「オクジャ/okja」<8点> 

July 17 [Mon], 2017, 0:49


韓国が生んだ巨匠ポン・ジュノの最新作は、Netflixによる世界同時配信映画であるに相応しく、非常に触れやすく見やすいエンターテイメント性に富んだ楽しいアクション・アドベンチャーである……ように見えるが、勿論そんな映画ではない。
当然ながら、ポン・ジュノがそんな分かりやすく楽観的な映画を作るはずもない。
この作品は、おそらく、「食品」として肉を食べている地球上の人間総てにとって、居心地の悪い映画となることだろう。

この“居心地が悪い”とは、「気持ち悪い」とか「見ていられない」とかそういう類のものではない。
冒頭に記した通り、この映画はエンターテイメント性に溢れていて、愉快だし、高揚する。それは間違いない。
けれど、そういった映画としての「娯楽性」を感じた瞬間に、はたと気づく。
「あれ…、自分はこのシーンに対して楽しんでいい立場の人間ではないぞ……」
現実を突きつけられて、途端に居たたまれなくなる。
極めて「意地悪」な映画であり、だからこそ流石だと苦笑いをしつつ感嘆する。

不可思議な巨大生物と幼気な少女のハートウォーミングな交流シーンから、突如として、この世界の「食」が抱える闇と真理が、「肉採取機」のように容赦なく抉り出される。
その様は、あまりに残酷で無慈悲に見えるけれど、観客はそれを心の底から否定できない。
そして、映し出される描写が滑稽であるほどに、徐々に確実に笑えなくなってくる。

ティルダ・スウィントンが相変わらず演技派女優らしからぬぶっ飛んだ演技で「悪役」姉妹を一人二役で怪演している。
しかし、結果として、彼女たちは何も裁かれることはない。むしろきっちりと計画的に当初の目論見を成し遂げる。
何故ならば、彼女たちの悲願である“ビジネス”は決して悪事ではなく、現代社会の食文化の「理」そのものだからだ。

愛する“オクジャ”を救うために、身ひとつで巨大企業に挑んだ少女は、その「理」に跳ね返され、打ちのめされる。
彼女が唯一携えていた「現実」によって、すんでのところで“オクジャ”は救い出せたように見えるけれど、それは自分が愛する巨大な生物をついに「食品」として受け入れざるを得なかったことに他ならない。
そうして彼女は、おびただしい数の虚無と絶望に文字通りに覆い囲まれながら、暗い暗い帰路を辿る。


世界の食糧事情を解消するために「遺伝子操作」をすることは罪か?
それでは、美味しい食肉を生産するために「品種改良」をすることは罪ではないのか?

その身勝手で曖昧なラインが明確にならない限り、この映画の「居心地」は益々悪くなり続けるだろう。
そういうことを感じながら、今日も僕は、この世界の何処かで“作られた”肉を食べている。


「オクジャ/okja」
2017年【韓国・アメリカ】
鑑賞環境:VOD(Netflix・字幕)
評価:8点

予告編

「メアリと魔女の花」<4点> 

July 15 [Sat], 2017, 18:46


冒頭の一連のシークエンスはまさに“ジブリ的”であり、期待感と高揚感が刺激された。
「天空の城ラピュタ」のようであり、「千と千尋の神隠し」のようであり、「崖の上のポニョ」のようであった。
この映画が、「スタジオジブリ」としての再出発作品だと言うのならば、僕は一定の満足感を得られたかもしれない。

米林宏昌監督としては3作目だが、スタジオジブリから独立し、新スタジオを立ち上げて臨む第一回作品として、彼のこれからのフィルモグラフィーにおいても非常に大切な一作だったに違いない。
選んだ題材は「魔女」。当然ながら観客はファンでなくとも「魔女の宅急便」を否が応でも連想する。
キャッチコピーにも「魔女、ふたたび。」と掲げる大胆不敵ぶり。
そして、冒頭からの過去のジブリ作品に対しての過剰なまでのオマージュ性は、敬意と感謝を込めつつも、それを越えていくことの堂々たる宣言かと期待した。

がしかし、最終的に得られた感想は、冒頭のシークエンスで感じた印象に集約されていた。
即ち、「ジブリのような映画」でしかなかったということ。
シーンもキャラクターも台詞回しですら、映画を構成する殆どすべての要素が“のようなもの”だった。

“ジブリの継承”と言えば聞こえはいいけれど、同時に恥ずかしいくらいに“二番煎じ”の域を出ておらず、むしろ“呪縛”めいたものも否定できない。
当然ながら、それではアニメ映画として新しい世界が開くはずもない。
悪いけど、この国のアニメーションはもっと先に進んでいて、そんなところに留まってはいない。

奇しくも、昨年の国内映画シーンは、片渕須直監督の「この世界の片隅に」と、新海誠監督の「君の名は。」が席巻し、今年も「夜は短し歩けよ乙女」で湯浅政明監督が改めて新時代への名乗りを上げた。
勿論、最先鋒には庵野秀明や細田守も君臨していて、国内のアニメ映画界は、群雄割拠の戦国時代に突入している。

そんな映画ファンにとってはしびれる状況の中で、米林宏昌監督がこの“二番煎じ”で満足しているというのならば、それはあまりにも残念でならない。
ジブリからの直接的な独立者として色々と難しい立ち位置ではあるのだろう。そうであったとしても、ここまで古巣に対しての目配せをし、媚びへつらう必要があったのだろうか。
エンドロールの最終盤にクレジットされる御大3名に対しての「感謝」の二文字が気持ち悪くって仕方なかった。


“偏屈な天才”がまたもや「引退詐欺」を画策しているという噂も聞く。
米林宏昌監督があくまでも“ジブリ”というブランドの枠組の中で「作画」のみに没頭し、老いた天才と共に心中したいというのであればそれもいいだろう。
けれど、個人的には前作「思い出のマーニー」に多大な可能性を感じただけに、勿体なく思う。

新スタジオの名前はスタジオポノック。「ポノック」とは「午前0時」の意で一日のはじまりを表現しているらしい。
果たして、午前0時は一日のはじまりなのか終わりなのか。
残念ながらこの作品からは、過ぎた一日の疲弊感とそれに伴う想像力の欠如しか感じない。


「メアリと魔女の花」
2017年【日】
鑑賞環境:映画館
評価:4点

予告編

「ハドソン川の奇跡」<8点> 

July 09 [Sun], 2017, 1:00


出張で羽田行きの機内に乗り込む最中、10日前に観たこの映画のことを思い出した。
日々の行いだとか、常日頃の危機意識だとか、事故に遭遇しないための言い様は色々とあるけれど、事故に遭うか否かは詰まるところ「運」次第だろう。
しかし、同時に、不運にも起こってしまった事故に対処する人物が誰であるかということも、「運」次第だと思う。
この映画で描かれた事実を率直に受け取るならば、あの航空事故は、「不運」と「幸運」が同時に邂逅した出来事であり、そのことが即ち「奇跡」と呼べるのだろうと思う。

原題は「Sully」。事故機の機長チェスリー・サレンバーガーの愛称である。
原題が表す通り、今作は「奇跡」の顛末ではなく、サレンバーガー機長の事故前後の心情描写と葛藤、ベテラン機長としての矜持がつぶさに描かれている。

パイロットとして30年以上に渡り飛び続けてきたからこそ抱えた一抹の不安。
彼は、航空において「絶対」が無いということを、他の誰よりも知っていたのだろう。
それがたとえ自分自身が生み出した奇跡と、それに対する疑念であったとしても。
紛れもない「一流」だからこそ抱えた葛藤の行く末に心がふるえた。

主演のトム・ハンクスは、「キャプテン・フィリップス」「ブリッジ・オブ・スパイ」そして今作と、実際に起こった事件・事故に対峙した実在の人物を立て続けに流石の存在感で好演し、すっかり“アメリカの良心”を象徴する大俳優になった印象を覚える。

そして、監督のクリント・イーストウッドは、映画人として極まった円熟味に更に拍車をかけるか如く、あまりにも手際よく良作を仕上げてみせている。
この題材となった事故は、確かに奇跡的な出来事ではあるが、あまりにも突発的で短時間で収束した事故だっただけに、映画として膨らませることは困難だったはずだ。
しかしながら、イーストウッド監督は、紛れもないキーパーソンであるサレンバーガー機長の深層心理にまで的確に表し、同時にこの奇跡が機長一人の功績ではなく事故に関わったすべての人達による最善の対応結果であったことまで拾い上げ、それぞれの描写を手際よく描ききっている。


冒頭機長は、対応の是非を追求してくる国家運輸安全委員会の「墜落」という表現に対して、断固として「着水」だと言い放つ。
勿論結果として、機長の主張は正しかったわけだが、この映画が伝えることはその正誤そのものではない。
或る英雄的行動も、一つ視点を変えれば、蛮行として捉えられることもある。
事故に関わった様々な人間たちの多角的な視点こそが、この映画のテーマだろう。

そこには、この世界の理、アメリカという国の真の姿を冷静に見続け、表し続けるクリント・イーストウッドの本領が如実に表れている。


「ハドソン川の奇跡 Sully」
2016年【米】
鑑賞環境:VOD(Netflix・字幕)
評価:8点

予告編

スバラシネマAWARDS☆2017【上半期中間発表】 

June 30 [Fri], 2017, 23:01
<スバラシネマAWARDS☆2017【上半期中間発表】>



鑑賞本数:37本 
平均点:6.97点(2017年6月30日現在)




作品賞



☆「この世界の片隅に」

「ラ・ラ・ランド」

「キングコング:髑髏島の巨神」

「プリデスティネーション」

「メッセージ」





監督賞



☆片渕須直
「この世界の片隅に」


デイミアン・チャゼル
「ラ・ラ・ランド」

マイケル・スピエリッグ ピーター・スピエリッグ
「プリデスティネーション」

湯浅政明
「夜は短し歩けよ乙女」

ドゥニ・ヴィルヌーヴ
「メッセージ」





脚本&脚色賞



☆「この世界の片隅に」

「スノーデン」

「ラ・ラ・ランド」

「プリデスティネーション」

「メッセージ」





主演男優賞



☆ヒュー・ジャックマン
「LOGAN ローガン」


ジョセフ・ゴードン=レヴィット
「スノーデン」

イーサン・ホーク
「プリデスティネーション」

ブラッド・ピット
「ウォー・マシーン:戦争は話術だ!」

ジェームズ・マカヴォイ
「スプリット」





主演女優賞



☆エマ・ストーン
「ラ・ラ・ランド」


戸田恵梨香
「駆込み女と駆出し男」

井上真央
「白ゆき姫殺人事件」

ジェニファー・ローレンス
「パッセンジャー」

エイミー・アダムス
「メッセージ」





助演女優賞



☆サラ・スヌーク
「プリデスティネーション」


満島ひかり
「駆込み女と駆出し男」

シャロン・ストーン
「カジノ」

シャーリーズ・セロン
「ワイルド・スピード ICE BREAK」

橋本愛
「美しい星」





助演男優賞



☆ジョー・ペシ
「カジノ」


サミュエル・L・ジャクソン
「キングコング:髑髏島の巨神」

シャールト・コプリー
「ハードコア」

マイケル・ルーカー
「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」

佐々木蔵之介
「美しい星」





ニューフェイス賞



☆サラ・スヌーク
「プリデスティネーション」


ヘイリー・ベネット
「ハードコア」

ダフネ・キーン
「LOGAN ローガン」

アニヤ・テイラー=ジョイ
「スプリット」





キャスティング賞



☆「この世界の片隅に」

「駆込み女と駆け出し男」

「海月姫」

「美しい星」

「スプリット」





ナイスガイ・キャラクター賞



☆ヨンドゥ・ウドンタ(マイケル・ルーカー)
「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」


ハンク・マーロウ(ジョン・C・ライリー)
「キングコング:髑髏島の巨神」

ジミー(シャールト・コプリー)
「ハードコア」

グレン・マクマホン大将(ブラッド・ピット)
「ウォー・マシーン:戦争は話術だ!」

ローガン/ウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)
「LOGAN ローガン」





ナイスガール・キャラクター賞



☆北條すず(のん)
「この世界の片隅に」


じょご(戸田恵梨香)
「駆込み女と駆出し男」

お吟(満島ひかり)
「駆込み女と駆出し男」

ジェーン(サラ・スヌーク)
「プリデスティネーション」

黒髪の乙女(花澤香菜)
「夜は短し歩けよ乙女」





最低(最高!)悪役賞



☆ケビン・ウェンデル・クラム(ジェームズ・マカヴォイ)
「スプリット」


プレストン・パッカード(サミュエル・L・ジャクソン)
「キングコング:髑髏島の巨神」

山守義雄(金子信雄)
「仁義なき戦い 頂上決戦」

サイファー(シャーリーズ・セロン)
「ワイルド・スピード ICE BREAK」

エゴ(カート・ラッセル)
「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」





撮影賞



☆「ラ・ラ・ランド」

「スノーデン」

「プリデスティネーション」

「ハードコア」

「メッセージ」





特殊視覚効果賞



☆「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」

「ドクター・ストレンジ」

「キングコング:髑髏島の巨神」

「パッセンジャー」

「ハードコア」





美術賞



☆「夜は短し歩けよ乙女」

「ドクター・ストレンジ」

「ラ・ラ・ランド」

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」

「メッセージ」





衣装デザイン賞



☆「ラ・ラ・ランド」

「ドクター・ストレンジ」

「シェルブールの雨傘」

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」

「マッドマックス2」





音楽賞



☆「この世界の片隅に」

「ラ・ラ・ランド」

「夜は短し歩けよ乙女」

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」

「メッセージ」





ミステリー・サスペンス映画賞



☆「プリデスティネーション」

「白ゆき姫殺人事件」

「スプリット」

「美しい湖の底」





アクション映画賞



☆「キングコング:髑髏島の巨神」

「ハードコア」

「ワイルド・スピード ICE BREAK」

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」

「LOGAN ローガン」





SF映画賞



☆「プリデスティネーション」

「キングコング:髑髏島の巨神」

「パッセンジャー」

「メッセージ」

「美しい星」





ファンタジー映画賞



☆「夜は短し歩けよ乙女」

「脳内ポイズンベリー」

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」

「LOGAN ローガン」

「スプリット」





コメディ映画賞



☆「ウォー・マシーン:戦争は話術だ!」

「駆込み女と駆出し男」

「この世界の片隅に」

「夜は短し歩けよ乙女」

「美しい星」





ラブストーリー賞



☆「ラ・ラ・ランド」

「駆込み女と駆出し男」

「この世界の片隅に」

「脳内ポイズンベリー」

「夜は短し歩けよ乙女」





ホラー映画賞



☆「スプリット」

「バイオハザード:ザ・ファイナル」





アニメーション映画賞



☆「この世界の片隅に」

「つみきのいえ」

「映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険」

「夜は短し歩けよ乙女」

「映画 はなかっぱ 花さけ!パッカ〜ん♪蝶の国の大冒険」





日本映画賞



☆「この世界の片隅に」

「駆込み女と駆出し男」

「夜は短し歩けよ乙女」

「仁義なき戦い 頂上決戦」

「美しい星」





劇場鑑賞作品賞(17作品)



☆「この世界の片隅に」

「ラ・ラ・ランド」

「キングコング:髑髏島の巨神」

「メッセージ」

「LOGAN ローガン」






掘り出し物賞(期待値に対して大幅に満足度が高かった映画)



☆「プリデスティネーション」

「バイオハザード:ザ・ファイナル」

「白ゆき姫殺人事件」

「スノーデン」

「ウォー・マシーン:戦争は話術だ!」





ガッカリ賞(期待値に対して大幅に満足度が低かった映画)



★「マッドマックス2」

「アサシン クリード」

「薄氷の殺人」

「X-ミッション」





ベストレビュー賞



☆「メッセージ」
レビュー

「この世界の片隅に」
レビュー

「ラ・ラ・ランド」
レビュー

「夜は短し歩けよ乙女」
レビュー

「LOGAN ローガン」
レビュー





おヒサシネマ!賞



☆「Mr.&Mrs.スミス」」

「バイオハザード」

「ボディガード」

「アドレナリン」

「沈黙の戦艦」





ワースト映画賞



★「アサシン クリード」

「X-ミッション」

「沈黙のテロリスト」

「ワイルドカード」





ワースト監督賞



★ジャスティン・カーゼル
「アサシン クリード」


エリクソン・コア
「X-ミッション」

アルバート・ピュン
「沈黙のテロリスト」

サイモン・ウエスト
「ワイルドカード」





ワースト男優賞



★マイケル・ファスベンダー
「アサシン クリード」


エドガー・ラミレス
「X-ミッション」

ルーク・ブレイシー
「X-ミッション」

スティーブン・セガール
「沈黙のテロリスト」

トム・サイズモア
「沈黙のテロリスト」





ワースト女優賞



★マリオン・コティヤール
「アサシン クリード」




「美しい湖の底」<6点> 

June 25 [Sun], 2017, 23:47


或る強盗事件の発生前後の4日間が、一日ずつ章立てされた時間逆行型のストーリーテリングで描かれる。
今更、時間逆行型サスペンスなんて珍しくもなく、Netflixオリジナルの劇場未公開映画ということもあり、あまり期待せずに観始めたが、なかなかどうして、充分に一定の見応えを備えた作品であった。

語り口とルックだけ捉えれば非常に洗練されていて、犯罪映画としてコーエン兄弟監督作のような佇まいも感じる。
監督はコメディ畑の作り手らしく、一見陰鬱な映画世界の空気感の中に絶妙な塩梅で挟み込まれるコメディセンスが、映画のテイストに対してとてもフレッシュで、光っていたと思う。

あまり有名な俳優は出演していないが、キーパーソンである主人公の兄を演じるレイン・ウィルソンは、アンチヒーロー映画の傑作「スーパー!」の記憶が新しい。今作においても、ブラックなユーモアと狂気性に満ち溢れたキャラクターを見事に演じている。

期待が低かった分、鑑賞中は概ね満足はしたのだが、観終わってみるとストーリーの描き込みの弱さは目立つ。
予算の都合も多分にあるのだろうけれど、絡み合う人物たちにとって重要な「過去」の描写が全く映し出されないため、今ひとつ人間関係が掴みづらいままクライマックスを迎えてしまう。
ラストのワンカットでも、“湖での出来事”の真相なり、キャラクターたちの若かりし頃の描写なりを見せていたならば、もっと味わい深く、エモーショナルなサスペンス映画に仕上がっていたかもしれない。

まあ取り敢えず、Netflixオリジナル作品は今後もしっかりと追っていかねばならないとは思う。


「美しい湖の底 SHIMMER LAKE」
2017年【アメリカ・カナダ】
鑑賞環境:VOD(Netflix・字幕)
評価:6点

予告編

「マッドマックス2」<5点> 

June 18 [Sun], 2017, 23:59


荒廃した地球、入り乱れる暴力と狂気。
「映画」のみならず、漫画、小説、様々な表現において、その後デフォルトとなったこの「イメージ」を発明し、創り上げたこの映画の価値と衝撃は、如何なるものだったのだろう。
今作の製作年と同じ1981年生まれの映画ファンにとっては、伝え聞くその衝撃は、言葉通り“伝説”の範疇を出ず、非常に口惜しく思う。

2015年の大衝撃作「マッドマックス 怒りのデス・ロード(Mad Max: Fury Road)」が、“マッドマックス”初体験だった。その直後に第一作「マッドマックス」を観て、今回ようやく「2」の鑑賞に至った。
ある意味必然的なことなのかもしれないが、伝説的なこの2作に対して、伝説通りの衝撃を受けることは出来なかった。

“カルト”であることは理解できる。いろいろと、どうかしている映画である。
だからこそ、レジェンド化され過ぎなんじゃないかとも思う。
非常に実験的でもあり、破れかぶれの映画であり、だからこそ世界中のボンクラ映画ファンの心を掴んで離さなかったのだろう。


「マッドマックス2 Mad Max 2」
1981年【米】
鑑賞環境:VOD(Netflix・字幕)
評価:5点

予告編

「スプリット」<8点> 

June 14 [Wed], 2017, 23:15


冒頭、文字通りに“恐怖”と隣り合わせになった少女の一寸の逡巡。
あまりにも突然な危機との遭遇に対して硬直してしまっているようにも見えるが、どこか逃げ出すことをためらっているようにも見える。
孤独な少女は、逃げることが出来なかったのではなく、直感的に“恐怖”の正体に“何か”を感じ、一人抱え続けてきた地獄を切り裂いてくれる“何か”に期待したのではないか。
即ち、この映画は、主人公の少女が恐怖から逃げ切る物語ではなく、恐怖に対して向かい合うことで、自分自身が抱える恐れを曝け出す物語だったのだと思う。

ある意味予想通りではあるが、変な映画である。
M・ナイト・シャマランの最新作に対して“真っ当さ”を期待することがそもそもナンセンス。鬼才監督の思惑通りに、恐怖と奇妙なカタルシスに覆い尽くされる。

アルフレッド・ヒッチコックの「サイコ」を皮切りに、「多重人格」を描いたサスペンスは世界中の映画シーンで数多く製作されている。
今作も、そういった過去作のテイストを踏まえた類似点やオマージュは見受けられるが、本質的には、そのどの作品とも一線を画する映画に仕上がっていると思う。(好き嫌いは別にして……)

多重人格を描くにあたり、最もキーポイントになってくるのは、やはり演者の力量だろう。
今作で“多重人格者”にキャスティングされたジェームズ・マカヴォイがどうだったか、まあ圧倒的である。
いまやハリウッドきっての芸達者と言えるこのスター俳優が、流石に素晴らしいパフォーマンスを見せる。
そもそもが、人間の光と闇を同時に醸し出す雰囲気を持つ俳優なので、この映画での色々な意味で“新しい”多重人格者役は、まさにハマり役だったと言えよう。
終盤以降、複数の人格がワンカットの中で矢継ぎ早に現れては入れ替わる様は凄まじかった。


この映画は、異常な多重人格者に囚われた少女たちが、絶体絶命な危機的状況から逃げ出そうとする恐怖映画としてイントロダクションされている。
しかし、ある意味当然ながら、それはシャマラン監督によるミスリードである。
「恐怖」を描いた作品であることは間違いないが、主人公の少女が対峙する「恐怖」は、それを通じて自らが抱え続けてきた恐れと向き合うことで、強大な力に対しての崇拝のようなものも孕んだ「畏怖」へと変化していく。

その心理の変化は我々観客にも与えられる。
だんだんと、ジェームズ・マカヴォイ演じるこの“異常”な多重人格者が気になって仕方なくなる。恐怖を越えて、何か愛着めいたものすら覚えてくる。
「あれ?何かがおかしい」と心のそこでふと気づく。
主人公の少女の顛末よりも、この“超人的”な多重人格者のこの先が観たくなっている。

「え?どういうことだ」
と、思った瞬間に現れる最終カットのまさかのアイツ!
思わず吹き出し、溢れ出る笑みを抑えきれず「すげえ」と呟いてしまった。
シャマラン好きにはタマラン異常で反則的な展開力。
そして、“あのシャマラン映画”が大好きな者としては、殊更にタマラン結末だった。
いやあ、参った。


「スプリット Split」
2017年【米】
鑑賞環境:映画館(字幕)
評価:8点

予告編

「LOGAN/ローガン」<9点> 

June 08 [Thu], 2017, 23:37


軋む。
古い車体が、錆びた鉄扉が、そして満身創痍のヒーローの身体が。
不死身だったはずのヒーローが、老い、拭い去れない悔恨を抱え、死に場所を求めるかのように最後の旅に出る。
メキシコからカナダへ。アメリカを縦断する旅路の意味と、その果てに彼が得たものは何だったろうか。

17年に渡り「X-MEN」シリーズを牽引してきた主人公のラストが、まさかこれほどまでにエモーションに溢れた“ロード・ムービー”として締めくくられるとは思ってもみなかった。
シリーズ過去作のどの作品と比較しても、圧倒的に無骨で不器用な映画である。テンポも非常に鈍重だ。
いわゆる“アメコミヒーロー映画”らしい華やかで派手な趣きは皆無だと言っていい。
だがしかし、どのシリーズ過去作よりも、“ヒーロー”の姿そのものを描いた映画だと思う。

個人的に、長らく「X-MEN」シリーズがあまり好きではなかった。
初期三部作における主人公・ウルヴァリンの、鬱憤と屈折を抱え、あまりのもヒーロー然としないキャラクター性を受け入れるのに時間がかかったからだ。リブートシリーズと、ウルヴァリン単独のスピンオフシリーズを経て、ようやくこの異質なヒーローの本質的な魅力を理解するようになった。
それくらい、このヒーローが抱える憂いと心の闇は深く果てしないものだったのだろうと思う。

そんなアメコミ界においても唯一無二の「異端」であるヒーローが、ついに自らの闇に向かい合い、決着をつける。
おびただしい数の敵を切り裂いてきたアダマンチウムの爪が、これまで以上に生々しく肉をえぐり、四肢を分断し、血みどろに汚れていく。
そして、同時にそのアダマンチウム自体が体内に侵食し、無敵のヒーローの生命を徐々に確実に蝕んでいく。
それはまさしく、“ウルヴァリン”というヒーローの呪われた宿命と業苦の表れだった。

不老不死故に、他の誰よりも、相手を傷つけ、そして傷つけられてきた哀しきヒーローが、ふいに現れた小さな「希望」を必死に抱えて、最後の爪痕を刻みつける。


過去作におけるウルヴァリンというキャラクター故のカタルシスの抑制とそれに伴うフラストレーションは、今作によってそのすべてが解放され、別次元の感動へと昇華された。
それが成し得られたのは、何を置いても主演のヒュー・ジャックマンの俳優力によるところが大きい。
彼は今作で自らのギャランティーを削って、「R指定」を勝ち獲ったらしい。
そこには、“ウルヴァリン”によってスターダムをのし上がったことへの感謝と、このキャラクターのラストを締めくくる上での並々ならぬ意気込みがあったに違いない。
結果、ラストに相応しい見事な“オールドマン・ローガン”を体現してみせたと思う。


「This is what it feels like(ああ、こういう感じか)」

最期の最期、哀しきヒーローは、ついに“それ”を得ることが出来た。
墓標の「X」が涙で滲む。
さようなら、いや、ありがとう、ローガン。


「LOGAN/ローガン LOGAN」
2017年【米】
鑑賞環境:映画館(IMAX2D・字幕)
評価:9点

予告編

「美しい星」<8点> 

June 03 [Sat], 2017, 23:35


ぶっ飛んでいる。
この理解と賛否が分かれることは間違いない映画が、大都市のみならず、地方都市のシネコンにまでかかっていることが、先ず異例だろう。
「桐島、部活やめるってよ」、「紙の月」と立て続けに日本映画史に残るであろう傑作を連発した吉田大八監督の最新作というブランド力が高騰していることが如実に伺える。
そして、その高騰ぶりにまったく萎縮すること無く、この監督は過去のフィルモグラフィーを振り返っても随一にヘンテコリンな映画を作り上げている。無論褒めている。
(亀梨くんの出演のみを目的にした女性客などは大層面食らったことだろう)

三島由紀夫の原作は未読だけれど、あの稀代の小説家が健在の時代であったとしても、たぶん同じように時代を超越したエネルギーに満ち溢れた映画が作られただろうと思う。
そういう意味では、同じく三島由紀夫が江戸川乱歩の小説を戯曲化した「黒蜥蜴」の映画化作品も彷彿とさせる。
即ち、この映画の在り方はまったく正しく、吉田大八監督はまたしても原作小説を見事な“新解釈”を多分に盛り込みつつ素晴らしい映画世界を構築してみせたのだと思う。

この映画は、冒頭から最後の最後まで、SFと幻想の境界線を絶妙なバランス感覚で渡りきる。
そのバランスの中心に描かれるのは、人間の営みの中に巣食う可笑しさと、表裏一体に存在する恐ろしさと愚かさ。
その時に暴力的で破滅的ですらある「滑稽」が、ありふれた一つの「家族」に描きつけられる。

終始、可笑しくて、笑いが止まらない。
ただ、だからこそ、この世界の危うさの核心を鷲掴みにされているような痛さとおぞましさも感じ続けなければならなかった。

人間社会の滅亡を開始する“ボタン”は空洞だった。
人類は許されたのか?勿論、違う。
謎の宇宙人がその強大な力を振るうまでもなく、人類は勝手に滅亡に向けて突き進んでいる。

優しい火星人が「美しい星だ」と名残惜しんでくれているうちに、なんとかしなければ。


「美しい星」
2017年【日】
鑑賞環境:映画館
評価:8点

予告編

「ウォー・マシーン:戦争は話術だ!」<9点> 

May 28 [Sun], 2017, 2:42


主人公の米軍エリート大将は、ストイックな男。
毎朝の11kmのランニングを欠かさず、食事は一日一回、4時間しか眠らない。
劇中何度も描写される彼の絶妙に滑稽なランニングフォームが可笑しい。
そこには、この「戦争についての映画」におけるシニカルな悪意が凝縮されているように思えた。

さて、この映画は、「戦争映画」だろうか。
勿論、「9・11」に端を発した「アフガニスタン紛争」の“現場”を描いている以上、風刺とコメディがふんだんに盛り込まれてはいるが、「戦争映画」だと認識することが普通だろう。
しかし、この映画の作り手は、描かれていることが「戦争」であるということを絶妙なさじ加減で終始ぼかし続ける。

冒頭、国際空港の便所で用を足した後、意気揚々と闊歩し、「勝ちに行くぞ」と兵士たちに発破をかける主人公の陸軍大将の姿は、まるでやる気のないスポーツチームを率いる少々間の抜けたコーチのようだ。
その後駐留地を目の当たりにした大将は、「ここの連中は戦争だということを忘れている」と嘆く。
それは米軍の兵士に限ったことではない。連合諸国の兵士は勿論、大使をはじめとする米国政府の面々も、現地のアフガニスタン兵や国家元首すら、それが「戦争」であることの意識が希薄になっている……ように見える。

大将は、あらゆる場所で“熱弁”をふるう。
この「戦争」の意味と価値を、各所で、兵士、政治家、民衆、記者、様々な人に説いて回る。
どの場面でも、大将の演説はとても情熱的だ。劇中、ティルダ・スウィントン演じるドイツ人議員の指摘にも含まれていたように、「大将は善い人」だと思う。この人物が本当に信念をもって任務に臨んでいることは誰の目にも明らかだ。

しかし、悲しきかな彼の言葉に、説得力を伴う「中身」は無い。
それは、彼が己の人生を通して信念を懸ける「戦争」そのものに、中身がないからだ。
そして、逆説的に彼の存在そのものが、この「戦争」の空虚さとイコールであることが、徐々に確実に露わになってくる。

熱き大将は、嘆く。戦争であることを認識していない本国、そして世界に対しての壮絶なジレンマに苛まれる。
でも、現実はそうではないのだ。
「戦争」というものに、彼が求める「理想」が本来はあったのだとしても、そんなものはとうの昔に無くなっている。

そんな“今”の「空虚な戦争」において、古ぼけた理想を掲げる軍人がいくら熱弁を振るおうとも、何かが伝わるはずもない。何処から来て、何処へ行くのかすら伝わらない。
そこには、巨大な虚無感が横たわっているようだった。


ブラッド・ピットがあらゆる意味で素晴らしい。
製作者としてネット配信限定の映画製作を担うにあたり、その性質を最大限に活かした題材と手法と作品規模で、オリジナリティに溢れる作品を仕上げてみせたと思う。
そして同時に、スター俳優としてベストパフォーマンスを見せている。時期的にアカデミー賞ノミネートは狙えないのかもしれないが、間違いなくそのレベルであり、少なくともこのスター俳優の新たな代表作の一つとなったことは確かだろう。


空虚な戦争を続ける空虚な大国は反省などしない。
では何をするのか?クビにして後任を送るのだ。
後任として送られてきたまさかの「ボブ」の闊歩を目の当たりにして、最後の最後までブラックな笑いと虚無感の増大が止まらなかった。

それにしても、このレベルの戦争映画がネット配信限定で公開される時代か。
作品内容に対する邦題の的外れ感は罪だが、映画の在り方は今後益々多様化していくのだろうな。


「ウォー・マシーン:戦争は話術だ! WAR MACHINE」
2017年【米】
鑑賞環境:VOD(Netflix・字幕)
評価:9点

予告編
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映画の善し悪しは、結局、「好き」か「嫌い」かだと思う。 つらつらと語ってみたところで、詰まるところ、それ以上でも以下でもない。 それで良いのだろうと思う。