重い 

March 23 [Sun], 2008, 18:19
眼の調子はだいぶ良くなってきていて、うっすらと左眼でもものをみることが出来るようになってきた。

薬ってすごいと思った。

まだ、文字を判別するとか、これまでと同じように見えるというわけにはいかないので、仕事は休んだままです。

でも、眼がなおったら??

また、あの職場に行かなくちゃならないの??

もうすでに、実家への引っ越しを決めていて、その準備をこの休職期間のうちにしているわけなんだけど、
やる気がおきない・・・

眼のことが発覚する前に、京都のこの会社であの子がいると思うと私は働けませんという意思は伝えている。
私に「一番自分がなにがしたい?」と上司が聞くので、
「実家に帰りたい」と答えた。

実家に帰って、しばらく休養して、そして東京支店でもし働ける状態になったら、東京勤務にしたらよいと。
でも、もし東京でも無理ならそのときは退職というかたちになるけれど。それならそれで、仕方ないって言ってくれてた。そのときは。
いまはどうなんだろう。


とりあえず、休めるだけ休もう。

明日の半日 

March 17 [Mon], 2008, 21:27
明日午前中に会社へ行ったら、そのあとはやっと休職開始です。

いまのところ、有休が残っているので、有休を使うので、給料はなんとかなりそうな感じです。

ゆっくり家で静養して、眼も心もなおるといいな。

新しい病気 

March 16 [Sun], 2008, 22:16
水曜日の夜に、
「あれ、左眼見えてなくない??」
と気づき、木曜日はお休みだったので、朝から近所の眼科へ。

ひととおりの検査をしたあと、病名も言わず、私立病院への紹介状を書くからそっちへ行きなさいと言われました。

そのまま、市立病院へ行き、いろいろ検査もしてMRIもやって、なんと10時〜17時まで病院へ滞在していた。

結局、病名は
「視神経周囲炎」なるもので、現状は左眼の視力がほぼゼロ。近眼とかのレベルではなく、右眼をかくしてしまうと、暗闇の世界。
薬を飲んで、自宅療養をしながら経過をみていきましょうということになった。

うつ病では、なんとなく自分で「この日まではがんばらなくちゃ!」と無理をして
休職をするのをのばしのばしにしていたけれど、今度は、もうお医者さんの言うことを聞いて、休職することにした。
期間は1週間〜2週間程度。
明日と明後日の午前中だけ、引継で会社には行くけど、それからはしばらくお休みさせてもらいます。

他の人にたくさん迷惑をかけてしまうけど、休めることが決まって、私の心はだいぶ軽くなりました。

しかも土日で、母がかけつけてくれ、心療内科へも同行してくれ、一緒に過ごしました。
それもよい薬になりました。

とりあえず、まずは眼をなおすために、休みます。
うつ病も、それで少しはマシになるはずです。

ただ、会社に戻る気はほとんどありません。
休職期間が終わったら、退職するつもりです。
そして実家に帰ってのんびりすごす予定です。
そういう話も母としました。

京都ともそろそろおさらばです。
さみしいけど、私にはゆっくりと休むことが必要です。

母に伝える 

March 07 [Fri], 2008, 22:04
最初に病院へ行ってから1週間。
昨日2度目の診察。

状況は、まだかわらず、1週間だけしか経ってないし当たり前か。
薬の量が増えた。少しだけ。

心理テストの結果も聞いた。よくわからないけど、当たってると思った。

家に帰り、そろそろ母に言おうと思った。
母は悲しむかもしれない。大事に育てて来た娘が、知らない間にうつ病になっていた。自分を責めるんじゃないか?そんな不安をかかえながらも、それでも、今の自分の状況を母に聞いてもらいたいと思った。
だから電話をして、母にうつ病と診断されたこと、その原因になっているおおまかなこと、今の気持ち、それらを話した。
母は電話口で真剣に私の話を聞いてくれた。

そして、
「つらい状態が続いたときに、ちゃんと自分で判断してお医者さんに行って、治療をしようとしたあなたはえらいよ。あなたがちゃんとそういう風に動ける子でよかった」
と言ってくれた。

新幹線を乗り継いで、6時間ぐらいはかかるであろう距離から、母は心配しながらも、私の行動をほめてくれた。

おかあさんありがとう。

辛かったら帰ってきちゃいなって。
会社のことを考えるよりも自分のことを考えなって。

そうだよね。それはそう思う。

母は、人に言わずに自分の中に溜め込んでしまったらよけいに辛くなるから、辛いときはいつでも電話しておいでと言ってくれた。
そういえば、昔に比べて実家に電話する回数は減っていた。

なんでもないことでもいい、たいした話じゃなくてもいい、電話をして会えない間は声を聞かせてあげよう、声を聞こうと思った。

私が正月に帰ったとき、なんかちょっとおかしいなと母は感じていたそうだ。原因はわからないし、私もとくに何かをいうわけでもなかったし、わからないけど今までと違うと。
やっぱり母はすごい。
わかっちゃうんだね。


同じ日に、京都で一番付き合いが長く、大事な大事な友達にメールでうつ病のことを報告した。
18で京都に来て、それから出会ったいろんな大事な友達、ほとんど京都を今は離れているけれど、彼女はずっと京都にいる。だから自然と私のいろんなところを一番見て知っているし、私も彼女のいろんな部分を見て来ている。
表の陽気で明るい顔の裏に、とてもナイーブな心を持ち合わせている。
彼女からの返信は、
ゆっくり休め。気長に待ってる。復活祭たのしみにしてるから
というようなものだった。

ありがとう。

日曜の夜は嫌い 

March 02 [Sun], 2008, 22:45
お休みが終わってしまう。

明日になったら、また会社に行かねばならない。

昨日、ひょんなところで、嫌いな彼女の名前が出た。吐き気する。

朝から席替え、してほしいです。
顔が見えないように。声が聞こえないように。
なるべく、遠くで。

上司に報告 

February 29 [Fri], 2008, 21:25
昨日仕事を休んでいたため、朝一番に上司に「大丈夫?」と聞かれました。

うつになったことは報告するつもりだったので、「実は昨日行ったのは診療内科で、うつ病だと言われました」と正直に報告しました。

彼は、私の今の状態の原因をわかっていたんでしょう、午後ふたりで話をしているときに、私が働きやすい環境をつくるべく、一緒に考えてくれました。
私のうつ状態をつくりだした最大の原因、隣の席で働く女性。彼女となるべく近づかずに私が働けるよう、考えてくれました。
善は急げじゃないけど、来週月曜日に席替えします。彼女の隣からやっと離れられます。

他にも、すぐに出来ることはしてくれるということで、すぐに動いてくれました。
とてもありがたかったです。

これで、状況がどうなるか、それはやってみなければわかりません。
状況がよくならなかったら、次の方法を考えようと言ってくれました。

彼女に対して、しんどい思いをしているのが、私が初めてだったらまた違ったかもしれないけど、その上司も他の社員の2人の男性も、転勤した男の子も、彼女に対してしんどい思いをしていたことをその上司はずっと知っていたから。
だから、すぐに察知して動いてくれたのかもしれません。

うつ病になってました 

February 29 [Fri], 2008, 0:25
正月ぐらいから、おかしいなと思ってた。

仕事がイヤなのは、前から思ってたけれども。

唯一の私の心の洗濯、友達と遊ぶこと+マンガ、これさえも楽しめなくなってきて、毎日気がおかしくなりそうになりながら、でも仕事に行かなくちゃならなくて。

こないだ友達に誘われて仕事後、友達の待つお店までは行ったものの、すぐに帰った。帰ることを選んでしまった。
それから、毎晩泣いて泣いて、こりゃもういかん、病院に行こうと決意しました。


今日、どうしても会社に行きたくなく、休んで心療内科へ。
「あなたはうつ病ではありませんよ。大丈夫」そう言われれば、気持ちが楽になる。
「あなたはうつ病です。治るから、治療しましょう」そう言われれば、治療をはじめれば、治るんだと、気持ちが楽になる。
どっちにしろはっきりさせたいというのがあって、行った。

結果は、予想通り、「うつ病」でした。

薬をもらって、来週また行きます。来週は心理テストの結果がわかるらしい。
お医者さんに仕事を休むことをすすめられたけど、今すぐ休みますというわけにはなかなかいかず・・・

あした、とりあえず上司に報告してみる。
それから、休めるのか休んだほうがいいかを考える。

病院でも泣いたけど、薬を飲んでいるおかげか、今日はその後泣いてはいない。
仕事休んだからかもしれないけど。
でも、睡眠薬は効き目がない。おかしいなあ。
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