お休みのお知らせ 

2011年12月26日(月) 12時02分
アーユルヴェーダ、アロマのサロン&スクール☆アーヤタナ
HP http://www.scn-net.ne.jp/~ayatana

携帯サイト http://katy.jp/ayatana
mail ayatana2007{at}hotmail.co.jp
お休みのお知らせ

2011年9月〜2012年2月末日まで
インド滞在のため、お休みさせていただきます。
メール、お電話は、9月8日まで対応できます。
インド滞在中は、メール対応はできますが、急ぎのお返事ができません。
帰国後の営業再開は、3月になります。
帰国しましたら、またブログを更新させていただきます。
なお、大変申し訳ございませんが、出国までの予約は一杯となりました。
いつもアーヤタナを応援していただきありがとうございます。
インドでも精一杯仕事に取り組み、学び、
みなさまへお返しできたらと思います。
アーヤタナ meena

インド日記2011その13: 幸せ!!! 

2011年12月25日(日) 19時57分
インド日記2011その13: 幸せ!!!2011年11月22日
なんだかわけもなく、とっても幸せ。。。

早朝4:30ごろ、喜びでうんちしたくなって目が覚める。
小学校の時の遠足の日の朝みたいに。恋してる時みたいに。
足の先や、手の指先まで、喜びでジンジンして、うずく感じ。
そして体も心もとっても軽やか。。。

アーユルウ゛ェーダのハーブサプリメントが効いてきているのか?
アンマがもうすぐワールドツアーから2カ月ぶりに戻ってくるからなのか。。。?
毎朝、朝食の前にカーリーテンプルでカーリー女神像の前に座っているのだけど、
昨日は、幸せだー!!!と思って泣けてきた。
私はなんて幸せなのか。。。

親のことを思った。
子供の時も、こんなふうに幸せだった。

昨日のことも、明日のことも、何も考えない(それで学校の先生はとても困ったけど)
わずらわされないで(それで親はとても困ったけど)
ただ、'今'を楽しんでいた。

そこには、自分の時間の流れ?があって、幸せの空気で満たされていた。
小さな虫や、花や葉っぱ、雲や空を飽きることなく見つめ、愛した。。。
何の心配もなく、完全な安心感に満たされていた。
両親の愛をいっぱい受けて。。。

私にとって、神そのものだった。。。
完全に愛し、守ってくれる。それにただ委ねていればよかった。
そんなふうに愛してくれた両親に、とても感謝したい。
ありがとう。いつも愛してくれて。

大人になって、両親は神とは違うことに気付いて、私は迷子になってしまった。
でもそれは仕方のないことだ。彼らだって、普通の人間なのだ。
でも私は本当の神を求めていた。だから沢山ぶつかって、苦しんだこともあった。

今、アンマを知って、見つけることができて、
そして親の中にもその神性を再び見出すことができた。

私の兄弟。。。
たくさんたくさんケンカして、言葉の暴力、体の暴力、
これ以上ないくらい傷つけ合って、それでも心の底ではいつも愛していた。

どんなことも許し合うことができた。
どんなことをされても愛さずにはいられなかった。
こんな強い愛と絆があるのだということを兄弟は教えてくれた。
兄弟たちにとても感謝したい。ありがとう。。。

私は、みーんなともこんなふうに愛でつながっていると信じられる。

一時的には?今は?そうじゃないかもしれないけど、
言葉や態度に出さないからといって、愛がないわけじゃない。

私は、みんなが嫌だといっても、いつもずっと大好き。

だからいつも笑いかけるよ。
無視してもいいよ。気持ち悪がってもいいよ。
きっと、いつか、私のこと大好きってわかるときがくるよ。
みんなのこと大好きってわかるときがくるよ。
涙がポロポロと流れた。。。幸せ。

インド日記2011その12: アンマカード 

2011年12月24日(土) 19時53分
インド日記2011その12: アンマカード 2011年11月21日
"真に神を信愛するものは、他者の中に自分自身を見ます。
誰をも悲しませたり傷つけたりしないように気をつけます。
無私の愛を広げていくことは最も素晴らしい成長です。
他人を拒むことは簡単です。
でも、あるがままに認めることは難しい。
私たちは絶え間なくこの訓練をしなくてはいけません。
1度も間違ったことをしたことのない人が世界のどこにいるでしょうか?
もし過ちをおかしたからといって人を拒絶するなら、その過ちはそこに残ったままでしょう。
愛によってのみ、他者を間違った行為から叡智へと導くことができます。"-アンマ

ある日引いたアンマカードの言葉。
がーん、私を突く。
その時期私は、入替り立ち替りルームメイトが変わって、その対応に四苦八苦していた。
インドもアシュラムも初めてで、中にはアンマに会ったこともない人もいた。
英語があまり話せない人もいる。
朝起きてから寝るまでずーっとしょっちゅう一つの部屋で、狭いアシュラムの敷地内で彼女たちに会う。

私は自分のことだけで精一杯で、人の世話をする余裕もないのに、
親切にしたいという気持ちとぶつかって、生活ペースが乱れて、心も乱れたように感じていた。

どこまで助けるのか?自分の小ささを見つけ出し、自分の弱さを見出し、それも辛い。

でもこのカードを見て、私もアンマのように、他者に自分自身を見たいと思った。
私が。。。私が。。。私の物。。。私の時間。。。私の私の。。。
自分と他人が分離していると、なんだか人助けもつらくなってきてしまうのだ。

その後、彼女たちの喜びや辛い気持ちをシェアして、
自分のことのように接することができた時、
それは人助けではなくて、彼女たちへの愛となった。
大好きだよ!!みんな!!!

インド日記2011その11:リサイクリングセンターで5 

2011年11月08日(火) 19時24分
インド日記2011その11:リサイクリングセンターで5 2011年11月8日
ゴミの仕分けをしていたら、ゴキブリが出た。
みんなが騒いだ。

ある人が、"大丈夫よ、私たちに危害は加えないんだから。
ただそこらじゅうを歩き回って、いつも何か食べてるだけ"といった。

別の子が、"そうそう、私たちみたいにね!いつもいつも、何か食べて。。。何でも食べて。。。"

私たちはみんなで苦笑した。
そうだよねー、ほんとにゴキブリと私たち、そんなに違わない。
ただ欲求のままに生きていたなら。。。

着飾ったり、所有したり、見栄を持たない分だけゴキブリの方がましかもしれない。。。
識別力を持って、愛と思いやりを持って、
スピリチュアルな生活を送ってこそ、人間としての尊厳がある。。。

私たちは、おいしいものを食べるためなら、
高いお金を払っても、長く待たなくてはいけなくても苦にならないほど、それを求める。
でも、お腹いっぱいになって(すぐになってしまう)もういらなくなると、
それはゴミとなり、腐敗し、悪臭を放ち、嫌われる。

どんな美しく、おいしく、いい香りのものも、いつかそうなる。。。
ゴミと向き合いながら、しみじみ感じた。。。

時にはうれしい?!ゴミもある。

ラベンダーの精油の使い残しを見つけ、テーブルにまいたり。
テンプルからのゴミなのか、アーユルウ゛ェーダホスピタルからのゴミなのか、
祈りの儀式でくべられるカンファー(樟脳)やハーブ類が大量に出てきたこともあった。
ひとつひとつ小袋を開けて、中身を出す。
何かの種、木片、クローブ、ターメリックなんかもあった。
これと一緒に燃やしたら、ゴミの供養になって、空気も清まって、
ホーマ(火の儀式)になるね、と笑った。
ごみ捨て場にも美はある?!

一方で、聖なるテンプルの中で神に献身の歌を捧げているからといって、
必ずしも美しいシーンであるとも限らない。

リサイクリングセンターでの仕事を終え、髪を洗い、白いサリーに着替え、
清らかな体と気分でテンプルへ。

今日は前の方のよい場所を確保できた。ラッキー!
と思っていたら、いつも泥まみれで枯葉拾いをしているおばちゃんが割り込んできて、
私は仕方なく後ろに下がって譲った。
(その人はとても熱心に仕事してそれはすごいのだけど、
ちょっと物忘れがひどくていろんなことが分からなくなってしまうことがよくあって、
泥まみれのままテンプルにきてしまったりする)

そして、私がうっとりと歌に酔いしれていると、
別のおばちゃんとともに、しょっちゅう今は何ページのどこを歌っているのか?と聞いてくる。
枯れ葉のおばちゃんからは虫がたくさん出てくるし、
何故かその日のリードボーカルは調子外れだし、金切声で血管が切れそうになって歌ってるし。。。

私は大きくイラつくとか、嫌だとかは感じなかったけれど、
自分の一定の静けさが"乱された"と感じた。
そして、リサイクリングセンターでのことと共に、
本当にこの世界は醜いものがいっぱいだ、と思った。

この世界は、醜く、汚く、臭い。

でもその一方で、
この世界がどんなに美しいか、
おそろしいほどの美しさも知っている。

自然も、虫も、動物も、人間も、神々も。。。

この世界は、美しくて、醜い。

それはいつもある。
醜いものから美しいものへ。
美しいものはいつか醜くなる。。。
私はただそうなのだ、と認めて受け入れるしかない。

いつも父のようにアドバイスをくれるインド占星術師に、
"この世界はすごく美しい。そしてすごく醜いです。"というと、

"そうだよ。けど醜いってことがなかったら、
どうして美しいってことが分かるんだい?
悲しみがなかったら、
幸せだってことがどうやって分かるんだ?"といわれた。

悲しみや辛さがなくても、いつも幸せを感じられたらいいのに。

私たちは、風邪を引いて咳が止まらなくて苦しいときだけ、
楽に呼吸できる幸せを感じる。
でもすぐに、またその幸せを忘れて、呼吸していることさえ忘れてしまう。。。

世界の美しさ、醜さ、幸せ、悲しみ、
どんな面を見ても、いつも内なる静けさにいられますように。。。

インド日記2011その10:リサイクリングセンターで4 

2011年10月27日(木) 19時20分
インド日記2011その10:リサイクリングセンターで4 2011年10月27日
リサイクリングセンターに住みつく子猫がいる。クリシュナ。

いつも足の周りに絡み付いて、よじ登ってくる。
昨日はついに第2段階で仕分けする大きな作業テーブルに盛られたゴミの山の頂上にまで登ってきた!
クリシュナにとってすべては楽しい遊び道具で、
ゴミの山の上でゴミと戯れて夢中になって遊んだかと思うと、
仕分けしたゴミの袋の中で寝ていることもある
(さすがに眠るのはきれいな紙の入った袋だけど)

クリシュナはいつも私たちを夢中にさせる

"ねえねえ、遊ぼうよ!ここにいるよ!こっちを見て!僕を見つけてよ!!"

"クリシュナ、かわいいね!クリシュナ、元気?
クリシュナ、危ないよ!クリシュナ、どうしたの?クリシュナ、何してるの?
クリシュナはどこ?クリシュナ、クリシュナー!!"

クリシュナはいつも私たちをひきつけ、楽しませ、慰め、癒してくれる。

そこはブリンダーウ゛ァンで、私たちはクリシュナをいつも探し求め、戯れ、交い、
その名をいつもチャントしていた。
それは素敵な瞑想の一時だった。

このごみの山の中にもブリンダーウ゛ァンはあった。。。Sri Krsna。。。

インド日記2011その9:リサイクリングセンターで3 

2011年10月24日(月) 19時17分
インド日記2011その9:リサイクリングセンターで3 2011年10月22日
ゴミたち。。。
仕分けをしている時、私は完全にほかのことを忘れていることに気づいた。

ゴミを分けていくことしか考えていない。
それだけに集中する。その集中力はハンパじゃない。
アンマはいつも内にいるけれど、それさえも忘れそうなくらいに。

その対象がゴミではなく、神ならいいのに、と思ってふと気付く。

"そうだ、このゴミも神の一部、神のあらわれなのだ。。。
だから私はゴミにフォーカスして完全にそれと一体になっているからといって、
残念に感じたり、恥じたりすることは全くないのだ!"

私は汚れが服についたりしないようにすごく気をつけつつ、
ものすごいたくさんのカテゴリーにてきぱきとゴミを分類していくために、
ものすごい集中力を使う。
これはアンマが私に与えてくれた集中力を養う良い訓練なのだと思った。

スーパーバイザーはとても素晴らしい。
仙人のように見えてしまう。すでにごみ捨て場にいるステータスが、私と全く違う境地にいる。
そしてどんなゴミにも可能性や喜びを見出している。
きったないごみと髪の毛のくっついた使いのこしの石鹸でも、
"ああ、いいねー!手袋を洗うのに使おう!"とすごく嬉しそう。
彼にはまだ石鹸の命と美しさが見えるのだ。。。

"こんなヒモ、燃やすよね?"ときいても、
"ああー!それは〇〇に使えるんだよー!!"と、次に何に生まれ変わるか見えるのだ。

嗅覚を失ったのか、目が悪いのか、どんな臭いも汚れもへっちゃらで、
いつも穏やかに仕事している。
すごいなあ。。。
こんなふうになりたいような、なりたくないような。

インド日記2011その8:りサイクリングセンターで2 

2011年10月23日(日) 19時12分
インド日記2011その8:りサイクリングセンターで2 2011年10月19日
リサイクリングセンターでのセウ゛ァを2日間した。
アロマの世界からゴミの世界に来て、においを気にしていたら、
2日間ともゴミの中から香水の空き瓶が大量に出てきた。
それはアンマがデーウ゛ィバーウ゛ァという特別なダルシャンのときにつける香水だった。
私のグローブはには高貴な香りが染み渡り、アンマ励まし、祝福してくれているのを感じた。
スーパーバイザーに、トングを使ったらどうかとか、ベーキングパウダーをゴミ箱に入れておいたらどうか(消臭のため)とか提案してみた。
少しずつ、やりやすくなっていけばいいな。

究極のゴミ箱を仕分けすると、もう悟っちゃうんじゃないかという気がしてくる。
物質の最後の姿を見送り、再生への創造の第一歩へ導く仕事。。。
どんなに美しいものも、おいしいものも、醜いものも、汚いものも、最後には同じゴミ箱へ入る。
そして土にかえるか、また再生する。
本質は。。。?
物質を物質とあらしめる力だけがある。。。?
繋がれて、形あるものになったり、においが生まれるものになったり、
変化して崩れて無くなったり、再生したり。。。

そしてまた、ごみの捨て方一つで、その人がどのくらい気づきを得ているのかも分かる。
知識と智慧の両方が正しいゴミの捨て方に必要だ。
今まで私は、ごみ袋を開けて一つ一つ分ける人の心まで考えたことはなかった。。。反省。。
そして知った今でも、どうしたらいちばんいいのか模索して、よく分からずにもいる。
(とりあえずは、匂いがでないよう、お菓子の袋など全部洗って干してから出すようにしている。
スーパーバイザーは、プラスティックの袋に入ったものは買わないそうだ。
見習いたいけど、お菓子食べたいしなあ。。。)
情報と知識も必要だ。衛星的に、健康を害さず、迷惑がかからず、やりやすく、続けられる捨てかた。
1カ月?もっと?この仕事にかかわりそうなので、その間にいろんな気づきと改善があったらうれしいな。

インド日記2011その7:リサイクリングセンターで1 

2011年10月22日(土) 19時06分
インド日記2011その7:リサイクリングセンターで1 2011年10月13日
セウ゛ァ(奉仕活動)デスクからの呼び出しが来た。
私はマッサージの仕事をしていたのだけど、アンマがワールドツアーに出ているのでたくさんの人がアシュラムを出てしまい、掃除、食事づくり、ごみ処理などのメインテナンス仕事をする人が不足してしまった。
なので、そちらへ回ってほしいとのこと。アンマが戻ってくれば、またマッサージの仕事に戻れるそう。ということで、来週からりサイクリングセンターでの仕事(嫌い)となる。

マッサージの仕事(好き)ができないのは残念だけど、大いなる力?神?アンマ?に明け渡し、ゆだねる気持ちで、成り行きを見て自然にやっていこうと開き直った。
アンマは私たちの好き嫌いを克服できるように"嫌い"な状況をくれるらしい。。。
でもそれは、本当にセルフリアライゼーションを求めるのなら、克服するべき性質なのだそう。

りサイクリングセンターは、みんながグチャグチャに捨てたごみを全部ゴミ箱から出して、
紙、ソフトプラスティック、ハードアイテム、食べ残しや生ごみ、オムツと生理ナプキン、その他汚くて燃やすもの(ティッシュ、髪の毛、濡れたり汚れた紙etc。)に分けたあと、
紙類は新聞、印刷した紙、ペンで書いた紙、本、箱、にさらに分けたり、
ソフトプラスティック類は、透明の袋、透明のに少し印刷してある袋、白い袋、白いのに印刷してある袋、大きく手厚い袋、内側が銀色の袋、ミルクの袋、ココナッツオイルの袋、カラフルで薄い袋etc。にさらに分けたり。。。
あるものは洗ってリサイクルし、それで何か作品を作って売る(バッグ、帽子、人形など)
あるものは外部の工場に売る。何がいくらで売れるかは、季節や工場のその時のニーズで違うらしい。。。
とにかく、汚くて臭くて忍耐のいる仕事である。

しかし私は思う、神聖な神像を神聖なテンプルで礼拝するのと同じように、
人の体を神の体のように礼拝し敬い、慈しんでするトリートメントするのと同じように、
この新しい未知の仕事にも向かい合いたい。

ゴミたちの新しい創造の第1歩を手助けする。
は神々のパーツのように礼拝し、仕分けをしよう。
ゴミたちにトリートメント?しよう。
服を汚さないように気遣い、体を清潔に健康に保とう。
どんなこともビューティフルな仕事となりますように。

インド日記2011その6:ウパニシャッドのクラス 

2011年10月21日(金) 19時47分
インド日記2011その6:ウパニシャッドのクラス
ウパニシャッド(インドの聖典)のクラスは、私に大きな慰めと気付きと平安を与えてくれている。
クラスはよるの9時からなので、もうつかれたし、眠いし、今日は休もうと思う時もあるのだけど、
やはり行きたくなり、最後には、ああ出席してよかった、と思う。

昨夜のクラスはニルウ゛ァーナについてだった。
ニルウ゛ァーナは例えるなら、炎、火、アグニを放つ源。
そこへ帰ること?知ること?=ブラフマンを知ること?=onenessを知ること?体験すること?
言葉の使い方が(訳し方が)正しくないかもしれないけど、そういうようなことをお話してもらった。
シャンカラチャーリヤの解説で、私たちは学んでいる。

マッチ箱とマッチは、それが擦り合った時初めて火が生じる。
そして私たちは、火というものがあることを、感覚器官、目を通して認識する。
昔なら、石と石をこすり合わせ続ければ、火が生じる。
でもその前は、火は石の中にその能力?姿?力?を潜在させていた。
火はそこにあるけれど、マニュフェストしていない、出現していないので、
それを感覚器官、目を使って見ることができない。。。

私はこの例えばなしに、愛という火を重ねてみた。。。
そして深い瞑想に入った。。。

人と人、それぞれに孤立している時、そこに愛は見えない。
でも、接触があると、話したり、触れ合ったり、笑顔や喜びをシェアしたり、
悲しみを分かち合ったり、心を通わせると、そこに愛の火が生じる。
それはとても暖かい。
時には、スペシャルな強烈な炎となって、苦しく、焦げてしまいそうになり、
焼き尽くされそうにまでなる。

私たちはこうして愛の火を体験し、感覚器官とマインドを使って愛を味わう。
そうすることで、愛があるのだ、愛とはこのようなものなのだ、ということがわたったのだ。

でもそれはニルウ゛ァーナではないのだ。
炎は幻のようなもの。形や大きさを変えて、いつか消える。
永遠に変わらないのは、消えないのは、その炎の源だけ。。。
ブラフマン、アートマン、トゥルーセルフ、真の自己、本当の自分。。。

もし本当にそれを知りたいのなら、ニルウ゛ァーナへもどりたいなら、
このマニュフェストした目に見える愛にいつまでもしつこく執着することなく、
その源にフォーカスしなければいけない。。。

それはとてもつまらなくて、味気なくて、辛いものに、今は思える。
誰だって普通、マニュフェストした愛を、笑顔を、声を、姿を、求めるのでは?
私はまだまだ準備ができていないことを痛感する。

でも、それが、どこから来るのか、どこに源があるのかわかった。
そして、本当に私が求めているものも、永遠に変わることのない、永遠に消えることのないものだと。。。

インド日記2011その5:トゥラシガーデンで 

2011年10月13日(木) 19時22分
インド日記2011その5:トゥラシガーデンで

アンマのアシュラムにはトゥラシ(ホーリーバジル)のガーデンがあって、ハーバルティーなど作っている。
インドではとても聖なる植物として崇められていて、アーユルウ゛ェーダは免疫力を高めたり、呼吸器系にとても効果のあるハーブ。

そのガーデンが、なぜか突然、トラクターで破壊されてしまった。
何かの間違いだったようなのだが、それを必死に止めようとしないで、
呆然となされるがママに植物たちを死なせてしまったことを、アンマはとても怒った。
ヨーロッパへチャリティツアーに出ているアンマから、すぐに修復するように指示が出た。
そうするまで、断食するというのだ!!!

私たちはそれぞれ自分の仕事があるけれど、何はさておき急きょトゥラシガーデンへ行った。

朝7時。ガーデンはアシュラムから歩いて30分くらいのところにあった。
自然の中で、とてもすてきな場所。朝日がキラキラしていた。
私は、新しく耕して土をもったところを足で踏みならしていった。
きれいな細長い台形になるように、トップとサイドを一歩々々固めた。

サンダルしかなかったのでそれで作業していると、
アリさんたちに足をかまれていたくて痒くて大変だった。
日がのぼると、すごく暑くて、帽子が汗でびっしょりになった。

いつ終わるのか果てしなく思える作業だったけど、
とにかく地道に目の前の、自分の足元の土を、一足、また一足、固めていく。。。

これって、地に足つけろ!ってことかなあ?などと考えつつ、
マントラチャンティングしながら集中する。

どの暗い時が過ぎたのか、気付くと、かなり出来上がってきた。

後から作業に加わった人が、笑顔で言った、
"あなたの固めたところ、beautihul!!"

え?"ビューティフル?!"

そうかー、こうしたことにも"美"があるのねー。。。

そういえば、大磯の近所の畑は、プロの畑と素人に間貸ししている畑があるけど
プロの畑は美しい。
整然と区画の作り方も支柱の立て方も美しいし、道具やごみも置いていかない。

すべてを美しく作業したいと思った。
私のすべての作業が、行為が、美しい礼拝となりますように。。。
プロフィール
  • ニックネーム:Ayatana Healing Space
読者になる
Meena:
今の自分にできることを、精一杯、やりたいです。
ひとつひとつのトリートメントを大切にし、ひとりひとりとの出遭いを大切にして、それがいつか大きな愛と調和に繋がればいいな〜と思っています(^^)
いつも清らかで、元気なこころとからだで、誠心誠意トリートメントに向き合えるように、
試行錯誤しながらも(+o+)アーユルヴェーダ的な暮らしをこころがけています(^o^)丿
趣味はこの仕事、インド哲学の勉強、ヴェジクッキング、奉仕活動?
どこまでが仕事でどこからが趣味なのかよくわからなくなります。
たくさんのひとたちに支えられて、今があることに、感謝しています☆LOVE(^_-)-☆

7年間にわたり、東芝 情報システム営業部にてコンピュータのインストラクタ、英国輸入雑貨店 ハウスオブポタリー勤務。アロマセラピー商品の輸入・販売に携わり、自ら実践し、体質改善の効果の素晴らしさに感動する。
退職後、学習塾講師、パソコン講師、を掛け持ちしながら、2000年乃木坂グリーンハウス英国IFA認定アロマセラピストコース修了。
フォーシーズンズホテル椿山荘東京、横浜ロイヤルパークホテル、青山のヒーリングサロンAROMAWIZにてアロマセラピー、ストーンセラピー、リフレクソロジー、リンパドレナージュ、フェイシャル、ハワイアンディープティッシューマッサージ(ロミロミ)の施術。
カルチャースクール/企業/団体向けセミナー企画・講師、セラピストの養成等を経験。
さまざまなセラピーの原点ともいえるアーユルヴェーダを本格的に学ぶため、
2005年より毎年1ヶ月ほど、インドに滞在し、研修を重ねる。
2005年 Indus Valley Ayurvedic Center(マイソール) セラピスト・トレーニングコース修了。(4週間コース)アーユルヴェーディック・ビューティケアコース修了。
2006年 Shool of Ayurveda and Panchakarma(ケララ)アーユルヴェーディック・ビューティーケアコース修了。アーユルヴェーダ・プレグナンシーケアコース修了。チャイルドケア/ベビーマッサージコース修了。Indus Valley Ayurvrdic Centre(マイソール)セラピスト・トレーニングフォローアップ。
2007年 Visuddhi Ayurveda Clinic(ケララ)アーユルヴェーダ・パンチャカルマ体験学習。(40日間)
2008年 JIVA Ayurveda Clinic(ファリダバード)アーユルヴェーディック・ニュートリション&クッカリーコース修了
2009年 KAL Ayurveda Hospital/HRD Centre(ケララ)アーユルヴェーディック・ニュートリション&クッカリークラス修了。アーユルヴェーディック・ホームレメディ特別クラス修了。婦人科系疾患特別クラス修了。 Amrita School of Ayurveda(ケララ)インターナショナル・アーユルヴェーダ・ワークショップ修了    
ケララ州、アンマ(シュリ・マータ・アムリタナンダマイー)のアシュラムに滞在し
インドの叡智をわかりやすく説くアンマの教えに深く感銘を受け、
NPO法人国際チャリティ協会アムリタハートにて奉仕活動に携わる。

2009年湘南に住むセラピスト仲間と集まり、"気づきを持って生きる"スタイルを提案する「湘南コンシャス・リビング」をたちあげる。
アーユルヴェーダ、ヨーガをはじめとする様々なコラボレーション・ワークショップやイベントを企画。

Ayatana Healing Space、Ayatana school of healing主宰。アーユルヴェーダ他各種トリートメントを施術。
ベーシックからセラピスト養成まで、様々な講座も開催している。2000年IFA認定アロマセラピスト資格取得。
(※IFA=International Federation of Aromatherapist。英国に本拠地を置く国際アロマセラピスト連盟)