ある明け方の思い出

July 23 [Sat], 2011, 2:04
先日また尊敬する俳優の先輩が他界した。
原田芳雄氏。
もっともっと観ていたかった。
でも何よりも共演したいと願う俳優さんの一人だった。


芳雄さんと初めてお会いしたのは、池の上にある薄暗い小さな飲み屋。
ワタクシは30歳になるほんの手前、その頃一緒にお仕事した映画監督の林海像氏が、
監督のスタッフや飲み仲間といるからと
その日飲み会にワタクシを誘ってくれたのでした。

ワタクシがその飲み屋に到着したときには
皆さんい〜い感じでできあがってて、ワタクシも追い付こうと
駆けつけ生ビールを一気にあおった。
するとすぐ隣で声がした。
「お〜お。い〜い飲みっぷりだ。」
それが原田芳雄さんでした。

そのちょっと前に
友達の女優の片岡礼子嬢と共演している「鬼火」という映画を観たばかりだった。
ワタクシはこの映画にすっかりやられた。
そして告白するけど、
こんなぐっとくる映画、俳優原田芳雄と絡める片岡嬢に初めて嫉妬を覚えた。
それくらい、この映画はワタクシにとって胸にきて、
溢れる色気の原田氏と美しい片岡嬢に魅了されたのだった。
この映画を観てもっともっと!と、
自分の現状の表現することに対して渇きを訴えた瞬間だった。
そしていつか絶対自分も原田氏と共演したい、
それから心底没頭できる作品にこの先出会えますよう・・・、
そう思ったのでした。


その夜芳雄さんはご機嫌でした。
お酒は何を召し上がっていたのか、、、たぶんなんかのロック、
たばこをやめたばかりと言って、葉巻を咥えて煙をくゆらせていた。
そしてこの人数には少々狭い酒場で、芳雄さん歌って踊って大騒ぎ、
みんなも楽しくバカ騒ぎ。
ワタクシも最初は緊張したけど、芳雄さんの
「砂羽、もっと飲めよ!」の一言で一緒の楽しい宴に入ってゆけたのでした。

そして空が白み始めた初夏の朝、宴はお開き。ようやくそれぞれが解散。
ワタクシは芳雄さんとその頃家が近いという理由で、なぜか一緒に歩いて帰ることに。
黒いタンクトップ、短パンをはいたラフな芳雄さんはだいぶ酔っ払ってらしたので、
「なくさないように」とお財布と葉巻を入れた芳雄さんの巾着型のポシェットは、
ワタクシがしっかりと肩にかけていた。
ワタクシは父親の財布を任された娘のような気持で芳雄さんのやや後ろを歩いた。
明け方の空をを見ながら酔い酔いのワタクシたちはフラフラと気分よく歩く。
けど酔っ払っていても夢みたいだなって思った。
だってあの原田芳雄と二人っきりで歩いてるんだもんね。
その頃ワタクシは何となく自分のスタンスやら現状に憂いていて
毎日が鬱屈していたのかもしれない。
思い通りにいかない自分、できてない自分。
だから「鬼火」を観て、本当に魂のお芝居をしてる片岡礼子嬢が羨ましかった。
そんなワタクシの気持ちを知ってか知らずか、
「砂羽ー、映画やろうな」
と、突然芳雄さんがワタクシの肩にボンっと腕をかけた。
葉巻の匂いがした。
そしてワタクシはその瞬間なんでか涙を流した。
「なに泣いてんだよ、これからはお前らの時代じゃねぇか。」
そっからはワタクシは自分の家の前まで何を言われても
ひたすらうん、うんと頷くのが精いっぱいだった。
30歳を目前にして、自分の道に対して少々気弱でいたワタクシ、
そうだ、やっぱり映画がやりたい。どんな形でも拘わっていたい。この先もずーっと。
あの時芳雄さんに励まされて、ものすごく感謝したのでした。
芳雄さんは本当に酔っ払ってたから覚えてないかもしんないけど!
けど、それでいい。だってワタクシはそれからまた前に進むことができたから。

今日、初めてこうしてあの時の記憶を追って刻んでみました。
その後も何度か原田邸には飲みにゆく機会がありました。
年末恒例の餅つき大会も3度ほど行ったことがあります。
芳雄さんはいつも大勢の人に囲まれていました。
みんな芳雄さんが大好きでした。



芳雄さん、これからも映画やるよ。
ずっと拘わってゆく。

いつか直接現場で言いたかったけど、、、

あの時本当にありがとう。






  • URL:http://yaplog.jp/bon-blo/archive/335
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:鈴木砂羽
読者になる
生年月日/1972年9月20日
出身地/静岡県
血液型/A型
趣味/占い、お風呂
特技/マンガを描くこと

夜露死苦!
つぶやきはここだぜ!
http://twitter.com/bombon_sawa
キャラクター紹介
ボンちゃん
ボンちゃん
好奇心旺盛のお調子モン
つまりスズキサワ

トビィくん
トビイくん
クールなつっこみ担当
ボンちゃんの良きアドバイザー

パピィ
パピィ
寡黙だがホットな一面も。
好物は氷。