ラテン音楽一口メモ36

April 26 [Wed], 2006, 7:19
<パラグアイ フォルクロレ>
Paraguay Los Tres Paraguayos Monitor MCD 61490

ロス・トレス・パラグアジョスは、1950年代はじめにパラグアイ音楽を
ラテンアメリカ中やヨーロッパ各国に普及させようと肝いりで結成された。
1950年代中頃にはイタリアを皮切りに欧州8カ国を訪れて活動をした。
そしてベルギーにて3枚のアルバムを録音し、大好評を博す人気だった。
パラグアイ・ラテンの原点であり、フォルクロレの不滅の金字塔といえる。
国民的楽器であるアルパ(インディアン・ハープ)の調べは美しく哀しい。

ラテン音楽一口メモ35

April 22 [Sat], 2006, 8:08
<ボリビア フォルクロレ>
Lo Mejor Los Kjarkas IEMPSA-01002

ロス・カルカスは1960年代に、元々はエルモーサ兄弟による
同族のグループでボリビアの伝承曲を趣味的に演奏していた
アマチュア・バンドであった。そして1974年頃に、リーダーの
ゴンサロ・エルモーサを中心に再編成され本格的な演奏活動
を行い、ボリビア国内からラテンアメリカ中で人気を博しだした。
また1984年に初来日をして、ヤマハ世界歌謡祭に出演して
大きな好評を得たため、日本でもその名を知られるようになった。
その演唱のスタイルとスタンスは自分達のオリジナルと伝承曲
のみというシンプルさで、そのわかりやすさが心地よいと思う。

ラテン音楽一口メモ34

April 17 [Mon], 2006, 7:35
<メキシコ フォルクロレ>
Tierra Mestiza Los Folkloristas TKF CD-20

ロス・フォルクロリスタスは1966年にメキシコシティにおいて
民俗音楽の発掘と新しい歌運動の発展のために結成された。
そしてその演奏活動は約100種類以上もの民族楽器を用い
ながらメキシコ各地の伝統音楽の復活を中心にしたもので
そのフィールド・ワークは中南米諸国各地にも及ぶものだった。
それから結成以来メキシコを中心にアメリカ・ヨーロッパから
キューバなど世界各地で二千回以上の公演を行ないながら
三十枚以上の作品を発表し絶賛を博し大きな人気を獲得した。
この万華鏡のような深い味わいの音楽は格別なものだと思う。

団塊漂泊

April 12 [Wed], 2006, 6:46
センチメンタリズム
あるのは、語りたくない過去、だけだと。
だが、黄昏に向かい、その清算と後始末を
自から行なうべきときが、きたのではないか。

「団塊ひとりぼっち」 山口文憲 文春新書
<狭義には1947〜49年、一般的には1946〜50年生まれを
俗に「団塊の世代」「ベビー・ブーマー」などと呼ぶ。敗戦直後に
生を受け、「双子の兄弟」の日本国憲法と、同じ戦後を生き抜いた。
およそ800万人を越すという、人口構成上、突出した大年齢集団。
そのずっと憎まれっ子だった「俺たちの世代」を、そのなかの一人
として体験的に「ソーカツ」する。>(帯文字・書評レビューの引用)

つまるところ、有り様は、十人十色・百人百様・千差万別である。
それぞれの最終楽章へ、みんなちがって・みんないい、ということ。

ラテン音楽一口メモ33

April 08 [Sat], 2006, 10:00
<チリ フォルクロレ>
El derecho de vivir en paz Victor Jara fonoCD-1305

ビクトル・ハラは悲運のシンガー・ソング・ライターで、ビオレッタ・パラに
並ぶヌエバ・カンシオン(新しい歌運動)の旗手であった。1938年に
チリ南部で生まれチリ大学で演劇と民俗音楽に没頭した。やがて
1966年頃より本格的なソロ歌手として、民衆の哀歓を語り、社会の
不正への異議を唱える、プロテスト・ソングのフォーク・シンガーとなった。
それから1969年にはカトリック大学主催の新しい歌祭典で大賞を受け
更に1971年には年間最優秀の作曲家としてレコード大賞にも輝いた。
その頃チリの一般民衆はアメリカ資本による収奪と貧困に喘いでいて
1970年に社会党のアジェンデを大統領に人民連合政権を誕生させた。
だが守旧派と背後のアメリカは陸軍のピノチェト将軍を立てて、ついに
1973年9月11日クーデターを起こし、人民連合政権を転覆させた。
そして一般民衆と共にあったパラたち音楽家や知識人など三千人以上
の人がサンティアゴのスタジアムに拘束・収容され、ひどい拷問を受けた。
そこでハラは仲間を鼓舞しようと歌い続けたため、暴行のうえ虐殺された。
このもう一つの9:11サンティアゴの悲劇は忘れてはいけないと強く思う。

ラテン音楽一口メモ32

April 03 [Mon], 2006, 10:02
<チリ フォルクロレ>
Las ultimas composiciones Violeta Parra ARCI

ビオレッタ・パラはラテンアメリカのヌエバ・カンシオン(新しい歌)の母
と称された偉大なフォルクロレ歌手だった。1917年生まれで貧しく
10代の頃より姉と二重唱を組み、レストランやバーを歌って歩いた。
1938年21歳で結婚し二児をもうけるがやがて離婚、子どもを育てる
ため首都サンティアゴへ出て歌った。その後1953年頃よりチリ各地
を巡って伝統的民謡を採譜して、故パブロ・ネルーダ(ノーベル賞詩人)
の家で発表会を開いたりして1954年には最も優れた民謡歌手として
カウボリカン賞を受賞した。それから1955年頃にはじめて渡欧をして
チリ音楽の紹介に努め、62〜65年にもたびたび渡欧してパリに滞在
しながら音楽活動を行い欧州各国でも絶賛された。そして1968年に
不遇ななかチリの自宅で孤独な最期を遂げた。その伝説は今も生きる。
最高の名歌・絶唱として「グラシアス・ア・ラ・ビダ」(人生よありがとう)。

ブログ道とは

April 01 [Sat], 2006, 7:06
「ブログTV」(BS11放送)によせて

<あなたもこれでブログ通になれる>
<おもしろ感動ブログの数々を紹介>

※番組そのものは、ネライとして面白いものだったが、
  少し焦点がぼやけていて、2時間通しはキツかった。
  また紹介のおすすめブログも、当たり障りのないもので、
  可もなし不可もなしの印象、驚ろくようなものはなかった。
※脳裏に残った一節と思うことなど、
  ブログの数はもう既に800万以上ともいわれる。
  そしてやる人の数だけ、違った趣向があっていい。
  書き手「話半分」ほどに、「取捨」は読み手次第といえる。
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