普通の感覚。その二
September 22 [Thu], 2011, 9:09
福島第一原発の事故発生直後…僕の考えは決して“脱・原発”
ではありませんでした。むしろ…ほとんどの方々はこの立場かも知れませんが…
“消極的な原発推進の立場”
でした。事故を起こした原発の1〜4号機(4号機は燃料プールの事故)の廃炉は仕方ないとしても定期点検中で止まっていた5、6号機、福島第二原発、東北電力の女川原子力発電所は事故が収束に向かうなら再稼働させるべき…と考えていました。福島第一原発の1号機は大変老朽化が進んでいた“とても古い”原発です。40年間営業運転を続けていました。福島第一原発の他の原子炉もすべて30年を越えているので…この
“古さ”
が諸悪の根源だ…と考えていました。もしも福島第一の原子炉が
“新しい原子炉”
だったなら事故にはならなかったのではないか…と。なぜなら同じように津波の被害を受けた福島第二原発、宮城県の女川原子力発電所は紆余曲折はありつつも無事に冷温停止に向かっていたからです。東北の復興の為には電力も絶対に必要なのだから…安全性が確認出来た原発は即刻再稼働させるべきだ…と考えていました。事故後に新規建設は難しいとしても…少なくとも今現在、動かせる原発には運転を継続させるべき…と考えていました。どうせ“廃炉”には莫大なお金も時間もかかるわけで…ならば少しでも多く電気を生産させた方が得策…と考えていました。
事故から半年以上がたちましたが…“脱・原発”“脱・原発依存”などとはっきりとした立場をとらない限りほとんどの人がこのような
“消極的な原発推進”
という立場に当てはまると思います。原発は基本的には無い方が良い…と思っているけど資源の少ない日本では
“仕方がないから原発をやるしかない”
…という立場です。つまりは電力会社が原発を使って電力を生産している事をしぶしぶながら黙認する…という事で…このような立場を
“消極的な原発推進”
と呼ぶ事にします。逆に
“積極的な原発推進”
…というのは電力会社や経済産業省、経団連、日立、三菱、東芝等の原子炉メーカー、IAEA、ICRPなどの国際組織も含むでしょう。新たに原発を増やしていきたい…と考えている方達を指す事にします。国内だけでなく海外に増やそうとしている人達も推進派です。もちろんマスコミも…それに個人ですら積極的な推進派の方もいます。
想像するに日本国内の“原発に対する考え方”は…
“積極的な原発推進派…一割”
“脱・原発派…一割”
“消極的な原発推進派…八割”
…という感じでは無いでしょうか?残念な事に“脱・原発”という考えは手を挙げ声に出さない限りは
“消極的な推進派”
に振り分けられるのです。イタリアでの国民投票が良い例です。原発の是非を問う国民投票…無投票は『原発賛成派』としてカウントされたのです。
とは言いながら…事故発生当時は僕も冒頭で述べたように“消極的な推進派”でした。なぜその僕がはっきりとした“脱・原発派”に転向したのでしょうか?
最初にも言いましたが僕は安全性が確認出来れば原発による発電を再開するべきだと思っていました。僕の周りで最初に“脱・原発”の考えを持っていたのは…僕の奥さんです。太陽光発電、風力発電を使って行くべき…日本は脱・原発をするべきだと彼女は言い出しました。しかし僕の考えは
“膨大な費用をかけて廃炉にするなら発電を続けさせた方が効率が良い”
…というものでした。しかし奥さんは“脱・原発”です。僕は
『彼女は原発の事を詳しく知らないから“脱・原発”なんて言ってるんだ。僕が原発の事を詳しく調べて原子力に対する理解を深めて原子力発電に対する安心感を深めてやろう!』
と考え…彼女を説得しようと試みました。ま、結果的にはミイラ取りがミイラになったのですが…(笑)。
医療現場で放射線は有効利用されている訳で…現在の最新の科学を駆使すれば原子力は制御可能なエネルギーのはず…福島の事故だってあんな大津波にあったのにチェルノブイリよりも被害は小さく…レベル7にはいたらなかった(3月末の時点。もちろんその後“レベル7”に修正された。)わけですから…。正しい理解をすれば原子力は怖くないはず…。そもそも原発に反対する人々はだいたいがイデオロギー的に左派ばかり…政府のやることには何にでも反対という立場の人々が庶民の感覚につけ込んで原発に反対しているだけだ…と判断していました。この様に
『脱・原発』
を唱えている人々を科学的に無知…もしくは特定のイデオロギーに縛られた運動に過ぎない…と偏った見方でとらえていました。震災直後の3月末、仕事はキャンセルばかりで暇でしたから図書館に行き本を借り…インターネットで情報を集め…原発の安全性を証明する為に“原発”“放射能”“核兵器”“放射線治療”…とにかく“核=原子力”に関わる資料を片っ端から読みあさりました。
その結果…何が決定的に自分の考えを
『脱・原発』
へと導いたのか?それは
『1、賛否両論のあまりの多さ』
『2、処理仕切れない放射性廃棄物の問題』
『3、原子力発電所における労働者の日常的な被曝』
この三点に絞る事が出来ます。
第一の問題点ですが…本を読みあさるにしたがって『賛成派が書いた推進本』もあれば『反対派が書いた脱・原発本』もありました。どちらも沢山あるんです。もちろんあらゆる社会問題…例えば空港や基地問題にも賛否両論、多数あります。しかしこれらの問題の多くは
『その“モノ”でなければならない』
という性質を持っています。空港の代わりに駅を作る…基地の代わりに戦力を増強する…という議論は起きません。それに対して原子力発電所の問題は
『なぜ原子力で“電気”を作らなければならないのか?』
という根本的な問題を抱えています。単なる発電の方法に過ぎないはずの原子力です。水力、火力、太陽光、地熱、風力…様々な選択肢がある中の“原子力”なのです。空港をどこにつくるか、基地をどこに移転するか、道路をどこへ通すか…という問題に比べれば
“原子力を使わないで電気を作る”
…という選択肢が存在するのです。目的は電力生産であって“原子力の利用”では無いはずです。にも関わらずあまりにも賛否両論が多く…反対派の意見を国が意図的に封殺したまま54基も原発のある現状…そして民間企業である電力会社が核兵器生産にも密接な関わりを持つ原子力発電をなぜ続けるのか?…という疑念が『原発反対派』になる最初のきっかけでした。
第二点目は…放射性廃棄物の問題です。
『ラジウム物語』という本を読みました。放射線医療の本です。現在ラジウムは他の放射性核種にその座を譲り放射線治療の現場から退きましたが…かつてはラジウムが放射線治療の中心でした。さて…そのラジウムですが…治療の現役を退いた現在、どうなったのでしょうか?わずかな量ではありますが今も多くがドラム缶に密閉されて病院の地下に…放射線管理区域の中保管されているのです。ラジウム226の半減期は1600年です。わずかな量とはいえ厳重な管理が必要となります。
それに対して原子力発電所から生み出されている放射性廃棄物は一体どのように管理されているのでしょう?答えは簡単です。
『処理する方法は何一つ決まっていない』
のです。六ヶ所村に処分場がある…と勘違いしている方も多いと思いますが…六ヶ所村に建設中なのは再処理工場と“低レベル放射性廃棄物処理場”と“使用済み核燃料の中間貯蔵施設”です。使用済みの核燃料を最終処分する場所も方法も決まっていないんです。これは日本だけの問題では無く…
“世界のどこにも”
使用済み核燃料の最終処分場は無いんです。アメリカにもありません。原子力発電の先進国といわれるフランスにだって無いんです。そして“放射能を無毒化する”という研究はもちろん行われていますがまだまだ研究段階で何も進んでいません。良く言われている“除染”とは土を剥ぎ取るだけのものだし“汚染水の浄化”とは水の中の放射性物質を石に移し替える…というだけの作業で…魔法のように放射能が消えて無くなる方法は全く見つかっていません。同様に
“宇宙服みたいな特殊な服を着てれば放射線を浴びても大丈夫”
…という誤解も最初は持っていましたが…γ線を防ぐには分厚い鉛のスーツでも着るしかなく…結局現代科学の叡智を結集したところで放射能には太刀打ち出来ないのです。ただひたすら
“閉じこめておく”
というのが一番有益な方法なのです。さて…
なぜ処理する場所も処分方法も決まっていないのに…そして無毒化する方法も無く“閉じこめておく”事だけが唯一の解決策である“使用済み核燃料”という危険なゴミを増やさなければならないのでしょう?ゴミの処分が出来ないことがわかっているなら
“ゴミを出さない”
…というのが最もシンプルな解決策です。こんな当たり前の事が40年も前から言われているのに…何故莫大な
“閉じこめきれない核のゴミ”
を出してしまったのか…。悔やまれてなりません。そして…過去が変えられないのならば…少なくとも今すぐに原子力発電所の稼働を止めて“核のゴミ=死の灰”を出さないようにするのが…普通の感覚だと思うのです。このままでは未来に向けての負債をただただ積み上げて行くだけなのです。半減期が30年のセシウム137が1000分の1に減るまでに300年がかかります。今すぐ原子力を止めたとしても
“2311年の子孫”
へ負債を残すのです。決断が10年遅れ…20年遅れれば…。いち早く止める事が未来へ対する大人の責任だと感じました。
さて第三の問題です。僕は原子力発電所という場所は非常にクリーンな場所だと思っていました。完全に機械で制御されたシステムで…放射線を浴びるような危険な作業は無く…離れた制御室のような場所から全てをコントロールしているのだと…。
しかし現実は全く違ったのです。原子力発電所で大きな事故が起これば当然ニュースになります。しかしニュースにならないような日常的な点検作業、修理作業で多くの労働者が被曝を強いられていた事…ご存知だったでしょうか?恥ずかしながら僕は全く知りませんでした。原子炉の中は配管の山です。例えばその中の一本のボルトが緩んで取れそうな時…ロボットなどはありません。人間が圧倒的な放射線の環境下に入りボルトを締めるのです。状況によっては一人の作業時間は一、二分で放射線の限度量を超えてしまう事もある…。だから百人くらいの体制で順番に一つのボルトを締める…などと言うことが普通に行われているのです。福島の事故直後に『原発の下請け労働者』という話題が出てきましたが…実は原発は動き始めた当時から
“被曝を覚悟で働いてくれる労働者”
の存在無しには稼働しなかったのです。これは僕は全く知らない事実でした。
『原発ジプシー』
という単語が存在するのです。その多くの人達が日雇い労働者でありホームレスであり…『簡単な掃除の仕事がある』…とだまされて原発の仕事に向かう事もしばしばあったようです。
原発を製造しているのは
“東芝・日立・三菱”
です。原発を稼働させているのは東京電力、関西電力を始めとする大手の電力会社です。そして忘れては行けません。その電力を湯水のごとく使っているのが我々普通の庶民なのです。知らず知らずに…多くの人達に過酷な被曝を強いながら…。若くして白血病で亡くなった原発労働者、歯が抜け落ちた労働者…。それらの人々の犠牲の上に電力会社は利益を上げ…我々は電力を使っているのです。
しかし…一度でも僕らは
“原発を使って電気を作ってくれ”
…と願ったでしょうか?電力会社は電気を作るのが仕事です。もし複数の電力会社から選ぶ事が出来るのならば…僕は原発を使っていない会社からだけ電気を買いたい…こう考えるのはごく
“普通の感覚”
だと思うのですが…。(続く)
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