1 

December 03 [Mon], 2007, 20:37
人工生殖について

私は人工生殖自体は反対ではありません、でも本当に子供が生めない夫婦のみ賛成
です。でもそれを判断するすべはないし、色々と基準が難しいし法の整備があやふやな
現段階では反対です。
まず人工受精の場合、精子が選べてしまうから 親は優秀な精子を選び、それによって生
まれる子は優秀な子だと決め付けてしまう、それ故、親は期待する、そうなった時子に与
えられるプレッシャーはものすごく重いものになってしまうと思う、それに子供自体が商品
になってしまいそうで怖いです。 それに子供からしたら父親(精子主)を知りたいと思うのは
当然で、でも精子提供者のプライバシー保護の問題や子の知る権利などの問題があります。
体外受精の場合、受精卵凍結後に夫婦が離婚した場合、受精卵を引き取る権利を持つのは
どちらか、受精卵凍結後に夫婦が死亡した場合に処分して良いものか、受精卵は人かモノか
こちらの場合は子という前に「ヒト」と認識すべきか否かが問われると思う。精子は「ヒト」では
ないが子は「ヒト」だ、でもこの境界線はすごく難しいものだと思う。
代理母は、これ自体私は反対です、子を産むという生殖能力が商品化された気がして仕方な
い、代理母契約で代理母にお金を払う、つまりは子を産むという能力を商品とする、これで子
供が生まれた場合、子供からしたら誰が母親と呼べるもなのかわからなくなってしまうと思う。
それに代理母の健康問題や、身体に生じる危険の責任は誰が取るべきなのかもわからない。
それに実際に代理母契約で子を産んだ代理母が生まれてきた子供に愛情を抱き子の引き渡
し拒否するなんて事も起こっている、こんなことになっちゃったら生まれた子供はいい迷惑だと
思う。法の上での母親でさえ誰か分からない、そんな事態も十分おこりうる。それに 障害児の
出産などの予想しない事態に対し、子の受け取りを拒否する事だって可能性として十分ありうる。
それに子育ては楽なものではない、特に子を育てる環境は、子の心理的・物質的安定をできる
だけ確保しなくてはいけない、血のつながりのある親子関係ですら思春期には親子の人間関係
がうまくいかなかったりするのに、人工生殖で生まれた親子関係なんてよほどの覚悟がどうして
も必要になってくると思う。
それに夫婦がいつまでも円満だとは限らない、離婚した場合の親権は誰がもつのか?
人工生殖においては子供を守らなければならないと思う、でもその子供を守る事に関する法律や
考え方があまりにも薄すぎると思います。子供がほしい、でも出来ない、だから作ってしまおうという
発想自体があまり好きじゃない、子供はおもちゃじゃなくて自分達と同じヒトなのだから。
実の子でさえ子供を虐待し、殺してしまう親がいるのに、本当に育てられるのか?とも思ってしまう
それは私が実際に不妊じゃないから思うのかもしれない、でも人工生殖で生まれた子供となると
本当の親をだれとするのか、もすごく難しくなってくるんじゃないかと思う。
大人からすれば簡単に私が親です、ってゆってしまえるかもしれません、でも生まれてくる子供から
したら親の存在そのものがあやふやになってしまうんじゃないかと思う、愛情と責任を持って育てて
いけるのなら人工生殖は、大賛成です、でもそれをヒトに決める権利なんてない、子供は商品でも
なんでもない。だから人工生殖自体できれば無いほうがいいと思う。

2 

December 01 [Sat], 2007, 16:38
キャンペーンとは企業、団体、あるいは歌手や芸能人などの個人が社会に対する宣伝活動
を行うこと。 目的を持って一定の多数に働きかけること。または、その運動の事をいいます。
「幻影の時代」だとD.J.ブーアスティンは言う”現代は擬似イベント(マスメディアが作りだした
事実)の時代”ともいえる。キャンペーンとはなんらかの形で相手に影響を及ぼす意図を持っ
て行う一種の説得コミュニケーションであり、強制力をもって相手に自己の意思を需要させる
ことが必ずしもできないという状況の下で試みられるものである。近代型キャンペーンとは汚
職等の社会的不公正や悪の存在を暴露し、その打倒をめざすものである。公共的問題だと
不正駐車マナーや福祉関係、政治的問題だと選挙や政策、商業的問題だとバーゲンセール
やCMなどと幅広くキャンペーンの目標と対象は別である。かつて新聞は社会の木鐸(ぼくた
く)」と呼ばれていました。「木鐸」とは、昔の中国で法令などを市民に触れ歩くさい鳴らした大
きな鈴で、新聞が社会に向かって警鐘をならし、その行く手を示すという意味です。事実を伝え
権力の暴走を監視するという、ジャーナリズムのあり方にかかわる言葉でした。しかし現代の社
会では社会的不公正や悪の存在を暴露しにくい世の中になっています。これを社会学者のR.K.
マートンは社会的規範の強制機能と唱えていました。それとは違い現代型キャンペーンとは論争
性の低い日常的な問題について、広く社会的合意を求めるもの、の事をいいます。例えば電車内
で携帯電話電源OFFなど、誰も反対はしない、だが、実際にそれをしよう!!とは誰もいいだなさい。
それは自分自身も電車で電源を入れたままだからである。皆それ自体はいいことだとは分かってい
るが実践できない、しかしキャンペーンにする事によりしてみようかな、という気持ちになったりする。
この小さな気持ちを一人でも多くの人が思えばこのキャンペーンを行った事は成功したといえる。
現代型キャンペーンはキャンペーンの目標と対象が同じ大衆説得機能だとR.K.マートンはいう。
TVなどで色んな人に説得、提案する事である。現代型キャンペーンの歴史を例に出してみると
戦後からかなり活発になったといえる。1963年に「小さな暴力追放キャンペーン」というのが行われた。
バス停で順番抜かしを注意したら殴られている人を見た産経新聞の記者が記事にしたのが
きっかけで、始まったのがこのキャンペーンである。小さな暴力によりトラウマを背負う人もいる。
大きな暴力は警察に捕まったりするのに、小さな暴力はどうしても警察が介入しにくかったりする。
そこでこのキャンペーンが行われたのだが大きな成果を得ることができた。このキャンペーンは
最近では「小さな親切運動」に変わりそれがきっかけで阪急電車が優先座席を復活させた。
JR、阪神にはもともと存在していた優先座席だが阪急電車全席優先座席とゆう形をとっていた。
だがこれがあまり普及しなかったので優先座席を復活させたと言っている。私も阪急が全席優先
座席というのを知らなかった。阪急電車自体全席優先だとだいだい的に広告していなかったの
で皆知らなかったのは当然だといえる。他には1961年NHKが「ポリオキャンペーン」というものを実施した。
この年のポリオは、北海道1602人を含めて全国で5606人、死者317人であった。
翌61年の同じ3月、今度は熊本県でポリオ患者が発生した。今度も全国に大流行のおそれがあった。
NHKは社会部に「ポリオ班」を発足させて、ポリオ撲滅キャンペーンをはじめた。
全国の放送局・支局を動員して、その日のうちに患者の発生状況をつかむ「ポリオ日報」を集計して、
放送した。患者の発生を防ぐには、生ワクチンが有効だった。しかし日本では医薬品として
認められておらず、またそれはソ連製であった。テレビの迅速な情報収集とキャンペーンは、
ついに当時の厚生省を動かし、6月中旬1300万人分の生ワクチンが緊急輸入された。
その投与とともに発生は下降をはじめ、61年の患者は2436人、
死亡者は169人と半減した。そして63年以降は、ポリオ患者はほとんど発生していない。
規模は小さくなるものの、地域や地区などでもポイ捨て防止や歩きタバコ廃止などの
キャンペーンなども沢山存在している、一人一人がキャンペーンを行うことによって認識し
意識をすることがとても大切なのである。ちなみに小さな親切運動は本部も存在しスロ
ーガンに「できる親切はみんなでしようそれが社会の習慣となるように」を掲げている。
「小さな親切」には、朝夕のあいさつをかならずしましょう。 はっきりした声で返事をしましょう。
他人からの親切を心からうけ入れ、「ありがとう」といいましょう。 人から「ありがとう」
といわれたら、「どういたしまして」といいましょう。 紙くずなどをやたらにすてないようにしましょう。
電車やバスの中でお年寄りや、赤ちゃんをだいたおかあさんには席をゆずりましょう。
人が困っているのを見たら、手つだってあげましょう。他人のめいわくになることはやめましょう。
の八か条がある。小・中学生を対象に、「私のした、うけた、みた、できなかった親切」をテーマに
毎年作文を募集したり町のゴミ拾いをしたり、コスモスを植えたりと様々なキャンペーンを現在も実施している。
現代型キャンペーンはメディア、特にテレビに大きく依存しておりテレビカメラの存在は
社会現象をイベント化する熱を伝い得にくい(クールメディア)メディアともいえる。
メディアキャンペーンとはキャンペーン自体がイベント性を持っておりメディアキャンペーン
の特質としては近年テレビからインタ−ネットへと変わりつつある。テレビの普及によって
人々は情報に対する抵抗力が低下しており、”みんな〜しているから”などという風に真剣
さが無くなってきているといえる。昔は数少ない情報だったはずが、すぐに手に入る大した
事ないものに変わってきている。ミシュランガイドなどはとてもいい例だといえる。メディア
キャンペーンにはスローガンが存在する、スローガンとは、企業や団体の理念や運動の目的を、
簡潔に言い表した覚えやすい文句の事をゆう。メディアキャンペーンのスローガンのシンボル
作用としては大衆の感性を吸収することが大切である、つまりは簡潔なのもで、人々の意識に
自然と入っていくものが大切である。例えば24時間テレビのスローガン「愛は地球を救う」など、
誰もが自然と覚えていてまさに大衆の完成を吸収しているといえるのではないだろうか。
そしてメディアキャンペーンにおいて大切なのはテレバイズド・パーソンの存在である、これは
心理的吸収力のある人物が大切である、例えば森光子や欽ちゃんの愛称で知られる萩本欽
一など昔のよき大人のような親しみが感じられ、暖かい雰囲気があり、どこか信用できてしまう、
このような人物がテレバイズド・パーソンにはぴったりである。このような人物だと人は説得力を感じ、
信頼してしまいついつい相手の話を聞いて、心理的に吸収されてしまうものだ。なぜこんなものが
必要なのかというと、人間は解釈、評価、記憶の段階で自らの先有傾向に規定されているので、
性、職業、年齢、学歴、宗教、信念など、あらかじめ自分にとって受け入れやすいものを受け入れる
ようになっている、つまり人間は自分にとって受け入れやすい、都合のいいキャンペーンがすきなのである。
説得されるものといえば、効果のあるものは短期的で自分にとって都合はよい、
影響のあるものといえば、自分にとって都合がよくも悪くもあり、かなり長期的になる。
キャンペーンとは色々な人に知られなければ意味がないものだと思う、幾ら皆にとっていいキャンペーンをしてみても
誰もしらなければ意味がない。そこで人々を引き付けるスローガンやテレバイズド・パーソンが必要なのである。
沢山の人が知り、興味を持つからこそ意味のあるものになり、キャンペーンをする価値がでてくるのだと思う。
こんごも人々が生活する上で、皆がよりよい暮らしをする為にできるキャンペーンがあれば是非私参加したいものです。

1 

December 01 [Sat], 2007, 16:21
キャンペーンとは企業、団体、あるいは歌手や芸能人などの個人が社会に対する宣伝活動を行うこと。 目的を持って一定の多数に働きかけること。または、その運動の事をいいます。「幻影の時代」だとD.J.ブーアスティンは言う”現代は擬似イベント(マスメディアが作りだした事実)の時代”ともいえる。キャンペーンとはなんらかの形で相手に影響を及ぼす意図を持って行う一種の説得コミュニケーションであり、強制力をもって相手に自己の意思を需要させることが必ずしもできないという状況の下で試みられるものである。
近代型キャンペーンとは汚職等の社会的不公正や悪の存在を暴露し、その打倒をめざすものである。公共的問題だと不正駐車マナーや福祉関係、政治的問題だと選挙や政策、商業的問題だとバーゲンセールやCMなどと幅広くキャンペーンの目標と対象は別である。かつて新聞は社会の木鐸(ぼくたく)」と呼ばれていました。「木鐸」とは、昔の中国で法令などを市民に触れ歩くさい鳴らした大きな鈴で、新聞が社会に向かって警鐘をならし、その行く手を示すという意味です。事実を伝え権力の暴走を監視するという、ジャーナリズムのあり方にかかわる言葉でした。しかし現代の社会では社会的不公正や悪の存在を暴露しにくい世の中になっています。これを社会学者のR.K.マートンは社会的規範の強制機能と唱えていました。それとは違い
現代型キャンペーンとは論争性の低い日常的な問題について、広く社会的合意を求めるもの、
の事をいいます。例えば電車内で携帯電話電源OFFなど、誰も反対はしない、だが、実際にそれをしよう!!とは誰もいいだなさい。それは自分自身も電車で電源を入れたままだからである。皆それ自体はいいことだとは分かっているが実践できない、しかしキャンペーンにする事によりしてみようかな、という気持ちになったりする。この小さな気持ちを一人でも多くの人が思えばこのキャンペーンを行った事は成功したといえる。
現代型キャンペーンはキャンペーンの目標と対象が同じ大衆説得機能だとR.K.マートンはいう。TVなどで色んな人に説得、提案する事である。現代型キャンペーンの歴史を例に出してみると戦後からかなり活発になったといえる。1963年に「小さな暴力追放キャンペーン」というのが行われた。
バス停で順番抜かしを注意したら殴られている人を見た産経新聞の記者が記事にしたのがきっかけで、始まったのがこのキャンペーンである。小さな暴力によりトラウマを背負う人もいる。大きな暴力は警察に捕まったりするのに、小さな暴力はどうしても警察が介入しにくかったりする。そこでこのキャンペーンが行われたのだが大きな成果を得ることができた。このキャンペーンは最近では「小さな親切運動」に変わりそれがきっかけで阪急電車が優先座席を復活させた。JR、阪神にはもともと存在していた優先座席だが阪急電車全席優先座席とゆう形をとっていた。だがこれがあまり普及しなかったので優先座席を復活させたと言っている。私も阪急が全席優先座席というのを知らなかった。阪急電車自体全席優先だとだいだい的に広告していなかったので皆知らなかったのは当然だといえる。他には1961年NHKが「ポリオキャンペーン」というものを実施した。この年のポリオは、北海道1602人を含めて全国で5606人、死者317人であった。翌61年の同じ3月、今度は熊本県でポリオ患者が発生した。今度も全国に大流行のおそれがあった。
NHKは社会部に「ポリオ班」を発足させて、ポリオ撲滅キャンペーンをはじめた。全国の放送局・支局を動員して、その日のうちに患者の発生状況をつかむ「ポリオ日報」を集計して、放送した。患者の発生を防ぐには、生ワクチンが有効だった。しかし日本では医薬品として認められておらず、またそれはソ連製であった。テレビの迅速な情報収集とキャンペーンは、ついに当時の厚生省を動かし、6月中旬1300万人分の生ワクチンが緊急輸入された。その投与とともに発生は下降をはじめ、61年の患者は2436人、死亡者は169人と半減した。そして63年以降は、ポリオ患者はほとんど発生していない。規模は小さくなるものの、地域や地区などでもポイ捨て防止や歩きタバコ廃止などの
キャンペーンなども沢山存在している、一人一人がキャンペーンを行うことによって認識し意識をすることがとても大切なのである。ちなみに小さな親切運動は本部も存在しスローガンに「できる親切はみんなでしようそれが社会の習慣となるように」を掲げている。「小さな親切」には、朝夕のあいさつをかならずしましょう。 はっきりした声で返事をしましょう。 他人からの親切を心からうけ入れ、「ありがとう」といいましょう。 人から「ありがとう」といわれたら、「どういたしまして」といいましょう。 紙くずなどをやたらにすてないようにしましょう。 電車やバスの中でお年寄りや、赤ちゃんをだいたおかあさんには席をゆずりましょう。 人が困っているのを見たら、手つだってあげましょう。他人のめいわくになることはやめましょう。の八か条がある。小・中学生を対象に、「私のした、うけた、みた、できなかった親切」をテーマに毎年作文を募集したり町のゴミ拾いをしたり、コスモスを植えたりと様々なキャンペーンを現在も実施している。
現代型キャンペーンはメディア、特にテレビに大きく依存しておりテレビカメラの存在は社会現象をイベント化する熱を伝い得にくい(クールメディア)メディアともいえる。メディアキャンペーンとはキャンペーン自体がイベント性を持っておりメディアキャンペーンの特質としては近年テレビからインタ−ネットへと変わりつつある。テレビの普及によって人々は情報に対する抵抗力が低下しており、”みんな〜しているから”などという風に真剣さが無くなってきているといえる。昔は数少ない情報だったはずが、すぐに手に入る大した事ないものに変わってきている。ミシュランガイドなどはとてもいい例だといえる。メディアキャンペーンにはスローガンが存在する、スローガンとは、企業や団体の理念や運動の目的を、簡潔に言い表した覚えやすい文句の事をゆう。メディアキャンペーンのスローガンのシンボル作用としては大衆の感性を吸収することが大切である、つまりは簡潔なのもで、人々の意識に自然と入っていくものが大切である。例えば24時間テレビのスローガン「愛は地球を救う」など、誰もが自然と覚えていてまさに大衆の完成を吸収しているといえるのではないだろうか。そしてメディアキャンペーンにおいて大切なのはテレバイズド・パーソンの存在である、これは心理的吸収力のある人物が大切である、例えば森光子や欽ちゃんの愛称で知られる萩本欽一など昔のよき大人のような親しみが感じられ、暖かい雰囲気があり、どこか信用できてしまう、このような人物がテレバイズド・パーソンにはぴったりである。なぜこんなものが必要なのかというと、人間は解釈、評価、記憶の段階で自らの先有傾向に規定されているので、性、職業、年齢、学歴、宗教、信念など、あらかじめ自分にとって受け入れやすいものを受け入れるようになっている、つまり人間は自分に都合のいいキャンペーンがすきなのである。キャンペーンとは色々な人に知られなければ意味がない、沢山の人が知り、興味を持つからこそ意味のあるものになり、キャンペーンをする価値がでてくるのだと思う。今後も人々が生活する上で、皆がよりよい暮らしをする為にできるキャンペーンがあれば是非参加したいものです。

1 

December 01 [Sat], 2007, 12:05
現代型キャンペーンとは
論争性の低い日常的な問題について、広く社会的合意を求めるもの、の事をゆう
例えば電車内で携帯電話電源OFFなど、誰も反対はしない
だが、実際にそれをしよう!!とは誰もいいだなさい。
それは自分自身も電車で電源を入れたままだからである。
現代型キャンペーンはキャンペーンの目標と対象が同じ大衆説得機能だと
R.K.マートンはいう。TVなどで色んな人に説得、提案する。
現代型キャンペーンの歴史を例に出してみると
戦後からかなり活発になったといえる。
1963年に「小さな暴力追放キャンペーン」というのが行われた。
バス停で順番抜かしを注意したら殴られている人を見た産経新聞の記者が
記事にしたのがきっかけで、始まったのがこのキャンペーンである。
このキャンペーンは最近では「小さな親切運動」に変わり
それがきっかけで阪急電車が優先座席を復活させた。
JR、阪神にはもともと存在していた優先座席だが
阪急電車全席優先座席とゆう形をとっていた。
だがこれがあまり普及しなかったので優先座席を復活させたと言っている。
他には1961年NHKが「ポリオキャンペーン」というものを実施した。
この年のポリオは、北海道1602人を含めて全国で5606人、死者317人であった。
翌61年の同じ3月、今度は熊本県でポリオ患者が発生した。
今度も全国に大流行のおそれがあった。
NHKは社会部に「ポリオ班」を発足させて、ポリオ撲滅キャンペーンをはじめた。
全国の放送局・支局を動員して、その日のうちに患者の発生状況をつかむ「ポリオ日報」を集計して、
放送した。患者の発生を防ぐには、生ワクチンが有効だった。
しかし日本では医薬品として認められておらず、またそれはソ連製であった。
テレビの迅速な情報収集とキャンペーンは、ついに当時の厚生省を動かし、
6月中旬1300万人分の生ワクチンが緊急輸入された。
その投与とともに発生は下降をはじめ、61年の患者は2436人、死亡者は169人と半減した。
そして63年以降は、ポリオ患者はほとんど発生していない。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:asva
読者になる
2007年12月
« 前の月  |  次の月 »
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
最新記事
アイコン画像1
アイコン画像2
アイコン画像1
アイコン画像1
最新コメント
アイコン画像ヨシオ
» 1 (2008年10月17日)
アイコン画像猫男爵
» 1 (2008年10月11日)
アイコン画像めーたん
» 1 (2008年10月07日)
アイコン画像RAOSU
» 1 (2008年10月05日)
アイコン画像はにまる
» 1 (2008年10月03日)
アイコン画像きりひと
» 1 (2008年10月01日)
アイコン画像ハム太郎
» 1 (2008年09月26日)
アイコン画像ゆりり
» 1 (2008年09月23日)
アイコン画像火星の後継者
» 1 (2008年09月18日)
アイコン画像えびふりゃー
» 1 (2008年09月13日)
Yapme!一覧
読者になる