西語の諺で今年の納め

December 29 [Wed], 2004, 10:09
Como se viene、se va .(コモ セ ヴィエネ, セ ヴァ)
来るように行ってしまう 即ち 得やすければ失いやすし。

No hay mal que dure cien anos .(ノゥ アイ マル ケ ドゥレ シエン アニョス)
百年も続く不幸はない 即ち 待てば海路の日和あり。

Visteme despacio que estoy de prisa .
(ヴィステメ デスパシオ ケ エストイ デ プリサ)
急いでいるからゆっくり着せてくれ 即ち 急がば廻れ

<トリ年や いつまた跳べる 籠のトリ> 穏やかな年になりますように。

キューバ音楽一口メモ28

December 26 [Sun], 2004, 10:37
En La Calle NG LA BANDA qbadisc QB 9002
Baila Conmigo NG LA BANDA promusic CDP 0015
NG LA BANDAのNGはエネへと発音し、ヌエバ・へネラシオン
の略で新世代を意味する名のキューバン・サルサ・バンドである。
ホセ・ルイス・コルテスはエル・トスコ(タフガイ)とも呼ばれる
著名なフルート奏者であり、そのフロント・リーダーとして知られる。
彼は1970年頃に天才ピアニストといわれるチュ−チョ・バルデス
を中心に正式結成されたアフロキューバン・ジャズのイラケレに
加わり活躍をしていたが、1988年ついに仲間のホーン奏者たち
と共にイラケレと決別、他の有能な演奏者を加え新しいバンドNG
を結成し、未来のキューバ音楽を探求し創造する道へと跳び出した。
そしてそのコンセプト・サルサはソンとルンバをジャズで擦り合せた
もので、攻撃的な即興性や反逆性のサウンド・スタイルがキューバ
の若い世代とりわけアフロ系に受け入れられ大人気バンドとなった。
やがて新傾向のティンパあるいはサルサ・ドゥ−ラと呼ばれる先駆け
で、そのサウンドは計算された複雑なもので、シンガーに、低い声で
感傷的に歌うイサーク・デルガドとアフロキューバンルンバを荒々しく
歌うトニー・カラという対照的な個性を並立させる際立ったものだった。
また90年代に入り日本でも、このバンドに魅入られた作家村上龍氏
の精力的な紹介や招聘により大きく認知され、人気が定着していった。
ただ個人的には、その人気・実力・功績に異論はないのだが、もともと
ジャズ的なものがどうしても苦手なためか、どれだけ聴き直してみても
肌に合わないというか、馴染めないというのが正直な思いである。
まあ食物や文藝同様、それぞれの好みの度合いで致し方ないと思う。

キューバ音楽一口メモ27

December 23 [Thu], 2004, 10:20
Mi Tierra Gloria Estefan Epic 473799 2
グロリア・エステファンは幼少時マイアミに移住してきたキューバ人で、
60年代より音楽活動をはじめる。やがて80年代半ばラテンポップス
のマイアミ・サウンドマシーンのボーカルとして、名曲コンガを大ヒット
させ、次々とミリオンセラーを送り出し、世界の歌姫と称せられる。
そのキャリアの裏には夫君エミリオ・エステファンの聡明で創造的な
マネージャー兼プロデューサーとしての極めて大きな力量があった。
本作は私の故郷〜そのあえかなる熱情と謳われるものでカチャ−オ
やパキート・デ・リベラなど、キューバ音楽界の同窓生をフィーチャ−
したものであり、ゆったりとしたボレロやのびやかなキューバンサルサ
が味わい深い極上の丸ごとキューバアルバムになっていると思う。
そして続く<abriendo puertas><alma caribena>のアルバムをもって
尽きせぬ思いを込めた、いわば望郷三部作とも呼べるものを打ち出し、
キューバを中心とした汎カリブ音楽の集大成を目指したのだと思う。
グロリアについては、数々の世界的な大ヒットのラテンポップス物も
否定するものではないが、キューバ人としてのアイデンティティーが
滲み出た熱くて切ないキューバアルバムこそ真骨頂を表すものだと
思うので、ぜひともこちらの方を多くの人に聴いてほしいものだと思う。

キューバ音楽一口メモ26

December 19 [Sun], 2004, 10:21
CUBA LIBRE Willy Chirino 正規はSony Discosからと思われる
ラ・フロリダ〜マイアミ:ハバナから90マイル
リトル・ハバナ〜カジェ・オチョ:キューバ系の人々が集う街
ウィリー・チリノは60年代子どもの頃移り住んできたキューバ人で、
ベース奏者・作曲家・歌手として、マイアミ・サウンドと呼ばれていた
汎カリブラテン音楽の融合の基礎を担った重鎮として慕われている。
チリノはエミリオ(後にラテンポップスの世界的スーパースターとなった
グロリア・エステファンの夫君でプロデューサーとして高名な大御所)
と共に10代の頃より演奏活動をはじめ、アニョラード・クーバと名乗る。
やがてチリノはコンガ奏者タニ−・ギルのキューバン・パーカッションを
中心に据えたラテンロック〜サルサというマイアミサウンドスタイルを
確立し、フロリダからカリブ・ラテン世界で押しも押されぬ存在になる。
そして、このCDだけは彼のキャリアの中でも特別なもので、いわば
祖国喪失者の愛憎合わせ持ったキューバ音楽へのオマージュであり、
もはやスタンダードといえる名曲の数々を、先達の音楽家への憧憬を
込めて、切々と歌った格別の作品だと思う。関西のラテン手帖誌の
ハバナ通信での密かな大人気ぶりに誘われ、旧市街を徘徊しながら
苦労して手に入れたものだが、例の白盤で詳細不明なのが残念である。
聴き込む中で、故セリア・クルーズ、アルビータ、ロベルト・トレスなど
特徴的な歌声が溢れ、そのオールキャスト的な陣容からも、愛情の
ありったけを注いだ極めつけの労作だということがうかがいしれる。

キューバ音楽一口メモ25

December 16 [Thu], 2004, 10:07
la chica de la luz sabor a miel RUBICOLOR CD-91515
たまにはどういうアーティストなのかわからないまま、
なぜかちょっぴりお気に入りで聴き続けているものを。
サボール・ア・ミエル〜蜂蜜の味わい〜という、
見た目そのままの名のキュートな女の子三人グループ。
ジャケ写でみるとブラック系で今時のアイドルサルセーラ
の印象だが、サルサ、ソン、トローバなどさまざまな音楽
を、さわやかなハーモニーで聴かせる、まっとうな感覚だ。
2000年7月下旬、ハバナのサルサ・フェスティバルの
会場の近くで山積みされてたのを購入したものなので
当時は若者たちの間で人気があったのではと思われる。
とりわけ、トローバの詩人カルロス・プエブラのチェ・ゲバラ
に捧げた歌アスタ・シエンプレのかろやかで清廉な歌唱は
こんなのもありか、と嘆息するほどで、素晴らしいと思った。
残念ながら私のカタコトスペイン語ではジャケット解説文が
理解できず、基礎資料的な情報を説明できないのだが、
どうしても聞き逃がしてはいけないというほどではなく、
縁があって聞ければ今風の変り種として面白いのではと思う。

キューバ音楽バイブル本

December 12 [Sun], 2004, 10:21
キューバ音楽 八木啓代・吉田憲司 青土社
まえがきの書き出しは
<キューバ音楽が話題になっている。
 確かに人を惹きつけてやまないものがあると思う。
 キューバ音楽は盛りだくさんだ。
 鮮烈なリズム、素朴と洗練の旋律、気品ある浪漫。>
そしてあとがきには
<キューバ音楽そのものをきちんと説明した文献があるようでなかった。
 断片的なジャンル紹介やアーティスト紹介、旅行記などでの簡単記述
 などはあっても系統的にキューバ音楽総体を理解できるものはなかった。
 ならば、二人で書くしかないというのが執筆の直接のきっかけであった。>
そう、著者のこれらの言葉が、この書物の内容全てを物語っていると思う。
すなわち、キューバの様々な伝統的基幹音楽の俯瞰図・見取り図である。
そして、日本語で書かれたもので、これ以上のものは他に知らないし、
キューバ音楽好きでその全体像を知りたいと願う人に格好の労作だと思う。
ただやはり主要なアーティストの基礎データ紹介やおすすめCDガイドなど
を付けた方が更に充実したものになったのにと残念に思う点も多少残った。
とはいえ、これを読まずしてキューバ音楽を語るなかれ、と言えるもので
願わくば、ポケットに突っ込んでいつでも見れる文庫版化を早くと思うものだ。

キューバ音楽一口メモ24

December 09 [Thu], 2004, 10:17
Viejo Lazaro Juan Carlos Alfonso y su DAN DEN Qbadisc QB-9009
ファン・カルロス・アルフォンソはキーボード奏者で、80年代に
エリオ・レベのバンドに4年ほど在籍し、数々のノリのよいヒット曲を
提供していた。そして次第にトロンボーンのサウンドを愛するように
なり、1987年に自身のバンドであるダン・デンを結成し、成功した。
ダン・デンはいかにもキューバらしい二重の意味を込めた名前で、
カウベルのチクタクという音と忌まわしい配給手帳を揶揄するもの。
それからダンデンのサウンドは跳ねるようなキューバン・ティンパ
より、滑らかなNYサルサ・プエルトリカンサウンドに近いと思う。
これをキューバらしさを薄めた中途半端とみるか、カリブ・サルサ
を見据えた新しい融合・発展への試行とみるか、それぞれの
好みや感じ方に委ねて、判断してもらうほかないと思われる。

キューバ音楽一口メモ23

December 05 [Sun], 2004, 7:31
Al final de este viaje Silvio Rodriguez Fuentes D16485
Mariposas Silvio Rodriguez y Rey Guerra Ojala CD O0021
シルビオ・ロドリゲスは1960年代後半にはじまったキューバの
ヌエバ・トローバ運動で、パブロ・ミラネスと並ぶ先駆者といわれる。
また70〜80年代の大活躍を通じて、キューバ・ラテンアメリカの
音楽界そのものの行方をはっきり変えた立役者ともいわれている。
なかでもシルビオの歌<時代は心を生み出してゆく>は70年代の
キューバの若者達を象徴する歌といわれ、熱狂的な支持を得た。
そしてパブロが柔らかく豊かな広がりのある声で明快な主張や
純粋な愛また素朴な民謡を流麗に歌うのに対して、シルビオは
飾り気のない、どこか覚めたような声で矛盾を孕んだ現実を
容赦なく切り刻むように歌うのが際立って違っているように思う。
この口当たりのよしあしが、とっつきのわるさが、好みの尺度の
微妙な差異になっているのかと思う。聴き比べも悪くないと思う。

キューバ音楽一口メモ22

December 01 [Wed], 2004, 7:17
Boleros filin Pablo Milanes PMrecord 11-v197
Vengo Naciendo Pablo Milanes Universal LATD-40179
1960年代中頃、南米のヌエバ・カンシオン運動に連動するように、
キューバ・トローバの伝統を現代に甦らせるヌエバ・トローバが起こる。
1967年作曲家のレオ・ブローウェルが国立映画協会のために
結成した音響実験集団から、この運動がさらに広がっていった。
パブロ・ミラネスは元々ボレロ・フィリン系の歌い手であったが、
次第にシルビオ・ロドリゲスと並んで、この新しい歌運動のなかで、
代表的なシンガー・ソング・ライターと称されるスーパー・スターとなる。
彼の透明感のある心に染み渡る演唱はキューバ・カリブのみならず、
全スペイン語圏の国々の多くの民衆に愛聴され圧倒的な人気を誇る。
また彼の歌は多くの歌手に取り上げられほど、大きな影響力を持つ。
数々の名曲名演があるが、個人的にはYolandaが絶品の一曲だと思う。
だがどうにもジャジーなフィリン系の歌は苦手で、いただけないと思う。
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