臆病者

February 07 [Tue], 2012, 12:00



 小さい頃できていたことが、大人になってできなくなってしまった。そういう経験って、実はたくさんあると思う。僕が一番そう感じるのは、彼と一緒にいる時だ。
 彼、ロックオン・ストラトス。
 今は、隣で無邪気に笑っている。機嫌が良さそうだ。
「なあ、アレルヤ」
 急に名前を呼ばれて、一瞬どきりとする。
「……あの、僕」
 考えていた言葉が口に出そうになり、慌てて口をつぐんだ。
「アレルヤ?」
 彼は首を傾ける。次に、顔を覗き込んできた。
(だからそういうの、やめてほしいんだってば)
 おかしい。昔はこんな風ではなかったのに。もっと自由に堂々と、彼に触れていたはず。
「あのね、ロックオン……」
 やっとの思いで気を落ち着かせた。ロックオンはまだ、首を傾けたまま。
 あたりを確かめる。幸い、人気はなかった。
「あの……、ちょっとホテルに行かない?」
「へっ」
 唐突な流れに驚いたのだろう、彼は素っ頓狂な声を出した。それに気づいてか、軽く咳払いをする。
「何だよ、こんな昼間から。溜まってんのか?」
「そうかもしれない。でも、もっと大事な話があるんだ」
「大事な話って?」
「うん、えっとね……」
 なかなか答えない僕に、彼が少し目を細めた。優しげな表情だ。
「なに、どうしたんだよ。もしかして、別れたいとか?」
 彼は明るく笑った。冗談でもそうだとは言わないけれど、あり得なくもない。考えたくないけれど、可能性はゼロではない。
(僕がこんななのだから)
 気弱な自分が嫌で、思考を断ち切ろうとした。しかし、うまくいかない。自分は、こんなこともできなくなってしまったのか。
「え、本当に?」
 顔を上げると、彼が心配そうにこちらを見ていた。眉をひそめ、少し泣きそうだ。
 こんな顔をされたら、たまらない。
「とにかく、ちょっと着いてきて……」
 彼の腕をつかみ、ホテルのある方向に歩き出した。しかし彼の手は、すぐに離れてしまう。僕の手を振り払った彼は、背を向けてしまった。
「ロックオン、お願いだから」
「何がお願いだ! 俺は絶対行かないからな。死んでも行かない」
 彼の声は震えている。怒っているのだろうか、それとも、泣いているのか。顔が見えないから、判別がつかない。
 やっぱり、嫌いなんだろうか。ロックオンも、僕を。
 それなら仕方ない。わがままを言うことも、もうできない。
「僕、ロックオンが好きだからね。だから……」
 すべてを言い終わる前に、彼が抱きついてきた。突然のことに、声も出ない。
「あの? ロックオン?」
「俺も好きだ! 別れるとか言うなよ」
「えっ?」
 展開についていけない。彼は何を言っているのか。理解するのに時間がかかった。
「……ロックオンは、僕が好きなの? 僕と別れたくないって思ってくれる?」
「当たり前だろ、このばか! まぬけ! 好きだよ、お前以外に誰がこんな男もらってくれるんだよ、ばかやろう……」
 少し顔を離してみると、彼の目からは涙がこぼれていた。
 その表情に、どきりとする。
 本当にこの人は、可愛い。
「ごめんね、泣かないで。ちょっと勘違いしちゃったみたいで」
「おう、泣いてねえよ。だからその手をどけろ」
 彼の頭を撫でていた手を、僕は離そうと思った。しかし、途中で思いとどまって、手を元の位置に戻した。
「おい、アレルヤ」
「無理だよ。僕ね、ロックオンに触りたいんだ。それにね、好きっていっぱい言いたい」
「はっ!?」
「え? だから、ロックオンの体を……」
「いい! 分かったから、ちょっと黙れ!」
 口を塞がれる。何だか、子供扱いされているみたいだ。
「……なんで急にそんなこと言うんだよ」
「うん、あのね、僕日記をつけてるんだけど」
 がざがさ、と鞄を探る。茶色い皮のノートを取り出し、彼に渡した。
「お前、日記なんか書いてんのか。なんていうか、期待を裏切らないな……」
「そこにね、ロックオンと付き合い出した頃のことが書いてあって」
「恥ずかしいやつ」
 そう言いながら、ロックオンはノートをぺらぺらとめくる。
「僕ね、昔はもっと積極的だったんだ。告白したのも僕だったし、以前は毎晩のように部屋を訪れていたよね」
「そう、だったかな。あんまり覚えてない」
「そうだったんだよ。僕、いつの間にか、臆病になってたんだ。ロックオンのこと、大切にしたくて、だから触れられなくなった」
「そんな壊れ物みたいに……」
 彼はおかしそうに笑った。まぶしいくらい、綺麗だ。
(そう、その顔)
 僕が守りたかったのは、これだ。
「で、触りたいんだろ? 別に、触るくらいなら壊れたりしねえよ」
「ううん、セックス」
「……っのばっか、そんな顔でそんなこと言うな!」
 そんな顔ってどういうことだろう、と考え始めた時、ばしっ、と頭を叩かれた。
「い、痛いよ……」
「お前本当、いい加減にしろよ」
 乱暴な言葉とは裏腹に、彼の顔は赤い。口元を押さえ、何かに耐えている様子である。
 照れているのだ。なんて可愛いのだろう。
「ねえ、ロックオン。僕、また触ってもいい?」
「だから、そういうこと……。大事にするんじゃなかったのかよ」
「うん、でも、我慢できそうにないんだ」
「ばっか!」
 また、頭を叩かれる。いつもの優しそうな笑顔とは違う、本当に心の底から笑っている表情。
(また、守りたいものが増えてしまったな……)
「困ったなあ……」
「え?」
「いや、何でも」
 僕は、馬鹿みたいに笑えてきた。

 ◆ ◆ ◆

 困ったように、彼は笑った。
 こいつは知らないんだろうな、俺がどれだけこの笑顔が好きなのか。
 もう昔のように、遠慮する必要なんてないかもしれない。案外、彼も俺と同じなのかもしれない。
(触りたい、なんて……)
 そんなのずっと。ずっと前から。俺だってそうだった。そう、昔から、変わらない。
「よし、ホテル行くか!」
 彼は目を見開いたが、次の瞬間には、もう俺の腕をとっていた。
「ロックオン、早く行こうよ」
 力強く手をひかれる。ひどく安心する。確かに、昔の彼はこうだったのかもしれない。

 ◇ ◇ ◇

 空がまぶしい。街にいる人が、たくさん振り向いたけれど、今はそんなの全然気にならなかった。
 繋いだ手から、気持ちが伝わってくるようだ。
 心地いい。
 こんなに気持ちのいい‘好き’があるなんて。
 俺の居場所はきっと、今までもこれからも、彼の隣だ。
「これからもずっと、守ってくれよ」
 彼には聞こえないように、空気に溶けていくような、小さな声で。
 臆病な俺は、そうつぶやいた。



明日に伸ばす指、昨日に引きずる足

January 12 [Thu], 2012, 0:00





「他人と恋をしないで。どうせするなら、私がいいわ。私なら、決してあなたをがっかりさせたりはしない。いつだって、ずっとよ」

 人は自分が体験したことに敏感だ。小さい頃のことを覚えていたりする。まるで身体に刻まれたみたいに、鮮明にその時の情景や状況を思い出す一瞬がある。あの瞬間が、私はとても好きだ。
 ふとした時に、子供の頃の失敗を思い出すこともある。幼稚園に通っていた頃、自分の悪さを一番仲の良かった友達のせいにしたこと。高校受験に失敗したこと。当時は情けなくて目も当てられなかった、小さなシミのようなもの。今となっては本当に小さな点でしかない。しかし消して消えない忘れてはならないことである。
 大人になっていつか後ろを振り返る時に、今日という日も改めて見つめることになるだろうか。その時私は、何を思うだろう。
 せめて、未来の自分に恥ないような今日を生きようと思う。成功も、そして失敗も、未来を作る糧だ。その積み重ねが、私の人生を作ればいい。





死に向かう嫌悪、生に執着する冒涜

January 01 [Sun], 2012, 12:00





 なにかが治っていく過程というのは、見ていて楽しい。季節が変わるのに似ている。季節は、決してよりよく変わったりしない。ただ成り行きみたいに、葉が落ちたり茂ったり、空が青くなったり高くなったりするだけだ。そういうのに似ている、この世の終わりかとおもうくらいに気分が悪くて、その状態が少しずつ変わっていく時、別にいいことが起こっているわけではないのに、何かの偉大な力を感じる。
ハネムーン/よしもとばなな


 年が明けた。世間一般が年明けをどう感じるのかは不明だが、それは私にとってそれほど重要なことではない。夜が明けることに久しい。特別変わったことではない。
 また退屈な日々が続いていくのだろうか。おそらくそうなのだろう。嫌になる。劇的に変わるような出来事が、この先私に降りかかるだろうか?
 誰かとすれ違う度、思うことがある。普通の人は、何が楽しくて生きているのだろう。私には生きる気力がない。覇気がない。生に対する執着がない。自分が他人とは違う、とは思えない。思いたくない。同じことを考えている人だっているはずだ。もし世界に一人だったらどうしよう。ぞっとする。
 私に生きる意味があるとするとしたら、それはそう、季節の移ろいがあるからかもしれない。季節が巡る度‘ああ、今日も生きた’と感じる。そして、ほんの少し、明日に期待したりするのだ。
 生きるって多分、そんなものなのだろう。無意味で、何の意味も持たないこと。その程度のこと。日記に文字を綴るように、ページをめくるように、意味もなく、ただ虚しく。





プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:亜寿紗
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:1991年6月15日
  • アイコン画像 血液型:B型
  • アイコン画像 現住所:滋賀県
  • アイコン画像 職業:短大生・専門学校生
  • アイコン画像 趣味:
    ・読書-森博嗣ラヴ
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