南米予選!がんばれボリビア! 

September 03 [Sat], 2005, 15:48
今日は待ちに待ったサッカーの試合。ワールドカップ南米予選の1つというではないですか!
朝一でチケットを買いに行く。早起きは慣れているけど、スタジアムが遠いのなんの!下りでらくらく〜と思ってたら急なのぼり階段になったりして。息切れです。なにせここは世界で一番標高の高い首都ですから。アマゾンから一緒に旅していたというMzさんとTkさんのおもしろ話、バナナを1本買った時の話(1本とはいっても単位は木。何百個のバナナを担いで歩いたという。大変な荷物。この話かなり笑えます。)を聞きながら1時間半歩いて、やっとのことでスタジアム到着。宿のみんなの分も入れて計9枚のチケットを購入。「盗まれないように死守しないと。」小心者のわたしはここでも無駄に警戒する。料金は1人50ボリ。(約650円)物価に比べたらけっこう値が張る方だ。
どうやらココまで来るのにわたしたちはかなり遠回りをしてきたらしく、帰りは半分くらいの時間で帰れた。なんてこった。しかもその近道の道すがら果物屋発見。またもサラダという名のフルーツてんこもりを食べる。しかも昨日のより、こっちの方がいちごも入ってて豪華。すると、一緒にいたTkさんが声をあげる。「おぉ!来ましたかー!」むこうから日本人が来る。以前、別の国でできた友人だそう。サッカー南米予選中なので、サッカーの試合を基準に動く旅人はこんな再会がよくあるんだって。嬉しいよね、こういうの!!すると今度はMzさん。じーっとベンチに座っているヨーロッパ老夫婦をみている。「Oh!」夫婦がMzさんを見て反応。こちらも以前どこかのツアーでご一緒したそう。お互いに顔を覚えていて、偶然の再会だ!お互いのこれまでの旅の経緯話に花が咲く。いいなーこういうの!!旅の醍醐味◎

試合は夕方。それまで何をするか。。決まってる!!買い物デス!わたしラパスまで我慢してました。お土産天国ラパスを夢見て、これまで他の町で何度も誘惑に負けそうになりました。その抑圧のタガが一気にハズれます。アルパカマット買ってしまったもの。・・・かさばったっていいんです!いや、邪魔だけど。あと旅も残り半分あるし。いやいや、気持ち気持ち!!

同じ宿の日本人、そして近くの日本人宿サンタクルスの人たち、さらにわたしの同室フランス人デイビットを加え、いざスタジアムへ!!

巨石!ティワナク遺跡へ 

September 02 [Fri], 2005, 22:52
ぐっすり寝たー。
朝、宿の入り口でこれから朝食に行くと言うMzさんに会ったので、一緒についてく事にした。ゆるやかな坂を歩くこと10分。地元の人でにぎわう屋台。屋台と言ってもお店というより、道端におばちゃんが鍋持ってきてまわりにベンチ並べてみたよ。という感じ。とても繁盛している。ワンプレートにごはん、ハンバーグ、それにカレースパイスのルーみたいのがかけてあった。すごいボリューム。とても朝から食べれる量じゃない。なのに約50円。激安!隣にジュース売りのおばちゃんがいたので飲んでみた。リンゴジュースというけど、りんご10%にあとは水と砂糖ではないか!?というほど甘い。でもこれが1杯10円もしないのだ。繁盛しているだけあってとても美味しい食事だった。

 昨晩、サッカーの試合を見てからこの町を去る事にしようと、あ急きょラパス滞在延長を決めたので今日は1日空いてしまった。何をしようか考えた結果、ラパス郊外の「ティワナク遺跡」に行く事にした。さて、どう行ったらいいのかな。。普通は街のツアーに参加したりすればよくて、それだと宿まで迎えが来るし楽ちん。でもツアーの予約も間に合わず、節約にもなるし自分でいってみよう!と思った。歩き方には詳しい行き方が書いてないので、情報収集とばかりに近くの日本人宿を尋ね情報ノートを読ませてもらった。すると、宿泊者の方が声をかけてくれ、行き方を教えてくれた。彼は何年か前に行ったそうだ。…っていつからここにいるんだろう?どうやらラパス・リピーターらしい。
 ミクロ(ローカルバス)を乗り継ぎ到着。途中、運転手さんが親切にもアドバイスをくれた。「遺跡には泥棒が多いから気をつけろ!」と。ひと気が少ない所で襲われるらしい。ひぃ。気をつけろったって、広い遺跡。「遺跡とわたし」というくらい周りに人がいなくて、独りになる時間も多かったので得意のキョロキョロで乗り切った。遺跡に隣接してる博物館もあって、それは平気だろうと思うのに偽ガイドがいて、あとで法外な料金を要求するという。確かに入った途端ニコニコ近づいてくる人がいた。自称ガイド。あやしい・・!
ティワナク遺跡の入場料は10ドル。高い!ちなみに学割効きません。でも(写真:右下に乗っているのはわたしのカバン)ほんとすごいね、昔の人は。こんなものどうやっていくつも運んだのさ!


旅 解禁! 

September 01 [Thu], 2005, 17:56
ラパス
戻ってきたTCを有効にしてもらう。電話一本で意外にあっさり完了。次に盗難証明書を警察に返す。ホテルのマネージャーが店番をしなければならないという事で、一人で警察署に行く。タクシーで15分、100円ほどだ。タクシーは日本と違って気軽な乗り物。市民の足だ。町では始終、目の前を人を乗せたタクシーが走っている。タクシーに乗る際@公認タクシーか確認A乗る前に値段交渉、がぜったい必要である。そうでないとボラれやすい。ポリスに到着し、盗難届のキャンセルもサイン一つであっさり解決。ホテルに戻ってマネージャーにお礼をいい、これから先の旅情報を教えてもらって、戻ってきた荷物を背負い、さよならを言った。ようやく旅、再会です!
 ラパスで泊まるつもりだった日本人宿がいっぱいで断られてしまった。本と相談し、近くの別の宿に変えた。男女一緒のドミトリーだ。けど仕方ない。荷物をおいてベットを確保すると、先程断られた日本人宿に泊まっているエミさん夫婦と一緒に近くのレストランにいった。ここがすごい。サラダバーがついて、しかもお昼の定食はスープ・メイン・デザート・食後のカフェで150円もしない。すごい!!野菜もたっぷり食べれる。店もかなりおしゃれ。そして、一緒に食事をしていた建築を勉強している人が、キッチンの場所、そしてお客の席の間取りなどこのレストランの構造もとてもよい物だと誉めていた。ここはボリビアなのだろうか。ボリビアらしからぬハイセンス!すばらしいレストランです!
 食後、両替のために銀行に行き、長い列に並んでやっと終えてホテルに帰ろうとしたら、外が騒がしい。ストライキだ。インディヘナ(先住民族)の行列である。旗を掲げ叫びながら行進している。ものすごい数だ。現地の人は気にせず銀行からスルスル出て行く。そして白人も。じゃあわたし達も、と出て行こうとしたら警察に止められた。「ダメです。危ない。」はっはー。足止め。その警察官は友好的な人でいろいろ話をしてくれた。インディヘナの人たちが給料が少なかったり、仕事が無くて声をあげているのだそう。今日のように興奮している時は、どうしても歩いてるだけで目立ってしまう日本人は巻き込まれるやすいそうだ。銀行のシャッターはほぼ閉められ、匿われた。

お世話になります。ポリスさん・・・ 

August 31 [Wed], 2005, 1:11
荷物がないよー。不安で何度も目が覚める。夜中にコンコン、「ありましたよ!」って届くんじゃないかって期待する。物音がするたび窓から外を覗く。何もなし。
7時にホテルについてる朝食を食べる。気が気でなくて、あまり喉を通らない。9時に観光ポリスのオフィスに行く事になっているのに、連れてってくれるはずのホテルのマネージャーは来ない。「あと少しで来るよ」フロントはいう。あぁいつものね。いい加減な時間感覚にいつもよりいらいらする。結局30分後マネージャー到着。タクシーでオフィスに。先に昨日のバスの添乗員2人が来ていた。事情聴取。マネージャーが概要を話し、その上で、ポリスが当事者わたしとバスの添乗員の言い分を聞く。ポリスが言った。「バスの添乗員は君が嘘をついている、と言っているよ。そもそも君は荷物を預けてない、とね。」・・・は?!・・・あのカメレオンめ!!!わたしはバスに乗る前に荷物を渡し、それをカメレオン似のこの添乗員が積んでいたではないか!それをぬけぬけと「わたしは黄色のリュックを見ていない」と。「嘘つきだ」と。
それまでたどたどしいスペイン語で説明していたが、もー怒った!日本語で「は?何いってんの?このカメレオン!」と言ってやった。何のために私がウソをつくのか?困り果てているのはこのわたしだ!
ポリスとホテルのマネージャーは頼れそうな人だった。確かに貴重品を全部リュックに入れてた事は責められたけど、バスが観光用だったから信用していた事、首締め強盗が恐くて大金を持ち歩けなかった事、を必死に説明。話してるうちに涙が出そうになった。。紛失証明書を発行してもらい、捜査は引き続きやってくれると言ってくれた。ホントかな。。ポリスを後にして、盗難手続に奔走する・・・

ボリビア入り!!!!!!!そして大事件! 

August 30 [Tue], 2005, 22:09
<プーノ→ユングーヨコパカバーナラパス
ついにこの日がやってきた!ボリビア入り。そうだよ、そうだよ、もとはと言えばボリビア目的で来た旅だった!ついに行くのだ!ここの宿からボリビアの首都ラパスまでのバスツアーはもう予約済み。個人だと面倒な事になると聞いていたし、ツアーになってればもうそれは楽ちんであろうと30ソルも出して申し込んだ。高いと感じたが、これくらいは個人で行ってもかかるそうなので正規料金と言っていいだろう。
まずは国境の町ユングーヨ。ここでペルーの出国手続、係員はパスポートを見て「コンニチワ!」と陽気な人だった。ここで両替も済ます。ペルーの通貨単位はソルであったが、今度はボリビア―ノだ。そこから歩いて国境を越える。ボリビア・イン!!!そこでクスコの宿で一緒だったエミさん夫婦に偶然再会。お久しぶりですね。
国境のアーチ(写真)をくぐると、次はボリビアの入国審査。ここで日本人はパスポートのコピーを提出する。観察していたが、どうやら日本人以外はこのコピーの提出義務がないようだ、ナゼ!?こっちの税関員は無愛想だったけど、私の半ボロボロなパスポコピーを受け取ってくれたからよしとしよう。小腹がすいたので、早速先程両替したボリビアーノで籠いっぱいに入ったサルデーニャ(パイの中に具が入ったサンドウィッチみたいなもの)を買って食べた。じゃがいもたっぶりでボリュームがある。たったの1ボリ。20円くらい。お腹いっぱいです。満腹な私を乗せてバスは再び出発。次なる町コパカバーナ(写真)に着いた。

男は編み物! 

August 29 [Mon], 2005, 18:40
アマンタニ島タキーレ島→プーノ>昨夜は電気がない為、ろうそく一本を灯して眠りに着いた。夜中にトイレに行きたくなって、懐中電灯を手に外のトイレへ向かった。懐中電灯の電気は切れかけていて薄暗い。カギのかからないトイレに入り、懐中電灯切ったら・・・何も見えませ―ん。そして静か・・・。もちろん水洗じゃないので、ドアのそばにあるバケツに入った水をあとから流します。ピスコの宿でもこんな事あったな。トイレって人の手による勢いで流れるんだね。日本にいた時は知らなかったな、こんな事。見上げた空は相変わらず星が瞬いていた。。  
 朝だ。寝袋からごそごそ。キッチン(写真)に行くとおばあちゃんがもう支度をしている。顔を洗いたいんだけれど・・・と言うと少し困ったような顔で桶に水を入れてくれた。たぶん炊事用なのかな。水道がないから水はわざわざ汲みに行くようになってるのだろう。貴重な水を頂いてしまった。申し訳なく思った。朝は揚げパンとムニャ茶。おいしい!ホストパパにデジカメの使い方を教えたり、ケチュア語しかしらない子どもはオラ!というスペイン語の挨拶だけは知っていてオラ!オラ!って遊んでたらあっという間にお別れの時間になった。お土産にしたフルーツをぜひともおいしく食べて欲しいと思いながら船に乗り込んだ。1時間後タキーレ島(写真)に到着。ここは民族色が濃い!

チチカカ湖に浮かぶ島 

August 28 [Sun], 2005, 20:43
《プーノ→ウロス島アマンタニ島》朝の8時にホテルに迎えが来た。ワゴンに乗せられ、。ホテルに寄っては観光客を拾い、いっぱいになったワゴンは港に着いた。ここで船に乗る。桟橋では物売りがウロウロしている。売っているものは鉛筆だったり、お菓子だったり。というのも、これから行く島への子どもたちのお土産用なのだ。島は十分な物資が渡りにくい。島へのお土産は習慣となっている。わたしは今夜泊まる島の家族の為にフルーツを買ってあった。同乗した外国人観光客のおじさんがハーモニカを吹き始めた。風情である。でもこんなところで楽器を始めるなんてペルー人みたいだなぁ。ポンチョ着てるし。。プーノの岸が離れてくのを見送りながら、船に揺られること45分。ウロス島に到着。この島は地面から家から何もかもがトトラという葦でできている特別な島。ガイドさんに集められこの島の説明がなされる。ガイドはスペイン語でも英語でも解説してくれる。湖の上にただ葦を何重にもつんであるだけ。それで沈まないこの島は不思議だ。なんて丈夫なんだろうその丈夫さをアピールする為恒例となっているのだろう、そこに集まる20人でいっせいにジャンプ!!すごい、こんなに丈夫・・・とその瞬間「Oh!」ちょっとざわつく。見ると地面から水が・・・浸水である。島が沈むぅぅー!!
  島では島民自分らが作ったという民芸品が売られている。彼らは自分たちの住居の一部を観光客にも見せる代わりに、これらを売って生活するのだ。かれらの収入源は観光客が落とすお金だけと言っていい。それを聞いて買わずにはいられなかった。太陽と月がモチーフの島のネックレスをお買い上げ。
その後今度はトトラ100%の船に乗って移動。20分ほどの遊覧だったが、その船の主の娘、推定5歳。が日本語でチューリップを歌ってくれた。なんてこった。・・・感激した!ウロス島を満喫し、船に乗り換え3時間かけて、次の島なる今夜の宿泊地アマンタニ島へ。

標高3855bの町 

August 27 [Sat], 2005, 18:40
《クスコ→プーノ》一人になった。ひさしぶりの一人に気を引き締める。だってプーノは首締め強盗で名が高い。こわいなー。バスターミナルで2人組みの日本人と出会う。2人とも長期旅行者で、アジアからずっと旅してるんだって。ここ南米で出会って、アマゾンを一緒に下ってきたという。かっこいい〜ココに来てからいろんな旅人にあったけど、総して南米を旅してる人ってくせあるなーって思う。お2人とはバスが違うのでここでお別れした。
隣の席は現地のおじさん。おじさんてだけで、何か盗られるんじゃないかと疑うわたし。こわいんだよね、人相が。おじさんは途中下車し、代わりに乗り込んできたのはインディヘナのおばさんと子ども2人。なんと3人で1席。せっまー!子どもぐいぐいこっちきてますから!しまいにはひざ座っちゃってますから!バスは治安の悪いというフリアカで一時停車。なるほど、ほこりっぽくて貧しそう。道で売られてるとてつもなくでっかーいカボチャには目を奪われた。再びバスが停車すると売り子さんが外で自分の商品を叫んで宣伝。「マンサーナの」声に、バスをおりて買い求めた。オレンジ4つで40円ほど。7時間のバス旅後、プーノ到着!実は…   
 






●プーノへの道 (バスの中より ) ●チチカカ湖を臨む プーノ

さよならクスコ 

August 26 [Fri], 2005, 22:56
クスコ》当初3泊の予定だったのに、もう1週間...。いい出会いがあって、楽しくてつい長居してしまった。もうやり尽くした。あした、クスコを離れよう。リマに帰るアイさんともここでお別れ。今日は自炊することにした。メニューは、お好み焼き。長期旅行者も多いので日本食を、と決まった。
最後のクスコを楽しむ。特に食。お昼は、プカラで7ソルのランチ。また前菜、おいしいスープから今日のメインは魚のフライ、ご飯つき。ペルーでは魚も結構食べられる。アイさんと、カップルで世界中を旅しているエミさん、そして一時的に日本から遊びにきているというエミさんの友達。そのお友達が、明日帰国ということで買ってきたばかりのお土産を披露してくれたり、みんなで最近の出来事など話しながら食事した。その後、この前のケーキ屋さんへ。前回来た時に隣の人が食べていたフルーツパフェ。最後だから奮発。といっても350円で、フルーツたっぷり+ボリューム。フルーツはまぁるくかたどられ、スイカ、パパイヤ、メロン・・・そしていちごとバニラのアイス、ヨーグルト、ナッツがついている、見た目にも楽しいパフェ。日本で食べたら・・・1000円は超えるだろ。満足☆
ユミさんと待ち合わせの市場に向かう。2人で歩いてても後ろやとおりすがる人に気を遣う。いつ襲ってくるか・・・びびりだからしょうがない。もちろん警察はいっぱい町を歩いてる。ただ実際役に立つのか。南米では、例えいても機能していないところもある。でもクスコは安全だと感じた。クスコでも泥棒市に行く時は歩くにつれて雰囲気が変わっていくのは感じ取れた。でも中心部はけっこうのんびりしている。
(写真:町を歩いてたらいきなりニョキっとでてたプーマ(?))

ウマさんウマさん 

August 25 [Thu], 2005, 21:18
クスコ》乗馬遺跡ツアーに行く事にした。
宿からさらにしばらく登って町全体を眺められるサン・クリストバルに着く。両手を広げたキリスト像。見上げる。街のどこからでも見えるキリスト。原住民の衣服をまとった少女がアルパカを抱いて近づいてきた。「シャシン、トッテ」。うん、確かにうまい日本語。でも観光客慣れでなんだかなぁ。
 サクサイワマン遺跡の入口到着。事前に買っていた、近郊の遺跡パスでサッと入場。ここから遺跡まではキツイ坂がある。ここんとこ登ってばっかだ。。するとすかさず、老け顔のエディが話しかけてきた「馬に乗らないかい?」。よし、これだ。でもそんな素振りは見せない。乗馬目的で来た事がわかれば、向こうも強気にでるはず。世間話をしながら、少し仲良くなってちょっと興味を示したフリして、値段交渉をしていく。最初の値段からは下がったものの、いまひとつ目標に達しない。
 そうこうしてるうちにサクサイワマン遺跡に到着。大きな石が隙間なく積まれていてきれい。近くの農家で馬を借りようと周りを見渡し、人が住んでそうなところを目指す。エディはついてくる。するとなかなか首をたてにふらない私たちにしびれを切らし、やっと値段が下がった!よし、いこう!
馬の待合所(写真)に連れてかれた。エディが私たちの案内人と、いい子そうな馬を2頭連れてきてくれた。この時の私の足元は最悪だった。昨日、靴を洗ったら夕立で乾かず、靴下にビーサン。ダサい。でもこんなしょうがない恰好でも乗れた、初心者でも簡単。右も左も手綱をひっぱれば上手くコントロールできる。どうしてもできない時は案内役のマルコに助けを求めた。馬の歩みはゆっくりで、天気もよくて気持ちいー!!でもマルコは私たちと違って、全工程を歩くのだ。大変。体力も必要だし。まだ15才くらい。途中の休憩所で彼のリクエストのコーラを買って渡した。でも見るとあまり進んでなかった。自分でほしいって言ったくせに、炭酸ニガテとか言い出す始末。振っては蓋をはずし、熱心に炭酸を抜いていた。。


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2004年 はじめて日本を飛び出した! これまでの訪問国マップです。。 http://www.world66.com/myworld66/visitedCountries
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