たとえばリンゴが手に落ちるように(後編)

January 31 [Tue], 2012, 0:27

前編はこちら


なぜメールが届いてすぐに電源が入ってないのかという疑問もすぐに吹き飛ぶほど、秋山は全速力で疾走していた。 日没後の風はより冷たく、耳が痛くなるほどだったが、この寒さの中でずっと待っていた彼女を思うと胃が軋んだ。
思えば、まだ彼女に会って日の浅い頃も、こんなふうに全速力で街中を走っていた。
あのときは、直がゲームに参加していること、このままでは敗北が決まることを知らされ、彼女の元へ駆けつけた。
久々に走っているが、数年前と比べても体力は衰えていない気がする。
あのときの嫌な感覚とはまた違うが、誰かを想って全力で走ることがこれまでにあっただろうか。
母親の事件を知らされた、あのとき以外に…。

彼女の危うさを見ていると、母親と同じ末路を想像させた。
救いたかった。母親の代わりというわけではない。
どれだけ嘘で塗り固めようが、自分とは正反対の直を守りたかった。
最初は馬鹿正直さに呆れていたが、何時の間にか、信じる心を持つ彼女を尊重していた。

呪われたゲームも終わり、彼女に及ぶ危険性もなくなった今、なぜまたこうして走っているのだろうか。

約束の場所に、彼女の姿はない。
その場を見渡し、何度か駆けてはまた戻った。
後頭部に手をやり、荒く息を上げ、下がる肩を無理矢理上げると、見覚えのある後ろ姿を見つけた。

失いたくは、ない。



直は背中を丸めて、とぼとぼと歩いている。
寒いのに歩みを速められないのは、未練たらしい気持ちを引きずっているからだ。
今日のことだけではない。
あの忌まわしいゲームも終わって、本来なら関係のない秋山を、今でも引き止めている。
嘘がつけるようになるまでと変な理由まで作り、秋山は優しいから、それに付き合ってくれている。
そろそろ、限界なのかもしれない。
気持ちにも、関係にも、ハッキリと名付けるものがないまま続けていくことが。
答えはすぐに出る。出してしまったら、嫌な結末を想像してしまうから、ずっと避けてきた。
彼を失うことが、何よりも怖かった。何億の借金を背負うよりも、ずっと怖いことのように思えた。

突然クイッと後ろに腕を引かれて、直は驚き振り返る。

秋山は必死に腕を伸ばし、求めていたソレを掴んだ。

「え……?」

突然の出来事に表情は呆けているが、その両目は乾燥した空気の中でも潤んでいた。

「また、泣いていたのか……」

だが、今回その原因は秋山自身にあると判っていた。

秋山はそのまま直を引き寄せ、胸元に沈めさせた。
髪も、背中も、ひどく冷たかった。

「悪かった…待たせて……」

コート越しに感じる秋山の両手の感触に、直はフリーズしかけていた。
誰かに腕を引かれて、それが秋山だというのも信じられないのに、今は彼の腕の中にいる。

「い、いいえ!! あ、あの…あきやまさん……」

力強い腕が、小刻みに震えている気がした。
寒さか、ここまで走ったせいか、理由はわからないが、直は高鳴る鼓動を必死に静めて、大人しく秋山の胸におさまることにした。

ファイナルステージでも同じように、直は秋山の温もりを感じていた。
あのときは、ただただ悲しくて、秋山の優しさが痛くて痛くて、涙が止まらなかった。
何より痛かったのは、秋山が守ろうとしてくれたことにようやく気付いた直自身に対してだった。
あのとき別れのサインだった秋山の温もりが、今は逆に、別れが過ぎった直を呼び戻してくれた。
直は秋山のコートを汚さないよう、また溢れ出そうになる涙を堪えた。

実際抱きしめられていた時間は一分もなかったが、直にはそれが一瞬のような、ひどく長かったような不思議な感覚に襲われていた。

秋山の申し訳なさそうな表情に、たまらず直が口を開く。

「き、気にしないで下さいね! 私、バレンタインのお菓子を渡したかっただけなので!」

バレンタインという言葉を少し前にも、どこかで聞いた。
この季節ならどこでも聞けそうな言葉だが、秋山の記憶に残っていたのはテレビCMなどではない。
思い出すと同時に時計に目をやり、直の肩に素早く手を置く。

「おい、まだ時間あるか?」
「え? はい、私は全然……」

秋山は直の手を取り、また走り出した。
直は混乱しっぱなしで、秋山の手をしっかり握ったまま、二人駆け足で公園を抜けていく。



閉店間際に駆け込んできた客にげんなりしたのも束の間、例のイケメンと知ると営業スマイル全開で向かい入れた。

「いらっしゃいませ……!」

彼の後ろに見知らぬ若い女を見つけて、店員は絶句しそうになる。
直は息を切らせながら、店内をキョロキョロと見渡していた。

「あれ、一つ頼む」

秋山が指さした先には、バレンタイン限定スイーツのポスターがあった。



ティーカップに口をつける秋山の向かいでは、直がまるでごちそうを目の前にした子供のように瞳を輝かせている。

「お待たせ致しました」

店員は必死で顔が引きつりそうになるのを堪えて、笑顔を作っていた。

「ありがとうございます! わーーすごい可愛い美味しそう」

ベリーソースを選択した直のメニューは、チョコレート色と果実の色が重なった鮮やかなものだった。

「秋山さん、コレ本当に食べていいんですか!?」
「ああ。待たせたお詫びだ」
「じゃあ遠慮なく、いただきます! あ、その前に写真写真〜」

直は携帯を取り出して何度もシャッターを切る。
記念です、と嬉しそうに、なぜか秋山まで一緒に写し出した。

「早くしないと溶けるぞ」
「このアイスが少し溶けたところが美味しいんですよねぇ。それでは、いただきまーす!」

ご丁寧に頭を下げて、ワッフルをフォークにさし、パクリと頬張った。

「秋山さん! すっごく美味しいです!」
「それは、よかった」
「こんなに素敵なお店を知ってるなんて、さすが秋山さんですね」

予想した通り、直は唇にクリームをつけながら、笑顔でフォークを口に運んでいる。

「これじゃ逆ですね……私が秋山さんに……あ!」

すっかり忘れていたバレンタイン用の包みを取り出し、秋山に差し出した。

「少し早いんですけど、受け取ってもらえますか? 先に私がご馳走になっちゃってますけど……」

綺麗に包装されたそれを、おずおずとテーブルの上に置く。直の手が離れる前に、秋山の手が伸びた。

「ありがとう」

さっきまで涙を浮かべていたのが嘘のように、直は幸せだった。
手作りした贈り物を無事に渡すことができただけでなく、洒落た喫茶店で二人でお茶を飲んでいる。
しかも、こんなに美味しいスイーツまで。
直は口の中で弾けるブルーベリーの酸味に目を細める。

秋山のティーカップから、ふわりと優しい香りが漂ってきた。
覚えのある香りだった。

「秋山さん。それ、ジャスミンティー、ですか?」
「……ああ」
「ジャスミンの香り、好きですか?」
「まぁ、そうだな。落ち着くし、わりと好きな香りだな」

直は大きな瞳を何度か瞬かせ、ふふっと嬉しそうに笑った。

「どうした?」
「なんでもないですよー。ふふ……」

直は髪の毛をクルクルと指に巻きつけて、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

カウンターの裏では、女性店員がひとり、不機嫌そうに閉店の準備を行っていた。



その夜、自宅に戻った秋山は、直から貰った包みを開けた。
様々な形をしたクッキーが入っている。クマやリンゴの形がいかにも直らしかった。
チョコレートを染み込ませたものから、何か粒のようなものが練りこまれたものもある。
ひとつ口に入れると、甘さを抑えたジンジャーの風味が広がった。
さらに別のクッキーは、紅茶の香りがする。
いろいろと、秋山のことを想って作ったのだろう。
バレンタインのために、ここまで手の込んだ物を作る直には恐れ入る。
自分には到底真似が出来ないという半ば呆れた気持ちと、これを作り上げるまでの過程で、自分のことを考えていたのかと思うと、何とも言えない感情が込み上げてきた。

足を組みなおし、ハート型のクッキーをかじりながら、視線を横に向ける。
ソファーに座りながら、平和そうな寝息を立てる直がいた。
喫茶店を出て、何も食べなかった秋山のために夕飯を作ると言ってここまでついてきた。
暖かい具沢山のスープを食べ終わって、ホットカーペットに喜んで足を付けていたと思ったら、この様である。

「……こいつは、自分が年頃の女っていう自覚があるのか。警戒心無さすぎだろ……」

終電までにはまだ時間がある。
秋山はため息をついて、直の肩からブランケットをかけた。
寒い中で待たせたという負い目もあり、ぐっすり眠っている直を今すぐ起こすのは忍びなかった。

秋山は立ち上がり、直を覗き込む。
出会って以来、この寝顔を何度か見てきた。

「おまえは…どうしたいんだ」

自分への問いかけのように、小声で呟く。

指の先が、さらりと直の前髪に触れた。

ほんのり薄紅色の唇が、かすかに動く。

冷え切っていた直をつい抱き寄せてしまった自身を思い出し、秋山は短く息を吐く。
そこまでするつもりはなかったのに、気付いたら手を伸ばしていた。
自分に落ち度があって辛い思いをさせた。
あのまま行かせたくはなかった。謝りたかった。
だがそれ以上に、彼女を失いそうな気がして、怖かった。
多額の借金を背負うとか、騙され続けて落ちていく彼女を想像して恐怖を感じたことはあった。
その心配がなくなった今、彼女を失うことに恐怖を覚える自分がいることに、気付いた。


秋山はデスクに戻り、再び仕事の資料と向かい合う。

何かを思い、額に手を当てて、目を閉じた。


例えば、冬の次に春がくるように。

リンゴが手に落ちるように。

絡みあってるいろんな事情なんかはいいとして

君はどう思う?

もっとシンプルに、君はどうしたい?



・・END・・



約1年ぶりの更新は、またバレンタイン。
元々は昨年のホワイトデー用のネタでした。。。
しかし私が書く秋山ってどうしてこうヘタレ山になるのか。
直は秋山の家に一、二回お邪魔したことがある程度っていう設定。
今回お泊りになったのかは、読者の妄想に委ねますw

タイトルは坂本真綾さんのコンセプトアルバムより。
歌詞に飛びます

ただシンプルにどうしたいんだっていう歌詞が、二人みたいだなぁと思ったので。
頭のいい秋山はいろんなことを考えるくせに、自分がどうしたいかっていう気持ちは無視してるような気がする。
そこを見せないから直ちゃんも不安になって、自分の気持ちを抑えるし、悪循環。
でも結局はお互いを失いたくないだけ。
それに少し気付く秋山の話でした。


たとえばリンゴが手に落ちるように(前編)

January 29 [Sun], 2012, 0:39
秋山は行きつけの喫茶店で書類の束と格闘していた。
時に考え込みながら赤ペンを滑らせ、次々と用紙を捲っていく。
学生時代のツテで、大学受験向けのテスト採点のバイトを引き受けた。主に予備校や通信教育で行う模擬試験の回答をひたすらチェックするという、秋山にしたら単調な流れ作業のようなものだった。とはいえ、相当な数をこなさなければある程度の賃金は見込めない。
腱鞘炎予防に包帯を巻いた右手を一休みさせ、左手で携帯のボタンをテーブルから持ち上げずに押した。
光を灯した液晶からは、あの柔らかい声が聞こえてきそうな文字が浮かび上がる。

『秋山さん、こんばんは。最近忙しいみたいですけど、ちゃんと睡眠は取ってますか? ご飯もちゃんと食べて下さいね。
いきなりですみません。次の週末に、少しでいいのでお時間いただけないでしょうか? 渡したいものがあるんです。10分くらいでいいので……』

消しゴムで消した後が残ってそうな文面に苦笑する。
前回の誘いはどうしても仕事の都合がつかずに断ざるを得なかったが、それを気にしていることがにじみ出ていた。何度も考え直し、送信を躊躇っていたのかと思うと、心の隅がチクリとした。
秋山は了承した旨を端的に記し、送信ボタンを押す。

またすぐに作業に戻ると、手元の用紙に影が落ちた。
コーヒーのおかわりを注ぎに来た女性店員と目が合う。

「毎日大変そうですね」

女性はニコリと微笑む。
この男性客をよく見かけるようになってから、彼女はこれまで適当だったバイト用のメイクに時間をかけるようになり、髪型を変え、制服のスカートもほんの少しだけ短くした。
特に気になる男性店員もいないこのバイトではすっかり気を抜いていたが、思わぬところにイケメンが現れた。
初めて見たときから気になっていた彼が、二度、三度と続けて入店するようになってから、この仕事が楽しくて仕方がなくなった。これだけいい男ならば女の影がないわけはないが、行きつけの店の店員として顔を覚えてもらえれば、食事くらいは行けるかもしれない。これまでの自分の男性経験から、そのくらいの自信はあった。彼女は今やこの店の看板店員であり、密かに自分目当ての客がいることも知っている。制服もよく似合っていた。

店員はコーヒーを注ぎ終わると、サンドイッチを乗せた小皿をテーブルに置いた。

「……頼んでないんだが」
「いいんです。賄い用のサンドイッチなんですけど、余っちゃって。どうせ捨てることになるので、よかったら召し上がって下さい」

彼女が自宅で仕込んできたサンドイッチは、ちゃんと賄いに見える程度の作りにあえて抑えある。

「どうも……」

空腹を感じていなくもなかった秋山は特に店員の言葉を断る理由もなく、受け入れた。
この女性店員が心の中でガッツポーズを取っていることなど知らずに。

秋山が視線を上げると、壁に貼ってあるポスターが目に入った。
何とかして話を繋げたいと躍起になっている店員は、それを見逃さない。

「あちらはバレンタイン期間のスペシャルメニューなんですよ。チョコレートワッフルにフルーツを散りばめて、アイスクリームも添えているんです。ソースは何種類かあって、お好みで選べるようになっています」

甘党の人間が聞いたら叫びそうな単語の羅列も、この男の琴線には引っかからない。
だが、胸の中に引っかかっていた女性の影がその単語を捕らえた。
満面の笑みで、口の端にクリームをつけてそれを頬張る様子が浮かんでくる。
薄っすらと、秋山の口元が和らいだ。
初めて目にした意中の男性のその表情に、店員は本日二度目のガッツポーズを決めた。



そろそろ陽が落ちる時間帯、まだ寒さの厳しい時期だが直の気持ちは春模様だった。
いつもより丁寧に巻いた髪を揺らせながら、ニコニコと待ち合わせ場所の公園にやってきた。
公園といっても遊具のない小さな広場のようなもので、繁華街に面しているため人通りもあり、明かりも差し込んでいる。
危なくない場所を選んでくれたのかと思うと、その優しさに心が温かくなった。
メールの返信はいつも通りそっけなかったが、誘いを受けてくれたことが嬉しくて仕方がない。
肩にかけたバックにちらりと視線をやる。
秋山の好みや、体調のことも気遣って作ったバレンタインのスイーツ。ラッピングの包装紙ひとつ選ぶにも悩み抜いた。会ってすぐに気付かれないようにするため、バッグに入れてある。電車の中で潰されないよう、混雑してきたときはつい頭の上に乗せてしまった。
その姿を見たら彼は笑っていただろうか。
ふふっと笑みをこぼし、直は誰もいないベンチの端に腰をかけた。



その日も秋山は自宅に篭って仕事をしていた。
追加で頼まれた分を何とか今日の夕方までに終わらせるため、昨夜からほぼ徹夜である。
一息ついて、冷めたコーヒーで喉を潤す。
携帯に指をかざすと、開いたままになっていた直からのメールが現れた。
最初は10分でいいと気を使っていた直だが、結局夕飯までということになった。
外食を持ちかけたが、忙しい秋山を思った直は、家に食事を作りに行くと譲らなかった。
また盛り沢山の食材を買い込んで来るのだろう。そして荷物を抱えて階段ですっ転ぶ姿まで先読みできる。
それを避けるために外で待ち合わせをした。食材を見たいから買い物に付き合う、と言って直を納得させたのだった。

いつの間にか、彼女と一緒にいる自分が日常になりつつある。
月に数回程度という数が多いのか少ないのかは判らない。
こうして誘いがあれば基本的には断らないし、会うことが決まれば彼女のことばかり考えている。
今だって、彼女に気を使わせたくなくて、何とか時間までに仕事に目処をつけようとしている。
逆に彼女の方から距離を置いてきたら、自分は追いかけるのかと問われたら、恐らくノーだ。
その程度の関係といえば、その程度かもしれない。
むしろ、自分のような前科持ちが、これ以上彼女に近付くことを良く思っていない。
今は一時的に秋山に懐いているが、そのうち自分の日常を取り戻し、離れていくだろう。
直が直の日常を取り戻すまでのつなぎ。
秋山は自分の立ち位置を、そう定義していた。



直は、冷えてきた手足が固まってしまわないようにジタバタと動かし、もう何度目かになる携帯をまた取り出した。
珍しく秋山が時間に遅れている。
少し前に一通だけメールをしたが、返信はない。
仕事が立て込んでいて外出どころではなくなってしまったのかもしれない。であれば電話は迷惑になる。
体調を崩して寝込んでいるのでは、という嫌な可能性がよぎる。それならすぐにでも秋山の家へ駆けつけたいが、道のりが曖昧でここから歩いてたどりつける自信はなかった。
それ以上に、もし自分の誘いが仕事の邪魔になっていたとしたら、ノコノコと出向いて行って秋山の表情を見るのが怖かった。
このまま黙って帰ったほうがいいだろうか。
首を横に向けて、肩のバック(の中にある贈り物)を見つめた。

「もう少し…もう少しだけ……」

キュッと噛み締めた唇は乾燥している。
この季節には手放せないリップクリームの存在も、今は忘れていた。



パッと両目を開き、何度か瞬く。
数秒後すぐに現実を取り戻し時計を見た秋山は、血の気が引いていくのが判った。
何とか仕事の目処がつくと、安心して少しだけ目を閉じた。自分の中では数分しか経っていないはずだったが、時計は思っていた以上に時を刻んでいる。
光っていた携帯を確認すると、直から、時間に送れている秋山を気にかけているメールが数十分前に届いていた。
約束の時間から、既に1時間以上経過している。
不甲斐無い自分をなじることも後回しにして、秋山は立ち上がって上着を纏い、必要最低限の物をポケットに入れて家を飛び出した。

走っている最中にメールが届く。

『秋山さん。無理に誘ってしまって、すみませんでした。お仕事のお邪魔をしてしまったら申し訳ないので、また今度お誘いしますね。寒いので体調に気をつけて下さいね。もし風邪をひいて困っていたら、遠慮なく連絡して下さい。それでは、また……』

最後の文字まで読まないまま、秋山は舌打ちすると、着信履歴から直の番号を呼び出した。
期待とは裏腹に、電源が入っていないという無機質なアナウンスが流れる。
握り締めた携帯を無造作にポケットへ戻し、駆ける両足の速度を可能な限り上げた。



何度も携帯を見ていたせいか、もう電池の残りは虫の息であった。
直は入力しては修正を繰り返していたメールの文面をギリギリまで考え、迷い、ついに送信した。
送信が終わると、すぐに携帯は光を失う。
間に合ってよかった、のだろうか。
手袋の上から吐息を吹きかけ、何度か頬を叩く。頭を振って、くるりと踵を返した。
カールした毛先が揺れる。
行きつけの美容院の予約が取れなかったので、カールが長持ちするスプレーを買った。香りが何種類かあり、秋山は苦手ではないだろうかと、見本品を何度も吹きかけて、クンクンしていた。他の客や店員に苦笑されながら。
悩んだ末に選んだジャスミンの香りが鼻先をくすぐった。
同時に、目頭が熱くなった。


続く・・・


後編はこちら

Honey bunny

February 14 [Mon], 2011, 0:26
誰もが癒される天使の笑顔を持つ神崎直だが、今日は珍しくその表情を曇らせていた。
リクライニングシートで手足を伸ばしながら、ため息ばかりこぼしている。

「ねー。直ちゃんが何をそんなに悩んでるのか、当ててあげようか」

直の爪に繊細なアートを施す福永は、目線は下に落としたままで、突然そんなことを呟いた。
ぼんやり考え事をしていた直は、現実世界に引き戻され「え?」と間の抜けた声を出す。

「もうすぐバレンタインだ〜。秋山さんにどうやってチョコ渡そ〜」
「えぇ!? どうして判ったんですか!?」
「あぁーー動いちゃダメダメ!」

福永は、立ち上がりそうになった直を静止して手元を修正する。

「だって福永さんが私の心をよむから…」

そんなこと、2人を知る者なら誰でも判る。
この時期なら例え初対面のネイリストだとしても、直のこの様子を見たらバレンタインの話題を振るに違いない。

「別にそんなに悩むことじゃないじゃーん。今でも普通にごはん食べたりしてるんでしょ。その流れでさらっと渡せば問題ないじゃん」
「そうなんですけど…」

直は唇を尖らせながら、足をジタバタさせる。

「あ、もしかして。ついでに愛の告白しちゃおうとか?」
「ち、ちが、ちが、違います! そんなそんなそんなことはな、な……」
「あーうん。わかった。俺が悪かった」

軽くカマをかけた福永は、予想以上の食い付きに胸中で失笑した。
あの様子ではまだ付き合うどころか、きちんとデートしてるかも怪しい。もちろん一線を越えることだってないのだろう。
どう見ても両想いにしか見えない2人が何をそんなに躊躇しているのか。
基本的に儲け話にしか興味を示さない福永すら気になっていた。

直のほうは、秋山の態度に一喜一憂しながら、なかなか気持ちを伝えられずにいるであろうことが想像できる。
しかし、あの元天才詐欺師がその状況を執拗に楽しむとは思えない。
その気がないなら、とっとと見切りをつけてしまえばいいものを、それもしないらしい。

「う〜ん…どんなチョコがいいんだろう。甘さは控えめにするとして…」
「まぁ王道はやっぱり『体にチョコ塗ってリボンつけてさぁ召し上がれ♪』じゃない?」
「え? なんですかそれ? 詳しく教えて下さい!」

身を乗り出す直から福永は逆に身を引いた。詳しく教えたら本気で実行に移しそうである。

「冗談だから。俺がこんなこと言ったなんて秋山に話さないでよ」

悪魔のような元天才詐欺師は、なぜかこのバカ正直の天使には弱いらしい。
余計なことを吹き込めば、どんな恐ろしい裁きのいかずちが飛んでくるか知れない。

「あーーどうしよぉぉ…」

とっととくっつけばいいものを…。
声に出さずそうひとりごちたが、なぜ自分が2人のことを気にかけなければいけないのかと、馬鹿らしくなる。
福永は、うなだれる直を無視してネイルに集中した。



バレンタイン当日。
とりあえず、食事を作るからと家に誘うことに成功した直だが、結局何の作戦も浮かばなかった。
チョコレートは悩んだ末、苦味をきかせたガトーショコラにした。既に冷蔵庫に冷やしてある。

玄関のベルが鳴り響き、直の心臓もドキドキと共鳴する。
髪の毛をサッと整え、ドアを開けると、そこには予想通りの人物がいた。

「秋山さん! いらっしゃいませ」

いつ来てもそう迎える直だが、その言い方がなんだか店に来たような感じがして、秋山は慣れない。
軽く挨拶をして、案内されるがままソファーに座った。
直はバタバタとキッチンへ戻る。

「すみません、まだお肉が焼けなくて。お茶を入れるので、もう少し待ってて下さいね」

オーブンの中を覗き渋い顔をする直は、くるりと振り向き、今度は手を伸ばして上段の棚を探った。

「あれ…こないだ買った新しいリーフが…」

背伸びをして棚を手探りする様子が何とも危なっかしい。
う〜んと唸る直の背後から突然、腕が伸びてきた。それは難なく目的の缶を掴んで下りてくる。

「紅茶くらい俺が入れる」

いつのまにか間近まで接近していた秋山に、直は動揺する。
今にも真っ赤に染まってしまいそうな顔を必死に隠したかった。

「あ…秋山さん上手ですもんね。最後の一滴まで綺麗に入れて」
「ゴールデンドロップには茶葉のエキスが濃縮されてるからな」

以前紅茶を飲みに行ったとき、カップに注ぐ最後の一滴をそう呼ぶと秋山から教えられた。
ゲームの最中でもよくコーヒーや紅茶を入れている様子を見かけたが、やはり彼なりのこだわりがあるらしい。
紅茶味のチョコレートにすればよかったと、直は今更気の利いたアイディアが浮かぶ自分に落胆したくなった。



他愛ない会話が弾み、楽しい食事の時間も終わりが近付いてくる。
前日から仕込んでいたタンドリーチキンは、直の満足のいく焼き上がりだった。

「ああ、そうだ…」

直がコーヒーでも入れようかと思ったとき、秋山が思い出したように、側にあった自分のバックから何かを取り出した。
テーブルに小箱がひとつ置かれる。直は両目をパチパチしながらその箱を見て、そして秋山を見た。
秋山は、開けてみろといわんばかりに目と顎で合図する。

「これ…開けていいんですか?」
「…ああ」

丁寧な手付きで開けられた箱の中には、何とも可愛らしいクマがちょこんと座っていた。チョコレートで出来ている。

「わ、可愛い! どうしたんですかコレ?」
「駅前で派手に宣伝しながら売ってたから、買ってきた」
「もしかして、私に?」
「これを自分用に買うわけないだろ」

直は感激のあまり涙が出そうだった。まさかバレンタインに逆にチョコレートをもらえるとは、予想もしていなかった。

「ありがとうございます! 私、すっごく嬉しいです」

言葉通り、キラキラと輝く笑顔からは喜びが溢れ出ていた。
しばらく手元のクマを見つめていたが、それも束の間、今度は悩ましく唸り始める。

「でもこれ、可愛くて今すぐには食べられないですね…。とりあえずしまっておいて…」
「食わないなら俺がもらうぞ」

秋山は身を乗り出してクマのチョコレートを指先で掴んだ。

「あーー!」

秋山の口に運ばれると思ったそれは、大口を開けて叫ぶ直の口内に吸い込まれていく。

秋山のしなやかな指先が、直の唇をなぞった。

直は驚いて、ぱくりと口を閉じる。そこからクマの足だけが飛び出ていた。
そんな呆けた直の様子が可笑しくて、秋山は思わず笑みをこぼす。

直は秋山が見せた柔らかい表情と、あのファイナルステージで唇を触られたときの感触を思い出して、しばらく声を出せないでいた。

「…それで、おまえが作ったのは食べないのか?」

口の中の可愛いクマを噛んでしまわないよう、溶けていく感覚を名残惜しげに味わっていた直は、秋山の質問に小首を傾げた。

「作ったんだろ、チョコレート」
「ど、どうして判るんですか!?」

まるで秘密を言い当てられたような直の反応に、秋山はガクリと肩を落としそうになる。

「…部屋に入ったとき、チョコレートの匂いがしてたからな」

それも事実だか、バレンタイン当日に食事に呼ばれたらチョコレートが出てくることを予想するのは、当然なのではないだろうか。
普段から手料理を振る舞う直なら尚更のこと。
それとも、これは自分が期待をしていることになるのだろうかと、秋山は無言で悩みそうになる。

「はい、あの…食べてもらえますか…? あんなふうに可愛くはないですけど…」
「あれはおまえに買ってきただけで、俺は食べ物に可愛さを求めてるわけじゃない」

少し照れながら「すぐに用意しますね」とキッチンに行く直の後ろ姿を見て、秋山はやれやれと息をついた。
ここ最近、やけに落ち着かない様子だったが、いつのまにか街中がチョコレート一色なり、直がバレンタインを意識しているのだと気付いた。
以前にも食事を作ると言われ家に呼ばれたとき、デザートが出てきたこともある。
しかし、バレンタインとなると何かが違ってくるらしい。
秋山にはそんな乙女心はよく判らないが、自分から買っていけば渡しやすくなるだろうと思い、実行したのだった。

そもそも、なぜ自分がそこまでしているのかと自問自答したところで、秋山自身にも答えが出せなかった。
ただ、秋山にも言い出せずに何かを悩んでいるのなら、それを取り除いてやろうと自然に頭が働いた。

だからといって、必要以上に彼女に近付こうという気持ちはない。
特別な理由はないと、そう秋山は思っていた。

「秋山さん、お待たせしました!」

直が運んできたそれは、綺麗にデコレーションされたハート型のガトーショコラだった。
たった今クリームを絞ったのか、直の鼻にそのチョコレートクリームが付いている。

「…鼻、付いてるぞ」

「え!?」っと言って思わず直は鼻を擦るが、チョコレートは余計に広がった。

秋山がため息をつきながら何か拭くものを探している間、直はふと、福永が言っていたあることを思い出す。

秋山がティッシュを手渡そうとしたとき、直は自分の鼻を指差した。

「…秋山さん、ええっと……召し上がれ?」

エプロン姿で鼻をチョコレート色に染めた直は、自分でも疑問に思っているのか、首を傾けながら、そう告げた。

秋山は一瞬、フリーズする。
その一瞬の間に彼の脳内では様々な演算が行われたに違いない。

「…そうか。じゃあ、遠慮なく」

近付く秋山の顔に、直は自分が何を口走ってしまったのか意味を理解しないまま、その場に凍り付いた。
その表情は先程の柔らかいものとは違い、ゲームで見せたような不適な笑みに変わっている。

身を引くことも出来ず、伸ばされた指に反射的に目を閉じた。

秋山の指が、直の鼻筋をツッと撫でる。
直後、鼻に軽い衝撃を感じて目を開けると、ティッシュが貼り付いていた。

秋山はチョコレートが付いた指を口に入れ、舌で絡めとる。

「甘過ぎなくて、美味いな」

そして何事もなかったようにキッチンへ行ってしまった。

直は鼓動を静めながら、鼻を撫でている。

結局、福永が何を言っていたのか、直には理解できなかった。

秋山はコーヒーを入れながら、恐らく直に余計なことを吹き込んだであろう人物を思い浮かべ、忌々しくもニヤリと口元を緩ませる。


その頃、ようやく仕事から解放された福永は、帰り道で背中に悪寒を感じ、後ろを振り返っていた…。



・・END・・


ちゃんとこっちを向いて
機嫌直してよ ハニーバニー
by 坂本真綾

ハッピーバレンタイン!!
ギリギリ間に合った!!

もう、ノーコメントでいいや、これは。。

とある休日の運転練習in外場村(4)

January 21 [Fri], 2011, 0:00
久々に母親の葬儀の夢を見たのは、どこからか香ってくるの線香のせいだろう。

あのとき仏壇に向かった秋山は、涙も流さず、何の言葉もかけなかった。
全てが終わったそのとき、墓前に花を添えて報告しようと決めていたからだ。

母親の死に直面したあの瞬間から、復讐を誓った。
今思えば、あの頃の自分は憎しみに駆られ、他者の言葉など耳に入っていなかっただろう。
誰かと関わることがあるとしても、それは目的を果たすためだけであって、本当の意味で心を通わせる相手などいなかった。
そこまで盲目的に復讐のことしか考えていなかった自分が、特に目的も見返りもなく、誰かと田舎道を歩くようになるとは、当時からしてみれば考えられなかった。

陰鬱とした空気を消すように、ふわっと花のような香りが漂ってきた。
秋山はうっすらと目を開ける。そこには、長い髪を秋山の鼻先に近付けて、大きく瞳を開く直がいた。
視線が合うと笑顔を咲かせ、その後すぐに両手で口元を覆った。

「秋山さん! よかった…秋山さん…」

名前を呼び続ける直の瞳は、みるみるうちに潤んでいった。
また泣いているのかと、問い掛けようとするが、その要因は他でもない自分なのではないかと、徐々に記憶が甦る。

この事態に陥って秋山が気付いたことは、自分自身に無頓着だということだった。
目的のために自分の利益を考えることと、自分の身体を気遣うことは、自分のためという意味では同じだが、感覚的に違う。
結局、直を休ませる場所を探し回った結果、直に迷惑をかけることになった。

「ゴメンなさい…ゴメンなさい秋山さん… 私がはしゃいで秋山さんを連れ回したせいで…」

秋山は別に連れ回された覚えもなく、運転に付き合うと決めたときから、なんとなく行き当たりばったりになることは予想していた。
だが、まさか自分が倒れるはめになるとは、想定外だった。

刑務所を出てすぐに例のゲームに関わることになったが、いざそれも片付いた今、自分が何のために生きていけばいいか判らなくなった。
ともすれば悲観的になってもおかしくない状況だが、そんなことを考える余裕すら神崎直は与えてくれなかった。
やれ食事を作っただの、勉強を教えてくれだの、なんだかんだ月に数回は会っている。
そのうち秋山も、駅前でケーキ屋を見かけては、食事代がわりに買っていったりするようにもなった。

それ以上は踏み込ませない、踏み込まないのは、自身にもまだ残っている良心なんだろうかと、覚醒しきっていない頭でぼんやりと思いながら、直の声に耳を傾けていた。

「大丈夫ですか? どこか痛いところはないですか? あ、私のことわかりますか!?」

直はその場でアワアワしながら次々と言葉を浴びせる。秋山はそれに割り込むタイミングが掴めずに黙っていた。

「私、神崎直ですよ? わかりますか? か、ん、ざ、き…」
「おいおい、目覚めたばかりの病人にそんな勢いづくもんじゃない」

直が必死に自分の名前を説明し始めたとき、襖の奥から白衣姿の男が顔を出した。
秋山が倒れる直前、すれ違い様に凝視してきた男だ。
あのときは、また余所者を珍しがっているのかと思ったが、この男に介抱された様子が断片的に残っている。

男は「どれ」と言って秋山の隣に無造作に座り込むと、鞄から聴診器を取り出し、遠慮なく布団や服を剥ぎ取った。
あらわになった腹筋に、直は思わず目を背ける。
秋山は肌にひんやりとした感触を感じた。

「医者か…」
「ご覧の通りだ。この村で医院をやってる尾崎敏夫という。村の連中からは昔の馴染みで若先生なんて呼ばれてるけどな。
もう先代もいないし、若いって年でもなくなってきたから、その呼び方は勘弁してくれ」

そうは言っても、決して年を取っているようには見えなかった。秋山よりはいくつか年上だろうか。
敏夫は聴診器を外すと、秋山の脇に体温計を当てた。

「秋山さんが倒れたところに、ちょうど先生が通りかかって助けてくれたんですよ。それで、近くのお寺も貸して頂けて」
「寺なのか、ここ」

線香の匂いがするはずだと、秋山は寝たまま首を動かして辺りを見回す。

「よかったな。このまま目覚めなかったら坊主がすぐに枕経を唱えに来てたとこだぞ」
「もう、縁起でもないこと言わないで下さいよ」
「心配するな。ここに運び込むとき、まだ坊主の出番じゃないと言っておいたから」
「尾崎先生!」

お茶を運んできた寺の雑用係が、敏夫と直のやりとりを耳に入れて苦笑していた。
これが外場村名物、尾崎敏夫の憎まれ口である。
自分が寝ている間に二人が何となく親しくなっているような気がして、秋山は眉間に皺を寄せた。

「次から、真夏日に出歩くときはもっと軽装にするんだな。あの様子じゃ水分も取ってなかったんだろう。こっちのお嬢さんはしっかり帽子も被ってたし、君よりよっぽど利口だぞ」

秋山を見下ろし、敏夫は医者として苦言を呈した。
恐れ多くも元天才詐欺師よりも賢いとされた直は、驚きと居心地の悪さを隠せず何度も目を瞬いている。

「あ、あの…私がいけなかったんです。調子に乗って歩き回っちゃって…」
「…次からは気を付けるようにする」

不服そうにそう呟く秋山に、敏夫は苦笑した。
端正な顔立ちをしたこの青年が、見かけに似合わず随分と不器用に見えた。

「彼、気がついたのかい?」

部屋の廊下側から現れた男は、寺の人間だと一目で判断できる格好をしていた。
袈裟を纏うその身は、いわゆる『お坊さん』である。年齢は敏夫と同じくらいに見えた。

「ああ。おまえの出番は来なかったぞ静信」
「それは何より」

静信という名前を聞いて、この村に来てから秋山の中でつっかかっていたパーツが繋がった。

「このお寺の副住職さんですよ」

少し前に紹介を受けていた直が、秋山の耳元でそう伝える。

「室井静信…」
「僕の名前を?」

自己紹介の前に本名を告げられ、静信は不思議そうに小首を傾げた。

「どこかで本を読んだ。変わったエッセイだったから覚えてる。『村は死によって包囲されている』という言い回しが印象的だったな。あれは、この村のことだったのか」
「村外からの客人が僕の本を読んでくれているとは、光栄です」

この寺の副住職である室井静信は、本職の傍ら作家として執筆稼業も務めていた。

この村は三方を山に囲われ、山には樅の木が鬱蒼と繁っている。
樅の木は、『卒塔婆(死者を埋葬する際、供養のために戒名等を書き、墓の脇に立てる塔の形をした木片)』の原料になる。
村の名前である『外場』も、そこから由来されたものだ。
この村は、死者を埋葬するための樅で囲われている。加えてこの地域では土葬の習慣が残っている。
死者は山に埋葬されることもあり、静信はエッセイの中でこの村のことを『死によって包囲されている』と表現した。

一通りの説明を聞いた直は、興味深そうに頷いている。

「何だか、温かい感じがしますね」

笑顔でそう言った直に、静信も敏夫も目を丸くする。

「そういう好意的な感想を頂いたのは初めてだよ」
「だって、亡くなった人たちが山から村を見守ってくれてるんですよね。そして、その山で育った木で亡くなった人を埋葬する。それって素敵じゃないですか? 命の繋がりを感じます」

なるほど、と敏夫が笑った。
静信も、場を和ませる直の雰囲気に、つい笑顔をこぼす。

「貴重な意見をありがとう。今後の執筆活動の参考にさせていただきます」

人の良さそうな柔和な表情を浮かべる静信を横目に、敏夫は腕時計で時間を確認した。
そして慣れた手つきで、秋山の体温計の数値をよむ。

「まずまずだな。今夜一晩大人しく寝てれば問題ないだろう」
「一晩だと?」

さらっと診断を下したこの医師に反論すべく、秋山は勢いよく上半身を起こした。

「今夜はこのまま、ここを使ってもらって構わないよ。部屋はたくさんあるから」
「いや、夜になる前に出る」

秋山は、つまり泊まっていけという意味である静信の言葉を慌てて遮る。

「もうじき夜だが?」

敏夫の言葉に、秋山は外を見た。障子で塞がっているが、僅かに差し込むオレンジの夕日すら陰り始めている。

「夜道の運転は危ないですよ。このあたりは街灯も少ないし…」

静信の言う通り、確かに運転免許を取りたての直に田舎の夜道は危険だ。

「帰りは俺が運転…―――っ?」

立ち上がった秋山は、一瞬クラッと目眩を感じた。思った通りに手足が動かず、そのまま膝をつくことになる。

「秋山さん! 無理しちゃダメです!」

血相を変えた直が飛んできて、秋山を支える。

「わかっただろ。そんな身体で運転なんて、医者として許可できるわけがない」
「だが…」
「何から何までお世話になって申し訳ないですが、今夜はここに泊まらせて下さい! お願いします!」

秋山が喋る前に、直が勢いよく正座した。まるで弟子入りにでも来たような頭の下げっぷりに、静信は圧倒され気味だ。
敏夫は面白そうに笑っている。

「母は久々のお客様だって、張り切って既に支度をしてるよ。うちには若い女性がいないから嬉しいみたいだ」
「そんな、お手伝いさせて下さい!」
「いや、お客様なんだから、ゆっくり休んで……」
「秋山さんはちゃんと寝てなきゃダメですよ! この御恩は私がちゃんと返してきますからね!」

静信の言葉など聞かずに、直はバタバタと廊下をかけて行く。後から、途中で転んだような声が聞こえてきた。

「台所の場所、判らないんじゃないかな…」

そう呟き、静信は直を追い掛けていく。

まるで一幕終わったかのように、部屋は静けさを取り戻した。
秋山は片手で顔を覆い、がくりと肩を落としている。

「面白いな、神崎君は。うちの看護師に欲しいくらいだ」
「この村では、余所者がそんなに珍しいのか…」

その忌々しそうな声から、秋山が今日1日どんな目に合ったのか想像つく。
敏夫は、火は点けないまでも煙草を取り出して指に挟んだ。

「田舎だからな。そんなもんだよ。君が心配するほど大したことじゃない。噂が広まったところで、君らが帰ればすぐ消えるさ。俺は田舎者でも一応医者だからな。守秘義務は守るぞ」

秋山は深いため息をつく。
早々に村を立ち去る予定が、まさか夜を明かすことになるなど論外だ。それも自分の体調が原因である。
だが実際に、身体のだるさも無視できなかった。それが余計に忌々しい。

「ほら、ちゃんと寝てないと、可愛い彼女がまた顔色変えて怒りにくるぞ」
「そんなんじゃない」

そう言い捨て、秋山は布団を被った。
その一言に何かを感じたのか、敏夫はくわえた煙草を再び指に戻す。

「君はもう少し、自分のことを気にかけたほうがいいかもしれない。医者でヘビースモーカーの俺が言うのも何だが」

敏夫は立ち上がり、襖を開ける。

「君が倒れたときの、神崎君の様子は尋常じゃなかった。以前、近親者に同じようなことがあって辛い思いをしたんだろう。精神科は専門外だから確かなことは言えないが」

それを聞いた秋山は、閉じた瞳を開けて、ちらりと敏夫に目をやる。

「まぁ、俺が口出しすることじゃないか…。とにかく、今夜は大人しくしてることだ。いいな」

振り向き様にそう残していった敏夫は、部屋から出ていった。

ひとりになった秋山は閉じられた襖を暫く眺めていたが、
また静かに漂ってきた線香の匂いに、意識をまどろませた。


続く…


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本当はもっと載せたかったんですが、どんどん長くなっちゃうので次回に回しました( ̄▽ ̄;)
ブログじゃ読みにくいよなコレ…。

若御院こと静信も登場させてみました。
私が書くと胡散臭い坊さんになる…。

尾崎医院で看護師やる直ちゃんが想像できたw
ナース服着せたい…。

次回は秋直色強めの予定。

の、前にバレンタインネタも書きたいな。。

とある休日の運転練習in外場村(3)

January 08 [Sat], 2011, 12:00
この外場村唯一の医師である尾崎敏夫は、いつも通り午後の往診を終え、見慣れた道でのんびり自転車を転がしていた。

近頃続いている不可解な死は、とどまるどころか増えているように思える。
つい昨日も近隣者のお通夜に立ち会ったばかりだ。そして、先程診た患者にも例の貧血に似た症状が出ていた。
また、命が失われるかもしれない。
村に死が蔓延しつつあるこの状況で、医者であるにも関わらず、今の己はあまりに無力だった。
毎日、死亡者の原因究明に躍起になっているが、未だに答えが出ない自分自身に腹が立つ。

重苦しい息を吐き、胸ポケットから煙草を取り出そうとしたとき、前から歩いてくる女性と目が合った。
顔馴染みなら挨拶をしようかと思ったが、見知らぬ若い女性だった。
いくら小さな村といっても、敏夫とて村人全員を把握しているわけではない。
今の時期なら、夏休みを利用して村人の親戚が来ているのかもしれない。
女性に会釈をして目を反らすと、今度はその後ろに見知らぬ男性がいた。
何やら覚束ない足取りで頭を押さえている。
頭から靴まで黒で統一された様子は長身な彼に似合っているが、この炎天下であの格好は自殺行為だ。
それだけで、村外の人間だと判る。この村の住人なら、夏にあんな格好などしない。
垢抜けた雰囲気からして、恐らく都会の人間だろう。

(熱中症で倒れなきゃいいが…)

そう思った矢先、男がその場に蹲り、倒れ込んだ。
敏夫はぎょっとして、くわえたばかりの煙草を落とす。

「え…秋山さん!?」

異変に気付いた直が踵を返し、倒れた秋山に駆け寄る。
敏夫は急ブレーキをかけると乱暴に自転車を乗り捨て、慌てて倒れた男のもとに走った。

「おい、君!」

虚ろな様子で返事もままならない。額は汗に濡れ、長い髪が貼り付いている。頻脈があり、顔色は蒼白。呼吸はやや荒い。
教科書的な熱中症の諸症状が出ていた。

「言わんこっちゃない。こんな格好で炎天下をどれだけ歩いた。都会人が、田舎の夏を甘く見るなよ」

敏夫は秋山のシャツのボタンを外し、火照った身体に少しでも空気を当てようとした。
その間も、遠退く意識に呼び掛け続ける。

「あ、お、お医者様ですか!? あの、秋山さんは…ど、どうしよう…どうしよう、秋山さん…っ!」

舌打ちする敏夫の横顔と、ぐったりとした秋山を交互に見て、直は取り乱していた。

「とりあえず、処置できそうな場所へ…」
「秋山さんを、秋山さんを助けて下さいお願いしますお願いします!!」

立ち上がろうとした敏夫の白衣の端を両手で掴み、深々と頭を下げている。
必死に懇願し、顔を上げた直の目には涙が浮かんでいた。
そのあまりに錯乱した様に、敏夫は面食らう。

「大丈夫だ。まだ命に関わるほどじゃない。軽くはないがな」

むしろ彼女のほうが重態ではないかと思えた。
敏夫は震える直の肩に強く手を当てて、漫ろな気を集中させるべく真っ直ぐに見つめた。

「少し落ち着きなさい。君の力がいる。助けるんだろ、秋山さんとやらを」

敏夫にそう説かれ、直はコクコクと何度も頷く。
両手を握り締めて、しっかりと立ち上がった。
敏夫と直が両側から秋山を支え、その場から動かそうとしたとき、前方から声がかかる。

「おや、若先生。どうかしましたか?」
「田所さん! ちょうどよかった。急病人なんだが、寺を貸してくれませんか。うちの病院まで運ぶより、早く涼しい場所に寝かせたほうがいい」

直は寺と聞いて、先程寺の存在に気付いて興味を示し、歩みを早めたことを思い出す。
そのとき既に後ろの秋山は体調を崩していたのかと思うと、何も知らずにはしゃいでいた自分が恨めしく思えた。

「それはいけない。今、人手を呼んできますんで中へ運びましょう」

田所と呼ばれた初老の男性は、降りてきた階段を急いで戻り、声を荒げた。

直は支えている秋山から伝わる体温を痛いほど感じて、不安な気持ちを押し殺すよう、その手に力を込めた。


続く…


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年内に更新できず、すみません( ̄▽ ̄;)

敏夫先生の登場です。次で若御院も出せたらいいな。
原作だと寺の前に長い階段があるんですが、そこは無視ということで…。

いつも無敵な秋山さんを病気にしてみた!
ファンの方に怒られそうですが、なかなか新鮮で楽しい(笑)。
代わりに直ちゃんが健気に頑張ります。

思ったより長くなってしまって、なかなか先に進みません…あと三回くらいかな。

とある休日の運転練習in外場村(2)

December 26 [Sun], 2010, 3:50
また少し歩くと、畑を挟んだ向こう側の道に、黒い服を着た人々が列を成しているのが見えてきた。
列の中心では、人も入れるほどの大きな箱が神輿のように複数の人間によって担がれている。

「あれって…」

秋山は直の疑問に応えようとしたとき、脇道の人影に気付いた。

「また、誰か死んだんだ…」

その男、というより制服を着た少年は誰にともなく呟く。
その姿からして高校生だろうか。どこか影を背負ったような雰囲気が、彼を大人びて見せた。

「やっぱり、お葬式なんですね」

直は、その声の主に向かって話しかける。
とするとあの箱は棺で、あの葬列は火葬場へ向かっているのだろう。

「こんな時代劇みたいな葬式、マジでやってるとこがまだあるんだから驚きだよな。…つか、もしかして、村の外の人?」

少年は見知らぬ2人に感情のない視線を向ける。

「あ…すみません。そうです。車で道に迷ってしまって。せっかくだから少しこの村を見せて頂いています」
「わざわざこんな村に…理解できねー…」

少年の後ろから、誰かがゆっくり近寄ってきた。
その人物は秋山と目が合うと、黙っていてと言わんばかりに人差し指で合図する。

「なーつーのー!」

少年の後ろからガバッと肩に腕を回して笑顔で密着する。
少年は思わずのけ反った。

「な……徹ちゃん!?」
「こんな暑いとこに突っ立って何してんだ夏野?」
「別に何もしてねーよ。だから名前で呼ぶなって」

自分の名前を嫌っているのか、夏野と呼ばれた少年は嫌そうに顔を歪めた。
そんな夏野とは反対に、徹と呼ばれた彼は笑顔でわざと名前を呼び続ける。
夏野よりも少し年上のようだった。

「ところで、こちらの2人は? 村の人じゃないみたいだけど」

また直が自分たちの説明を始めようとしたところで、秋山がそれを遮るように口を開く。

「休める場所を探しているんだが、近くに喫茶店のようなものはないか?」
「こんな田舎にカフェとかあると思う?」

夏野がしれっと言い放った聞き捨てならぬ発言に、徹が反論する。

「田舎をあまりバカにするなよ。喫茶店ならいくつかあるだろ。商店街のクレオールとか」
「ああ、あそこのコーヒーはなかなかいけるってうちの父さんも言ってたな。店構えは古くさいけど」
「レトロと言えレトロと。ああいうアンティークな感じが都会でもうけるんだぞ」
「横文字使っても結局は田舎ってことだろ」

そんなやりとりを続ける2人から何とかその喫茶店の場所を聞き出し、秋山は早々にその場を後にした。
直は2人に頭を下げつつ、慌てて追いかける。

最初に会った老人たちからも感じたが、この村には外の人間を受け入れない雰囲気がある。
受け付けないわけではないが、余所者として珍種のような扱いをする。
一目で村外の人間だと気付く辺りが、それを物語っていた。
こういうところでは、あっという間に噂が広まり、自分たちの存在が村中に知れ渡るのは時間の問題だろう。
別段危険を感じているわけではないが、面倒なことに巻き込まれる前に立ち去るのが無難だ。
直もある程度この風景を楽しみ、最後に軽くお茶でも飲めば満足するだろう。
秋山は、未だに陰りを見せない日差しに辟易しながら、この村からの撤退方法を考えた。


あの2人と別れてから10分以上は歩いたはずだが、一向に商店街らしき入り口は見えてこない。
気付かぬ間に違う道へ入ってしまったのか、それとも、舗装しきれていない道に足を取られて思ったほど距離を進めていないだけなのか。
ため息をついた秋山は、一瞬目眩を感じて俯く。
直は後ろにいる秋山のそんな様子には、まだ気付いていない。
また何か気になるものを発見したのか、風に飛ばされそうになった帽子を押さえつつ、足取りも軽やかだった。

そろそろ水分を取るべきかと、秋山は自販機を求めて進行方向へ目を細める。
見つかったものは、自販機ではなく自転車だった。
徐々に近付くその自転車には男が乗っていた。
白衣を纏っているところを見ると、この村の医者だろうか。
なぜかその男はすれ違い様、秋山をじっと見ていた。
ここではそんなに余所者が珍しいのか。
このときの秋山は、自分に貼り付いた男の視線を、そう勘違いしていた。

するとその男が、突然倒れた。
だがすぐに、秋山自身の視界のほうが回転したことに気付く。
男は自転車に乗ったままこちらを振り返り、何か言っている気がした。
秋山の名を呼ぶ声がする。
直の声だ。
こちらに駆け寄る直の姿が、目蓋の裏側に残っていた。
白い帽子がふわりと宙を舞う。
それを最後に、秋山の視界はシャットダウンした。


続く…


*******************************************

聖夜の更新。

漫画ではむごいことになっているので
せめて創作の中だけでもと、ほのぼのした夏野と徹を書いてみた。
こんな時期もありましたね…。

何やら秋山さんがピンチです。
ドSな秋山の弱った様子を書くの楽しいなぁw(ぉ

そして若先生登場。
キリのいいところまで書きたいので、短めのを年内に更新…できればいいな。

あきなお突発SSS 【Satellite of love】

November 07 [Sun], 2010, 3:45
【秋山視点】

「彼女の将来を考えたら」とか、
「彼女とはつり合わない」とか、
他人からそんなことを聞くと、むしろ
なけなしの良心が痛んだ。

相手のためを思うなんて、本当はそんな高尚な気持ちじゃない。
結局は、また失うことが怖いだけだ。
これ以上側にいたら、離れられなくなる。
ずっと守っていく自信も、
いつか別れが来たときに、すんなり身を引ける自信もない。
お互いが傷付くことになる。
大切なものを持たなければ、失うこともない。
だから、自ら離れた。
これは自分自身が望んだ結果だ。
それなのに…。

強く噛んだ口内から鈍い音がした。

毎晩、星空に浮かぶのは、最後に見た彼女の泣き顔だった。


【直視点】

もう彼のことは諦めよう。
どう考えても似合わないし、これ以上は迷惑だ。
あれから、何度そう自分に言い聞かせただろう。
止めどなく溢れる想いを、必死にかき消しながら…。

いつか何年かして、久しぶりに会うことになったら、普通に話せるだろうか。
共にゲームを戦った仲間として。友人として。
当時のことを思い出しながら。
相変わらず馬鹿正直だと言われて、
そっちこそ嘘つきだと言い返して。
お互い側に居る人が違っても、ちゃんと笑えるだろうか。

無理に作った笑顔から、涙がこぼれ落ちる。

「どこかで同じ星空を見ていますか…?
この気持ちに鍵をかけるには、まだ時間がかかりそうです…」


渇いたその心 暖めて

繋いだその指を離さないで

どうか お願い…

AKIYAMA×NAO Main Story
【Satellite of love】

Coming soon…?



前回更新からだいぶ間があいてしまったので
突発的に連載の間に入れ込んでみる。。
GLAYのアルバムの新曲にのせて。
泣けるんだ、この曲。先日、ライブで生で聴いて涙。
この曲で本編書けたらいいなぁ…

参考までに…

オフィシャルからちょこっと視聴できます。
リンク

歌詞はこちら
リンク

とある休日の運転練習in外場村(1)

October 03 [Sun], 2010, 4:26
青い空と、一面に広がる田園風景。
蝉の鳴き声が、ジリジリとした暑さに拍車をかける。
そんな猛暑日でも、直の足取りは軽快だった。
いつもとは逆の立ち位置で、秋山はその後ろについている。

話は数日前に遡る。

「秋山さん! 実は私、車の免許を取ったんです!」

電話越しの直の声は、その姿が容易に想像できそうなくらい、はしゃいでいた。
秋山は、予想通りの報告に心の中で、「やっぱりな」と呟いた。
内緒のつもりだったようだが、
夏休みを利用して免許を取得していることは何となく気付いていた。
急に知らせて驚かせたい様子だったから、
特にこちらからは話題を降ることもしなかったのである。
その嬉しそうな声を曇らせたくなくて、
直の報告に合わせて適当に相槌をうつ。

「早く運転に慣れるためにドライブに行きたいんですけど、
秋山さん、ついてきてくれませんか…?」

彼女の普段の様子から車の運転を連想させると、少し嫌な予感はしたが、
その誘いを断る理由もなく、翌週末である今日、
レンタカーを借りて少し遠出をしたのだった。
その予感は的中し、直の危なっかしい運転に何度も肝を冷やすことになった。
おまけに必要以上に制限速度を遵守するため、
高速道路では周囲の車の無言の苛々に頭痛がしてくるほどだった。
追い抜かれるたび、何度車内を覗き込まれたことか。
当の本人はまったく気付いてないようだったが。
秋山もしばらく車の運転からは離れていたが、
これなら自分が運転するほうがはるかに疲労感が少ない。
それでも根気よく助手席でアドバイスをしたり、
思わずハンドルに手が伸びることもあった。

そんな様子で走り続けた結果が……

「秋山さん。どこだかよくわからない場所ですけど、
のどかでいいところですね!」

目的地を見失い、着いた場所は見知らぬ村だった。
目が離せない直の運転につきっきりの秋山も、
ついナビの確認を疎かにしてしまった。
曲がるべきところで曲がれず、違う道に迷い込み、
ついにはナビが表示されないところに踏み込んでしまったらしい。

せっかくだから降りてみましょうと、直はポジティブに歩き出した。
こちらを振り返ると、ブラウンの巻き髪がふわりと舞う。
白い帽子にワンピースがよく似合っていた。

いつもクールな秋山でも、この猛暑にはたまらず、
薄手のTシャツを着てくるべきだったと後悔した。
よりによって上下ともに黒系、上は襟つきである。
秋山は額からにじみ出る汗を拭い、辺りを見回した。

電柱に打ち付けられた表札から、「外場」という掠れた文字が目についた。
「そとば」と読むのだろうか。
どうやらこの辺りの地名らしい。

少し歩くと「タケムラ文具店」という看板を掲げた店にたどり着く。
その名の通り文具店なのだろうが、店の前には椅子が置いてあり、
3人ほどの老人が入り口を監視するかのように座っていた。
2人に気付くと、こちらに目をやり、ひそひそと話し始める。
あまりいい気はしなかったが、そんな空気をものともせず、直は笑顔で声をかけた。

「おんや、こんな田舎に若い人が珍しい。どこかの家の親戚かい?」
「違うんです。私たち道に迷ってしまって…」

それを聞いた老人たちは顔を見合わせる。

「この村に繋がってるのは国道からのわかりにくい一本道しかないっていうのに、
よくも迷い込めたもんだ。
来たくたって道に気付かなくて立ち往生する人がいるくらいだよ」

直と会話をしながらも、時折こちらに向けられる彼らの懐疑的な眼差しに、
秋山は気付かないフリをした。

「せっかくなので、少し観光して行こうかと思って寄らせてもらったんですけど、
このあたりに駐車場はありませんか?
とりあえず空いている土地に停めてしまったんですけど…」

観光という言葉に、彼らは薄く笑い声を上げた。

「こんな村を観光だなんて物好きな人もいたもんだ。
見ての通り何もないところだよ。
まぁ、都会の人は何もないところが逆に珍しくていいのかねぇ」
「あの工房の家も、そんなようなことを言って、わざわざ都会から越してきたんだろう」
「そういえば、こないだの恵ちゃんのお通夜で……」

そう言って彼らの話が関係のない方向へ反れていく。
直は大きな瞳を瞬かせながら、彼らの顔を交代に見つめた。
それに気付いた1人が軽く咳払いをして答える。

「あぁ、車なら適当に停めるがいいさ。
ご覧の通り土地ならいくらでもあるからね」

ありがとうございます、と頭を下げる直。
秋山も去り際に会釈する。
まるで背中に貼り付いているかのような視線を、いつまでも感じた。

「駐車場でもないところに車を自由にとめられるなんて、
田舎っていいですねー」
「おまえは、あいつらに何も感じなかったのか?」
「え? 親切な人たちでしたよね?」

やはり馬鹿正直はいつまでたっても治りそうはない。
そこが彼女の個性でもあるが、トラブルに巻き込まれる最大の要因ともいえる。
ついてきてよかったと無意識に思ってしまう自分に、胸中で苦笑した。

「秋山さんも飲みますか?」

直はいつの間にかペットボトルを取り出し、水分補給をしていた。
ほんのりピンクを纏った唇に水滴がついて、キラキラと光っている。
そのボトルを何ともなしに秋山へ差し出す。

「いや…俺はいい」
「あ、そっか。これ甘いですもんね」

直は的外れなことをつぶやいて、アイスレモンティーをバッグに閉まった。
実際、喉は渇いていたが、そのままペットボトルに口を付けることに
何となく躊躇いが生じた秋山だった。
歩いていればそのうち自販機があるだろう。

「秋山さん! 川が見えますよ!」

前方を指差し、後ろにいる秋山へテンションの高い声を投げかけきた直は、足早に駆けていった。


ここは、田舎特有の排他的な匂いが充満している。

改めて見回せば、村を囲うようにして樅の木が鬱蒼と繁っていた。
先ほどの老人の話では、村の入り口は国道からの一本道のみ。
偶然にも直が間違えてハンドルを切ってしまったところが、ここだったということか。

秋山は、何かが頭の片隅にひっかかっている感じがした。

『村は死によって包囲されている…』

なぜかそんな不吉なフレーズが、秋山の脳裏をよぎった。


続く…


*******************************************

まさかのLG秋直と屍鬼のコラボ。
需要なさそう&こんなん本気で書くの自分くらいだろうに…。
(しかもタイトルがアレな感じで…)
メインは秋直なので、屍鬼を知らなくても支障ない程度にしたいと思ってます。
でも興味持ったらぜひ屍鬼もよろしくw (原作小説、漫画、アニメがあります)
まずは、序章的な感じで。
何回まで続くのかよくわかりません!
収集つかなくなる前にサクっと終わらせたいと思います;
屍鬼のキャラをどこまで登場させるかが、悩みどころ…。

ところで実際の設定では秋直は免許持ってるのかなぁ?
秋山さんは服役中に失効して、2年間の間に海外でとりなおしてそう。

間接キスを気にする秋山…w

その手を伸ばして…2+オマケ

September 26 [Sun], 2010, 4:34
あれから2人は他愛もない会話で、別れまでの時間を繋いだ。

電車を降り、駅から出る。
しばらくは、また直が秋山の数歩後ろに着いていたが
いよいよというところで、秋山は振り返った。

「また何か困ったことがあれば、連絡してきな。話くらいは聞いてやるよ」

同じだった。
あのときも同じ言葉を残して、彼は2年間、姿を見せなかった。
何度か電話もしてみたが繋がらず、
後から聞けばその期間のほとんどを海外で過ごしていたらしい。

「…はい。あの……ありがとうございました!」

直は、心にひっかかるもやもやとした気持ちを打ち消すように、深々と頭を下げる。

「…それじゃあな」

そのとき、秋山が発した言葉が次を約束するようなものなら、
直はそんな行動には出なかったかもしれない。
しかし、その別れの一言が、直の空白の2年間を思い出させた。

ハッとして頭を上げると、秋山の背中が見えた。
自分を庇い失楽園となって、エデンから追放されたときと同じ背中が。
あのときの涙と悲痛の叫びが、直を駆り立たせる。

もう、あんな辛い思い、二度としたくない。

「待って下さい! 秋山さん!」

呼び止められて、秋山は再び振り返る。

「あの…また…電話してもいいですか…」
「だから、いいって…」
「困ったときだけじゃなくて、嬉しいことがあったときとか…
何か報告したいことがあるときとか…」
「いいけど…」

自分の指を絡ませながらもごもごと口を動かす直に、
秋山は顔色を変えず返答する。

「それと…電話だけじゃなくて…たまには会ってくれませんか?
月に1…2、3回くらいは……」
「まるで恋人同士だな」

鼻で笑う秋山のその言葉に、直の心臓は高鳴った。

少しだけ俯き加減に、秋山の表情を盗み見る。

「いけませんか…そういうのは……」

『そういうの』 とは、どこにかかる言葉なのか。
直は心の中で、その言葉の意味を自分自身に問いかけた。

それは、実際はほんの10秒足らずの時間だったはずだが、直にはとても長く感じた。
まるで、あのゲームの結果が出る瞬間に似ている。

「あーーーす、すみません、すみません! 気にしないで下さい!」

沈黙を先に破ったのは直のほうだった。
自分が発した言葉に耐えきれずに、赤くなりながら手をひらひらと泳がせている。
その間、何度も肩にかかっている荷物が落ちそうになっていた。

「じゃあ私はこれで!本当にありがとうございました!それじゃあ、またッ」

直は秋山の顔をまともに見れない。
きっと、困惑したような、迷惑そうな顔をしているに決まっている。
最後に『また』を付けることだけで精一杯だった。

一方的に会話を終わらせてバタバタと直は去っていった。
秋山は少しの間、呆然とその後ろ姿を見ていた。
先のほうで転びそうになる直に思わず手を伸ばす。
何とか堪えたようで、また肩の荷物を持ちかえてフラフラと歩き出した。
秋山はため息をつき、踵を返す。


幼い少女は、目の前を歩いてくる男性に思わず見とれてしまった。
今読んでいる物語の主人公が現実にいるとすれば、あんな感じだろうか。
背が高くて、少し髪の毛が長くて。
その男性は少女に気付く様子もなく、自らの片手で自分の顔を被う。
隠しきれていない両目と、指の間から覗く口元と、ほのかに火照った頬。
その複雑な表情は、少女の語彙力では表現できそうにない。
恥ずかしそうな、嬉しそうな、でもなぜか、とても辛そうな…。
あの何とも言い難い表情が彼の心境を表しているのだとすれば、
一体彼に何があったのだろうと、好奇心が沸いた。

すれ違い通り過ぎる男性をつい振り返りながら、少女はまた駆け足で去っていった。


・・EnD・・


そう簡単には、付き合わせないよ?(ニヤリ

やっと終わった…
ファイナル直後だけなのに、どんだけ時間かけてるんでしょうね。
最後の秋山の表情を他人に説明させたのは思いつきです。
第三者に語らせたほうが面白いかなぁと。

このあとの構想もチラホラとあるんですが…
しかし、このままここで書き続けていいものやら。
ちょっと整理しようかな;


以下、【オマケ】

その手を伸ばして…1

August 09 [Mon], 2010, 8:10
空気が澄んでいる、気持ちのいい空だった。青空を反射して、海がきらめいている。
そんな景色とは裏腹に、直の心情は曇り空だった。


ファイナルステージを終え、島から解放されたメンバーたちはフェリーを降りると、
2、3言葉を交わして各々の帰路についた。
直は丁寧にひとりひとりに頭を下げ、再会を願った。出来れば次はゲームとは関係のないところで…。

ゲーム序盤からの戦友、福永は「今度ネイルに来てね」と割引券つきの名刺を直に渡していた。

秋山はそのやりとりを遠巻きに眺めていたが、人が捌けると直に一声かけ、海沿いの道を2人で歩き始めた。
直は秋山の真横に並ぶのを何となく躊躇い、数歩後ろについている。

秋山はこちらを振り向くことはないが、直の靴音に合わせて、無理のないよう歩幅を調整しているようだった。

もう何度、この背中を見てきただろう、と、直は心の中で呟く。
ゲームの始まりは、いつもどこからともなく現れるのに、終わると決まって「いくぞ」と直に声をかけた。
だからといって仲良くお喋りをして帰るわけでもないが(直が一方的に話しかけては秋山が相槌を入れたり、ツッコんだりしていた)、そんな気遣いが嬉しかった。
秋山との他愛ない会話で、安心感が生まれた。
危険な場所から、安全な日常に引き戻してくれるような、そんな感覚。
そう、いつだって秋山は直にとって、あの恐ろしい空間にいても安らげる場所、もう大丈夫だと思わせてくれる存在だった。


そんな人を、傷付けてしまった…。

『やっぱり秋山さんは、人を信じることができないんですね…』

ファイナルステージの会場にたどり着く前に、事務局員から聞いた言葉。
秋山は他人を信じることができない…。
それを真に受けたわけではない。
秋山のような、弱い者を放っておけない優しい人間なら、誰かを信じることだってできるはず。
その誰かに自分がなれるなら、なって秋山を助けたい。
そう決意してゲームに挑んだはずだったのに、正反対のことをしてしまった。
武田に向けられた疑いが許せなくて、つい口に出てしまった。
秋山は全ての可能性を考慮した上での判断だったのに、
直は一時の気持ちや感情で秋山を疑うようなことを言ってしまった。

それは、秋山の胸の深奥に住み着いた暗闇。
信じることへの恐怖。

彼を信じよう、彼に信じてもらおうと強く想っていたはずなのに。
以前、葛城に偽善者と言われたが、まさにその通りだと今になって思った。


リズミカルに響いていた靴音が急に止み、秋山は眉根をピクリとさせた。

「どうした……?」

振り返った先には、その場に蹲る直がいた。
体調を悪くしたのかと、秋山はギョッとして駆け寄る。

「おい、貧血か?」

目の前の少女は、俯きながら肩を震わせている。
泣いているのだということが、顔を見ずともわかった。

「…なさい…ごめんなさい…」

か細い声で謝り続ける直に、秋山は困惑した。

「ゲームが終わっても泣くのか…。一体どうしたんだよ」

軽く息をつき見下ろす秋山と目線を合わせないように、直は涙を拭う。

「あのとき、私は秋山さんに酷いことを言いました。
秋山さんは私のことを信じて、私のために赤を入れてくれたのに…私は……」
「もういい、終わったことだ」

秋山は直の言葉を遮った。
赤リンゴを揃えてあんなに喜んでいたと思えば、ここまでの道中そんなことを考えていたのかと、
驚き反面、半ば呆れてしまう。
相手の心理を読むことに長けている秋山も、さすがに見抜けなかった。

「最終的にゲームには勝てたんだ。今更、気にすることでもないだろ」
「でも私は秋山さんを傷付けてしまった。私は自分が許せないんです!」

直は頑なに首を左右に振って、秋山の言葉を受け入れようとしない。
馬鹿正直なくせに、たまに出るこの頑固さが厄介なことを、秋山はよく知っている。

盛大なため息をついた秋山は、不本意そうに口を開く。

「よかったんだ、あれで」

こんなこと、本当は彼女には聞かせたくない。
自分の心情を口にするなど、ひどく分が悪い気がした。
だが、そうでもしないと、この馬鹿正直の頑固者は納得しそうになかった。

秋山の声のトーンが変わった。
それを聞いて、直はしゃがんだまま、ようやく秋山の顔を見上げることができた。

「そもそも俺がこのゲームに参加したきっかけは、おまえに手を貸すためだ。
事務局の思惑もあったんだろうが、そんなことは俺には関係ない。
俺が最後まであのゲームに参加し続けたのは、俺の意思だ」

主催者を突き止めたい、この狂ったゲームを終わらせてやりたい。
もちろんその思いもあったが、恐らくそれが達成できたとしても
もし彼女が負けて多額の負債を背負っていたとすれば、何の目的も果たしていないことと同じだっただろう。
それどころか、ひどい後悔をして、また憎しみに駆られていたかもしれない。
自分でも認識していなかったその感情に、ファイナルで失楽園となったとき、ようやく気付いた。

「あのとき、俺が手を貸してやろうと思った以上、おまえは絶対助からないといけなかったんだ。
まぁ、抜け出せたはずのゲームに自ら首突っ込んできたのは誤算だったがな」

それも、何回も。
恨めしそうな秋山の視線を受けて、直は気まずそうに顔を歪める。

「だから、おまえを救えないと何の意味もないんだよ。俺自身が助かろうが、他の誰が救われようがな」

失楽園となったとき、自分の負債よりも何より、彼女を救えなかった自分が許せなかった。
いくら少しは成長した彼女でも、あの場にいて最後まで無事にいられるとは思えなかった。
今思えば、結果的に2人して多額の借金を背負ったとしても、また詐欺でも何でも働いて金を稼げば
彼女を救う方法はあったかもしれない。
だが、あのときは、そういうことではなく、自分が彼女を救えなかったという事実に愕然とした。

初めて会ったとき、わけもわからず突然自分に助けてくれと懇願してきた彼女。
救いを求めてきた手を取ってやったのに、結局自分から離してしまった。
だから、またその手を取ってやれるなら、ヨコヤに貸しを作ってしまうことなんて、
どうでもいいことのように思えた。

「秋山さんは……優しすぎます……」

いつも雄弁に語る秋山だが、こんなふうに自分の気持ちを語ることは少ない。
直は初めて、秋山の本当の言葉を聞いた気がした。
それが嬉しくもあり、また、涙が出る。

「それでも申し訳ないって言うなら、せめて堂々としてな。おまえがそんなじゃ、俺が浮かばれないだろ」

秋山は、蹲っていた直に手を伸ばした。
直はその手を掴み、立ち上がると、にこりと微笑んだ。

やはりどうせなら、泣き顔より、笑った顔のほうがいい。
そう思い、つられて微笑む秋山を、直はハッとして見つめた。
その貴重な笑顔をずっと見ていたかったが、秋山はすぐに前を向いて歩き出す。

「さっさと帰るぞ」

またいつもの調子の秋山だった。
直は何となく可笑しくて、秋山に聞こえないよう口元に手を当ててクスクスとこぼす。
それが聞こえてしまったのか、秋山は後ろの直を一瞥して、居心地の悪そうな顔をした。


************************

かつて、助けてと手を伸ばした直。その手を取った秋山。
それを秋山が自分から差し出せるようになったのは、気持ちの変化かなぁと…
勝手に2人の微妙な変化を、こんな表現してみました。

映画のブルーレイ&DVD発売記念みたいになってしまいましたが
こんな遅くなる予定じゃ…
そして、まだ続くんです。。。次こそラスト!
今度はもう少し早く。。。(本当に?
P R
プロフィール
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