御陵衛士屯所 高台寺月真院 

2005年10月26日(水) 0時28分
 今回から、御陵衛士屯所、高台寺月真院をご紹介します。 
 御陵衛士とは、新撰組から離脱した、伊東甲子太郎の率いる一党で、近藤らの江戸からの仲間である藤堂平助もその一員でした。
 その御陵衛士が屯所とした場所です。
 御陵とは、天皇・皇后のお墓のことで、これを守るという名目で、新撰組から分離したんですね。
 なにしろ、勝手に隊を離れてしまえば「切腹」ですからね。
 

京都守護職本陣 金戒光明寺3 

2005年10月24日(月) 1時58分
着きました。

 












ここから中に入って、右側の通路を抜ければ、松平容保公をはじめとする会津藩のお偉い様の部屋があるわけです。
 残念ながら、今は一般公開はしていませんが、ドラマ時期は入ることができました。
 また、そういう機会があると思いますけど・・・





 上の所から右に行くと、この出口が見えます。
 大河ドラマをご覧になられた方なら、見覚えがあるかと思います。
 撮影にちょいちょい使われていた場所です。
 「京都守護職本陣」みたいな感じで。
 光の反射で見にくくてすみません。

 

 こんな感じで、記事を綴っていきます。
 次は、また別の場所を記載します。
 よろしくお願いします。

京都守護職本陣 金戒光明寺2 

2005年10月22日(土) 8時46分
金戒光明寺の敷地内に入っていきます。





 
入り口から参道を通り、左手に階段が見えます。結構立派です。
 さすが、本陣にされたことはあるといった感じですね。
 近藤勇、土方歳三中心とした、幹部組はこの階段を上がっていったんですね。








 そして、この大きな山門を通り抜けて・・・

ちなみに、11月から約一ヶ月間、山門の中の特別拝観をするみたいです。

一度、中に入ったことがありますが、文化財が多くありますし、2階?からの眺めは非常によかったです(写真上部の、柵があるところからです)。




 山門を抜けると、また更に階段を上ります。
大河ドラマが放送されていた時期は、ここに「新撰組」って書かれた、羽織デザインのノボリが並んでました。  

はじめまして、まずは京都守護職本陣、金戒光明寺からです 

2005年10月22日(土) 2時48分
 どうも、はじめまして!
 これから、新撰組がたどっていった道を、写真付きで追っていきたいと思います。
 なお、順序はランダムになりますので、その辺、ご了承願います。
 
 それではさっそく、新撰組の前身である、浪士組が会津藩お預かりのために向かい、そして、新撰組となった後は、松平容保公にお目にかかるために訪れた、京都守護職本陣の、金戒光明寺をご紹介していきます。
    
         写真は入り口です









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