透明な鱗/金魚
February 16 [Sat], 2008, 11:50
陽の光、風に揺れる花々が美しい。
窓の近くには、ダイヤモンドのようにカットされたガラスの飾りがふたつぶら下がっている。
元々はクリスマスツリーのための飾りとして、輸入雑貨店で売られていたものだ。
私は、それを一年中飾る。
ガラスは、光を浴びてきらきらと輝いている。
ある種の悲しみを感じる時、世界が美しく見えるのは不思議だ。
人間のふりをしているけれど、私は人魚だ。
透明な鱗がある。
病気がちだから、人魚になってしまったのか。
人魚だから、人間の世界では病気になってしまったのか。
人魚は、人間にも魚にもなれなくて、街の片隅でたまに小さな花になりたがったりする。
長い髪に包まって夢を見たがったり、同じ人魚の友達を欲しがったりする。
人魚は、いつか人々に美しい歌を届けることを夢見る。
白昼夢の中で、少女は恋をしていた。
夢の中だけで会える恋人には、顔がない。
その恋人がいるでせいで、彼女は現実の恋人たちにはどこか冷たかった。
男たちに抱かれても、冷たい少女のままで、女になり、燃え上がって心まで焦がすようなことはなかった。
彼女は、現実に存在するたったひとりの男に恋をすることができず、気に入った男たちみんなに淡い恋心を抱いた。
女と呼べるような年齢になっても、彼女の心は少女のままだった。
彼女は、いつも仄かなメランコリーに包まれていた。
ある種の男たちは、彼女の悲しみを理解できないまま、その不思議に澄んだ眼に惹かれた。
男たちは、自分には理解することのできない彼女に神秘を感じた。
水の中に棲んでいるような少女に、男たちは欲望の火をじりじりと燃やした。
ある日、彼女の前にひとりの若い男が現れた。
それまで、彼女が気に入るのは、年上で自分に自信のある男たちばかりだったが、その男は同じ年の平凡な男だった。
男は、彼女に自分の全てを差し出してしまうようなやり方で、不器用に激しい恋心を燃やした。
彼女は、生まれて初めて恋に落ちた。
激しい恋だった。
それまで、彼女は淡い恋心を抱くだけで、恋に落ちたことは一度もなかったのだ。
恋人に抱かれながら、彼女は徐々に言葉を失い、話すことも聞くこともできなくなっていった。
彼女の眼に映る世界は、青白く澄んでゆく。
彼女は怖がって泣いた。
男はそんな彼女を抱きしめようとしたが、言葉を失ってゆく女の肌は滑らか過ぎて、男の腕から滑り落ちてしまう。
男は途方に暮れた。
精神病院へ入院した彼女のもとへ、男は見舞いに来た。
彼女は、完全に言葉を失っていた。
男は彼女に話し掛けるが、彼女は男の言うことを理解できない。
彼女は、恋人に好きだと伝えるために口づけをした。
ふたりは、悲しく切なかった。
男が帰ってしまうと、彼女はひどく寂しがった。
病院には水槽があって、そこでは金魚が飼われていた。
彼女は寂しさを紛らわすために、水槽を眺めていることが多かった。
青白い世界の中を、真っ赤な金魚が泳いでいた。
窓の近くには、ダイヤモンドのようにカットされたガラスの飾りがふたつぶら下がっている。
元々はクリスマスツリーのための飾りとして、輸入雑貨店で売られていたものだ。
私は、それを一年中飾る。
ガラスは、光を浴びてきらきらと輝いている。
ある種の悲しみを感じる時、世界が美しく見えるのは不思議だ。
人間のふりをしているけれど、私は人魚だ。
透明な鱗がある。
病気がちだから、人魚になってしまったのか。
人魚だから、人間の世界では病気になってしまったのか。
人魚は、人間にも魚にもなれなくて、街の片隅でたまに小さな花になりたがったりする。
長い髪に包まって夢を見たがったり、同じ人魚の友達を欲しがったりする。
人魚は、いつか人々に美しい歌を届けることを夢見る。
白昼夢の中で、少女は恋をしていた。
夢の中だけで会える恋人には、顔がない。
その恋人がいるでせいで、彼女は現実の恋人たちにはどこか冷たかった。
男たちに抱かれても、冷たい少女のままで、女になり、燃え上がって心まで焦がすようなことはなかった。
彼女は、現実に存在するたったひとりの男に恋をすることができず、気に入った男たちみんなに淡い恋心を抱いた。
女と呼べるような年齢になっても、彼女の心は少女のままだった。
彼女は、いつも仄かなメランコリーに包まれていた。
ある種の男たちは、彼女の悲しみを理解できないまま、その不思議に澄んだ眼に惹かれた。
男たちは、自分には理解することのできない彼女に神秘を感じた。
水の中に棲んでいるような少女に、男たちは欲望の火をじりじりと燃やした。
ある日、彼女の前にひとりの若い男が現れた。
それまで、彼女が気に入るのは、年上で自分に自信のある男たちばかりだったが、その男は同じ年の平凡な男だった。
男は、彼女に自分の全てを差し出してしまうようなやり方で、不器用に激しい恋心を燃やした。
彼女は、生まれて初めて恋に落ちた。
激しい恋だった。
それまで、彼女は淡い恋心を抱くだけで、恋に落ちたことは一度もなかったのだ。
恋人に抱かれながら、彼女は徐々に言葉を失い、話すことも聞くこともできなくなっていった。
彼女の眼に映る世界は、青白く澄んでゆく。
彼女は怖がって泣いた。
男はそんな彼女を抱きしめようとしたが、言葉を失ってゆく女の肌は滑らか過ぎて、男の腕から滑り落ちてしまう。
男は途方に暮れた。
精神病院へ入院した彼女のもとへ、男は見舞いに来た。
彼女は、完全に言葉を失っていた。
男は彼女に話し掛けるが、彼女は男の言うことを理解できない。
彼女は、恋人に好きだと伝えるために口づけをした。
ふたりは、悲しく切なかった。
男が帰ってしまうと、彼女はひどく寂しがった。
病院には水槽があって、そこでは金魚が飼われていた。
彼女は寂しさを紛らわすために、水槽を眺めていることが多かった。
青白い世界の中を、真っ赤な金魚が泳いでいた。