仕事の合間に北品川で京急の各駅停車を降りる。
駅前の踏切を渡ると、フランキー堺の「幕末太陽傅」の舞台である。
主な舞台である遊郭旅籠「相模屋」は、品川宿のこのへんだったろうか。

もっとも、1957年のあの映画の冒頭でも、このへんは、まあ大体こんな感じだった。
映画の中身は、文久2年(1862年)の頃のことである。
川島雄三監督の構想では、ラストシーンでフランキー堺が走り続け、
1957年の北品川の旧東海道に突き抜けてしまうというものだったという
(実現はしなかった)
道路の左側(下り方向に向かって)は、映画では海だった。
裕次郎が舟に乗っていた海である。
今でも高さがぐっと低く、短い坂道になっている。

坂をくだると、運河になっていて、
大正時代に建てられた小さな橋がある。
まわりは魚屋と鮨屋が多く、江戸前を思わせる。