Bruce Springsteen "My Hometown"

February 06 [Mon], 2012, 2:56
8歳の時のこと 手に10セント硬貨を握って
バス停へ駆けて行った 父親の新聞を取りに
よく古く大きなビュイックの運転席で父親の膝に座り
町を走りながらハンドルを握らせてもらったものだ
俺の髪をくしゃくしゃにしながら父は言った
よく見てごらん これがお前の故郷なんだよと
これがお前の故郷の町
これがお前の生まれ育つ場所
これがお前の故郷なんだよ

65年には俺の高校でも緊張が高まり
人種間の争いが絶えず
為す術は何もなかった
土曜の夜 信号機の下に2台の車が止まり
後部座席には銃が
ショットガンの一撃で言葉はかき消された
不穏な時代がやって来ていた 俺の故郷に
俺の故郷
俺の生まれ育った土地に
俺の故郷の町に

今では目抜き通りには漆喰で枠を塗られた窓や空っぽの店ばかり
もうここにやって来ようという者は誰もいない
線路の向こうにある繊維工場も間もなく閉鎖になる
現場の監督が言うには
仕事はみんな出て行くばかりで もう俺の故郷の町には戻ってこないそうだ
俺の故郷には
俺の生まれ育った場所には
俺の故郷の町には

昨夜 俺とケイトはベッドに横になり
出て行くことを話し合った
荷物を詰めて たぶん南へ向かうことになるだろう
俺は35歳で 今では俺にも息子がいる
昨夜 俺は息子をハンドルの前に座らせて言った
いいかい よく見てごらん
これがお前の故郷の町なんだよ

ENGLISH



あっという間にブルース・スプリングスティーンの新作『レッキング・ボール』の本国でのリリースまであと1月となりました。これから数回は、『レッキング・ボール』を聴くヒントになるような曲などを取り上げられるといいなと思います。今日の1曲は、『Born in the U.S.A.』(1984)の最後に収められた、静かだけれど胸を打つ、アルバムが終わった後もいつまでも深い印象を残すような、"My Hometown"です。これは、威勢がいいと思われたアルバム『Born in the U.S.A.』が本当はどんなアルバムなのか、LAオリンピックやロナルド・レーガンの再選選挙に浮かれる1980年代半ばのアメリカの本当の姿はどんなものなのかを語った、どちらかというともの悲しい、胸に突き刺さる曲でした。父親が、おそらくは愛情と誇りを持って息子に見せた故郷の町は、人種暴動と不況によって衰退し、今や父親となったかつての息子は、自分自身の息子と故郷の町を別れを告げるために車で走っている。彼とケイトと彼らの息子はどうなるのだろう?南へ向かう、という表現からはThe Who"Baba O'Riley"も喚起されるけれど、同時にブルースの他の作品からは、出口なしの"Seeds"の物語も思い出されます。

ブルースは、『Born in the U.S.A.』ツアーの間、よく"My Hometown"を演奏する際に自分の故郷での思い出を語ったり、より具体的に彼が何を問題にしているかということを語ったりしていました。そして、改めて当時の言葉にふれると、20年近く前のそれが少しも古びていないこと、ブルース自身の信条の変わらなさと、アメリカの現状の変わらなさに二重の意味で胸を引き裂かれそうになります。

「『この歌は、自分の住む場所に対して一緒に責任を分かち合おうじゃないか、という歌なんだ』。こう言って彼は少しためらった。『時々思い出すんだけど、俺は小さかった頃、自分が育った場所に対して本当に愛情と憎しみの両方を持っていたと思う。持ちたくて持っていたんじゃない…俺はそこにいたくなかった。たぶん、何かに縛られているのが恐かったんだ…だけど、みんなのこの町には「ノースウェスト・ハーヴェスト」という組織がある。彼らがやっているのは、とても簡単なことだ。人々に食べ物を与えるということ―この社会システムの不公平、或いは今の政府の経済政策によって締め出されている人達に対してだ。(中略)彼らはここをもっと住みよい場所にしようとしている。もし機会があれば、彼らのことを調べて支援してほしい―ここは君たちのホームタウンなのだから』(デイヴ・マーシュ、岡田徹訳『グローリー・デイズ 80年代のスプリングスティーン』(CBS・ソニー出版、1987年)、277-8頁)


この最初の部分で述べられていることは、殆ど『レッキング・ボール』からのリードシングルとなった"We Take Care of Our Own"のタイトルそのものと言っていいものです。ブルースはこの頃、ここで言及している「ノースウェスト・ハーヴェスト」や、「フェア・シェア」、「フード・バンク」といったコミュニティに根付いた民間の慈善団体にかなり肩入れしていて、先の引用のようによくコンサート会場でもそうした団体への支援を呼びかけていました。自分たちの面倒は自分たちで見なければいけないし、自分さえ良ければいい訳ではない。ブルースは同じことをいろいろな言葉と音楽を通じて、ずっと言い続けているように思います。先の引用のすぐ傍には、以下のような文章もありました。

「(ブルースは)今度のツアーが始まる前にワシントンへ行き、リンカーン・メモリアルからベトナム戦没者記念慰霊碑にいたる『長い道のり』を歩いてみるつもりだと話し、こう締めくくった。『国民を代表しているとされる政府から、今の俺たちの姿のある場所まで、その長い道のりをだ。どこか間違っている。奪ってはいけない人たちから多くのものが奪われているんだ。そして、ここが俺たちのいるべき場所か、ここが俺たちのホームタウンなのか、分からなくなる時がある』」(同上、268頁)


長い道のりは、英語で"long walk"と記されています。もしかすると、2007年の『Magic』に収められた"Long Walk Home"の風景というのは、80年代からずっとブルースの中にあったのかもしれない。20年経っても歌わなければならない風景として。"Long Walk Home"もまた、故郷の町、家を愛情と憂いを込めて歌ったものでした。彼はまだ長い家路を歩いている最中、帰りは遅くなるから、起きて待っていなくてもいい。でも、先に眠っていてもいいよ、という言葉からは、どことなく希望が感じられる。彼がいつ、どのように辿り着くかは誰にも分からないけれど、少なくとも待ってくれている人がいるのだから、きっといつか辿り着くような気がする。

けれど、『レッキング・ボール』には"Death to My Hometown"という重苦しいタイトルをつけられた1曲があり、私はこれを目にした時から、少し落ち着かない気持ちでいます。もしも、故郷が死んでしまっているのだとしたら、歩いて辿り着いた先には何もない、ということなのだろうか。一体、この曲にどのようなことが歌われているのか、気になって仕方がないけれど、同時に知るのがとても怖いのです。しかし、現実的に言って、精神的な面まで含めて、かつての「故郷」というのは確かに本当の意味ではもう戻らないものかもしれない。だからこそ、レッキング・ボールで自ら今の状態に終止符を打って、新しい故郷を作り出さないといけないというところまで、大胆にもブルースは示唆しているのかもしれない。
たぶん、今の世界で最も難しいことは、ヴィジョンを示すことではないかと思います。ここが良くない、と指摘することは、殆どの人にできるだろうけれど、それならどうするべきか、を思い描ける人、そしてそれを口にする勇気がある人はきっととても少ない。その通りになんて十中八九ならないし、そのことで批判を受けるのは辛いことだから。でも、ブルースはそういう役割をずっと背負い続けているようにも思えます。2000年以降は特にはっきりと、具体的に。

アルバムを聴いてみたら、私の言うことはまったく見当違いだったということになるかもしれないけれど、予想を裏切られるというのもまた一興です。みなさんの予想やご期待もぜひアルバム発表までお聞かせください。
  • URL:http://yaplog.jp/asbury/archive/236
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村野瀬玲奈さん
以前、アンケートをした際にも村野瀬さんは"My Hometown"に1票を入れてくださいましたね。
本当だ…!仰る通りですね!「death to my hometown」はむしろ、「僕の故郷を葬れ」という話者の能動性を表すフレーズですね。そういう意味では、『レッキング・ボール』というアルバムタイトルとすごく親和性がありますね。ご指摘ありがとうございます。これはとても重要なポイントでした。
リンク先の「黄金の手」は初めて知った楽曲でしたが、歌詞を載せてくださっていたので内容も分かり、この曲から連想されたということも実に納得しました。ご紹介ありがとうございます。
February 14 [Tue], 2012, 0:33
「My hometown」は、ブルースの曲の中で私が一番好きな曲かもしれません。「Thunder road」に原体験的な思い入れがゼロ(うわー問題発言...すみません、まだ何度も聴いてません)の小ファンの私ですが、この「My hometown」に込められた、町の栄枯盛衰とともに自分の一部が喪失するような彼の苦い思いは初めて聴いた時からダイレクトに響いてきました。この歌を取り上げていただきましてありがとうございます。

新作の中の "Death to My Hometown" という曲は、 "Death of my hometown" ではないので、「私の故郷が死んだ」という内容とはちがうように思うのですけど...。でも、こればかりはアルバムが出てみないとわかりませんね。内容のあるアルバムというのは、曲のタイトルだけであれこれと想像をかきたてられます。曲を聴く前にこれだけファンどうしで盛り上がるアーティストはやはりすごいですね。

ついでに、「My hometown」で私が連想したある歌のことに(も)触れた記事をURL欄に入れさせていただきました。
February 12 [Sun], 2012, 16:30
Mr.H-Dさん
再びのご訪問とコメントをありがとうございます。いろんなところにきっかけというのはあるものなのだな‥と思いました。私はその記事は結局手に取ることがなかったのだけれど、1年少し前くらいにも、甲本ヒロトさんがかなりブルースについて熱心に語っていらっしゃったりしたようですね。日本でそうしてブルースの魅力を語ってくれる方がいるのはとても嬉しいです。
Mr.H-Dさんのクルマへの思い入れも随分と深いもののようですねクルマに対して拘りなどがある方にとっては、"Racin' in the Street"の特別さというのはまたちょっと違ったところに見出されるのかな、と思いました。私はどうしても、この曲のそうした細部ではないところに惹かれてしまうし、そうする他にしようもないのですが、お話をうかがうと、ブルースもリリシストとしてだけではなくて、クルマ好きとしてかなり拘った歌詞なのですね。詳しい解説をありがとうございます。この曲については、私の知識不足が原因で半年ほど前にもちょっとした議論になっていたのです。まだ難しいと感じる部分もあるのですが、今回いただいたご説明で、また少し意味が分かるようになった点もありました。クルマとバイクはブルースの歌詞には欠かせない存在だと思います。また、それに関わる歌詞を扱う時にはぜひ詳しいことをご教示いただきたいです。
February 12 [Sun], 2012, 3:04
Mr.H-D
ステキな訳詞と考察ですね。レコードだとどこか寂しげに聞こえてましたが、こういう歌詞だったのですね。
1988年生なのでほぼ同世代だと思います。
探していた曲は"Ain't Good Enough for You"でした。ほとんど海外盤かレンタルなので助かります。
僕がBruceを知ったキッカケは、ある日本のロックミュージシャンのインタビューだったと思います。ここに書くと長くなりそうで・・・(^.^;)
あっあとRacing In The Streetの冒頭部分、"Hurst"は非常に有名なミッション(世間で言うオートマとかマニュアルとかです)メーカー、"Fuelie"はフューエルインジェクション搭載車(当時のクルマは殆どがキャブレータ方式で、ごく一部の高級車やレース車のみインジェクション搭載)というスラングです。
"sixty-nine Chevy with a 396"は1969年式シボレーのシェベルSSでエンジンは396ci(6500cc)という意味です。"シェベルSS"とまでは直接言及していないのですが、クルマ好きの間ではそういう意味で言ってます。またシェベルSSは実に10種類ものエンジンがあり"454ci"という超ハイパワーエンジンとかがあるので(だからピザ屋の主人はエンジンを確認したのだと...)、わざわざ"396"と歌っているのです。意味合い的には「あえて"454"じゃなくて"396"を改造してるってとこがストリートの走り屋(金が無いから454は中古でも買えない)っぽくてシブいでしょ」ってな感じです。シェベルSSは日本での知名度はイマイチですが本国アメリカでは、この時代のアメ車(マッスルカー)では1番人気であり、プレミア価格で取引され、多くの人の憧れとなっています。
アメリカで"ストリートレース"というと「この信号が青になったら次の信号までどっちが速いか」を直線ダッシュで競ってました。これが正式な競技になりドラッグレース(クォーターマイル=400m)になりました。
こんなマニアックな歌詞を書くなんて、彼はちょっとやそっとのクルマ好きではないはずです。Bruce本人は歌詞を見る限りではシェビー派、アンチフォード派の気がします。
英語には疎いですが、クルマ・バイクには少々明るいもので、ついつい熱くなってしまいました。長文で申し訳ないです。
ではまた遊びにきます。
February 11 [Sat], 2012, 23:24
E.B.iさん
『Born in the USA』があれほどのヒットにならなかったら…というのは興味深い仮定ですね。サウンドは、特に80年代末〜90年代にかけてかなり違ったものになっていたかな‥という気もします。でも、作家としての連続性というのは、E.B.iさんがおっしゃるように、ブルースは特にストーリーテラーとしてはずっと持っているような気がして、それはもしかすると、何がどう転んでもそうは変わらない、ブルースの核となる信念のようなものから発しているのではないかなとも思います。
コンサートでの曲順を通じた文脈作り…!これは本当にそうですね!いよいよツアーメンバーのラインアップも出揃ったようですし、コンサートがアルバムを補完するどのようなストーリーや風景を描くものになるのか、或いは、コンサートを通じて、アルバムの物語自体も少しずつ変容していくのか、本当に楽しみです。
February 11 [Sat], 2012, 2:30
最近、お返事が滞りがちになってしまって、本当にごめんなさい。でも、いつもコメントを頂けてとても嬉しく思っています。

kantenbouさん
頂いたコメントは、私にとっては新鮮なブルース像でした。最近、新しいアルバムや"We Take Care of Our Own"に対するご意見などをいろいろな方からうかがっていると、1人1人が持っているブルース像というのは、ある種当たり前なのかもしれませんが、1人1人の聴き手が自分自身の姿や理想をすごく反映しているのだな、と思うようになりました。私は、ブルースが後ろを振り返ったり、ないかもしれない故郷や、約束の地を追い求めるのは、彼に頑固なまでの楽観主義と理想主義があるからだと思っていたのだけれど、もしかすると、それは私がそうだということなのかもしれないと思ったのです。そして、kantenbouさんはもっとゆったりとした感じで、後を振り返ったって構わないじゃないか、というふうに考えていらっしゃるところがとても印象に残りました。

ブルースマンさん
ブルースマンさんのご指摘も、私があまり考えてこなかったようなことを書かれたもので、改めて考え込んでしまいました。でも、考え込んでも私はあまり文学には明るくないのと、残念ながらヘルタ・ミュラーも読んだことがないので、大したお返事を書けそうにもなくて申し訳ないです…。確かに、最近ではインタビューなどでも、内容ではなくて、詩作のインスピレーション源や方法について尋ねる人があまりいないようですが、きっと表現方法を磨いているはずだというブルースマンさんのご指摘はおっしゃる通りだなと思いました。今はどんなイメージや理想を持って、詩を書いているのか気になるところです。
ブルースは今目の前で起こっていることに突き動かされて創作をしているのだと思うけれど、それがブルースマンさんのおっしゃるように、歴史上普遍的とも言える現象とシンクしているというのは、沢山の方がおっしゃっているけれど、ブルースの表現の幅の広さ、深みの持つ力なのだろうなと思います。陳腐にならずに、そういう表現をすることは、なかなか難しいと思います。
聞く前からこんなに楽しいということは、聴いたらもっと楽しいということですね…!ぜひリリース後もまた、ブルースマンさんのご意見もお聞かせください。
February 11 [Sat], 2012, 2:30
"Born In The USA"が世界的なベストセラーにならずに、"The River"の頃ぐらいまでの 全米チャートを数週賑わすぐらいのセールスだったら、多分ブルースは、その後、全く違う視点の歌詞とサウンドを持ったアルバムを出していたと想います。でも、爆発的に売れたことで、いわゆるローカルヒーローだった頃の魅力が完全に消え失せた訳でなく、本人は努力とは認識していなんじゃないかと想いますが、若い頃となんら変わらない勢いで創作に没頭した結果、作家としての作品の連続性というか、継続性を保ったまま、なおかつ世界的なメガセールスも保ち続けるという、ほとんどロックスターとしては前人未到の領域にさしかかっていると想います。"My Hometown"は発表から28年あまりたった今聴いてこそ、歌詞の中の普遍性を、リリース当初より強く感じます。ライヴだと、前後の曲との関連を考えた選曲をブルースはよく試みるので、今度のツアーでは、
新曲と今までの曲がどういう文脈で提示されるのか、ということに非常に興味があります。その総括として、ライヴDVDやアルバムに残すかどうかを、きっとブルースはライヴツアーの度に、考えているんだと想います。ブルースの歌を通して、また、どんな風景が見えてくるのか、とても愉しみですね。
February 10 [Fri], 2012, 0:47
ブルースマン
 今回のアルバムの先行発表曲では、ブルースの詩的表現が、濃密になってきているように思います。過去のアルバムの「Magic」の中の歌詞でどう捉えたらいいかわからない表現があり、神秘的で美しいくてこれは、アメリカではなくヨーロッパ的だなと勝手に思っているのがあるのですげど、更に過去に行くとネブラスカやトムジョードでは、個人の言葉、共有のイメージなど庶民的なところで語られています。「The Rising」から歌う為の詩というより、詩人となり語っている曲がでてきているように感じます。そして、"Death to My Hometown"というタイトルから、まず、思ったのは、故郷喪失の風景を描いた作家ヘルタ・ミューラーでした。ブルースは昔、フラナリー・オコナーが好きで読んでいるとありましたので手にとって見ました。ブルースは、家族が増えて読書をする時間がないと思いますが、詩の表現方法については、磨いていると思います。私には、ミューラーのように「濃縮した詩的言語と事実に即した散文」で表現された曲になるではないかと思います。現代でなくとも歴史を見れば故郷喪失状況は個人によりさまざまに起こりうる。しかし今回の新作は現代生活を反映したものである。そう考えれば、この間のニューヨークでのデモのように若者が夢(自分の街で豊かに生活する当り前な事)が持てなくなっている現状を歌っているのではないか。
 asburyさん、今回のアルバム、こんなに聞く前から楽しんで良いのでしょうか。
February 10 [Fri], 2012, 0:18
kantenbou
僕はブルースが用いるMy Hometownというのは実際の生まれ故郷でもあるでしょうが、それと共に自分の気持ちの中のもの。自分の理想とする場。「The Promised Land」的な、自分の居場所も含んでいるのではと思います。

ブルースは理想を歌いながらも後ろを振り返り、そして少しでも前へ進もうともがいている。でもまた後ろを振り返る。そんなイメージが僕にはあります。求める居場所はもう現実には無いのかもしれない。でもあって欲しいと願い、グチを言う。

ブルースはマッチョな強いイメージもあるかもしれないけれど、僕はいつまでもしがみつく弱い一面も持っていると感じます。
そして「ハングリーハート」のようにまた戻ってくるのもありだと僕は思います。そんな迷いのあるアルバムになっているのでは、行きつ戻りつになっているのではないかなと思います。その迷いが僕は好きです。



February 08 [Wed], 2012, 20:18
お返事が遅くなってしまってすみませんでした…!料金の支払い忘れでインターネットが使えなくなってしまっていました.。o○

トム・ジョードさん
本当にそうだな、と思います。私自身も、"Thunder Road"を聴きながら、故郷の町を出て行ってやる!と思って10代後半を過ごしてきたのですが、今になると、やはり愛しさも感じます。自分を形作ってくれた場所でもあると思うと、振り捨てて忘れ去ることはできないものなのかもしれません。
"Death to My Hometown"もきっと同じような思いから書かれたのかなと思います。アルバムの歌詞は"Streets of Philadelphia"的なものが多い、という噂もあるようなので、内容は厳しい現実に関するものなのかな…と少し重たい心持ちもしてしまいます。

ニャロメさん
『Born in the USA』に近い感触、というのは分かる気がします。私は『Born in the USA』と『Magic』の間のような作品なのかな‥という印象があります。「それでもそこは故郷なのだ」というニャロメさんのお言葉から、"Born in the USA"と"My Hometown"というのは異なる風景を切り取っているけれど、根本的なメッセージとしては実は同じことを言っているのかもしれない、ということにも思い当たり、はっとしました。
最後の2曲のことは、おっしゃる通りだと思いました。特に"We Are Alive"というのは選ばれている言葉の上でも、明白に"Death to My Hometown"と対になっているのですね。ブルースの強かさと優しさみたいなものが感じられる気がします。
February 08 [Wed], 2012, 14:26
ニャロメ
まだ聴いてもいないアルバムに対する勝手な思い込みですが、このアルバムに対してはBORN IN THE U.S.A.と同じような感触を感じています。
BORN IN THE U.S.A.もアメリカのために命をかけて戦いに行った戦士達がアメリカに帰ってみると英雄どころか目をそむけられるような存在になっていて、行き場を失う、といった「怒りと悲しみ」を歌っているのだと思います。で、ラストのMY HOME TOWNではやはりどうしようもなくなってしまった故郷を捨てて出て行くことになる、それでもそこは故郷なのだ、というこれも「怒りと悲しみ」を歌っている、しかし奥底には故郷に対する愛情や希望を捨てていない、というような曲だと思っております。

今回のアルバムのオープニングからラストへの流れも、似たようなものを感じます。
しかしasburyさんのおっしゃるようにDEATH OF MY HOMETOWNとは何とも気になる、ショッキングなタイトルですね。この曲では絶望を歌ってるのかもしれません。

しかしラストの2曲では前を向いているように思えます。

いずれにしてもこのアルバム、そんな単純なものではなく、聞き手に対してもいろんなことを考えて欲しいという問題を提起してるところもあるかもしれません。
そんなことを考えると疲れちゃうかもしれませんが、そこはロックン・ロール。あくまでもサウンドそのものは楽しめるはずです。

聴くのが本当に楽しみです。
February 06 [Mon], 2012, 22:28
スプリングスティーンにとって生まれ故郷のフリーホールドや
自分の家族はかけがえの無い宝物でもあり、自分は縛る呪い
のようなものなのでしょうね。必死に逃れようと「ここは負け犬だらけ
だ、俺はここで埋もれたりしない、出ていくんだ」と歌って車で
疾走しても地平線の向こうまで走っていったら、やっぱりそこには
フリーホールドがあり、ニュージャージーがあり、アメリカがあった、
というような。Death To My Hometownもそんな"Home"についての
愛憎半ばする内容ではないかな、と。
February 06 [Mon], 2012, 19:23
プロフィール
  • ニックネーム:asbury
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  • 誕生日:1987年
  • 職業:大学生・大学院生
  • 趣味:
    ・音楽-ロックミュージック
    ・読書-小説
    ・映画
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