ラテン音楽一口メモ12

October 28 [Fri], 2005, 9:59
<NY・パナマ サルサ>
Siembra Ruben Blades y Willie Colon FANIA JMCD-537
Antecedente Ruben Blades y Son del solar Elektra 60795-2

ルベーン・ブラデスはパナマシティでキューバ人とセントルシア人の
間に生まれた。その後1974年にNYに出て、ファニア・レコードでの
アシスタントを務めるかたわら、ソロ活動を重ねて認められはじめた。
1977年に旧知のウィリー・コローンとコンビを組み活躍の場を広げ、
1978年にラテンでの歴史的なアルバムのシエンブラをリリースした。
それはサルサを愛の歌から社会的・現実的な物語へと表現をひろげ、
ラテンアメリカの人々のアイデンティティそのものを表す音楽となった。
それから1984年には自身のバンドのソン・デル・ソラ−ルを率いて
また独自のソロ活動に戻り、1994年にはパナマの大統領選に出たり
1996年にはグラミー賞を獲得したり、と現在も音楽・政治の両面での
旺盛な活躍を続けている。サルサの伝道師みたいだが豊かな音楽だ。

ラテン音楽一口メモ11

October 24 [Mon], 2005, 10:22
<NY・ベネズエラ サルサ>
El Sonero Del Mundo Oscar D’Leon RMM RMD82003

オスカル・デ・レオン(オスカル・エミリオ・レオン・サモサ)は
ベネズエラ出身で、ペレス・プラードやマチートのアルバムで
ダブル・ベースを覚え、キューバの国民歌手ベニ−・モレー
を真似て華々しい歌唱を身につけ開花していったといわれる。
やがて1972年にディメンション・ラティーナを結成し活躍した。
ついで80年代初めNYに進出、シンプルでストレートなサルサを
ゴージャスなサウンドで演晶し、ヒット作を連発し、人気を博した。
そして84年に念願のキューバ公演を果たし、絶賛されて以来
世界中で活躍するサルサのスター歌手となった。この豪奢なのに
どこか素朴さが香おる、独特な音楽を味わうのもわるくないと思う。

気侭なCDレビューつなぎ

October 20 [Thu], 2005, 0:08
一応まとまってキューバ音楽CDの案内・紹介のあるところ

「Quindembo」サイト内のWorld music;Cuba
http://www.ma.ccnw.ne.jp/zoiyoi/
※ワールド・ルーツ系好き 塚原氏の辛口ながら熱い批評案内

「Salsa120%」サイト内の名盤紹介コーナー
http://www.salsa120.jp/
※これが噂の’97〜’99 Ken Morimura's My Favorites

「Tim ! Cuba」サイト内のDisc Reviewコーナー
http://www.timcuba.com/
※DJ KAZURUさんとKAZU FUKUDA氏の温かいディスク・ガイド

☆私の勝手な思いだが、これらを繋げて見れば、
 キューバ音楽のポピュラー音楽としての草創期から
 現在の新世代期までの、主要な音楽家とCDのことを
 バランスよく知ることができると思う。ぜひ訪ねられて
 学んだり感じたりしながら、好みのものを手にしてと思う。

ラテン音楽一口メモ10

October 15 [Sat], 2005, 6:45
<メキシコ(プエルトリコ)ラテン>
Romantico Desde Siempre Luis Miguel EMI H2 72438

ルイス・ミゲルはプエルトリコ出身でメキシコを拠点に活躍する
ラテン・ポピュラーの大人気歌手で数々の浮名を流す伊達男。
1982年11才の時にデビューし、ティーンのアイドルとなった。
やがて90年代に入り、元気なアイドルから成熟したロマンセ
へと舵を切り、往年のラテンの名曲を、甘く渋く歌い上げて、
大ヒット作を連発し、あらゆる年齢層の心を捉えるようになった。
ただ取り上げるのは、らしくないし、ラテン風ポップスはもひとつ
なのだが、この汎アメリカ的に絶大な人気を誇る秘密に浸たる
べく、聴いてみる価値はあると思う。リッキ−・マーティンしかり。

ラテン音楽一口メモ9

October 10 [Mon], 2005, 0:18
<NYサルサ>
Sobre el fuego India RMM RMD 82157

リンダ”インディア”カバエロは、1969年生まれの
プエルトリコ系ニューヨーカーで、1992年に大御所の
エディ・パルミエリのサポートでサルサシーンにデビューした。
そして90年代、NYサルサシーンの巨大レーベルだったRMM
でマーク・アンソニーと並んで、新世代サルサの象徴となった。
そしてそれは、圧倒的な声量による迫力のボーカルでもって、
哀しげで切ないメロディを歌い上るバラエティ豊かなものだった。
以来セリア・クルーズを継ぐ、新サルサの女王と称されている。
またライブでは、スタジアムのステージに立つと、観客たちに
火を付けるような、際立ったカリスマ性を発揮して、魅了した。
ただソウルやヒップホップの受入のポップさは、どうだかなあ。

ラテン音楽一口メモ8

October 05 [Wed], 2005, 6:07
<NYサルサ>
Todo a su Tienpo Marc Anthony RMM RMD 81582

マーク・アンソニー(ムニス)は、1969年生まれの
プエルトリコ系ニューヨーカーで、若い頃より父親であった
フォーク・シンガーのフェリペ・ムニスの教えと共演を通じて
ポピュラー音楽全般の資質を磨いていた。やがて90年代
に入り、NYサルサ界の中心のRMMレーベルの重鎮である
セルヒオ・ジョージに見出されヒット作を連発、大ブレイクした。
そしてNYサルサの貴公子と称され、世界的な人気者となった。
それは七変化といわれる哀愁漂う艶っぽい歌声のムーディーで
ダンサブルなサルサで、独特の落着きと存在感が際立ったもの。
ただ時として、その歌声の優しさや柔らかさゆえ、線の細さを
感じさせ、好みが割れるが、サルサの今を語る上で外せないか。

ラテン音楽一口メモ7

October 01 [Sat], 2005, 0:11
<NY・マイアミ ラテン>
Charanga de la 4 Roberto Torres SAR records 1054

ロベルト・トレスは、亡命キューバ人で、マイアミ・サウンド界の
最長老といわれ慕われている。忘れられつつは余りにも惜しい。
1960年代初めに、NYでチャランガ・スタイルの優美な楽団の
オルケスタ・ブロードウェイを結成し、郷愁の演晶で人気を博した。
そして後1982年には、マイアミに移り、自らのレーベルである
SARレコードを立ち上げ、ハバナの往年の音楽家達が演奏した
旧き良きキューバ音楽をモダンにアレンジして人気が定着した。
それはチャランガ・パチェナートとも呼ばれた、新しくて陽気な、
フルートとアコーディオンが奏でるキューバン・コロンビアンな
スタイルで、ヒット作を連発し、新たな一つの潮流を作り出した。
そして今でもその軽快さや新味さは聴くに値するものだと思う。
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