てすと 

2005年05月06日(金) 17時28分
てすと

てすと 

2005年04月29日(金) 9時56分
てすと  

てすと 

2005年04月29日(金) 9時48分
てすと

希望  曽野綾子 中央文庫 

2005年04月16日(土) 21時08分


写真、和歌山 紀ノ川大橋

曽野綾子さんは、大阪府知事だった横山ノックにより女子大生が選挙カー内でセクハラを受けた事件について「なぜその時、女子大生は『「キャアー』と叫び、『何をするのよ!』と知事のほっぺたをひっぱたかなかったのか」「後から裁判を起こしたりするのは、女性の甘えである」(毎日新聞1999年11月7日「時代の風」)とコメントされました。

そのコメントはその女子大生に向けられたモノではなくて、女性という性にうまれた者、全てに対する女性としての曽野綾子さんの強い言葉だと、この『希望』を読んで思いました。

19歳の神品摂子は、海千山千を生きてきた人間たちに交じるのには、あまりにうら若い普通の女性だ。そして、その女性が普通に感じる疑問やとまどいやよろこびの中で、一生懸命生きる。どんなことが起きても希望を失わないで、生き続ける。ところが、そんな薄い明かりの中に、ぽっかり立たされた女性が、どんどんと過酷な運命の中に巻き込まれていく。一生懸命生きる・・という行為が人生の仇になっていくのだ。それは、一生懸命、生きている・・つもりが、「キャー、何するのよ」と声を出さない、開いてをひっぱたいたりできない女だから。

過酷な運命の中で、どんどんとぬかるみにはまっていくきっかけになるのが、彼女の生きていくために必要なはずの『希望』だった。そんなに、大それたものでも、不相応なものでも、叶わないはずのなものでもない・・・『希望』が彼女の足をからめとっていってしまう。

日本に今もありつづける伝統や社会制度や美しい作法が、一方では一人の人間の生きることをおびやかす。


私はこれを昔の社会制度の中の物語だとは思わない。いつも、こうして、ものも言わされずに、失望や絶望に足を絡め取られる人々がいるから。女として生きる、家庭の妻として生きる、学校へ行かないで生きる、病気を抱えて生きる、障害を抱えて生きる、しきたりの中で生きる、日本という国の中で生きる、会社という組織の中で生きる、・・・自分に降りかかってきたことに対して、大きな声でキャーと言えるだろうか。相手を、制度を、社会を、ひっぱたくことができるだろうか。

一生懸命、希望を持ちながら生きる中で、足をすくわれていく自分自身を。見る思いがしました。

出会い 

2005年04月02日(土) 9時41分

お客さんが、妻がつくりましたとポケットテッシュケースを下さった。
ちりめんの手触りのいい、かわいい布を
一針、一針、手で塗ってある。

サービス業です、スマイルは0円です・・というけれど、実際の所、
サービス業・・と言えるのかなぁ・・と思うときがある。

ファーストフードは、ファースト、早いフードだ。

私たちとお客さんとの出会いは、ほんの1分30秒ほど。

忙しいときなら、1時間に50〜60組のお客さんを受ける。
次のお客さんの注文を伺っているときは、前のお客さんの顔もわすれ
3人目のお客さんの注文を伺っているときは、最初のお客さんのオーダーもわすれ
その日の仕事を終える頃には全てのお客さんのことをわすれてしまう。

そんな出会いを大切の思ってくださる方がいるなんて、感激した。


鳥が選ぶ理由 

2005年03月27日(日) 18時01分

お城のお堀に住む水鳥たち。
彼らは、お堀の外で憩うとき、必ず、この家の屋根に整列します。

というか、この屋根にしかとまれへん。

なんでやねん・・・・。これが何でか私は非常に知りたい。。

200円のひなまつり 

2005年03月25日(金) 16時32分

だんだん少女になっていく母と一緒に買ってきたひな人形。
母の大好きな100円均一ショップで、選んできました。

最近、また少し進行した、ちょっと良くなったかも。
また進行した・・いや、明るくなったかも・・。
と、落ち込んだり喜んだりを繰り返す。

私は娘が高校受験をひかえたころから、おひな様をださなくなった。
母に無理を言って買ってもらった7段飾りのおひな様だ。
100円ショップをまわっていて、そういえば、今年もだせへんかったなぁ・・。

もうすぐ4月というこの時期に、売れ残った二人のおひな様。
一人100円。

母を守ってください・・という祈りとともに、母と一緒に買ってきました。

電車男 

2005年03月23日(水) 17時48分
掲示板の書き込みをお金を払って買うのは、どうもためらわれる・・といってたら、職場の男の子が貸してくれた。おもしろかったですよ〜って。そっか・・と、読み始めて、びっくり、やっぱり普通の掲示板の書き込みやった。途中で、めんどうくさくなったおばちゃんの私は、それでも、借りたし返さなきゃならないし、その時は、ちょこっと感想も言いたいし・・などと思いながら、最後まで読んだ。それで、なるほどなぁって思った。

電車男はかわいい女の子とおばさんにからむ酔っぱらいに一言、申したことが縁で、その女の子と、デートできることになった。その過程を掲示板のみんなが、真剣に応援する。

掲示板のみんな・・。お互いに対してなんの責任のない人々の集まりが、会ったことも無い同志が、どこまで親身になれるのか、どこまで相手のことがわかるのか、どこまで現実をかんじることができるのか・・。
実は、会ったこともないから見えるものがあって、感じるものがあって、面と向かってないから言えることがあるのかもしれない。ただの掲示板の中だから、踏み込んで思い合えたし、踏み込んでものも言えたのだ。なら、現実の世界でもそうすればいいのだけれど、なかなかそうはいかなかったりする。夢や物語を失ってしまった現代人・・と言われる。お祭りや儀式は廃れてしまい、祈ることも忘れてしまった。人は人を頼らなくても、生きていける便利な時代だから?

掲示板のみんなの力に守られて、女のこととおつきあいなどしたことのない男の子がエルメス嬢と出会い、恋をして、どうしたらいいか迷いながら成長していく。

そして、その成長のあかつきは等身大の彼。最後は隠しておきたいちょっとかっこわるい自分がいる掲示板でのやりとりを、彼女に見てもらって、全てをあからさまにした。また、その事実を掲示板の友達にも告白する。掲示板で親身に思ってくれる友達を得たことで、そして、彼女に愛してもらったことで、1つの自信をえた彼は、素のままの自分として、1つのスタートラインに立った。女の立場から言わせてもらえば、エルメス嬢だって、精一杯、背伸びをしている。等身大の彼と等身大の彼女が出会ったとき、本当の恋は深まりをみせていって、もっと、深いドラマがくりひろげられる。

そういえば、私も、素のままの自分、これが許されないような気がして生きているかも・・。

ジョゼと虎と魚たち 

2005年03月19日(土) 10時25分
小説では、結末は読者に預けてあったので、私なりのハッピーな結末が自分の中にできあがっていたので、映画のシナリオライターの人がつくった結末を前もって聞いて、なんとなく、嫌やなあ・・と思っていた。ところが、昨日はお目当てのDVDが出払ってなかった。で、私の前にいたのがジョゼ。仕方なく借りてきました。

障害をもつ女の子と、そのこと知り合った大学生と。

障害を可愛そうとか、なにか助けてあげようとか、障害についての知識も興味もぜーんぜんない大学生の恒夫だからこそ、ジョゼの心の側によることができた。頭で知ると言うことと、心でしるということは、別やなぁって思います。人は案外、姿形にとらわれる。昔話で、立派なお坊さんがみすぼらしい姿できたら追い払われて、立派な袈裟を着てきたら、大事にされたので、お坊さんはお経をあげずに、袈裟だけをおいて帰っていったという話がある。「あほやなあ」って思うけど、ほんまは、私は毎日、見た目に騙されながら生きている。

性格が良いとか悪いとか、犯罪を犯したとか、頭が良いとか、良い学校をでてるとか、お金をもってるとか、障害があるとかないとか・・・それは、ただの人間の表面なのかもしれない。じゃあ、人間の本質って何?

大方の恋は始まるとき、見た目から始まるんじゃないんだろうか。

ジョゼの足が使い物にならないくらい小さくて、障害者で、見た感じは普通の人間と違っていて、それのせいで純粋で、それのせいでひねくれてる。恒夫の愛は同情が交じっていたか。彼女を一人にしておけない・・彼はそう言う。

誰かのために何かができる・・これは、案外、大きい。私は彼のために、彼はわたしのために・・これ自体はすばらしいけど、これ自体は愛じゃない。

田辺聖子さんものは、登場する人間が弱くって強くって、ずるくってかわいいのが、魅力的。

映画の結末は、個人的には、ちょっぴり残念。でも、最近の映画も本もドラマもすぐに主人公か主人公にまつわる相手を死なせてしまって、たとえば、生きているときのことを思い出して、取り戻せない過去を後悔させながら生きていることを描いたり、または、霊界から会いに来たり・・がおおいけど、やっぱり、私は、途中で逃げ出しても、欺いても、嘘をついても、やっぱり、生き抜いていく話の方が共感できるな・・って今日の映画を見て思いました。

ロング・エンゲージメント 

2005年03月16日(水) 20時17分
「風と共に去りぬ」のようなポスターに惹かれて見たら、目を覆いたくなるような残酷なシーンの連続でした。ところが、そうかと思うと、シーンはがらっと急展開して、美しく壮大な風景にかわったりする。人と人との憎しみあいや裏切りは、暖かい思いやりと愛とユーモアにかわる。愛し合う若い恋人たちマネクがマチルドが戯れる灯台の喜び溢れるシーンは、見事でした。恐ろしいことと、すばらしいことと、同じ場所で起きる。

恋人を思うマチルドが魅力的だった。マチルドだけじゃなくて、復讐をする娼婦、夫を助けるために背徳を犯す妻、などなど、登場する女性たちが強くてうつくしい。スクリーンがセピア色で綺麗。衣装がかわいくて好み。恐ろしい戦争と、かわいい恋愛。死をリアルに感じるから生が躍動感を持って伝わってきた。恋愛は芸術の永遠のテーマ。愛とは信じることからはぐくまれる。そして、何かを希望をもって思い続ける・・これが祈ると言うことなのかと思いました。
戦争のようなむごたらしい現実も、お互いを思い合う素敵な世界も、愛も、憎しみも、悲しみも、失望も、希望も、今の現実を創り出すのは、社会や環境などではなくて、ひとりひとりの心が表現された世界なのだと思いました。

戦争の渦中に放り出されて、有無を言わせずに、人と人は引き裂かれてしまう。そんな状況におかれても、信じる力を失わなかった主人公は素敵でした。それを思えば、私はどんなにむごたらしい目にあったというんだろう・・。まだまだ、早々簡単に、失望なんてしちゃいけないなって思いました。私の心の世界がつくる今の私には、まだ満足できない。でも、いろんな事を信じることができるなら、そうした私の心の世界が、自分の望むような現実や、新しい何かを生み出すかも知れない。

これからこの映画をみるひとは、登場人物をまえもってパンフレットで確認することをおすすめします。フランスの名前がややこしかったのが、ちょっと難点でした。
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