「薩摩から江戸まで、1万7千キロ。参勤交代にかかる費用は1万両。今の価値で5億円」
大河ドラマ「篤姫」の第11話〜13話の感想です。
ようやく録画が見終わりました。
何だか少女漫画みたいなノリには、食傷気味になってきましたよ・・・・オイラは、もっと薩摩隼人が見たいのだ!
視聴率が高いのは、婦人層にウケてるからなんでしょうかね?婦人方は、もうちょっと大人びた恋愛模様が好みじゃないのかな・・・・と勝手に思いつつ。
第11話。
御台所として嫁ぐことになった篤姫と、肝付尚五郎が再会する話。
以前にも増して、ではなく、以前とは見違えるように、稽古に励む篤姫。
幾島に「私は橋を渡って、その橋に火をかけたのです」と覚悟の程を告白します。
退路を断つって、まるで兵法みたいな・・・・それって「破釜沈舟(釜を壊し船を沈めて決死の覚悟をする)」ですか?侍魂な姫サンですネ。
「上屋抽梯(上階に上った所で梯子を外されてピンチ)」にならないようご注意を(ウフフ)
「江戸へ行きたい!」と思い立った尚五郎は、師匠の小松氏邸に直行。
しかし何故か、香道で占いをやることに・・・・雅やかな遊びに勝利した西郷・大久保コンビ。そのギャップに思わず苦笑してしまいました(^^;
そして、師匠の手引きで斉彬に謁見。
「異国にも良き面があると思います」と、攘夷派が多い薩摩で開国論を出して、お殿様の感心を買う作戦(本心?)。
開国派で、下々の者と隔てなく交わる、そんな一種変わった人柄は、人材を求める斉彬は注目したでしょうね。
「そちにはそちにしか出来ぬことがある。生来の役割をまっとうするよう」
という言葉には、後の尚五郎(小松帯刀)の方向性を予言するようで、よかったです。
お守りが通行手形のように効いて、篤姫と尚五郎の再会が叶います。
そして、半年振りに碁の対局。斉彬の計らいで二人きりで会話を交わし、「大きくなられたのですね」と尚五郎から賞賛を得ます。
篤姫は「父と母を頼みます。兄を頼みます。薩摩を頼みます」と後を託します。
薩摩は任せて大丈夫ですよ(笑)
兄を頼みますは・・・・どの兄かなー?とか、わざわざ兄も頼むあたり、ちょっと脚本家やり過ぎじゃねー?とか。
第12話。
篤姫が薩摩にいる、最後の日までの話。
篤姫が去り、これで尚五郎が中心の話・・・・になってくれたら嬉しかったのだけど、残念ながら篤姫が主役なんだよなぁ。
未だに篤姫本人の魅力が何なのか、よく分かりません(苦笑)
忠教との囲碁の話が良かったですね。
「女だから、何の肩書きもない碁石に共感できる」みたいな話。
「殿が貴方をお選びになった理由が分かるような気がします」と、忠教も賞賛。
今泉家との再会、再々会も果たしました。このあたりは、特に感想なし。
「お涙頂戴ムード」がムンムン伝わるシナリオでは感動できない自分が悲しい・・・・。
個人的には、大久保一蔵の母が贈った手鞠が、きちんと手渡ったのが良かったなと思いました。「そんな下賎な者の贈り物は捨てなさい!」と、どこかで取り上げられてもおかしくない時代ですからね。
そして、桜島に見送られながら、船で一路京へ。
「薩摩を思って泣くのはこれが最後」と涙を流します。
「女三界に家無し」とは言うけれど、実際に生涯二度と薩摩に戻らなかったのだから、壮絶な覚悟だったんでしょうね・・・・。
今回の感動ムード漂うストーリーの中、一番気になったのは、申し訳ないですが(何が?)冒頭の解説でした。
薩摩から江戸まで、1万7千キロ。
参勤交代にかかる費用は1万両。今の価値で5億円。
ということは、1両あたり5万円?
・・・・1両って10万円くらいじゃなかったっけ?
しかし、時代は幕末。
幕末は物価が上がって、例えば16文で食べられた「ニ八そば」が、幕末は24文まで値上がりしてました。
これは金の価値が下がっていたことを意味し、だから1両の値段が下がっている・・・・という解釈でいいのかな。よく分からんです(汗)
ちなみに、もう忘れられそうな(笑)序盤に登場した調所広郷が解決した藩の借金は、500万両。
江戸まで500回も行ける金額だったんですな。
そりゃあ、大鉈振るわないと返済できないね(汗)
第13話。
水戸の斉昭候は、島津家からの御台所の案を聞いて怒り狂っております。
「大奥に費やす金銭で、砲台をいくつ作れると思ってるんだ!」
「お世継ぎが生まれたとしても、治める国がなくなっておるわ!」
でも、斉彬は貴方の味方ですよ?もしかして、それを忘れてる??(^^;
篤姫は、船旅を経て上洛。近衛家を訪れます。
近衛忠熙サンは「薩摩のレイシ」が好物のご様子。
レイシって、ライチってことで良いのかな?
薩摩でもライチ採れたんだ・・・・ってか、京まで搬送できるんだ(日持ちしなかったような)
京を出て(名前、敬子に変わらなかったけど、養女が認められるのはまだ先?)、東海道をゆるゆる。富士山を見て、江戸の薩摩藩邸入り。
ここって、後に戊辰戦争の発端になる焼き討ちをかけられた、あの藩邸なのかしら(安政の大地震で被災してなくなってしまう?)
そして、タイトル通り江戸の母君と対面。
第一印象は最悪。こんな悪役っぽい英姫は、どうだろう・・・・実際には、もっといい人だと思うんだけどなぁ(池の水面を見て、地震を予知して下女や姫たちを非難させた・・・・という話があったりしますし)。
将軍(11代家斉)の娘というプライドと、相次いで子を亡くした悲しさで精神が壊れてる設定なのかしら・・・・?
尚五郎は、江戸参勤のお供から外されてしまいました。
何故だと得心できず大暴れ。しかし、師匠の小松清猷が、斉彬の元で働きたいのを堪え、斉彬を信じて琉球へ行くことを決心したと聞いて、己の未熟さを恥じてました。
若いっていいなぁ(何が)
ここでも薩摩を頼まれてましたね。尚五郎の肩の荷が、どんどん重くなっていきます(^^;
さて、史実では篤姫が江戸の薩摩藩邸に入ったのが、嘉永6年(1853)10月末。
家定との婚儀が行われたのは、安政3年(1856)冬。
ペリー来航や安政の大地震の災難続きで幕府に余裕がなかったのか、3年ちょっとの間、篤姫は江戸で最後の独身時代を過ごすことになります。
大奥入場まで何回費やすのか分かりませんが・・・・どのような展開が待っているのでしょうかねぇ。
大河ドラマ「篤姫」の第11話〜13話の感想です。
ようやく録画が見終わりました。
何だか少女漫画みたいなノリには、食傷気味になってきましたよ・・・・オイラは、もっと薩摩隼人が見たいのだ!
視聴率が高いのは、婦人層にウケてるからなんでしょうかね?婦人方は、もうちょっと大人びた恋愛模様が好みじゃないのかな・・・・と勝手に思いつつ。
第11話。
御台所として嫁ぐことになった篤姫と、肝付尚五郎が再会する話。
以前にも増して、ではなく、以前とは見違えるように、稽古に励む篤姫。
幾島に「私は橋を渡って、その橋に火をかけたのです」と覚悟の程を告白します。
退路を断つって、まるで兵法みたいな・・・・それって「破釜沈舟(釜を壊し船を沈めて決死の覚悟をする)」ですか?侍魂な姫サンですネ。
「上屋抽梯(上階に上った所で梯子を外されてピンチ)」にならないようご注意を(ウフフ)
「江戸へ行きたい!」と思い立った尚五郎は、師匠の小松氏邸に直行。
しかし何故か、香道で占いをやることに・・・・雅やかな遊びに勝利した西郷・大久保コンビ。そのギャップに思わず苦笑してしまいました(^^;
そして、師匠の手引きで斉彬に謁見。
「異国にも良き面があると思います」と、攘夷派が多い薩摩で開国論を出して、お殿様の感心を買う作戦(本心?)。
開国派で、下々の者と隔てなく交わる、そんな一種変わった人柄は、人材を求める斉彬は注目したでしょうね。
「そちにはそちにしか出来ぬことがある。生来の役割をまっとうするよう」
という言葉には、後の尚五郎(小松帯刀)の方向性を予言するようで、よかったです。
お守りが通行手形のように効いて、篤姫と尚五郎の再会が叶います。
そして、半年振りに碁の対局。斉彬の計らいで二人きりで会話を交わし、「大きくなられたのですね」と尚五郎から賞賛を得ます。
篤姫は「父と母を頼みます。兄を頼みます。薩摩を頼みます」と後を託します。
薩摩は任せて大丈夫ですよ(笑)
兄を頼みますは・・・・どの兄かなー?とか、わざわざ兄も頼むあたり、ちょっと脚本家やり過ぎじゃねー?とか。
第12話。
篤姫が薩摩にいる、最後の日までの話。
篤姫が去り、これで尚五郎が中心の話・・・・になってくれたら嬉しかったのだけど、残念ながら篤姫が主役なんだよなぁ。
未だに篤姫本人の魅力が何なのか、よく分かりません(苦笑)
忠教との囲碁の話が良かったですね。
「女だから、何の肩書きもない碁石に共感できる」みたいな話。
「殿が貴方をお選びになった理由が分かるような気がします」と、忠教も賞賛。
今泉家との再会、再々会も果たしました。このあたりは、特に感想なし。
「お涙頂戴ムード」がムンムン伝わるシナリオでは感動できない自分が悲しい・・・・。
個人的には、大久保一蔵の母が贈った手鞠が、きちんと手渡ったのが良かったなと思いました。「そんな下賎な者の贈り物は捨てなさい!」と、どこかで取り上げられてもおかしくない時代ですからね。
そして、桜島に見送られながら、船で一路京へ。
「薩摩を思って泣くのはこれが最後」と涙を流します。
「女三界に家無し」とは言うけれど、実際に生涯二度と薩摩に戻らなかったのだから、壮絶な覚悟だったんでしょうね・・・・。
今回の感動ムード漂うストーリーの中、一番気になったのは、申し訳ないですが(何が?)冒頭の解説でした。
薩摩から江戸まで、1万7千キロ。
参勤交代にかかる費用は1万両。今の価値で5億円。
ということは、1両あたり5万円?
・・・・1両って10万円くらいじゃなかったっけ?
しかし、時代は幕末。
幕末は物価が上がって、例えば16文で食べられた「ニ八そば」が、幕末は24文まで値上がりしてました。
これは金の価値が下がっていたことを意味し、だから1両の値段が下がっている・・・・という解釈でいいのかな。よく分からんです(汗)
ちなみに、もう忘れられそうな(笑)序盤に登場した調所広郷が解決した藩の借金は、500万両。
江戸まで500回も行ける金額だったんですな。
そりゃあ、大鉈振るわないと返済できないね(汗)
第13話。
水戸の斉昭候は、島津家からの御台所の案を聞いて怒り狂っております。
「大奥に費やす金銭で、砲台をいくつ作れると思ってるんだ!」
「お世継ぎが生まれたとしても、治める国がなくなっておるわ!」
でも、斉彬は貴方の味方ですよ?もしかして、それを忘れてる??(^^;
篤姫は、船旅を経て上洛。近衛家を訪れます。
近衛忠熙サンは「薩摩のレイシ」が好物のご様子。
レイシって、ライチってことで良いのかな?
薩摩でもライチ採れたんだ・・・・ってか、京まで搬送できるんだ(日持ちしなかったような)
京を出て(名前、敬子に変わらなかったけど、養女が認められるのはまだ先?)、東海道をゆるゆる。富士山を見て、江戸の薩摩藩邸入り。
ここって、後に戊辰戦争の発端になる焼き討ちをかけられた、あの藩邸なのかしら(安政の大地震で被災してなくなってしまう?)
そして、タイトル通り江戸の母君と対面。
第一印象は最悪。こんな悪役っぽい英姫は、どうだろう・・・・実際には、もっといい人だと思うんだけどなぁ(池の水面を見て、地震を予知して下女や姫たちを非難させた・・・・という話があったりしますし)。
将軍(11代家斉)の娘というプライドと、相次いで子を亡くした悲しさで精神が壊れてる設定なのかしら・・・・?
尚五郎は、江戸参勤のお供から外されてしまいました。
何故だと得心できず大暴れ。しかし、師匠の小松清猷が、斉彬の元で働きたいのを堪え、斉彬を信じて琉球へ行くことを決心したと聞いて、己の未熟さを恥じてました。
若いっていいなぁ(何が)
ここでも薩摩を頼まれてましたね。尚五郎の肩の荷が、どんどん重くなっていきます(^^;
さて、史実では篤姫が江戸の薩摩藩邸に入ったのが、嘉永6年(1853)10月末。
家定との婚儀が行われたのは、安政3年(1856)冬。
ペリー来航や安政の大地震の災難続きで幕府に余裕がなかったのか、3年ちょっとの間、篤姫は江戸で最後の独身時代を過ごすことになります。
大奥入場まで何回費やすのか分かりませんが・・・・どのような展開が待っているのでしょうかねぇ。
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