天田とネオンソードテール

October 18 [Tue], 2016, 1:38
"4人の子どもを帝王切開で出産しました。長女は、初めての出産、初めての育児、初めてだらけで、色々と悩みました。
里帰りを3カ月と長めにしたので、自宅に戻ってから、家族3人の生活のリズムをつかむまでとても苦労しました。
私は、出産を機に在宅での仕事に切り替えたのですが、子育てをしながらの仕事は、考えていたよりもずっと大変で、自宅で仕事をしていると、子ども、家事、仕事、子ども、家事…と、境目がなくなりとても疲れました。主人は帰りがいつも遅く、どうして自分だけが毎日こんなに大変な思いをしなくてはいけないのか…と、外で自由に働く主人を恨めしく思いました。
次女が生まれたのは、4年後で、いくらか育児に慣れていたと思っていましたが、4歳の子と新生児との生活は、これまた想像以上に大変で、四苦八苦しました。初めての子ども達を2人の子育て。ついつい赤ちゃんを優先してしまうので、長女の気持ちとのバランスを考えるのが、とても難しかったです。
2人目が生まれても、主人は相変わらず帰りが遅く、家族との時間は大切じゃないのか?と、夜遅い主人を待ちながら、毎日毎日イライラしていました。

1年半後、長男が生まれました。しかし、先天性の病気で、退院後すぐに大学病院に通う日々。生まれて10日もたたない息子を連れて歩くのは本当に大変で、なれない通院生活、小さな腕からの採血。こんな小さな我が子に、こんな事をしなくてはいけないなんて…と、自分を責めました。そして、とても大きなストレスがたまりました。しかし、この頃から主人の態度が少しずつ変わり、私の代わりに家事をしたり、食事の支度をしてくれるようになりました。

そして、あの東日本大震災。
当時、長女は小1。次女と長男は保育所。私は引越しの準備で自宅にいました。たまたま主人が昼食を食べに自宅に帰ってきていて、なかなか決まらない引越し先について話をしていました。疲れからなのか、「仕事に行きたくないな…」とつぶやく様子を気にしながらも、仕事に送り出しました。
主人が再び仕事に出かけた少し後、あの大きな揺れがきました。
怖くて怖くて、でも、子どもたちを迎えに行かなければ!と、自分に「大丈夫だ!」と言い聞かせ、揺れが収まるのを待って、車に乗り込みました。
小学校、保育所と子どもたちを迎えに行き、自宅に戻りました。
幸い、自宅に大きな被害はなく、普段から防災の準備をしていたので、食事に困ることもありませんでした。震災後の日々は、常に子どもたちの事を中心に考えて行動していましたが、どんな状況でも、遊びを考え、笑顔を見せてくれる子どもたちにどれだけ救われたか。
震災の翌年、四人目の三女が生まれ、我が家はさらに賑やかになりました。子どもがいると、何かと大変ですが、子ども達の笑顔があると、頑張れてしまう。それが親なんだな。と、つくづく思います。まだまだ先は長いですが、主人と一生懸命子ども達を育てていこうと思います。"
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