ついに、でた「食べてないの」 

2005年02月17日(木) 17時02分
前回の月曜日、ヘルパーさんがきて母にお昼を作ってくれたのですが、
そのときはわたしも同室していました。
今日は、はじめてヘルパーさんが留守の間に支度して母に食べさせてくれました。
階段には、大きなダンボールに大きな字で
「でかけてます、2階には誰もいません。一人であがるとあぶないから
あがらないでね」と書き、あがれないよう階段をそれでふさぎました。
手すりの脇に、呼び出しブザーを用意してあるのですが、そのボタンの
存在を覚えられないのです。
もし覚えていたとしても、押して反応がなければあがってきてしまいます。
だいたいは、大声で「いるの〜?・・ぶつぶつ・・・いないのかしら」
などと言いながらあがってくるので在宅なら狭い家、すぐわかるのですが。

いそいで帰宅「ご飯作りにきてくれたでしょ」と言ったら
「なにも食べてないの」と言います。
「これを食べたでしょう?」と目の前のうどんの残りをみせたら、
「違うの、これはいつのだかわからない」と言うのです。
普段はいつのだかわからないものでも、食べているのに(今は掃除と
片付けをしたのでそれらの食品や菓子類は一掃しました^_^;)
残してあるのはタブン、気に入らない味付けなのだと思います。
ヘルパーさんの連絡帳をみたら、家の鍵もあけてあったようでした。
ヘルパーさんが来た数時間前の事もまったく記憶にないようです。

帰ってきました病院から 

2005年02月17日(木) 17時00分
母は、昨年の11月に転び右大腿骨を骨折して12月27日まで整形外科へ入院していたのですが、手術後の経過もよく、あとはリハビリのみ、ということで近くのリバビリ病院に転院しました。
身が軽いし動きたがりなので、すぐに手すりぞいに歩けるようになり、めでたく退院となったのが2月の10日。
本当は、1月いっぱいで退院の予定だったのですが、介護保険の認定がおくれていて、それが決まらないと手すりがつけられないので病院に待ってもらっていました。
病院的には、まだらぼけの母は手がかかるのではやく退院を望んでいたようだけど。
こちらも、介護保険で手すりをつければ費用10分の1なのでそれが済まないと、また転んでも困ります。

家に帰ってきた時の反応は、「こんどここに引っ越したの?」「あら、いい庭があって」(日陰で狭い,いい庭ではないです)「よく荷物入ったわね」とどうも、病院を自分の家だと思っていたみたいです。
留守の間に、ここぞとばかり大掃除、出てくるわ、出てくるわ、ゴミばかり。
発砲スチロールトレイ、ペットボトル、お菓子のあき袋、スーパーの袋のたたんだもの、あき缶、あきビン、はては使い捨てカイロの使用後、湿布薬使用後、毎回不燃ゴミの日に大きな袋で10個くらいは出したでしょうか、それが毎週1回でおよそ10回!そしてゴミのおかげで戸棚や押入れがいっぱいになっていたのでそれらを出したことで、表にはみでていた荷物が納まり本当にすっきりした部屋になりました。
空になった、戸棚も2つ粗大ゴミに。
真冬のさなか、ゴキブリがしょぼしょぼと出てきます。楽天地破壊、ざまあみろ。
P R
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