反応なりき、ひかり
June 29 [Mon], 2009, 20:00
改めまして、
アトミックハートに御来場頂き誠にありがとうございました!
かきたいことは山盛りありますが、まずはそのなかでも筆頭にくるものから。
たくさんたくさん、お客様からお言葉をいただいたことをまず。
芝居が終わったにも関わらず、感想や感じたことをくださる温かいそのさきへ繋がるきっかけが、ちゃんとどうやらあるようです。
有り難く、また真摯に受けとめてアストロメリアLinkプロデュースとゆう団体をわたしは考えていかなくてはならないと実感です。
表現に答はなく、
物語に正解もない。
そんな雲をつかむような中、たくさんの手がわたしを助けてくれました。
あべは作者であり、演出であり、主役という大それた立場で、それでいいのか、あべじゅんこ!が、内心キャッチフレーズになりつつあったんですが、みんなついてきてくれて、思い返せば思い返すほど、申し訳ない気持ちになったりもします。
ですが、
やりたいことをまえにすると譲れない思いがあり、ひけない形がありました。
人は、一人ではいきてゆけない。
繋がりあい、それは拒んでも差し延べられる腕だと思うんです。
だれよりわたしがその腕を信じたくて、脚本をかいていました。
つい、
あべ自身が「どこまでいっても、わたしは一人だ」と思ってしまいがちで、
そんなとき田中愛積さんはわたしを叱咤してくれる腕だったりします。
なに、一人な気になってるのか。と。
それは信じた人に失礼だ、と。いつも気付かされます。
いつでもわたしが戦わなくてはならない相手は自分なのです。
だから、向き合いたくてアトミックハートを書き直しました。
同じ台本ならたしかに楽です。そしてやりたいことも昔よりできるだろうと思う。
けれど、過去は過去。
今は、今なんだから、今かけるアトミックハートを上演したかった。
ある方に、確かにわかりやすくなったし見せ方もうまくなった。けれど、その分、前にはあった女性にしか書けない、なにか不器用なSF、とゆうのが薄れていて残念だった、とゆわれました。
がむしゃらなわたしは、4年を経て少し変わったようです。
だれもが、「なにを」したくて、を明確に持っているわけじゃない。
それは押し付けることでもない。
なのに人生には、「なにをしたい?どっち?」と迫られるときがある。
オダギリジョーのCMみたいに何枚か持ち手があればいいが、えてして、そんなんないわけで。
わたしのまえに二枚のカードがつねにあり、わたしにどうするんだと投げ掛けてくる。
アトミックハート
それはわたしの背をおす作品で、
それはわたしに選ぶ勇気を与えるきっかけで。
両の眼をしっかりひらいて、まずは7日、みんなに御礼がいいたい。
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