現場検証 

2004年07月15日(木) 2時29分
神泉駅前の物件はあきらかに「これ・・・住居?」と言った風情。今は事務所っぽいのが入ってるようだが、両隣は完全に住居だし、こりゃ夜おそくまで営業は出来なさそうだ。
それから世田谷代田へ移動。徒歩1分ということだったのであっというまに目的地へ到着。環七に面した3階建てのマンションだった。・・・ていうか、これもすぐ上が住居?ていうか、窓少なくない?以前はなにをやっていたんだろうか??うーん・・・なんかパンチにかける・・・というか、建物自体の気?みたいなもんがあまり気に入らない。つーか、代田って意外に来づらいのではないかしら。しかも家賃これだけ出すならいっそ下北で・・・。

と、言うわけで、その足で下北へ行ってみた。駅前の不動産屋に何軒か入ってみて、色々話を聞いてみたのだけれど、一向に物件が見つからない。というか、私の探す条件というのが、一番動きが鈍くて、空いてるとなれば、一番早く決まってしまう物件なのだとか。
そもそも一般的に飲食OKという店舗物件は物件の割合に対して少ないらしく、その上、10坪前後というのはとりわけ競争率が高いらしい。個人経営で飲食をやるのにはそれぐらいがちょうど良い広さだし、しかも下北だとそれぐらいの広さで「雑貨屋さん」を開きたい人が多いので、競争率も激化しているという。

「20坪ぐらいの物件は結構あるんですがね、10坪ぐらいはね〜、うーん・・・、ほんっとに出ない(←強調)ですねぇ。」

おんなじことばっかり言われてるな・・・。

「これなんかどうです?」と差し出されたプリントには「徒歩2分、12坪、19万、2階、居ぬき物件!」とある。19・・・ってタッケーな・・・。・・・しかもよくよく見ると「保証金300万」だと!?
「前は600万になってますね。これでも値下げしたんでしょうね。」ろ、ろっぴゃく・・・て。

そんな感じで家賃がほどほどなら保証金が目が飛び出るほど高く、保証金が安ければ家賃が高いという感じだ。それでも下北は物件の数がほんとに少ない・・・。

あきらめるしかないのかなぁ・・・。

私の条件 

2004年07月15日(木) 0時52分
と、いうことで不動産屋めぐりを開始。

「渋谷、下北周辺で、8〜10坪。家賃は15万以内。軽飲食OKな物件で、階数は問わず。」

以上の条件でインターネットで不動産屋などに問い合わせをしてみた。大手なら抱えている物件数も違うし、広範囲に物件を探してくれるだろうと思ったから。その中から一社「問い合わせの物件は空いてますよ。」との返事。それから詳しい話を聞きたいとのことで早速その不動産屋に行ってみた。

ところが実際店頭に行って物件ファイルをみせてもらうと、自社の物件は少数で、他社取り扱い物件が過半数をしめていた。「こういう店舗物件は他の業者と情報を共有するので、自社物件でなくても顧客に紹介しても良いんですよ。」とのこと。それで、いくつか問い合わせしてもらったのだが、ほとんど契約済みのものばかり。空き店舗が出ると一斉に不動産屋が情報を流すので、良い物件は数日間で決まってしまい、ファイリングされた時点で残ってることはそうそう無いという。さらに、その不動産屋が情報を業者に流す前にそこで抱えている物件待ちの顧客に情報を流すので、FAXが業者に届いた時点で借り手が決まってしまっているケースも多いのだとか。と、いうことで、良い物件をいち早く知りたければ「借りたい場所の地元の不動産屋でなければダメ」ということだった。なんだとー?

で、渋谷周辺を中心に探してもらったのだけれど、どれもこれもイマイチ。どうも渋谷となると1人でやるには広すぎる物件(30坪!)ばかりで、小さいものは円山町近辺の察するところ隣がピンサロとかスナックといった雑居ビルのものだったり。そんなとこでカフェなんかできるかい!

で、最初に問い合わせをした物件(神泉)とちょっと予算オーバーだけど、ちょっと気になった世田谷代田の物件を、担当者さんの勧めで外観だけ見に行くことにした。「もし、見た目気に入ったら内見の手配をするので、連絡ください。」と地図のコピーと間取り図を手渡される。

なんか、こういうのってどきどきするなぁ・・・。

みんな来る? 

2004年06月22日(火) 1時02分
家の近くの店舗にあたりをつけ、さぁ、契約か?と思った頃、いきなり親から「待った」の声が。

「旅行から戻ってきてからでないとお金はだせないわよ。」

資金ゼロの私は親からの援助が頼み綱なわけで・・・まあ、そうと言われちゃしょうがない。幸いその物件は私以外手をつけそうもないし、ここはひとつゆっくり他のことでもしながら待っていようか。なにしろカフェのメニューや家具、什器等、色々考えることは山ほどあるのだ。

そんなある日。
知り合いの彼氏がやっているというレストランへ行ったときのこと。その店の主人に予定の物件の家賃を訊かれ「坪一万ですねー。」と答えたら「あ・・・まぁまぁ安いんだ。」と一言。
あれ?そんなもん?今まで家賃の話になると、皆一様に「安いね!」と仰天していたのだが、それほどもないリアクションに私はひとつの疑問が浮かんだ。
今まで話していたのはみな渋谷や、下北など一等地で店を構えていた人ばかりだった。この店主の店は二子玉川で歩いて5分ほどの場所。もしかしたら、ちょっと離れれば似たような家賃なのかもしれない。

「今の物件は11坪で11万か・・・。うちの近所にしては高くないか?ここ相場は一体いくらなんだろう?」

恥ずかしい話、今まで相場というものにてんで無頓着だった私。さっそく家に帰って、不動産サイトで検索をしてみると、大体、坪一万円前後であった。

「まぁ、妥当なのかなぁ・・・でもあそこって商店街の中にあるけど、最寄り駅から15分ぐらいじゃない。それだともっと下げられるんじゃないだろうか?」

そうこうしてるうちに他の相場も気になってきた。渋谷はやっぱ高いね・・・神田、安!!家の近くと変わらんやん!?ぬ?新宿五丁目で坪一万2千??意外に安いなぁ。うーん・・・。

「・・・もしかしたら、他の場所でも家賃安いとこあるんちゃうんかなぁ?」

今、借りようとしているのが11坪で11万。もし、下北近辺でやるとして坪単価一万五千で7〜8坪とかで約12万。ちょっと高くなるけど、その分友達が来てくれる率は高まるから、売上で充分カバーできるんじゃないだろうか?それに家の近くで店をやっても、その周辺の人は来てくれても友達は来てくんないだろうし・・・そしたら、寂しくない?

そうだ!ちょっと探してみよう!家賃10万ちょっとのとこ。下北とか渋谷で!!

最初の記憶2 

2004年06月18日(金) 3時32分
そんなある日、父親とふたりで町田に出かけた。もうすぐ、町田の繁華街に到着・・・というときに父がふと「お茶にするか」と足をとめ、目の前にあった建物の地下に降りていった。
中1の子供にとっては少し臆する入り口だったが、とにかく父の後を追った。まっすぐに続く階段を降り、薄暗い踊り場の横にあるドアをあけて、私は息をのんだ。

二十坪ほどの薄暗い店内はまるで洞窟のようだった。丸いドーム状の天井は意外に高く、漆喰の白い壁には窓はないけれども、ところどころに小さな土間のようなものが出来ており、そこには間接照明が灯してあって、店内のそこかしこに暖かなライトの灯が落ちていた。まるであなぐらのような店内の暗さは逆に落ち着いた気分にさせた。不ぞろいに作られた木のテーブルやイスがランダムに置かれ、ベンチスタイルの席が店の一角に作られていて、私と父はその席についた。
あたりを見回すと、店内の隅に本棚を発見した。おそらく、店主が「天体もの」が好きだったのだろう。棚には星や宇宙関係の絵本や洋書が沢山ささっていた。読んでもいいのだろうか?周りの人にとがめられそうもなかったので、私はドキドキしながら一冊一冊、慎重に手にとってその本を眺めた。

父が頼んだであろう、店内には店主が淹れたコーヒーの芳しい香りがたちこめ始めていた。その香りと、暗く胎内のような店内、手のひらに広がる宇宙が私を静かに興奮させた。そして、そこにたたずむ人々は異邦人のように私にとって遠い存在に思えた。

「大人」という世界を初めて垣間見た瞬間だった。

最初の記憶 

2004年06月18日(金) 2時31分
喫茶店というものに初めてカルチャーショックを受けたのは私が中1の時だった。
その頃住んでいた町田は小田急線とJR横浜線が交差したターミナル駅で、東急や小田急などのデパートがたちならぶ、郊外にしては割と便利に発展した街であった。そのビルの合間に小さなアーケードや商店街がひしめき合い、ひょっこり掘り出し物がある古本屋やちょっと個性的な喫茶店などがあったりして、なかなか良い雰囲気だったりした。
家から歩いてすぐ街中に出られたこともあり、家族でふらりと外出してはデパートめぐりや商店街での買い物や食事を楽しんだものだった。
父親はいつも、出かけてすぐに「お茶にしよう」と言っていた。疲れやすいのか、のどが渇きやすいのか、とにかく一時間も歩けば「お茶」という。午後に出かけて夜帰るまでに3度喫茶店に行くのも珍しいことではなかった。当時、父のお気に入りは(今は無き)東急シネマの二階にあった喫茶店と、西友の2階にあったドトールだった。前者は映画館入り口の脇にひっそりとあり、普通の人には喫茶店だということも分かりにくかったらしく、休日でもひどく空いていて静かだったし、ここのフルーツサンドやフルーツパフェがなかなか美味かった(さすが東急系)。後者は2階で通りに面してすべてガラス張りで見晴らしが良かったのが気に入っていたようだ。

明るい店内とサービス。それまでの私にとって、喫茶店はそういうものが当たり前だった。

始まりの盛り上がり 

2004年06月17日(木) 2時49分
その頃の私はベルセバのDVDを毎日のように見ていた。
ちょうど彼らが来日していてライブに行ったばかりということもあり、その盛り上がりも覚めやらず、毎日のように流して見ていた。

その中で流れる「A Century Of Fakers」のPVはとあるコーヒーショップで働く男の一日を舞台にしている。カウンターとテーブルが2〜3席ほどの小さなお店に1人、朝の掃除に、看板出して、店開けて、常連客と軽い挨拶をして、コーヒーを注ぐ。昼間、休憩がてら近くの芝生に腰掛けて、タバコを一服する。ゆるい空間。ゆるく過ぎる時間。こんな風にゆっくり過ごせたらどんなに良いだろうか?

自分がカフェをやるなら、こんな空気を目指したい。グラスゴーの田舎町にたたずむ小さなコーヒーショップ。通りの人々をゆっくり眺めながら、翳っていく陽を感じるような、過ぎ行く時間を感じるような、そんな小さなカフェ。

この曲は大好きだったけど、より一層好きになった。自分の中でまたひとつ、ちいさなビジョンが出来上がってきていた。

始まりのはじまりpart2 

2004年06月17日(木) 2時47分
それから一ヵ月後。またその店の前を通ってみると、テナント募集の張り紙はそのままだったが、中でなにやら工事が入っていた。それで、あわてて不動産屋に問い合わせをしてみた。出たのは40過ぎぐらいのおばちゃんだった。

「あそこ?あぁ、はい、まだ募集してますよ。なにやりたいの?カフェ?喫茶店??飲食は・・・あ、あのタコス屋ご存知?あ〜、もうね、あの厨房機器類は無いんですよ。しばらくそのままにしてましたけど、ちょっと時間たっちゃたから、もう全部取っちゃってねぇ、ほら、入ったときのお約束でね、元に戻してもらわないとね、あ、そう、その工事がね今も入ってますね。・・・照明を戻してる工事かしら?してもらってますよ。・・・あ、飲食やられるなら・・・あそこ、水道はきてますけど、ガスはね、無いんです。えぇ、もともと無いんですよ。前の方はね、プロパン使ってたんですよ。プロパン。都市ガスよりもそのほうが安く上がるからって。でも途中で近隣の方から文句がきて、途中から電気に変えられてましたけどねぇ。それから広さが20坪ぐらいあったんですけど、真ん中の壁の仕切りを戻したんで10坪ぐらいの広さにしちゃってますけど。あ、お1人でやるの?ならちょうど良いかしらね・・・。」

それから、そこが今は10坪の大きさで二つ募集中とのこと。片方は銀座のブティックが出店を考えていること。その他、おばちゃんは色々と教えてくれた。電話を切って、しばらく考えてみた。なんだ、そんなもんで借りられるのか・・・。

出来るかもしれない。なんとなく、そう思った。

始まりのはじまり 

2004年06月17日(木) 1時33分
今年頭、家の近くを自転車で走っていたら、偶然「空きテナント」の張り紙を発見した。
そこは家から自転車で5分ほどの場所の商店街にある1階店舗。

「・・・ここって、以前タコス屋だったとこ?」

一年前ぐらいに新聞の折込チラシで開店の広告を見たことがあった。その後もその商店街からさらに5分ほど歩いた美術館に仕事で行った際に、お昼に行ったこともあったが
人もまばらだったし、美術館のスタッフに聞いても評判は良くなかった。

「やっぱ、まずかったもんなぁ・・・。」

そのまま美術館に行って、スタッフに「あそこのタコス屋つぶれてたね?」と聞いてみた。

「あ、そうなんだ?だって、あそこまずかったもん。それに高かったし。」
「12月入ったぐらいに前通ったけど、まだ開いてたかなー?」
「でも閉まったの最近じゃない?」

家に帰る途中、また店の前を通ってみた。

・・・ここは確かにまずかったし、高くて嫌な店だったけど、店自体の雰囲気は好きだったんだよな。商店街に面して、大きいガラス二面で明るくて風通しも良かったし。タコスってのが意味わからんかったけど、そんなんじゃなくて普通にカフェとかだったら、昼下がりにお茶とか飲んでボケーっとしてたら普通に気持ち良さそうじゃない?それにここから美術館と公園も近いし、ちょっと散歩とか美術館の展示見た後、お茶したくなって、こんなとこで一休み出来たら・・・良くない???

part2へ→

カフェ始めます。 

2004年06月17日(木) 1時02分
先日二年前勤めていた会社の同僚に会った。
「今度カフェやることにしたんだ。」というと、その子は驚く風でもなく「そういえば、会社にいたときそんなこと言ってたね。」

そんなことを言った覚えはないんだけど。
でも昔から「カフェやりたいな。」と思っていたことは確か。
ただ、飲食バイトの経験も全く無い自分に出来るかわからなかったし、お店を作るということが想像も出来なかった。口に出してしまうにはおこがましいなぁと思っていたので、自分が人にそんなことを言っていたのがすごく意外だった。

今でも分からないけど、出来るんじゃないかなぁ・・・と思えてきた。
色々大変だけどね。出来るんじゃないかしら?
2004年07月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:ayu
読者になる
Yapme!一覧
読者になる