風邪が治ったはずが・・・ 

December 25 [Mon], 2006, 22:10
風邪が治ったはずが今朝起きてみると喉が痛くなってる。
変な風邪だなぁ・・・
しかし、気の持ちようとは凄いもので「ここで自分が風邪でへタレになると
ヤバイ!しっかりしなきゃ!!」と思うと結構治ったりするもんですね

この手の気合で盲腸とかも我慢して翌日チャリに乗って病院に行き、
直ぐに点滴を受けたこともあります

この盲腸になった時は夜中で、寝ている時に急に吐き気をもよおして
それと同時に腹痛で変な汗をかきながらほふく前進でトイレまで行って
吐こうとしたけど何も出なかったぁ。

救急車を呼ぶにも勇気がいるんだよねぇ〜
苦しい中あれこれ迷っているうちに傷みが少し和らいでそのうちに
眠気が来て朝になっていたっけなぁ

起きてもやっぱり小さな動きをする度にズキズキ痛んで病院
行くことにしまた。

事の時は沖縄に来てから1週間くらいしか経ってなくて誰も頼れる人が
いなかったんだよ。
こうゆう事をもうちょっと深く先のことを予想しながらいれば後悔すること
なかったのになぁ・・・なんて愚痴だね
無いものねだりしても何も出てこないから視点を変えて考えれば良いん
だろうけれども私は開き直りしか考えることができませんでした

おはようございます 

October 18 [Wed], 2006, 4:51
昨日は20:30から布団に入って(早すぎる)、朝は4:30に起きてしまいました。
結構爽やかに起きれていました。
これから化粧・髪・家の掃除をして準備万端にして出かけたいと思います。
なんせ1ヶ月も家を空けるとなると、帰宅してからの家の中のカビが気になるし、虫も発生し易い土地なので怖いです。
誰か、旭川で豚丼の美味しいお店を教えて下さい!
旦那が豚丼食べに帯広までわざわざ行こうとしているけど、いくら何でもそこまでして私は行きたくないんで・・・

さぁ!頑張ろう!

緊張 

October 17 [Tue], 2006, 12:47
明日は子供を連れて飛行機に乗るんだが、1年前に二人で
乗ったときは散々な事になって、子供は泣き喚き周囲の人に
かなり白い目で見られて、客室乗務員は知らない顔していたので
もう二度と乗りたくないと思っていたが、明日また再挑戦

もう少しで子供も3歳になるので、少しは聞き分けが良くなっていると
良いんだが、本当に不安
あまりにも不安と緊張で昨日の夜から眠れない・・・
私は実をゆうとかなりの心配性で一つ行動するためには完璧な計画を
立てて、時間も密に計算して動くタイプでこれは子供の時から全く変わらない。

沖縄に来て少しは「ナンクルナイサー(何でもないさぁ)」の精神が身に付くかと
思っていたが無理だった。
まぁ、人に迷惑を掛けているわけじゃないから良いかな、なんて自分を慰めている

約1ヶ月の滞在になるけれども、もう北海道の寒さなんて忘れているから
沖縄のこの日差しの強くて毎日Tシャツ・ハーフパンツの服装から秋・冬物を
持って行くことがどうも服の枚数なんかも把握できなくて、やけくそになって
適当にキャリーバックに詰め込んでしまった
(肝心な部分がナンクルナイサーだな)

久しぶりの島脱出だぁ!
楽しむぞぉ

PCは使えるんでMIXIも見てるよ〜

早すぎる目覚め 

October 14 [Sat], 2006, 9:00

朝の6時前に起きた我が息子
しかも、かなり元気が良い・・・
冷蔵庫にお茶をストックしていなかったので、近くのコンビニまで早朝散歩しました
沖縄は6時30分を過ぎないと空は真っ暗なので、夜中に散歩しているみたいです
空には遠くお月様そして、隣りにはウルトラマンフィギアで遊びながら歩く子供
コンビニのレジでは店員の兄ちゃんを攻撃していた・・・(やめてくれ〜!)

パパがゆっくり眠れないので7時30分には保育所へ強制連行
18日から1ヶ月は24時間一緒かぁ
あはは  失敗したわ

オードブル 

October 12 [Thu], 2006, 12:35
早いもので飲食業界で働くパパは、もう「忘年会」のプラン等で会社の
人たちと毎日夜遅くまで打ち合わせの毎日・・・
ここ最近会話も無い私達夫婦でも、疲れているのに話かけたら
もっと疲れるだろうと思ってあえて私も話そうとはしません。

黙っていても年月が経つと夫婦って生活できるんだなぁと関心。
しかも、私達夫婦は何となく食べたい物や飲みたい物なんかが不思議と
一致する。
例えば、私が夜に「あぁ、カップラーメンが食べたい」と思って寝るとパパが
帰りにコンビニ寄って買ってきたり、パパが仕事のファイルを忘れて靴を履いて
いる時に普段は「行ってらっしゃい」しか言わない私が「忘れ物ないの?」と
声をかけることもある。

足は臭いし、お腹が出ていて、おっさんなパパだけどやっぱり、縁があって
結婚したんだなぁって最近良く思う。

でも、将来ハゲてもいいけれども、長州小力のようなお腹は絶対に許しません

↓これは4年前に旦那と一緒に働いていた店で出していたオードブルです。
 美味しそうでしょ?普通のオードブルって揚げ物が多くて嫌だよねぇ
 これは、ビーフ・寿司天ぷら・ビーフのパイ包み焼・ナスマリネ・メンチカツライスボール
ってな感じです。

仕事が終わると彼は(パパ)一生懸命私にワインに合う料理を作って、閉店後店で
二人で食事していたのに・・・・なんだよ詐欺じゃねぇか!
くっそ〜
でも、パパの作る料理は本当に美味しかったです。
そして、もっと若かった  泣

会社を作るとゆうこと 

October 11 [Wed], 2006, 15:14
今日、毎月家に送られてくる「PHP」とゆう本を公園に持って行って
何気なく見ていると、私が子供の頃からお世話になっている人の
会社が出ていた。

本では今現在の社長に就任された方と会社を設立させた会長との
今までの「絆」についの内容でした。
この会長は「会社を建てて、人を雇うとゆうことはその人たちの家族までも
責任を持って養う」とゆうことを言ってました。

一体、今の世の中どれだけの人が部下の生活を考えてまで会社を経営している
んだろうかと私なりに少し考えてしまった。
私自身、そんな経営者のもとで働いたことなんてなく、どの経営者も会社の維持と
会社(または個人の)利益のことは考えるけれども、働いている従業員の将来まで
考えてくれる人なんていなかった・・・・

中には私的感情で店を閉鎖して、私達を失業させた人までいた。

私もこの会長さんの会社に入りたいと思ったこともあるけれども、「身内は絶対に
入れない」と豪語されていたので最初から諦めてはいたけれども、今回この本を
見て「この会社に入れた人は本当にラッキーだなぁ」と思う。

そう、最近とゆうか私の周りには憧れるような本当の大人が居ないのです。
尊敬できる人が居ない・・・
皆の周りにそんな人はいるのかな?(両親は抜きにして考えてみての話です)

尊敬できる人がいるって羨ましいなぁ
私もいつかみつかるんだろうか?
今はこの会長1人だけかな・・・

琉大祭 

October 08 [Sun], 2006, 21:40
今日は家から歩いて15分で着く「琉球大学」の学園祭で、子供と二人で
「エイサー」を目当てに、11:30から行って来ました。
天気も良くて日差しは強いけれども、湿度は調度良い感じで爽やかな感じ
でした。

「エイサー」は12:00から始まり、一番前で見ていた私のお腹に太鼓の
音がズン・ズンと鳴り響いて、なんとも言えない感動で最初の方は鳥肌が
立っていました。
「エイサー」に出ているのは殆どが内地からの学生で2人程海外からの留学生も
いたみたいですが、正直言って地元の青年会でやってる「エイサー」よりも
感動しました。

彼らは2ヶ月も前から毎日毎日練習してきて、大変だったと思います。
練習も外でやるために本当に体力が消耗すると思うんで。
16:00の4回目のステージも見てきました。4回目のステージが始まる前から
女の子が泣きそうになっていて、見ている私もついもらい泣きしそうになってしました。
それだけ大変だっただろうし、この「エイサー」にかける思いがあったんだろうなと勝手に
想像していました。
お疲れ様です

世界遺産 

October 05 [Thu], 2006, 14:57
久々に(5年ぶり、いや、それ以上かな?)「ENIGMA3」を聞いてます。

なんだろう、この曲聞くとイメージ的に地球の大自然っぽいパワーを
感じてしまう。
多分、世界遺産なんかを見に行って自分のバックでこのアルバムが
かかっていると、普通に見る何倍も感動できそうな感じ

私が今まで見たものは沖縄の「セーファーウタキ」だけです。
なんて言ったら良いんだろう・・・・?
簡単にしか書けないけど「神様を祀る場所」ってゆう感じかな?
一般道からすぐの場所なんだけれども、このウタキに入ると中は完全に
ジャングルで、南国ならではの植物がモッサリ生えていて、神様に祈りを
捧げる場所に向かっての道は岩石みたいなものが敷かれている所もあったなぁ

私が子供と一緒に行った時は沖縄の人じゃない感じの内地の人らしい方が
三人でお供えしながらお祈りしてました。
実は、この世界遺産は無料ではいれるんです。

首里(しゅり)にある「首里城」はしっかり料金取られるんですがねぇ
因みに「首里城」は建設された当初から何回(?)か戦争などで焼かれて建て直し
されたそうです。

今度「セーファーウタキ」行ったら「ENIGMA3」をバックに流してみよう
北海道は標茶町の何処かの場所が無形文化財(世界遺産)だったよね?
(何となく香織ちゃんのメッセで思い出しました)
確か、有名な洋楽(SF物)で有名な女優さんがワープする時に使った場所だったような
<リンク:http://www.tbs.co.jp/heritage >


私の罪 

October 02 [Mon], 2006, 0:04
とっても疲れて寝ていたのに友達のメールで起こされて
内容を読むと「あんたの家の前で事故あって、警察来てるぅ!」と
送られていて、ベランダから見ても誰も居ない・・・・
あぁ、違う方かと思い外にでると、パトカーの赤色灯が回っているのが見えた
そして、ご近所に住むみなさん。
友達も家から出てきた。

車は一台で前が結構潰れていた、そして友達は事故直後のでも、もう一台の
黒い車が逃げて行ったことを教えてくれた。
多分、すぐ近所の居酒屋で飲んだ人じゃないかと私は予想した。
私の家の前にある居酒屋。
酒を提供する店なのに大きな駐車場・・・

逃げた車は多分近辺の住民のはずだけれども、この狭い沖縄逃げきれるか
どうか?
でも、警察の検挙率は全国一低そうな沖縄・・・
8月にひき逃げ事故があって一人死亡したのだが、車の色とタイプも特定
出来ているのに何故か捕まらない。
何やってるんだか!

そして、車の事故で思い出すのが私が24・5の時に目の前で起きた事故。
何となく、友達と網走にでも行こうかと車を走らせて旭川から離れてしばらく走った
ところで、今まで追い越し禁止だったところが解除になった瞬間、ずっと私の後ろを
付いてきていたマイクロバスが追い越しをかけてきた。
一応予想はついていたので、スピードを落としながら先に行かせると、何だかクラクション
がけたたましく聞こえてきて、更にスピードを落とすと、車がもう一台・・・・・?

マイクロバスの後ろにいた車が先に追い越しをかけていたのに、バスが何も
見ないで出てきたんだろうと私は今でも思ってますが。
その先に追い越しをかけていたRV車は左側の草薮の中に落ち、大きく飛び跳ねて
三回転くらいはしていたと思います。
その回転している間に、車の窓ガラスが割れ、中から人が紙くずのように何人か
飛んでいました。(それだけ、無力って意味です)
そして、車を止めようと殆どスピードの無い私の車から50メートル位先に、
人が空高く飛んできて道路の上に落ちました。

車から降りた私はパニック状態でただ泣くだけで、友達が携帯で救急車に
電話しようと言ったのですが電波の届かない場所・・・
しかし、近くで工事をやってる会社があって電話を引いているとゆうことで
電話してくれたらしい。

その車には子供2人・両親・祖父母と6人乗っていたのですが、私の目の
前を飛んで死亡したのはおばあちゃんらしかった・・・
草むらに横わたるおじいちゃんが「おばあちゃんは無事ですか?」と聞かれた
私は・・・「大丈夫です!おばあちゃんは大丈夫!」と嘘をつきました。
明らかに死亡しているのはわかっていたのだけれども、こんな悲しいことを
今言ってはいけないと勝手に思った私のとっさの嘘。
今でも、これは私の胸につかえています。

しかも、怖くておばあちゃんの死亡もきちんと近くで確認しなかった私。
本当に高く飛んで道路に落ちて、髪の毛の塊が根こそぎ落ちてるのも
見えたので私は正直見たくないと思ってしまったんだと思う。

二時間くらいしてから救急車と警察が来て、救急隊員も来て直ぐにおばあちゃんの
死亡を確認したらしく、手の施しようが無い様子だった。
遺体となったおばあちゃんに偶然私が持っていた毛布を横たわるお婆ちゃんに
掛けたのです。(救急隊員が)
片道通行でいらだつダンプの運転手がクラクションを鳴らして、腹が立った。

そして、マイクロバスの運転手は事故直後私に「いや〜、俺が追い越しかけてるのに
この人達が追い越したからこんなことに・・・」等と車を降りるなり言い訳してきた。
私は「絶対こいつ自分が悪いのわかってて、私に吹き込もうとしている」とおもった。

結局この事故はその後、遺族の方が裁判を起こしたらしく、1年近く後になってから
警察が詳しく私のところに事情聴取にきたが、そんな過去のこと詳しく覚えているわけ
ではないのにと言いながら当時のことを振り返りながら説明したのもおぼえてる。

一瞬にして大事な人を失う怖さ・・・あっては欲しくないけれども、この家族もこんなこと
予想して毎日生活していた訳では無い訳で、いつ自分が同じ目に会うかわからないな。
大好きな人を残して逝ってしまう苦痛と残された側とその苦しさは天秤にかけられる
ものじゃ無いとも思う。

一体どれだけの人が納得のいく「死」が出来るんだろうか?

何だか取り留めの無い文章になったけれども、今日の日記をこうやって書いて
自分が抱えてる「罪」が抹消される訳では無く、こうやって誰かに打ち明けることで
自分自身が苦しみから逃れられることでしかないんだなぁと思う。

今でも、これは私の中でトラウマになっていて、スピード出して運転中に後ろに車が
いて追い越しかけられそうになると、思い出して血圧が低くなって、酷い時は
過呼吸の一歩手前です。

皆さん気を付けてね!


そして、「おじいちゃん、おばあちゃん私が何もしてあげれなかったこと
本当にごめんなさい。もし、この先同じ場面に境遇した時はもっと自分の弱さに
負けないように対応します。」

初レーザー治療 

September 27 [Wed], 2006, 12:41
う・う今日、子供を保育園に
送り届けてから、長年悩んでいたシミを取りにレーザー治療して来ました。

顔の右・左・顎・おでこを週一で治療するんだけれど、本当に
怖かった
医者も酷い態度で「私、日焼け止めを塗ってもピリピリするんですが」と
言うと「今は色んな商品でてるけど、あんたは全部試したのか?」等と
食ってかかって来たんだよ

「何、こいつ〜!患者を馬鹿にして、この野郎」と思っても
一応大人なので、先生が頼りでここに来たんです的な腰を低〜く話を
すると、医者も段々良い態度に変わって来たのだ。
心の中で「へへ、私の勝ちだな!馬鹿だこいつ」等と勝手に勝利の気分を
味わい、いざレーザー処置室へ行くとオバちゃん看護士さんがいた。

しかも、超綺麗なお肌で化粧なんかしなくても、色白・シミも皺もなく
私からすれば赤ちゃんに近い肌質に見えた。
心の中で「この仕事良いなぁ、多分このオバちゃん仕事終わった後にでも
この機械使ってお肌を維持しているんだろうなぁ」とブツブツ言ってました。

それから「はい、ここに横になってね」と言われ、診察ベッドに横に
なり、両目にガーゼを付けられて治療が始まった。

バチバチバチ
「えぇ〜!痛い!熱い!怖いよ〜」と思いながら
まるで歯医者の治療の時みたいに変な汗かきました。
多分慣れればなんてことないんだろうけれども、自分が今まで抱いていた
治療の感覚とはあまりに違っていたのでショックがかなり大きかったのです。

レーザーを当てている間、自分の顔の産毛が焼ける臭いにもビビリました。
しばらく、通院しなくては綺麗にならないそうで、ちょっとダルイ気がしてきたのだが、
このままでは、おばあちゃんになった時が真面目に怖いので真剣に行こうと思います。

すかぽんちょさん、オーストラリアも紫外線強いと思うんで本当にお肌は大事にね
私が沖縄に来た当時は「日に焼けるのが当たり前さ!」なんて鷹をくくっていたんだけれども
いざ現地住人になると日差しの恐ろしさが身に染みて分かってきました

今日医者から教えてもらったんだけれども、日焼け止めクリームでも、紫外線吸収剤が
入ってるものは肌に負担がかかるそうで、紫外線吸収剤の入ってないものが良いらしいです。
って、皆さん知ってたりして・・・私が無知なだけかな

ニキビ症も治さないといけないし、女って金かかる・・・
2006年12月
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