「ボルト」

February 29 [Wed], 2012, 23:55


「犬が主人公のアニメ映画ってのはあまり目新しさが無かろう」というのが、この映画が劇場公開された当時からレンタルショップで旧作として並んで久しい現在に至るまでの唯一の印象だった。
故に、いくら低迷していたディズニーが絶好調のピクサーを完全小会社化した心機一転の快作という情報を伝え聞いてもなかなか食指は動かなかった。
アニメーションのクオリティーの高さは例によって折り紙付きなのだろうとは思ったが、快活な犬の活躍を描いた幼稚なファミリー向け映画なのだろうと高をくくっていた。(未だかつて、ディズニーやピクサーの映画が完全に“幼稚”だったためしなど殆どないのだけれど……)

前置きはこれくらいにして、結論を言おう。
もうね、最高としか言いようがない。これまた素晴らしいエンドロールを観ながら、「最高!ボルト!」と高らかに声を上げたいくらいだった。

個人的に“犬好き”なので、涙腺が緩んだポイントなどは挙げればきりがない。
ブロックバスター映画顔負けの劇中映画を描いたオープニングで、主人公ボルトが飼い主の少女を綱で引いてハイウェイを激走するシーンはもとより、その前のプロローグ場面から涙腺は緩みっぱなしだった。

そんな“犬好き”を惹き付けることなんてことは、この映画にとっては朝飯前のことだったように思える。
今作において最も特徴的で素晴らしいことは、“犬を犬として描き切っていること”だと思う。
他の多くのディズニー映画と同様に、今作においても動物たちは生き生きと喋る。しかし、それはあくまで動物間でのやり取りに限られており、必要以上に擬人化はされていない。
主人公の飼い主の少女をはじめ、登場する人間からは犬は犬、猫は猫、ハムスターはハムスターとしか見えておらず、きちんとそういう描かれ方がされている。
今までもそういう設定のアニメ映画は多々あったろうが、この映画で描かれている世界観は、あくまで人間社会の中で生きる動物たちのお話であり、動物が動物らしく描かれていることが、紡ぎ出されるドラマ性をより効果的に高めている。
それは、クライマックスで主人公が愛する飼い主を救い出すシーンのちょっと驚くくらいの「地味さ」を観ても明らかだ。

娯楽映画として単純な見た目の盛り上がりの乏しさに対して不満を漏らす人もいるのかもしれないが、この映画におけるその徹底した「犬の犬らしさ」こそが、ディズニーの動物映画としては珍しいほどのリアリティ感を生んでいると思う。

この当たり前のように言っている「犬を犬らしく描き出す」というアニメ表現を、さも当然のように成し遂げているディズニー・ピクサーの圧倒的な技術力と表現力に、改めて舌を巻いた。
それぞれのキャラクターの立たせ方、伏線を生かした小気味良い展開力、脚本自体が巧いとしか言いようがなく、それがこの魔法のようなアニメーション技術によって形作られているわけだから、面白くないわけがない。

前述の通り“犬好き”で簡単に涙腺が緩んでしまうので、逆に「犬映画」は積極的に観ないし、あまり好きではなかったりもする。
だからこそ敢えて言いたい、この映画こそ史上最高の「犬映画」だと。


「ボルト Bolt」
2008年【米】
鑑賞環境:Blu-ray(字幕)
評価:9点

「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー」

February 28 [Tue], 2012, 21:00


「アイアンマン」以降、ここ数年間のマーベル作品は、いよいよ公開間近の超大作「アベンジャーズ」の贅沢な「布石」としての立ち位置のものが多く、“祭り”開催前のカウントダウン的な高揚感を持てるかどうかで単体映画としての楽しめ方は大いに変わってくる。
そういう意味で、「アベンジャーズ」公開前の最後の布石となった今作は、特に“前日譚”的なニュアンスが色濃く、もし「アベンジャーズ」に対して大した期待を持っていないのならば、酷くありきたりで退屈な映画に見えても仕方ない仕上がりになっていると思う。

敢えてマイナス要素から挙げるならば、アメコミ映画の最大の見所であるべきアクションシーンがつまらない。世界大戦当時が舞台となっているとはいえ、繰り返されるアクションのシークエンスがことごとく古臭く見え、テンションが上がってこなかった。
ひたすら“盾”を投げつけて敵を倒していくキャプテン・アメリカの闘い方そのものに工夫が無く極めて地味だったと言わざるを得ない。

ヒューゴ・ウィービングが演じる悪役も、「本性」を見せる前まではウィービング独特の雰囲気が功を奏し独特の禍々しさを携えていて好感が持てたものの、“レッドスカル”としての姿を露にした途端、悪い方向に“マンガ的”に映ってしまい、それまであった存在感がトーンダウンしてしまっていると思う。
この悪役の存在感の弱さが、スーパーヒーローの地味さに直結してしまっていることは明らかで、スーパーヒーロー映画において悪役の存在性が重要であることを皮肉にも表してしまっている。

一方で、主人公の生い立ちそのものとスーパーヒーローに成っていくプロセスには、他のスーパーヒーローにはない哀愁があり惹き付けられた。
脆弱な“チビ”そのものの主人公が溢れる正義感を抑えきれず、自らの身体と人生を捧げていく様には、どうしたって応援したくなる魅力があり、このキャラクターが愛される理由がよく分かる。
その主人公のそもそもの人間性に裏打ちさせたこの映画のクライマックスの顛末にも、ありきたりではあるけれど素直に感動させられてしまったと言える。

そうしてお決まりのように付加されている「アベンジャーズ」へのエピローグ。むしろこのエピローグこそが最大の高揚ポイントであることは、この映画単体としては非常に問題だが、いやが上にも“アガッて”しまうことは否定出来ない。


「キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー Captain America: The First Avenger」
2011年【米】
鑑賞環境:DVD
評価:5点

「妻は告白する」

February 28 [Tue], 2012, 1:07


映画の最終盤、若き若尾文子が雨に打たれずぶ濡れになった姿で愛する男の前に現れる。その姿は狂気的で、あまりに美しい。
撮影を重ね、よほど感情を盛り上げて挑んだのだろうと思われたこの映画随一のそのシーンが、撮影初日に撮られたということを知りまず驚いた。そして、当時若尾文子はこの程度の映画を年間10本以上のペースで撮り続けていたというのだから、もの凄いとしか言いようが無い。

映画監督の西川美和がある誌面でこの映画を絶賛していたこともあり鑑賞に至った。成る程、物語の序盤から西川監督作の「ゆれる」を彷彿とさせる要素が多々あり、多分に影響されているのだろうと想像できた。

登山の最中に滑落事故が起こり、ザイル一本で宙づり状態になった3人の男女。絶体絶命の状態の中、中央に位置した女は自分の下のザイルを切断。当然、下方に宙づりになっていた男は落下し絶命。死んだのは女の夫、そして生き残ったのは女の愛人……。
故意か自己防衛かを争点にし、殺人罪に問われた女の裁判劇を中心に描かれる男女の愛憎劇、その濃密さが見事過ぎる。

序盤から終盤に至るまで、「妻の行為の真相」がつまびらかにされていく物語だとばかり思っていた。
実際その色彩は強く、望まない結婚を強いられた妻の鬱積と、そんな折に生じた横恋慕の対比がとても丁寧に描かれ、妻の「動機」が徐々に明確になっていく。

そして、ついに明かされる妻の真意。
本来ならこの時点での衝撃をもって映画が終幕しても充分に成立するものを、この作品はさらに真理を突き詰める。
結局、登場人物の中でもっとも何も分かっていなかった「馬鹿」が、もっとも重い業を背負う羽目になる顛末に、その「馬鹿」同様に呆然としてしまった。

この作品は、「夫婦愛」のまさに対極に位置する「夫婦憎」を描き付けた映画だと思う。
結婚をして3年目になるが、この映画を夫婦で鑑賞するのは非常にはばかられる。しかし、「恐いもの見たさ」という人間の本能故か、だからこそ逆にいつか夫婦で観たいとも強く思わせる。
そういうことをつらつらと考えていくと、「夫婦愛」と「夫婦憎」本来対極にあろう関係性は、実のところ表裏一体で一対のものなのかもしれないと思われて、一人で映画を観終わった後、既に寝静まっている愛妻の横でなかなか寝付けなかった。


「妻は告白する」
1961年【日】
鑑賞環境:DVD
評価:9点

「アンノウン」

February 26 [Sun], 2012, 2:50


<<ネタバレあり>>

まず、リーアム・ニーソンがこの数年ですっかりアクション俳優づいていることに、何だか笑ってしまう。
まあ、やっぱり存在感はあるし演技の安定感も抜けているので、決して嫌いな俳優ではないけれど。
あの歳で俳優としての路線変更を図り、見事に定着させてしまっているんだからある意味凄い。

殆ど予備知識無く鑑賞を始めたので、冒頭から滲み出ているサスペンスフルな空気感にすんなりと引き込まれ、二転三転する展開を堪能しながら最後まで楽しむことが出来たことは間違いない。
サスペンスアクションとして、サスペンスの緊張感とアクションの高揚感がバランス良く配置されており、鑑賞直後の満足感は当初の想定よりも随分と高かったと言える。

ただし、観賞後数分間でちょっと振り返ってみると、粗という粗がポロポロと出てきてしまったことは否めない。

よく考えると映画全編に渡って言えることだが、「実は一流の○○○」だったというには、そもそもの言動がずさん過ぎて陳腐だ。
まず目的のために徹底した偽りを謀るとはいえ、目的地への移動中に至るまでその偽りを貫く必要があるのだろうか。これは明らかに観客を欺くためだけの演出であり、人間描写上の必要性はないと思う。
そんでもって、空港のタクシー乗り場で最も重要な鞄を置き忘れるって、どんだけうっかり屋さんなんだという話だ。これも結局、ストーリーとしての一つの目的を設置するためだけの設定であり、極めて安直だ。
他にも、一流ならば乗り込んだ国(しかもドイツなんてメジャーな国)の言語で世間話くらいは出来るようにしとけよ!とか、ふいの自動車事故とはいえ簡単に気を失い過ぎだろ!咄嗟に飛び降りるとかそれくらいしようよ!とか一流の組織のメンバーのくせいに素人の女の子にやられてどうすんだ!とかとか……、一度突っ込み出したら止まらなくなってきそうだが、とにかくよくよく考えると用意されていたオチに対して整合性が無さ過ぎる要素に溢れてしまっている。

ストーリーのアイデア自体は、オリジナリティが高いとは言い難いけれども、充分に面白味に長けている。それが興味を最後まで持続させる最大の要因だとも思う。
主人公が協力を仰ぐ元秘密警察の老紳士など、キャラクター的にもそれぞれ魅力は備わっている。

しかし、このアイデアであれば、ラストの顛末でもっとどぎつく踏み込むことができたなら、数多の粗を振り切って余りある映画に仕上がっていたかもしれないなと思う。リーアム・ニーソンのクライマックスの表情は観る者を惑わせる緊張感が含まれていて良かったけれど、結局彼が本来非情な人間であったことは消し去れない事実なわけだから、その部分に対する「業」をしっかりと描いてほしかったと思う。

まあそこまで完璧なクオリティーを求めるべき類いの映画ではないと思うし、観ている間と観終わった瞬間に満足していたならそれで充分だと思う。
と同時に、画面から溢れ出る上質な色調と巧い俳優陣の演技によって、もの凄く質の高い映画に“見えるだけ”に、やはり残念に思う。


「アンノウン UNKNOWN」
2011年【米・独・カナダ・英・日・仏】
鑑賞環境:DVD
評価:6点

「メカニック(2011)」

February 24 [Fri], 2012, 2:46


ジェイソン・ステイサムという俳優が、もはや映画史において“クラシック”と化している「アクションスター映画」の主演を張れる現在唯一の存在だということを、今年に入って初めて観た彼の主演作の幾作かを見て認識しなおしている。

ストーリーが薄い大味アクションと揶揄されようが、他の燦然たる名作と比較し蔑まれようが、自分を含め幅広い世代の世界中の男たちが、「そういう映画」を見て映画ファンになった事実は否定出来ないし、やっぱり面白いものは面白い!
そういう意味で、この時代だからこそジェイソン・ステイサムという俳優の立ち位置は貴重だし、映画ファンとして嬉しく思う。

そんな彼が毎度のごとくアウトローな一流の殺し屋として登場する今作。
ストーリー展開は当たり前のように強引で、細かいところを見れば粗は尽きないが、そんなことはどうでもいい。これはきっぱり面白いと思う。
流石はあの大味名作アクション映画の代表格である「コン・エアー」を撮ったサイモン・ウエストだなと思った。次回作は「エクスペンダブルズ2」!これは期待大。

超一流の殺し屋が主人公のアクション映画は大量にあるが、まず今作が面白いのはその“殺し方の美学”だ。
ただ単に確実に殺すのではなく、出来る限り誰かに殺されたことすらも分からない方法で殺すという主人公のスタンスが面白い。
綿密な設計図のような計画表を立てて実行する様は、まさに熟練の“メカニック”を彷彿とさせ、殺し屋映画としてのオリジナリティをとても高めている要素だと思う。
まあその優れたオリジナリティの部分が、弟子を迎えてから以降、弟子の荒削り感に同調するようにあからさまに脱線していってしまうのには眉をひそめたが……。

最終的には、殺し屋という職業に付いてまわるであろう本質的な非情さや孤独感などもしっかりと描かれており、アクションというよりも描かれるドラマ自体がとても印象的な作品に仕上がっている。

新時代のアクションスターによるとても面白味があるアクション映画であると思う。


「メカニック The Mechanic」
2011年【米】
鑑賞環境:DVD
評価:8点

「アンストッパブル」

February 23 [Thu], 2012, 22:43


鉄道職員の怠慢によって発生した暴走列車を同じく鉄道職員の機関士二人が決死の覚悟で止めるというお話。
実話を元にしているとはいえ、娯楽大作としてはいささか地味過ぎるのではないかと思ったが、それが存分に堪能出来るエンターテイメントへと昇華されている。
さすが米娯楽映画界の職人トニー・スコット、ちょっと見くびれない。

実際、イントロダクションのままのお話であり、想定外の驚きは何もないと言っていい。
しかし、やはり一つ一つのシーンの見せ方が巧く、展開のテンポも非常に良いので、観ていて決してダレないしどんどんと映画が醸し出す緊張感の中にのめり込ませてくれる。

主演のデンゼル・ワシントンは、何と同監督作品の主演が今作で5作目ということで、ある意味余裕の存在感を見せてくれており、気難しくも人徳のあるベテラン機関士を好演している。

誰しもが充分分かりきっていることだろうとは思うが、この映画は観賞後にとくとくと考え込むような映画ではない。そんな余地は無い。
作品の尺の長さの時間分だけ、主人公の機関士らを見守る脇役同様に、彼らの活躍をドキドキハラハラしながら見守り、最後に「イエーイ!」となればそれだけで充分な映画である。


「アンストッパブル Unstoppable」
2010年【米】
鑑賞環境:DVD
評価:7点

「エクスペンダブルズ」

February 22 [Wed], 2012, 23:48


決して“良い映画”ではない。粗ばかりの映画と言って過言ではないだろうし、他の本当に素晴らしい映画作品とそのまま比べてしまえば、そりゃあ蔑まれても仕方あるまい。
が、しかし、この映画に対して溢れ出る粗に対する批判など無意味だ。そこにあるのは、映画としての「完成度」など見て見ぬ振りを容易にさせてくれる溢れ出る高揚感だ。

この映画は、シルヴェスター・スタローンという稀代の映画人による「アイドル映画」と言って間違いないと思う。
ファンを魅了するアイドルが主演する数多の映画は、お世辞にも巧いとは言えない演技や稚拙なストーリーを目の当たりにしても、ある種の“輝き”を燦然と発しファンの脳裏に焼き付く。
そのこととまったく同じように、この映画は、往年の「アクションスター映画」を彩り続けたスタローンをはじめとする“アクションスター”がそろい踏みを見せた瞬間に、決して否定出来ない“輝き”を備えている。
それは、彼らが出演するアクション映画によって「映画体験」の第一歩を刻み、映画ファンになっていった世界中の人たちにとって揺るぎない「夢」であったはずだ。

その夢模様を、シルヴェスター・スタローンという映画人が叶えてくれたということに、より一層の感慨深さが加わっていると思う。
“ロッキー・バルボア”、“ジョン・ランボー”という娯楽映画史を代表する二大キャラクターを己の身体一つで演じ切り、アクションスターの頂点に立ったという偉業。
そして、時代の移り変わりとともに次第に忘れ去られ、蔑まれ、明確な「低迷」を経た上で、かつての二大キャラクターを新たな存在感をもって蘇らせてみせた近年の大復活劇。
もはや“シルヴェスター・スタローン”そのものが、アクションスターという存在性自体の一つの「歴史」だと言って過言ではないと思う。

そんな彼が、自らが掴み直したチャンスをもってして実現したこの『消耗品』と冠された映画には、アクションスターとして映画界の非情な荒波を生き抜いた「誇り」と「意地」に満ちあふれている。

そして、この映画において最も印象的だったのは、スタローン自らがお膳立てし、自らが主演を張っているにも関わらず、決して“おいしい”役回りを自らに与えていないことだ。
衰えた肉体を敢えて露呈するように、スタローンはぜいぜい言いながら走りまわる。
作品に集まってくれたアクションスターそれぞれにきちんと見せ場を用意し、映画の中で最も格好良いキャラクターは、今現在アクションスター映画の最後の砦を守っているジェイソン・ステイサムに譲っている。

そこには、自らが築いた「時代」を若い世代に引き継いでほしい、引き継がなければならないという一人のアクションスターの熱い思いがほとばしっている。
その思いが、この映画において何よりも素晴らしい輝きだと思う。


「エクスペンダブルズ THE EXPENDABLES」
2010年【米】
鑑賞環境:DVD
評価:8点

「ゴーストライター」

February 21 [Tue], 2012, 1:30


ロマン・ポランスキー監督の“巨匠ぶり”に改めて感じ入ることができる映画であることは間違いない。が、敢えて今回は主演のユアン・マクレガーに言及したい。

この10年の彼の出演映画はとても多作で、映画のタイプがとても多岐に渡っている。
映画史上最も有名なスペースオペラの若きマスター役として人気キャラクターを勤め上げた一方で、今作のような有名監督の最新作から無名監督の小バジェット映画まで、ジャンルを問わず、主人公から脇役、悪役に至るまで様々な映画に精力的に出演していることが興味深い。
ある程度世界中に名の通ったスター俳優であるユアン・マクレガーが、これほど様々な作品に重用されるのは、彼のスター俳優としては少々特異な存在感故だと思う。

意味の捉え方次第で善し悪しは変わってくるが、ユアン・マクレガーはスター俳優としては珍しいくらいに存在感が“軽い”。
あれほど特徴のある顔立ちをしていながら、どんな役柄においても必要以上の存在感を示さない。だから、どれほどの大バジェット映画の人気キャラクターを演じようとも、そのイメージが俳優としての彼自身に固執されず、どんな映画のどんな役柄で登場しても観客は一旦フラットな状態で彼の立ち振る舞いを追うことが出来るのだと思う。
だからこそ、映画の規模と演じるキャラクターの性質に関わらず、とりあえずフィットしてみせることが出来るのだと思う。

そんな特異な性質を持ったスター俳優にとって、今作の役所は特にハマリ役と言っていい。
“ゴーストライター”を生業とする主人公が、英国元首相の自叙伝の執筆に携わることから始まる“巻き込まれ型ミステリー”。
まず印象的なのは、主人公には役名が無いということだ。明確に実在する平凡なキャラクターとして登場するにも関わらず、名前がことごとく紹介されない。ある部分では明確に省かれ、ある部分では主人公自身がはぐらかし、ある部分では名前を覚えてもらっていないという設定で済まされる。

目の前の謎を盲目的に追い求めていく主人公の行動を中心に物語は進んでいくが、しばらくすると、名前が明示されないことも含め、彼のキャラクターがとても軽薄なものとして意識的に描かれていることが分かる。
巨匠が描き出す上質なミステリー調子の中で、徐々にストーリー以上に主人公の男の“存在性”そのものが静かに際立ってくる。

そうして導き出されるあまりに印象的で巧いラスト。
物語自体の衝撃や驚きだけに頼らず、卓越した映画術の巧さと、キャスティングの妙で紡ぎ出した洗練されたサスペンス映画の世界を堪能出来た。


「ゴーストライター The Ghost Writer」
2010年【仏・独・英】
鑑賞環境:DVD
評価:7点

「TIME/タイム」

February 19 [Sun], 2012, 1:29


帰り道に寄った深夜のコンビニで、リキュールとバターピーナッツをレジに持っていき300円を財布から出しながら、「これだと“3分”くらいかな」とか思った。

よくある“近未来”、人類は遺伝子操作により25歳以降は肉体が衰えない代わりに、余命は1年、後の寿命は、貧富の差別化が激しい世界の中で、それぞれで“稼げ!”という滅茶苦茶な社会体制となっていた……。
「時は金なり(Time is money)」そのままの設定と言ってしまえば確かにそう。
単純で浅はかな印象も受けなくもなかったが、SF映画として面白いアイデアだとは思った。
実際、設定を生かして映画的に面白い場面は幾つもあった。
文字通り生命をかけて「時間」を奪い合うシーンの緊迫感や、すべての人物が25歳の肉体という設定を生かした人物描写には、何に手間をかけている訳ではないにも関わらずオリジナリティが生まれていたと思う。

しかし、この映画の唯一の面白さは、その「基本設定」だけと言って間違いない。残念ながら。
あとは、その面白い設定をことごとく「陳腐」に貶める脚本のお粗末さが目に余る。

富裕層と断絶されたスラム街で“一日”の寿命を稼ぐために日がな働き続ける主人公が、母親の死をきっかけに、非人道的な社会体制に殴り込みをかけるというお話なわけだが、その主人公の行動原理自体に説得力が無さ過ぎる。
主人公がふいの出会いから膨大な寿命を手に入れるという行動の発端となるきっかけもご都合主義過ぎるし、そもそも母親の死自体が、この世界観の中ではあまり悲劇的には思えない。
そして、主人公の行動自体もあまりに場当たり的で、すぐに頓挫し行ったり来たりを繰り返すので、非常にテンポの悪さを感じてしまった。

物語上、主人公らに対して「悪」となるものの存在もとても中途半端。
大富豪として巨万の富みならぬ「時間」を保有するヒロインの父親も、執拗に主人公らを追う時間管理局の捜査官も、非人道的だろうが何だろうが、定められた社会ルールの中で自分がすべきことに人生をかけている真っ当な人間にしか見えない。

結局のところ、映画の中で最も利己的な行動をしているのは他ならぬ主人公たちとしか思えず、逃避行劇に酔った男女が、何らかの事由があって敷いている特異な社会体制を好き勝手に荒らしまくっているようにしか見えなくなる。

他にもきりがないくらいに突っ込みどころは満載。予告編が伝える内容と本編があまりに乖離してしまっているという「駄作」っぷりも久々に味わった。

唯一の救いは、ヒロイン役のアマンダ・セイフリードちゃんが可愛らしかったことだが、彼女に対しても、「なんで何日逃亡しても常にメイクがばっちりなんだ!?」とどうでも良い粗探しが先行してしまった……。

脚本の作り込みをもう少し真面目にしてくれたなら、幾分マシな映画にもなっていたと思う。
「ガタカ」を撮ったアンドリュー・ニコル監督の最新SFとして期待高だっただけに、想定外に低レベルに落ち込んでいく映画世界を目の当たりにして、苦笑するしかなかった。


「TIME/タイム IN TIME」
2011年【米】
鑑賞環境:映画館
評価:3点

「マージン・コール」

February 18 [Sat], 2012, 1:00


「マージン・コールとは」と、Googleで検索し用語解説を読んでみたが、結局よく分からなかった。
したがって、この映画が描き出す金融世界の専門的な表現の部分は、観終わった今も殆ど理解出来ていない。ただし、この映画が描く物語構造自体は何となく理解出来たつもり……。

つまるところ、とてもつもない貯水量を誇るダムの管理会社が、ダムそのものの設計ミスに気づき、自社の損害を最小限に抑えるために下流の住民に警告せずに、わざとダムを決壊させた。
と、まあそんなところなんだろう(違う?)。

勉強不足により細かい部分の理解が伴っていないのは我ながら情けない限りだが、それでもこの作品が非常に面白い映画であることは、否応無しに理解出来た。
今なおその余波が吹き荒れる世界的金融危機の引き金となった“リーマン・ショック”の「前夜」を、架空の投資銀行を舞台に生々しく描きとった紛れもない傑作だと思う。

まさに「人的災害」の発生を目の前にした当事者たちの、綺麗事の無い“そのまま”の人間描写が秀逸。
ある者は未曾有の危機に戦慄し、ある者は良識を掲げ、ある者は会社と己の保身に走り、ある者は他人事のようにあざけ笑い、ある者は達観するように社会の仕組みを断ずる。

興味深かったのは、結局すべての登場人物が、カネに縛られ、最終的にその呪縛から誰も逃れきれなかったことだ。
それこそがまさに、今の社会に生きる人間の否定できない姿だと思った。

すべては拝金主義に走った人間の業などと否定すれば、いかにももっともらしく聞こえるけれど、もはや世界はそんな道徳的な「言葉」だけでは何の救いにもならない状態にまで陥っているように思えてならない。
長く果てしない世界的な金融危機により、世界中の末端に至るまで無数の悲劇が生まれた。しかし、もっとも根幹に居た当事者たちは、結局のうのうと生きている。それが現実である。

この映画は、「誰が何をどうしたから悪かった」などという局所的な非難を描いていない。
危機を起こしたすべての原因は、今の世界そのものに蔓延し至る所に巣食っているという「現実」
を雄弁に語っていると思う。

映画のラストで、ジェレミー・アイアンズ演じる独善的なCEOが、いけしゃあしゃあと社屋の上層階で食事をしながら、会社の行為を批判するケビン・スペイシーに対して、自らの正当性と社会の仕組みを静かに諭す。
それはあまりに傲慢で認める訳にはいかない利己的な発言であるが、この歪んだ社会の中では真理であり、それがこの映画の登場人物のみならず、現実の世界中の人々の行動原理になってしまっている。

その現実こそが、具体的な金融危機以上に圧倒的な恐怖なのだと思った。


「マージン・コール Margin Call」
2011年【米】
鑑賞環境:DVD
評価:9点
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映画の善し悪しは、結局、「好き」か「嫌い」かだと思う。 つらつらと語ってみたところで、詰まるところ、それ以上でも以下でもない。 それで良いのだろうと思う。