第4回例会報告! 

June 27 [Fri], 2008, 11:50
報告が遅くなってしまい、本当に申し訳ないです・・・
第4回例会報告担当ののさいです。
初書き込みです☆
何をするのにもそうですが、「最初」というのは緊張しますね・・・
しかも、第4回例会が私の今期初例会でした・・・
1回生の方も2人いて、いつもより新鮮な空気だったと思います!

さてさて・・・内容に入りましょう。
第4回例会の発表担当は、たまにゃんでした!
発表テーマは・・・「ジョサイア・コンドルと河鍋暁斎 ―お雇い外国人と絵師―」、
発表テキストは山口静一『コンドルの日本研究 ―訳者解説に代えて―』
(『河鍋暁斎』 ジョサイア・コンドル 2006年 岩波文庫)です。
コンドルと暁斎の関係を知らない人にとっては、とても分かりやすい絶好の書物です!

コンドルといえば、建築家というイメージですよね。
そのコンドルが、日本画に興味を示し、弟子入りまでしていたとは!!
コンドルはただでさえお雇い外国人としての使命があったというのに・・・
それを両立するのは大変だったはずです。
コンドルの姿勢を見習わなければいけませんね!

暁斎といえば・・・京都国立博物館で「暁斎―gyosai―展」をやっていたことは記憶に新しいですね。
たまにゃんはそれを見て、今回の発表テーマにしたそうです。
私はこれを見に行かなかった人間です・・・
幕末ファンとしては・・・不覚
そんな人にも分かるように、たまにゃんは分かりやすく説明してくれました!
まるで、歴史ドラマを見てるかのごとく・・・
発表構成を簡単に説明しますと!
まず、コンドルと河鍋暁斎の年表を紹介して、コンドルがなぜ日本に来ることになったのか、
そして暁斎との出会いから別れを自分の考えを交えながら発表してくれました。

暁斎は、狩野派の絵を描く時と風刺戯画を描く時では名前を使い分けていたそうです。また、暁斎は絵を描くのがとても速く、東京の不忍池に一つの観音があるのですが、暁斎がその観音を3時間でかきあげたことから、「さんじ観音」と呼ばれるようになったそうです。

私が印象的だったのは、「日本ではコンドルの方が知名度が高く、暁斎の知名度はほとんどない」ということでした。こんなにも才能のある画家が、日本で知られていないというのは、何とも皮肉な話です。明治政府も彼の才能は認めていたというのに・・・(笞五十の刑は相当痛かったでしょうけれども)

また、陽子ちゃんの「コンドル表記に見られる、外国人表記の変遷を調べたら面白いんじゃないか」という発言も興味深いですね。
たまにゃんの提示した史料を見ると、確かに「コンダー」や「コンデル」、「コンデール」などコンドルだけでも様々な表記で書かれていたことが分かります。これを調べてみるのも面白そうですね!

たまにゃんのおかげで、コンドルと河鍋暁斎の関係に光があたりました
しかし、このまま終わってしまっては、たまにゃんの思いが水の泡になってしまいます。
今度はこの事実を私達が伝える番ですね!
たまにゃん、本当にお疲れ様でした!!

最後に・・・長州ファイブをイギリスに連れて行ったマセソン社がコンドルの来日に関わっていたとは!
もしかしたら、マセソン社は長州ファイブに日本の未来を見出していたのかも・・・!

第三回例会報告 

June 08 [Sun], 2008, 22:20
こんばんわー初書き込みで妙に緊張しているたまにゃんです。
しかし自分で”にゃん”を付けるのはなんだか痛いです…
そんなことはどうでもいいですね。はい。

では、先週金曜日(6/6)の第三回例会の報告をしたいと思います。
今回も一回生の方が来てくれました。3人も!
しかもうち二人は男の子ですよ〜これで先生もさびしくありませんね。

さて、今回は富井さんの「日清戦争への道−すれちがう東アジア−」という報告でした。
使用された論文は大澤博明氏の「明治前期の朝鮮政策と統合力−そのアジア主義的傾向を中心に−」『年報政治学』(日本政治学会編 1998年 岩波書店)です。
今回の論文は難しく読むのにとても時間がかかったので、富井さんの苦労も一入だった思います。

明治政府は一貫して朝鮮支配を目論み、列強の干渉をうまく切り抜け、意図通りにうまく戦争に持ち込んだというのが従来の論です。ここでは陸奥宗光の外交手腕というものが高く評価されます。
しかし、大澤論では、明治政府は一貫して「朝鮮永世中立論」をとっており、「日清共同朝鮮内政改革論」の清との最終的な合意調達失敗によって日清戦争開戦にいたったとします。日本・清・朝鮮のすれちがい、陸奥外交の失敗などが論じられています。

そこで富井さんは東アジアのすれちがいを「すれちがい1〜8」とし、史料とともにわかりやすく提示してくれました。(詳しくはレジュメ参照)
なんとなく私は明治政府は朝鮮支配に積極的だ(高校でそんな風に習った記憶があります)と思っていたのですが、大澤論を読むとそうではないように感じました。大澤論に基づいて、日清戦争は東アジアのすれ違いが起こした戦争だと考えるとなんだか悲しい戦争ですね。(いや、戦争は全部悲しいものですが…)

しかし、富井さんは忘れず大澤氏にツッコミも入れています。

・(大澤氏の史料の提示について)外交文書の文章を鵜呑みにしていいのか?
表面上は和平を装っていても腹黒い、というのが外交では。
・改革論には限界がある
朝鮮に駐在して改革にせまるのはすでに内政干渉になっている?
・決定的な史料に欠ける
陸奥や山県ははたして非戦派といえるのか、微妙な解釈の違いに過ぎないのではないのか。

というツッコミです。大澤論が一般的な学説と認められているのではないそうです。

そして最後の富井さんの感想と反省の部分…
「カッとなって植民地化」というのはとても興味深いですね。
史料からその人物の心理面を見るというのはとても難しく、深い問題だと思います。

そうそう今回は先生が板書をしてくださいましたよ!

えーなんだかその場にいなかった人にはよくわからない図ですね。
不真面目に見えますが、真面目にやってたんですよ?
この図で何を話したのかは例会参加者にお聞きください。

こんな感じどうでしょうか?
あ、今週の分のテキストは都合により火曜日に配る予定となりました。遅くなって申し訳ないです…
ではでは。

第2回例会 

May 31 [Sat], 2008, 22:44
今回のブログ担当富井です。
そして今回はなんと1回生の方が見学にいらっしゃいましたー!!わーい!
チラシの成果ですね、ありがとうちたさん!!

さて、先週5/30(金)は肥後さんの「井伊直弼と条約調印」発表でした。
テキストは彦根城博物館にいらっしゃった母利美和氏の『幕末維新の群像6 井伊直弼』(吉川弘文館 2006)です。
「剛毅果断」「独断専行」と従来から言われ、どちらかというと時代の悪役というイメージのある井伊直弼ですが、史料からは直弼の弱さが読み取れます。実際彼は、茶道・和歌・居合い、仏教・国学など多様な教養を身につけていたようです。彼の政策だけではなく、その人格形成をもとに政治行動を見直す、という直弼のイメージ刷新計画です。

日米修好通商条約は(それだけでなく将軍継嗣問題や安政の大獄も)、直弼が強引に断行したようなイメージがあり、私も実際そう思っていましたが、史料を見るとそうでもないようです。諸大名へ諮問をして意見を取りまとめ、公用人(側近)とも評議を繰り返している姿が・・・。井伊らは「調印やむなし」という見解ですが、それは外国にへつらうのではなく、日本流のプライドを持った開国の姿勢、これが直弼の国学の姿勢のようです。
結局、尾張・水戸・越前との意見調整がうまく行かず、勅許も得ないまま条約調印をした訳ですが、それには上記のような諸大名が公家と繋がって朝廷に介入してくることへの焦りと、朝廷に対する自信(人脈、京都守護は彦根藩)があったからでは、とのこと。ハリス・大名・朝廷の3者の間をとったんですね。

以上から、専制ではなく、評議を重ね秩序を重んじる直弼像が浮かんできますねー。直弼の弱い面、お茶などの繊細な面を垣間見て大分イメージが変わりました。母利氏のテキスト、そして肥後さんの発表は私たちの直弼像転換に成功したと言えるでしょう!
肥後さんの言うように、私たちは歴史上の偉人を”ちゃんとした”人と捉えがちです。”大老なんだからしっかりした意思をもってるはず”とか”主導者なんだから綿密で確固とした政策を持ってたはず”みたいな。でも混乱極まりない幕末において、彼らリーダーこそ”ちゃんと”するのは大変なはず。やる気がないことだって鬱になることだってありますよね、きっと。その視点って無視しがちなので、今回の発表ですごく考えさせられました。直弼をそっと抱きしめて上げましょう。
あと私はこれを聞いて、文学もそんなものかな、と思いました。
漱石が書いたから、どの作品も完璧!どの作品も見事に近代人の感情を表してる!とは言えない・・・のでは。

そしてなんと、彦根では”安政の大獄”について小・中で習わないとかなんとかって・・・!!なんと直弼にやさしいんでしょう彦根!!
これに関しては続報よろしくお願いします。 >肥後さん

偉人だって疲れるよね、人間だもの。という見解が印象的かつ肥後さんらしいな、と思いました。
では、こんなこんな感じで。

富井ですよ 

May 26 [Mon], 2008, 23:53
肥後さん報告ありがとございます。これから各回の報告を、次回発表者にここに書いてもらおうかと思います。そうです、スピリチュアルアタックです。
私も陽子女史の検証には感心してばかりでした。
この調子で刺激し合える発表になればいいな、と自分を棚に上げて思っています。
次回は肥後さんです。井伊直弼らしいです。よろしくお願いします。

以下ネットでさっくり調べた蛇足
・グリフィスの10エーカーの福井にあった家は東京ドームより小さく、甲子園より大きいくらいですね。大学で言うなら尽心館およそ10棟分です。うーんピンとこない・・・
そんな広大な土地に洋館を建てるわけだけど、お金や技術者はどこから来るんでしょう。
・エールはやはりビールの仲間だそうです。フルーティだそうです。おいしそうです。エールと言えば英国産で、日本でも幕末から明治初期に広まったそうです。
・すごく個人的ですが、伊東巳代治も若い頃長崎でフルベッキから英語を学んでいたようです。

第1回例会 

May 25 [Sun], 2008, 23:53
肥後です。
先週の金曜、23日は第1回目の発表でしたので、内容を(富井さんの命により)記します。長いよ。

今回はようこ嬢による「お雇い外国人の日本での生活―フルベッキの貧困のなぞに迫る―」。

フルベッキ(1830-1898)
オランダの裕福な家庭に生まれ、信仰心の篤さから外国宣教師の道を志す。長崎に伝道に来た彼は、その語学能力を明治政府に文字通り高く買われ、大学南校等において教師として活躍したほか、公議所に列席し諮問に応えるなど明治政府の顧問としても活躍した。そのわりに国籍を失うなどさみしい晩年を過ごした彼は、かつての功績から日本の永住権を得、結局日本の地でその68年の生涯を閉じた。

というような人生を歩んだフルベッキ。彼が貧乏していたなんて意外な事実です。
ということで、そこにいたおそらく全員にとってなじみの薄い(というか先行研究すらない)お雇い外国人の生活を、まずは「お雇い外国人になろう!」と題したシュミレーションで、楽しくお勉強します。

豊富な史料の提示により、彼らの生活にはさまざまな規定が細かく定められていたことがわかります。
「規定」があるということは、制限されることと保障されることの、両方の効果があるのですね。
詳しくはレジュメ参照のこと。

生活をするということは、おカネがかかるということです。
彼らの(フルベッキ以外にもモース、グリフィスに関しても考察されている)給与、つまり収入と、住居費や食費(×家族分)を照らし合わせて、実際のおカネ事情の検証に入ります。

すると!
計算上はお金は余るはず!
しかもたくさん!

一体何に使ったんだ…フルベッキ。あんなにまじめなひとが!
ようこ女史の推測は以下の4点
@大家族のため、子どもの養育費
A旅費(1873,4,16から半年間のヨーロッパ旅行)
B布教のため
C負債。

しかし、当時の物価状況は大きく変動しているに違いなく、しかも彼らの場合ドルとの交換レートが絡むので話はさらにややこしい。さらに確実に貧困のなぞを解き明かすには、女史も指摘するとおり「多くの日記や滞在記録などを読み込むほかない」のである。

これは、最も私の心に残ったことなのだが、発表の最後に「彼は貧困にあえぎながらも、職や国籍を失いながらも、宗教者として神に従事することに幸福を感じていたのではないか」という意見が述べられた。
ひとの幸せとはつくづくわからないものである。

今までのお雇い外国人研究はその日本への技術的な貢献でしか語られてこなかったように思う。
彼らの生活(価値基準にもつながる)への理解なしに、その進言の文言をほんとうに理解することはできないだろう。
考えすぎかもしれないが、お雇い外国人の生活の研究は、「日本史」=「日本人の歴史」という先入観のために研究対象から無意識にこぼれ落ちてしまったものかもしれない。


今回は、とにかく豊富な史料に基づいた研究で、ようこ嬢はシュミレーションというわかりやすい形で説明してくださり、我々のしょうもない質問というよりむしろネタフリにも真摯に答えてくれた。
そして何よりも、お雇い外国人たちの細かすぎるボケ(としか思えない!)をもれなく拾ってツッコんでくれたことに感謝の意を示したい。

なにに爆笑してたかは、来てへんかった人にはおしえたらへーん!!以上!

あれから 

April 04 [Fri], 2008, 23:05
悔しくて、ずっとネタを考えている肥後です。


 ご存知の方も多いと思いますが、8日から京都国立博物館にて、特別展覧会「絵画の冒険者 暁斎 Kyosai―近代へ架ける橋―」が開催されます。

幕末・明治を生きた画家(絵師?)、河鍋暁斎。

「泣きたくなるほど、おもしろい」らしいです。

混雑が予想されますが、是非見に行きたいものですね!
興味がお有りの方は、肥後に声をお掛けください。
時間が合えばご一緒しましょう!

開催期間:4月8日(火)〜5月11日(日)
会場 京都国立博物館 特別展示館
休館日 月曜日(ただし5月5日は開館)
開館時間 午前9時30分から午後6時まで(入館は午後5時30分まで)
※ただし会期中の毎週金曜日は午後8時まで(入館は午後7時30分まで)
大学・高校生 800円(600/500円)
( )内の料金は前売り/団体20名以上

(存心ブックサービスで取り扱いがあるかも)

毎週土曜日には博物館内で講座も開かれるようです。
詳しくは、
http://www.kyohaku.go.jp/jp/index_top.html(PC)


では、8日まで、ごきげんよう。



木戸祭り 

March 26 [Wed], 2008, 21:17
達成感で眠い富井ですこんばんわ。
今日は参加された方、ありがとうございます!長旅お疲れ様でした!
いやはや楽しかったですね。そしておいしかったですね。

写真など後ほど詳しく書こうかな。とりあえず眠いです・・・
みなさんの今回のFW感想や意見なども聞かせていただけたら!と思いますー

>肥後さん
あー 赤レンガ萌えですね!よくわかってらっしゃる!
榎本さんは赤レンガ建築で、紅茶とスコーンのブレックファーストが似合うと思います。

>ちたちゃん
いたるところでネタになるファイブ、ありがとうございます!
次は岩倉使節団とかどうでしょう・・・にこにこ

>陽子嬢
情報ありがとうございますー!楽しそうだ!お財布と要相談です。
萩のおみやげもありがとう!今日のおいしかったです。

北海道 

March 23 [Sun], 2008, 0:34
肥後です。
今月の頭に北海道に行ってきました。
でも五稜郭には行っていません・・・。
だから、いっそ、お土産はありませんごめんね

ほんとうに、行きたいところに行くのが、どうしてこんなに難しいんだろう。

とはいえ、お勉強はしてきたつもりです。
近代条坊制とも言うべき都市部の町並みは、京都や地元とはまた違った歴史を映し出しているし、ひとり歴史回廊プログラムが出来ました。

ですが、やはり「時代モン」感が薄いことは否めない・・・
「なんか、歴史にふれてへん」
・・・・どうにもこうにも気詰まり

そんなふうに悶々としながら雪印パーラーで朝からパフェを喰らっているとき、窓から見えたエンジ色の建物。
周りののっぽのビルにまぎれて、その2階建ての赤レンガの建築は
押しつぶされることなく、かといって存在を誇示するでもなく、ただそこにいつづけるだけの強さを内包していた。
(妄想中)
「あなた・・・・ここにいたの・・・・」

訳)
うーわ!あれやん!旧北海道庁舎!!もう見えてるやん!

気詰まり解消。


中こんなん。


外こんなん。


萌え、やろ?

おまけ。
トワイライトエクスプレスの車窓から。左に見えている岬が榎本艦隊の上陸の地、らしい。

長州5 

March 20 [Thu], 2008, 10:25
っぽい写真を撮りました!城郭合宿で泊まったホテルにてv(^-^)v今度、印刷して持って来ますね☆最高の出来ですよ!!!
初めての書き込みのちたでした(*^_^*)

初書き込みの陽子ですv 

March 18 [Tue], 2008, 23:16
朝日新聞を取られている方ならもう既にご存知かもしれませんが、朝日カルチャースクールの四月講座で「ドラマチック幕末〜学芸員と歩く霊山歴史館」というものがあります
なんでも、館が所蔵している桂さんの刀などを見るだけでなく、実際に手に取らせてもらえるということです
このような貴重な機会はなかなかお目にかかれないと思います
まだ定員オーバーしてないかどうか確認はしてないのですが、もし少しでも興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひ一緒に参加しませんか?
詳細は以下のとおりです

 日時:4月13日(日) 10時半〜13時
 費用:5040円(入館料・昼食代込み)
 *お昼は二寧坂の「いちせん」というところでランチだそうです。
 朝日カルチャーセンターHP htp//:www.asahi-culture.co.jp



あと、話は変わりますが先日萩へ一人旅をして参りました
もう夢のような二泊三日でした
その旅のレポートもこちらに書き込みたいのですが、何かと忙しく書き込む暇がありません…
しかし、私はmixiをやっているのですが、こちらの方には簡単ですがもう書き込んであります。
なので、もしよろしければそちらの方をご覧いただければ嬉しいです
あと、よかったらマイミク登録もしてやって下さい

 
 
P R
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:幕末維新研究会
読者になる
女子数名で立ち上げ、現在メンバーは14名!
先生と共に隔週1回勉強してますー
新選組だったり木戸だったり、
ほかにもお団子売ったり出歩いたりパーティしたり。

ただのヲタクじゃないんです。
2008年06月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
最新コメント
アイコン画像肥後
» 第三回例会報告 (2008年07月14日)
アイコン画像肥後
» 富井ですよ (2008年06月02日)
アイコン画像肥後
» 長州5 (2008年03月22日)
アイコン画像肥後
» お久しぶりです富井です (2008年03月22日)
アイコン画像富井
» テスト (2008年02月29日)