字はその人を表しますよ。。

September 28 [Wed], 2011, 3:23
字の上手下手は印象を左右するするする。絶対するよ。その人が身にけてる『技術能力』として上手か下手かっていうのもだいじだけど、そういう問題でなく丁寧に書いた字と雑に書いた字ってわかるよね。それがいわゆる『下手』に部類されるようなじだったとしても、丁寧に書けば「丁寧に書いたな」って見ればわかる。技術として『上手』でも『下手』でも、どうでもいいような気持ちで書いたような字は、やっぱりそういう気持ちが字に見える。字に限らず、なんでも雑にやってる人って「だって別に自分がどう思われてもいいもん。」っていうようなこと言うんだけどそういうの聞くとわたしはそれはまた随分と自分中心な考え方でございますねって思うんですよね。だってそれって、その人が雑にこなしたものを見る受ける相手の気持ちなんか全然考えてないじゃないですか。「この人は雑にやる人なんだな」とかマイナスに思われてもいいってことなんだろうけど、それを受ける側が不愉快な気持ちになるかもしれないってことを全然考えてない。たとえばお誕生日おめでとうとか進学就職おめでとうとか結婚おめでとうとかありがとうとか大好きだよとかがんばってねとかそういうの、雑にやりました感あふれる字とかでもらっても正直喜べないどころか絶対不愉快になるでしょ。お祝いの言葉とか相手を想う気持ちとか応援とか、『善意』であるはずの言葉がその雑なかんじひとで下手すりゃ『悪意』にもかんじられちゃう。でも、せっかくもらった相手の善意であるはずのものからそんな不愉快な気持ちになってしまうなんて、それは自分の心が狭いからなのかしら、汚いからなのかしら、なんて相手に思わせてしまったら、それはもう最早お祝いでも応援でも相手を思う気持ちでもなんでもないですよね。『字の綺麗とか汚いとかはその人の能力の一部でしかない』とコラムの文中にもあり、他のことでも『こういう表面的なことでしか人の善し悪しとか能力とか判断できないやのほうがダメなんだ。人間中身でしょ。』というようなことを言う人もおりますが、そうやって自分の雑さを問答無用で受けなければならない相手側の気持ちを考えられないような人は、十分中身がないと思うのですね、わたしは。服のたたみ方とか、モの扱い方とか、部屋の自室に限らず家やコミュニティーでの共有スペース片付き具合とか、ひとりで生きていない限りはなんでも誰かの目には触れるし関わるんだから、そういう自分の振る舞いって必ず自分以外の誰かの心に影響を与えるものだと思います。とはいえなんでもかんでも全部びしっとやらなきゃ!!なんてやってたら苦しくなってしまうものだとは思うので、手のぬき方ってのも覚えなければなりませんよね。手を抜くことと雑にやることは微妙に違うと思うし、多少手を抜いても雑になっても問題ない場面なのか丁寧にやるべきところなのか、そういう使い分けの判断ができるようになってこそイイ大人だったりイイ人間ってやになれるんじゃないかしら。付き合ってみるとイイ奴よりも初対面からわりと好印象のほうがイイに決まってる。綺麗にできなくても、うまくできなくても、丁寧にやろうとか苦手だけどがんばってみようとかそういう努力が見えればそれで十分プラス、少なくとも「どうせできないし、どう思われてもいいし」感丸出しの雑な扱いで人を不愉快にさせるマイナスはない。『丁寧』『努力』『誠意』そういうものに技術の本物の『上手』さもいてくるものだと思いますしね。わたしもそこそこに字の苦労はしてるんですよ。小学校年生の頃、数字の『4』が雑に書くせいで『9』に見えるということで、先生にクラスみんなの前で吊るし上げにされました。吊るし上げっていうとちょっと大げさかもしれないし、先生もそんな戒め感もってやったことではなかったと思うんですけど、わたし自身はざっくり傷きました。からかわれてるんだか注意されてるんだかよくわかんないかんじでみんなの注目を浴びることが恥ずかしかったし、自分の字が汚いっていうようなことをおおっぴらに公表されるってだけで十分恥ずかしいことだと思ったし、これなら普通に字が汚いとかもっと丁寧に書きなさいとか怒られたほうがましだってかんじで、なんか妙なトラウマになりました。でも、そもそも自分が雑に書くからいけないんだよなってことはわかってたので、その後から雑に書くのをやめるートもそうだけど、特にテストとか作文とか手紙とか他人の見るものは丁寧に書くということを心がけるようになりました。さらに小学校年生のときは、「丸文字はダメ」という理由で全問正解の漢字のテストを点にされました。あんまり覚えてないけど、まぁわりと特徴の強い丸文字を当時は書いていたんでしょう。女子中学生が意識的にギャルっぽい文字を書くような感じで、たぶん自分でも結構意識して丸文字にしてたと思います。だからって点にしなくてもなぁ。というのが感想でした。点ってことはもうこれは文字として認めないってことでしょ全欄何か書いてあるけどそれは全部文字ではなく、言ってみればわたしは全部の欄に落書きしちゃいましたってことになって、だから点なんでしょなんだかものすごくショックでした。「こんなことするなんて先生酷い」とは思わなかったけど、「でも点じゃなくてもいいじゃん」とは思った。罪を犯したことは認めるけど、そんなに罰重くなくてもよくないですか裁判長みたいな。んでもこれじゃ反省してないかまぁいいや。とりあえず、なんか結構大きくショックを受けたんです。で、心がけることに他人に文字であることを認められる字を書くことを目指す人の目にふれて不愉快な気持ちを誘わないような字を書くことを目指すというを追加しました。まぁその後も字が小さすぎるだの癖が強いだのと様々な理由で特に教師とはよく戦いましたが言われて自分で考えて次になげるだけで反抗したことは実は回もないのだけれども、改良に改良を重ね、今に至りますなかさきフォント。いわゆる大人っぽい達筆に憧れて真似してみたものの、即効断念したこともありました。すごくきれいか可愛らしい他人の字に憧れて、それに似せてた時期もありました。何を目指しているのか迷走したことも少なくはありません。字はその人を表すといいますが、確かに育った環境や人づきあい、その人の歴史なんてものを見ることができるものかもしれませんね。電子文字より手書きのほうが温かみがあるというのは、その人の姿が見えるから、文字に気持ちがのるからというのは、決して言いすぎとか勘違いではないのでしょう。まぁだからってこういう電子文字を否定するこたぁないと思いますけどね。小説とかの活字だって十分心は伝わるんだから、なんかその辺は別なんでしょ。下手よりは上手な方がきっといい。無駄に人を失望させるよりは、努力や誠意を字からも感じてもらえたほうがいい。良さとか温かさとかポジティブな気持ちがそれによって伝わるならもっといい。丁寧さを心がけ、手の抜き方を覚え、下手よりは上手を目指す。何事もそういうふうに、これから先ありたいなぁと思うのでした。φ..♪今日は渡鬼が最終回だよ。自分が生まれてない時代のはビデオで見て、幼いころから最早ともに育ってきたと言っても過言じゃないくらいずーっと付き合ってきたドラマシリーズの終わり嗚呼寂しいpスターclub
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