洋楽本の力作

January 26 [Wed], 2005, 9:54
20世紀の洋楽名曲事典の刊行
(朝日新聞夕刊1月25日付け紹介記事より)

<20世紀ポップス名曲事典> かまち潤 平凡社
時代を彩った洋楽ポップス・ロックの550曲を網羅的に
解説したもので、全曲に日本盤シングルのジャケットや
盤面の写真を付けた労作。その時代の空気が、ジャケ写
や邦題タイトルから、色濃く滲みそして楽しく伝わってくる。

この簡潔な紹介文から、ざっくりと愉しめるもののようだ。
できるなら、こうゆうものは新書版だったらなあと惜しまれる。

キューバ音楽一口メモ32

January 21 [Fri], 2005, 11:21
Laberinto de Pasiones LA LUPE VAVA vs116
旧き良きキューバの歌姫ラ・ルーペ
本名ルーペ・ビクトリア・ヨリ・レイモンドはビッグバンド・スタイルでの
リード・シンガーとして豪奢に猥雑に歌うパフォーマンスを繰り広げ、
キューバ随一の問題児と称される特異な人気の存在として知られる。
1962年、ラ・レッド・クラブでの露骨で衝撃的なパフォーマンスが、
厳格な革命政権にとって受け入れ難いものだったため、ついに
フィデル・カストロ自らが介入し、舞台から引きずり降ろされたので
しぶしぶアメリカへ旅立ったのだった。そしてニューヨークを舞台に
ティト・プエンテやティト・ロドリゲスなどの支援で、ワイルドな歌唱を
披露し活躍をしていたが、次第に忘れられた存在になっていった。
それはラテン音楽界では男性を凌ぐようなワイルドでパワフルな
女性には不寛容ということでもあった。キューバ音楽にとっての不幸。
時にはラ・ルーペを思い出すことで、娯楽としての大衆音楽までもが
締付けられたり、また不平等な扱いを受けたことを忘れないように。

1・17 震災10年

January 17 [Mon], 2005, 7:13
 阪神の記憶

天使のおそれ 運と不運と
神はその天使を破滅させる

人生は夢にして その形あるものはしばし現われ
あるものは稀に来る またあるものは夜にのみ現わる
多くは移ろい 繰り返す 変化のうちに 消ゆるとも
ひとつの見せ掛けの 秩序をば 人は感ずという
記憶の実 かくのごとし

キューバ音楽一口メモ31

January 13 [Thu], 2005, 13:18
No Pueden Parar Jovenes Clasicos Del Son ARTCOLOR 1A501
Cuidao con el Perro EL NENE con las estrellas de areito EGREM CD0400
ホベネス・クラシコス・デル・ソンは90年代結成当初から注目を浴び、
今もっとも熱く勢いがある疾走系ネオ・トラディショナル・ソンのグループ。
そしてリーダーのベース奏者パルマ(エメスト・レイェス・プロエンサ)と
新進気鋭のトレス・ギター奏者コトー(ファン・アントマルチ・パディジャ)、
伝統的唱法を引き継ぐ歌手エル・ネネ(ペドロ・ルゴ・マルチネス)を
中心に、セプテートという少人数編成ながら、一塊まりとなって創り出す
グルーブは新世代アーティスト随一といわれるほどで、人気も定着した。
それは70〜80年代を通じて、アダルベルト・アルバレスと彼のバンドや
シエラ・マエストラが、オールド・ソンを再生して作り出したモダン・ソンを
継承するひとつの形だとも思われ、キューバ伝統の回帰と発展の形だった。
それからエル・ネネのソロリーダー作はルンベ−ロとしての特質が色濃く、
傑出したものであり、新世代のフロント・リーダーとして疾走し続けている。
個人的にも、幾多のアーティストがロマンティカやトロピカル、あるいは
ロックやヒップホップなどの影響で揺れ動くなか、キューバ的なるもの、
そのものを追求してブレない姿勢が好ましくまた素晴らしくおもわれる。

キューバ音楽一口メモ30

January 09 [Sun], 2005, 9:48
Tu No Me Calculas Paulo y su Elite EGREM CD 0053
パウリートFG(フェルナンデス・ガヨ)は80年代に
アダルベルト・アルバレスのバンドでボーカルを学び、
パフォーマー及びソングライターとしての資質に磨きをかけ、
1992年に独立し、パウロ・イ・ス・エリテを結成して次々と
ヒット曲を連発したことで、キューバ全土にその名を轟かせる。
そして彼の特徴的な今風のマスクとスタイル、鋭い直観力、
ステージ上で放たれる強烈なオーラなどをひきあいに、
キューバが生んだ最高の国民的歌手といわれたベニ−・モレー
に例えられるほどの、アイドル的な現象の大人気歌手となる。
またパウリートはイサーク・デルガドと共にキューバンサルサ界
の新世代の先駆けともいわれるが、愛の終わりの詩を甘美的に
ロマンティックに歌い、官能的で親密なパフォーマンスを見せる
というモダン・ソンの伝統の流れをも構築したといわれている。
とわいえ、イナタさとコテコテなというルーツ・フィーリングが
好みの身上のため、この甘さやお洒落さが、もうひとつ
しっくりこないというのが、いつわらざるところである。

キューバ音楽一口メモ29

January 05 [Wed], 2005, 10:01
El Carnaval (La Primera Noche編集盤) Issac Delgado
数多い白盤のひとつでパナマ製 正規盤はCARIBEと思われる。
イサーク・デルガドは80年代末に新世代のダンスミュージックを
創造したバンドであるエネへ・ラ・バンダのシンガーとして台頭する。
やがて新世代の音楽はサルサ・ドゥ−ラそしてティンパと称される
ようになり、その人気はキューバ全土に浸透し、定着していった。
そして90年代半ばキューバ音楽はまたしても売り手市場になり、
米の独立系レーベルが競って契約を交わし売り込みを図っていった。
そんな中でイサークは米のサルサ・シーンを牽引していたRMMの
ラルフ・メルカードに選ばれて契約し、故セリア・クルーズはじめ、
ホセ・アルベルト、マーク・アンソニーらと共演して人気を高めていった。
彼の低音で温かい歌唱スタイルと自身のバンドでのタイトなダンス
サウンドによる知的で多彩なパフォーマンスが多くの人々を惹きつけ、
音楽そのものにより、政治的境界線を忘れさせる快挙を成し遂げた。
とりわけ表題曲の通称 El Carnaval(本来はLa Vida es un Carnaval)
は米・欧からキューバ・カリブ・中南米そして日本・アジアへと
またたくまに世界中を席捲してしまう大ヒットナンバーとなった。
ラテンアメリカ各国の著名なアーティストがこぞって取り上げて競作
していること、これほど無数の白盤が作られ爆発的に出回ったこと、
他に類を見ないことだが、キューバ音楽にとってよかったのかどうか。

年初め 新雪に

January 01 [Sat], 2005, 17:11
 Feliz ano nuevo!
 (フェリース アーニョ ヌエヴォ)
 新年明けましておめでとうございます

 Del dicho al hecho hay gran trecho.
 (デル ディチョ アル エチョ アイ グラン トレチョ)
 言うは易く、行うは難し

 Donde hay una voluntad hay un camino.
 (ドンデ アイ ウナ ヴォルンタ アイ ウン カミノ)
 意志あるところ、道あり
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