『評伝 石牟礼道子―渚に立つひと―』米本浩二 新潮社  〈水俣病闘争〉

October 15 [Sun], 2017, 17:30
今年8月16日、国際的な水銀規制のルールを定めた「水俣条約」が発効したという記事が出ていたのを記憶されている方もいらっしゃると思います。


水銀による環境汚染や健康被害を防ぐため、採掘や使用に加え、輸出入なども含めた包括的な管理に取り組むことを日本やアメリカ、中国、EUなど74カ国と地域が終結したものです。


メチル水銀によって深刻な神経障害を引き起こした水俣病のような健康被害を二度と繰り返してはならないという決意が込められての条約名。


水俣病の元凶となった不知火海に面した水俣湾の奥部は埋立地となり、「エコパーク水俣」という市民の憩いの場となっていますが、その地下には水銀を含む汚泥が今も眠っているそうです。


全体で約58ヘクタールもの場所を1982年から3年をかけて鋼板を設け、1990年に埋め立てが完成したそうですが、鋼板の耐用年数は約50年とされ、2050年ごろまで性能を維持できるとしていますが、その後の方針は決まっていないそうです。


将来的に大きな地震などが起きて埋立地が阪神淡路大震災のときのように液状化したら再び水銀を含む水が地表に噴出すことを憂慮する科学者がたくさんいらっしゃいます。


福島の原発事故後の核処理の問題のみならず、ここでも後世に大きな負の遺産を残したまま、と考えれば水俣条約に課せられた課題はとても大きなものだと思います。


日本の「公害の原点」と言われる水俣病の公式確認から昨年で60年を迎えたそうですが、今なお多くの被害者の方々がさまざまな症状に苦しんでおられるようです。



1956年、日本窒素肥料(現チッソ)水俣工場の付属病院長が、「原因不明の脳症状の患者が発生した」と県水俣保健所に届け出たのが公式確認とされている水俣病。


当時、大量に生産していた合成繊維、合成樹脂などの原料の製造過程で生成されるメチル水銀を何の処理もせずに海に排出していた日本窒素肥料(株)。


脳症状の原因が水俣湾産の魚介類であることを突き止めた熊本大学医学部研究班は1957年に県を通して国に食品衛生法の適用による漁獲禁止措置を強く要求しましたが、「原因物質が特定できないので漁獲禁止にはできない」との当時の厚生省の回答によって、県も漁業者に漁獲・販売を禁止せず、自粛するよう指導するに留まりました。


またチッソ側もすでに自社内の実験で工場廃液を与えたネコに水俣病と同様の症状が表れたことを確認していたにもかかわらずこの事実を隠ぺい。


厚生省も水俣病の原因がメチル水銀であることは認めながら、発生源の追究はせず、チッソに対する排水規制なども行わなかったという杜撰。

なにやら脈々と続いている隠蔽体質・・・現代にもここかしこで・・・。


戦後の日本の高度経済成長の一角を担う企業であった新日本窒素肥料の規制に当初から消極的だった政府がチッソの責任を認めたのはそれから12年後でした。


国が実態調査などを怠ってきたために熊本、鹿児島、新潟の3県へと大きな広がりをみせた水銀被害。


責任の所在が明らかになったあとも患者への救済措置は遅々として進まず、厳しい認定基準をクリアして認定された患者は半数止まりといわれています。


2016年現在、救済策などで一時金や医療費などの救済を受けた人は約7万人いますが、認定患者は現在2280人(うち死亡1879人)のみ。

一方で、今も2100人余りの人々が患者認定を約1300人が裁判で損害賠償などを求めているそうです。


福島と同様、患者を切り捨てる道具となってきた認定基準。



特措法で救済対象外となった1000人以上の人たちが国などを相手取って損害賠償請求訴訟を起こした経緯の裏にはそのような現実があります。


「水俣病とは、伝統的なくらしを大切にしてきた水俣の人々と近代化を象徴するチッソという大資本との圧倒的な力の差がもたらした"支配構造の問題"である」と指摘されたのはある知識人の方。


前置きが長くなりましたが、本日のレビューへ



米本浩二氏著『評伝 石牟礼道子―渚に立つひと―』 



「『苦海浄土 わが水俣病』の発表以来、文学界でも反対闘争の場においても類なき存在でありつづける詩人にして作家・石牟礼道子。
恵み豊かな海に育まれた幼年時代から、文学的彷徨、盟友・渡辺京二との出会い、闘争の日々、知識人と交流のたえない現在まで。
知られざる創造の源泉と90年の豊饒を描き切る、初の本格評伝」


池澤夏樹氏をして「戦後文学最大の傑作」と言わしめた『苦海浄土』を読まれた方も多いと思います。


また『苦海浄土』を読まれてなくてもその著者である石牟礼道子氏の名前を知らない方はいないのではないでしょうか。


本書は現在90歳の石牟礼道子氏の生きてこられた軌跡を、400時間以上のご本人への膨大なインタビューも含め、誠実にトレイスして完成した唯一無二のすばらしい評伝です。


著者・米本浩二氏は毎日新聞の西部本社勤務の記者。


長年公私にわたり石牟礼道子氏のサポートを努められている渡辺京二氏に会って評伝を書くことを勧められたことをきっかけにこの石牟礼道子という巨大な山に一歩ずつ一歩ずつ踏み込んでいくという気の遠くなるような作業を命を削りながらやったといいます。


道子氏ご自身にはもちろん、ご夫君、ご子息などの親族、渡辺京二氏など濃密に関わった関係者たちにも取材を重ねて、石牟礼道子という1人の人間を多面的に浮き彫りにするという努力の結果の本書。


こうして2014年から3年をかけて石牟礼道子氏と二人三脚の350頁に及ぶ本書が完成したのでした。


石牟礼道子というとらえどころのない魅力を貧しい私の文で書くことができないのがもどかしいですが、現在の石牟礼道子の根幹を作った幼少時代の家庭環境から、長じて気の進まぬ結婚のこと、理解ある夫に乗じて主婦としての役割を放棄して文学にのめり込み、果ては水俣病闘争に没頭、「サークル村」での高群逸枝・橋本文三夫妻との出会い、渡辺京二氏との関係など丁寧に丁寧に紐解いて、読者が少しずつ少しずつ彼女の実像に近づけるような工夫をされています。


生きることへの嫌悪感は物心ついたころから彼女を捉えて離さず、何度か自殺を試みるが未遂に終わった経緯など、幼いころ気狂いの祖母と魂を通い合わせることで現実とあの世の水際で生きてきた軌跡に深く惹かれます。


本書の副題となっている「渚に立つひと」というのは著者が彼女を通して感じた生の危うさを称して表したものであろうと思います。

「石牟礼道子は渚に立つ人である・・・
あらゆる相反するもののはざまに佇んでいる・・・
半分無意識に渚にいる・・・
境界が定かならぬ渚でなくて、海か陸かどちらかに安住できたらどんなに楽だったろう」と米本氏は書きます。


「海から上がってきた生類が最初の姿をまだ保っている海。
それが渚です・・・
人間が最初に境界というものを意識した、その原点が渚です」と彼女。


プレモダンからの呪術師または巫女となって語ることを旨とした石牟礼道子氏は『苦海浄土』を語りの場として土地の言葉で思う存分語っておられます。



巫女というと『死の棘』に登場する島尾ミホ氏のことを思い浮かべますが、ミホ氏がそのエネルギーを内に向かって放たれた人というなら、対照的に道子氏は外界に向かって放たれた人という印象です。


幼少時祖母と魂を通わせたように、水俣病で苦しむ患者たちに命をもって向き合い、その患者に憑依しながら外に向かって持てるエネルギーすべてを放って闘争した道子氏に圧倒されながら読了しました。


もっともっと書きたいことは山のようにありますが、この辺で終わります。


パーキンソン病を患われて久しい道子氏、容態は難しい局面を迎えられているようですが、現在も失っていない魂の輝きでまだまだ解決の道に遠い水俣病患者たちを照らしてほしいと願っています。


興味ある方はぜひご一読を!

『スティグマータ』近藤史恵 新潮社   〈薬の副作用〉

October 11 [Wed], 2017, 13:21
最近、服用している薬の副作用が徐々にきつくなって週のうち二日はノックダウン状態です。

一日中ムカムカが治まらず、その二日間は食べ物の嗜好があっちにいったりこっちにきたり。

味の濃いものがほしいときもあれば、酢の物だけのときもあり・・・大好きな緑茶が飲みたくなくなります。

白いごはんもしかり・・・こう書いて何だか大昔に経験したつわりのようだなぁと。


抗がん剤治療中の方々の何百分の一だと思うので、甘えられないのはわかっているのですが、何かを前向きにしようという気持ちに大きなエネルギーがいります。


一日中ぼぅっとしているのがいやで絵を描いてみたり、ブログの下書きをしたり、工夫してみるものの長続きしません。

ちなみに今日の工夫は↓

北海道ニセコの宿からの風景

花が終わるのを待って作った紫蘇の実の醤油漬け

周りの友人たちも私の特別の二日間は避けて誘ってくださいますが、どうしても外出しなければならないときもあり、それはそれで人と会ったりしていると、元気をもらえたりするので不思議です。


やはり緊張が足らないのか、思い過ごしなのか、などと内省したり・・・


また憂鬱な二日間が始まります。






さて本日は近藤史恵氏著『スティグマータ』のレビューです。

   
「黒い噂が絶えない、堕ちたカリスマの復活。
選手やファンに動揺が広がる中、今年も世界最高の舞台(ツール・ド・フランス)が幕を開ける。
かつての英雄の真の目的、選手をつけ狙う影、不穏なレースの行方――。
それでもぼくの手は、ハンドルを離さない。
チカと伊庭がツールを走る! 
新たな興奮と感動を呼び起こす、「サクリファイス」シリーズ最新長編」



私の大好きなロードバイクシリーズ第五弾!


『サクリファイス』から始まり、『エデン』、『サヴァイヴ』、『キアズマ』に続きます。


このブログでも『サクリファイス』『エデン』『サヴァイヴ』 のレビューをアップしていますので読んでいただけたらと思います。


とにかくおもしろい!


この作家さんは他の分野、例えばレストランシリーズなどもありますが、このロードバイクシリーズはぶっちぎりでお勧めです(^.^)


ちなみに時系列に読むのがお勧めですが、シリーズのファンはもちろんですが、初めて読まれる方も、ツール・ド・フランスという世界最高峰のロードレースの風を存分に味わえること受け合いです。


主人公は白石誓ことチカ、30歳。


アシスト専門のロードレーサー。


常にエースを優勝させるためのアシストを第一義としながらも、脚光を浴びることへの憧れとの狭間で葛藤しながら結局はアシストとしての立場を護り抜くチカに毎回胸が熱くなります。


3週間にも及ぶ過酷なツール・ド・フランス。


表舞台の華やかさとは裏腹にその過酷さや冷徹さ、各チームの選手たちの勝利への火のような執念が胸に迫ります。


レース途中の心理戦というか駆け引きも息づまるようなリアルさ!

ツール・ド・フランスの舞台となる山岳地帯や平原の景色や風がまるで目の前に迫るよう。


一応ミステリ形式になっていますが、それに重きを置いて読むと期待はずれかも。


過去の物語に出てきたお馴染みのミッコやニコラなどの顔ぶれとの交流も懐かしく楽しい♪


ちなみにタイトルになっている「スティグマータ」は日本語に訳すと「聖痕」、イエスが磔刑になったときについた傷のことを指し、カトリック教会では奇跡の顕現とされているそうです。

ある登場人物そのものを指して、あるいは彼の過去の栄光と挫折を指して使われている、というのは私の想像。

『ごんぎつね』新美南吉著黒井健絵 偕成社   〈カズオ・イシグロ〉

October 06 [Fri], 2017, 17:18

ノーベル文学賞の季節がまたやってきました。

毎年毎年、村上春樹氏への受賞期待が高まっては沈みますが今年も同じ・・・

カズオ・イシグロ氏に決定しましたね。


「偉大な感情の力を持つ数々の作品において世界と結び付く、われわれの幻想的感覚を深い根底から見つけ出してきた」というのが受賞理由だそうです。


私の好きな作家さん・・・ほとんどの作品を読んでいます。


映画化されたのもいくつかあり、きっと原作を読まれてない方でも「日の名残り」や「わたしを離さないで」は当時話題になったので観られた方も多いでしょう。


ご自身にとって偉大な現代作家だと思っている3人のうちの1人に村上春樹氏を挙げていらっしゃるカズオ・イシグロ氏。

 「村上さんは現実と微妙に違う『もうひとつの世界』を描きながら、読む人に親近感を抱かせる稀有な才能を持っています。
驚くのは、世界のどこへ行っても村上さんの作品がよく読まれていること。
英国でも翻訳文学は人気がないのに、唯一の例外が村上さんです。
世界の人々は日本に関心があるからではなく、村上さんを身近に感じるから読んでいる」


残念ながら私は村上氏の作品をそういうふうに読めなくて、途中挫折ばかりしていますが、来年はやはり村上氏に是非!!


カズオ・イシグロ氏の作家歴について少し

1982年『遠い山なみの光』で王立文学協会賞受賞 
1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞受賞
1989年『日の名残り』でブッカー賞受賞 
2000年『わたしたちが孤児だったころ』
2005年『わたしを離さないで』でブッカー賞最終候補  
2009年『夜想曲集:音楽と夕暮れを巡る五つの物語』  


最初の作品である『遠い山なみの光』は5歳まで育った長崎を舞台に、幼いころの徐々に薄れていく記憶を呼び戻すという意味も含めて執筆されたそうです。

また『日の名残り』も老執事の回想という形で描かれています。


著者にとって「記憶」というのがとても重要な小説の核となっているようです。

「ただ、『わたしを離さないで』の中の記憶は、他の作品とは別の機能を持つ。
死と戦う武器ということです。
キャシーは友人や恋人らをすべて失うが、記憶だけは誰にも奪われなかった。
彼女を最後まで支えたのが、幸せな記憶です。
記憶があれば、死に対して、ある部分では勝ったといえると思う」 と著者。


『わたしを離さないで』はほんとうに哀しい物語、今でも読後の切なさを思い出します。







さて本日は新美南吉氏著黒井健氏絵『ごんぎつね』です。


「兵十が病気の母親のためにとったウナギを、いたずら心から奪ってしまった狐のごん。
名作の世界を格調高い絵画で再現した絵本」
1913年愛知県半田市に生まれる
1932年『ごん狐』
1935年『デンデンムシノカナシミ』
1942年『おぢいさんのランプ』
1943年『牛をつないだ椿の木』
1943年『手袋を買いに』
1943年結核のため29歳で逝去


本書を直接読まれた方、教科書に載ったのを読まれた方、育児中子どもに読んであげた方など、内容を知らない人はほとんどいないだろうほど有名な童話です。


主な登場人物はいつもひとりぼっちの孤独な狐・ごんと猟師の兵十。


ひとりぼっちでいたずら好きのごんは兵十に近寄りたくて、兵十が仕留めたうなぎを盗みますが、それは病の床にいた兵十の母親への食べ物だったことを、まもなく兵十の母親の死によって知ることになります。


ごんは自分の愚かな行為の罪滅ぼしをしようと野山で取った栗などを兵十の家にこっそり投げ込むことを続けます。


結局最後、兵十に姿を見つけられたごんは銃で撃たれてしまいます。

「・・・兵十は立ち上がって、なやにかけてある火なわじゅうをとって、火薬をつめました。
そして、足音をしのばせて近よって、今、戸口をでようとするごんを、ドンとうちました。
ごんは、ばたりとたおれました。
兵十はかけよってきました。
うちの中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが、目につきました。
「おや。」と兵十はびっくりして、ごんに目を落としました。
「ごん、おまいだったのか、いつも、くりをくれたのは。」
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
兵十は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。
青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました」



あっけないほど短いこの童話、何度読んでも胸に深く沁みこむものがあります。


運命の力が災いして幸福な関係をもてなかったごんと兵十。


お互い悪意は欠片もないのに、自分の大切なものを葬ってしまう・・・


自分の身に置き換えて、こんなことを思いながら・・・今回も悲しみがこみ上げました。


透明感のある文章、絵担当の黒井健氏の挿絵がとても温かくすてきです。

『スターバト・マーテル』篠田節子 光文社文庫   〈衆院解散〉

September 30 [Sat], 2017, 18:56

あとづけの理由いくつか用意して衆院解散 混沌の渦

突如小池新党が名乗りを上げて与党野党混沌となってきました。

北朝鮮からの脅威から国民を護ることを第一義として・・・力強い安倍氏の演説・・・ならばミサイル連発のこの時期になぜ突然の解散??? と突っ込みたくなってしまいます。


SNSの友人のUさんがつぶやきで「いまこそ共産党が改名し選挙に臨んでは?」と提案されていたのに大いに共感しました。


戦後のレッドパージの時代から非合法政党としてのイメージをいまだ完全に拭い去れないという人々も多い中、ここで思い切って改名したら、解体寸前の某党のリベラル議員さんたちもジョインしやすくなるのでは?

Uさんは「共生党」を候補に挙げていらっしゃいましたがなかなかにいい名前(^.^)


私も夫も共産党にはアレルギーがある世代ですが、共生党なら応援してもいいかな。






さて本日は篠田節子氏著『スターバト・マーテル』のレビューです。 


「乳癌と診断されながらも、完治したように見えるなか、彩子は夫から勧められた会員制プールに通い始める。
そこで声をかけられたのが、中学校時代の同級生・光洋だった。
早熟で独特の雰囲気を放っていた男との思わぬ出会い。
さらに夫の言葉が、時を隔てた再会に微妙な色合いを与えて…。
表題作ほか1編を含む、悩める女性たちに贈る篠田流スパイシーな恋愛小説」


1955年東京都生まれ
1990年に『絹の変容』で小説すばる新人賞
1997年『ゴサインタン』で第10回山本周五郎賞
1997年『女たちのジハード』で第117回直木賞
2009年『仮想儀礼』で第22回柴田錬三郎賞
2011年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞
そのほか『薄暮』『廃院のミカエル』『長女たち』『秋の花火』『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』『コミュニティ』『ミストレス』『ブラックボックス』『銀婚式』など著作多数


篠田節子氏の作品は興味惹かれるものが多々あり、このブログにも多々アップしていますのでよろしかったら読んでくださればと思います。

上記の作品中、アンダーラインが引かれているのがそれらです。


本書には中篇が2篇―「スターバト・マーテル」と「エメラルドアイランド」―が収録されています。


表題作となっている「スターバト・マーテル」は13世紀に生まれたカトリック教会の聖歌の一つで日本語では「悲しみの聖母」(「聖母哀傷」)と呼ばれているものです。


中世以来、多くの作曲家がこの詩に曲をつけているので聴かれた方もたくさんいらっしゃると思います。


キリストが磔刑になったときの母マリアの極限の悲しみが歌われています。


私はドヴォルザークのものを聴いたことがあります。



話を本書に戻します。


乳癌と診断され手術を受けた彩子が主人公。


前向きで快活をよしとする夫は病気を機に内面にいつも死を内包しているような彩子を持て余しつつも会員制のプールに行くことを薦め、彩子が気が進まないながらそれに従ってプールに行くところから物語がスタートします。


そこで中学のときのクラスメート光洋に再会した彩子。


回想の中の光洋は頭脳明晰ですべての能力に長けつつも容易に分け入ることのできない雰囲気を持った男子でしたが、あることをきっかけに瞬間的に2度淡い交流を持った2人。


長じてプールで再会した光洋はだれもが想定したようなエリートコースから外れた人生を過ごしてきたことを徐々に彩子は知るようになります。


2人の中学時代の出会いから、具体的な行動は何もないのに、すでにとても官能的な雰囲気を醸し出していて、行き着くところは・・・と先読みしてしまいそうになる筆運びでしたが、中盤あたりからどんどん予想外の展開に。


意図的ではなくもイスラエルの武器製造に協力していたという光洋の背景が徐々に明らかにされるあたり、あまりにも荒唐無稽の急展開とあっけないラストにちょっと引けてしまいました。



生と死は同一線上にあるという一見虚無的にも見える彩子の内面は、がむしゃらに生きたいと思わない私にはとても共感できるというのが収穫かもしれない作品でした。

『子規の音』森まゆみ 新潮社   〈秋のつれづれ〉

September 23 [Sat], 2017, 21:38
ここ2、3日急に秋が深まったようです。


扇風機をしまってももう気温の上昇の戻りはなさそうな・・・


暑さに弱い私は夏が過ぎてぐんと弱った感じ(――;)


旅行や子どもたちの帰省が続いて卓球もしばらく休んでいるので、少し歩いて体力を戻さねば・・・


昨日は月に一度ある「てんでに絵を描こう」という集まりに参加して、先日北海道でスケッチしていた白樺林に彩色してみました。



白樺の木立から羊蹄山が顔を出している風景。


実際は羊蹄山の色がもっとすてきな青なのですが、いまだ色の作り方もままならず下手なのでうまく彩色できませんでした。


友人に誘われて水彩を始めて一年半、なんとなく楽しいな、と思い始めていますがいつまで続くか、、、中々続かないという意志力のなさを試しています。






さて今日は森まゆみ氏著『子規の音』をご紹介します。 


「三十代前半で病に伏した正岡子規にとって、目に映る景色は根岸の小さな家の、わずか二十坪の小園だけだった。
動くことのできない子規は、花の色や匂い、風の動きや雨音などで五感を極限まで鍛え、最期まで句や歌を作り続けた。
幕末の松山から明治の東京まで足跡を丹念に辿り、日常の暮らしの中での姿を浮かび上がらせた新しい子規伝」


著者について

1954年東京都生れ
早稲田大学政治経済学部卒業後東京大学新聞研究所修了
1984年地域雑誌「谷中・根津・千駄木」創刊、2009年まで編集人を務める
1998年に『鴎外の坂』で芸術選奨文部大臣新人賞
2003年『「即興詩人」のイタリア』でJTB紀行文学賞
2014年に『「青鞜」の冒険 女が集まって雑誌をつくるということ』で紫式部文学賞を受賞
著書に『「谷根千」の冒険』、『彰義隊遺聞』、『女三人のシベリア鉄道』、『森のなかのスタジアム――新国立競技場暴走を考える』、『昭和の親が教えてくれたこと』など多数


著者はずっと地域雑誌「谷中・根津・千駄木」の編集に携わり、鷗外や一葉などを書いてこられただけに子規の東京での幾つかの住まい (神田、向島、本郷、谷中、根岸)への知識がとても深く、それが本書に投影されてその時代の町の様子や人々の暮らしを浮かび上がらせるという深みのある評伝になっています。


子規生誕150年という区切りに相応しい作品。


400頁という厚みのある本書、内容も緻密で子規を核として集まった人々も含めて明治時代を懸命に生き抜いた息づかいに圧倒されながら読了しました。


著者はあとがきで次のように書いていらっしゃいます。

「子規については鴎外、漱石に勝るとも劣らない数の本が書かれている。
彼の人生は短いながら、俳句と短歌、随筆の近代での意味を問い続け、いまも作品は読みつがれている。
本書では子規を、暮らしの中で等身大で感じることを心がけた。
また私のよく知っている土地、根岸、上野、谷中、根津、本郷、神田、王子、三ノ輪などの風景日常の中で生まれた句や歌を楽しむことにした」



とりわけ私の興味を惹いたのは子規と彼を取り巻く人々の交流です。


そんなに市民の生活が豊かでなかった明治時代の人々の交流のなんと温かいこと!


東京での庇護者である陸羯南といい、松山時代の幼馴染だった秋山真之、上京以後の親友となる夏目漱石、そして子規の俳句の弟子となった高浜虚子や河東碧梧桐、伊藤左千夫、寒川鼠骨、阪本四方太、中村不折などの細やかな愛情や友情が胸に響きます。


東京に憧れ、叔父の加藤拓川の後ろ盾を得て上京、先に上京していた故郷松山の旧友の間を転々としたあと神田に落ち着き、駿河台にあった共立学校で英語、数学、漢学などを習い、田舎から出てきて1年余で大学予備門の試験に受かった子規。


東京での庇護者・陸羯南という理解者を得ての生活はとても父親を亡くした貧乏士族の長男とも思えないほどで、宿替えや旅行の数々、趣味の俳句や落語好きが高じての寄席通い、ベースボールに熱中したり飽食三昧のこれぞ青春の日々。

よくもまあお金が続くこと!@@!


東京での学問に憧れての矢も立てもたまらずの上京、明治23年東京帝国大学文科大学哲学科に入学したものの、大学の講義になじめず欠点を重ね、同級の漱石の尽力も及ばずついに25年に退学。


陸羯南の新聞「日本」に入社し、郷里から母八重と妹律を呼び寄せて根岸に住むこととなります。


死の病となった結核の兆候はその前頃から喀血という形で発症していましたが、請うて日清戦争従軍記者となった後病状が急速に悪化、脊椎カリエス、肺結核、腸結核も併発していました。


ほとんど寝たきりになっても、『ほととぎす』を創刊し、短歌革新を起こすエネルギーのすごさ!


溢れるばかりの好奇心で、まっすぐに好きなことに突き進み、嫌いなことにはそっぽを向き、母や妹にわがまま放題という性格ながら、多くの友人が途絶えることなく好物のものなど携えて根岸の病床を訪ねる様子を読むと、なんと魅力的な人だったのだろう、「人たらし」とは彼に似つかわしい言葉と感嘆せずにはいられません。


同じエリアの下町・日暮里に育った吉村昭に、かつて出版社が子規の評伝を書いてはどうかと勧めたそうですが、前調べした結果、あまりにも子規が妹の律に対して厳しく鬱憤晴らしの対象としているようで、書くに耐えないという理由で断ったそうです。


吉村らしいな、と思うエピソードでした。


全編を通してその場その場で子規の俳句が配置され、子規の心情を投影するような効果があり、とても充実した作品になっています。


漱石との交友、「ほととぎす」の後を託したが途中で本意を翻した高浜虚子や河東碧梧桐、伊藤左千夫、長塚節、そして森鴎外などとの交流などまだまだ書きたいことは山ほどですが、興味ある方はぜひ読んでみてくださればと思います。

『下町ロケット2 ガウディ計画』池井戸潤 小学館   〈誕生日のプレゼント〉

September 18 [Mon], 2017, 16:49
八月と九月は夫と私の誕生日が続いて家族には申し訳なくも気忙しい月。

昔から記念日のプレゼント交換が常態化していて、それが子どもたちが自立してもずっと続いている我が家。


先日は私の誕生日。






みんなからいろんなプレゼントをもらいましたが、ビッグなプレゼントは次男が小春の顔を見せに来てくれたこと。





久しぶりの小春との再会(^.^)



思う存分可愛がりまくりました。


そして・・・夫と次男と3人で近くのステーキ&魚介類鉄板焼きの店で食事をしていたら・・・びっくりのサプライズ!@@!

なんと東京にいるはずの娘が小さな花束をもって突然入ってきました!




驚いたのなんのって!!!


嬉しい予期せぬ出来事!


そして4人で帰宅したら留守番していた小春が体中踊らせてこれ以上ない喜びを表して出迎えてくれました(^.^)


この日のことは一生の思い出・・・ありがとう!






池井戸潤氏著『下町ロケット2 ガウディ計画』 


「その部品があるから救われる命がある。
ロケットから人体へ――。
佃製作所の新たな挑戦!

ロケットエンジンのバルブシステムの開発により、倒産の危機を切り抜けてから数年――。
大田区の町工場・佃製作所は、またしてもピンチに陥っていた。
量産を約束したはずの取引は試作品段階で打ち切られ、ロケットエンジンの開発では、NASA出身の社長が率いるライバル企業とのコンペの話が持ち上がる。
そんな時、社長・佃航平の元にかつての部下から、ある医療機器の開発依頼が持ち込まれた。
『ガウディ』と呼ばれるその医療機器が完成すれば、多くの心臓病患者を救うことができるという。
しかし、実用化まで長い時間と多大なコストを要する医療機器の開発は、中小企業である佃製作所にとってあまりにもリスクが大きい。苦悩の末に佃が出した決断・・・・・・。
医療界に蔓延る様々な問題点や、地位や名誉に群がる者たちの妨害が立ち塞がるなか、佃製作所の新たな挑戦が始まった。
日本中に夢と希望と勇気をもたらし、直木賞も受賞した前作から5年。
遂に待望の続編登場!」


遅っ!と驚いていらっしゃるだろう池井戸ファンの方・・・図書館の棚に眠っているのをやっと見つけました(――;)


2015年10月18日からTBS系の日曜劇場でもテレビドラマ化、朝日新聞にも連載されましたが、どちらもスルー、時が経過してもどうしても書籍で読みたい、ということでやっと。


下町ロケットの第二段。

前作を引き継いでのスタート。


今回の佃製作所は前作のロケットバルブの改良に加え、テーマは人工心臓と心臓の人工弁の医療用バルブの開発&製作。

素人目には似たようなモノながらまったくの別モノの人工心臓と心臓の人工弁。


この二つを同時進行で作っていくのでスタート時点で少し理解の糸が絡まりましたが、しっかり把握できた中盤あたりから面白さが加速!


ラストが予定調和の勧善懲悪と思えば、安心して読める池井戸作品。


今回も紆余曲折はありましたが、落ち着くところに落ち着いた物語運びは健在。


池井戸作品の核となっている「ものづくり」に光を当てることを疎かにしていないところが読者を惹きつける由縁であろうと思えます。

「ものづくり」と言えど、ビジネスの世界では収益あればこそのもの。


きれいごとでは渡り切れない採算性重視の経済社会で生き残るにはノルマや収益に追われるのは避けて通れない宿命と思います。


そういった中での医師・貴船や日本クラインの久坂ら登場人物たちの挫折も丁寧に描かれていてビジネス書としても秀作でした。


「どこに行っても楽なことばかりじゃない。
苦しい時が必ずある。
そんな時は、拗ねるな。
そして逃げるな。
さらに人のせいにするな。
それから−夢を持て」


難題を乗り越えた先に輝かしい未来があることは保障できないけれど、逃げなかったという納得で自分を肯定できる・・・そんなことを感じました。


読後の爽快感を味わいたい方、ぜひどうぞ!

『アミ 小さな宇宙人』エンリケ・バリオス 徳間文庫  〈スペシャル・ミール〉 

September 12 [Tue], 2017, 19:40
私がずっと畏敬の念を抱いている写真家&文筆家の藤原新也氏が「スペシャル・ミール」について書いていらっしゃったのを目にしたことがあります。


これはアメリカにおいて死刑囚に最後に供される食べ物のことをいうそうです。


最後の食事は死刑囚が自分の好きなものを注文できる・・・これはアメリカだけでなく日本でもスペシャル・ミールを自分で選べる、と読んだことがあります。


日ごろ中々味わえない豪華なフランス料理のフルコースなどが思い浮かびますが、あにはからんや、フライドチキンやサンドイッチ、チーズパイなど小さいときから慣れ親しんだ平凡な食べ物が選ばれるそうです。


仮に自分が死刑囚となりスペシャル・ミールを許されたら、ダイコンの葉の漬け物の千切りにオカカをまぶし、それに醤油をかけ、銀メシに混ぜ込んだものを所望するかもしれない、と藤原氏。


彼の著書『なにも願わない手を合わせる』にも出ていましたが、五十九歳で亡くなられたお兄さんのスペシャル・ミールはイカーソーメンだったそうです。


病の進行でもうほとんど固形物は受け付けない状態だったお兄さんを最後の思い出にと、彼が長い間通い続けていた海鮮料理屋に連れていったとき出されたイカソーメンをすべて平らげるという小さな奇跡が起きたそうです。


門司港で生まれ育った藤原兄弟はよくイカ釣りに出かけ、その場で千切りにして醤油をぶっかけておやつ代わりに食べたそうです。


食欲とは愛しい記憶によって呼び戻されるものなのでしょうか。


私のスペシャル・ミールは・・・と考えて思い浮かべるのはやはり幼いころから継続して日常にずっと食べているものばかり。


炊きたて卵かけご飯とか、炊きたてご飯に釜揚げしらすにポン酢を垂らしたもの、炊きたてご飯に塩シャケと梅干、あったかい素うどんなど。


不思議と大好きなカニとか、鮎の塩焼きとかは思い浮かびませんでした。






さて今日はエンリケ・バリオス氏著『アミ 小さな宇宙人』をご紹介したいと思います。

「少年ペドゥリートとアミと名乗る宇宙人との感動のコンタクト体験。宇宙をめぐる旅の中でペドゥリートは、地球がいまだ野蛮な、愛の度数の低い未開の惑星であることを教わる。世界11カ国語に訳された不朽のロング&ベストセラー待望の文庫化」


少年ペドゥリートとアミと名乗る宇宙人の物語。


1986年に著者の友人のチリの小さな印刷所から刊行されたのが始まり。


徐々に評判を呼び、次々と版を重ね、世界11カ国語に訳された不朽のロング&ベストセラーとなりました。


ローマ法王ヨハネ・パウロU世も著者に賞賛の言葉を贈ったそうです。


日本では1995年に石原彰二訳で徳間書店より出ています。


『アミ 小さな宇宙人』の後に、『もどってきたアミ 〜小さな宇宙人〜』、『アミ 3度目の約束 〜愛はすべてをこえて〜』が刊行され、三部作となっています。



不朽の名作として今でも世界中の老若男女に愛されているサン=テグジュペリ氏著『星の王子さま』を彷彿とさせる内容。


ペドゥリート少年の前に突如現れた小さな宇宙人・アミ。

2人は惹かれあいアミの乗ってきた宇宙船に同乗して宇宙を旅するベドゥルート。


その宇宙を巡る旅の途上、ペドゥリートは、地球がいまだ野蛮で、不完全な未開の惑星であることを教わります。


全編、胸を打つ示唆あるアミの言葉で彩られていて胸に響きます。



私の心に深く沁みた言葉をいくつかピックアップしてレビューの代わりとしたいと思います。


たいていのおとなにとって、おそろしいことのほうが、すばらしいことよりもずっと信じやすいことだから、ほんのひとにぎりのおとなしかぼくを理解しないだろう



ある世界の科学の水準が愛の水準を遥かに上回ってしまった場合、その世界は自滅してしまうんだよ



まだ現実に起きていない先のことをあれこれ気に病むのではなく、いま起きていることにあたることの方が懸命なことだよ



“力づく”とか“破壊する”とか“強制する”とかいったことは、みな、地球人や未開人のやることであり、暴力なんだよ



一人ひとりにみな価値があり尊ぶべきものなんだよ
そして暴力やむりやり”強制する”といったことは、宇宙の基本法を破ることでもあるんだよ



人生が提供してくれたすべてのものに注意の目を向けるように努めてごらん
たえずいろんなすばらしさを発見するだろう
頭ばかりで考えるかわりに、感じるように知覚するように努めてみてごらん
人生の深い意味は思考のもっと向こう側にあるんだ



人類の自由とは、われわれにとっても他人にとっても、なにかもっとずっと神聖なものなんだ



好きということは一つの愛の形だ。
愛がなければ楽しみもない
意識がなくても同じことだ
思考は人間の持っている可能性の中で、三番目に位置する
第一位は愛が占める……
われわれはすべてを愛するように心がけている
愛を持って生きる方が、ずっと楽しく生きられるんだよ



ここには罰もなければ刑務所もない
もし誰かが過失を犯した場合、その人自身が苦しむことになるんだよ
つまり、自分を自分で罰するんだ



人に“勝つ”、人より上に抜き出るという考えだね
それは競争だし、エゴイズムだし、そして最後には分裂だよ
そうじゃなくて、ただ、自分自身と競争して自分自身に打ち勝つべきなんだよ
他人と競争するんじゃなくてね
進んだ文明世界には、そういった同胞との競争はまったく存在しない
それこそ、戦争や破壊の原因になりかねないからね
“愛が幸福に向かう唯一の道”だってこと、忘れないようにね



もし、人生やその瞬間が美しいと感じはじめたとしたら、そのひとは目覚めはじめているんだ
目覚めているひとは、人生はすばらしい天国であることを知っていて、瞬間、瞬間を満喫することができるんだ



ぜひどうぞ!

『代償』伊岡瞬 角川文庫   〈北海道旅行3〉

September 10 [Sun], 2017, 16:32
北海道旅行の続き3です。


一泊目は函館・湯の川温泉の旅館、二泊目はニセコの湯。


アンヌプリや羊蹄山があるニセコ連山は冬になると一面銀世界になるスキーの名所として日本というより外国からのスキーヤーたちに知られています。


白樺の木立の間(あひ)より羊蹄山 ニセコの宿は静謐のなか

ニセコアンヌプリ






冬場になると泊り客で賑わうそうですが、私たちが泊まった旅館は12室しかない上、大浴場や売店もない隠れ宿のような旅館だったせいか、同宿の泊り客とほとんど顔を合わせませんでした。





白樺林に囲まれ、その間から羊蹄山がなだらかな姿を見せていて、露天湯からは遠景にホルスタインが親子で牧草を食んでいるのが見えるというのどかな情景。


露天湯が大好きな夫は朝に夕に夜中にと入り続けていました。


雪に囲まれたニセコもすてきだろうな〜。


翌日はひたすら地道を走って新千歳空港へ。


途中、朝のNHK連ドラで一躍有名になった竹鶴政孝創業のニッカウヰスキー余市蒸留所を見学、効きウイスキーをしたりしながら帰途に着きました。


充実した旅を本当にありがとう!!







さて今日は伊岡瞬氏著『代償』のレビューです。


「平凡な家庭で育った小学生の圭輔は、ある不幸な事故をきっかけに、遠縁で同学年の達也と暮らすことに。
運命は一転、過酷な思春期を送った圭輔は、長じて弁護士となるが、逮捕された達也から依頼が舞い込む。
『私は無実の罪で逮捕されました。どうか、お願いです。私の弁護をしていただけないでしょうか』。
裁判を弄ぶ達也、巧妙に仕組まれた罠。
追いつめられた圭輔は、この悪に対峙できるのか?衝撃と断罪のサスペンスミステリ」


同じ家で育った二人の少年。
一人は弁護士に、
一人は犯罪者となった。


帯に書かれたこのフレーズや目にした書評にひかれて読み始めました。

似たような設定はたしかジェフリー・アーチャーの作品にもあったような。


旧約聖書のカインとアベルの物語から連綿と続いている目を惹く主題でもあります。


圭輔と達也という2人の少年の物語。

長じて圭輔は弁護士に、達也は犯罪者に。


第一部で圭輔と達也の少年時代、第二部で弁護士と犯罪者という立場での絡みという構成になっています。


同じ年の圭輔と達也がある事件をきっかけに同居することになる前後から達也の底知れないサイコパスに翻弄される圭輔。


自分以外の人の人生を破壊することに喜びを見出すという達也の不気味な言動を徹底的にトレースする著者。


全編を通して不愉快極まりない内容なのに読了まで目が離せない、そんな作品でした。


斜め読みで読了したときにはほっと一息つきました。



タイトルの「代償」について考えてみました。


悪行の報いは必ず来る、という前提で書かれた本書。


数々の悪行を天性の悪知恵で通り抜けてきた達也も最後には大きな「代償」を払う、というところでラストを迎えます。


しかし、現実は・・・悪に対して必ず報いが来ると言い切れるか?


様々な人間模様を通してみるとそれは甚だ疑問ですが、私を含め普通の人々は正しいと思う自分の則に従って粛々と生きていくことしかできないと思って・・・これが貧しい感想です。

『短編工場』集英社文庫編集部編 集英社文庫  〈北海道旅行2〉

September 06 [Wed], 2017, 8:58
北海道旅行の続き2です。

記録に残したいことがあと少し。





函館ハリストス正教会で受けたガイドに興味深いものがありました。


同志社大学同志社女子大学の前身である同志社英学校を設立した新島襄について。


四年前NHK大河ドラマとして放映された「八重の桜」を観られて方はご存知だと思いますが、八重の夫が新島襄。


1843年江戸の上州安中藩屋敷で生まれ、元服後友人からもらったアメリカの地図書によってアメリカに興味を持ち、幕府の軍艦操練所で洋学を学びます。


その後漢訳聖書に出会い、アメリカへの憧れがますます強くなり、21歳のとき「快風丸」で函館に着き密航のチャンスを狙います。


最初は五稜郭を設計した武田斐三郎が教授をしていた諸術調所に入る計画だったものの武田不在だったため、塾頭の菅沼精一郎の紹介でロシア領事館付きの司祭ニコライの日本語教師となり函館ハリストス正教会に居候することになります。


この40日間ほどの滞在中に新島襄は聖ニコライと心を通わせ日本語と古事記を教えたといわれています。

その間ロシア領事館の敷地内にあったロシア病院で眼の治療も受けていたそうです。


新島の密航への企てを知ったニコライは反対したそうですが、新天地への憧れやまずニコライの外出中についに函館港から米船ベルリン号で密出国したという経緯です。


アメリカ上陸後の新島の足跡はまた別の機会があれば記したいと思いますが、今回書きたかったのは函館ハリストス正教会と新島襄との関係。


新島襄のその後に興味がある方はこちらをどうぞ →


それらのことは新島が聖ニコライ宛に書いたものの渡さなかった「函楯ニ於テニコライニ寄スルの書」と封筒に表書きされた書簡に書かれているそうです。

内容は、当時の日本の政治の乱れ、民衆の困窮した生活を憂い、その原因は人々が神の道を知らないからであるとし、無理やり富国強兵を唱えても欧羅巴先進諸国には敵わないのだから、先ずはキリスト教を学んで己を磨き、「独一真神の道」を知れば、国家の情勢は自ら整っていくであろうというものだったそうです。


現在の21歳の若者に比して、なんと気概のある若者だったのでしょう!

驚くばかりです。






さて今回は集英社文庫編集部【編】『短編工場』をご紹介します。 


「読んだその日から、ずっと忘れられないあの一編。
思わずくすりとしてしまう、心が元気になるこの一編。
本を読む喜びがページいっぱいに溢れるような、とっておきの物語たち。
2000年代、『小説すばる』に掲載された短編作品から、とびきりの12編を集英社文庫編集部が厳選」

『かみさまの娘』桜木紫乃
『ゆがんだ子供』道尾秀介
『ここが青山』奥田英朗
『じごくゆきっ」桜庭一樹
『太陽のシール』伊坂幸太郎
『チヨ子』宮部みゆき
『ふたりの名前』石田衣良
『陽だまりの詩』乙一
『金鵄のもとに』浅田次郎
『しんちゃんの自転車』荻原浩
『川崎船』熊谷達也
『約束』村山由佳

小説すばる創刊25周年を記念して編まれた短編小説のアンソロジー。

上述の12人の著者のうち10人が直木賞作家という豪華な内容。

このラインアップの中で唯一読んだことがある作品は奥田英朗氏の『ここが青山』だけ。

何度読んでもこころがほっこりする内容です(^.^)


『川崎船』の著者・熊谷達也氏の作品は、その昔、『相剋の森』 『邂逅の森』 『氷結の森』のマタギ三部作を夢中になって読んで以来。

さすがに重厚な筆は健在でした。

伊坂幸太郎氏の『太陽のシール』もよかったです。

今まで若いという理由だけでスルーしていて反省、伊坂氏にまたチャレンジしてみよう。


乙一氏は私にとって未読の作家さん、ロボットを扱ったSF的な内容ながら『陽だまりの詩』には思いのほか惹かれました。

旬の作家さんばかり、とあってさすがにクオリティの高い短編集でした。


お勧めです。

『本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝』小谷野敦 新潮新書  〈北海道旅行1〉

September 02 [Sat], 2017, 11:07
夫の喜寿記念旅行という名目で次男が企画してくれた北海道2泊3日の旅に行ってきました。


メインの夫のご相伴に預かる私。


今回は函館〜ニセコを中心にした旅。


初日に函館空港でレンタカーを借り、最終日に新千歳空港で返却。


道南の狭いエリアとはいえ、けっこうな走行距離でした。


途中キタキツネの子どもに横切られたり、激しい雨に見舞われたり。

驚かすつもりはなけれどキタキツネ脱兎のごとく森に消えたり


函館では、街並みや函館港を一望できる「五稜郭タワー」で江戸から明治への激動の転換期に流れに抗って戦った人々の詳しい年譜を学ぶことができました。

五稜郭タワーからの展望

激動の渦にのまれし土方歳三(ひじかた)のブロンズ像は逆光に座す

五稜郭の模型

函館湾ドック


お昼は五稜郭公園前の有名な麺厨房「あじさい」にて塩ラーメン。


長蛇の列に辛抱強く並びました〜ほぼ40分ほど。


その向かいにこの近辺にしかない有名な「ラッキーピエロ」というハンバーガーショップがあり、次男は両方を掛け持ち・・・若者らしくたいした食欲です。




その後、「函館ハリストス正教会」へ。






1859年に建てられた日本最古のギリシャ正教会、レンガ構造の外壁を漆喰で塗り込めた白壁と緑の屋根とのコントラストがとても美しい教会です。

1983年に聖堂が国の重要文化財に指定、1996年には鐘楼の鐘の音が環境庁より「日本の音風景百選」に認定されているそうです。

「ハリストス」というのはキリストを意味するギリシャ語、教会スラヴ語、ロシア語。


次男が働く部署のギリシャ人の同僚の方のお知り合いー司祭さまの奥さまーがいらっしゃるということで、私たちの訪問を事前にお知らせくださっていたので、正教会の歴史や教会の内部を詳しく案内してくださるという幸運に恵まれました。


1858年、日本で最初のロシア領事館が箱館に置かれ、初代ロシア領事が現在の教会所在地にロシア領事館の敷地を確保、その附属聖堂として1860年に日本で最初の正教会の聖堂「主の復活聖堂」が建てられたそうです。


1861年、管轄司祭ワシイリイ・マホフ神父の後任として、修道司祭ニコライ・カサートキンが来函、函館を拠点とした正教の伝道が始まったという経緯。


教会内部には数々のイコンが飾られていて荘厳な雰囲気。


ちなみに聖ニコライは以後日本の地で活動され、1912年に東京神田で永眠、1970年には「亜使徒日本の大主教聖ニコライ」として列聖されているという偉大な聖人だそうです。



教会は、大三坂の上部にあるちゃちゃ登りという急坂の途中にあり、函館港を見下ろす元町の小高い丘にたっています。


元町から函館山へと続く坂にはそれぞれ名前がついていて・・・テレビドラマなどに登場した八幡坂もそのひとつ。



坂の両側には緑の並木、眼下に紺碧の函館港が臨めるすてきな場所でした。


第一夜は函館の空港近くの川の湯温泉場の旅館に一泊。


記録のために続きは次回にします。





小谷野敦氏著『本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝』 


「福沢諭吉や夏目漱石のどこがそんなにエラいのか? 
坂本竜馬は結局何をした? 
アレクサンドロス大王やコロンブスはただの侵略者じゃないか? 
評価が上げ底されがちな明治の偉人、今読んでもちっとも面白くない文豪、熱狂的な信者が多いだけの学者……
世間の評価に流されず、その業績や作品を詳しく見れば、歴史や文学の新たな一面が浮かんでくる。
独断と偏見で『裸の王様』をブッタ斬る、目からウロコの新・偉人伝!」



著者について
1962年茨城県生まれ
東京大学文学部英文科卒業、同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了、学術博士
大阪大学言語文化部講師、助教授(英語)、国際日本文化研究センター客員助教授
1999年『もてない男』
2002年『聖母のいない国』でサントリー学芸賞
2011年『母子寮前』で芥川賞候補
2014年『ヌエのいた家』で芥川賞候補

北海道旅行のお供にとなるべく薄い本を選んで持参したのが本書。

著者の作品を読むのは初めてですが、、、、こんな内容でも新潮新書で刊行されるんだ・・・というのが感想。


主観なくして人物評価はできないとは思いますが、本書の内容はあまりにひとりよがり。


「上げ底の人」「本当に偉いのか?と思われる人」「評価保留の人」「あまり知られていない偉人」「本当は偉いぞ、と思う人」というふうに著者なりの独断の分類があり、古今東西の偉人といわれる人々を俎上に上げていますが、あまりに多くの人物を取り上げているあまり、内容が薄く、分類の根拠が明確でないという感想を持ちました。


そうはいうものの、中には世間でもてはやされるほどの偉人とは思わないぞ、という著者の感覚と一致する人もいて、共感する部分もあるにはありますが、何しろ全体的に薄っぺらい作品といえるでしょう。


個人的主観で、どうしても偉人とは思えない人の代表に石原慎太郎氏・・・著者はかなりの評価をしていますが・・・、渡辺淳一氏もそう。


逆に上げ底された偉人として挙げられている福沢諭吉氏については大いなる共感部分あり。

要するに私も十分にあまのじゃくだと再確認したのでした。
P R
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平凡な日々を過ごせる幸せを実感できる年齢になった平凡な主婦、子どもたちも自立して夫と2人のスタート地点に戻っています。 「今日がいちばんいい日」を心に刻みながら他の人々のさまざまな人生を読書の窓から覗く楽しみを味わっています。
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