「
夜船閑話」という本を読んでからの疑問がありました。
この本は白隠禅師という禅のお坊さんが書いた健康本。
以前九州国立博物館であった細川家の至宝展で、
病弱だった細川護立氏が、この本を読んで感銘を受け、実行したところ、すこぶる健康になったという逸話があったので、ものは試しと読んでみました。
そのなかに、夜寝る前に行うとよいとされている、内観の法、というのがあって
主に呼吸法のようなのですが、
その呼吸にあわせ、
いくつかの言葉を繰り返し唱えるとよいと書かれていたんです。
読んだ本には、その言葉を現代風に訳したものも載っていたのですが、
どうやら、
極楽浄土は自身の体の中にあり
それは必然的に極楽浄土にいるという弥陀も
自身の身体の中にいるというこである。
そういう意味ののことを繰り返し唱えるようにと、
いうことのようなのです。
なのです、、という風にしか理解できていない自分が情けないですが。
では、
自身の身体の中に弥陀がいる。
そのことを認識することで、何を気づかせたいのか、
そのことを認識することで、日々の生活に対する心構えがどう変わるのか、
ぴんと来ませんでした。
それが何となくわかったんです。
間違ってたらごめんなさい。
竜巻や地震。
人知を超えて、英知をもってしても避けることのできないことが
あるという事実。
しかも、結構多い。
ならば、今日できることを100%やるしかないよね。
そういう話にFBでなりました。
あ〜、そういうことか、と、思ったんです。
自身の中に極楽浄土があり
自身の中に弥陀がいる。
ならば、過去を悔やみ、未来を憂えることなく
今できること、今しなければならない事
今に集中して生きようということかな、と。
過去に起こったことは、自分のなかにいるはずの弥陀が引き寄せた、たぶん自分にとって意味のあること。
未来のことも、自分のなかにいるはずの弥陀に任せたらいいんじゃないかと。
任せすぎかな。
でも、
自分ではどうすることもできない天災がてんこ盛りの近頃では、そう考えた方が生きやすいかなあと思います。
茶道の根底には禅の教えがあります。
茶道では、一期一会を大切にします。
茶会に集まる方のために、
庭、茶花、お道具、お水にいたるまで
精一杯のもてなしをします。
まさに、今に集中します。
一期一会とは、「次はないかもしれないよ」、ということ。
己心に弥陀がいる
そのことが、
そういう風に生きよう、という心構えにつながる。
自分のわかる範囲での解釈ですが、
たぶんそういうことかな。
そう思った今日でした。