覚え書き(時代・風俗)
2007.04.04 [Wed] 23:26

 【舞台となった時代】
  延喜時代(901〜923)
  ※遣唐使廃止が984であるので、服装史の観点から言えば桐壺の行為の服装は唐服樣のツーピースであった可能性も。唐衣裳(十二単)の成立年代は不明。

 【結婚】
  婿の脱ぎ捨てた履を嫁の両親あるいは兄が抱いて寝る風習がある(つまり葵と源氏の場合は頭中将が!?)

 【出産】
  貴婦人の出産の時には、産婦・介添えの女房の装束・几帳・屏風も白で統一された。

覚え書き(光源氏)
2007.04.04 [Wed] 21:51

 【光源氏】
  幼少期の髪型・・・美豆良、下げ美豆良。
  三歳・・・母(桐壺更衣と死別)

  十二歳・・・元服。清涼殿にて加冠の儀式。。赤の袍(子供服)を脱ぎ、黄の袍を着る。
        ※この晩、十六歳の葵と結婚。

  (十三歳〜十五歳の間は記述なし)

  十六歳・・・近衛中将(武官)
  十七歳・・・五月雨の時期・『雨夜の品定め』。※この時、頭中将は殿上の間で秘書官長を務めた帰りであるので、おそらく冠直衣姿。
  十八歳・・・春・末摘花(常陸の宮の姫)へ通う。
         藤壺と不義密通。
  二十歳・・・三月・『花宴』
  二十二歳・・・葵が出産。

  二十六歳・・・春・須磨へ。秋・『野分』
  三十五歳・・・太政大臣。秋・六条院完成。二条院から六条院へ。六条院の西南は六条の御息所のかつての住まい。
  三十六歳・・・『行幸』
          
  四十歳・・・女三の宮(14)を娶る。

  四十七歳・・・旧暦正月二十頃・『若菜・下』
           紫の上(39)・明石の上(38)・女三の宮(21)・明石女御(19)

覚え書き(衣装)
2007.04.04 [Wed] 21:19

 【衣替え】
 4/1〜夏服
 10/1〜冬服

 【女装束】
  十二単
   単(ひとえ)、張袴(はりばかま)、袿(うちき)、打衣(うちぎぬ)、表着(うわぎ)、裳(も)、唐衣(ぎぬ)
 から構成され、その上に
   檜扇(ひおうぎ)、帖紙(たとう)
 を持つ。

   ※張袴・・・寝間着でもある。既婚者・宮仕えの女性は紅。未婚の女性は濃色(こき/海老茶に近い色)
   ※十二単は何枚重ねても簡易に脱ぎ捨てることができ、裸身になることができる。
  
 【束帯の袍】
  一位     深紫
  二位、三位 浅紫
  四位     濃緋
  五位     浅緋
  六位     深緑
  七位     浅緑
  八位     深縹
  初位     浅縹

  単・大口袴・表袴・衵(あこめ)・下襲と裾・半臂(はんぴ)・袍・笏・檜扇・帖紙(たとう)・履(くつ)・襪(しとうず/ソックス。四十歳から着用できる)・冠・石帯

  ※三位以上の公卿は、勅許があれば直衣での参内が可能。
   【直衣布袴・大君姿】
   太刀を穿かず石帯不要、下襲なし、裾なし、袴はシルエットの見えにくい指貫(束帯の場合は窮屈な表袴)
 
 【美男の条件】
  色白・ふくよか・髭が薄い・服のセンスがよい。

 【うちぎ-袿】
  男性の部屋着。女性のものと同じ。下は下袴のみ。

 【直衣】
  貴人の平常着。公卿および大臣の子弟などが着用することができた。

【参考文献】
2007.04.04 [Wed] 21:15

「服装から見た源氏物語」近藤富枝著・文化出版局
P R
カテゴリアーカイブ
Yapme!一覧
読者になる