なぜ自殺はいけないのか

April 02 [Thu], 2009, 5:16
なぜ自殺はしてはいけないとされているのだろうか。


現在の日本においては、「自殺はいけない」というのが一般的な倫理観である。


しかし、それはなぜか。


自殺はダメというのはよく聞くかもしれないが、その理由をはっきりと聞くことはないのではないか。


この倫理観から、


「生きたいのに生きられない人に申し訳ない」


「せっかく産んでくれた親に申し訳ない」


「死んだらそこで終わり」


というように、さまざまな理由を押し並べはするものの、結局これといったものはない。


死んだらそこで終わりっていうけど、なにが終わるのか。


誰も死後のことなど分かるはずもない。


それなのに死んだら無に帰すという考えはいささか矛盾を感じえない。


死んだあとはどういうものかを証明さえされればいいのだが。


また、自殺をどうとらえるかは命が一体誰のものなのかを考えることにつながるだろう。


仮に自分のものであれば、その命を自分でどのようにしようと本人の自由のはずである。


それこそ、命を大切に生きようと、命をそこで終わらせようと…


逆に産んだ親のものであるとした場合は、自殺はいけないことになる。


しかし、親による子供の虐待や殺害は肯定されることになる。


親のものなのだから。


このように命を所有という観点からとらえると、自殺の問題とは非常に難しいことがわかる。


話は変わるが、日本では自殺が美とされることもあった。


武士の自決や、殉死などがそれにあたる。


武士が自決を選んだのには、討ち取られることを恥とする文化があったからである。


殉死の場合は、重臣であればあるほど殉死しなければ臆病者とされたり、不忠者とされた背景があるからである。


つまり、自殺が肯定されるには世論が大きくかかわっているのであって、


現代の日本のように、理由ははっきりしないが、自殺は良くないという風潮である以上は、


自殺は肯定されえないということである。


しかし、それは自殺の本質をとらえているとは言い難く、自殺志願者の心変わりを狙うのは難しいと思われる。


したがって、自殺はなぜいけないか、その理由を明確にする努力がなされる必要があるのではないだろうか。


このコラムは、自殺を肯定するものでも奨励するものでもありませんのでご了承ください。

人はなぜ死を怖れるのか?

March 23 [Mon], 2009, 4:00
色々と他にもブログを持っているせいでなかなかここに書くことが決まらない。


ということで、これからは不定期ではあるがコラムというか思想というかそういうものを書いていこうと思う。


私の書くものに参考文献なるものはない。


過去に見たものが反映されることはあるかも知れないが…


いまさらわかりっこないのでね。


ではここからが本題。


今日は「人はなぜ死を怖れるのか?」


そもそも私がこの題材について書こうと思ったのは、なぜ死を怖れなければならないのかと思ったことに端を発する。


誰も死後の世界なんてわからないはずなのに、ただ漠然と死を怖ろしいものだととらえている。


そこで私が思いついた…というか考えついた仮説が二つ。


1.人は遺伝的というか先天的に死を怖れるものであってそのせい。


本能的に死を怖れるという感覚が、アウストラロピテクスとかネアンデルタール人の頃から刷り込まれてるからじゃない?ってこと。


2.死ってなんだかよくわからないから。


人はわからないことについては、怖れや不安を抱くでしょ?てこと。


どっちも考えられる説だとは思うんだけど。


1について考えてみる。


たとえば、横断歩道で信号待ちをしているとしよう。


そして信号が青に変わったので渡ろうとする。


そこに目の前を猛スピードで車が走り去っていったとしたら…


恐怖感じるだろう。死んだかもしれないという恐怖を。


人は(人だけに限ったことではないかもしれないが)、痛みを伴うものを避ける傾向がある。


いや、中には痛みに快感を覚える人もいるかもしれないが(笑)


それでも、限度はあるだろう。


痛みを忌み嫌う性質が動物の本能として備わっているのだろう。


そして人は死を痛みを伴うような「苦痛」なものとしてとらえる。


その結果死=痛みとなって、自分でも意識しないうちに、つまり細胞レベルってやつで拒否され、怖れられるのだろう。


まあ、この痛みを伴って死ぬかもしれないって思って避けたくなるのは、動物は種の保存を目的としているからなのだと思うのだけど。


っていうのが、私の1に対する考察。


じゃあ2について。


死ってなんだかわからない…というよりは死後の世界がわからないといったほうがいいのかも。


なんとなく、漠然とだろうけど人は死んだら今の自分ではもういられないと思っているのではないだろうか。


今この瞬間を生きている自分では決してなくなる。


それを怖れているといえるのかもしれない。


そしてわからないものに対する不安・恐怖というものは大きい。


これは死に限ったことだけではないだろう。


新しくバイトを始めて、初出勤の日とかそう言えるのではないだろうか。


とにかく自分の関知しない、あるいは関知できない部分については不安や恐怖を感じえない。


だから陰でこそこそ悪口言われてんじゃないか…とか思ったら居てもたってもいられなくなる。


これはわからないという部分のほかにも占める部分がありそうだが。


とここまで書いてみて思った。


これって無宗教の人限定じゃない?


私は宗教を深く信仰しているわけでも、宗教について学んだわけでもないから何とも言えない部分もあるが。


仏教には輪廻転生って考え方があるみたいだし…。


他宗教にも色々と死後について考え方はあるだろう。


ということは…


2は説として成り立ってないね。


でも私の結論として、1を支持するのはあまりにもお粗末なので、2を支持する方向でいこうと思う。


まあ、なんにも参考にしていない戯言だから許してほしい。


でも、少しくらいそうなのかなあって思ってもらえるところがあればお慰み。


以上、本日のコラムでした。
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