情味を味わう 

October 04 [Sat], 2008, 1:00
社会人になってからの時間の流れ。

学生時代とこんなにも違く、速いだなんて思ってもみなかった。

日々仕事に邁進する日々。

仕事、仕事、仕事。

気がついたらもう10月。

本当にあっという間。

仕事の中で自分が磨かれ、成長していく。


けれど、仕事を追い求めすぎて日常の中に存在している情味を忘れたくない。

秋風の匂い、ふとした会話、お気に入りのカフェでのひと時。

時々、人恋しいときもある。

誰かに会いたいときもある。

そんなとき、ふとした電話が本当に嬉しかったりする。

光も闇も知っている。

論理も感性も持ち合わせている。

近くも遠くも感じている。

一方を知るから、もう一方が恋しく嬉しくなる。


自己との戦い。

ずっとそれだけ。

福岡にて想う 

June 16 [Mon], 2008, 23:19
福岡にきてもうじき2週間になる。

名古屋から福岡へ

あっというまの出来事だった。


前へ進もうと必死にがむしゃらにもがいてた頃は何も変わらなかった。
もがけばもがくほど、自分を失っていった。

だから、もがくのをやめた。

自然体でいよう。
現状に感謝しようって。

そんなふうに考えたら場が変わり始めた。

埼玉から名古屋へ。
そして今は福岡へ。


もがいた自分がいたから辿り着いたんだと思えた。

いまこうやって日々仕事に取り組める幸せ。
達成しなくちゃならないこともたくさんあるし、
自分の力が及ばなくて悔しい思いをすることもたくさんある。

けれど、そのたびに思う。

「まだまだこんなもんじゃない」って。



がむしゃらにもがいたからこそ感じられるようになったことがある。

「立ちはだかる大きな壁は愛すべきもの」ってこと。



その瞬間で見れば、苦しいけど
長い目でみたら本当に力になる瞬間なんだと思う。

壁はその人が乗り越えられるからこそやってくる。
乗り越えられないものは来ない。

必要なものしかやってこない。
全ては自分を鍛え、成長させ、社会に役立つ人間にさせている。

だから、そんな現状に感謝しよう。

どんなことが起きても感謝しよう。

今あるすべて、ここに生きていることに感謝しよう。


そんな気持ちを忘れず、毎日を全力で生きたい。







Go to 福岡 

May 28 [Wed], 2008, 22:57
名古屋に来て、はや3ヶ月。

この3ヶ月は本当にあっという間だった。

動いて、動いて、動きまくる。

ただそれだけを中心にやってきたように思う。


もうじき誕生日。

誕生日を前に場が変わりそうです。

6月4日、福岡へ転勤します。

新たな仕事を任せてもらえそうです。

新しい環境を提供してもらえることに感謝。


常に成長

まだまだ、これから

そんな精神を忘れず福岡で頑張ってきます。

ビバ名古屋 

March 31 [Mon], 2008, 22:16
早いもので名古屋にきて今日で3週間になる。

仕事にもだんだんと慣れ始め、少しずつ仕事もわかってきた。

とにかく周りの先輩たちのモチベーションが高い。

そんな中で働けることに感謝しつつ自炊を頑張る毎日。


学生時代から憧れてた一人暮らし。

念願だった暮らしが今始まった。

でも、ほとんど仕事で帰ってきて寝るだけのような場所。

でもやっぱり一人暮らしってなんかいい。

自分で選んで、決めて、時間も自由にあって

何でも好きなことに使える。

ちょっとした自由人。

とはいえ、給料も安いから節約節約で

ほとんど苦学生のような日々。

でもそんな生活を送ってる自分も好きだったり。

若いうちは貧乏をしろ。

そんな言葉がどこからともなく聞こえてくる。

こりゃ、生活力つきますわ。

使うときは使って、使わないときは使わない。

メリハリパワー!!


家から歩いて徒歩10分程度のところに名古屋城があるのに

まだ行ってません。

名古屋人は関東と関西の丁度半分くらいのところにあるためか

どっちもの血が流れてる気がします。

基本的になんか一言多い。

タクシーの運ちゃんもワンメーターだと文句いってくる。


家族から離れて

地元から離れて

やっぱり今まで毎日当たり前のように存在してたものは

大切だなって時々思う。

一人旅をしてたときも

そんなことをしょっちゅう思ってた。

離れてみないとわからないこともある。

近すぎて見えないこともある。

離れたからこそわかることが沢山ある。

そんな経験をして、また一歩成長できるような気がする。

昨日より今日、今日より明日

毎日成長してけるように頑張りたい。




クライミング 

January 31 [Thu], 2008, 11:56
先日、妹といとこを連れて初めてフリークライミングに行ってきました。

フリークライミングって前から知ってはいたけど、実際のやるのは初めて。

東村山駅の近くのオンボロ倉庫の中にある店です。

入会金を払い、使用料、靴のレンタル料を払うと2800円くらい。

やや高めの感じは否めないが、時間は無制限なのでずっとやってれば元は取れるって感じ。

驚いたことに、若い女の子からオジサンまであらゆる年代層の人がクライミングを楽しんでます。

そんな中にまざって自分も挑戦。

まー軽くいけるだろう、って思ってたけど、そんなに甘くないんだね。

手の握力、全身の筋力、そして足の運び方などといった技術的なもの。

かなり色んな要素が必要とされるスポーツです。

しかも、何回かやったらもう手の握力がなくなっちゃってプルプルしてくる感じ。

久しぶりの運動だったから筋肉痛が全然おさまらなかったよ。

かなり練習量が必要なスポーツみたいです。

http://www.nona.dti.ne.jp/~t-wall/top/index.html

幸せって? 

December 19 [Wed], 2007, 0:01
カンボジアに住む青年口を開いた。

「コンピューターを持っていなくとも、のんびりと穏やかに暮らす幸せがある。
数字や言葉に出来ない幸せがある」

本当に「冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり
寝る場所がある」ならば、恵まれていると言えるのか。

そんな環境にいながらも、底知れぬ孤独や閉塞感を覚えている人々もいる。

一方で「貧しい」暮らしの中にも、資本主義社会の競争とは無縁に、
家族と支えあい生きる幸福がある。

彼はそう語った。

(「世界がもし100人の村だったら2」より引用)



間違いなく時代は大きな転換期を迎えている。
日頃常々そう思うようになってきた。

今まで人類が築き上げてきた価値観が変化しつつある。

物質世界から精神世界へとより高次元な世界へ。

誰も体験したことのない世界が今後静かにゆっくりとやってくる。

幸福、生きがい、自己実現

一体いつから僕らは本気でそのようなものを求め始めたのだろう。

そもそも「幸福」って何?

「生きがい」って?

感動すること?

充実感?

嬉しすぎて涙が出ちゃうようなこと?

マスコミや世間の大人たちが紡ぎだす言葉はどれも曖昧でわかりづらくて腑に落ちない。


そもそもマスコミや有識者などがこぞって「生きがいとは何?」なんてことを必死になって
定義しようとしていること自体、何かがおかしい。

「今の世の中何かがおかしいぞ」、そう感じる人々は多いことだろう。



何も求めず幸せそうに人生を過ごしている人がいる。

一方、人生に何かを求めすぎて、苦しみ、病気になり、挙句の果てには自ら命を断ってしまう人もいる。

後者は大抵に場合、自己評価が非常に高く、

「自分はこうなる人間なんだ」という独自の凝り固まったステレオタイプを抱いている。

それに対し、前者の場合、自分に対する執着が小さく、

何かを求めすぎることなく、毎日を懸命に生きている。


さすがに最近は少し熱が引いてきた感じはするが

「若者よ社長になれ」だとか

「億万長者になる方法」だとか

世間での主張が極端化してきた傾向があるように思える。

それはインターネット社会による影響、マスコミやメディアによる責任などが大きいが
今まで遠く思われた存在や職業が一気に身近に感じられるようになった。

わかりやすく言ってみれば、会社内での職業的階級、主任、課長、部長などといった
今まで時間をかけて得てきたものを一気にまたぐことが出来るようになった。

「フリーターから社長へ」

こんな構図が世間でははやし立てられるようになった。

だが、この構図を鵜呑みにすることに危険がある。

社長になること、起業すること

どれも素晴らしくより人生を満ち足りたものにしてくれるかもしれない

けれど、どうも近年、この構図の価値観には

社長になることが目的、起業することが目的という感覚が付きまとっているように見える。

社長も起業も手段であって最終的な終着点ではない。

社長も起業もあくまで手段

これら方法と通じて

「社会に対していかなる良い価値観、影響を与えられるか」という方が大切だと思う。


社長になれば幸福になれる

起業すれば幸福になれる

お金さえあれば幸福になれる


こんな一元的な価値観を多大なる影響力を持ってして伝えているメディアはやはり問題だと思う。

幸せの感じ方というのは一人ひとり違う

そんな前提に立てば、こんな風潮に流されなくて済むはずだ。



本当に大切なものは目に見えづらく、言葉にしにくい

論理性をもって説明することも難しく、相手を納得させることも出来ないかもしれない。

けれど、みんな気づいてるはずだと思う。

平凡だけど家族や友人に囲まれ人生を全うすること。

笑顔や笑い声で溢れかえっていること。

「本当に幸せな人生だった、本当にありがとう」

死ぬときに心の底からそう思える。

泣けるくらいの幸せ

はち切れそうなくらいの幸せ

それは意外と何ともない身近なところに潜んでいるのかもしれない。


摩天楼と引き換えにしたもの 

September 26 [Wed], 2007, 0:12
【 シンガポール 】

マレーシアのバタワースからシンガポールまではあまり過酷な長旅だった。

車内はガンガンに冷房が効き、北極のような寒さ。

それに加えて、民謡音楽をかけ、これがまた頭に鳴り響く。

しまいに、シンガポール国境をなぜかマレーシア人用のイミグレーションで通過してしまい、マレーシアの国境まで追い返される始末。

そんなこんなでなんとか宿に着いた頃には2人ともクタクタで今にも倒れそうな状態だった。

予想は的中し、彼女が熱を出し寝込む。

薬を持ち合わせてなかったから、フロントにいる見るからにゲイっぽいお兄さんに助けを求める。

さっき2人でいた時はぶ然とした態度だったのに、やたらと優しく、手取り足取り教えてくれる。

もらった薬を彼女に飲ませ、寝付いたところで少し外へ観光に出た。



「シンガポールはキレイだけど何もないよ」、ということを以前友人から聞いていたことがある。

確かに街はきちんと区画され、壮大なビルが立ち並び、都会の体裁を整えている。

これと言って文句はない。

けれど、歩けば歩くほどアジアを歩けばぶつかる何かが欠けていることに気づく。

そうあの「うざったさ」だ。

インドでも、ベトナムでも、カンボジアでも、歩いてれば誰かしら寄ってきては格闘が始まる。

ある時はバイタクのおっさんだったり、またある時は純粋無垢な子供だったり、いろんな出会いが待っている。

けれどもこの街ではそのような出会いがほとんどなかった。

国際化されたアジアでも誇れる素晴らしい国なんだろうけど、どこかあの人間くささが抜け落ちてしまってるような気がして少し残念だった記憶がある。

悪くはないんだけど、それ以上のものもない。

それが自分が受けたこの国に対する印象だった。


部屋に帰ると、だいぶ体調が良さそうになってた彼女がテレビに釘付けになっていた。

「何見てるの?」

「ミタービーン」

おいおい、こんなとこまできてミスタービーンなんか見んなよ!

「そと、どだった?」

「うん、悪くなかったよ」

撮ってきた写真を数枚見せてあげる。

「ん〜写真とるヘタ! 明日教える!」

なぜか病み上がりのタイ人に叱咤激励を受け、写真指導の予約までされ、疲れた体をゆっくりと休めるのだった。

















ごちゃまぜの街 

September 24 [Mon], 2007, 1:23
【マレーシア ペナン島】

タイの首都バンコクから寝台列車に乗り、数十時間。タイの国境を超え、終着駅であるマレーシアのバタワースに到着する。

バタワースから船に乗り、数十分でマレーシアの離れ小島であるペナン島に着く。

人口は約60万人。そのうち70パーセントを華人が占めており、マレーシアの中でもっとも中国人が多いところと言われている。

ペナン島は過去にイギリスの支配を受けていただけあって、西洋色の残る町並みがいまだに見てとれる。

この島は東西貿易の中継地である自由港として発展してきた。

それにより、西洋、中国、イスラム、ヒンドゥーの文化が融合した独特の雰囲気を持つ町並みが形成されている。

今歩いている通りは西洋調なのに、一歩先の道を曲がればナンにカレー、そんなイスラム世界が広がっている。

ある程度の住み分けはされているが、多くの人種がごちゃまぜになって一緒に生活をしている。

なんとも捕らえどころのない不思議な街だった。













残された秘境 

September 14 [Fri], 2007, 0:04
【タイ コーチャーン】

バンコクから南へ車で約5時間のところに、プーケットに次いでタイで2番目に大きな島であるチャーン島が現れる。

地形が山がちで険しく、交通も不便なため、大規模な開発を免れてきた島である。

そのため豊かな自然と素朴な集落が現在も残されており、未開の地を求めるバックパッカーが数多く訪れる。

島には大きなホテルも、歓楽街もない。

必要最低限のゲストハウスにレストラン、それといくつかのディスコがあるくらいである。


コーチャーンでの朝は遅い。

みな日中の暑い日差しを避けるため15時ごろから活動を始めるか、日が出る前の早朝に活動を始める。

ビーチは静けさを求めた観光客が昼過ぎからやってきて、勝手気ままに自由な時間を過ごしている。

小さな子供と海で遊ぶ家族や、ゆったりとそれぞれ読書をするカップル。

そんな彼らを見ていると豊かな時間の使い方をしてるなと思う。


自分達も昼過ぎに起き、遅いランチを時間をかけて楽しむ。

店内には客がほとんどいないにも関わらず、料理を注文してから来るまでがホントに遅い。

普段からファーストフード店や日本のレストランなどで接客を受けてるため、どうしても自分の感覚に合わせようとしてしまう。

けれどもここは日本ではなく、タイの辺境地。

この地には過度な競争の原理など働いてないだろうし、自分はその忙しさから逃れるためにこの地にやってきたことに改めて気づく。

焦ることなく、目の前に広がる自然をもっと楽しむ、それがこの地での豊かさであると思った。


コーチャーンの夜は本当に暗い。

ネオンがほとんどなく、レストランや土産屋の光が島を照らし出しているくらいである。

自分達が入った店は砂浜の上にゴザをひいて食事をするスタイルだった。

砂の感触が何とも心地よいが、テーブルが安定せずビール瓶などを置くのが大変である。

テーブルに置かれた一つのランプが何とか料理を照らしている。


腹も満たされたところで島唯一のディスコへと向かう。

まだ時間も早かったためか、客もまばらで誰も踊っていない。

ある程度、店内の空気が出来上がるまで酒を飲みながらじっくりと待つ。

深夜0時過ぎ、盛り上がりは最高潮に達し、みな時を忘れて踊りまくっている。

何もかも忘れ、みんなが一体となって踊っているこの瞬間が最高に好きだ。

眠そうな彼女を尻目に、閉店ギリギリまで楽しんだ。











スラムの子供達 

September 13 [Thu], 2007, 0:18
【インド ブッダガヤ 3】

ブッダガヤには数多くの仏教寺が建てられている。

日本寺、チベット寺、韓国寺などと各国の寺院が至る所に存在する。

仏教の聖地にこのように寺を建てれるというのは名誉なことなんだと思う。

自分が座禅の講習を受けていた日本寺からあるいてわずかなところにスラム街はあった。

道路の本線から脇道に入って数分も歩くと、辺りの風景が一変することに驚かされる。

レンガ作りの家が乱立し、子供達がはしゃぎまわっている。

俺が歩いているのに気づくと、子供達は一斉にやってきてあっという間に取り囲まれた。

写真を撮ってあげるといってカメラを出すと、みな珍しそうに目を見開きレンズを見つめた。

自分を撮ってとみな前へ出てきて俺が押しつぶされそうになる。

みんなが写るように順番にとっていく。

そんな中、子供達の枠から外れて恥ずかしそうにこっちを見つめている2人の子供がいた。

こっちへおいでと手招きをすると、下を向きながら嬉しそうにやってきた。

「じゃーそこに2人で並んでごらん」

そう合図すると2人は嬉しそうにきをつけをし、カメラの前に立った。












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