに渡った。
そして一からキャリアを積み重ねていく中で、トラディショナル音楽から
コンテンポラリー音楽を歌うオールラウンドなシンガーとなっていった。
とりわけ彼女の真骨頂は自らの血流でもあるペルー海岸部に伝わる
アフリカ色豊かなアフロ・ペルー音楽の切ない響きの歌唱だと思う。
本作はバラエティに富んだベスト盤でなかなか素晴らしいものだと思う。

サザン・ルーツ再び

July 04 [Tue], 2006, 6:22
☆米独立記念日に寄せて
 「アメリカ」(戦後詩の巨星 鮎川信夫 詩の一節 1947年)
もっと荘重に もっと全人類のために
すべての人々の面前で語りたかった
反コロンブスはアメリカを発見せず
非ジェファーソンは独立宣言に署名しない
われわれのアメリカはまだ発見されていないと

☆ETV特集「楽都は再び歌う」に寄せて
 ニューオーリンズ 不屈の音楽家たちのハリケーンからの復活
マイケル・ハリス(ベース奏者・52才)はこう言った
<立派な家も贅沢な暮らしもいりません、
 ただ音楽を通して心穏やかでいたいんです>
山岸潤史(ギター奏者・53才)はまた歩きはじめた
1975年ボーカルの永井ホトケ隆とともに
ウェストロード・ブルースバンドを率い<ブルース・パワー>で炸裂
2006年地元バンドのパパ・グローズ・ファンクでまた弾きはじめた

☆懐かしい歌がどこからか聴こえてきた
シティ・オブ・ニューオーリンズ ウィリー・ネルソン
ウォーキング・トゥ・ニューオーリンズ ファッツ・ドミノ
マルディグラ・イン・ニューオーリンズ プロフェッサー・ロングヘアー
ジャンバラヤ ネヴィル・ブラザーズ(あるいはハンク・ウィリアムズ)

キューバ音楽一口メモ59

July 01 [Sat], 2006, 6:09
Carambola MACHITO&Afro-Cubans Tumbao TCD-024

マチートはフロリダ州タンパ生まれのキューバ人で、少年期に
ハバナに移住し、その後30年代になってニューヨークに渡り、
音楽の道に入りクァルテート・カネイなどで歌手として活躍した。
そして40年代には自らのバンド アフロ・キューバンズを結成
して、一躍スターダムに駆け上った。それからティト・プエンテ、
ティト・ロドリゲスなど後に大スターとなる才能あるアーティスト
を数多く輩出した。それゆえ50年代にはキング・オブマンボと
称され、ペレス・プラードと共にマンボ全盛期の中心を担った。
本作品について、歌はマチートと実妹のグラシエラの熱唱で、
演奏はトランペットのマリオ・バウサ、ボンゴのホセ・マングアル
コンガのラルフ・ミランダ、ティンパレスのウバルト・ニエトという
黄金のリズムと呼ばれた、腕利きたちによる迫力のサウンド。
このアフロ色の濃いディープな演唱は、既にキューバ音楽の
古典とみなされているが、今でも全く色褪せていないと思う。
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