交通事故に遭う 

November 12 [Fri], 2004, 2:57
交通事故には一度だけあったことがあります。
24歳の時です。

実はその前の年に実印を作ったところで占いを
してもらったことがあり、その人に
「来年の後半は事故に合いやすい年なので、極力車には乗らず、
旅行もしないように」と言われていました。
本来、占いはあまり気にしないのですが、さすがにその時は
きみが悪くてないならないで越した事はないしとちょっと
キモに命じていた年のことでした。

その年の10月、友人の車に乗っていました。
しとしとと1日中雨の降っていた日で、その夜友人宅に
行く為に、私は運転せず迎えにきた友人の車に乗って
いました。国道を通ると混むので、その裏の道を
走りました。信号もない代わりに少し山道になるので
ゆるいカーブの多い道でした。

ゆるいカーブをうまく曲がれず、友人は叫びました。
タイヤはロックし、ハンドルもきかないままで
正面のT字路へ一直線。そしてそのまん前にあった
電信柱にぶつかり、その勢いで車は回転し止まりました。

見通しの良い場所で、T字路の先には空き地が広がっていた為
幸い2度の衝撃を受けた割にはその時は大して怪我もないと
思っていました。結局は私はシートベルトで肋骨を骨折し、
首の鞭打ちで全治1ヶ月でした。

もしシートベルトをしていなければ、間違いなく頭を
フロントガラスにぶつけていたでしょうし、電柱が
当たる位置が少しでもずれていたら(車の前面の助手席がわの
角に当たった)直接私にあたり下手したら死んでたかも。

凄い音がしたので近所の人が飛び出してきて、救急車を
呼んでくれました。来る間の数分間でしたが、そこの
家の人の話によると、今の空き地の場所にはお墓を
立てていたのだが、あまりに事故が多く、突っ込んでくる
車が多いので、先月お墓の場所を移動したばかりだったと
言う話でした。ただ、そこでなくなった人は居なくて
私たちのように1台で突っ込んでくる車ばかりだそうです。

もう一つ、私は普段からアクセサリーは石がついている事が
多いのですが、その日につけていたタイガーアイのピアスと
ターコイズの指輪をあとで見てみると、ピアスは両耳の石が
割れており、ターコイズの石は艶がなくくすんだ色になっていました。
直接ぶつけては居ないし、身代わりになってくれたのかなと
今でも大切にしまってあります。

石にまつわる話はまた後日。

祖父の死後 

November 11 [Thu], 2004, 14:39
祖父は私が16歳の時亡くなりました。
小学生まで家庭の事情で祖父が父親代わりでした。
決して怒る事はなく、母やその兄弟の叔父や叔母も
祖父が怒ったところを見た事がないと言っていました。

いつも飄々としており、陽気な人でした。
働き者で、他人でも困っている人の面倒をよく見る
人でした。ただ、朝から晩まで一日中日本酒が
手放せず、(酒乱ではなかったです)
結果的に67歳と言うまだ若い年齢で脳内出血で
亡くなったのもお酒が原因ではないかと言われていました。

ある日突然、宿直の日に倒れてそのままでした。
そんなに苦しんでは居ないという事でしたので
それだけは救いかと思いました。

結局本人が亡くなったという自覚がないため
約10年近く親戚中が祖父の夢を見ることになりました。
祖母の夢には祖母が寝ている布団に祖父が入ってくるので
「死んでるのになんでいるんだ」と聞くと「俺はまだ
死んでない」などと答えたり、先日記載したように
お供え物をリクエストしてきたり。

私の所へは主にお酒を飲むと言う名目で
直接やってくることが多かったです。花見の時期などは
お墓の周りの桜が満開になっており、「お酒を飲みに来い」
と呼ばれたりすることもしょっちゅうでした。

約10年近くたった頃、ぱったりと来なくなり、聞くと
親戚や祖母も夢を見なくなったそうです。
やっと死んだのを自覚して成仏してくれたかな?
と思っています。

でも反面とても好きな祖父だったので、
来てくれなくなって寂しいです。

きもだめし 

November 10 [Wed], 2004, 2:28
10代の終わりの頃、車に乗るようになると友人らと
あちこち出かけることが多くなります。
終電も気にせず、何処でもいけるとあって、友人宅に
朝までいて騒ぐなんて事もしばしばでした。

ある日友人が「前から噂になっている場所へ行ってみよう」
という事になり、何処に行くかを聞かないまま4人で
夜中に車で出かけることになったのです。
約1時間ほど走ると、海岸沿いの道から少し奥へ入った
所の駐車場につきました。

どうやら、今は閉鎖されている診療所へきもだめしに
行こうという事でした。私はとても嫌な予感がして
断りましたが、皆は行くといい、私一人が車中に
取り残される事になるので仕方なくついていくことに。

木造の小さな診療所でした。一応入院施設もあったようで
二階にはいくつか部屋がありました。
私は建物の前に行った時、何人か分からない沢山の
視線を建物の中から感じました。
止めたのですが結局信じてはもらえませんでした。

その建物には私は結局入りませんでした。言い出しっぺの
友人ともう一人、二人だけが1Fを少し覗いただけでしたが
きみが悪くなったようですぐ引き返してきました。

帰りの車中4人とも無言のままで一旦友人宅まで帰り
その後送ってもらったのですが、言い出しっぺのコは
偶然か分かりませんがバイクで来ており、帰り道事故に
あい入院をしてしまいました。幸い命に別状はありませんでした。

こういったきもだめしは各地でされていると思いますが、
冷やかし半分で行ってはいけないと思います。
成仏できず苦しんでる人たちがいるところへ
興味本位で行った緩んだ気持ちに付け込まれる場合が
あるからです。

本来はいたずらをする理由はないはずですが、(成仏できず
とどまっているので)やはり冷やかしで行くなどは向こうも
許せないのでしょう。

駅のホームでの出来事 

November 09 [Tue], 2004, 14:09
電車で通勤している頃の話です。
その前日に私がいつも乗っている駅のホームで
飛び込み自殺がありました。

私がそのニュースを知ったのは家に帰ってから
TVを見たのですが、その事故後帰宅する為に
ホームに立っていると、私が居る位置より少し左の
線路の上に、50代位のおじさんが背を向け、
うつむいて正座をしているのが見えました。

危ないと思い、周りの人に声をかけようと思ったのですが、
だれもそのおじさんには気づいていないようでした。
もう一度よく見ると、確かにそのおじさんはもう生きては
いないようでした。特に亡くなって間もない時は比較的
はっきり見えることが多いのです。

家でニュースの内容を見ると、そのおじさんは自らホームに
入ってくる特急の電車に飛び込んで即死だったそうです。
警察の調べによるとどうやら借金をかかえていたようで、
それを苦に自殺をしたようだと報道していました。

そこで、そのおじさんの様子が思い出されたのです。
恐らく死んだら楽になるのだろうと自殺をされたのかも
しれません。しかし死んで借金から逃れても楽になる
わけではない事に気づきその場で座り込んでいるのだと。

このように自ら死を選んだ人は長い間成仏する事は
できません。成仏というものが何なのかは私自身
勉強したわけではないので分かりませんが、
私が見える場所にとどまっている人の大抵は苦しいのだ
という事はこの頃理解できるようになってきたのです。

事故現場のニュース 

November 08 [Mon], 2004, 9:20
自分で見えるものをコントロールできなかった頃です。
20歳〜24歳くらいまでが一番ひどかったです。
それ以降は自分で見たくないときは見ないように制御
できるようになったのですが、この頃は目に入るもの
普通に見えていたのです。

例えばTVで事故のニュースをやっており、車が電信柱に
ぶつかって大破している画像が写っている時、私には
運転席にハンドルを捕まえたまま焦点が定まらず、
ぼーっとしたままそこに居る人、
お母さんと子供が手を繋いで事故現場を横で眺めている。
等です。勿論実際の現場でもそうです。事故があって
間もない日数の場合等です。

車の事故などとっさに亡くなってしまった人の場合は
大半がそうやって事故の瞬間肉体から離れた魂だけが
自分が死んだ自覚がなく状況を把握できないまま
その場に取り残されている場合が多いのです。

その頃成仏できない=自分が死んだという自覚がない
という場合があるのだと理解しました。
自分がここになぜずっと居るのだと分からせてあげないと
あの世とこの世の間でずっと彷徨う事になります。

鈴の音の行進 

November 07 [Sun], 2004, 12:55
これも中学の頃の話だ。
当時、母屋のすぐ横に離れを作ってそこに住んでいた。
その場所はあまりよくなかったのではと今は思う。
湿気も多い場所で、家族全員が次々と色んな病気になり、
妹は家の前で車にはねられた。幸い命は大丈夫だったが。

丁度その頃、私も多感な時期で、親と喧嘩をする事が
多く、友人の所に遊びに行っているか、部屋にこもって
いるかどちらかの事が多かった。
本が好きだったので、家に居る時は読書をしていることが
多く、一度読み出すと最後まで読み終わるまでとまらない
ので夜更かしをしていることも多かった。

その日は雨が降っており、家の中まで湿気が凄い日だった。
相変わらず本を読んでおり、その夜も確かかなり遅くまで
起きていたんだと思う。

すると遠くから段々鈴の音のようなものが聞こえてくる。
最初は気にしていなかったが、あまりにも近いので
ビックリして電気を消し、布団をかぶって様子をうかがった。
よく聞いていると、男性のお経を唱えるような声が複数と
杖の上に鈴がついており、ついて歩く度にシャンシャンと
音が鳴っているようだった。

やがてそれは私の部屋の窓のすぐ横をゆっくり通り過ぎて
いるようだった。人数的には20人ほどか。
驚いたのは時間も時間だったが、うちの家の場所だ。

うちの家は道路から坂を上がる。その坂はうちだけのもので
その坂の上に家が立っている。
私の部屋の窓は窓を開けるとすぐ山があり、とても
家の横を人が通るなんて事は考えられない。
通るとしたらその山を下ってくる位だ。しかし真夜中で
家の横を通るなら声は出さないだろう。

翌朝この話を家族にしたが、誰一人聞いたものは居なかった。

友人との出来事 

November 06 [Sat], 2004, 12:55
中学生の頃、近所に仲のよいコが居たのでよく
遊びに行っていた。
彼女の部屋は家の二階の屋根裏部屋っぽい造りに
なっていた。そこでよく話をしたりしていた。

彼女は勉強もよく出来、スポーツも万能で
いわゆる優等生のタイプだった。
しかし、ある頃から学校を休みがちになりだした。
風邪かな?位に思っていたのだが、ある日電話があった。
「家に来てくれない?」という事だったので、
もう日も暮れていたのだが、急いで自転車を走らせた。

部屋に行くと、彼女は床に伏せていた。
熱が何日も続いているのだという。病院に行っても
原因がわからないし、気分もすぐれないと言う。

私は彼女の部屋に入ったときから何か違和感を感じていた。
ある一箇所が気になって仕方ないのだ。
「何か部屋の模様替えをした?」と聞いてみると、先日
家で蔵の掃除をしたところ、小さな額に入った絵と、
ガラスの壷のようなものが出てきたので自分の部屋に
飾ったのだと言う。

それを見て、無意識のような感覚で私はその壷を
手にとった。何の根拠か分からないが、友達の
母親を呼んで、その壷に水と花を入れてもらった。
そしてその壷は今置いてあった場所ではなく、
彼女の部屋の窓辺に置く場所を変えた。

私は「よくわからないけど、もしかして原因は
この壷じゃないかな?」と話をした。ここにあるのは
問題はないけど、暫らくは水と花を常に新鮮なものに
しておいて欲しいと伝え帰った。

彼女は数日もしないうちに回復し、普段どおりに
学校に来るようになった。
私自身、何故そんな行動に出たのかいまだに分からないが、
当時そういう事を自分でコントロールする事が出来ない
状態ではあったので、誰かに操られてそうしたような
感覚だったのは覚えている。

他人のオーラが見えるようになった頃 

November 05 [Fri], 2004, 1:50
私はもしかして皆に見えないものが見えている・・?
と気づき始めた頃の話です。

それまでは勝手に物が見えているような状態だったのですが、
意識的に見ようと思い練習をしていました。
具体的に言うと、2つの目で見るのではなく、丁度眉毛の間
あたりに目で見えないものを見る目と言うのがあり、
そこで相手の体そのものではなく、その内側を見ようとするのです。

そうすると段々相手の体の周りにぼうっと煙のようなものが
見えてくるようになります。多分これが「オーラ」なのかな
と思います。人によって形も色も様々でした。
炎のように勢いよくめらめらとしている人も居れば、うす〜く
周りを覆っているだけの人も居ます。

この大きさや勢いなどは体調などと関連があるというよりは
その人の本質(性格)を表しているのではないかと思います。
一度見えるようにコントロールできるようになると、今度は
全てのものが見たくなくても見えてしまうようになってしまいました。
そしてそのほうがいまままでよりも断然辛い事が分かりました。

実際に目の前に居る人だけではなく、テレビに映っている人の
まで見えるようになると、政治家の人は顔の部分や体など
随分オーラの一部分がどす黒くなっている人が多いことに
気がつきました。そしてその人たちはやがてTVに出なくなると
病気になっておられたり、亡くなられたりする人もいました。

もしそれが身近な人のものが見えてしまったら・・。
教えるべきか随分悩みました。大半は言ったりもしましたが
ほとんどは信じてもらえず。
しかも一度3つ目の目が開いてしまうとそこで見る癖がつき
相手に「私の内面を見られているようで怖い」といわれる
事もしばしばでした。

このように見えているという話は相手にほとんどした事が
なかったのですが、そのうち人に会うのが怖くなり、
一人暮らしをしていたのでずっと引きこもっていた時期が
続いたのです。

カーテンの手形 

November 04 [Thu], 2004, 12:54
中学生の頃の話。
当時妹と共同の子供部屋で、二段ベッドで寝ていた。
私は姉なので上の段で。
冬は寒いのでせめてもの寒さ対策の為に天井から
ベッドを囲むようにぐるりとカーテンで囲っていた。

夏は蚊帳のような役目になるので薄いレースのカーテンに
取り替えたばかりの頃だった。
なんとなく寝苦しく、夢見もよくないので目が覚めた。
まだ真夜中。全員寝静まっている。

一度目が覚めてからは寝付けないので本でも読もうと
起き上がった。すると・・
囲ってあるカーテンの丁度足元部分にくっきりと手形が。
丁度墨汁を手につけカーテンに押し当てたような跡が。
手の大きさ的には私よりも小さいようだった。

その時は皆を起こすわけにも行かないし、みたくないので
そのまま布団をかぶって何時の間にか寝てしまった。

翌朝。やっぱり手形はついたままだ。
親は私がいたずらしたのだろうと最初は怒っていたが、
手形の大きさが誰のものとも一致しないと分かると
それ以上は何も言われなかった。

その後そのカーテンは捨てられ、新しいものにされた後は
手形がつくことはなかったが、なんだったのかはいまだに
分からずじまいだ。

誰かと話している? 

November 03 [Wed], 2004, 12:53
子供の頃の話。私はあんまり記憶に残っていません。
3歳前後の頃、一人で家で遊んでいるはずなのに
誰かと話をしているような様子だったらしい。

単に一人遊びで何役もこなしているおままごとだったのか、
それとも親には見えない何かと遊んでいたのか・・。
それは私にしかわからないんだけど、一生懸命お話を
していたらしい。

子供の頃の記憶って何で残ってないんでしょう。
多少は残っているけど、自分にとって強烈な体験を
した事くらい。家の階段から落ちた事とか、
幼稚園に行きたくなくてめっちゃ泣いてた事とか。

記憶はなくなっているわけではなく、奥にしまわれて
居るだけらしいというのを聞いたことがあります。
いつかその引出しを開けたときに真実がわかるのかも。
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