「脳内ポイズンベリー」<6点> 

February 17 [Fri], 2017, 23:33



似合っているような、似合っていないような、主演女優の赤いニット帽姿がかわいい。
これまで無愛想で男勝りな役柄を演じることが多かった主演の真木よう子が、“柄でもなく”ガーリーな主人公を演じている。
決して、上手い女優ではないので、イメージを脱却する好演をしていると手放しでは言い難く、“頑張ってる感”が終始漂っている。
けれど、その様が、女優としての人間性と演じているキャラクター性をひっくるめて、かわいい。
そう思うことが出来たならば、とても楽しいラブコメとしてこの映画を楽しむことが出来るだろう。

三十路を迎えた主人公。脳内では“5人”の感情が、恋愛観、人生観を議題にして終始議論を繰り広げている。
同時期に公開された“ピクサー映画様”の「インサイド・ヘッド」との題材の類似性はとても興味深い。
安易に「パクリ」なんて言う人もいるが、こういうことは意外とよくあるもので、「偶然」と許容し、両作品を見比べて楽しむことが映画ファンとしての健全なスタンスだと思う。

勿論、正真正銘“ご立派”な傑作である「インサイド・ヘッド」には、映画作品として到底及んでいないけれど、日本人らしい価値観と人間性を表現した今作も、これはこれでユニークだったと思う。
個々のキャラクターにおいては、「インサイド・ヘッド」の“ヨロコビ”たちよりも今作の“吉田”たちの方が、個人的には愛着が持てた。
「インサイド・ヘッド」が主人公の脳内キャラクター描写においてそれぞれが司る「感情」をシンプルに究めたことに対して、今作の場合は、“理性”、“ポジティブ”、“ネガティブ”等と一応の役割は与えられているが、それぞれが人間らしい弱さや脆さをも持ち合わせ、議論が紛糾していく様が面白かった。
実際、人間の頭の中なんてものは、大人になればなるほど決してシンプルには括ることができない醜くも滑稽な「打算」や「逃避」が渦巻くものであり、そういう意味ではとても的を射た描写だったと思う。

少女漫画を原作としたラブコメとして楽しみがいのあるポップさは認めたい。その一方で、最終的に主人公が選び取る人生観や恋愛観において、もう一本踏み込んでくれたならば更に良作になったとも思う。
ピクサーが同様のアイデアを採用するくらいだから、プロットそのものはやはり魅力的である。だからこそ、最終的な顛末の描き込みの部分で差が出ていることは明らかだ。

まあ個人的には前述の通り、ファーストカットから映し出される主演女優の“たわわ”な魅力に煩悩が鷲掴みだったわけだけれど。


「脳内ポイズンベリー」
2015年【日】
鑑賞環境:VOD(Netflix)
評価:6点

「スノーデン」<9点> 

February 15 [Wed], 2017, 1:00


遠隔会議の大画面に大写しにされる上司の顔面の威圧感、向かいのビルディングに巨大に浮かぶ主人公の影、乱視のような投影、不穏さと居心地の悪さを想起させるコンピューターの背景音……作品全編において御年70歳の大巨匠の映画術が冴え渡る。
監督オリバー・ストーン。この人もまた老いて尚益々精力的な映画人であることを思い知った。

そして、“エドワード・ジョセフ・スノーデン”を描き出すことにおいて、彼以上に相応しい映画監督はやはり居なかっただろう。
かの国の大いなる混沌を伴う政権交代により、ロシアからの“贈り物”としての「強制送還」も現実味を帯びてきている。
このタイミングで、この題材を、このような方法で描き出した今作の「意義」は、あらゆる側面で大きい。

映画という表現方法においては、それがノンフィクションであれ、ドキュメンタリーであれ、映し出されたものがそのまま「真実」だとは思わないように個人的に意識している。
映画が作品として優れていて、傑作であればあるほど、創作と現実の境界をしっかりと認識するべきで、その境界を曖昧にしたまま情報を鵜呑みにしてしまうことは、危険で愚かなことだと思う。

だから、この映画で描かれたエドワード・ジョセフ・スノーデンという人物の実態が、そっくりこのままだとは思わない。
もっと脆く危うい人物かもしれないし、逆にもっと完全無欠な人物かもしれない。
または、過剰なまでにナイーブなギークの青年に過ぎないのかもしれないし、もし生きる環境が違っていたならばスティーブ・ジョブズにもマーク・ザッカーバーグにもなれた天才なのかもしれない。
それは、スノーデン氏本人、もしくは彼と直接関わり合った人にしか分かりようがないし、彼のことを知りもしない人間が推し量ることはあまりに無意味だ。

ただし、彼が起こした「行動」と、それに対する世界の「反応」は事実である。
その「事実」それのみを知って、この事件が露わにした真実と影響は、極めて重要な事だと改めて思った。

「諜報機関を持つ国ならどの国でもやっていることだ」
と、時の最高権力者は見解を示した。
そこには、ある種の開き直りと、そうする他無いじゃないかという本音が入り交じる。
実際、スノーデン氏が明るみに出した事実に対して、世界はその善悪の判別を下せていない。
それは即ち、彼の行動が「正義」なのか否か結論付けられていないことを表している。

そもそも「正義」とは何か?「正義」ではないとするならばそれはイコール「悪」なのか?それとも「別の正義」なのか?

エドワード・ジョセフ・スノーデンが“起こした事”の本当の「意義」は、その“答えが出ない問い”を世界に投げかけたことに他ならない。
そして、彼がこの先どのような人生を送るのか。オリバー・ストーンが紛れもない「今」を描いたからこそ、我々はこの先もその現実のドラマを追うことができる。
示された事実を受け取り、たとえ明確な答えが出なくともその是非を考え続けること。それが、これからの時代を生き続ける我々の責務だと思う。


「スノーデン Snowden」
2016年【米】
鑑賞環境:映画館(字幕)
評価:9点

「コードネーム U.N.C.L.E.」<7点> 

February 12 [Sun], 2017, 1:00


「雰囲気」だけの映画である。でも、その「雰囲気」こそが、この映画において、製作陣が意図し観客が求めるものであり、それが最高なんだから、「それでいいじゃん」と思う。

ある種のクラシカルさすら感じる“ザ・映画スター”とでも言うべき風貌と体躯が抜群な主演俳優の二人が先ず良い。
様々な社会的風潮や映像技術の進歩等も手伝って、映画スターにおいて必ずしも肉体的な逞しさや美しさが重要視されなくなって久しい。
けれど、この映画の主演俳優たちは、背格好に恵まれているという映画俳優としての大前提とその重要性を改めて表し、彼らの立ち振舞そのものが「娯楽」であるということを雄弁に伝えてくる。

勿論だからと言って、ヘンリー・カヴィルとアーミー・ハマーが、見た目だけに優れた俳優だというわけではない。
それぞれがキャラクターの心情を的確に表現できていたからこそ、この二人の主人公はとても好感度の高いキャラクターに仕上がっているのだと思える。

その二人の間に存在しあらゆる意味で騒動の中心となるヒロイン役にはアリシア・ヴィキャンデル。この1、2年で一躍トップ女優に駆け上がった彼女の存在感は、二人の屈強な大男に対しても決し埋もれることなく光っている。
そして、歳を重ね俳優としての新たな味わい深さで存在感を増しているヒュー・グラントが脇を締め、キャスティングも総じて成功している。

前述の通り「雰囲気」だけの映画なので、軽いノリが売りとは言え、ストーリーテリングが稚拙であることは否定できない。
観終わった後に残るものは、某自虐ネタピン芸人のテーマ曲だけかもしれない。

でも、“U.N.C.L.E”たちの今後の活躍を期待せずにはいられない。
シリーズ化希望。でも、「シャーロック・ホームズ」の続編もちゃんとお願いしますよ、ガイ・リッチー。


「コードネーム U.N.C.L.E. The Man from U.N.C.L.E.」
2015年【米・英】
鑑賞環境:VOD(Netflix・字幕)
評価:7点

「白ゆき姫殺人事件」<7点> 

January 29 [Sun], 2017, 12:05


僕自身、何かの事件や事故の速報を見聞きした時、真っ先にtwitterでキーワード検索するクセがついてしまっている。
どこかの誰かがツイートしたその情報をそのまま鵜呑みにするつもりは毛頭ないのだけれど、情報伝達の速さ一点において言えば、一般大衆の「口コミ」に勝るものは今の時代無く、実際、緊急性の高い事故などの情報は役に立つことも非常に多い。

醜聞や偏見を大いに孕んだ無責任な情報を仕入れること自体が、浅はかで、愚かであることは、きっと誰しも心の中では分かっている。
だけれども、人間は「知りたい」という欲望には勝てない。そういう生き物だからだ。もし人間にその欲望が無ければ、この社会の発展は無かっただろう。
だからこそ、twitterをはじめとするSNSにより、個々人が全世界に向けて極めてカンタンに情報を発信できるようになってしまったことは、人間の根幹となる欲望を丸裸にし、あまりに無防備な状態を生み出してしまっているのだと思う。

この映画は、一つの惨殺事件を発端として、この時代ならではのメディア批判を表面に描き出しつつ、欲望に裏打ちされた人間の弱さとおぞましさを大衆的に描き出すことに成功している。
特筆すべきはこの「大衆的」ということで、決して完成度は高くなく、高尚な描かれ方もされていないことが重要なのだと思える。
この映画から伝わってくる独特の軽薄な空気感、それは「ワイドショー」そのものだ。
劇中でも、「ミ○ネ屋」を彷彿とさせる(と言うよりもそのものの)ワイドショー番組が描かれるが、そのシーンのみではなく、この映画全体が一つのワイドショーとして、意図的な悪意に満ちた軽薄さで描き出されているように感じた。

配役も実にハマっている。
愚かな狂言回しのごとく立ち回るTVディレクター(契約)に綾野剛。この人気俳優は、こういう浅いのか深いのか定かではないという意味で底の見えない人間を演じるが巧い。
映画のファーストカットで惨殺体で登場するのは菜々緒。誰もが認める美人OL役を、類稀な美貌と、骨の髄から漂ってくるような悪女臭を存分に活かして好演している。このモデル出身の女優は、誰もが鼻につく印象を逆に売りにして、このところすっかり悪女役の地位を確立している。コレはコレで大したものだと思う。
また蓮佛美沙子、貫地谷しほりら実力派若手女優の配役も的確だった。

そして何と言っても、井上真央。物語上で描き出される通りに地味で薄幸な“悲劇のヒロイン”を、大衆の想像上の犯行シーンも含めて見事に演じきっている。
印象的だったのは、この「城野美姫」という主人公が子供の頃から孕み続ける「闇」を、どの登場シーンにおいても表現できていたことだ。
物語上、「城野美姫」は“悲劇のヒロイン”として描き出されているように見える。
ただし、だ。実は事の真相は誰にも分からない。「真相」のようなものも、結局は浅はかなワイドショーで伝えられただけにすぎない。
特にこの主人公の「思惑」については、描き出された顛末以上の屈折した何かが、心の闇として見え隠れして見えた。

ラストシーンで、ヒロインは、打ちひしがれる(無関係)のTVディレクターに対して、「いいことがありますよ」と微笑む。一見、「救い」のようなこのラストシーンを、額面通りに受け取ることが出来なかった。そこにこの映画が伝える本当のおぞましさが存在するように感じた。

それでも僕らはワイドショーの情報に好奇の眼差しを向け、twitterのつぶやきに踊らされ続けてしまうのだろうか。


「白ゆき姫殺人事件」
2014年【日】
鑑賞環境:VOD(Netflix)
評価:7点

「映画 深夜食堂」<6点> 

January 22 [Sun], 2017, 0:10


原作、ドラマシリーズともに大ファン。
特に「深夜食堂」を観ながら、または読みながら呑む“一人酒”は最高である。
“めしや”に訪れる常連客と同様に、卵焼きやポテトサラダなど決して特別ではない料理をつまみながら、仕事終わりの深夜にしみじみと酒を呑む。いよいよ自分もおじさんだなと身につまされながらも、何だか心地よい。そんな束の間のひとときが充足感を与えてくれる。

どんな人間も、その人生は悲喜こもごも。辛いことも悲しいことも、みんな抱えて、それでも日々を生きている。
その有り触れた人生の機微を、“夜12時から朝7時頃まで”という現実と現実の狭間とも言える時間帯で切り取った、文字通り味わい深いドラマをこの作品は提供し続けてくれている。

この映画版も、ほぼドラマシリーズと同様のテイストで作られていたと思う。
ただ、だからこそ、果たして映画化する必要はあったのかなと一抹の疑問は残る。良い意味でも悪い意味でも“スペシャル版”という仕上がりであったことは否めない。
しっかりと2時間近くの尺があるので、晩酌しつつ気軽に観るといういつものスタイルもしづらかったし……。


一方で、この映画化作品におけるハイライトは、多部未華子の“えくぼ”だと思う。
多部未華子というキャスティングの妙が、このドラマ世界に相応しい地味だけれど愛くるしい華やかさを醸し出していたことは間違いない。
多部未華子演じる“みちる”が、“めしや”に住み込みで働くという展開が、映画ならではの世界観の広がりを見せる。
みちるが住み込むことで、初めてめしやの「二階」がシーンとして描かれる。これにより、文字通り世界観は立体化し、ファンに対しての特別感を提供してくれている。

また今作は3つのエピソードで構成されていて、その各話のテーマが「ナポリタン」「とろろご飯」「カレーライス」と、「深夜食堂」で描かれる料理としては珍しく主食三連発であることも、映画ならではの隠れた“大盛り演出”なのだと密かに思った。


先日の東京出張中、新宿に宿泊し、今作のモデルとも言われている「ゴールデン街」に初めて足を運んだ。
ドラマの撮影場所ともなった風景に感激しきりだったが、さすがに何処かの店に一見で入る勇気はなかった。
また何度か挑戦して、「深夜食堂」を探してみたい。


「映画 深夜食堂」
2015年【日】
鑑賞環境:VOD(Netflix)
評価:6点

おヒサシネマ! 「Mr.&Mrs. スミス」 

January 19 [Thu], 2017, 22:00


やっぱり最高だなこの映画。
激しい銃撃戦とスタイリッシュなアクションシーンに彩られているけれど、今作は見紛うことなき「夫婦映画」だ。
言うなれば、ジャンル的には、「夫婦善哉」だとか、「ブルー・バレンタイン」だとか、「ビフォア・ミッドナイト」などと並ぶ夫婦映画の傑作だ。

初見時から大ファンの僕は、たとえ年老いたとしても、ブラピとアンジーが夫婦である限り“続編”を期待していたのだけれど………。


「Mr.&Mrs. スミス Mr. & Mrs. Smith」
2005年【米】
鑑賞環境:VOD(Netflix・字幕)
評価:10点(↑)

おヒサシネマ! 「バイオハザード」 

January 18 [Wed], 2017, 23:00


“最終作”の「6」を観た直後に再鑑賞。
アリスがカワイイ!ミラ・ジョヴォヴィッチが若い!!
最終作のラストは、再びこの赤いドレスを纏って締めてほしかったな。


「バイオハザード Resident Evil」
2001年【独・英・仏】
鑑賞環境:VOD(Netflix・字幕)
評価:9点(→)

「バイオハザード: ザ・ファイナル」<7点> 

January 17 [Tue], 2017, 23:30


感無量。臆面なく言わせてもらうならば、満足度は高い。
と言うと、真っ当な映画ファンとしては「馬鹿じゃないか」と思われるだろうが、実際そうなのだから致し方ない。

勿論、この映画単体を指して、エンターテイメント大作の傑作などとはお世辞にも言えるわけがない。
しかし、「フィフス・エレメント」からの主演女優ミラ・ジョヴォヴィッチの大ファンで、彼女のスーパーヒロイン俳優としてのポジションを確立した2001年の「バイオハザード」から今作に至るまでのシリーズ全6作を「映画館」で観た“感染者”として、やはり「感無量」という言葉を使わざるを得ない。
(個人的に、6作も続いたシリーズ作の全作を映画館で鑑賞した作品は他になく、ただその一点をとっても個人的には無視できない作品なのだ)

前述の通り、今シリーズにおいては、とうの昔に“感染者”に成り下がっており、最新作に対する真っ当な「期待」などはとっくに無くなっていた。
それでも結果として映画館に足を運び続けた理由の大半は、ゾンビよろしく排他的な「惰性」と、主演女優の美貌を拝んでおかないとという慢性的な「欲情」に占められていたと思う。
そんな感じで、「ああやっぱりイマイチだったな……」だとか、「ああやっぱりジョヴォヴィッチはエロいな……」などと思いつつ、ゾンビのようにフラフラと劇場を後にし続けた。
極めて退廃的である。金も時間も無いのだからもっと良い映画を観ろよと我ながら思う。
だがしかし、その“退廃感”を味わうことこそが、このシリーズを観ることの目的となり、カタルシスにすらなっているように感じていた。

そうして期待感など毛頭なく臨んだシリーズ最終作。
“感染者”ならではの斜めからの視点、そして粘り強く観続けてきたファンとしての贔屓目は大いにあったろう。
「傑作」とは言わない。「佳作」とも言い切ることはできない。ただ、「良かった」と断言したい。

もはやシリーズ通じてのストーリーの整合性などは、端から無いものと高をくくっていたのだが、シリーズ最終作にして、ちゃんとストーリーの収拾をしてくれたと思う。
特に「V」以降の迷走ぶりが甚だしかったアンブレラ社の陰謀の真意だったり、ずうっと曖昧で荒唐無稽だった主人公アリスの存在性とその意味が、曲がりなりにも明らかにされたことには、長年の胸のつっかえが取り除かれたようで快感を覚えた。
当然ながら全く粗がないなんてことは言えるわけもないが、それでも破綻しまくっていた過去作を含んだストーリーの整合性を、ギリギリのところで再構築してみせたのではないかと思える。

また過去作に登場したアンデッドたちを再登場させたり、第一作の舞台となったアンブレラ社の地下研究所“ハイブ”を決着の場として設定するなど、シリーズファンに対してのサービスも嬉しかった。
そして、主人公アリスと共に、長年に渡りシリーズを支え続けた二人の悪役の最期も、非常に印象深かった。
特にアルバート・ウェスカーのラストの情けなさは、一会社員として無性に胸に迫るものがあった。
アイザックス博士の狂科学者と狂信者をミックスさせたラスボスぶりも、その始末のつけられ方も含めて良かったと思う。


と、概ね大満足に近いシリーズ最終作だったが、一つ大きすぎるマイナス要因がある。
それは過去作それぞれの優劣を決める最大のポイントともなっていた要素、即ち“エロティシズム”の有無だ。
第一作「バイオハザード」が成功した最大の要因は、勿論ミラ・ジョヴォヴィッチというスター性に溢れた女優がキャスティングされたことに尽きると思うが、それと同時に、主演女優によるエロティシズムが映画全編を通して全開だったことがあまりに大きい。
「バイオハザード」は、主人公アリスの“半裸”で始まり、魅惑的なコスチュームでアクションを繰り広げ、そして再び“半裸”で終幕したからこそ、唯一無二の娯楽大作として存在し得たのだと思っている。

ミラ・ジョヴォヴィッチが、撮影期間中に妊娠したことも多分に影響しているのだろうし、致し方ないことではあるのかもしれないが、今作において主人公アリスのセクシーカットが皆無だったことは、今シリーズ作に無くてはならない“エンターテイメント”の大いなる欠損だったと思う。
まあこれについては、何を隠そう今作の監督であるポール・W・S・アンダーソン自身が、ミラ・ジョヴォヴィッチの夫なわけだから、憤慨と嫉妬を込めて「ちゃんとしろよ……」と言いたい。

せめて、半裸とは言わないまでも、再び赤いドレスを身に纏ったアリスがコウモリのお化けと対峙するラストシーンで締められていたならば、この満足感は一気に振り切れたかもしれない。


「バイオハザード: ザ・ファイナル Resident Evil: The Final Chapter」
2016年【独・豪・カナダ・仏】
鑑賞環境:映画館(字幕)
評価:7点

「駆込み女と駆出し男」<8点> 

January 15 [Sun], 2017, 23:53


時代に虐げられる女の苦悩と、それでも生き抜く女の強さ。みな逞しく、美しい。その様に涙が溢れる。

冒頭、各人物によるある種様式的なしゃべり言葉のせいもあり、何を言っているのかが理解し難い。
ただし、台詞の言い回しや、それに伴う人物の動きには、細心の役づくりと演出が施されていることが明らかで、この様式的な馴染み難さが、時代劇として明確に意図しているものだと分かる。
そして、正確には理解できずとも、物語の時代背景や人物の意思はきちんと伝わってきて、観る者を映画世界に没入させることに成功していると思う。

江戸時代末期、幕府公認の“縁切寺”とされた東慶寺を舞台に、女と男の悲喜劇が芳醇な人間描写によって繰り広げられる。
“縁切寺”などと言うと、いかにも時代劇的な特異な題材のようにも聞こえるけれど、いつの時代も男女間のトラブルによる苦しみと悲しみは尽きぬものであり、当然ながらそれは今この時代にもダイレクトに通じる普遍的なドラマ性を孕んでいた。

緻密な時代考証による完璧な時代劇というわけでは決してないけれど、各登場人物の心象に焦点を当てた演出とストーリーテリングは、各人物をとても活き活きと描き出し、映画全体の熱量に繋がっていたと思う。
時に舞台的なダイナミズムをも感じさせる人間描写の豊かさが見事だった。

題材が題材だけに、女優陣がみな素晴らしい。
満島ひかりの存在感はもはや言わずもがな。彼女がこの物語の中心で“生き抜いた”からこそ、映画の豊かさがぐんと上がったと思う。
またヒロイン役の戸田恵梨香の好演が、個人的に最大の嬉しい驚きだった。あまり印象強い女優ではなかったけれど、今作の彼女は非常に魅力的で、今作に相応しい“華”になっていた。
脇を固める樹木希林、キムラ緑子の安定感は流石である。
そして、彼女たちの間を飄々と立ち回り、主人公として映画を締めた大泉洋がやはり素晴らしい。彼が俳優としての地位を固めて久しいが、その勢いはまだまだ留まることを知らないようだ。どこかの映画評では、「現代のフランキー堺だ」という言葉もあったが、まさしくその通りだと思える。


いつの時代も、泣いてきたのは女。いつまでたっても無くならない女性差別や女性蔑視も含め、この物語が孕んでいる現代的な問題意識は無視できない。
しかし、だからと言ってこの映画が画一的ななフェミニズムばかりを展開しているのかというと、そうではない。
そういった問題意識を内包しつつ、その上で営まれる女と男の人間関係の愛おしさを描き出していると思う。

女も男も、何かに寄り添って生きていて、何に寄り添うかは自由だ。
女が女に寄り添ったっていいし、その逆もしかり、仏様に寄り添っても、キリスト様に寄り添ったっていい。
大切なのは、誰しも一人では生きていけないということを、他の誰でもない自分自身が認めてあげることだ。
この映画の顛末が伝えることはそういうことだと思う。

だからこそこの映画は、決して完璧ではないけれど、とても「素敵」なのだと思う。


「駆込み女と駆出し男」
2015年【日】
鑑賞環境:VOD(Netflix)
評価:8点

おヒサシネマ! 「ラヂオの時間」 

January 08 [Sun], 2017, 23:50


ラジオドラマを題材にした本作。
幾度目かの再鑑賞にあたって、NetflixをiPhoneで再生しながら、寝床で“聴いて”みた。
しっかりと、面白い。流石だ。
そうだ、三谷幸喜の脚本作品は聴くだけで面白かったんだ。かつてはね。


「ラヂオの時間」
1997年【日】
鑑賞環境:VOD(Netflix)
評価:9点(→)
2017年02月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28
月別アーカイブ
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:TKL
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 誕生日:1981年
  • アイコン画像 血液型:B型
  • アイコン画像 趣味:
    ・漫画
    ・スポーツ
    ・小説
読者になる
映画の善し悪しは、結局、「好き」か「嫌い」かだと思う。 つらつらと語ってみたところで、詰まるところ、それ以上でも以下でもない。 それで良いのだろうと思う。