木造船覚え書き:フナクイムシと雨水

November 14 [Mon], 2016, 19:56
木造船のテキはフナクイムシと雨水!

●海に浮かんだ状態では、海水に浸かった部分がフナクイムシ(フナムシではない)に食われる。
→河口(塩分濃度が低いところ)に持っていくとフナクイムシは去る。

●雨水に濡れると材木が腐る。
→海水をかける(!)。
これは九十九里の船大工・土屋さんも屋根のないところで繋留していたから海水をかけていたとうかがった。

海水は防腐剤だったのか。
船の保管は、河口で、できれば屋根つきのところに引き上げる。

出典:明確な出典を思い出せない・・・。
    河口に持っていく話は司馬遼太郎『菜の花の沖』に出てきた。
    雨水をかけるのは、土屋さんに聞く前につい最近読んだはずなのだが。

おすすめ図版

November 12 [Sat], 2016, 23:48
■寛政五年 凡千石積二十分一之図
東大駒場図書館:大日本海史編纂資料 > 参考資料 > 二 駒場図書館蔵書 >
 「凡千石積二十分一之図」
  その1(取舵図)
  その2(縦断面図・矧ぎ合わせ線と釘鎹入り)
  その3(檣・帆桁・楫・艀)

■回船図附川船御成之図
国立国会図書館デジタルコレクション >
 回船図附川船御成之図. [1](「回船図」)
 回船図附川船御成之図. [2](「川船御成之図」)
 ※「川船御成之図」は、朝鮮通信使が大坂で川を遡行する船。大阪までは自前の船で来る。

安達裕之氏ご教示による

堀田善衛「鶴のいた庭」

November 01 [Tue], 2016, 22:40

堀田善衛「鶴のいた庭」 宮本輝編・文春文庫『魂がふるえるとき―心に残る物語 日本文学秀作選 』所収
ほかに、ポプラ社百年文庫94『銀』、堀田善衛の全集などにも。

 今年(2016年)の始めに「堀田善衛のエッセイ風のものに生家の廻船問屋の話があったはずだよ」と人に教えていただいたのに、なんとなくそのままになっていた。11月に入り、ようやく探す気になって図書館で見つけた。
 北国の廻船問屋を知る資料としてもすばらしいが、小説としてもまさに「魂がふるえる」。
 よい小説を教えていただいて、ほんとうによかった!


 堀田善衛は大正七年(1918)富山県高岡の生まれという。「鶴のいた庭」は、銭屋五兵衛とも張り合った由緒ある廻船問屋、「山一鶴屋」(「山一」は「𠆢」の下に「一」)が時代の波に呑み込まれるのを目の当たりにした幼少期を材にとった小説。
 千石、二千石積みの和船をかかえていた廻船問屋のかつての暮らしのありようと、明治大正に入って「帆船(スクーナー)、合子(あいのこ)船、すなわち鉄と木と、帆と蒸気と併用した船、更に石炭を焚き濛々(もうもう)と煙を吐いて走る鉄船までの変遷」が生家に落とした影が、短い物語(文庫本で24ページ)の中で語られる。

(以下、ややネタバレ。でも肝心のところは書いてないつもり)

千石船・北前船・菱垣廻船・樽廻船とベザイ・弁才船

September 23 [Fri], 2016, 19:50
 このブログで扱うのは、“江戸時代から明治の半ばまで、日本全国の津々浦々を結んで荷を運んでいた長距離海上輸送用の和船”である。……長い。短く呼びたい。この船は俗に「千石船(せんごくぶね)」とか「北前船(きたまえぶね)」などと呼ばれていた。ほかに「菱垣廻船(ひがきかいせん)」、「樽廻船(たるかいせん)」という呼び方もある。
 これらの語と、このブログで使う「弁才船(べざいせん)」という語の関係を書いておこう。

 「千石船」とは、“1,000石(石は体積の単位、1石≒180リットル)を積む船”という意味で、文字通りに受け取れば「米1,000石(四斗俵で2,500俵)を積むことができる=載貨重量150トン」の船、ということになる。しかし船の大きさは1,000石積とは限らず、200石くらいから2,000石を超えるものまで、ひっくるめて「千石船」と呼ばれていたようなので、“たくさん積める船”、“でっかい船”くらいに考えるのがよさそうだ。

 「菱垣廻船」は、“菱型(ひしがた)の模様を垣(かき)につけた廻船(荷を運ぶ船)”。舷側の垣立(かきたつ=船の横っ腹の手すりっぽいところ、と言えばわかるだろうか)の下部は、通常は細長い材木を何本か横に長ーく通すのだが、これを傾けた格子状(つまりひし形)にしている船(どこをひし形にしているかについて間違った記述をしている歴史教科書もあるらしい)。
 これは、ざっくりいうと、天下の台所大坂と巨大消費地江戸との間の大量輸送のために大坂の問屋グループが雇った船であることを示そうと、外観をかっこよく差別化したものである。……ざっくりしすぎたかも。ええと、時代によっていろいろと事情が変わったりするので、そのへんは「菱垣廻船」でググってください。

 「樽廻船」は、樽を運ぶ船。こっちも大坂―江戸の大量輸送用に、菱垣廻船とは別の問屋グループが雇った船のこと。酒樽を隙間なく積めるように設計されているが、外観から分かるような特徴はない。
 菱垣廻船と樽廻船はライバル同士で、いろいろと確執があった。はい、ざっくりしすぎですね。

 「北前船」という呼称のほうは、「北前(きたまえ)」が“北廻り(きたまわり)の転訛”だとか、“日本海のこと”だとか諸説あるようだが、日本海から下関をまわり、瀬戸内海から大坂へ向かう「西廻り航路」の船をさす(北前船ってどんな船「海と船なるほど豆辞典」)。
 当時の本州沿岸航路は、西廻りがメインストリート。太平洋側を通る東廻り航路はいわば裏通りであって、現代において日本海側を“裏日本”などと失礼な呼び方をするのとはまるっきり逆。このため、語としては航路を指しているだけだが、「北前船」のイメージとしては“でっかい商売をしている船”、あるいは“ものすごくでっかく儲けている船”。
 「北前船」は、荷を預かって運ぶ「運賃積み」ではなく、船主(船頭を兼ねることもある)が自分で荷を買い、寄港先で売り買いを繰り返して利益を出す「買い積み」というやり方をするという特徴がある。もうね、ぜんぜん儲けの幅が違うらしいの。うまいこといくと、ものすごーく儲かっちゃうらしいの。
 ただし、北前船の所属地・寄港地であった日本海側では「北前船」とは呼ばれていなかった。他の地方で、その儲けをうらやむような気持ちで呼んだもののようである。
 外観にも少し特徴がある。江戸中期に長距離の廻船は皆ベザイ造り、ということになったものの、大坂・瀬戸内をはじめとする太平洋側と日本海側とでは、その造りに目立つ違いが生まれた。太平洋側に比べて、日本海側の船(「北前船」ですな)は、船首・船尾がぐぐっと上に反り上がり、船首に近い部分の船腹がたっぷりとふくらむ。これを石井謙治氏は区別して、「上方型弁才船」「北前型弁才船」と呼んだ。しかし、安達裕之氏は単に日本海側の船を「北前船」と呼ぶにとどまっているっぽい。

 これらの名で呼ばれた長距離航路の廻船には、ベザイという型の船が使われた。江戸時代初期まで、地方によってさまざまな型の船が荷船として使われていたが、江戸中期、経済性に優れたベザイ造りの船が上方で作られ始めると、短期間でこの形が日本全国を席巻したという(石井謙治「和船I」)。
 ベザイ・ヘサイ・ベサイ・ベンザイなど、音にもバリエーションがあり、またこれに当てる漢字も、弁才・弁財・弁済などと定まらないが、この語が示しているのは船の造り(構造)である。どんな構造なのかは別項に譲るが、これがなぜベザイと呼ばれるのかもよく分からない。分からないけれども、日本全国の船大工は「ベザイ(あるいはそのバリエーション)造り」と呼んで、ガンガン造りまくったのであった。

 さて、以上をまとめると、これらの呼称が示しているのは、「千石船」:大きさ、「菱垣廻船」:装飾と荷主・航路、「樽廻船」:荷と荷主・航路、「北前船」:所属地・就航地と商法、「ベザイ」:船型、ということになる。
 冒頭に書いた“江戸時代から明治の半ばまで、日本全国の津々浦々を結んで荷を運んでいた長距離海上輸送用の和船”全般を指すものとしては、ざっくりした「千石船」か「ベザイ」が適当のようだ。「菱垣廻船」・「樽廻船」・「北前船」は、その一部分である(この3つは互いに重ならない)。

 このブログもどきでは「弁才船」(べざいせん)と呼ぶ。「ベザイ造りの船とは言うがベザイ船とは言わない」とか、いろいろとご意見もあるようだが、ここはおとなしく斯界の権威、石井謙治先生&安達裕之先生の呼び方にならうことにする。
 ただ、「弁才船」って誰も知らないのよねー。ということで、タイトルは「弁才船(千石船)ノート」とした。「千石船」をメインに押し出さないのは、千石積みとは限らないんだよ!という気持ち。

 余談だが、「せんごくぶね」と人に話すと、かなりの確率で「戦国船」だと思われるということが最近わかった。どっちにしても、「誰も知らない」。
 いいの。いいのよ。どうぞ皆様お気になさらず。
 ……「戦国船」という船はない、ということだけは言っておいたほうがいいのだろうか。


■Wikipedia
「弁才船」
「北前船」
「菱垣廻船」
「樽廻船」


日本財団図書館で読める文献

September 22 [Thu], 2016, 16:36
日本財団のサイトにある、弁才船・和船関係のデータ。

安達裕之「雛形からみた弁才船」下 (上巻は公開されていない)
石井謙治・安達裕之「船絵馬入門」
テンマ船造船過程の写真による記録
船の科学館 もの知りシート
「和船」「船大工」に関する調査報告
木造船に関する基礎調査報告書

日本財団データベース:検索結果
「弁才船」
「和船」

構造と部材名の基本4書

September 22 [Thu], 2016, 16:35
 日本海事史学会の安達裕之氏に「とりあえずこれを読みなさい」と言われた4つ。順番は独断のおすすめ順。
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1.桃木武平「菱垣廻船歓晃丸図解略説」 『大阪市史』第5巻・『大阪市史』 附図に収録
 弁才船各部の名称とその役割についての解説書。弁才船の歴史に幕が下ろされた明治末期(明治42年)に書かれたもの。
 明治30年代の菱垣廻船「歓晃丸」の図面に付された番号順に、約500に及ぶ部材等がたいへん親切に解説されている。用材・釘鉄物のリストと船価(材料費)も。
 船大工の視点から書かれているので、帆・碇等、艤装関係についての言及はほとんどない。また、目次では第51図まであるが、『大阪市史』には第8図までしか収録されていないのが悔しいっ。
★オンラインで(タダで)読めるし、もう、この資料だけで弁才船造船に詰め込まれた知恵と技術がお腹いっぱい堪能できる。

■国立国会図書館 近代デジタルライブラリー
 解説本文:『大阪市史』第5 コマ番号:232-261。
 附図:『大阪市史』 附図 コマ番号:104-137

【歓晃丸】 船長サ 5丈1尺5寸(15.6m)/船幅 3丈1尺(9.4m)/深サ 1丈1尺5寸(3.5m)
       才(登録石数) 1,569石5斗(235.4t)/実積石数 2,300石余(345t余)
       建造:慶応三年(1870)/船主 灘御影 嘉納治作/船大工棟梁 神戸 桃木武兵衛(武平の祖父)

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2.今西幸蔵『今西氏 家舶縄墨私記』坤 三一書房 『日本庶民生活史料集成』第10巻に収録
 文化十年(1813)、浦賀同心組頭の今西幸蔵が書いた技術書。乾坤の二部構成で、乾には家(武家住宅)について書かれているというが、『日本庶民生活史料集成』には未収録。坤が船。「常の船をベザイ造と言」と書くくらいで、ほとんどが弁才船について。舵の吊り方、轆轤(ろくろ)、帆や帆綱、碇(いかり)、櫓(ろ)など、艤装関係についても言及。最後に押送船や漁船についても少し触れている。
 解題・補注は石井謙治。本文にも補注にも図版多数。図版を除くと翻刻本文は2段組で約4頁分、126項目に及ぶ補注は約9頁分。だんだん、何を読んでいるのか分からなくなる。
 本文の図版にはたくさんの書き込みがあるが、そこのところは翻刻されていない。そのため、私はくずし字解読辞典を買いました。「此」と「也」の2字が分かっただけで、けっこうイケます。
★石井氏による大量の補注の読みごたえもさることながら、舵の吊り方や、帆柱や帆にどういうふうに綱・縄をかけるのかが図示されていて、たいへん参考になる。

■Amazon 谷川健一・宮本常一編 『日本庶民生活史料集成』第10巻 農山漁民生活(三一書房 1985)
→ 私は近所の公立図書館で借り出した

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3.『大和形船製造寸法書』
 明治20年代の弁才船(大和形船)の各部材の寸法の出し方と組み方の解説書。明治35年に逓信省管船局が発行したもので、北前船と菱垣廻船の双方に言及。上廻りは北前船の仕様だと安達裕之氏からうかがった。いくつかの系統の寸法一覧も。
 最末期の弁才船の造り方がわかる“明治35年版の木割書”。江戸時代の木割書が「口伝あり」とかいってボカしている肝心なところをちゃんと書いてくれている。
 弁才船の弱点と言われる舵の保持法(従来は綱で吊る)を洋船風に固定する改良案なども示されている。
 「菱垣廻船歓晃丸図解略説」・「今西氏家舶縄墨私記坤」は、ともに“出来上がった船”の図しかないが、この書には組み付ける前の部材の形と釘の位置が図示されており、また複数材で構成する棚板についても解説されている(「歓晃丸」ではそこのところは省略されている)。
★弁才船を立体化(机上でも模型でも実物大でも)する際にはたいへん参考になる。これもオンラインデータ(無料)!

■国会図書館 近代デジタルライブラリー
 『大和形船製造寸法書』(逓信省管船局 1902)

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4.金澤兼光『和漢船用集』 『海事史料叢書』第11巻/『日本科学古典全書』第12巻に収録
 船にまつわる言葉を膨大に集めた解説書。宝暦十一年(1760)大坂堂島の船匠・金澤兼光が書いたもので、兵庫北浜の船匠・桃木武平が昭和4年の日付で解題を寄せている。
 船にちょっとでも関係のある言葉を12巻に分けて解説しているが、安達さんに勧められたのは巻十〜巻十二。
 釘や各種道具類の図版あり。艤装も含め、細かい道具まで図入りで載っているのがすばらしい。
 別称も含めてたくさんの語が出てくるが、構造や作り方・使い方というよりも語源や用字の方に重点が置かれている。ウンチク系と言ったらよいか。
 文献に引用される率がたいへん高い書であるが、私はどうも兼光さんとは気が合わない。「ナントカと書くは非なり」とかいうネガティブ記述が多すぎる。
 そもそも、古典をたくさん引っ張り出して「舳=とも(船の後方)」、「艫=へ/おもて(船の前方)」と読むべし!と主張されているものだから、しょっちゅう出てくるこの2字に、いちいちルビを振らないとうっかり読み誤るというトラップが張り巡らされているのである。うう、カンベンしてください。皆さんが「舳=へ/おもて」「艫=とも」と読んでいるんですから、あきらめて長い物には巻かれましょうよ。
★本文の書きぶりはともかく、荷積みのための道具やカマド、幟、磁石などまで言及・図示されている。原典はオンラインでも。

■翻刻:住田正一編『海事史料叢書』第11巻(巌松堂書店 1930)
     三枝博音編『日本科学古典全書』第12巻(朝日新聞社 1943/1978)
→ 私は近所の公立図書館で『海事史料叢書』を借り出した

■原典:早稲田大学古典籍データベース『和漢船用集』
  巻十「船処名」「銅鐵之具」
  第十一「用具之部」「綱類之部」
  第十二「大工道具之部」
   ※巻第5が欠本のため、番号9、10、11に該当

一般向け書籍

September 22 [Thu], 2016, 16:00
一般向けに書かれた弁才船を知るための本。石井謙治氏と安達裕之氏は、日本海事史学会の前会長と現会長。このお二人の本ばっかりー。
※画像はAmazonへのリンク。Amazonに表紙画像がないものは、自分でスキャンした画像を載せてます。

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石井謙治『和船I』 ものと人間の文化史76-I(法政大学出版局 1995)
 まずは、この1冊。雑誌等に掲載された記事を集めたものなので、ややまとまりがないような印象もあるが、弁才船について一般向けに分かりやすく、商業的側面や海難なども含めた幅広い切り口で書かれている。
 古書でも比較的手に入りやすい。
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石井謙治『和船II』 ものと人間の文化史76-II(法政大学出版局 1995)
 こちらは、弁才船を含むさまざまな和船について。和船全般を見渡したいなら。
 Amazonの画像はなんだか『和船I』よりもピンクがかっているが、このシリーズの表紙カバーはすべて同じ色。
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石井謙治・安達裕之『船絵馬入門』 船の科学館叢書4(船の科学館 2004)
 船絵馬についてだけの本かと思っていたら、さにあらず。船絵馬を通して、弁才船各部(水押・下がり・上廻り・蛇腹垣)や操帆法が読み解かれていく。また難船絵馬からは海難時の操船法も。
 船絵馬には類型的な描き方をされていることが多いが、表紙のようにたいへんかっこいい構図のものもあり、たくさんの図版(オールカラー)を眺めているだけでも楽しい。
 日本財団図書館サイトでも読めるが、図版の解像度が低いので、できれば紙で読みたい。
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安達裕之『雛形からみた弁才船 上』 船の科学館叢書5(船の科学館 2005)
 雛形とは弁才船の模型のことで、新造船を造った時に神社に奉納したもの。上巻では宝暦期(1751-1764)以前のものを扱う。弁才船の出現から宝暦期までの船の変遷を、雛形だけでなく、船絵馬、絵巻等の絵画史料、木割書などを示しながらたどる。いろいろな雛形の水押や垣立、艫の「ちり」などの部分写真が並べられているところは、「んまー、けっこう変化してるのねー」と分かって面白い。オールカラー。
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 ※Amazonには出品なし
安達裕之『雛形からみた弁才船 下』 船の科学館叢書6(船の科学館 2005)
 下巻は宝暦期以降。だいたい上巻と同じ作りだが、明治時代の弁才船は写真もある! ほんとうにあったんですね、弁才船って。
 この下巻のみ、日本財団図書館サイトからリンクしているcanpanというサイトに図版も含む全文がPDFで公開されている(なぜかトンボ付きなので、家庭用プリンタでプリントアウトするときには「サイズ」を「実際のサイズ」に設定するとA4用紙にぴったり印刷できますよ)。
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 ※Amazonには出品なし
安達裕之『日本の船 和船編』 (船の科学館 1998)
 和船編じゃないほうは、「汽船編」(山田廸生著)。
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安達裕之『日本の船の研究』 調べ学習日本の歴史15(ポプラ社 2001)
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石井謙治(監修)『日本の船を復元する 古代から近世まで』 復元するシリーズ4(学習研究社 2002)
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以下は未見。

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 ※画像はAmazonから借用
石井謙治『図説和船史話』 図説日本海事史話叢書1(至誠堂 1983)
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■安達裕之『異様の船 洋式船導入と鎖国体制』 平凡社選書(平凡社 1995)
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帆の幅

May 01 [Sun], 2016, 2:38
松右衛門帆の一反の幅:2尺5寸 ← 仕上げ寸法
松右衛門帆で端数が表示されている場合は1反2尺5寸とするのが無難。

『今西氏家舶縄墨私記』は「弐尺弐三寸」(刺帆)
周囲に細引を含ませるので、仕上げ寸法は2尺程度
図7「此両ハシヘ細引位イノモノヲ入、細糸ニテマツリ」
(以上は、安達裕之氏のご教示による)

「松右衛門帆」では、反物の状態で幅2尺5寸(76cm)。
実際は、2尺6寸程度の帆布を使用した?

参考:石巻千石船の会「ふるさとのかたりべ」126号の記事
  陸前高田市高田町丸乙商店菅野與八家「貫徳丸」(350石・銚子あたりから購入)の碇綱と帆の一部。気仙船匠会の平山氏より寄贈。
  松右衛門帆:1端幅と2端につなぎ合わせたものの一部。1端の幅は2尺2寸、耳は約1寸5分(折り返しを含むかどうかは不明)。
  写真から推測するに、耳の4分の1程度を折り返し(中に細引が入っていてもおかしくないふくらみ有り)、かなり太めの糸(直径1.5〜2mmくらいか)でまつってある。
  隣の帆布との矧ぎ方は不明。もしかしたら、細糸(まつり糸よりも数段細い)を巻き込みながらまつっているのかもしれない。
  また、細引きを挟んだ(らしい)折り返しは、矧目をはさんで反対側(片方は表へ、もう片方は裏へ)になっている。

松右衛門帆

May 01 [Sun], 2016, 1:19
工楽松右衛門の出身地、兵庫県高砂市のNPO法人「高砂物産協会」が、「松右衛門帆」ブランドで帆布製品を展開中。
2013年12月に、神戸芸術工科大学の野口正孝教授の監修で松右衛門帆を再現。
 →『芸術工学研究所 研究報告集2011』「工楽松右衛門が開発した帆布の復元 および商品開発」
2014年8月、「松右衛門帆」を商標登録。
★読み方は、まつえもん「ぼ」ではなく、まつえもん「ほ」!

同ブランドのサイトからリンクしている松右衛門を紹介する動画
「歴史ろまん紀行」#231 工楽松右衛門 〜後の世のため〜 (28分)
  制作・著作:ケイ・オプティコム
  配信:eo光チャンネル(2014.12.5放送)
出演:神戸女子大学文学部史学科教授 今井修平
    高砂物産協会理事長 柿木貴智
視聴メモ:復元した帆布の幅は76cm(=二尺五寸)。
      柿木氏「昔ながらのリン**(聞き取れず)織機で織られています」

なお、「歴史ろまん紀行」#206は、高田屋嘉兵衛。

中国船の情報

March 27 [Sun], 2016, 17:25
中国船の部材名
山形 欣哉 著「歴史の海を走る―中国造船技術の航跡 (図説 中国文化百華) 」農山漁村文化協会 (2004/12)

中国船の舵の艫流れ抑止綱「肚勒(とろく)」 図版
徐葆光『中山伝信録』巻一 目録 封舟図