叶った夢。一区切り。 

June 14 [Sun], 2009, 22:50
こんばんは。

久しぶりに更新します。

今まで思うことをつらつらと綴ってきましたが、今日を持ちまして一区切りつけようと思いまして。

思いのたけをここに書くのは、とりあえず終わりにしようかなーと。

まぁまたいつ書き出すかわかりませんが。



今までの記事を読み返したり思い返したりすると、このブログを書いていた時期というのは自分にとってとても辛い時間で、思うこともたくさんあって、でも反面それを人にぶつけるのも嫌で、ここに書き留めることしかできないという感じでした。

そんな弱さを、今になって改めて感じました。

ただ書き留めてきたことはよかったです。

忘れたくはないから。

ここに書いてきたことが就職に対して抱いてきた僕の夢になったから。

そして、その夢が叶いました。

だから、今日で一区切りにします。



ここに書いてきたことというのは、一言で言えば社会に対する反発の気持ちでした。

社会に出るのに時間がかかった僕は、その間にあんまりよくないコンプレックスを持つようになりました。

「社会に出てできる人間関係は今までとは違う」

「学生時代のような仲間はもうできない」

「社会は厳しいよ」

こんな言葉に僕は、最初は納得せずに反論を繰り返していました。

でも、当然僕は働くということについて何も知らず、そんな僕に対する相手の反応はだいたい次の2パターンでした。

自分で稼いでから言いなというパターンと

一定の理解を示しつつ心からは分かりあうことはないパターンと

この2つ。

特にこの2つ目のパターンは、どうしようもなく悲しいものでした。

僕には僕の視点から思うことがあって、相手には相手の視点から思うことがあって、それがお互いに分かり合うことを難しくしていて、働くなんてことで壁が生まれてしまうことが悲しくて。

社会ってものに必要以上に反発心を抱いて。

僕は段々嫌になってしまって、自分の思いをぶつけることはなくなっていきました。

ぶつけるという言い方はどうかということは置いておいて。

言葉で伝わることの難しさと、行動に伴う説得力を実感して、ぶつけることはなくなっていきました。

そしてそうやって膨らみ続けた思いをここに書いてきました。

いろんなことを書いてきたけど、一番言いたいことは結局これでした。

「社会に出るということで、人間関係に限界が生まれるなんてことはない」

「とことん楽しいと言える社会人生活はあるはず」

そしてそこから生まれた夢。

「同期と最高の関係を作ること。その仲間と最高に楽しい社会人生活を送ること」



そんな夢を抱いたから、僕は内定をもらってからできるだけきっかけを作ってきました。

同期と近づきたくて、そして同期と固い固い関係が生まれれば、アホみたいに笑える関係が作れれば、それは最高に楽しくなると思っていて。

難しいこともちょいちょいあるけど、でも関係は少しずつ良くなっているという実感はありました。

それが嬉しくて嬉しくて。



昨日今日と、同期と軽井沢に行ってきました。

一人の同期が明後日誕生日で、そのお祝いをしました。

今までの思い出の写真と、みんなからのメッセージを集めて贈りました。

その同期の流した涙はきっと一生忘れません。

今回の旅行とこのお祝い企画、僕は何もタッチしていません。

そしてその旅行で死ぬほど笑って涙を流す感動の時間があって。

こんな目線で言ってはいけないけども、でもここではあえて言います。

これが僕の夢でした。

夢が、叶いました。



「社会人こんな楽しくていいの?」

「俺らどんだけ一緒にいるんだよどんだけ仲良しなんだよ」

同期と話しているとこんな言葉がよく出てきます。

こんなに楽しいことってあるんです。

社会人の壁なんて、ないんですほんとは。



プレゼントで贈った写真、僕らの愛するカメラで撮った思い出は、入社して2ヵ月半とは思えないほどたくさんありました。

これはもう、僕にとって最高に幸せなことです。

こんな毎日を積み重ねた社会人生活は、きっと最高に輝いて最高に幸せなんです。

これを新たな決意として、一区切りです。

ここからは、また新たな挑戦になります。

全員でずっと一緒にいられるかはわからないし、仕事に対する思いもあります。

25年間で築いてきたこと、抱いた夢がここで叶い、僕は次のステップに上がります。

同期とも、まだまだ仲良くなりたいです。

辛いこともあります。

嫌になることもきっとあります。

でも、人生は、素晴らしいものです。輝き続けます。


sweet dreams!

壮大 

April 09 [Thu], 2009, 21:31
4月も半ばに入ってきて、花粉も終わって、本格的に春の陽気ですね。

もう、気持ちよすぎる。

気候もだけど、いろんなことが全て。

これから夏が来るんだな。

僕の人生も、夏に入る。

社会人になって、1週間が経った。



今までは0時帰宅がほとんどだったから、こんな時間に晩御飯も食べ終わってゆっくりしているのが変な感じ。

ゆっくりする時間があるのは、いいけどもやっぱり変な感じ。

あぁ、ほんとにひとつの時代が終わったんだなぁと感じてしまうから。



1週間たって、雰囲気を味わってみて、夢を書いておこうと。

新しい環境ってことで、やっぱり疲れはあるけども、苦しいことは全くない。

というよりも、幸せばっかり。

こんな風に思えるのは、もうそれはそれは幸せなんだと思う。

何が幸せかって、そりゃあもう、毎日顔を合わせる仲間がいること。

みーんないい人で、楽で、こんな日々を3年間ずっと夢見ていた。

船に乗る夢は散ったけど、この環境が始まってみて、心の底で願っていたのは、これだったんだって改めてわかった。



そんだけ僕にとっての社会人は大きな希望を抱いていた。

みんなで楽しくやるんだって、そう話すと社会人のみんなは難しいよと言うけれど。

でも、そう聞いたからって諦められるもんでもなくて。

だから入社前から、頑張ってはいた。

内定者に100人単位で声かけて、会う機会作って、少しでも時間共有しようと。

正直めんどくささは半端なかったけど、今になってやっぱりやってよかったと思う。

やってなかったら、初日に飲みに行ったかわからんし、最初の金曜にあの人数で花見に行ったわからん。

もちろん僕の力ってことじゃないけどね。

でも、やったことが無駄じゃなかったと、そう思えた。

てかこんだけ楽しい初日や初金曜日迎えたの俺らくらいだろと思えた。くらい楽しかった幸せだった。

だから、この新人導入研修が終わるまでに、この同期でもういっちょ、何かあったかいことをやってやろうと思う。

相手は社会人だ。

でも、あったかいサプライズやってやる。

社会人の前に人間だもん。

伝わるものはあると思ってる。

そして、そうやってここでひとつのことをやれば、あったかいのっていいなって思いをみんなで共有できれば、変わっていくと思ってる。

あったかいマインドを抱いた同期が今後それぞれの配属先で、あったかいマインドを更に広げていったら。

これはもう、すさまじいことが起こる。

ひとつの会社が、あったかくなっちゃうわけ。

ここでの仲間は200人。

一人の力+一人の力は2じゃない、それ以上。

だから200人になったらもうすさまじいことになる、きっと。

そんなセンセーションを生み出していくこと。

それが今の僕の夢。


sweet dreams!

surroundings 

March 13 [Fri], 2009, 1:55
人と人の結びつきについての持論。

密度によるけども、基本的に人間関係を築くには仲良くなろう、心を開こうとする意志が必要である。

仲良くなる人とは自然と仲良くなる、というのは間違いである。

そこには必ず意志が必要。

というか行動すべてには意志が必要なわけで自然に、なんて曖昧なボカシはあり得ないと思っている。

で人間関係に戻るけど、自然にってのは多分中学とか高校でできた友達のことを言っているんだと思う。

でもあれは環境が整い過ぎているのと、友達とワイワイやるのが生活の大部分なところあるから、自然だと思い込んでいるだけである。

誰だって入学式の日には緊張しただろう。

ドキドキしながら同じクラスになった人と初めての会話をしただろう。

クラスや部活、そういったコミュニティーを介してだんだんと仲良しグループができていき、居心地がよくなってこれは自然と仲良くなったんだと思う。

何度も言うが、これは違う。

そこには、必ず誰かの意志があったの。

クラスだったらクラスの中心的な人とか。

部活だったらそれプラス先輩とか。

そういった人たちの、仲良くなろう、輪を作ろうっていう意志の力を借りて関係が少しずつ濃くなっていったの。

もちろん中学生高校生にそこまでの自覚があるかは微妙だけど、でも、初めて話しかけてくれた友達や先輩って必ずいただろう。

これはいつだって同じだから、自分は自然と仲良くなったんだと思っていても、そこには相手が自分と仲良くしようとしてくれたんだなぁって、そんな視点で感謝の気持ちを持てればこれは素晴らしいことだと思う。

そしてこの意志の必要性は年を重ねるにつれどんどん大きくなる。

中学高校のような環境はもうどこにもないのだから。

仲良くなろうとして、話すきっかけや時間を作って、そしてその人のことを知り、仲が深まる。

これは当然のことだけどやろうとするとなかなか大変。

持って生まれたポテンシャルで、バンバンそういうことができる人もいるけれど。

それに乗っかることから一歩踏み出して、そこにいる人みんなが自ら意志を持てば、きっとその輪はどんどんよくなっていく。

そしてその意志が集まると環境になって、いい循環ができる。

そんな循環を作っていきたい。

それが今の僕の夢。


sweet dreams!

大学記第6章 後編 

March 03 [Tue], 2009, 4:18
3月になりました。

2008年度も終わる。

僕にとっての一時代が、終わる。

前にこんな話を聞いた。

中国では、人生を4つの色と季節に分ける。

青と朱(赤)と白と玄(黒)。

春と夏と秋と冬。

二つを組み合わせると。

青春。朱夏。白秋。玄冬。

そう、今、青春時代が、終わる。

そして、人生の夏を迎える。

25歳でこの区切りを迎えるのは、とても気持ちがいい。

この計算でいくと僕はきっと100歳で死ぬな。笑



大学時代の記録も、やっと最後。

気付いてみたらこの記録を書き始めて1年以上たっていた。

この1年も、本当に色々あった。そしてめちゃくちゃ幸せな1年だった。

では、最終章。

2008年度の出来事は前回書いたので、最後はもう思いオンリーです。

6年間で、思ったこと。感じたこと。確信したこと。



それは結局、人でした。

生きていくうえで何よりも大切なのは、人です。

就活で、僕が行くと決めた会社に内定をもらえたのは、これがあったからじゃないかなぁと思っている話があります。

年くってることって以外とつっこまれることはなくて、そんな中初めてここでつっこまれた時の話。

面接官「どうして留年したの?」

僕「氷川丸が楽しくて、反面大学に何の意味も見出せなかったからです」

(氷川丸の話、大学の話、色々〜)

面接官「じゃあ、仕事を始めて、大学と同じように意味を見出せなかったら仕事辞めるの?」

僕「それはありません。大学に行かなくなって、氷川丸をやりきって、そして自分に何もなくなった時、頑張る場所があること、そこで共に頑張る人がいること、そのことのありがたさを知りました。だから、これからは頑張ることが出来る場所、仲間のことは絶対に疎かにしません」

このやりとりで、面接官の目が変わるのがわかりました。

最終面接は意思確認のようなものだったので、この面接が実質最後の篩いでした。

この話を聞いて、通過させてくれました。

この会社に行くと決めたのは、このやり取りがあったからです。



人なんです、ほんとに。

周りに、お互いのことを気遣い合える人がいるということ、これは何よりも大切なこと。

そんな人がいない2年間を過ごして、そう知りました。

何もなくなると、それがどんなに素晴らしいことかよくわかるんです。

そしてこのことにもつながりますが、より自分の内面に必要なこと、それは物事をどう受け止めるかです。

自分に起こるあらゆること、その中に良いも悪いもありません。

あるのは、自分の受け止め方ひとつ。

どんなに苦しいことでも、きちんと受け止め、這って這って這い上がっていけば得られるものは必ずあります。

そしてあらゆることのありがたさをきちんと受け止めること。

あって当たり前のことなんてないし、自分にだけ降りかかる悲劇なんてのもない。

大学、自分の影にはどうしてもそこに合格したかったのに桜散った人がいます。

就職も同じ、自分の影には思いが叶わなかった人がいます。

そこに居たくても居られない人、その人にとってその場所って、夢なんですよ。

だから僕は、現状に愚痴ることはしたくない。

なら明け渡せよ俺、って話だから。

そこに入るために死に物狂いで努力した人に、胸張って負けないと言えるだけのことはしなくてはいけないと思っている。

同時に、自分に起こる全てのことは自分にとってベストなことだと思っているから。

僕は、高校時代サッカー部で、引退前に怪我をした。

で練習もまともに出来ず最後の大会にも出られなかった。

でもその時、友達と楽しくサッカーできた高校時代ほんとによかったと思えた。

高校の体育祭、高3の夏全てを捧げた応援団で賞取れなかった。

生まれて初めて涙が溢れて止まらなくなった。

その夜、打ち上げで川原で語っている時、あぁ、賞なんかよりこんなに良い仲間と青春しまくれたのが最高じゃんって思えた。

大学受験、浪人しても第一志望に落ちた。

でもだから横浜に来れて、氷川丸と出会って、赤レンガと出会って、今の僕になった。

氷川丸がなかったら船の夢を抱くこともなかったしそしたら大学頑張ることもできなかった。

氷川丸がなかったら卒業にこんな時間かからなかったかもしれないけど、これだけ考える時間も色んなことのありがたさを知ることもできなかった。

そして横浜国立大学のあのコースだったから僕は卒業できた。

あの先生たちと、常に気にかけてもらえる少人数と。

それがあったから僕はここまで来れた。

一見何かほとんど志半ばだけど、これは全部ベストだった、僕にとって。

そう思うから、これからも僕は僕のいることができる場所を愛し、そこで出会うこと全部を全身で受け止めて頑張る。



ニコンは、幸い今の僕にとって既にベストだと思える場所だ。

人と、少人数と、心の通い合いと。

これは縁だと思う、ほんとに。

この大学生活を送った結果この会社に行くことになることには流れを感じる。ベストだっていう。

きっと辛いことなんて山ほどあるだろう。

でも、その時きっと僕の周りには話を聞いてくれる人がいる。

それはこの大学後半と比べれば全然幸せ。

それにどんなことがあってもそれは僕にとってベストなことだし。

負けないし逃げない、もう。

逃げることは否定しないけど、逃げるということは一人になるということなんです要は。

逃げってのは人生の一大テーマだから安易に結論は出せないけど、とりあえず今は逃げないで這い上がろうって思っています。



いつかの大学記で、自分の人生愛せるかなって書いたけど、ここまで来てやっと言える。

僕は、自分の人生を愛している。

そして、どんな自分も愛そうと思えるようになった。

そんな大学6年間でした。

夏を迎える準備は万端。

最高の青春時代でした。

めでたしめでたし。


sweet dreams!

大学記第6章 前編 

February 18 [Wed], 2009, 20:20
2008年度。

大学6年目の話。

長かった日々にも終わりが来るみたい。

止まない雨はないってのは本当である。

最終章、長くなるから2つに分けようかな。

分けても長いだろうな。笑



前年までで奇跡の這い上がりを見せ、迎えた2008年度。

卒論出せば、卒業。

そして、就職活動。

とやっとたどり着いた夢への挑戦だったわけだけど、思いがけない展開が待っていた。

前年度、最後の期末テストが終わっていざ就活!って時に、友達の結婚パーティーの幹事することになった。

当時僕は病んでいたから、初めは悩んだ。

僕は自分のこれまでをどこまで人に語れるか、この2年間人に話したくもなかったその時間も含め、どこまで人に語れるか、そんな思いを就活に抱いていたから。

そして船に乗りたいってゆう夢もあって。

その就活が終わるまでは、何か自分的に久々の友達に会うって気にならなくて。変な意地。

だから実際はすんごく悩んだけど、結局は引き受けることにした。

引き受けると決めたのは、これも意地だった。

僕は、大学にこれでもかってくらいギャフンと言わされたけど、それでも一番大切なのは人で、そこを大切にできなかったら他の何事も意味はないという思いは変えたくなかった。

守りに入って、安全策を取るなんて選択はしたくなかった。

高校からの友達二人が最高の日を迎えるのに、そんな二人が自分にやってほしいと言ってくれているのに、それを断って就活するってのは、どうしてもしたくなかった。

当時は就活がどんなかもわからなかったし自信もなかったから、この選択には正直ビビってたけど、今思えば本当によかった。意地万歳。

そんなこんなで2008年度は幕を開け、就活に全力投球するって予定は大幅に狂った。笑

結婚パーティーのプレッシャー、絶対に失敗できないってプレッシャー、あれは結構ハンパなかった。

だから準備はめっさ一生懸命だし、そうすると就活との両立は結構大変。

幹事の相棒は社会人だから思うように時間は取れないし、結構大変だったな。

だが走り出してみると、テンションは上がるもんで、毎日楽しかった。

パーティーと就活、これはどっちもこの2年間待ちわびたものだったから、毎日毎日幸せだった。

そして共に盛り上がり、就活の山場を迎える直前、結婚式だった。

これはもうほんとに幸せだったよ。

式が終わってパーティーまでの緊張はもうすごかったけど、始まってみるといっぱいいっぱいながらもどうにか進んで、なんとかうまくいったと思う。

相棒の存在もでかかった。

ああゆうのは、相手ができる人間だと本当に楽しくて、気持ちいいのね。感謝。

物事はうまくできてるもので、パーティーを終えてすぐに、夢への、船の、3次面接となった。

パーティーを言い訳にするのもあれだけど、時間がなかった分一点集中でいけたというか、就活もいいと思う会社を相手にすると楽しいもので。

そんな中で船への挑戦は、やっぱ別格で感動していた。

そして3次面接で奇跡が起きた。

ミクシに書いたしこれを語り出すと長さ倍増するから省くけど、奇跡だった。

結局夢は砕けて散った。でも、大満足。

結果と過程、どちらも大切だけど、過程のない結果に意味はないと思う。

でも結果のない過程には、意味はある。自分の中では大きな意味がある。

で、その3次面接の後が行くことになる会社の最終面接で、めでたくその場で内々定となった。

これは本当に嬉しかったなー。

結果にもやっぱり意味はあるんだな。

この会社の面接はこっちをよく見ようってのが伝わってきて、僕も思うことはそのまま話して、その上で出してくれた内々定だったから。

結果も過程も、どちらも大切。

その後はバイト仲間タムのお別れへ向けて頑張った。

スプリングバレーズとかビデオとか。

久々に昼夜めちゃくちゃ不眠週間だったな。

そんなお別れ会は、涙涙。

ヒクヒク泣いたのは久々だったし、ああゆう涙が流せるてのはいいことだと思う。

BEER NEXTでああゆうことができて嬉しかった。



ここまでが2008年度のメインだったな。

就活を終えてからは、大学に入ってから多分一番静かな時間を過ごした気がする。気持ち的に。

まあ大学にはちゃんと行かなきゃだけど、追い詰められてないというか、今まで自分追い詰められながら生きてたなーみたいな。笑

色々なことを考えたり思い返したり、大学生活の最後を迎えるのには最高な時間だったと思う。

思ったこととか、これからのことについては、次、ほんとの最後で書きたいと思います。


sweet dreams!

orange 

January 08 [Thu], 2009, 22:59
2009年、明けましておめでとうございます。

みなさま健やかに新年を迎えられましたでしょうか。

僕は毎年年明けは体調を壊すのですが、今年はインフルエンザでした。

体調が戻り、ようやく新しい1年が始まったな!という感じがしてきました。

健康が一番ですね。



みかんの季節です。

こたつの上にみかん。

テレビを見ながらみかん。

もはや日本の風景です。

おいしいです、みかん。

しかし、果たしてどのくらいおいしいのか。

正月休み、ダラダラ過ごしながら、誰かが季節だからと買っておいたみかんをなんとなくつまんでみたそのみかんと。

正月休みなどなく1日仕事で、しかし朝からもうやたらとみかんが食べたい。とめどなく溢れるその衝動を我慢し仕事を終え、帰りに空いているスーパーを捜し求め、歩き続けること小1時間。ようやく見つけた優しい明りを灯すスーパーで手に入れた念願のみかん。ダッシュで家に帰り服を着替え、そして訪れる1日の疲れをそっと癒してくれる至福のみかんタイムそのみかん。

これは幸せの質が違う。

今年は、至福のみかんタイムを貪欲に求めていきたいと思います。


sweet dreams!

大学記第5章 

December 27 [Sat], 2008, 3:03
やっとここまできた。2007年度。

大学5年目の話。

入学から失い続け、それを必死に取り戻そうとする、信頼の物語のひとつの終着点。

いきます。超長編になります。ハンカチ用意。



4年目後期で急上昇の兆しを見せた僕の成績だけど、依然危機的状況なことに変わりはない。

5年目で取らなくてはならない単位数は、49。

4章で書いたけど、5年目前期でも良平均以上の成績が必須である。

そしてここで更なる不安要素が浮上する。

僕は、大学2年目3年目頃、とにかく理系の呪縛から逃げたくて、文系学部への編入を考えていた。

細かいとこは省くけど、それで履修は文系の授業ばっかりとっていて。

で結局それでも大学に行かず、今の学部での卒業には関係のない授業での不可が山のように溜まっていた。

これが非常にまずかった。

卒業の条件というのに、成績全体で可平均以上でなければならないというものがあるのだ。

それは必要単位数が取れていれば、普通はひっかかるはずのない条件なんだけど、僕はこれにひっかかった。

つまり、工学部の卒業に関係のない不可が沢山ありすぎて、例え工学部の単位を取り終えても全体では可平均にはならないのではないかという疑惑。

遠回りしすぎた疑惑。逃げすぎた疑惑。

いやはや、自分の業というのはとことん自分に帰ってくるのである。

ここで登場するのが学生指導担当のM先生。

救世主M先生は、この疑惑に理解をしてくれて、5年目前期も良い成績が取れれば大学上層部に掛け合って、どうにかしてくれるよう頼んでみると言ってくれた。

これね、信頼が少しずつ生まれてきていると感じたよ。

だって上層部ですよ。

逃げて逃げて逃げ続けた僕だけど、逃げた先に居場所がないことに気付いたことで、そして這い蹲りながら前進することで、もはやこの勝負は国家の最高学府大学と僕との戦いになったのだ。

一人の力ではどうしようもないことはある。

逃げることを否定するつもりはない。

逃げた先に居場所が生まれることだって、ある。

しかし、逃げることを辞め、腹くくって足掻き始めると、それを見た誰かが力を貸してくれて。

そして一人では太刀打ちできないことにも立ち向かえる。

そんな大きな流れが生まれるのである。

始まりはいつも自分。全ては自分次第。



そうこうして、元々ギリギリだったけども、更に追い込まれた僕。

でももう逃げない。逃げられない。

この頃から僕のことを色んな先生が気にかけてくれるようになり、それはとても嬉しかった。

人を巻き込むと、さらに逃げられなくなるんだけど、それ以上に誰かが見ていてくれているというのは勇気になる。

そして前期の試験。

プレッシャーは最高潮に達した。

でも、この試験が最大の山場だから、そう言い聞かせて立ち向かう。

状況としては、ここで良い成績を取り後期の登録単位数の上限を伸ばせば、後期では良平均を取らなくてはならないという縛りはなくなる。

ここさえ勝てば、後は上層部との勝負を先生に委ねるだけ。

とても見えなかった山の頂が、見えてきたのだ。

奮い立つ。

そう、この時までは、そこが頂上だと思っていた。



結果は、文句なしの最高だった。

僕は、優が半分以上の成績を取った。

M先生も、これは奇跡が起きるかもしれないと言った。落ちこぼれの星になると言った。

そして、上層部との掛け合いも、大丈夫そうだと言ってくれた。

ありがとうM先生。

感謝と祈りを胸に、上層部からの返答を待つ。

頂上に立ったと、思った。



M先生から返事が来たとの報せがあり、すぐにM研究室へ向かう。

訪れた返答は。

それは。

予想外のものだった。

僕は、どうも良い成績を取りすぎたらしい。

どうやら上層部は、僕の成績についてとことん検討したらしい。

そしたら、後期もこの調子でいけば、小細工なしで全体の成績が可を越えるかもしれないと判明してしまったらしい。

返答は、「だから後期も頑張れ」だった。

これはもう笑った。

絶望すると人は笑う。

苦しんで苦しんで、そして頂上に立ったと思った。

雲が晴れると、まだその先があった。

M先生も予想外だったらしく、僕に同情しながらも、こうなってしまっては従うしかないと。

笑ったあと、気付く。

むしろすごいじゃんて。

自分で作った大きな負の遺産を、自分の力だけで片付けられるかもしれないんだって。

もう既に足はパンパンで膝はガクガクしてる状態だったけど、そこで下山する気にはならなかった。

やってやるしかない。行ってやる本当の頂上まで。



この頃には、自分の生活リズムというのも、大学で学ぶペースというのも、ようやく馴染んできていた。

だけど、正直精神の限界でもあったと思う。

学生という枠の中でひたすら足踏みを続ける自分に自信はなくなり続けていた。

何か、派手に崩壊するんじゃないんだけど、ジワリジワリと、自分のどっかが軋んで悲鳴を上げていた感じ。

実際時間もそんなになかったんだけど、でもそんな事を言い訳にして、友達の誘いとか、ほとんど断っていた。

誰の近況も知りたくなかったし誰にも近況とか話したくなかった。

多分未だに僕には変なプライドがこびり付いているんだろう。

きっと友達はみんな僕が何をやってようとそんなに気にしないけど、でも会いに行く気にはならなかった。

この2年間で、友達と飲みに行ったのは4回だけである。

もう人と会いたくない話したくないっていうのが、半ば普通になっていた。

これは今思えば結構限界だったように思う。

一人でケリをつけなければならないという決心に、押しつぶされそうになっていた。

人には見せたくなかったけど、そんな状況に何か殻を作ることを覚えてしまっていた。

僕は、ひたすら夢へのチャレンジを糧に勉強した。

あの夢がなければ、とっくに心は折れていたと思う。

2年間というのは、長い。



迫る後期の試験。

履修単位数は、28。

試験の数、13。

恐怖の2週間が始まる。

毎日毎日怖くて、この2年間の生活の、この道を選んだことの、答えが出てしまうのが信じられなくて。

ここまでよくやってきたという気持ちと、それより遥かに大きい、ここでトチッたら終わりだという恐怖。

試験直前、M先生と話していた時。

もう怖くて怖くて、僕はあんまりうまく喋れなかったけど、M先生は、

「こんなに頑張ると思ってなかった。退学させなくてよかったよ。これでクリアしたら、俺は長野のように大学に挫けそうになった生徒に、お前の話をするよ。10年間は語り継がれるよ」

そう言って笑った。

「今、社会の上の方にいる大人たちは、失敗を知らない。失敗がどういうものなのかを知らない。だから、それが失敗だとも思わずに、人の心を踏みにじるような不祥事を起こす。お前は違う。色んな失敗をした分、色んな気持ちがわかる。自信を持ちなさい」

そう言って優しい目で僕を見た。

泣けた。

涙を流すと、ぐちゃぐちゃになっていた心が驚く程静かになった。

静かに、今までの日々を思い返しながら、試験を迎えた。

そして静かに、一つひとつ終わっていく。

結果はまだしばらく出ないけど、不安にざわつく気持ちも、何か微笑ましく受け止められた。

そして試験が終わり最後に、ある授業のレポートがあった。

レポート完成前、少しわからないことがあって、その授業の先生とメールでやり取りをしていた。

返答をもらい、レポートは完成。

2年間の戦いが終わった。

やりたいことだけに全力を捧げ、突っ走っていたあの頃。

その結果恐ろしいことになって、愕然としたあの頃。

卒業を目指した時には、全く想像のつかなかったこの瞬間。

色んなものをすり減らし、それでも見えない頂上を信じて歩き続けて。

ここまで来た。

今の自分の道は、やっと周りの人に追いついただけだと思ったけど。

ここまで来た。

完成したレポートを、先生へ送信した。

すぐに、返信がきた。

画面が滲んだ。



件名 Re: 応用流体力学演習レポートについて

それでは、無事に卒業してください。
あなたの今までの苦労も、必ず人生の糧になるでしょう。
良い回り道をしたと思って、今後も頑張ってください。

以上



涙が止まらなかった。

良い回り道だなんて、思えたことはなかった。

人生の糧だなんて、思えたことはなかった。



試験の結果、僕は自分の作ってしまった不可の山を帳消しにできた。

1年半、どれかひとつでも悪い成績だったら1年延びるという、僅かに残された細い細い可能性。

その上を歩いてこれた。

別に人に誇れることじゃない。

でも、歩いた僕を、僕は少し好きになれた。

それだけでいい。

歩くこと。

それは、すごく大変なことで、すごくすごく素晴らしいこと。



こうして、2年間の長い戦いは終わった。

自分を少しだけ認められた僕に残された課題。

自分の道を愛せるかどうか。

そんな思いを持って臨んだ就職活動、そして大学で僕は何を得たのか、それを次の章で語り、最後です。

物語が終わって、また次の物語が始まる。


sweet dreams!

今を生きる僕らは、あの頃の未来に、追いつけたのだろうか 

December 06 [Sat], 2008, 3:12
みなさんはご存知だろうか。

あの国民的キャラクター、サザエさんの年齢。

なんとね。

サザエ:24歳

マスオ:28歳

ノリスケ:25歳

タイコ:22歳

驚愕の事実であるこれは。

僕サザエさんより年上だ。ノリスケおじさんとタメだ。

何が言いたいかって言うと、もう完全に大人なの僕らは。

どこから大人なのかわからんし多分僕はかなり子どもな25歳やけども。

ただもう、これは完全に子どもと大人どっちに近いかって言ったら大人ですよ。

そこで今夜のテーマは、大人から子どもへ向ける愛。

これを大人は見失い過ぎている。



また橋下知事ネタで申し訳ないが、先日知事が、大阪府の公立小学校での携帯持込禁止を提案した。

この案自体はまぁ、僕もいらないんじゃないかなぁとか思うけど、問題はそこにある言葉である。

この禁止案を聞いたある教師の言葉。

「生徒の携帯には困っていた。府で禁止ということになれば、生徒を説得し易いので助かる」

もうね、個人的にはね、こんなことをぬかす教師は今すぐ辞めてしまえばいいと思う。

何が説得し易いだ。ふざけるな。

まず、立場の異なる人間と理解を深めるならば、相手の立場に立ってものを言うのは当然のことである。

だが大人と子どもの関係となると、その力に差がありすぎて、大人は相手の立場とかそんなこと考えなくなる。

躾とか、決まりとか、そういう言い訳が抱負だから、大人は子どもに対して考えることをやめる。

生徒にとっては、携帯はもう持っていて当たり前のアイテムらしいし。

子どもには子どものつながりや関係があって。

そういう部分を理解せず、大人の尺度でものを決め、それを押し付けるだけでは何もいい方向には進まないと思う。

確かに子どもに充分な判断力があるとは言えない。

だから、大人がそれなりに軌道修正はしてあげるべきだとは思う。

ただ、それを伝えるという部分には、本気でなければならない。

府の決まりだからと言って子どもをだまらせる?

違うだろう。

必要なのは、携帯禁止にするならばなぜ禁止にするのか、それをいかに子どもにわかってもらうかだろう。

その言葉を、理由を、本気で考えることだろう。

ハッキリ言って子どもは基本的に何も悪くない。

携帯をいじっているから授業が進まなくて困る?

それすらもその教師が困っているという、教師の都合じゃんか。

そうではなく、なぜ携帯をいじってはいけないのか、学校ですべきことはなんなのか、それを教えるのが教師じゃないのか。

どんな大人もそれぞれの子ども時代を過ごして、そうして大人になってきたのに。

いつの間にか考え方の固まった、そんな自分に固執して、子どもの目線なんか忘れて、正論を振りかざす。

そんな大人には絶対になりたくない。

そんな大人が教師をやっている限り、教育はよくならない。

子どもは無限の可能性を持っているのに。

子どもの可能性を狭め、自らの学びの可能性すら放棄している。

そんな大人には絶対になりたくない。

共に歩み、互いに学び、その上で危なっかしい時にはそっと手を差し伸べて、本気で伝えて。

それが愛じゃないのか。




このテーマから、親から子への愛に発展させたいけども、それはいつか書けたらいいと思う。


sweet dreams!

大学記第4章 

December 03 [Wed], 2008, 1:39
暗い暗い2年間の記録の始まりです。

大学4年目の話。這い上がる話。

卒業までに必要な単位数、正確には4年生になるのに必要な単位数、残りは79。

要はこれをコツコツ減らしていくだけの2年間だけど、そこにはもちろんドラマがある。

人生はドラマだから。

さあ、思い出したくないけど振り返ってみよ。

まず4年目前期、第3章でも書いたけど、卒業を目指すと決めた時正確には既に5月半ばだった。

履修登録終わってる。うん、前途多難。

だが僕には時間がない。半年も無駄にするわけにはいかない。

これは先生が協力してくれて、一筆書いて学務に頭下げて、登録してもらった。

思えば、この時僕には先生方からの信頼なんて欠片もなかった。

学務に行く前、うちの学部長と面談させられて、やる気を示しなさいと言われたけど、言葉なんて何の力もなくて。

今まで1年半不登校だからね、当然ですよね、そりゃあ。

先生の冷たい目は忘れられない。

改めて、あぁ僕の大学生活は、見る人が見たらそんなものなんだなって、痛感させられた。

でもこの信頼ってのが2年間のドラマのひとつのキーワードになる。

まあそんなこんなで1年半振りに舞い戻った大学。

これね、バカだと思われるだろうけどね、1年半そこから離れると復帰するのってほんとに大変なのね。

大学に行くだけじゃんかと思うだろうけど、ほんとに大変。

しかもなんやかんやで、登録終えて授業に出始めたのって6月からだったのね。

もう前期開始から2ヶ月近く経ってて、授業はそれだけ進んでて、しかも勉強なんて頭からスッカリ抜け落ちてるから、要はサッパリ。

何もわからない。たまに授業中現実逃避して、そういやこんなことやってたなーって自嘲の笑みを浮かべたり。笑

そんな状況だから、もうこりゃあ想像以上にきつかったわけ。

友達もいないしね。笑

一人って辛いのよ。ほんとに。

なんとかこらえて前期のテストを迎えたけど、そもそも3分の2以上の出席がテスト受験の条件だから、結果は厳しいものだった。

6月から始めて、何もわからんくて、テストを終えて、あまり燃えきれない夏休みを終えて結果が出る。

その結果・・・取得単位・・・10単位!!!笑

4年生になるのに必要な残り・・・69単位!!!

うちは半期の履修登録上限が20単位だから、1年半フルで取って、60単位。足りない。

ここから真の、恐怖のデッドラインとの戦いが始まる。

後期の履修登録を考える時に、時間割表をそれこそ穴が開くほど睨みまわし、最良の方法を見つけ出す。

すると、僕はまさにギリギリのところにいることがわかった。

まず、半期で成績が良平均を超えると、次の半期の登録上限が26になる。

加えて、ほんの少しだけど、上限には数えない授業がある。

これらを限界まで活用しなければ、6年間での卒業は不可能だった。

が、うまく時間割を組み、全てで良い結果が出れば、これらの抜け道を駆使することで、6年間で卒業できる可能性は残っていた。

もうね、このドキドキ感たら!手が震えたよ本当に。

怖くて怖くてもうダメなのかと思ったけど、でもそこにまだ可能性があることがわかった。

その瞬間、何か不思議と、あぁここまで追い詰められてそれをクリアしたら、それはもうすごいだろうってなった。

開き直る瞬間。やってやろうと。

留年だと、わずかに単位が足りないだけだから、割と緩い時間割になるって場合が多いけど、僕はもう既にデッドライン上。

燃えるじゃんと。

もちろんビビりまくっている自分もいるんだけどね、もうここまで来ると人間本能で防御というか、沸々と燃えてくるのね。笑

そんな不安定極まりない状態で迎えた後期。

前期は途中からの授業参加だったので、初回から出られるのがまず大きかった。

これはやる気になる。

気付くとこの頃には、僕はもう1度たりとも休むまいと、そんな心構えになっていた。まぁこんだけギリギリだから当たり前ですけど。

ただ、ギリギリとかそうゆうの以前に、朝起きるのも苦じゃなくなって、毎朝誰よりも早く教室に着いていた。

これはやっぱり、自分をぶつける場所がハッキリしているからなのね。

半年前の僕は、3章の通り、もうどこに向かえばいいのか、サッパリわからなくなっていた。

それに比べれば、ここで頑張ればいいんだってハッキリしたこの時は、全然楽だった。

睡眠時間が無かろうと、勉強が嫌だろうと、そんなのまったく苦しくなくなるのよほんとに。

これはギリギリまでいってしまったから逆に気付いたことだった。

余談だが、この話を僕は、入社することになる企業の面接でしたことがある。

そして、この話が内定の決め手だったと僕は思っている。

まあまたその時書くけども。

とにかくそうやって僕は充実した時間を過ごした。

必死にノートを取って、レポートを出して。

無駄にしか思えなかったそれらの行為が、素晴らしく輝かしいものに感じるんだから、人間不思議である。

そうして今度は割りと万全で迎えた後期テスト。

ここまでかっこよさげに書いてきたけどね、やっぱりテストは怖かった。すごく。

少しでもトチったら即1年延びるわけだし、それは当時の僕には絶望でしかなかったし。

とにかく、怖かったの一言。

でもテスト全日程が終わると、不安の中にもやり切った感はありました。

結果・・・フル単位!成績は良平均をなんとか越えた!

なんとかなんてもんじゃない、本当にギリで。

ひとつでも成績が悪ければ、良平均に届かなかった。GPAが3必要なところ、3.002とか。笑

この感動ねー、多分伝わらないけどねー、ヤバかった。

単位を取るって感覚すらわからなかった僕がここまで来たのだ。感動したっていいだろう。

単位取るだけのそのことが、ドラマになるんですよ。

とか言いながらも、当時僕はこんなこと人に胸張って喋れなかった。

みんなは仕事して金稼いでるんだからね。

とても自信とかは持てないけど。

まあ今でも自信とかないけど。

でも、僕にとってはとてもとても大きな1年だったから、こうしてここには書き残したいと思う。

これにて、4年目、這い上がりの1年は上昇の兆しを見せ終わった。

次の1年は更に輪をかけて恐ろしい事態になるんだけども。

信頼をキーワードにしたこの2年間の話を締めくくるにふさわしいギリギリストーリーだったことは間違いない。

それはまた次の章で。


sweet dreams!

kokoro 

November 15 [Sat], 2008, 2:49
どんな人生を歩むかってのは、要はどんな選択をするかってことですよね。

大きな節目から日常の小さな一コマまで。選択だらけ。

だから、その無数の選択をどれだけ大事にできるかってことが、人生を大事にすることにつながるわけです。

選択を大事にするってこと、それは何をもって選ぶかってことで。

この辺の話はちょっと前の記事でも書いたんだけど、友人が前にとてもいいことを言っていたから今夜はそれを紹介。

「人が何かをする時、その行動の根拠になる要素は3つ。頭と、体と、そして心だ」

確かにって思ったなこれは。

そんで、やっぱ心を大切にしていくべって話した。

あ、体ってのは別にやらしい意味ではない。一応。眠いとか、疲れたとかね。簡単に言えば。別にやらしい意味でもいいけど。

それ以来、僕は結構色々な場面で、自分にこう問いかけるようになった。

「心はどうだ?」と。

頭が作る答えには、感動が足りない。

体が作る答えには、人間性が足りない。感動も、足りない。

頭でひねり出すんじゃなく、体のままに動くんでもなく、心。

心の向く方向にこそ、充実や、達成感や、感動がある。

だからそれ以来僕は、常に心に従うことにしている。

だからそれ以来僕は、自分の行動に後悔はあんまりない。

昨日の一コマにも、今日の一コマにも、後悔はない。心がそう望んでいたから。

この積み重ねが、人生を濃いものにしてくれると、思っています。

これは結構いい指針になると思う。

みんなも、心を大切にしてみてはどうでしょう。


sweet dreams!
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