おヒサシネマ! 「ピンポン」

December 19 [Mon], 2011, 0:00


松本大洋の原作漫画と直接比べてしまうと、やはり優劣の差は明らかになってしまう。
僕は、漫画の最後で描かれる5年後の“スマイル”と“ドラゴン”が浜辺で会話するシーンが好きなので、映画のラストカットもスマイルの「眠いや」という台詞で締めてくれたなら、この映画に対する評価がさらに上がったろうことは間違いない。

久しぶりにこの映画を観て、ラストシーンを見終わった後も同様のことを感じたけれど、そこにSUPERCARの「YUMEGIWA LAST BOY」を携えたエンドロールが流れ始めた時点で、やっぱり良い映画だなと思った。

素晴らしい漫画や小説を映画化するにあたり必要不可欠なことは、そういった「付加価値」だと思う。
それがなければ、原作をどんなに忠実に映画化したところで模倣以外の何ものでもないし、逆にそれがあれば、原作に対して多少変化があったとしても許容できるというものだ。

即ち、原作と比べると拭い去れない物足りなさを感じつつも、この映画を「良い映画だ」と言わざるを得ないのは、「付加価値」がしっかりとついているからだ。
それは、SUPERCARの音楽だったり、強敵の異様なまでの迫力を歌舞伎役者の大見得で表現させたキャスティングだったり、「月にタッチするなんてワケないよ」という映画オリジナルの台詞だったり。

映画と原作がまったく同じ素晴らしさを持つなんてことはあり得ないし、ある必要もない。
漫画を読むと映画を観たくなる、映画を観るとやっぱり漫画を読みたくなる。
そういう関係性を原作漫画との間で生んだこの映画は、やはり“奇跡的”な漫画の映画化だったと思う。


「ピンポン」
2002年【日】
鑑賞環境:DVD
評価:9点

おヒサシネマ! 「ガメラ2 レギオン襲来」

November 10 [Thu], 2011, 0:01


「火力をレギオンの頭部に集中し、ガメラを援護しろ!!」
映画のクライマックスで、自衛隊の師団長が言い放つ。

ふいにこの台詞のシーンを思い出すと、その度に無性にこの映画が観たくなる。
また思い出してしまったので、DVDを引っ張り出して、もはや何度目か分からないが「ガメラ2 レギオン襲来」を観た。

分かっちゃいたが、何度観ても面白い。

もう15年前の映画なので、特撮シーンやCGが現在の最新技術に比べて稚拙に映ることは確かだ。
しかし、それでもビジュアルの“見せ方”の巧さと迫力は“劣化”を感じさせず、怪獣映画として“類い稀”な世界観に没頭させてくれる。

この映画の何が素晴らしいかと言うと、「王道」を踏襲しているということに尽きる。
怪獣映画としての王道、パニック映画としての王道、ひいては娯楽映画としての王道をしっかりと表現していることが、この作品の価値を高める最たる要因だと思う。

日本の男の子なので、怪獣映画もそれなりに沢山観ている。
日本では長きに渡り数多くの怪獣映画が製作されているが、本当に面白い作品は少ない。
数少ない“良い怪獣映画”に共通していることは、「人間の目線で描かれている」ということに他ならない。

怪獣映画と言っても物語を進めていくのは人間なわけだから、人間の描写をおろそかにしては面白い映画になるわけがない。そして、巨大な怪獣を“巨大に見える”ように撮らなければ、怪獣映画としてのそもそもの意味が無い。
いずれにしても、「人間の目線」で描かれなければ鑑賞に堪える面白い映画になるはずがないと思う。

冒頭に挙げた台詞に表れているように、特に今作はその世界に生きる人間たちの活躍がめざましく、観ていて否応にも盛り上がる演出が冴えている。

ヒロインが科学館の学芸員だったり、主人公の自衛隊員も組織下の化学学校所属だったり、NTTのエンジニアが活躍したりと、SFとしてストーリーに説得力を持たせるキャラクター設定も光っている。

そういう人間描写の巧さとそれに伴うストーリーの面白味が、より一層に怪獣映画としての娯楽性を高めていると思う。


こういう怪獣映画がまた観たい。


「ガメラ2 レギオン襲来」
1996年【日】
鑑賞環境:DVD
評価:9点

おヒサシネマ! 「切腹」

October 17 [Mon], 2011, 0:00


「竹光」というものの存在を、7年前にこの映画を初めて観た時に初めて知った。
この映画における「竹光」の用いられ方は、あまりに哀しみと痛みを秘めており、暫く心に焼き付いて離れなかった。

いわゆる「勧善懲悪」の娯楽時代劇とはまさに対極に位置するこの作品は、武家社会の様式の厳しさと美しさ、そして根本的な無情さを鮮烈に描き出す。
その無情さは、ストーリーが深まるにつれ更に深化し、深い深い“愚かさ”として露になる。
そのほとんどが屋敷の庭先で展開されるストーリーは、極めて予測不可能。時代劇でありながら秀逸なサスペンスの雰囲気さえ感じずにはいられなかった。

何よりも、大胆かつ神妙な語り口で主人公を演じきる仲代達矢の振る舞い、眼光、発せられる声質まで総てが圧倒的だ。まさかこの当時30歳とはとてもじゃないが信じられない。彼に対峙する三國連太郎の独特の存在感も素晴らしかった。

初見時は、遷移する時代の“ひずみ”中において起こった武家の非道な仕打ちに対して、主人公が自らの命を賭してその在り方を問う映画だと思えた。
もちろんそれも、この映画の中でメインで描かれている側面だとは思う。
しかし、数年ぶりに見返してみて、また違う側面も垣間見えた。

それは、この映画の物語の中で描かれるある種の無情さと滑稽さそれに伴う愚かさは、必ずしも非道な仕打ちをした武家に対してのみ描かれていることではないということだ。
むしろ"愚かさ”ということに関しては、主人公自身の悲しみの中にこそ描かれていたと思う。

誰よりも愛する家族に対して非道だったのは、“刀”を捨てきれなかった自分自身だったということに、主人公は気づき、己の愚かさに打ちひしがれたのち、「切腹」を覚悟し武家に赴いたのだろう。

仲代達矢演じる主人公が、三國連太郎演じる家老に放った激情ほとばしる一つ一つの言葉は、実のところ自分自身に向けたものだったように思えてならない。

移りゆく歴史の流れの中でひっそりと蠢いた一瞬の裏側を見事に切り取った大傑作だと思う。


「切腹」
1962年【日】
鑑賞環境:DVD
評価:10点

おヒサシネマ! 「続・猿の惑星」

October 04 [Tue], 2011, 23:44


映画に対する満足度は、ラストシーンのラストカットの余韻や衝撃が大いに影響するものだと思っている。
本編の大部分が多少つまらなくても、ラストカットが印象的であれば、その映画はちょっと忘れられなくなる。

歴史的大傑作のSF映画の続編として果敢に、いや無謀に、いや強引に挑んだ「続・猿の惑星」は詰まる所そういう映画だ。

久しぶりに鑑賞してみて、自分の記憶のイメージ以上に映し出されるシーンの大半はチープで面白味は薄いと感じた。
ただ、面白かろうか面白なかろうが、「猿の惑星」の“あの”衝撃的なラストシーンの続きが観たくなるのも映画ファンの心情であろうし、大ヒットを受けた製作会社が是が非でも続編の製作に乗り出したことは必然だと思う。

チープではあるが、この続編の価値は極めて高いと思う。
この映画が、人類はどうして滅んだのか、猿たちはどうして栄えたのかという根本的な疑問の解消に向かうための後のシリーズの礎になったことは間違いない。
そして、人類の愚かさを描き、更に猿たちも含めた生物そのものの愚かさにまで踏み込んだ切り口は、ある意味一作目とは別の観点から衝撃的で、恐ろしい。

そしてそして、極めつけはラストシーンである。
支配欲を強める猿たちと生き残った人間たちの殺し合いの果てに、惑星そのものを一瞬で爆発させてしまうというラストカット。
それも大爆発のシーンを描くわけではなく、最終爆弾のスイッチが押されると同時に静かに白い光に埋め尽くされ、あとは極めて淡々としたナレーションで締められる。無音のごく短いエンドロールも困惑に似た衝撃に拍車をかける。

オリジナルが凄すぎるので、蛇足で作られたこのカルト的続編には殊更に酷評が尽きないが、個人的にはあのラストシーンだけでも好評は揺るがない。


「続・猿の惑星 Beneath The Planet Of The Apes」
1970年【米】
鑑賞環境:Blu-ray
評価:8点

おヒサシネマ! 「新・猿の惑星」

September 25 [Sun], 2011, 16:48


SF映画好きにとって「猿の惑星」という映画はやっぱり特別だと思う。
第一作の有名すぎるラストシーンはもちろん映画史に残る名シーンだ。駄作と酷評されがちな第二作も、少々破綻気味だけれど、ラストシーンの衝撃そのものは第一作にも劣らないものでとても印象深い。
少々強引だろうがこじつけだろうが、「科学的空想」の概念をもって貫き通す様こそが、SFの面白さであり醍醐味だろう。
映画的な善し悪しの前に、そういうSF的概念をしっかり貫いていることが、この映画シリーズの素晴らしさだと思う。

「続・猿の惑星」で爆発した地球からすんでのところで逃げ出した(らしい)チンパンジー種族の猿たちが、今度は過去の地球に降り立つ。
どうしてそうなるっ!と端から突っ込みたくもなりそうなものだが、チャールトン・ヘストンが過去の地球からやってきたのだから、その逆も当然ありだろうと当たり前のような強引なストーリー設定がまず良い。

一作目とまったく逆の構図で“未来人”の猿たちの様子を描くユニークさ、そしてそこから派生していく彼らの過酷な運命がテンポよくドラマティッックに描かれていく。

何より素晴らしいのは、猿たちが未来からやってきたことにより、地球が"猿の惑星”へと化した起源が生じるというパラドックスへと繋げていくこと。

そしてそのことにいち早く気づいた政府の科学者が、猿たちの存在を抹殺しようと画策する「汚れ役」として描かれることが興味深い。
最終的には猿たちと相討って殺されてしまうわけだが、彼の言動は立場上つくづく正しく、「いずれ、いずれと言って何もしようとしない!」と人類が抱える問題に対して警鐘を鳴らす様は、この後人類文明が退廃することを暗示しているようだった。

さて、また別の「創世」を描いた最新作公開も控えているので、この際旧シリーズ全作を観てみようと思う。


と、レビューを書き終わってから、この作品は過去に鑑賞済みだったことに気づいた。まったく記憶が無い……。
そういうわけで、急遽「おヒサシネマ!」行き……。


「新・猿の惑星 Escape From The Planet Of The Apes」
1971年【米】
鑑賞環境:DVD
評価:7点

おヒサシネマ! 「JFK」

September 21 [Wed], 2011, 17:30


2039年にジョン・F・ケネディ暗殺の極秘証拠物件が公開されるという。1963年の事件発生から76年も経過した後での情報公開というあまりに不自然な制限と、それでもそれがまかり通っている現実に、大いなる不穏さと恐ろしさを感じる。

先日、JFK暗殺事件の「陰謀」そのものを生々しく描いた1973年の映画「ダラスの熱い日」を観て、改めてオリバー・ストーンの「JFK」を観直してみようと思った。
都合良く、BS放送を録りためていたHDDの中に今作が録画されていたことに気づき、想定よりも早く再鑑賞することができた。

最初にこの映画を観たのは、もう15年くらい前だったんじゃないかと思う。
中学生か高校生の僕は映画を積極的に見始めたばかりの頃で、この有名な監督の有名な作品を取り敢えず観ておかなければと思い、二巻組のVHSを観たのだったと思う。

そのときの感想としては、JFK暗殺に隠された真相をリアルに描いた骨太な社会派ドラマであるということを感じつつも、やはり圧倒的な尺の長さに退屈を覚えてしまった。
自分自身まだまだ子供だったし、この事件にまつわる事実関係や時代背景をあまりに理解していなかったのだろうと思う。

今でもその詳細を熟知しているわけではなかろうが、それなりに歳を重ね、歴史や社会の“常”をある程度理解出来るようになった分、この映画が相当に作り込まれた凄い映画だと言うことを改めて実感した。

「ダラスの熱い日」を観ても感じたことだが、結局のところ何が「真実」なのかは分からない。
これから更に時間を重ね、この「事件」が「史実」になるにつれ、その核心はさらにぼかされていくのかもしれない。
ただそうだとしても、もっとも重要なことは、ケビン・コスナーが演じた検事が法廷で訴えたように、たとえ時代が移り変わっても「真実」を追い求める姿勢を崩さず、それを受け継いでいくことだと思った。

情報公開の2039年まであと28年。何事も無ければ、自分自身もなんとかその内容を知ることが出来るだろうと思う。
何が正しく、何が間違っていたのか。果たしてその総てが明らかになるかどうかは分からないけれど、心待ちにしたいと思う。


「JFK」
1991年【米・仏】
鑑賞環境:BS
評価:9点

おヒサシネマ! 「コクーン」

August 17 [Wed], 2011, 23:07


老人ホームにて自らの老いに対して葛藤する老人たち。置き去りにしてきた仲間を救い出すために地球にやってきた異星人たち。両者がふいに出会うことで繰り広げられるSFファンタジー。
数年前に初見した時と同様に、概ねのプロットはそういうことだった。
最後は、老人たちと交流を深めた異星人たちが、不老不死の自らの星へ老人たちを誘う。

どストレートな物語だという印象だったけれど、久しぶりに観て違う印象も生まれた。

果たして、異星人たちの誘いのままに不死の世界へ旅立った老人たちの選択は正しかったのだろうか。
ある老人はたった一人、「ここが故郷だ」と別れを告げて、地球に残る。
彼の選択こそが、自然の中で生きる人間として健全なことだったのではないかと思った。

もちろん、地球を離れることを決意した主人公たちも、自らの行動が自然の理に反することは重々理解しており、「ちょっと自然に反抗するだけだ」と自身に言い聞かせる。

ただやはり思うのは、「生」の素晴らしさは、「死」が終着にあってこそはじめて成立するものなのではないかということ。

この映画においても、老夫婦が愛し合う姿や、長年の伴侶との別れを悲しむ姿に涙が溢れることは、長い「生」を全うしてきた彼らの姿だからこそ生まれる感動だと思う。

この映画は、馬鹿正直にまっすぐなファンタジーを描きつつ、人間という一生物の本質的な“運命(さだめ)”を物語っているのではないかと思った。


「コクーン Cocoon」
1985年【米】
鑑賞環境:BS
評価:7点

おヒサシネマ! 「刑事物語」

July 31 [Sun], 2011, 23:54


中学生くらいの頃、武田鉄矢のアルバムをレンタルショップで借りて、武田鉄矢版の「唇をかみしめて」に巡り会い、以降しばらくこの曲はカラオケでのマニアックな十八番になった。
オリジナルである吉田拓郎版の同曲が、主題歌であることを知ったのは、もうすでにこの刑事映画シリーズのファンになってからだったと思う。

この第一作を観たことがあるかどうかも不確かなくらいに久しぶりに鑑賞した。
そして、ある意味圧倒的な映画世界に文句のつけようがなかった。

実際は、突っ込みどころは満載で、独善的でぐだぐだな映画である。
だけれども、結論として「素晴らしい」としか言いようがない。

すべては主演で原作者の武田鉄矢の“価値観”のみによって映し出される世界観であり、それに対して別の価値観は立ち入る隙がない。
観るのであれば、そのすべてを受け入れて、映画の世界観に包み込まれるしか許されない。
そういう、独善的かつ唯一無二のエンターテイメントが叩き付けられるような映画だと思う。

それはそうと、てっきりこの映画はジャッキー・チェンの「ポリス・ストーリー」の部分的なオマージュが入った作品だとずっと思っていたのだけれど、製作年を確認すると、今作の方が3年も早い。
なんと、ジャッキー・チェンが武田鉄矢をパクったのか…………ってまさかね。

とにかく、単純な点数だけでは表現しきれない問答無用の面白味に溢れた映画だと再確認した。


「刑事物語」
1982年【日】
鑑賞環境:DVD
評価:8点

おヒサシネマ! 「トゥルーライズ」

July 05 [Tue], 2011, 0:00


民放の洋画劇場で通算何度目か知らないが、また「トゥルーライズ」が放送されていた。
久しぶりに観たくなったので、録画して鑑賞した。
何となく違和感を感じつつ、エンディングを迎えて、大部分が放送用の編集でカットされていたことに気づいた。
不完全燃焼を覚えたので、すぐにDVDを借りて見直すことにした。

改めてノーカット版を観ると、これまでのテレビ放映でも相当数のカットがあったことに気づかされた。
作品のテイストに直接関わるような重要なシーンや台詞が、無闇矢鱈に省かれてしまっていたのだ。
振り返ってみれば、この映画を最初に観たのは、たぶん新作として並んでいた“レンタルビデオ”だったと思う。
完全なノーカット版を観たのは、それ以来と言える。

少しキワドい台詞やシーンが片っ端からカットされていることを知ってしまうと、テレビ放映版はアーノルド・シュワルツェネッガーの大雑把な存在感が際立つとても荒い映画に見えてしまう。
でも、実際のこの映画は、大人びたジョークとエスプリに溢れたとても質の高いエンターテイメントである。

主人公はもちろんシュワルツェネッガーであるが、この映画の見所は彼ではない。
もっとも注目すべきは、妻役のジェイミー・リー・カーティスであり、むしろ彼女の映画と言ってしまっても過言ではない。

長年連れ添った夫の“本当の嘘”。そのベールが徐々に剥がされるにつれ、地味で堅い妻のあまりに魅力的な本質があらわになってくる。
ジェイミー・リー・カーティスという女優の存在のユニークさ、そして隠し持った妖婉さとのギャップを堪能するべき映画だ。


シュワちゃんの相棒役のトム・アーノルドや、情けないスケコマシ野郎を演じるビル・パクストンもそれぞれ良い味を出している。
そういう細かな要素が合わさって、「良い映画」は構築されると思う。それなのに、カットだらけではせっかくの傑作が台無しだ。
やっぱり、民放の映画放送は観るべきではないらしい……。


「トゥルーライズ True Lies」
1994年【米】
鑑賞環境:DVD
評価:9点

おヒサシネマ! 「マトリックス」

July 03 [Sun], 2011, 20:16


スポーツクラブで有酸素運動をしながらテレビを見ていたら、民放のロードショーで「マトリックス」が放映されていた。
映画は既に中盤に差し掛かっていたが、思わず数分間見入ってしまった。
もう何度も観た映画なので、そのまま流していても問題なかったけれど、既に「最初から見直したい」という衝動が生じていたので、その時はすぐにチャンネルを変えた。

ずうっと前に買っていたDVDを引っ張り出して、久しぶりに「マトリックス」の世界を堪能した。

今となっては、一般生活の中にもコンピューター世界のイメージは浸透してきているが、それは本当にこの10年あまりの間でのことだろう。
この映画の製作年は1999年で、ほんの少し前の印象はまだあるが、まさにこの時期こそが生活の中にコンピューターが浸透し始めた頃で、故にこの映画の世界観は圧倒的に革新的だったということは言うまでもない。

主人公たちが闘う場所は、コンピューターに支配されたバーチャル世界で、対峙する敵はそこに組み込まれた“ソフトウェア”だというのだから、設定のセンセーショナルさだけでも今作の価値は揺るがなかっただろう。

まさに観た事がなく、そして理解もされにくい世界観を、完全なるビジュアルで紡ぎ出したことで、この映画は唯一無二の存在になったと思う。


「マトリックス The Matrix」
1999年【米・豪】
鑑賞環境:DVD
評価:9点

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    ・漫画
    ・スポーツ
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映画の善し悪しは、結局、「好き」か「嫌い」かだと思う。 つらつらと語ってみたところで、詰まるところ、それ以上でも以下でもない。 それで良いのだろうと思う。