危険な選択

July 14 [Sat], 2012, 15:00
私の根底にあるのは、人に酷く引き摺られ、いいように使われ相手にとことん合わせて、合わせて消耗し、ボロボロになること。
それを止めようとしない冷静に見ている自分がいる。
そんな事で自分の価値を決めているところがある。
小学生の頃、ピアがなくて練習できないからと、毎日うちへきて、おやつを食べ練習するだけ練習して帰る友達がいた。
母はそれを遠くから見ていて、不機嫌な顔をして私を睨み付けていた。
そんな友達は他にもいた。
もちろんそうでない子も。
ただ、親が無意識に私を感情をぶつけるための道具にしていたし、自分の思うとおりにならない時は、異常に厳しく怒鳴られたり、なじられたりしたし。
殴られたことだってある。
ベランから足首を持たれ落とされそうにもなった。
それに比べれば、友達が私を利用する行為なんてたいした事ではないじゃないかと思ったり。
クラスの子、全員に口を聞いてもらえないときがあった。
その発端は、うちでいつもおやつを食べていく子だった。
彼女が手をまわし、そうなってのも知っていた。
めんどくさい。
どうでもよかった。
うちで毎日繰り返される父、母、義母、そして叔父のゴタゴタに比べれば、小学生の無視などたいしたことではない。
先生は、自分の評価ばかり気にするのが見えていた。
大人は大人であっても、助けてもらえる相手ではなく、自分の都合クイーンステークスのよいように目の前の子が動いて欲しいのだ。
怒りも泣きもせず、淡々と学校へくる私にクラスメートは一ヶ月であき、ターゲットは他へうつった。
よくある話だ。
なんの反応もないから、突っつきたくなるのだろう。
時々、そんな事もあったけど、どうでもよかった。
家に帰ってからの方が大変だった。
母は不安定で毎日呪いのように過去を繰り返し話して聞かせる。
1時間台所でかなりきつい。
でも他に聞いてくれる相手がいなかったのでつきあっていた。
当時は可哀想なお母さんなどと思っていたから。
くだらない。
全部くだらない。
結局、散々尽くしても親ですら、最後は突き放す。
自分に余裕がなくなれば、どんな言葉だって吐き、手をあげ、ストレス発散のため暴力をふるう。
おそらく、親たちもそうされてきたのだろう。
だから他に手段を知らなかったのだ。
今は違う。
同じことをしたら、虐待としてすぐ通報されるだろう。
繰り返される虐待の報道を見ながら、母が親のくせに考えられないというのが滑稽だ。
あなたは全て忘れてる。
私は全て記憶している。
この葛藤をどこへぶつければいい。
憎しみと怒りと悲しみと、助けてくれなかった絶望感。
きっと誰かに吐き出していれば違ったのかもしれない。
妹はそれを無意識にしていた。
だから私はそれを聞いて共感して、そしてまた溜め込む。
だから苦しいのか。
母や妹の言葉が。
少しずつ自分が見えてくるよ。
これは良いことなのです。
やっと解決の糸口が見えてきた気が。
だけど、その先をどうすればよいのか分からない。
何もしないことで抵抗しているのかもしれない。
ささやかな抵抗。
時とともに、いつか安らぐのかな。
ただ、有難いことに、節目節目に出会う人たちがいて。
小さい頃から、親よりも私自身を見抜いてくれ、温かい言葉で包んでくれた人がいた。
だけど、ずっとは繋がっていることはできなくて。
その人たちのお陰で、平凡な人生を送ってこれたのは感謝したい。
だから這い上がらないと罰があたるかも。
亡くなった人もいるからね。
最後会いたかった。
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