いっしょに

2012年05月10日(木) 20時34分
wowowでミスチルさんの生ライブ観てます。

ますますパワーアップしてます。

皆さんも画像で楽しんでください。











いっしょに

2012年01月30日(月) 12時30分
昨日(29日)はBSスカパーで東方神起の特集やってた。

(1年間は無料放送?らしいチャンネル)

パラダイス牧場の撮影の場を

東方神起に憧れてる少年が韓国に一人旅し

あちこち巡っている番組やってたです。









東方神起の事務所



事務所の中









憧れてる東方神起が使ってるレッスン場で踊ってる少年 。

下の記事に続きます。

いっしょに

2012年01月30日(月) 12時29分
東方神起がCM撮影してます。







少年が特別に対面させてもらえたです。














いっしょに

2011年09月10日(土) 22時40分
鉢呂吉雄(はちろよしお・63歳)経済産業相 が辞任。

福島第1原発周辺を「死の町」と表現し

「放射能を付けたぞ」

と記者に発言した事が発覚したためです。

閣僚らの問題発言が多いのはなぜ?

福島県が困窮してるのは政治家のせいです。

原発推進し増やし続けたのはあなたがたです。

「原発安全」と言いながら都会には作らず

全て田舎に押し付けてきたのも政治家。

県民が苦しんでるのはなぜなのかという

簡単な事も理解できない人が政治家には多い?

そう思いたくないですけどね・・・

そんな政治家を選ぶのは私達なんだよね。

でも地盤・看板とか権力ある人でないとなれない。

鉢呂吉雄経済産業相が経産省で辞任緊急記者会見した

「私の一連の発言で国民の皆様、とりわけ

福島県民の皆様に多大な不信の念を抱かせ

心からおわびしたい」と謝罪したけど

反省してるんだろうか?と感じた私です。

言い訳ばかりしてた気がしてなりません。

次に誰が就任するのでしょうか。

我が県を見下すような大臣はいらないです。

でも、政治家だけでなく・・・

東京電力福島第一原発事故の風評被害で

苦しむ福島県の農家らを支援しようと

福岡市西区の商業施設「マリノアシティ」で

17日に予定されていた「ふくしま応援ショップ」

の開店が、中止されることになった。

出店を計画していた同市の市民グループ

「ふくしまショッププロジェクト」に

「福島からトラックが福岡に来るだけでも放射能を拡散する」

といったメールや電話が相次いだからだとか。

放射能について正しい理解してもらいたいです。

「10日午後2時55分頃

鹿児島県薩摩川内(さつませんだい)市の

九州電力川内原子力発電所2号機の

タービン建屋で火災が発生し

ビニールシート約1平方メートルを焼いた。」

とのニュースは気にならないのでしょうか?

我が県と同じような被害が出ない事を祈ります。
(追記)
かりんさん、コメントありがとう。

鉢呂さんの事今朝のテレビのいろんな見方報道で

一部のマスコミのとても嫌な質問状況の場面を

放送してるのやってたです・・・

マスコミ報道は一部分を誇張して報道してた。

いろんな事考えさせられています・・・

枝野さんが後任に選ばれたですが

結局は東電の思うがままになっているということに?

安全な原発推進?ならば枝野さんにはこちらに住んで欲しい。

市民が普通の服装でいた時に防護服着て短時間視察した人が

枝野さんです事故後も安全繰り返してたし・・・

若い人は被ばくさせたくないと誰もが思っています。

除染・廃棄物処理方法と難問ばかり・・・

愚痴も多くなる私ですがまたブログ見てくださいね。

いっしょに

2011年08月23日(火) 11時28分
笠森観音様の 「黒招き猫」ちゃんです。



いろんな願い込めて祈っている私です。

かすかにホコリがついちゃっていました・・・

ホコリ取ってまた大きな願い頼みました(笑)

皆さんのところにも健康運が届きますように。

sanaeさん、いつも応援してるからね!



夾竹桃(きょうちくとう)白が咲きだしたです。



夾竹桃(きょうちくとう)のピンク



コキア (ほうき草・ホウキギ(箒木)

土に植えたのは大きく育っています。

もう少し経つと赤くなるはずです。

いっしょに

2011年08月17日(水) 12時05分
東京電力福島第1原発事故で

3月12日に起きた1号機の水素爆発について

政府の「事故調査・検証委員会」

(畑村洋太郎委員長)の聴取に対し

東電側が爆発前に予測できていなかったと

証言していることが分かった。長時間の全電源喪失時に

格納容器を守るため実施するベント(排気)の

マニュアル(手順書)がなかったことも判明。

このため、作業に手間取るなど

初期対応で混乱した様子が浮かび上がった。

関係者によると、政府事故調はこれまでに

同原発の吉田昌郎所長ら東電社員や

政府関係者らから聴取を続けている。

1号機の水素爆発は、東日本大震災の翌日の

3月12日午後3時36分に発生。

建屋の上部が吹き飛んだ。水素は、燃料棒に

使用されるジルコニウムが高温になって

水と反応し発生したとみられている。

関係者によると、事故調に対し、東電側は

原子炉や格納容器の状態に気を取られ

水素が原子炉建屋内に充満して

爆発する危険性を考えなかったという趣旨の発言をし

「爆発前に予測できた人はいなかった」

などと説明しているという。

また、ベントについては、マニュアルがなかったため

設計図などを参考にして作業手順などを検討。

全電源が喪失していたため作業に必要な

バッテリーなどの機材を調達し始めたが

型式などの連絡が不十分だったこともあり

多種多様な機材が運び込まれて

必要なものを選別する手間が生じた。

さらに作業に追われる中、機材が約10キロ南の

福島第2原発や作業員らが宿泊する

約20キロ南のJヴィレッジに誤って配送され

取りに行かざるをえない状況になった。

ある社員は「東電本店のサポートが不十分だった」

と話しているという。

一方、1号機の炉心を冷却するための

非常用復水器(IC)が一時運転を中断していたものの

吉田所長ら幹部がそのことを把握せず

ICが稼働しているという前提で対策が検討されていたことも判明。

事故調の聴取に吉田所長は

「重要な情報を把握できず大きな失敗だった」

などと話しているという。

事故調は、東電側からの聴取内容と一連の事故に

関するデータなどを精査した上で

事故原因を解明していく方針だ。

この記事を見つけて原発管理がいかに

ずさんかということを私は知りました・・・

地震による津波危機を専門家が指摘して

改善処置を提案しても東電側は

「原発は安全管理は徹底してる」と言いきってた。

なのに今の福島県の放射能被害はなぜ?

安全に管理してたらこんな人災は起きなかった。

海江田万里経済産業相が経産省の松永和夫事務次官

寺坂信昭同省原子力安全・保安院長

細野哲弘同省資源エネルギー庁長官を更迭したけど

あれも元々移動する予定があり「更迭」というけど

盛大に送別会?したとかテレビで知りました。

一番驚いたのは「退職金が割り増し」されてる事です。

官僚とはいったいなんなんでしょうか・・・

放射能被害受けてる県民は不安抱えて賠償も

いっこうに進まない、放射性を含んだ汚泥処理も

放射性の藁の処分法もなにも解決していない。

なのに官僚様達は自分の財産保全には手を打つんです。

放射能被害出しても「我関せず」の姿勢です。

官僚がいる場は都心じゃないです!

事故現場に家族全員で移動してきなさい!

あまりにもふざけてる国の姿勢に怒りしかないです。

この写真見て絶句したです・・・


朝日新聞の英語サイト8月5日の記事に

「福島市、放射性土を密かに埋め立て」

と言う記事が出てたそうです。

(8月5日付朝日新聞(東京本社版)
朝刊第1社会面のトップにも掲載されていた。)

私達は何も聞いていないです・・・

玄葉光一郎政調会長(国家戦略担当相)が

14日、東京電力福島第1原発事故を受け

福島県内で放射性物質により

汚染された地域を除染する際に出る

大量の土砂や汚泥について

「市町村で仮置きした後、容積を減らす処理をした上で

県内の どこかに中間的に貯蔵するべきだ。

国が責任を持たないといけない」と述べた。

県内では今後、緊急時避難準備区域の指定解除に

向け除染作業が本格化、汚染ごみが大量に

発生することが予想されるが、その処分方法が課題に。

玄葉氏は「除染を進めるために、現実を直視するべきだ」

と指摘。と記事に出てたけど

東電の出したごみは東電本社に持っていくべきです!

私の怒りで余震?かな…揺れた・・・



いっしょに

2011年06月22日(水) 18時30分
京電力の清水正孝社長と次期社長に

内定している西沢俊夫常務は21日

県庁を訪れ、佐藤雄平知事と面会した。

佐藤知事は

「避難生活は100日を超える。

避難者の方の気持ちを思い、(原発事故の)

一日も早い収束をお願いする」と述べた。

清水社長らは福島第1原発事故につい

てあらためて謝罪。一刻も早い事態の収束と賠償に

取り組む考えを示した。清水社長は冒頭

事故の責任を取って社長を辞任する意向を伝えた。
(2011年6月22日 福島民友ニュース)

一番言って欲しい事を知事が言わないから、私が言います。

「清水社長は退任するんだから家族連れて

すぐに現場に住むべきです。

事故当日に関西に逆戻り?したんだから

安全な私達の居場所に今度は住めますよね!



東京電力の新社長に就く西沢俊夫常務は

県復興ビジョン検討委員会が「脱原発」を

掲げたことについて

「脱原発をコメントする立場にない」としながら

「福島県民の意見を踏まえて

国として政策を決めれば受け入れるしかない。

しかるべき場で国民の声を聞きながら

冷静なしっかりした議論で決めてほしい」

と国民的議論で国が方針を決定した場合には

脱原発を受け入れる考えを示した。

また「日本は資源がない国。

どのエネルギーをいかに組み合わせると顧客のメリットになるか

具体的なデータを踏まえ安定供給

経済性の面から検証しないとならない」と述べた。
(2011年6月22日 福島民友ニュース)

私は我が県の原発はすべて廃炉にして欲しいです。

東京電力のために多大な被害にあって県民差別され

自然を汚染され、情報はいい加減なことしか出さない。

我が県に核のゴミを捨てようと画策?してるらしいけど

政治家・東電幹部のいる場所に廃棄処分場を作れば。

なにもかも我が県に押し付けようとしないでくだい。

安全だと言い続けた人達のいる場所に作りなさい。

自分に力があったらな・・・

魔法使いになりたいです。


国会議員のバカさ加減に私(被災地)はウンザリ。

だいたい「誰が総理だから」なんていつまで言ってるの。

あなた方全員被災地で暮らしてみなさい。

夜は贅沢な料亭?で会議するお金あるなら

復興資金に充てなさい、国会議員の給料は削減考えないの

なんたら大臣?なんかいらないから

各市町村に任せなさい!

こんな時こそ奉仕精神で働く気持ちになれと言いたい。

いっしょに

2011年06月11日(土) 17時30分
村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文

9日のスペインのカタルーニャ国際賞授賞式で

配布された作家村上春樹さんの受賞スピーチの

原稿全文は次の通り。(原文のまま)ネットに出てたです。


「非現実的な夢想家として」

僕がこの前バルセロナを訪れたのは

二年前の春のことです。

サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの

読者が集まってくれました。

長い列ができて、一時間半かけても

サインしきれないくらいでした。

どうしてそんなに時間がかかったかというと

たくさんの女性の読者たちが

僕にキスを求めたからです。

それで手間取ってしまった。

僕はこれまで世界のいろんな都市で

サイン会を開きましたが、女性読者に

キスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。

それひとつをとっても、バルセロナが

どれほど素晴らしい都市であるかがわかります。

この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に

もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく

もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に

日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。

地球の自転が僅かに速まり

一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

地震そのものの被害も甚大でしたが

その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。

場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。

39メートルといえば、普通のビルの10階まで

駆け上っても助からないことになります。

海岸近くにいた人々は逃げ切れず

二万四千人近くが犠牲になり

そのうちの九千人近くが行方不明のままです。

堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ

未だに遺体も見つかっていません。

おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。

そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと

想像すると、胸が締めつけられます。

生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い

家や財産を失い、コミュニティーを失い

生活の基盤を失いました。

根こそぎ消え失せた集落もあります。

生きる希望そのものをむしり取られた

人々も数多くおられたはずです。

日本人であるということは、どうやら多くの

自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。

日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて

台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て

多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。

そしてもちろん地震があります。

日本列島はアジア大陸の東の隅に

四つの巨大なプレートの上に乗っかるような

危なっかしいかっこうで位置しています。

我々は言うなれば、地震の巣の上で

生活を営んでいるようなものです。

台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが

地震については予測がつきません。

ただひとつわかっているのは、これで終りではなく

別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。

おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を

マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと

多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし

あるいは明日の午後かもしれません。

もし東京のような密集した巨大都市を

直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの

被害をもたらすことになるのか

正確なところは誰にもわかりません。

にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も

「普通の」日々の生活を送っています。

人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し

高層ビルで働いています。今回の地震のあと

東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。

どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が

当たり前に生活していられるのか?

恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

日本語には無常(mujo)という言葉があります。

いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない

ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し

すべてはとどまることなく変移し続ける。

永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。

これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は

宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ

民族的メンタリティーとして、古代からほとんど

変わることなく引き継がれてきました。

「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は

いわばあきらめの世界観です。

人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ

という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に

むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

自然についていえば、我々は春になれば桜を

夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。

それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど

自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。

桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は

その季節になれば混み合い

ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちに

その美しさを失ってしまうからです。

我々はそのいっときの栄光を目撃するために

遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく

目の前で儚く散り、小さな灯りを失い

鮮やかな色を奪われていくことを確認し

むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ

消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

そのような精神性に、果たして自然災害が

影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。

しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え

ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ

被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは

確かなところです。あるいはその体験は

我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

今回の大地震で、ほぼすべての日本人は

激しいショックを受けましたし

普段から地震に馴れている我々でさえ

その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。

無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

でも結局のところ、我々は精神を再編成し

復興に向けて立ち上がっていくでしょう。

それについて、僕はあまり心配してはいません。

我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。

いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。

壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

結局のところ、我々はこの地球という惑星に

勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと

地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって

文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが

地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず

そのような自然と共存していくしかありません。

ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って

簡単には修復できないものごとについてです。

それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。

それらはかたちを持つ物体ではありません。

いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。

機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えば

すぐに拵えられる、というものではないからです。

僕が語っているのは、具体的に言えば

福島の原子力発電所のことです。

みなさんもおそらくご存じのように

福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち

少なくとも三基は、修復されないまま

いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。

メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され

おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が

近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から

立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や

商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。

そこに住んでいた人々はもう二度と

その地に戻れないかもしれません。

その被害は日本ばかりではなく

まことに申し訳ないのですが

近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか

その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を

建設した人々が、これほど大きな津波の到来を

想定していなかったためです。何人かの専門家は

かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し

安全基準の見直しを求めていたのですが

電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。

なぜなら、何百年かに一度あるかないかという

大津波のために、大金を投資するのは

営利企業の歓迎するところではなかったからです。

また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も

原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを

下げていた節が見受けられます。

我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら

明らかにしなくてはなりません。その過ちのために

少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て

生活を変えることを余儀なくされたのです。

我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。

日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。

我慢することには長けているけれど

感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。

そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは

少し違っているかもしれません。でも今回は

さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の

存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも

糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は

我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一

核爆弾を投下された経験を持つ国民です。

1945年8月、広島と長崎という二つの都市に

米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され

合わせて20万を超す人命が失われました。

死者のほとんどが非武装の一般市民でした。

しかしここでは、その是非を問うことはしません。

僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく

生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら

時間をかけて亡くなっていったということです。

核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に

人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを

我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。

ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。

どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない

経済的に豊かになること、そして平和を希求すること

その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

広島にある原爆死没者慰霊碑には

このような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に

加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。

核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり

また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされていると

いう点においては、我々はすべて被害者でありますし

その力を引き出したという点においては

またその力の行使を防げなかったという点においては

我々はすべて加害者でもあります。

そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は

三カ月にわたって放射能をまき散らし

周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。

それをいつどのようにして止められるのか

まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する

二度目の大きな核の被害ですが

今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。

我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し

我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が

抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに

消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた

平和で豊かな社会は、何によって損なわれ

歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

原子炉は効率が良い発電システムであると

電力会社は主張します。つまり利益が上がる

システムであるわけです。また日本政府は

とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち

原子力発電を国策として推し進めるようになりました。

電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき

メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという

幻想を国民に植え付けてきました。

そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが

原子力発電によってまかなわれるようになっていました。

国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が

世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

そうなるともうあと戻りはできません。既成事実が

つくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に

対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」

という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも

「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。

高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは

ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には

「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの

原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような

無惨な状態に陥っています。それが現実です。

原子力発電を推進する人々の主張した

「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく

ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは

「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

それは日本が長年にわたって誇ってきた

「技術力」神話の崩壊であると同時に

そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と

規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し

政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。

しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。

我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。

そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。

そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中

原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が

広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。

そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチを

ポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど

この世界のどこを探してもありません。

我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。

それが僕の意見です。(私も同意見です)

我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し

社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる

有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。

たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。

それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても

我々は原爆体験によって植え付けられた

核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。

核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの

中心命題に据えるべきだったのです。

それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する

我々の集合的責任の取り方となったはずです。

日本にはそのような骨太の倫理と規範が

そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が

世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。

しかし急速な経済発展の途上で

「効率」という安易な基準に流され

その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ

我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。

またそれを克服することによって、人の精神がより強く

深いものになる場合もあります。

我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の

仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を

試みるとき、それは我々全員の仕事になります。

我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり

彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという

自然な気持ちから、その作業に取りかかります。

それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。

晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て

土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を

進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで

しかし心をひとつにして。

その大がかりな集合作業には

言葉を専門とする我々=職業的作家たちが

進んで関われる部分があるはずです。

我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを

連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を

そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。

それは我々が共有できる物語であるはずです。

それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を

持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして

戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。

その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

最初にも述べましたように、我々は

「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。

生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。

大きな自然の力の前では、人は無力です。

そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアの

ひとつになっています。しかしそれと同時に

滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた

脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの

静かな決意、そういった前向きの精神性も

我々には具わっているはずです。

僕の作品がカタルーニャの人々に評価され

このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。

我々は住んでいる場所も遠く離れていますし

話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。

しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い

同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。

だからこそ、日本人の作家が書いた物語が

何冊もカタルーニャ語に翻訳され

人々の手に取られることにもなるのです。

僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと

分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは

小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は

人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの

感覚なしに、小説家であることはできません。

カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で

多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に

遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を

護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには

分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく

「非現実的な夢想家」になることができたら

そのような国境や文化を超えて開かれた

「精神のコミュニティー」を形作ることができたら

どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年

様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを

通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと

僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。

そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ

災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。

我々は力強い足取りで前に進んでいく

「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。

人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは

残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。

我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と

原子力発電所事故の被害にあった人々に

義援金として寄付させていただきたいと思います。

そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と

ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。

そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも

深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)




この発言はとても重要なことを世界中に伝えています。

私はテレビで観て村上さんの偉大さ改めて知りました。

皆さんもテレビで観た方多いと思います。

セカンドバージン

2010年10月23日(土) 0時01分
「セカンドバージン」で鈴木京香さんがいい演技してる。

出版業界では名の知れた辣腕プロデューサー役。

離婚してどうしようもない放蕩息子を抱えて苦労しつつ

女性としてもまだ現役であり、妻ある年下男性にトキメク。

誰もが自分の日常をからめてしまう?気もします(笑)

原作者の大石 静さんは

「恋愛は人が生きる上での糧でもあり試練でもあります」

そんな事書いてあったけど、たしかにそうかも〜。





昨日は曇りで寒い日だったです。

ぼくも服が着れる時期が来て喜んでいます。



う〜〜〜ん 足伸ばすのは気持ちがいいぞ。

ぼくのしなやかな動きいつ見てもカッコイイ。



ぼくの後姿もカッコイイだろう〜。

ぼくはどこから見てもカッコイイです(笑)



あいつに褒められるとなんだか照れます。

ぼくでも照れることあるんだ。



ぼくはいつも皆さんの応援しています!

ぼくは私の応援だけしてください〜。

イルカさん、結婚記念日おめでとう。

shidaさん、娘さんの誕生日おめでとう。

えりりん、お母さんの誕生日おめでとう。

おもしろい占い

2010年10月16日(土) 0時00分
テレビで電話の占いはいくらかかるか?

そんなお試し企画をやってたんです。

鬼やっこさんが名前伏せて電話調査・・・

1分間の占いで2400円〜5800円?〜のお金取られる。

占いの人によって値段が違うんです。

しかし1分間なんてアッと言う間に過ぎて行く・・・

たちまち時間が経ち電話切るとすぐに

「ただいまの占いの料金は1分間2700円ですから

8分×2400円で19200円です。」

「ただ今の占いは46分×4200で193200円です」

とかビックリするような金額になってるんですよ。

きちんと納得して電話掛けるから問題ないでしょうが

私は絶対に電話しないと思ったです(笑)

中にはこの占いで100万単位使う人がいるらしいです。

世の中さまざま商売があるんですね。




こちらはお金のかからない楽しい面白い占いです。

子豚のママさんのとこで私がやってたのしかったから

紹介します、時間ある時にやってみてください。

くれぐれも先を飛ばして行かないでくださいね。



約束してください。絶対に先を読まず、1行ずつ進む事。
たったの3分ですから、ためす価値ありです。

まず、ペンと、紙をご用意下さい。
先を読むと、願い事が 叶わなくなります。

 

(1) まず、1番から、11番まで、縦に数字を書いてください。
 
 
(2) 1番と2番の横に好きな3〜7の数字をそれぞれお書き下さい。
 
 
(3) 3番と、7番の横に知っている人の名前をお書き下さい。
   必ず、興味のある 性別名前を書く事。
   男なら女の人、女なら男の人、ゲイなら同性の名前を書く。
 
 
必ず、1行ずつ進んで下さい。
先を読むと、なにもかもなくなります。
 
 
(4) 4、5、6番の横それぞれに、
   自分の知っている人の名前をお書き下さい。
   これは、家族の人でも知り合いや、友人、誰でも結構です。
 
 
まだ、先を見てはいけませんよ!!

8、9、10、11番の横に、歌のタイトルをお書き下さい。
 

 
(5) 最後にお願い事をして下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、ゲームの解説です。
 
 
(1)このゲームの事を、2番に書いた数字の人に伝えて下さい。

 
 
(2)3番に書いた人は、貴方の愛する人です。
 
 
 
(3)7番に書いた人は、好きだけど叶わぬ恋の相手です。
 
 
 
(4)4番に書いた人は、貴方がとても大切に思う人です。
 
 
 
(5)5番に書いた人は、貴方の事をとても良く理解してくれる相手です。
 
 
 
(6)6番に書いた人は、貴方に幸運をもたらしてくれる人です。
 
 
 
(7)8番に書いた歌は、3番に書いた人を表す歌。
 
 
 
(8)9番に書いた歌は、7番に書いた人を表す歌。
 
 
 
(9)10番に書いた歌は、貴方の心の中を表す歌。
 
 
 
(10)そして、11番に書いた歌は、貴方の人生を表す歌です。
 
 
 
これを読んでから、1時間以内にブログに貼り付けてください。
 
そうすれば、願い事は叶うでしょう。

(これはどうでもいいと思います)



いかがでしたか?

私はとても楽しめたです大笑いしたんです。

私は夫が大好きで息子に恋して大切な人は娘だった。

人生を表す歌はドリカムの「LOVE LOVE LOVE」でした(笑)
プロフィール
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  • 職業:専業主婦
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