カウチ 

2016年11月07日(月) 22時45分


同居人がいないので今日は静かだ。
生理が近いので心がざわざわしている。


複数の誰かを理解しなきゃならない日が来るのだそうな。
それがどうも忘年会になりそうだ。
やだ。
しんどい。

でも逃げられないような気がしてる。

「みんないい人だから」
「理解してやっていこう」

ってことなんだそうな。


自分の周りのコミュニティが最近少ししんどい。
自分の身の丈に合っていないと感じる。

こういう気持ちになる時、
大抵自分自身に問題があるのだと思ってしまう。

「みんないい人だから、理解しなければならない。そうでなければ」

という風に続く。

そして、「自分の話をしなければならない。そうでなければ」

という風に。



そうでなければ、の後はわからない。



「そうでなければ、」

どうなるというんだろう。



孤独になっていた方が楽でいいなと思う。
誰ともコミュニケーションをとらずに、
群れをなさない動物のように生きていけたら、なんて思う。



役割を強要されていると感じる。

「自分」である前に「役割」をこなすべきだと感じる。



最近は特にそうだ。


「心配していると思う」と言われると、
心が苦しくなる。

好意なんだろうけれど。


好意を快く受け止める、ということが上手にできない。






私は私のことを「人間との距離感がわからない方」なのかと思っていた。

でも人間ってなんだ。

私は誰かの(私の周りにいる、名前を持った人間たち)ことを考えるばかりで、

その、私が考えている「誰か」には、体がないじゃないか。


「想像」だとか「妄想」だとかで

実際的で現実的な

身体を持った

人間じゃないじゃないか。




だから私は「人間との距離感がわからない」んじゃなくて

「想像(或いは妄想)との距離感がわからない」という

単なる一人相撲に過ぎない

内側の人間なのでした。




苦しい。


うむ 

2016年11月05日(土) 10時13分


INFP型気質の人は、真の理想主義者で、極悪人や最悪の出来事の中にさえも、常にわずかな善を見い出し、物事をより良くするための方法を模索しています。落ち着きがあり控えめで、内気にさえも見られますが、内には激情と情熱があり、まさに光を放つ可能性を秘めています。全人口のわずか4%を占めているだけで、残念ながら、誤解されていると感じることが多いかもしれません。しかし、同じ考えを持つ人々を見つけて共に過ごす時、そこで感じる調和が、INFP型にとって、喜びやインスピレーションの泉となるのです。

外交官(NF)グループに属し、理論(分析家)や刺激(探検家)または実用性(番人)ではなく、自身の信条に基づき行動します。前に進むための方法を決定する際、名誉や美点、道徳、美徳に目を向け、賞罰ではなく、自らの純粋な意志により導かれます。INFP型の人達は、この気質を誇りに思っていますが、それはごく当然のことです。しかし、誰もがこうした感情の裏にある原動力を理解するわけではなく、孤立することもあります。

金はすべて光るとは限らない。放浪する者が皆迷っているとは限らない。年老いても強いものは枯れない。深い根に霜は届かない。
J. R. R.トールキン

今の自分のことは分かっているが、今後どうなるかは分からない

こうした気質を最大限に発揮することで、他人と親身にやり取りしながら、難なく比喩表現やたとえ話を用い、シンボルを理解し生み出しながら、自分の考えを共有できます。こうした直感的なコミュニケーションスタイルは、創造的な仕事に向いているため、INFP型の有名人の多くが、詩人や作家、俳優であるのも不思議ではありません。自己理解と世の中における自分の立場を重視し、自分の作品の中に自身を投影させることで、こうした思想を探求します。
自己表現力があり、比喩や架空の人物を通して自分の美点と秘密を明かします。

その言語能力もまた、母国語にとどまらず、外交官タイプの大半がそうであるように、第二言語(時には第三言語まで!)の習得に非常に長けています。また、その優れたコミュニケーション能力は、外交官の永遠のテーマである調和を追求する際にも役立ち、この能力により、自らに課せられた使命と出会った時に前進できるのです。
多くの人々の話を聞き、わずかな人に話す

しかし、他の外向型とは異なり、INFP型は、ごくわずかな人々やひとつの価値ある目的にのみに集中し、一度に多くのことをやろうとすると力尽き、さらには世の中のあらゆる修復不可能な悪に落胆して、打ちのめされることさえあります。これは、INFP型の人達の楽観的な見方に頼ろうとしていた友人にとって、悲しい光景です。

善を探求するあまりに自分自身を見失い、生きて行く上で欠かせない日常生活の維持を疎かにしてしまう可能性もあるので注意しましょう。INFP型の人達は、他の性格タイプよりも、よく思いにふり、楽しみながら物事をあれこれ想定したり、哲学的な事柄について思い巡らせたりします。放っておくと、まるで隠者のように引きこもったまま連絡が途絶え、友人やパートナーが、多大なエネルギーを費やして、現実世界に連れ戻すことになります。

幸い、春には花が咲くように、INFP型の人達の愛情深く創造性に溢れ、利他的で理想主義的な気質は、常に戻ってきます。そして、行く先々でINFP型自身とその家族や友人に、おそらく理論や実用性ではなく、思いやりや親切な心、美に息吹を与える世界観をもたらすのです。




自分がINFP型だとしたら、

「一度に多くのことをやろうとすると力尽き、さらには世の中のあらゆる修復不可能な悪に落胆して、打ちのめされること」ってのがまた。ここ数ヶ月の自分のようだわ。

ごくわずかな人としか付き合っていけないのは当たっているきがする。。




サイン 

2016年10月29日(土) 4時08分
「共有したくなる」っていう感情が、周りと比べて、自分は薄い方なのかなーと思ってたけれど、そうでもないのかな。東京に来てからなんだか周りに無関心になることが多い。無関心になってる方が、快適になれるというか。それじゃだめだなーと思うから関心持ったりするけどしんどくなることの方が多いわ。

人と向き合うとかめんどいし、
誰かの感情を聞くのとかめんどいし、
お前の気持ちは知らんわ。って思うことの方が多くなった。
私が聞いたとして、
解決できないことは聞きたくないし
わしに話されても困るわ、と思う。
でも聞くけど。
聞いたり、聞かなかったりするけど。

ほんで、友達?とうまくいかなくなることもある。
うまくいかなくなって初めて気づく。




私、とりあえず最初になんでも受け入れるっぽい。

で、相手は受け入れられて嬉しくなる。
孤独であるほどな。
私に受け入れられて嬉しくなって、
それが続くと、
いつか「なつめ」が特別になる。

私にとっては普通だけどー
他人はみんなそうして付き合ってるけどー
(だから私は相手のそう言う感情に気づかない。)


で、相手のことをある程度知ってから、
私は心のシャッターを閉めるんですわ。

はい、よくわかりました。
あなたのこと、だいたいわかった。
私とは合わないようだわ。
共有できることもあまりなさそうだわ。
どうもどうも。って。

これ以上近づきたくない。

むしろ離れたい。




ここでな。

相手が「え?」ってなるんだな。

俺のこと(私のこと)受け入れてくれたじゃん。
なんで?

みたいな。





受け入れるけど、理解したから、もういいんだ。
相手のこと理解するために、自分のこととか話すけど、
別に、言葉の道具みたいなもんで。

相手と継続的な関係を築きたいわけなじゃいんだ。

知りたかっただけなんだ。
知って、自分の中で理解できたらそれでいいんだ。









と云う自分の一面を最近やっと理解しました。


だから初対面の人が好きなんだな。
継続的な関係でいるのがなんか苦手なのはそのせいか。

継続的な関係が苦手なのはなんでなのかもなんとなくわかるけれど、
今はちょっとうまく言葉に出来ないからまたいつか。


退屈な 

2016年10月25日(火) 12時45分

おととい、彼氏の前の奧さんに会った。

前の奥さんに「(離婚のこととか)なんにも気にしなくていいから」と笑って言われて、
どんな顔していいかわかんないままわたしにこにこするしかなかった。

わたしと前の奥さんの間に彼氏がいて、煙草吸ってた。



それでもよかったとおもう。
これでよかったとおもう。
これからさきもどうしても
会ってしまうんだし。
言葉を交わせて良かったんだと思った。









なんだかわたしはいままでずっと
言葉に頼りすぎてきたとおもう。

きっとこれからもずっと
言葉を頼っていくんだろう。けど。





なんだかつかれたな、とおもう
たにんのことばかりかんがえて
たのしいことがはいる
すきまが
ないんだな。

わすれてしまう。



すきまがないのに、
こうどうして
むりやりたのしさをねじこむから、
わすれてしまうんだな。






























じぶんのことをせめるのってよくない
きみをせめる役は
きみじゃない他人がやってくれるんだから。


ということをわたしに?
言ったひとがいた。



自己処理できることが
自己管理できていることで、
それが自立した、
りっぱな個人だと
おもっている
わたしには
どうにもむずかしい。






身体がちかくにないんだから、
もう読まなくっていいんだよ。

ことばにふりまわされるの
つかれちゃったし。

からだをふりまわしても
かんじょうがのこらないのだった。




愚痴は
理解を求めているから
吐くのだ

と、
これまたどこかでみたけれど、
わたしの場合は

わたしが
「わたしのことを理解してもらいたい」って思っている、対象の人を

わたし自身が理解する必要があるきがする。




こういうブログに書くんじゃなくて

誰か

名前のある人に


言えたらいいのに



な。







demotec 

2016年10月15日(土) 23時04分

10月3日のブログを書いたころに
「寂しくて惨めな気持ちになる」って彼氏に伝えた。

そしたら
「ごめんね。仕事のことでいっぱいいっぱいで気が回ってなかった。」って言ってくれて。

ちゃんと伝えて、彼の感情や状況がわかってよかった。
そしてそのあとスケジュールを調節して一緒に二日間過ごしてくれた。
約束を守ってくれた。
ちゃんと解決してくれた。

よかった。


大事なことだから忘れないように書いとく。


私は、今までずっと
自分の感情を伝えるタイミングがなかっただけで、
ちゃんと伝えれば、大丈夫なんだってわかった。








Antonio Loureiro のCDを聴いてる。

今日も彼氏はうちにいない。

冷たい夜の中、月が泳いでる。




これからレオンを見て、そしたらゆっくり眠ろう。


t/x/o/c/:nn 

2016年10月15日(土) 12時52分


新潟の友達から手紙が届いた。

何ヶ月も忙しかった彼となんでもない二日間を過ごした。

先週は家族で京都に行った。

そんなことが積もって、気持ちも大分落ち着いた。



この人たちが私にとって大事な人なんだろうな。今は。











ロッカレールという名前のカードゲームを買った。
可愛い。
単純に衝動買いなんだけれど。




10日頃に生理が来た。

一ヶ月に一度、血が出るというか、そんなことでだいたいなんでもどうでもよくなる。
自分の身体から出る血を、見たいのだ。
習慣的に。










彼氏とダリ展に行った。


私は、ダリに関して「おせっかいな自己陶酔作家」みたいな認識を持っていたけれど、
今回の展示を見て「根本はどうやら真面目な人らしい」と感じた。


シュルレアリスムが流行っていたことは随分調子に乗っている。
その頃の作品も良い。脂が乗ってる。

でも、その前の時代は、
印象派みたいな絵を描いていたり、
かなりピカソに影響を受けてるキュビズム的な絵もあったり。
その中で導き出したのがシュルの作品で、
時代はそこで止まらないから
彼の時間や作品はどんどん進む。

晩年に描いていた作品は「芸術は科学と融合するべきだ」というテーマで描いている。
(ダリは、原爆が長崎と広島に落とされたニュースに影響を受けたのがきっかけらしい)





実際に現代の美術を見てみると、「科学と融合すべき」という観点より、
科学の登場によって、肉体とは一体なんなのか?とか肉体とは?とか、
(なんか今頭さえなくてうまく書けないけれど、)

「肉体的な死生観を求める作品」
とりわけ「死への興味」(逆に言えば生への強い興味)の方向に進んでいると思う。


(でも私の知識は10年前くらいで止まってるから今はどうなの?これでいいのかわからない)





美術は面白い。

今、美術館は限りなく死体に近いものを欲しがっている。

死体を欲しがる美術館は、まるで現代人の棺の様だよね。


で、棺から死体(作品)が生きている様に世界中を飛び回る、と。
THE LIVING DEAD的な。




というかここまで書いていて、
全く真新しくない当然のことを書いているな、と自分で自分に思う。

THE LIVING DEAD的な作品でなければ、2016年まで残ってるわけがない。



チープな考えしか浮かばなくなってきた。

脳みそにもっと違う回路が欲しい。















「有名になりたいな」

「有名ってどのくらい?」

「歴史に名を刻めるくらい」

「じゃあ人をたくさん殺せばいい」



きせつ 

2016年10月07日(金) 23時01分


彼は仕事で何日も家にいない。

何日か家を空けることがしごとみたいなものだから
わかっているけどやっぱり寂しい。
しかもその様子がインスタに上がる。
ツイッターにも上がる。
プロモーションの一環だとわかってる。
わかっているけどやっぱり寂しい。
わたしとのことはインスタにもツイッターにも上がらない。
わたしも、彼とのことはSNSに上げない。
寂しくても言えない。

寂しい時に彼の楽しそうな表情をSNSで見ると
自分がいなくてもいいような気持ちになる。
わたしなんかいなくても、楽しそうだし、
わたしの寂しい気持ちってきっと邪魔になるよね。
とか、拗ねる。


でも彼はいつもお土産を持って帰ってきてくれる。




いちばん嬉しかったお土産の思い出。















彼が三日、家を空けた。
彼の三日間の様子は大体全部SNSで見ることができた。
楽しそうだった。全部。

わたしと過ごした夏の旅行を、そのまま真似た、社員旅行の様子。


いいんですけど。
いいんですけどね。
わたしと「だけ」の思い出じゃなくなった気がして、嫌だった。



そんなこんなで、わたしが仕事をしている昼に、彼からメールが届いた。

「まいちゃんにお土産がある。夜はリハだから、帰ったら見てみて」







彼はいつも遠くに行くとお土産を持って帰ってきてくれる。





























家に帰ると、畳の部屋に、

スーパーファミコンが置いてあった。





子供の頃親に買ってもらった時みたいな、
クリスマスの日の朝みたいな気持ちがわあっとこみ上げてきて、
すごくすごく嬉しかった。






なんだかうまく言えないけど、


「やっと帰ってこれた」って思った。




そう思ったら、涙が出てきて、止まらなかった。
うれしくてうれしくて涙が止まらなかった。


わたしにこういうお土産を持って帰ってきてくれる人、
彼しかいないかもなあ、って、思った。






彼と付き合っててよかったなあ。


帰ってこれてよかったなあ。







よかったよかった。






畳部屋でひとり、めそめそ泣いて、晩御飯を食べた。










彼が夜中に帰ってきたら、「スーファミ!嬉しい!ありがとう!!」ってたくさん伝えた。

そしたら「もうひとつお土産がある!」って言って、
「じゃじゃーん!」って言いながらマリオコレクションのソフトを。






そのあと一緒にゲームした。



楽しかったなあ。
マリオ2が難しすぎて、盛り上がったっけ。





わたしきっとこのまま生きていったら、
子供の頃過ごした実家にあったものをどんどん集めていって、
子供時代の環境を真似た場所を作っていくんじゃないかしら。
安心で安全なイメージから抜けられないのかな。


いいか、もういいか。

それでもいいか。


今のパートナーは、わたしと一緒によく遊んでくれる。
わたしは子供時代を彼ともう一度続けたいのかな。


キスをする。
ご飯を食べて、
お酒を飲む。
スーファミをして、
ふざけて笑って。
夜中に銭湯に行く。
たまにセックスをする。
髪の毛を撫でてあげたり
彼の肩に顔を埋めて眠る。

こんな毎日が続けばいいなあ。

彼がいるとこんな楽しいから
彼がいない日が寂しいんだな。

ゆっくりなぞってあたまを浸してゆく 

2016年10月04日(火) 22時26分
ものごとのきまりから去ってしまう
きみ、と、わたし、の
ほんしつてきな
ぶぶん。


腹部にちからをいれて
きもちをここに
おとす。

ほんしつてきな、

きまり。

を、

くだす。








たのしかったこと。









「目が悪いから、暗闇を歩いているときに、アスファルトの上の黒いシミが、ゴキブリにみえてこわい。いまにでも動き出しそう。」って、

わたしが言ったら、あなたが、

「あ!」って言って、

そこらじゅうを指差しはじめる。

わたしはこわくって、おかしくって、わらう。

「そんなにたくさんは、いないでしょう?」って言いながら。


手をつないで

くたくたに笑いあって。




笑い声が重なる時間がほんとうにしあわせだ。

となりにいながら、彼の息遣いを感じられるのがほんとうにしあわせだ。


体温が近くにあって、
ほんとうにしあわせだ。



かえりみち、いつもそうおもう。

深夜2時。







=



しあわせだったことだけ書けば
つらいことをわすれられるはずだ。

しあわせな記憶ばかりなぞれば
かなしい記憶は薄れるはずだ。



しあわせばかりが此処に残れば、

しあわせだった過去しか読み返せなくなる。



いつまでも更新を続ければ、
しあわせばかり見ながら生きていけるはずだ。





今はそうしながら。
今をやり過ごすんだ。








=



今日は残業をして、
帰りの駅で彼らのライブ配信をみて、
帰宅してからカリウスマキの愛しのタチアナをみた。


最近ちょっとだけ映画の見方がかわった。




自分の感情をコントロールできなくなるときが多い。
もうすぐ生理だからなのかもしれない。

とけるようなひ 

2016年10月03日(月) 19時38分


神様のボート

中学生のころに、この小説を読んだ。
10代だった。

今はもう27歳。


いつの間にかこの小説に出てくる葉子みたいな女になっている。
過ぎたことは全部「箱」にしまって、
どこかに馴染むことを避けながら旅をつづける。
そんな一部分だけが似ている。
あとはちっとも似てないようなきがするけど。















昨日、友達とビアガーデンでビールを飲んだ。

ゆったりと楽しかった。


帰りの電車途中の駅で、彼女は下車。
手を振って別れた。



そこから

ひとりで

自宅の最寄駅について。

いえに帰るまでのあいだ。


どうしようもなく寂しくなった。


惨めな気持ちが押し寄せて

どうしたもんかと思いながら

めそめそしながら歩いてかえった。








どうしたらいいのやら。

自分で決めたことを達成できたからって充実感とかない。
満足感とかない。

全部通り過ぎて行ってしまう。


「できたー!やったー!」とかない。
「できたー。はい次。」みたいな感じ。




お母さんが亡くなった時が一番達成感があった。

満足した。

ああ私は大好きなお母さんのために、たくさんの嘘をついて、いい子で居続けられた。
お母さんが死ぬまで、完璧なおねえちゃんで居ることができた。
お母さんの前では。
家族の前では。

寂しくて寂しくて寂しかったけれど、大好きなお母さんはいつでも忙しかったから、
寂しいって言ったら、私の存在が、お母さんの負担になる。
だから、寂しい感情は自分で処理しなきゃ。


私が中学生の頃、お母さんに、「上下お揃いの下着が欲しい」と言ったらすごく嫌な顔して「なんで?」って聞かれた。
ただ、プールの授業とか着替えの時に、みんなの下着がそうだったから。
私も一緒にしたかっただけなのに。
そんなことも言えなかった。

お母さんは性に厳しい。
私をいい子に育てたかったんだ。




寂しかったからネットの中で友達を作ってた。
そこで彼氏もできた。

初めてセックスした。
15の頃だった。
ラブホテルの名前も覚えてる。
海沿いにある、「サザンクロス」って名前のホテル。


嬉しかった。
彼氏とは遠距離だったけれど。
5歳離れてるお兄さんみたいで。


デートはいつもラブホテルだった。
ラブホテルでずっとセックスをした。

会えない時間は電話がかかってきて、電話越しでお互い自慰をした。
部屋から声が漏れないように、布団をかぶって電話した。
たまに声だけ喘いでるように嘘をついた。

お母さんに嫌われたくなかった。
きっと聞こえてただろうな。
いい子にできなくてごめんなさいってずっと思ってた。
でも、彼氏にしか甘えられなくって、
彼氏に嫌われたくなかったんだ。


彼氏とラブホテルでセックスしているあいだ、「今どこにいるの?」ってメールが親から何通もきた。
返信できなかった。
ラブホテルにいるなんて言えなかった。
だから嘘をついていた。


いつしか「ごめんなさい、ごめんなさい」って言いながらセックスするのが癖になった。


「ごめんなさい」って言いながら自分で気持ちよくなってて、強い罪悪感に満足した。
こんな私相手でも、彼氏は気持ちよくなってくれる。
存在を許されているように思えた。

罪の意識があったけど、誰も私を罰してくれなかったから、
自分で自分を罰しなきゃいけないと思って、自己処罰をした。



うまいサイクルができてた。


お母さんには学校であった日常を本当みたいな嘘で固めて話してた。

学校の友達にも彼氏とラブホテルでセックスばかりしてるなんて言わなかった。嘘をついていた。

お母さんごめんなさい、と、◯◯ちゃんごめんね、が入り混じって。















お母さんが肺炎になった。
あっという間に肺がんになった。
2年で死んでしまった。
あっという間だった。

私が18歳の頃だった。


白い病室で満足した。
私は嘘を突き通すことができた。
私はいいお姉ちゃんだった。

お母さんに迷惑をかけなかった。
お母さんは私を空気のように思ってくれたかな。
私は手のかからない子だった。
弟と妹をうんと可愛がってくれた。
私はお姉ちゃんだから。
お姉ちゃんだからいっぱい我慢できた。
我慢できた。
いい子だったよね?
寂しい感情を全部自分で処理をした。
寂しいなんてわがまま言わなかった。
忙しいお母さんのこと理解して、
我慢したんだ。

愛してくれるよね
いい子だったから愛してくれるよね。
いい子だったね、よく我慢したねって
褒めてくれるよね
抱きしめてくれるよね
お母さんが死んじゃうまで
いい子で
手のかからない子だったよね
お母さんのこと
大好きだったんだ、
自分よりずっと。
自分なんかよりずっと。

















































しにたい。



















恋人に対しても同じことを思う。


大事な人が忙しいと同じように解決したがる。
「寂しいよ!でも、◯◯くん忙しいもんね。寂しいってわたしが言うと困るよね、会えないもんね。理解できるよ。でも、寂しいって気持ちなんとかしたいんだ。友達と遊んだり、AV見ながら自慰したり、忙しく過ごしたりしながら、我慢?やり過ごしてきたけど、もう、何だかしんどいから、寂しいから浮気するね!ばれないようにするよ」的な。

というか他の方法って何があるの。
惨めなことする以外に何があるの。


みんな遠距離だったし、
今の人忙しいし。

っていうか忙しくない人なんかいるのかな。




自己完結で何が悪いの
周りに色々言いふらして相談するやつのほうがよっぽど迷惑じゃん。
自己完結で何が悪い、独善的だって言われても、
わがまま言う奴のほうが迷惑じゃん。
ピーピー泣いて寂しいって言うやつよりいいだろ。
自分の感情を自分で処理してるだけじゃん。


わがままが何かわからない、
何を相談したらいいかわからない。
迷惑かけたくない
誰かの記憶に残りたくない。
忘れられたい。
忘れられたらまた自己紹介するんだよ。
まっさらなまま。


疲れが取れない。

未来のこととか現在のこと考えても
過去のことばっかり見える。






昨日、友達に「なつめちゃんは何でも最初に受け入れるね」って言われた。

そうかも?しれない?
色眼鏡のない方だと思う。

だけど
私は、わたしのことだけは何でか受け入れられない。





自分のこと嫌いになってる暇があるなら、好きになりなよ!とか思うけど
好きとか嫌いじゃなくて
自責が止まらないんだーよー

遠くに行かなきゃな。


またこれだよ。

遠くには何にもなかったじゃん。
休憩できるだけ。

アイヤー 

2016年10月01日(土) 13時39分


30にちの昨日、コンペに作品だした。
入賞はちょっと難しいかな。
友人のデザイナーとの共作で出したので、デザインの力が大きかった気がする。
デザインを抜いて一枚絵としたら、やっぱりまだ弱い。
時間をうまく充てられなかったのもあるけれど実力不足だと感じる。
デザイナーの友人にはお世話になりました。


28日、友達から依頼されていたウェディングボードを渡してきた。
が。
依頼主の友人の反応があまり良くなかった。
振り返るといろいろ確認不足だったと思う。
「できた作品を見て考えるからいいよ〜」と依頼主は言ってくれてたけれど、
できるまでに何回も作品を見せて確認すべきだった。
お金もらってるんだから。
申し訳なかったので連絡をして
今回の件はできる範囲で対応。


自分は連絡や確認が不足してる。
根っから、あんまり自分のことを知らせたくないっていう想いがある。
知って欲しくない、というか。
まあそれが良くないところで、仕事に出ちゃってるっていう。
全部連絡して確認したらいいってもんでもないと思うので、
要所を押さえていけばいいか。

知らないまま進む仕事って嫌だろ普通に。
と、相手になってみて思った。



21日にも納品した絵があった。
急な依頼だったけれど描かせてもらえて嬉しかったな。
担当デザイナーさんが私の絵を褒めてくれたみたいで、ほこほこした。
植物を描いて褒められると嬉しい。








絵を描いて喜んでもらえると嬉しい。

どんないい絵を描いても、依頼人が喜んでくれないものは、やっぱダメだと思う。
その、物としての作品の良さじゃなくて、
過程としてね。

依頼人と私の関係を、今後も育んでいけるように舵を切っていった方がいい。



そんなこと思った。

でももうなんかこの10日間くらいで目が死んだ。
しょぼしょぼ。
仕事場でもPC使ってるし、家でもPC使ってるし、なんともはや。。
肩も凝るし頭痛もするし。
視力は落ちるし。



で、明日は高尾山に行く。
羽を伸ばす!
緑を見る!
友達とビール!


あとは航空券を取らねばならない。

今回ばっかりは中国の航空会社かな。
パリー
治安悪そう。。
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