『夢の扉』に冨田先生が 

2008年12月13日(土) 18時58分
小児心臓病の専門医、昭和大学横浜市北部病院 循環器センターの冨田英先生が、テレビで取り上げられた。
冨田先生は、以前、札幌医大病院にいて、その後、国循だったかなぁ、そちらにいたときに、心臓病の子どもを守る会(with心友会)の北海道支部で、医療講演をお願いしたことがあって、先生を見たのはその時が初めてでした。
その頃、私は心内修復術を受けるかどうか迷っていたころだったのでたしか、こういう30代目前の大人で心内修復術をするとしたらどうしたらいいか? というような質問をしたなぁ。
先生は何でもテキパキ答えてくれる方でした。

それから、カテーテル検査をして手術適合ということで「手術できますよ」と言われてから、手術を受けるかどうか本格的に迷い続けていた数年間に、札幌に戻ってこられた冨田先生に、その迷っている部分(どこで誰に手術をしてもらうか)をメールで問い合わせたことがありました。
私は札幌医大病院で診てもらったことは全くなくて、その時も別の病院での手術という話だったから、本来なら全く関係ないんだけれど。
札医大とは全く接点はないけれど、でも札幌の病院のことをぜひ聞いてみたいという思いから、PCの前で緊張してがちがちになりながらメールを打ちました。
そうしたら次の日くらいに、すぐお返事が届き、私が聞きたかったことの答えをいただくことができた・・・。
あの時は、本当にありがたかったなぁ~。

それからそれから、私も手術を終えて動けるようになり、先天性心疾患関係の学術学会などにあちこち、こっそり参加したときなどお見かけしていました。

今回の番組では、(法律の問題で)日本国内ではできない赤ちゃんの心臓移植の渡航に奔走する姿と、数年前海外で心臓移植を受けた北海道の少年(今は青年だな)と会うところ、など、子どもの心臓移植というところをフィーチャーした様子が見られました。
や、かっこいかったさ。

番組サイト↓
「夢の扉~NEXT DOOR」

心臓病の子どもが身体障害者手帳を持つこと 

2008年11月22日(土) 23時46分
私は、2歳の時に身体障害者手帳の交付手続きをとった(もちろん、母が手続きをしてくれたのけど)。
以来ずっと身体障害者手帳を持っているので、いわゆる「身障者(内部障害)」です。

「身障者手帳を持つメリットとデメリットは?」
ということがよくネットで話題になっているのですが、それぞれの障害の特徴によって変わってくる部分と共通する部分があると思います。

私の場合は、デメリットはあまりないです。
メリットは、小さいことでいろいろな場面で料金の割引などが利用できることもありますが、大人になってからこれは本当にあってよかったと思うのは、雇用保険(失業手当)等を含むハローワークでのこと。

私は、正規雇用の経験がなくて、今も非正規雇用なのですが、契約上2年勤めたら半年休みという契約をしていたことがありました。その時に、普通であれば雇用保険は3か月分くらいしか支給されないのですが、身体障害者(手帳保有者)である場合は支給期間が長くなります。
また、失業している途中で入院などしてしまう場合もあって、そうなると疾病手当などがつきます。
私の通っていたハローワークは、親切な方がいたのかもしれませんが、そういうことを、こちらが気がつかなくても教えていただいて手続きをとることもありました。
また、非常勤(アルバイト)で、身体障害者の人を優先して使いたいという事業所の話がきたら、わざわざお電話でお知らせしてくれたり、もちろん年に1、2度ある身障者枠での雇用の合同企業説明会や合同面接会などのお知らせもいただきました。
その代りというか、それが当り前なのでしょうが、失業中に仕事をした場合(私は知人に声をかけていただいて日雇い電脳バイト(^-^;をよくやってました)は、月一回のハローワークでの手続きの時きちんと報告することで、「重い心臓病だけれど、自分にあった仕事ならできるんだ」という小さいアピールも忘れずにしていました・・・。

そういう日雇い電脳バイトは、私の住む小さな街ではなかなかなくて珍しいこともあり、ハローワークの方にも「これはどういう仕事をするんですか?」とか「これは在宅でやったんですね?」などと聞かれて、ちょっと話が弾むことがありました。

ただ、現実には、身障者雇用の法定率があって、一定の規模の会社には身障者手帳を持っている人を雇わなければならないとなっているんですが、それにはなかなか「心臓病」の人は敬遠される、という話も聞きます。
分からないからしかたないですよね。
心臓病=発作、倒れる というようなイメージはありますし、働きたいと思っている私たちの側も、そういう不安を解消していただけるように相手を説得できないコミュニケーションの力が不足している部分もあると思います。

難病(心臓病も)を抱える人たちの中には身体障害者手帳を取得できない方が多くいます。そういう人たちはこうした身体障害者枠の雇用の範疇には入りませんし、さまざまな場面で、手帳を持っている障害者が得られる助けを受けられないということになります。これはかなりの違いです。
だから、お子さんが身体障害者手帳を持つということは、この先、お子さんが何かを自分で選択する時の選択肢を一つ増やすことにつながるのではないかと思います。
手帳が必要がなくなったら、お子さんが自分で判断できるようになった時、自分で返還すればよいと思います。

お子さんが『身体障害者手帳を持っている』のは、お子さんの手枷(てかせ)、足枷(あしかせ)になるわけではありません。

大人の先天性心疾患の受難(札幌) 

2008年10月02日(木) 23時05分
子どもに、心臓病が見つかった場合、札幌圏内で、「どこの病院がいいか教えてください」というような書き込みやメールをよく目にします。
手術が必要な先天性心疾患であれば、だいたい次の4施設。
コドモックル(子ども総合医療・療育センター)、北大病院小児科札幌医大病院小児科手稲渓仁会病院小児科。子どもさんは札医の小児科ならコドモックルのほうがいいみたいです。

私のような大人になった先天性心疾患者は、たいてい、子どものころから診てもらっている病院の小児科か外科に通うことが多い。中でも、昔から(あの日本初の心臓移植を1960年代にやっている)札医の外科は老舗だけあって、30代以上の年齢に達した先天性心疾患の患者を長く診てきている。
私は、35年前に手術したのが北大病院で、25年ほど前は東京女子医大、そして5年ほど前は手稲渓仁会病院だ。今のところ心臓に関しては主治病院は渓仁会の小児循環器と外科ということになる。(このほかに地元の小児科も私にとっては日々頼る主治病院だけれど)
こんな感じで長年診てもらうところがない、流離っている患者はもしかしたらあまりいないのかもしれない。
どうしてこうなったのかは、コレガワタシノイキルミチ
を診ていただければ、ちらとはお分かりになるかもしれない。

さて、成人になった先天性心疾患の人が多く通う札医(2外)だったが、近年、長年先天性心疾患の大人(外科的治療はもうほとんどしない慢性期の患者)を熱心に診てくれていたお医者さんが引退したため、スタッフの顔ぶれが変ったら、大変なことになり困っているらしい。
ホームページには、先天性心疾患も診るとは書かれているが、外科的な治療が必要な場合以外は事実上、お断りされるような状態だそうだ。
私自身の体験ではないので、説得力はないけどね(^-^;

困っているというのは、新しくきたお医者さんは、大人になった先天性心疾患で慢性期の患者(成人先天性心疾患の場合、多くは慢性期といってもいい)は診ないとはっきり宣言されたという。
外科のお医者さんだから、外科的な治療が必要な(心臓病の)患者さんしか診ないというのは普通のことかもしれないけれど、今まで、20年、30年、手術をし終えても先天性心疾患を抱えたまま生活してきた人達は、ずっとここで診てもらっていた。もう、手術は何度も経験済みで、これ以上、外科的な治療はない(あるいはできない)場合もよくあることだ。
それが、病院やお医者さんの方針で、もう別の病院に行きなさいと言われた。これは慢性の病気と共に生きていく私たちのような人にとっては、普通の人が考える以上にとてもつらいことだ。

何がつらいって、先天性の心臓病の慢性期の大人の患者についてきちんと診れるところが北海道内では他にほとんどないからだ。
子どもであれば、コドモックルや他の大学病院の小児循環器科などで慢性期を診てもらえるが、大人になってから長年診てもらっている病院から肩を叩かれ「ハイよそで診てもらってね」と言われても、受入先がほとんどない。そういう地方の困難な状況もあったのだろう。札幌医大は長年、心臓外科で、先天性心疾患で大人になった人を小児科からそのまま診続けてくれていた。
札医大は、子どもの心臓疾患については、コドモックルにほぼ移行した模様。大人は追い出された呈なのだと思われる。

ただ、先天性心疾患の大人の患者でも、手術の可能性がある患者さんなら、診るようで、1年前にはその離しが出ていなかった患者さんが「手術を前提とした精密検査」をすることになったり…という話しも聞いている。
大人になってから手術の可能性っていうのは、(私は別として)、先天性心疾患ではそうそう多くはないと思う。

じゃ、大人の心臓病患者が診療してもらう普通の循環器病院や循環器科に行けばよいではないかと思われるが、そういういわゆる「普通の循環器科」では、先天性心疾患はちょっと・・・わからない、と言われる。
「よくわからない」と言う病院を、これからの主治病院として紹介されても、不安だなぁ。

問題点はいくつかあると思う。整理下手の私は、思考も、論も整理するのが下手なので、書いていてもどこから書けば良いかわからないんだけれど、思いつくまま。

・お医者さんが替わったら他の病院へ、と言われること、それ自体。
・世の中、先天性心疾患の患者のうち、大人の割合がどんどん増えていくにもかかわらず、大人の先天性心疾患者について詳しくてちゃんと診てくれる病院が道内にはほとんどないこと。
・同じ病院の中で、小児科と外科の連携ができないこと。
・そうした医療の実態について、患者会が積極的に調べたり提言していないこと(未だに口コミレベル)。

もう少し整理しながら、どこから手をつけていけばよいか考えてみようと思います。
ぐちゃぐちゃでスマソン

爪の話 

2008年09月24日(水) 1時02分
チアノーゼのある心疾患(主に先天性の心臓病を念頭に)だと、手足の指の爪が撥爪(バチヅメ)などと言われるような、特徴ある爪の形になります。
もちろん、チアノーゼがあるので、爪の色は紫色(どす黒い感じ)になっている。それと唇の色もそう。
酸素が末端まで十分に回らないためなのか、爪は大きくて丸くなるんです。爪が伸びると指の腹のほうにどんどんまあるく巻いていく感じで、指先全部が爪!というような状態の子もけっこういました。
今は小さいうちに手術をするので、そうでもないとは思うけれど。

それで、私も足の爪、手の爪が巻いていたので相当伸びても邪魔じゃなかった。
4年ほど前に心内修復術をしてから、気がついたら爪が巻かなくなっている。
体内(血液)の中の酸素飽和度をサーチュレーションと言うようなのだけれど、そのサーチュレーションは、手術前、70%代、現在は90%代。
健康な人は100%を下回ることはあまりなく、突然70%代まで下がると気を失って倒れるくらいの、低さなのだそうです。
で、そういう酸素不足の体から、少し健康な人に近い酸素量を保つ体になったので、爪も巻かなくなった。

その爪の変化に気がついたのは、バイトに復帰してからしばらくたってのこと。
そもそもあまり爪を切らなくても伸びてきてうざいということがなかったのに、爪がすぐ伸びてパソコンのキーボードを打つのに邪魔だなぁと思うようになって気がついた。
あと、足の爪は手よりも巻いていて、指に入り込みそうな感じだったのが、ちょっと爪を切らずにいると、靴を履いて歩いているとき、爪先がひっかかって爪が剥がれそうな気がするようになって気がついた。

よくよく見ると、丸く盛り上がっていたのが少し平らになって前ではなく上に爪が伸びるようになっている。
だから、靴にひっかかるような感じになったり、キーボードが打ちづらくなるほど爪の伸びるのが早くなったような気がするんだね。

ほんとうに他の人がみてもそうそう変化はわからないと思うけれど、自分ではこの爪の感覚がだいぶ違う。
体中に酸素が行きわたっている(ま、健康な人よりは足りないが)んだなぁということが実感できる変化の一つです。

ちなみに、顔色や唇の色はやはり手術前と今とではだいぶ違いますね。

コレガワタシノイキルミチ 

2008年06月20日(金) 0時22分
YouTubeなどで、懐かしい歌を流して見聞きしながらパソコンに向かう今日この頃です。

Puffyの『これが私の生きる道』は1996年秋に出た曲。
久々に聞いて、そのゆるゆるでダラダラな歌詞に、やっぱりいいなと思いました。
1996年の暮れに、初めてホームページというのを開設した私は、「さてホームページに何を載せようかなぁ」とほんの少し思案。

で、当時は私の周りに同年代の心疾患の人がほとんどいなかった(いるのを知らなかった)ので、自分の心疾患のことを書こうと思い立ちました。
色々な人に先天性心疾患について知ってもらいたいという思いもあり書き始めるのですが「闘病記」にはしたくない、私が私なりに楽しんだり喜んだり普通に暮らしているのだから、お気楽な雰囲気が伝わればと思いました。確かに重い病気ではあるけれど、普段、私がいつも病気の苦しみを味わっているか?といえば全くそういうことは無く、反対に、なんとのんきに暮らしていることかと思う日々。
そんなゆるゆるな病気の紹介でいってみよう! それにピッタリなタイトル、それこそがpuffyの『これが私の生きる道』でした。

タイトルとしてもうひとつ、「生きてるだけ丸儲け」もつけているんですが(コレガワタシノイキルミチでYahoo!検索すると、こちらのタイトルが出る)、こちらは、昔聞いた話、明石家さんまさんの娘さんの名前をつけるときに、「イきてるだけでマルもうけ」で"イマルちゃん"にしたとのこと。
それは面白いなぁと思っていたので、勝手に頂いてしまったわけ。

コレガワタシノイキルミチの第一部をUPしたのは、10年以上前。第二部ですら2000年頃のこと。
2004年に手術する前後のことはさらっと第三部で触る程度。以降まったく手をつけていない、化石ページなのですが。
最近、本州の養護教諭(保健の先生)や看護師さんを養成する学校の先生から、このページの一部を、講義の資料で使いたいとのお話をいただきました。
まったく見ず知らずの方ですけれど、どうせ、というか、意図して、ネットという大海にさらしているわけですから、もちろん使っていただけたら嬉しいので、そうお返事しました。

後日、その先生から『コレガワタシノイキルミチ』の一部を読んで講義を受けた学生さん方の感想文が送られてきました。
心臓病というハンデを負った子ども時代(ま、今もだけれど)大変だったろうなと思ったという感想ももちろんあるのですが、中には、
「これを読んだときに辛い、悲しいという感じはあまり感じませんでした。先生やクラスメイトと楽しくやっている様子が浮かびました」
と書いてらした学生さんもいて、10年以上前に書いたものでもまだちょっとは伝わるものがあるのかもしれない、と嬉しく思いました。
さらに「思春期以降のこと」、「ハズレの先生」についても知りたいというリクエストもいただきました。
「ハズレの(学校の)先生」は、幸せなことに、いないので書けないと思いますが、第一部後半は、いつか書いてみたいと思います。

それにつけても、Puffyの『これが私の生きる道』。改めて聞くと、ホントにイイ感じ。
♪~悪いわね、ありがとね、これからも、よろしくね。
  ~もしも誰かが不安だったら、助けてあげられなくもない。
     (助けてあげるとは言ってないのが、実にいい)
  ~うまくいってもダメになっても、それがあなたの生きる道。
  ~少しくらいは不安だってば。これが私の生きる道。
  ~最後まで見ていてね、くれぐれも邪魔しないでね。

「それでは、サヨウナラ」ときちんと言えるときまで、やっぱり結局ゆるゆるでいこう、と思う今日でした。
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