khaos

July 17 [Sun], 2016, 1:42

 あらゆる不安が押し寄せ、こころが波打ち、うまく寝付くことのできなかったその日、ぼんやりした頭で、夕飯の買い出しにでかけた。
 とても暑い日だった。
 大通りを行き交う人々は、叫びだしたくなるようなコンクリートの照り返しに顔をしかめている。
 よれよれのスーツを着た青年は、コンビニの看板のうしろに隠れるように立って、棒付きのアイスをなめていた。顔が真っ赤だったのは、暑さのせいではなかったと思う。
 学校帰りの子供たちは、汗だくになりながら、楽しげに歌を歌って歩いていた。ほとんど叫んでいるみたいな、うっとおしいくらいの音量だったけれど、いまこの世界を楽しげに生きる子供たちは、希望そのものに思えた。僕が空なら、きっと褒美の雨を降らしただろう。

 スーパーの花屋には、真っ赤なほおずきが並んでいた。ついつい買ってしまったけれど、そのあと三日分の食材を買い込まなくてはいけないことを思い出して、ほおずきが潰れてはしまわないかと不安になる。
 結局灼熱のなかを、ほおずきを抱えて引き返すことにした。

 ふたたび大通りに戻ると、子供たちの歌も、アイスを食べる青年も、もうどこにもいなかった。
 世界はどんどん入れ替わる。けれど、悪くはない気分だった。

 


 選挙の日、投票を済ませてから、自転車で埠頭を走った。この一年、自転車にハマっていて、すごいときは一晩で100キロ走ることもある。
 新大久保のドンキホーテで、いつ行っても売れ残っていた、彼の名前はロンリーという。長距離を走っていいような代物ではないし、安物のせいかあっという間に錆びついてしまったけれど、ロンリーは大切な僕の親友だ。

 いい風が吹いていた。いくらか星もきらめいていた。
 満足するとそのまま森美術館へ向かって、クロッシング展の最終日へすべりこんだ。おそろしく時代と、そして自分自身とリンクした展示で、会期中何度足を運んだかわからない。

 それぞれの切実な現実が、祈りが、願いが焼き付けられた作品たちは、どれも純度が高く、素通りできるものなんてひとつもなかった。
 だけど最後の日は、あるふたつの作品が突きつけてくるものに、特に釘付けになった。

 ひとつ目は、山城大督さんの、「トーキングライツ」。
 四角い空間の隅に配置された、あるべき形も、持っていた意味さえもうしなった「モノ(あるいは、者)」たちが叫ぶ。

「わたしの声を聞いてくれよ」

 だけど真ん中に置かれた、透明なガラスの壺には、その声が届かない。どんな叫びにも、問いかけにも、「ふーん」「わかりません」「へえ」とそればかり。
 俯瞰で見ていると、壺の態度はひどく滑稽に思える。だって壺は、渦のど真ん中、つまり物語の当事者でありながら、他人事のような態度を取り続けているのだ。

 なにか明確な意味を形作りそうで、ふわふわとそれを回避していたパフォーマンスは、突然差し込まれたアナウンスによって、はっきりとその輪郭を持ち始める。

「あれから5年が経ちました」

 5年、僕たちの5年。関心と無関心。叫びと空虚。生と死。
 本当は、当事者でない人なんて誰ひとりいなかったはずなのに、過ぎ去って、どこか夢のなかの出来事のようになってしまっている部分が、正直ある。それだけ、つらかったということでもあるけれど。

 終盤、そんなずるい世界に向かって、モノたちが声を合わせる。その世界にはもちろん、観客である僕たちも含まれている。

「まわれ、まわれ、まわれ」

 世界は「まわる」だろうか。僕たちは「まわれる」だろうか。
 いや、まわるんだ。少なくとも、この作品のなかでは。
 そして命も、愚かさも繰り返す。
 
 ふたつ目は、小林エリカさんの「日出ずる」。
 薄暗く、狭い空間に、チクタクという秒針の音が響いている。
 観客は、おどろくほどのヒントのなさに半ば呆然としながら、壁に浮き上がった文字を読む。
 それは蓄光素材で書かれていて、読んでいくとどうやら、ある少女に訪れた、平凡な朝の記録だということがわかる。
 やがて、時計のリズムに「サンライズ・セレナーデ」の音色が混ざりはじめ、テンポが早まるにつれ、みるみる空間が明るくなっていく。

 朝がきたのだ、と思う。

 しかし希望の朝とは雰囲気がちがう。だってうつくしいはずの「サンライズ・セレナーデ」が、ひどく不穏に聞こえてくるのだ。
 予感は的中し、ある時間きっかりに、太陽のものとは思えない、目のつぶれるような光が空間に放射される。
  
 この作品は、広島・長崎への原爆投下、アメリカの核実験、そして太陽の光のイメージを、作者が三つ編みのように圧縮して絡めていて、おそろしかったのは、強烈な光の威力によって、綴られていた文字も、空間の境界線も、自分さえも消え去ったということだ。

 すさまじい光は、積み上げてきた文字、言葉を一瞬で奪う。
 言葉って、人生だ。つまり命そのものじゃないか。

 圧倒されている間に、空間は暗転、ふたたび壁に文字が浮き上がる。
 つまり光によって文字が生まれ、光によって奪われるということの繰り返しを、あの空間は表現していたのだと思う。

 繰り返す。「トーキングライツ」でも、感じ取ったワードだったけれど、くらくらしながら会場を出て、展望台で東京の夜景を眺めながら、無常さを感じずにいられなかった。

 自分が信じている世界と、渦を巻きながら沈下していく、いまこの世界には、乖離がある。
 というより、まったくもって別のレイヤーの話なのに、重ねて見てしまってるという感じか。
 できれば都合よく、片方を取り払いたいけれど、そうも行かなさそうだ。
 答えはまだ出ていない。けどこうして、吐き出しておきたかったんだ。

 
 *







 
 


photo

July 15 [Fri], 2016, 15:23

いまの自分は、自撮りよりも、友達が撮ってくれた自分のほうが好きだ。











撮ってくれたのは、フォトグラファー、bahhaこと尨犬晃。

シ・帝国

February 26 [Fri], 2016, 19:25

写真家の中山正羅さんに撮ってもらった、連載「私帝国」のための写真。とても気に入っている。

自撮りの自分、友人が撮ってくれた自分、中山さんが撮ってくれた自分、そしていまここにいる自分。
混乱もあったけれど、いま現在、ひしめいている僕たちは、すこしも分裂していない。

いろんなこと

August 15 [Sat], 2015, 22:06

 おかまの自称という自傷をやめます、と宣言した記事を、いまだに読んでくれる人たちがたくさんいて、その流れに乗って読み返してみたら、自分のたくましさに、自分で励まされてしまった。

 おかま、という記号を受け入れていた日々の悔しさ、とてつもない厭世観は、ちょっとものすごいものがあった。いまだに夜、あの頃のことを思い出して眠れなくなったり、パッと目が覚めたら泣いていたりすることがある。
 はっきり言って、記号を押し付けてきた人たちにも、便乗して踏みつけてきた人たちにも、めちゃくちゃ怒っている。自分ではじめたことじゃん!と言われたらそれまでなのだが、でも自分ではじめる、というところに行かなければならなかったのは、どうしてかって話である。
 もちろん、それに屈し、差別的な価値観に加担してしまった自分のことは、なにより許せないままでいる。

 ちなみに、「おかま」という記号への拒絶は、「おかま」という記号に属されてしまう人たち、それに争わないことを選んだ人たちへの拒絶ではない。どう戦うか、という差でしかないから。
 こうして勝手に囲われたり、弄ばれたり、囲いのなかで対立させられたりする構造、状況そのものへの拒絶なのだ。これは女性差別にも言える。

 それと、前回のブログでは、まだ頭がまとまっていなかった部分もあり、怒りのままに書いてしまったが、「おかま」という記号を貼っていた当時、読者さんや、関わった編集者さんたちのほとんどは、「アヤちゃんがおかまだから、仕事を頼んだわけじゃないよ」と、言ってくれる、書かせてくれる人たちばかりだった。本当に感謝している。
 記号に甘んじ、道化であろうとしていた自分の姿勢を、叱ってくれる人もいた。
 もちろん、記号だけを消費しにくる人も、いなかったわけではないのだが、そういう人たちは、わりとあっさり離れていった気がする。

 あの日々を経て、というか、この人生だったからこそ、わかるようになったことも、感じられるようになった痛みもたくさんあって、だんだんと、それが見えてくるようになった。
 だけど、どうしても思ってしまうのだ。
 自分の性別も、性的指向すらもわからなくなるほどの混乱って、必要だった?


 それでも自分は、とりあえず、なんとかスタート地点には立てたんだと思う。
 自分は、だれがなんと言おうと自分だし、どんな嘲笑にも負けない。肉体も思想もすべて自分のものだから、もう誰にも譲ったりはしない。
 なのにこんな生き方、人らしい生き方、したことがないから、わからなくなる。

 本当にこれでよかったんだろうか。これを、自分は望んでいたんだろうか。

 前向きな再構築、リベンジの闘争を、「ホーム・スイート・ホーム」「私帝国」というふたつの連載ではしていくつもりだった。
 だがふたりの自分は、見事に揃って、明るい方へは行っていない。一方は沈み、一方はヘラヘラとあらぬところを走っている。なんとなく終わりが見えてきて、自分の心がどうなるかを観察しているところだが、もしかしたら希望なんて、書けないかもしれない。でもあと少しだけ、ギリギリまで、がんばってみようとも思っている。
 いつか振り返ったときに、愛おしい日々になってくれたらいいな。
 いまはそれだけが、楽しみって感じだ。

自撮り

March 10 [Tue], 2015, 13:20
 ツイッターだと、流れていってしまうのに耐えられないので、
自撮り画像を、とりとめもなく、貼らせていただきます。

 なにかに没入するたびに、「気が狂ったのか」と言われ、人が離れていきますが(トホホ)、でも、意味のないことなんて、僕は一度もしたことがありません。ぜんぶ意味があって、やってる。
 とかいいつつ、ただひけらかしたいだけだったりして。
 でも、それでいいじゃん。なにが悪いんだよ、自分の顔だよ。
 そう、言えるようになったんだよ。






イケメン特集に己を推薦するという愚行も。ブロスさん、ありがとう!








ご報告

September 18 [Thu], 2014, 22:47

こちらではお久しぶりです。少年アヤです。
最近、“おかま”の自称という自傷をやめるという、個人的におおきな出来事があり、ツイッターではフォローしきれないので、ここに書いておくことにしました。

“おかま”の自称をはじめたのは、19歳の春です。
それまで、多少ナヨナヨしたところのある、少女趣味の男子、として生きていたし、そのスタンスでブログも書いていましたが、世間からのプレッシャーと、劣等感をずっと感じていていて、それといちいち戦うのに疲れたのと、ラベルひとつで楽になれるなら、という思いで、ついに白旗をあげてしまいました。

「おかま」というラベル、記号のおかげで仕事を得られたり、読者が増えたりと、いいこともたくさんありましたが、それによって擦り切れていく部分のほうが多く、気が付いたらローソンに駆け込んでからあげクンを大漁に買い、ラーメンの丼に盛って一晩中食べたりしていました。結果、17キロも太り、“おかま”として呼ばれたイベントの壇上で、ひとこともしゃべれなくなってしまったこともありました。

ご存知ないかたも多いようですが、“おかま”は蔑称、差別用語です。
わざわざ自称する人(タレントさんとか)が多いのは、うまく逆手に取って世渡りする生き方を選んだ、ということです。そういった姿勢が差別を助長するという指摘もありますが、私は社会構造上仕方のないこと、やむをえない生存戦略だと思っています。個人の選択の善し悪しでははかれない問題です。というか、だから差別って難しいんだ。


ですが、自称と引き換えに、笑顔で踏みつけてくる世間(バカの集合体)に疲れたのと、こういう生き方を選ぶことで、そうしなかった誰かの立場が苦しくなることに(自分は)もう耐えられないので、やめることにしました。

私は男子です。フリフリやキラキラの大好きな、男子です。

これを言いきるが、世間抑圧うんぬんもそうですが、なにより自分に対して出来なかった。自分は男だ、と宣言することに、強い罪悪感があった。だって、ずっと笑われてきたんだもん。



詳しいことは、本に書きましたので、読んでいただければ幸いです。「焦心日記」、河出書房新社より発売中です。連載していた一年間、見るつもりのなかった自分が次々と迫ってきて、私に書けってささやいた。
(当ブログを元にしたエッセイ集「尼のような子」もおねがいいたします。)

ついでに、セクシュアリティについてですが、どうやら、ゲイだと断言するのはちがうみたいです。(そのつもりで生きてきたから、自分でも動揺している!)というか、セクシュアリティの断言なんて、私はしたくないのかもしれません。だって、人ってうつろっていくものだから。いまはとりあえず、女の子も男の子も素敵だと感じている、という感じでしょうか。


長い葛藤でした。しかしようやくひと段落がつきました。
けどそれは、完全なるハッピーエンド、完全なる解放ではありません。休む間もなく、大小さまざまなハードルが、目の前に現れています。
つくづく、たった一人が自由に生きることさえ、こんなに難しい世界なんだなあと痛感しています。わかっているけれど、だけど、自由になりたい。もっと明るいところを目指したい。
いまの自分は、それが生きるということだと思っているから。

こんなぼくですが、今後もどうぞ、ごひいきに。






追記:新連載、ホーム・スイート・ホーム、はじまりました。家を出て、記号を剥いで、素っ裸になってしまったぼくの、再構築の記録です。


P R
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