「ゆれる」
August 02 [Wed], 2006, 2:15
監督:西川美和 出演:オダギリジョー/香川照之/伊武雅刀/新井浩文/真木よう子/木村祐一
兄の稔は田舎の大きな家の長男で、跡取りとして父親に信頼され、家業も継ぎ、アルバイト従業員からも慕われている。足りないものといえば、あとはお嫁さんだけ。
一方弟の猛は、容姿にも才能にも恵まれ、彼が声をかければどんな女の子もついていってしまうようなモテ男タイプ。が、田舎の家族らに真剣に頼りにされる事はなく居場所がない。
この兄弟がお互いにコンプレックスを持ち、ゆれ続ける様が静かに、また激しく描かれている。
田舎に帰った猛(オダギリジョー)は、稔(香川照之)の立派な長男ぶりが面白くなく、ちょっとした意地悪心で、稔が想いを寄せている幼馴染の女性智恵子を抱く。智恵子もまんざらではない態度をとっていたが、猛は、智恵子の家の中で、仕事で撮った自分の写真集を見つけ、めんどくさい事に関わりあうのはイヤだとばかりその場を去る…。
これが発端となり、ある事件をめぐって、この兄弟の関係もゆらいでいく…。
智恵子は猛をずっと好きだったのだろうか。そして再会の夜誘われてうれしかったのもつかの間、猛の方は智恵子に対して特別な想いはなく、ただのたわむれだったことに智恵子は気がついた。彼女のこれからにもう逃げ場はなく、あとはこの町で稔と結婚するくらいしか道は残っておらず、自分の人生は終わってしまったと感じていたようだ。そんな時、誰もいない二人だけの場所で稔にせまられた(!?)わけだから、嫌悪感は高まっただろう。
智恵子はもしや橋で自殺してしまったのではないんじゃないかと思いながら私は観ていた。
でも、それくらい、橋の上で近づいてくる稔がとても気持ち悪くて、男性の魅力ゼロというかむしろマイナスで、私ですらも、触られたくないなと思ってしまった。香川さん渾身の演技!
さて稔だが、少なくとも、稔が突き落としたようには見えなかった。不気味だけど優しい人に見えたし、その後の稔の様子から、智恵子を突き落としてしまった後悔なんかよりも、もっと深い悲しみにおおわれているように見えたから。
「あなたといっしょにいるよりも死んだ方がましだ」などと好きな女性に言われるほどつらい事はない。生きる気力もわいてこない。投げやりになっても仕方がない。それほど稔が打ちのめされているように見えた。自殺とまではいかなくてもあの場でむげに避けられたとすれば、自分の存在意義もゆらぎ、またそれが原因で人一人を死なせてしまったとすればふがいなく、やりきれない気持ちでいっぱいだったろうと思う。
さらに、公判が進むにつれ、稔は、自分がいかに女性から生理的に嫌悪されていたかを暴露しなくてはならなくなってしまう(身につまされる男性もいるんじゃないだろうかと思った。この映画を作った西川美和さんはなかなか残酷なところのある人だ)。
だから、あの猛に、「兄ちゃんはどうして橋に行ったの?」と尋ねられたとき、稔は怒り心頭だったろう。もちろん、猛も、自分に鎌をかけた稔に対して鎌をかけたつもりだったのかもしれない。そこで、二人は気分が高揚してしまって、言ってはいけない事まで言ってしまった。近い存在であるがゆえに、必要以上に今ある感情をぶちまけてしまったのだろうか。
最後に、猛は、兄弟仲のよかった子ども時代を振り返り、兄の優しさを思い出す。そして兄が殺人など犯すはずがなく、それどころか彼女を懸命に助けようとしていたのだと信じる。そして、7年の刑期を終えた兄を迎えに行く。私は、稔が弟の迎えを快く了承するのではないかと思った。7年の年月や絆がそうさせてもいいのではないかと思ったからだ。
ところが、映画を観終わって何日かたってなぜかふと思った。もしかすると稔が智恵子を殺してしまったのではないかと…!
そうなると、それまで屈折していた猛のたががはずれたかのように…、まるで子どものように無邪気に「兄ちゃーん!」なんて叫びながら必死に駆け出して行ったあの猛のまぶしい笑顔があまりにこっけいで、なんだか怖くなてきた。また、無実の罪に問われていたとすると、そもそもそのきっかけを作った(智恵子に手をつけた)猛が許されることなんてあるのだろうかと、また怖くなってきた。私の思いもゆれたのだ…。そこがなにやら面白かった。
それにしても最後の稔の笑顔はなんだったんだろう。猛の子どものような呼び声に条件反射するように、一瞬だけ少年稔の笑顔がふと垣間見えたんじゃないだろうか。
セリフにしても小物使いにしても、凝りに凝った作りをしていて、もう一度観ればまた深まるのではないかと思う。妙齢(???)の男性をリアルに描いていて、気の毒なくらいだった。弟に甘く描かれている気がしないでもない。友人Iさんが原作本をもうすぐ読み終えて貸してくれるというので、こちらも楽しみだ。またゆれるのだろうか…。
追記
猛が見つけた子どもの時の8ミリ映像。あの頃の兄弟はただ楽しく遊んで仲良くやっていたのになあ。
大人になっても、地位や名誉や、また女性にもてるかどうかとか、その他もろもろの事柄にこだわらず、また女性も結婚の相手に社会的評価だのステイタスだの財産なんかを求めず、ただシンプルに、相手をいとおしいという気持ちだけで行動できれば、みんながもっと幸せに生きられたのじゃないかな。それが私がこの映画から得た希望かな。実際はそんな簡単なもんじゃないけれど。
追記2
事件の真相よりも心のゆれを楽しむ映画なのだろうけれど、でも何事にも真実はあると思う。しかし、西川監督は、裁判とか司法とか人が人を裁くということをあまり信用してないんじゃないかとも思った。また、自分に敵意があると感じられる相手に対しては、犯罪を犯したのだろうと想像し、逆に自分に優しくしてくれれば罪など犯すはずはないと感じてしまう、人間はそんなセルフィッシュで主観的な生き物でもあるのかな…。
原作本の感想
兄の稔は田舎の大きな家の長男で、跡取りとして父親に信頼され、家業も継ぎ、アルバイト従業員からも慕われている。足りないものといえば、あとはお嫁さんだけ。
一方弟の猛は、容姿にも才能にも恵まれ、彼が声をかければどんな女の子もついていってしまうようなモテ男タイプ。が、田舎の家族らに真剣に頼りにされる事はなく居場所がない。
この兄弟がお互いにコンプレックスを持ち、ゆれ続ける様が静かに、また激しく描かれている。
田舎に帰った猛(オダギリジョー)は、稔(香川照之)の立派な長男ぶりが面白くなく、ちょっとした意地悪心で、稔が想いを寄せている幼馴染の女性智恵子を抱く。智恵子もまんざらではない態度をとっていたが、猛は、智恵子の家の中で、仕事で撮った自分の写真集を見つけ、めんどくさい事に関わりあうのはイヤだとばかりその場を去る…。
これが発端となり、ある事件をめぐって、この兄弟の関係もゆらいでいく…。
智恵子は猛をずっと好きだったのだろうか。そして再会の夜誘われてうれしかったのもつかの間、猛の方は智恵子に対して特別な想いはなく、ただのたわむれだったことに智恵子は気がついた。彼女のこれからにもう逃げ場はなく、あとはこの町で稔と結婚するくらいしか道は残っておらず、自分の人生は終わってしまったと感じていたようだ。そんな時、誰もいない二人だけの場所で稔にせまられた(!?)わけだから、嫌悪感は高まっただろう。
智恵子はもしや橋で自殺してしまったのではないんじゃないかと思いながら私は観ていた。
でも、それくらい、橋の上で近づいてくる稔がとても気持ち悪くて、男性の魅力ゼロというかむしろマイナスで、私ですらも、触られたくないなと思ってしまった。香川さん渾身の演技!
さて稔だが、少なくとも、稔が突き落としたようには見えなかった。不気味だけど優しい人に見えたし、その後の稔の様子から、智恵子を突き落としてしまった後悔なんかよりも、もっと深い悲しみにおおわれているように見えたから。
「あなたといっしょにいるよりも死んだ方がましだ」などと好きな女性に言われるほどつらい事はない。生きる気力もわいてこない。投げやりになっても仕方がない。それほど稔が打ちのめされているように見えた。自殺とまではいかなくてもあの場でむげに避けられたとすれば、自分の存在意義もゆらぎ、またそれが原因で人一人を死なせてしまったとすればふがいなく、やりきれない気持ちでいっぱいだったろうと思う。
さらに、公判が進むにつれ、稔は、自分がいかに女性から生理的に嫌悪されていたかを暴露しなくてはならなくなってしまう(身につまされる男性もいるんじゃないだろうかと思った。この映画を作った西川美和さんはなかなか残酷なところのある人だ)。
だから、あの猛に、「兄ちゃんはどうして橋に行ったの?」と尋ねられたとき、稔は怒り心頭だったろう。もちろん、猛も、自分に鎌をかけた稔に対して鎌をかけたつもりだったのかもしれない。そこで、二人は気分が高揚してしまって、言ってはいけない事まで言ってしまった。近い存在であるがゆえに、必要以上に今ある感情をぶちまけてしまったのだろうか。
最後に、猛は、兄弟仲のよかった子ども時代を振り返り、兄の優しさを思い出す。そして兄が殺人など犯すはずがなく、それどころか彼女を懸命に助けようとしていたのだと信じる。そして、7年の刑期を終えた兄を迎えに行く。私は、稔が弟の迎えを快く了承するのではないかと思った。7年の年月や絆がそうさせてもいいのではないかと思ったからだ。
ところが、映画を観終わって何日かたってなぜかふと思った。もしかすると稔が智恵子を殺してしまったのではないかと…!
そうなると、それまで屈折していた猛のたががはずれたかのように…、まるで子どものように無邪気に「兄ちゃーん!」なんて叫びながら必死に駆け出して行ったあの猛のまぶしい笑顔があまりにこっけいで、なんだか怖くなてきた。また、無実の罪に問われていたとすると、そもそもそのきっかけを作った(智恵子に手をつけた)猛が許されることなんてあるのだろうかと、また怖くなってきた。私の思いもゆれたのだ…。そこがなにやら面白かった。
それにしても最後の稔の笑顔はなんだったんだろう。猛の子どものような呼び声に条件反射するように、一瞬だけ少年稔の笑顔がふと垣間見えたんじゃないだろうか。
セリフにしても小物使いにしても、凝りに凝った作りをしていて、もう一度観ればまた深まるのではないかと思う。妙齢(???)の男性をリアルに描いていて、気の毒なくらいだった。弟に甘く描かれている気がしないでもない。友人Iさんが原作本をもうすぐ読み終えて貸してくれるというので、こちらも楽しみだ。またゆれるのだろうか…。
追記
猛が見つけた子どもの時の8ミリ映像。あの頃の兄弟はただ楽しく遊んで仲良くやっていたのになあ。
大人になっても、地位や名誉や、また女性にもてるかどうかとか、その他もろもろの事柄にこだわらず、また女性も結婚の相手に社会的評価だのステイタスだの財産なんかを求めず、ただシンプルに、相手をいとおしいという気持ちだけで行動できれば、みんながもっと幸せに生きられたのじゃないかな。それが私がこの映画から得た希望かな。実際はそんな簡単なもんじゃないけれど。
追記2
事件の真相よりも心のゆれを楽しむ映画なのだろうけれど、でも何事にも真実はあると思う。しかし、西川監督は、裁判とか司法とか人が人を裁くということをあまり信用してないんじゃないかとも思った。また、自分に敵意があると感じられる相手に対しては、犯罪を犯したのだろうと想像し、逆に自分に優しくしてくれれば罪など犯すはずはないと感じてしまう、人間はそんなセルフィッシュで主観的な生き物でもあるのかな…。
原作本の感想
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