Green Day "Before the Lobotomy"
November 24 [Tue], 2009, 19:07
夢見ている
私は夢見ているだけ
別の場所、別の時間
私の家族のいるところ
歌っている
彼らが歌っているのが聞こえる
雨が散り散りになった夢を全て
押し流してしまったら
消え入りそう
誰もが分かっている
心は不幸に浸かり
ガソリンまみれ
笑い
もう笑いなんてどこにもない
昨日の歌が
今では地下に息づいている
ロボトミー手術前の生活
クリスチャンは賛美の歌を歌った
私の愛は世紀の終わりの失われた思い出と記して
あなたをうんざりさせるのももう十分
石や煉瓦を投げつけたりして
空が落ちてくるなら
あなたの夢も焼き尽くされて地に返る
クリスチャンの教訓は
裏切られてきたということ
私達は普通だし、自制心もある
忘れることを学ばないと
ウィスキーのショットと安いタバコで
私は気持ちよくなんかなっていない
ゴキゲンになってるだけ
ハイになりすぎて立ち上がる事もできない
私は呪われてなんかいない
祝福を受けてるんだから
私は恋してなんかいない もうどうしようもない人間だから
亡命者のよう
私達は道に迷ったの亡命者のよう
現実の残酷さ
それは自由
私が夢見る事を妨げる
夢見ていただけ
別の場所 別の時間
私の家族のいるところ
ENGLISH
『21st Century Breakdown』の5曲目にあたる、この曲は私は4曲目に登場した女性グロリアの視点から書かれていると思います。高めの声で歌われる繊細なサウンドも、グロリアの女性性を表現しているように感じられます。
歌詞の内容はかなり悲惨です。一切の希望が潰え、途方に暮れたグロリアはロボトミー手術によって無感覚にでもならない限り、現実がいかに過酷に迫ってくるかを訴えています。そして、現実から逃れるために麻薬に手を出し、自暴自棄になってしまう。クリスチャンとの間に築いてきた愛情関係も、自分がアルコールとドラッグでめちゃくちゃになり、彼が現実に裏切られてばかりきたせいで荒れてしまったために壊れてしまいます。見られる夢は過去のものだけであり、未来に対する期待など抱きようもない。
アメリカの夢(アメリカン・ドリーム)は本来どんな出自の人であっても成功する事ができる、という可能性を意味するものです。しかし、それはそれなりの生活の土台が保障されていなければ意味を成さないものです。個人の自由もまた、アメリカではしばしば高く評価される価値観ですが、それは自己責任ですべてを行なうことの裏返しでもあります。この曲の中で「現実の残酷さ/それは自由/私が夢見る事を妨げる」というフレーズがありますが、これはグロリアやクリスチャンのように社会の底辺に押しやられた人々にとっては「個人の自由」という概念そのものが足枷となり、永遠に底辺から救済される事なく、夢見る機会さえ奪われているという事を歌っているのだと思います。無理やり結びつけているように思われるかもしれませんが、これは現在のアメリカでも争われている国民健康保険の問題にも関わってくる事です。健康保険は最低限の生活水準を保証するものであり、グロリアやクリスチャンのような人々が無感覚にならず、希望を失わなくても生きていけるためのチャンスを平等に与えようというものなのだと私は理解しています。それは、社会主義だとか個人主義だとかいった主義云々以前に、1つの国が共同体として前進していくために必要な思いやりの心に根ざすものなのではないでしょうか。
私は夢見ているだけ
別の場所、別の時間
私の家族のいるところ
歌っている
彼らが歌っているのが聞こえる
雨が散り散りになった夢を全て
押し流してしまったら
消え入りそう
誰もが分かっている
心は不幸に浸かり
ガソリンまみれ
笑い
もう笑いなんてどこにもない
昨日の歌が
今では地下に息づいている
ロボトミー手術前の生活
クリスチャンは賛美の歌を歌った
私の愛は世紀の終わりの失われた思い出と記して
あなたをうんざりさせるのももう十分
石や煉瓦を投げつけたりして
空が落ちてくるなら
あなたの夢も焼き尽くされて地に返る
クリスチャンの教訓は
裏切られてきたということ
私達は普通だし、自制心もある
忘れることを学ばないと
ウィスキーのショットと安いタバコで
私は気持ちよくなんかなっていない
ゴキゲンになってるだけ
ハイになりすぎて立ち上がる事もできない
私は呪われてなんかいない
祝福を受けてるんだから
私は恋してなんかいない もうどうしようもない人間だから
亡命者のよう
私達は道に迷ったの亡命者のよう
現実の残酷さ
それは自由
私が夢見る事を妨げる
夢見ていただけ
別の場所 別の時間
私の家族のいるところ
ENGLISH
『21st Century Breakdown』の5曲目にあたる、この曲は私は4曲目に登場した女性グロリアの視点から書かれていると思います。高めの声で歌われる繊細なサウンドも、グロリアの女性性を表現しているように感じられます。
歌詞の内容はかなり悲惨です。一切の希望が潰え、途方に暮れたグロリアはロボトミー手術によって無感覚にでもならない限り、現実がいかに過酷に迫ってくるかを訴えています。そして、現実から逃れるために麻薬に手を出し、自暴自棄になってしまう。クリスチャンとの間に築いてきた愛情関係も、自分がアルコールとドラッグでめちゃくちゃになり、彼が現実に裏切られてばかりきたせいで荒れてしまったために壊れてしまいます。見られる夢は過去のものだけであり、未来に対する期待など抱きようもない。
アメリカの夢(アメリカン・ドリーム)は本来どんな出自の人であっても成功する事ができる、という可能性を意味するものです。しかし、それはそれなりの生活の土台が保障されていなければ意味を成さないものです。個人の自由もまた、アメリカではしばしば高く評価される価値観ですが、それは自己責任ですべてを行なうことの裏返しでもあります。この曲の中で「現実の残酷さ/それは自由/私が夢見る事を妨げる」というフレーズがありますが、これはグロリアやクリスチャンのように社会の底辺に押しやられた人々にとっては「個人の自由」という概念そのものが足枷となり、永遠に底辺から救済される事なく、夢見る機会さえ奪われているという事を歌っているのだと思います。無理やり結びつけているように思われるかもしれませんが、これは現在のアメリカでも争われている国民健康保険の問題にも関わってくる事です。健康保険は最低限の生活水準を保証するものであり、グロリアやクリスチャンのような人々が無感覚にならず、希望を失わなくても生きていけるためのチャンスを平等に与えようというものなのだと私は理解しています。それは、社会主義だとか個人主義だとかいった主義云々以前に、1つの国が共同体として前進していくために必要な思いやりの心に根ざすものなのではないでしょうか。
[ この記事を通報する ]
- URL:http://yaplog.jp/asbury/archive/81

