Bruce Springsteen, Born to Run: Foreword

August 18 [Thu], 2016, 4:39
まえがき

 俺が育ったボードウォーク沿いの町ではどんなものもどこかしらインチキめいたところがある。俺自身もそう。俺はドラッグレースにはしる反逆児ではなかったけれど、20歳になる頃までに、アズベリーパークでギタープレーヤーになっていた。そして真実に尽くすために「嘘をつく」連中、すなわち「アーティスト」の仲間入りを果たしていた。俺たちはいわゆる芸術家なんかじゃなかった。好きなことを一生懸命やっているだけだった。だけど、俺には最高に素晴らしい切り札が4つ揃っていた。若さ、約10年にわたる筋金入りのバーバンドの経験、俺のパフォーマンススタイルとぴったり合うような音楽をやっていた地元の良いミュージシャンたち、そして語るべき物語。
 この本はその物語の続きを語り、起源を探るものだ。語るべき物語や俺の作品を形作ってきたと思う人生の様々な出来事を取り上げている。これまで道端で出会ったファンのみんなに繰り返し尋ねられてきた問いのひとつは、俺がどうやってこの暮らしや仕事をやっているのかということだ。この本ではその問いに少しだけ答え、そして、「どうやって」よりももっと大切な「なぜ」こういうことをやっているのかという問いにもなんとか答えたいと思う。

ロックンロールのサバイバルキット
 DNA、天賦の才能、優れた技術の研究、芸術的思想を発展させ、それに心を砕くこと、むき出しの欲望…その対象…は名声?…愛?…称賛?…注目?…女の子?…セックス?…そしてもちろん、お金だ。そして…、もしも夜の果てまでそれを携えていたいなら、決して燃え尽きることのない危険で荒々しい炎のようでいなくちゃならない。
 もし君が魔法のようななにかを見せてくれることを待ちわびて大声で叫んでいる8万人(または80人)のロックンロールファンの前に立つことがあるのなら、そうしたことはきっと役に立つと思う。彼らは君が何かを取り出して見せてくれるのを待っている。帽子から、薄い空気から、この世の中から、今日ここに信じる心を持つ者たちが集まる前には歌に駆り立てられた噂しかなかったところに何かを生じさせて見せてくれることを。
 俺はこの捉え難い、いつもどこかリアリティに欠ける「俺たち」が本当にいるってことを示すためにいる。それが俺のマジックなんだ。そしてあらゆる優れた手品がそうであるように、まずは舞台設定が肝心だ。さて、というわけで…。




ブルース・スプリングスティーンの来月出版される自伝『ボーン・トゥ・ラン』(早川書房・2016年)の序文が公開されています。すでにNMEに訳文が掲載されているのですが、どうしてもブルースの言葉を自分で日本語にしたくて訳をしました。とても難しかった…。ブルースの言っていることを理解したくて英語の勉強を熱心にするようになってもう13年くらいになるけれど、まだまだ修行が足りないなと思いました。

でも、ブルースの言葉は相変わらずとてもロマンティックで、想像をかき立てられ、最後には胸を鷲掴みにされるようでした。こういう気持ちになるのは、初めて"The Rising"を歌うブルースの姿をテレビで観た時からずっと変わらない。ブルースの歌うところを観たり、彼の声に耳を傾けたり、彼の言葉を読むとき、いつも同じような気持ちになる。

最初のアズベリーパークの描写もたまらないです。何もかもが少しインチキめいている海辺の町。もともとアズベリーパークは有閑階級のリゾート地として開拓されたところから歴史が始まるので、あまり地に足のついた生活と結びついた土地ではありませんでした。そのせいなのか、確かにずっとふわふわとした妙な現実離れしたような雰囲気があるような気がします。あるいは私のそうした印象はブルースの歌のせいなのかもしれないけれど。でも、昔あったという遊園地の奇妙なマスコットキャラクターのティリーの看板やカジノビルディングの廃墟、寂れたボードウォーク(今は特に夏の季節は全然寂れていないけれど)、がらんとしたコンヴェンションホールには不思議な感覚が宿っている。いかにもロックンロールの物語が潜んでいそうな、たくさんの物陰、たくさんの秘密、たくさんの野心の跡が見える。

ブルースは自分のことも「インチキめいている」もののひとつに数え、ロックンロールに打ち込んだ仲間たちを「真実のために嘘をつく」と描写している。この表現はつい最近もも似たようなことを誰かがどこかで言っていた気がするけれど、どこだったでしょうか…。ロックンロールというのはあんまりにも良いもので、とても日常や現実とは信じることができないし、実際に日常ではないんだ、みたいな話で結構なるほどなと思ったのです。確かにロックンロールは、実際にそれで食べていったりしていたらともかくとして、日常や現実ではないのかもしれない。でも、その気持ちいい瞬間、昂ぶる瞬間、胸がいっぱいになる瞬間、何もかもどうでもよくなる瞬間、暴れている瞬間、叫んでいる瞬間、めちゃくちゃに悲しくなっている瞬間になにか本当のことに近づくことがある。あるいはそんなことを繰り返しているうちに、どこにもなかった現実が少しずつ立ち上がってきたりすることもある。嘘から出たまこと、というものなのかもしれません。

そして、その最たるものは「私たち」そのものです。ブルースを前にしたときの「私たち」とは一体何なのだろう?自分の真っ暗な部屋でひとりでブルースの声に耳を傾けている「私たち」。ブルースファンの「私たち」。そんな「私たち」なんて本当にいるのだろうか。コンサート会場に集まる「私たち」はなんらかの意味で本当にひとつの「私たち」なんだろうか。ブルースはそうだと言っている。本当にいるか分からない不確かな「私たち」を魔法のように、巧みなマジックのように、実体のある確固たる「私たち」として出現させてみせる。「私たち」自身に「私たち」のことがちゃんと感じられるようにしてみせる。何度も何度もいろんなときにいろんな歌のなかで、ブルースが言っていた通りだった。誰も糸の切れた凧のようでなんかない。たとえひとりだと思っても、信じる気持ちがあるなら、今夜俺の声に耳を傾ければきっと魔法を感じられるだろう、と。

Stereophonics "White Lies"

August 13 [Sat], 2016, 3:37
君の居場所もしたいことも分からない
最近そんなふうに感じるんだ 君が離れていってしまっているって
君は遅い時間に帰り 僕は君がどこにいたのかも知らない
本当は抱きしめたいのに叫びたいような気持ちにさせられる

そしてこうやって街なかで喧嘩してるんだ
息もできないよ 君の言うことなんて信じられない
君の優しい嘘は僕を守ってくれなんかしない
本当のことを教えて 2人がやっていくにはそれしかないじゃないか

午前中ずっと車を走らせて
やり直すことについて考えていた
良いことには背を向けて
代わりに車で道を引き返した

罪のない嘘で僕が傷つかないと思うならそれは違う
正直になってよ 2人がやっていくにはそれしかないんだ
もう通りで争うのはやめよう
息が詰まりそうだよ 君の言うことが信じられないんだ

罪のない嘘で僕を守れると思うならそれは違う
本当のことを教えて 2人がやっていくにはそれしかないじゃないか
もう通りで争うのはやめよう
息もできないよ もしも君にもう会えないのだとしたら

ENGLISH



ステレオフォニックスのコンサートについてのもうひとつの話。このバンドを観たのは今回が初めてではありませんでした。ちょうど3年前の夏にも観ていたのです。あの夏の日も雨が降っていて夜はとても涼しかった。たった3年前のことだけど、大昔みたいに思える。大昔みたいに思えるけれど、忘れ去ることのできない年だった。

時間が経つにつれて、そのときには分からなかったことが少しずつ見えてくるということがある。今から3年前の夏、秋、冬くらいの時期は、今振り返るとちょっとぎょっとするくらいに私は荒んでいた。そしてなによりもこわいことに、そのときには自分がどうしようもなく荒れていることさえ分からなかった。あらゆる制約や責任や義務から逃れて、すごく自由でいたいと思っていたし、自由だと思っていた。だけど、たぶんそれはかなり間違ったことだったのだと思う。少なくとも、自分のそうした欲望がなんらかの暴力のようなものになっていたのだとしたら。

3年前の冬、8月にステレオフォニックスを観てから秋が来て、それからまた季節が変わって、そろそろその年も終わるかという頃、突然に啓示が訪れた。衝撃的で未知なる啓示だった。それはとても強引で有無を言わさぬものであると同時に、かなり儚いものであることはなんとなく理解できた。今もしもこの啓示に従わなかったから、きっとそれは去り、私はすごく後悔するだろう。だから私はそのときのどうしようもなく荒んだ部分をばっさりと切り捨てて、薄ぺらい自分に戻って全部やり直すことに決めた。もしかしたら東京に来てから下したなかでも最も自発的で最も覚悟を伴った決断だったかもしれない。下した決断への疑いや気持ちの揺らぎはその後もあったけれど、それでも今なおそういうふうに思えるような啓示だった。

決めたことについては全然後悔していないし、私にとってはすごく良い決断だったと今でも思っている。でも、そのときに断絶したいろいろな物事のなかに、気がかりが残ることが少しだけある。気がかりの原因は冬の断絶ではなくて、それよりももっと前、たとえば3年前にステレオフォニックスのコンサートを観た夜の私の荒々しさ、暴力性にあった。そして、そのあと罪のない嘘をつく必要も、正直になる機会もなくなってしまった。争いも和解も、なにも。

でも、今でも言うべき言葉はやっぱり見つからない。言うべきことがあるような気がしていたのに。

3年経って観たステレオフォニックスは以前よりもずっと良かった。こつこつと続けていくことの尊さを感じずにはいられない眩しさがあった。そして"White Lies"はずっと前から知っている曲みたいな気がした。3年前にも知っていて、あの夏の夜にも一緒に聴いたみたいな気持ちがした。

Stereophonics "Dakota"

August 12 [Fri], 2016, 23:55
昔のことを思い返して 君のこと考えたりしてる
夏、確か6月だった
そう、6月
寝転がって 芝生の上に頭を乗っけて
ガムを噛みながら笑って
楽しい話をしたよね

君といると自分が特別な存在なんだって思えた
君にとってのいちばん
大切な存在だって
君といると自分が特別な存在なんだって思えた
君にとってのいちばん
大切な存在だって

飲み干すつもり 2人分を
君と飲んだ頃は
飲むこと自体が新鮮だった
俺の車の後部座席で眠ったりして
遠出はいちどもしなかった
遠くになんて行く必要なかった

どこへ向かってるのか分からない
俺たちがどこへ行こうとしてるのか

モーニングコール コーヒーとジュース
君のことを思い出すよ
君はどうなったの?
また君と会うことってあるのかな
あれ以来どうしてたかとか
2人の関係が終わってしまった理由を話したりすることって

君といると自分が特別な存在なんだって思えた
君にとってのいちばん
大切な存在だって
君といると自分が特別な存在なんだって思えた
君にとってのいちばん
大切な存在だって

どこへ向かってるのか分からない
俺たちがどこへ行こうとしてるのか

こっちを見て 俺のことを見てよ

ENGLISH



7月の終わりに渋谷のO-Eastでステレオフォニックスというウェールズのバンドを観ました。ものすごくストレートで衒いのないステージがとても清々しく、とても懐かしくて、それ以来、何度もこの夜のことを思い返しています。それくらい、胸に突き刺さるコンサートだった。

ステレオフォニックスにとって、今年はデビューから20周年にあたる節目の年であるとのことです。私が初めてこのバンドの曲を聴いたのはちょうど15年前の2001年のことでした。今と同じ夏の季節で、行ったことのない土地へ向かう飛行機のなかで"Have a Nice Day"を聴いたことが深く印象に残っています。本当はそれより先に"Mr. Writer"を聴いたことがあって、そのおかげ初めて聴いたときにも"Have a Nice Day"がステレオフォニックスの曲だと分かりました。私はまだティーンエイジャーにもなっていない年齢だった。学校もない季節で、見知らぬ土地が待っている。ステレオフォニックスは「良い1日を」と心地良く歌っている。なんて完璧な夏の1日だろう。

その次にステレオフォニックスを聴いたことを鮮やかに覚えているのはそれから更に3年半くらい経ってからのことです。記憶のなかではもっと後の時期のような気がしていたけれど、受験生になる直前の春休みのこと。1年後には大嫌いな高校生活は終わっている。でも、高校を出ていったい私は何をしているだろう。どこにいるだろう。私は高校受験をしなかったから、自分で進路を決めるというのはこのときが初めてでした。自分の可能性と希望とを秤にかけて、夢を見たり、不安になったりする時期だった。でも、この頃にはすでにブルース・スプリングスティーンに出会っていたし、"Thunder Road"は人生のテーマソングになっていて、きっと自分はここを出て行くんだと心に決めていたんだと思います。毎日自分にそう言い聞かせて、それまでよりも夜更かしをして勉強をするようになった。たぶん、その頃、母親が入院したために早く寝るように言う人もいなくなっていたのかもしれない。

田舎の夜は本当に静かです。私の部屋の真下にある書斎で、父親が起きている音以外、なにもしない。みんなが眠っている時間。この頃、新しい習慣を作りました。夜の勉強に区切りがついたら、FM COCOLOというラジオ局にチャンネルを合わせておやすみタイマーをつけてベッドに潜り込む。部屋は真っ暗だけど、シーリングライトのカバーに貼った星型の蓄光シールが灯りを消しても暫くぼんやりと光っている。ラジオではイギリスのBBCがいろいろな国際ニュースを伝えている。英語が得意になりたかったから少しでもたくさん英語を聴こうと思って毎晩寝るときにはこのニュースが聴けるようにしていたのです。どれくらい分かったのかもう今では全然思い出せません。でも、ずっと育ってきた田舎の自分の部屋でイギリスのことを想像するのは最高だった。きっとイギリスは今は夜じゃない。私が想像もできない人たちが今頃、昼の光のなかで私のことなんか考えもしないで学校に行ったり、仕事をしたり、普通の生活をしている。それはすごく自由を感じることだった。世界は本当に広くて、私は行きたいところに行ける。いたくないところなんかにいなくていい。誰ひとり私のことを知らない場所に行って、なにもかも自分の望む通りに生きることができるように思えた。そして、この習慣を始めた頃にFM COCOLOが今月のパワープッシュソングに選んでいたのがステレオフォニックスの"Dakota"だったのです。だから私のなかで、この曲はずっと未来とつながっている曲でした。真っ暗な夜の闇のずっとずっと先には昼間がある。この曲を聴くといつでも当時の不安とじりじりするような気持ちと自由への渇望を思い出しました。真っ暗な自分の部屋で天井を見つめていたときのことを。

そして今や私はそのとき思い描くことのできた未来よりも遥か先の未来を生きている。こうしてこの年齢になって、渋谷で迷子になることもなくクラブに来て、ステレオフォニックスを観ることになるなんて考えたこともなかった。"Dakota"がこんなにもたくさんの人にとって大切な曲だなんて思ってもみなかった。ひとりきりの暗闇の外で、こんなにも多くの人と一緒にこの曲の歌詞を口にするなんて想像したこともなかった。同時に"Dakota"が本当は過去を振り返る曲だなんて思ってもみなかった。私の記憶のなかではミュージックビデオのなかのケリー・ジョーンズは車を運転して、どこかへ向かっていた。けれども、本当は彼はどこかの古びたモーテルで運転していた過去の自分の姿を眺めている。これから自分がどこへ向かうのかなんて知らない。でも、あの時に故郷の町を出て行くことを、暗闇のなかで昼間の世界のことを強く強く望んだから、今私はここでステレオフォニックスを観ている。そう思うと本当に胸がいっぱいだった。自分のやってきたすごくランダムなことやたくさんのいい加減なことのなかにもこうしてちゃんともっと真面目だった頃の自分自身とつながっている部分があるのだと実感できた。そしてたぶん、想像しなかった未来だってきっと悪いことばかりじゃない。

Bruce Springsteen "It's Hard to Be a Saint in the City"

March 15 [Tue], 2016, 22:54
革のような肌 ダイアモンドみたく容赦ないコブラさながらの目つき
生まれながらにブルーでくたびれてるが超新星みたいに爆発した
ブランドのように日の射すなかを歩き
カサノヴァよろしく踊るのさ
ブラックジャックとジャケットを身に着け
髪はきれいになでつけて
服には銀の星のスタッド、熱気にさらされたハーレーみたいさ
通りをキメて歩けばその鼓動が聞こえる
女の子たちは立っていられず言ったね「あの人すてきじゃない?」
街角の足の悪い男が「小銭のお恵みを」と叫ぶ
ダウンタウンのガソリンスタンドの野郎どもの話は的を射てるぜ
都会で聖者になるのはたいへんなのさ

俺は路地の王で 話も下手じゃなくてさ
物乞いの派手な騒ぎで乞食の王子に祭り上げられた
ヒモのいちばんの預言者で 俺のおかげ何もかもがクールだった
負ける運命に魅入られた裏通りの賭博人みたいにさ
熱気がやってくる頃には通りに置き去り
通りの蒸気のあいだからイエスみたいに現れた悪魔
おまわりだってどうにもできないと俺にも分かる手の内を見せた
熱気に飛び込もうとして首元に奴の熱い息を感じた
通りのしがない若者が都会で聖者になるのはたいへんなのさ

生きる屍のように座る地下鉄の賢者
線路がリズムを刻むあいだもじっと前を見据えたまま
綱渡りでもするみたいにぎりぎりのところで捕まってるのさ
だけどトンネルのなかは蒸すようで 熱さにやられちまいそう
よろけているうちに動悸が激しくなり
穴から抜け出るとまたストリートに戻ってる

サウス・サイドの美人な女の子たち
街角の足の悪い男は「小銭を恵んでくれ」と叫ぶ
ダウンタウンの野郎どもの話は的を射てるぜ
都会で聖者になるのはたいへんなのさ

ENGLISH


If it's hard to be a saint in the city, how about in the air?

オルバニーとハートフォードでブルース・スプリングスティーンのコンサートを観たあと、日本に帰ればいくつかの向き合いたくない現実が待っていることが分かっていたので、家に帰るのはずいぶん憂鬱でした。いやだいやだと思いながら空港に行って機械でチェックインをすると、ひとりだというのに、3列・3列・3列の飛行機の座席のいちばん真ん中の席になっている。変更しようとしたけれど、無料で選べるのはあと1席だけで、同じ列の右側3席のやはり真ん中。別に真ん中の真ん中でもはしの真ん中でも変わらないのだけど、なんとなくあてがわれたものをそのまま受け取ることに対する抗いと少しでもはしに行きたいという心理からかはしの真ん中を選びました。ところが搭乗してその席へ行ってみると、自分でわざわざ選んだ座席の窓側にすでに座っていたのは、冗談のような巨漢の男性だった。人の身体つきなんてもちろんなんだっていい。でも私の座席にはっきりと入ってきているのは本当にいやだった。これから13時間も0.7席くらいの空間に甘んじなければいけないなんてあんまりだ。それもわざわざ自分で変更した席でこうなるなんて。もともと与えられていた真ん中の真ん中の席はいたって普通の状況だった。とはいえこういう些細な不運というのはネガティブな気持ちでいるときにはつきものなので、結構すぐに諦めはつきました。

***
英語には、"blessing in disguise"という表現があって、辞書には「悪そうに見えて実はありがたいもの」とか「不幸に見えても結局は幸福となるもの」というふうに説明されています。
***

暫くすると隣に座って挨拶をしたときにはさほど感じが良いわけでもなかった巨漢の男性が「ところで、」と言って自己紹介をしてきた。話を聞くと、彼はオクラホマからやって来た26歳の青年で宣教師としてマニラへ向かっているところだといいます。オクラホマと言えばウディ・ガスリーの故郷だね、と言うとよく知っているね、と驚き、音楽は大好き、特にビートルズとかチャック・ベリ―とか昔のロックンロールが好きなんだ、と活き活きと話し出しました。ひとりで旅をしていると時々、こうして自分についていろいろなことを話してくれる人に出会うことがあり、多くの場合、それはあとあとになっても忘れることができない印象深い記憶となってきました。だから、基本的に孤独だった今回の旅の終わりに、こうして話好きの青年の隣に座ったことはなんとなく運命的に感じられたし、喜ばしいことでした。少なくとも、座席を0.3席分くらい諦めた甲斐はあったというものです。

職業柄ということなのだろうけれど、早い段階で青年は私に「神を信じる?」という質問を投げかけてきました。私はよく分からないけれど困ったときには神頼みする、と言ったので、青年は「それは神を信じているということだね」と言い、それはそうかもしれない、という気がした。こういう話がカジュアルに持ち出されたことと、相手の生来の話好きとが合わさって、話は自然と割とディープな内容にまで及びました。それは基本的には彼のキリスト教信仰に関わる内容だったのだけど、相手は私の曖昧模糊とした宗教観をある方向に導くと共に自分の信じている事柄について試してみようという気持ちがあり、私には親しい相手ではないからこそ直截に問うことのできる疑問などもあったからです。彼の信仰や信念には納得できる部分もあったし、よく分からない部分もあったし、共感しない部分もあった。でも、彼の話のところどころにはとても印象的な内容が含まれていて、それはブルースが『The River』(1980)について語っていたことやオルバニーで寒空のもとGAの順番待ちをしているあいだに読み始めた『カラマーゾフの兄弟』と重なり合うところがあったりして、不思議なシンクロニズムを感じさせたのでした。(ブルースはロシアの作家が好きだと公言していて、ドストエフスキーの書いた『カラマーゾフの兄弟』はトルストイの『アンナ・カレーニナ』と並んでお気に入りの作品と言っています。ただ、ロシアの小説は昔から好きだったわけではなくて2010年頃から読み始めて心を奪われたようです)。

「人生の目的ってなんだと思う?」という青年の問いに対しては、私は軽薄な答えしか返すことができなかった。もう少し前だったら、もっと自信を持って恐らくはなにか利己的なことを答えただろうと思います。でも、今はそうではなかった。利己的な答えとどちらがましなのかはよく分からないけれど、薄ぺらな答えだとは自分でも感じた。それに対して青年はなんとも言わなかったけれど、自分は「人との関わり(relationships)」だと思うんだ、と答えました。彼にはなにか私にはよく理解できない宗教的な根拠があるようだったけれど、私は彼の答えを聞いて、彼が言っているのは「ties that bind」のことなんだ、と感じました。「自分以外にだあれもいない世界で生きていくことなんて考えられる?ほかの人がいるから生きていけるんだよ」。ブルースが『The River』を丸々演奏するのを聴いたあとに、こんなことを言う人の隣にたまたま座ったなんて本当に驚きだった。

13時間もの飛行時間、私たちはほとんどずっと話をしたり、チェスをしたりして過ごしました(私はチェスのやり方を知らなかったので、青年が根気強く教えてくれた)。家に帰るのが憂鬱だったから、この間そういうことをあまり考えずに済んだのはありがたいことであったし、なによりも彼の話はおもしろかった。信仰のある人にとって、こんなにも世界は違って見えるのだなと感じ、家に帰ってもまだ祈りの効力をなんとなく信じられそうな気がしたくらいでした。でも私の信仰はやはり彼のものとは違っていて、日が経つにつれて彼の宗教的な考えについてのインパクトは私のなかでは薄れていきました。それでも、彼との少しクレイジーな空の上でのやりとりは深く心に残っています。都会で聖者になるのはたいへんだ。でも、空の上なら事情は少し違っているのかも。

Bruce Springsteen "I Wanna Marry You" (@XL Center,16/2/10)

March 13 [Sun], 2016, 16:47
通りで君を見かけるんだ
ベビーカーを押して歩くのを
髪に飾った寂しげなリボンは
俺を思って着けてくれたのかい

笑顔も ことばもなく
ただ通り過ぎていくだけの君 来る週も来る週も
この混乱した世の中で 2人の子供を女手一つで育てながら
働くなんて きっと寂しい人生だろう

リトル・ガール 君と結婚したいんだ
リトル・ガール 君と結婚したい 
本当さ
リトル・ガール 俺は君と結婚したい

君の翼を奪うつもりじゃない
だけど一緒になったなら考えることが出てくるだろう
家庭や家族を持つことだとか
責任を背負うことだとか
真実の愛こそ何より強いと人は言うけれど
真実の愛はお伽噺ではあり得ない
君の夢を叶えてあげるなんて俺には言えやしない
だけどそばにいて夢を追う君を支えることはできる

父親は死ぬ前にこう言った
真実の愛なんて嘘っぱちだと
胸破れたまま墓へ入ったよ
満たされない人生は人を頑なにしてしまう

幸せと悲しみが
誰かを強く欲することにはつきもの
俺は君への愛を臆することなく示そう
もし君が俺の名前を名乗ってくれたなら自慢に思うよ

ENGLISH


「この曲は白昼夢として書いたもの。甘い白昼夢だよ。夏のさなかに街角に立って通り過ぎていくある人をじっと見ている。現実には決して出会うことのない人だよ。そしてその人とずっと生きていくことを想像するんだ。どんなところに住むかとか、夜はどんなふうに過ごすかとか、子供たちのこととか。もちろん、そこで想像されるのは最もたやすい形の愛だ。何の帰結も伴わない。そして帰結を伴わない愛や人生なんて存在しない。だからこの曲は若さについての曲だし、現実が忍び寄ってくる前の若者が愛を想像し、夢見ることについての曲なんだ。その素晴らしさや初期のためらいや完璧さについてのね。それはリアルなものじゃない。でも俺はどこかでスタートを切らなきゃならなかった」(ブルース・スプリングスティーン)

ブルース・スプリングスティーンは、今回の『The River』(1980)全曲再現ツアーのなかで、"I Wanna Marry You"を演奏する前にいつもこの小話をはさんでいるようです。今回、私が訳したのは1月19日のシカゴ公演と2月8日のオルバニー公演でのブルースの言葉からそれぞれ取捨選択したものです。もちろん内容は概ね同じだけれど、少しずつ表現が違っています。

2月にオルバニーとハートフォードでブルースを観てから、もうひと月が経ってしまいました。でも、ブルースのコンサートは、いつもそうなのですが、観た直後と暫くときが経ってからだと、印象がだいぶ違ってくるものなので(私にとっては、ということです)、こうして少し時間を空けてから書けたのは、それはそれで良かったかもしれない。ハートフォードは、そもそも前日までチケットが手に入らず、行けるかどうかぎりぎりまで分からなかったので、全身を耳にして今回はこれが最後かもしれない…!という必死の思いでいたオルバニー公演とは反対に、ハートフォードでは、来られて良かったなあ、という割とリラックスした気持ちでコンサートに臨むことができました。場所もGAのピットには入ることができたけれど、そのいちばん最後のグループだった(あと10番遅かったらピットに入れなかった)ので、ピットのいちばん後ろに立って、途中でブルースがGAを前後に分かつ通路にやって来てくれるのを期待して観ることにしました。これが1日目だったら少しでも前で観たいと思ったことだろうし、最初から2回来られると分かっていてもそうだったかもしれない。ともかく、この日ピットのいちばん後ろに立ったことでオルバニーのときと何が違ったかといって、ブルースやバンド以外の人々、つまりピットの前の方にいるお客さんたちの姿が待っているあいだもコンサートの最中もよく見えたということでした。

アメリカから帰ってきてひと月経った今、コンサートのことを思い出すときに心に浮かんでくるのは、ステージ上のブルースたちの姿に加えて、周りにいたいろいろな人たちのことなのです。GAの列に並んでいたとき、すぐ傍にいた綺麗なほっそりとした女性と彼女よりかなり年上に見える男性の落ち着いたカップルや気の強そうなおばさんと大人しいおじさんの高齢夫婦の姿はピットに入ってからも時々後ろから見えていて、ほっそりとした女性の楽しそうな笑顔やコンサート前だというのに険しい表情のおばさんの様子が思い浮かんでくる。或いはピットで隣にいた若いカップル(私が席を外したときに場所をとっていてくれてありがとう)やカリフォルニアから来たという女の子2人と男の子1人という大学生くらいの若者のグループ、1980年からブルースを追いかけているという百戦錬磨のファンのサンディのこと。そして、いちども言葉を交わさなかったし顔もきちんと見ていないけれど、とても小柄な女性ととても長身の男性のカップル。きっとブルースのファンなのは女性の方で、彼女は"Sherry Darling""Crush On You"みたいな楽しい曲になると空いたスペースに出てきて(ピットでも後ろの方は割と空いている)、ひとりで楽しそうに軽快に踊っていた。そして、"I Wanna Marry You"のときには、その不釣り合いなくらい背丈の違う男性にぴったりと寄り添って周りのことなんてまるで目に入らないみたいな様子でとても幸せそうにスロウ・ダンスを踊っていた。今、ハートフォードでのコンサートを思い返して、脳裏に浮かぶのは、この「現実には決して出会うことのなかった人」たちのこと。同じブルースの曲に惹かれて集まってきた人々のそれぞれの人生。それぞれの愛。それぞれの幸せや悲しみ。彼らはどんな家に住み、どんな仕事をし、どんなふうに互いに言葉を交わし、どんな子供やペットと暮らしているのだろう?

ブルースは、『The River』のドキュメンタリ『The Ties That Bind』(2015)のなかで、想像上の人生というのはただの物語であって、本当の人生とは違う、ということを最後に言っています。でも1980年頃の彼にとって、他の人たちが一体どうやって他者と関係を取り結び、それを破綻させることなく積み上げていっているのかは謎でもありました。だから、それをなんとか自分の人生に現実的に取り入れていくための準備として、まずは想像することから始めなくてはいけなかった。そうして書かれたのが"I Wanna Marry You"だったのです。この曲のなかでは、一切の帰結を伴わない人生と愛が想像されている、とのことだけれど、同時に、帰結を伴わない人生や愛は存在しない、ということは明確に理解された上で書かれている。だから、この曲にはある種の矛盾というか、ふたつの相容れない部分があるように思える。誰かを強く欲することにつきものの、幸せと悲しみのように。

『The River』を作った頃のブルースとほとんど同じ年齢になって、私も自分だけのために自分だけの人生を生きることから抜け出したいと思うようになった。だけど、それはやはり容易ならざることであって、ある意味では今のところ大いに失敗をしていると言えるかもしれません。けれども、ブルースの言う通り、どこかではスタートを切らなくちゃいけない。おもしろいことに、ブルースはシカゴでは「自分はどこかでスタート切らなきゃならなかった」と言っているけれど、オルバニーでは「誰だってどこかでスタートを切らなきゃならない」と表現が微妙に変わっています。今の私はまだ通りを行く誰かとの人生を想像するだけ。コンサートに訪れた見知らぬ人々のあいだにある愛を想像するだけ。帰結を伴わない、存在することのない人生と愛について。

Bruce Springsteen @ Times Union Center (16/2/8)

February 14 [Sun], 2016, 18:04
"Bobby Jean"

この前 家に寄って
君は行ってしまったとお母さんから聞いたよ
俺にはどうしようもないことだった
誰にも言えることなんてなかったと言ってくれたけど
俺たちは16の頃から友達だったんだ
知っていて電話できれば良かったって思うんだよ
そうすればさよならと言えたのに ボビー・ジーン

ほかの奴らがみんな俺を避け ばかにしても
いつでも俺とつるんでくれた
同じ音楽、同じバンド、同じような服装が好きで
俺たちみたいにワイルドな奴はいないよなって言い合っていた
せめて伝えてくれたら、話すことができたら良かったって思うんだよ
お前にさよならを言うために ボビー・ジーン

雨のなかを歩きながら俺たちが身を隠すこの世の中の痛みについて話した
お前のように俺のことを分かってくれる人はもうどこにもどうしたって見つからない
きっと今頃お前は旅のさなかだろう
バスかそれとも電車に乗って
どこかのモーテルの部屋でラジオがかかり
俺がこの歌を歌うのを耳にすれば
きっと分かるよ どれだけ遠く離れていても俺がお前のことを思っていると
最後にもういちどこうして呼びかけているのは気持ちを変えたいからじゃない
お前がいなくて寂しいけれど、幸運を祈るよ、さよならと言いたいからなんだ
ボビー・ジーン

ENGLISH


ニューヨーク州の州都オルバニーは私にとって特別な街でした。ブルース・スプリングスティーンを好きになってずっと訪れたいと思っていたアメリカの地を初めて踏むことになったのはオルバニーで暫くのあいだ暮らす機会を得たからでした。その上その暮らしの本当に終わりの頃に、ブルースは『Working On A Dream』(2009)というアルバムを出してツアーに出、私はまさにオルバニーで初めてのブルースのコンサートを経験したからです。

今回、『The River』ツアーに行こうと決めたとき、本当はどこか行ったことのない土地に行きたいと思っていました。新しいことに挑戦したかったし、自分が歳を重ねて保守的になっていると思いたくなかったからです。けれども、思っていた街のチケットを獲ることはとても難しく、験担ぎの意味を込めてオルバニーに変えたところ本当にチケットが手に入ったのでした。この頃からオルバニーは私にとってのラッキー・タウンかもしれない、という気がしてきました。

特別な土地ではあったものの、今回2010年ぶりに訪れるにあたってとりたてて感傷的な気持ちになることはありませんでした。私はこの街で特別な経験をしたけれど、同時にそれはとても現実的な経験でもあったのです。夢が叶うということは夢みたいな経験というだけではなかった。そのなかで自分の性格だとか考え方だとか育った環境だとか捨て去り、逃げることのできないものが自分のなかにあるということがよく分かった。それは部分的には異国の地における日本人同士の濃密な人間関係とも関わりのあることだったと思うのだけど、とにかく精神的にこの街と深い結びつきを持ち続けることを私は選ばなかったのです。

ところが実際には、マンハッタンから電車に乗るとかつていちどだけこの電車を使ったときのことを思い出さずにはいられなかったし、駅に降り立っても、ブルースのコンサートがあるタイムズ・ユニオン・センターに行ってもGAのリストバンドをもらってから時間つぶしをするあいだも、いろいろなことを思い出してしまってずいぶんセンチメンタルな気分になってしまいました。初めてブルースのコンサートに行った日を私にとって特別なものにしてくれたのはブルースだけではなかったことを、そう思うことを拒否したい気持ちもありながら、考えずにはいられなかったのです。2009年のコンサートで私が受け取ったGAのリストバンドの番号は30番で、それは「自分のラッキーナンバーだからきっといいことがあるよ」と言ってくれた人がいた。そしてその日私は最前列でブルースを観ることができたのでした。

今回、私はひとりでリストバンドをもらい、ひとりで時間をつぶし、ひとりで並んだけれど、やっぱりオルバニーは幸運の街でした。私は前から5列目くらいでブルースを観、15歳の頃にテレビで観て心を奪われたブルースのこめかみの青筋までこの目でちゃんと見ることができました。そして開演までの時間に気持ちがすっかり柔になってしまったおかげで、『The River』の1曲目、"The Ties That Bind"ではもう歯を食いしばって泣くのを我慢しなければいけないほどでした。

この日、私がEストリート・バンドから受けた最初の印象はみんなずいぶん歳をとったな…というものでした。ブルースがいつまでも若々しいのに対して、周りは少しくたびれているようにも感じられました。そのなかでひとり若いジェイクが控えめながらすごく大きな役割を果たしているように思ったのです。クラレンスとはまるで違う形ではあるだろうけれど、やはりブルースはジェイクのことをかなり頼りにしているように思えました。印象的だったのは、"Hungry Heart"のときにGAフロアの真ん中に設けられた通路からステージまでブルースがクラウドサーフをしたときのことです。ジェイクはサックスを左手を使って演奏し続けながらステージに辿り着いたブルースを右手でステージに引き揚げるという場面でした。ブルースがこの歳でクラウドサーフをすることも大胆だけど、ジェイクがいて初めてこのクラウドサーフは完璧なものになるんだということが分かった。暫く観ていると一見するよりはみんな元気なんだということも感じられたけれど(ニルス"Because the Night"で今もスピンしていたし、スティーブも途中からちゃんと笑顔を見せるようになった)特に『The River』を再現するにあたってジェイクの一貫した活力は本当に大切だったと思う。

『The River』の再現のなかでは、時々織り込まれるブルースの話がどれもすごく良かった。多くは無料で配布されたシカゴ(16/1/19)の音源で聴くことができる通りです。このアルバムが人とのつながりを追い求め、理解したくて作られたこと、"Independence Day"は若いときに書くことができる曲であり、両親には両親の人間性があり、自分とは違う夢や理想があることを初めて知った時の衝撃や、両親の重ねる大人の妥協に対する恐れが含まれていること。でも、その妥協がもたらす喜びを若者はまだ知り得ないのだということ。"I Wanna Marry You"は決して出会うことのない人との人生を思い描くというデイドリームの歌であること。どんな帰結をも伴わない人生、存在することのない人生、愛を想像する歌であること。そして『The River』の底流にあるもうひとつのテーマは限りのある時間であったこと。こうしたひとつひとつの短い語りがこのアルバムをとても親密なものにしていました。そのせいなのか"Drive All Night"のとき、周りの人々が一瞬みんな遠のいたような気がしました。薄暗い闇のなかにブルースと自分しかいたいみたいな感覚。『Springsteen & I』(2013)のなかで、スウェーデン人の男性が、コンサートでブルースが自分だけに話しかけてくれている気持ちになることがあると話していたけれど、そんな感じだった。

けれども本ツアーの主眼は『The River』なのに、オルバニーの公演で私がいちばん心に残ったのは『The River』が終わってから3曲目に演奏された"Backstreets"でした。この曲をコンサートで聴くのは初めてではなかったけれど、これほど胸に突き刺さる"Backstreets"は初めてでした。これは、コンサートが始まる前に思い出したり、考えたりしたいろいろなことがあったから、つまりオルバニーでブルースを観ていたからこそのことでした。まさか"Badlands""Wrecking Ball"が演奏されたあとに何の前触れもなくこの曲が演奏されるだなんて思ってもみなかったのでロイ・ビタンの演奏するピアノのイントロが流れてきたときには不意をつかれた思いでした。そして最初から最後まで、目玉がとけてしまうんじゃないかというくらい涙が止まらなかった。それはオルバニーに戻って来てから私の心を捉え、感傷的にさせていたのは、私が人生のなかでただひとり出会うことのできた「テリー」のことだったからです。共に裏通りに身を隠し、永遠に友達であることを誓い、一緒に観た映画のヒーローたちのように歩く術を探った相手。それは若いときにだけ出会うことのできる存在であり、築くことのできる人間関係だった。裏通りに身を潜めることが何の解決にもならないことや、ヒーローのように歩くことができてもヒーローにはなれないことを知ったあとには夢でしか見ることのできない関係でした。彼の示してくれた理解、忍耐、そして愛情はこうしてお互いのあいだに距離ができて初めてやっと私には理解することができた。私が泣いたのは決して後悔したからではありません。どれだけ尊いものであってもその価値が発揮されないことはあるし、タイミングだってある。私自身の心が狭かったということと共に。それは悔いても仕方のないことです。けれども、こうしてオルバニーを再び訪れ、初めて観たのと同じ場所でブルースを観、そして"Backstreets"を聴き、胸が張り裂けるような思いをすることができて良かったと心から思う。

大好きな"Be True"がそのあとに演奏され、いちばん最後の"Shout"の前には"Bobby Jean"まで演奏されました。"Backstreets"と"Bobby Jean"という2曲は私のなかでとても一貫性のあるように感じられました。次にオルバニーに来ることがたとえあったとしても、もう今回のように感傷的になることもないだろう。なぜなら私は今ここで人生の一時期を共にしたテリーの大切さを知り、彼と利己的だった自分自身に本当に別れを告げるからだ。テリーは私にとって同じ音楽やバンドが好きで、どんなときでも味方をしてくれた相手だった。家族を除いて誰も彼のように私のブルースへの愛を理解した人はいなかったし、だからこそ2009年に初めてオルバニーでブルースを観たとき、私は幸せだった。そのことを分かることが、たぶん今の私にとってすごく大切なことなのだと感じられた。

Bruce Springsteen "The Ties That Bind"

February 10 [Wed], 2016, 12:10
傷ついてすっかりくたびれてしまったと言う君
みんなを押しのけながら通りを歩く
荷造りを終えてひとりきりで出発したいと思っている
そばには何にも、誰もいらないと
強がっているけれど、見えていないんだ
君には絆があるということが

絆があって
それは断ち切ることのできないもの

安っぽいロマンスなんてなくても構わない
誰かと関わるなんてまっぴらだと思っている
騙されることが怖いからって
強くもクールでもないのが怖いって
クールには振る舞えるかもしれないけれど
まっすぐ前を向いて向き合えるだろうか
君を結びつける絆に

君を結びつける絆
君を結びつける絆を断ち切ることはできない

君の胸の痛みを感じる方がましだよ
そうなんだ、ダーリン
君が心に隠している虚しさを感じるくらいなら
本当だよ そう思うんだ

誰がこの雨を止ませてくれるんだろうって座ってぼんやりと考えている
悲しみを和らげ 痛みを鎮めてくれるのは誰だろうって
長くて暗いハイウェイと細い白線だけが
君の心を僕とつないでいる
今はふたりとも逃げているけれど、きっと近いうちに
立ちどまって向き合うよ 僕らをつなぐ絆に
つなぎとめる絆に

絆は断ち切ることはできない
絆は打ち捨てることはできない

ENGLISH 



ブルース・スプリングスティーンがアルバム『The River』(1980)の35周年にリリースしたボックスセットは、もともとブルースがレコード会社に提出したという1枚もののアルバムのタイトル、『The Ties That Bind』(2015)がつけられています。この曲が当時のブルースがアルバム作りをするにあたって出発点になるすごく大切な1曲であったことは、やはり同じタイトルをつけられたドキュメンタリでも彼が語っていることでした。ブルースが言うには、30歳になるまでに、人と人とがつながったり、関係を築いたりすることについて、ずいぶん考えるようになったということです。それで今までは自分自身が積み上げてくることのできなかった人とのつながりを得るために、勇気を出して傍観者でいることをやめようと決意して作ったのが、たぶん"The Ties That Bind"という曲だった。ブルースが言う絆というのは、"The Ties That Bind"という曲のなかでは、どちらかというと男女の親密な関わりのことを言っているみたいに思える。けれど、ドキュメンタリを観ているとブルースはかなりいろいろな方向から人と人とのつながりを考えていたみたいです。もちろん男女の関係、そして父子の関係や家族の関係があって、それが人生を人生たらしめるものだとブルースは言っていた。単なる想像や理想を語るだけではなくて、どうやって実際に自分の人生にこうしたつながりをとりいれていかなければいけない。創作や想像における人生というのは単なる物語であって、本物の人生ではないから。そしてそうした身近なつながりは、より大きな労働者階級や同じ時代に生きる他の人達、先に生きて今の世の中をつくってきた人達とのつながりまで想像させ、実際につながりを得られるようにもなる。このことはブルースが言っていた訳ではないけれど、階級的なつながりや自分の生きる世の中のこと、歴史のことも当時考えていたことは述べられていました。親密なつながりを得るということは、とても恐ろしいことだったけれど、自分にとって必要なことだという確信があったから、両足で飛び込むことにしたとブルースは言っていて、"The Ties That Bind"はそんな彼自身の背中を押す1曲になっている。

こういうブルースの話は今の私にとってすごく共感させられるものだったけれど、同時にすごくこわいようにも感じました。私自身もずっと長いあいだ、人とのちゃんとしたつながりをほとんどきちんと持ってこなかったし、ひとりということをどこか誇らしく思っているようなところがあってきたと思うのです。もうこのブログを始めてから長くなるので、たぶん遡るとそういう記述がたくさん出てくるだろうと思います。でも、確かに『The River』を作っていた頃のブルースの年齢に近づいて、ある経験をきっかけに、そういう自分ではいられないんだ、ということは感じるようになった。でも、the ties that bindという言葉は、とても曖昧なところがあって必ずしも前向きなニュアンスをもたらさないものです。というのも、bindという単語には縛る、束縛するという意味があるからです。絆と言えば響きは良いけれど、それは恐ろしくて、厄介で、しばしば傷つけられたりもする。これまであった自由はいくぶんか失われてしまう。それと引き換えに得られるべつの自由というのはあるのかもしれないけれど、やっぱり覚悟や努力がなければ手に入れたり、築いたりできるものではなくて、つい目をそむけてしまうもの。けれどもブルースは、そうしたつながりがなければ、「自分自身が消えてしまう」と言っている。そのことを突きつけられて、やっぱりそうなんだ、という思いと、どうすればいいのか分からない不安な思いがないまぜになるのです。"The Ties That Bind"のなかの、「君が心の中に隠している虚しさを感じるくらいなら、胸の痛みを感じた方がましだ」というフレーズがたまらなく厳しく、たまらなく温かく感じる。

***
おまけ:この曲の歌詞のなかで引用されているフレーズ
@ジョニー・キャッシュ"Walk the Line"
『The River』を作っていた頃に、ジョニー・キャッシュを含むいろいろなカントリーを聴いていたことはドキュメンタリでも語られていました。"Walk the Line"のなかに"the tie that binds"というフレーズが出てくるけれど、ブルースはここからとったのでしょうか。
ACCR"Who'll Stop the Rain?"
 ブルースがコンサートでカバーするようになったのは『The River』ツアーの頃からかもしれない。

Jesse Malin "Brooklyn"

January 01 [Fri], 2016, 1:35
どっちつかずの最後の車
お前はまた塀の中なのかな
クリスマスの亡霊が通り過ぎていく
くず入れにウォルト・ホイットマンを残して

始めた頃には何もなかった
寂しい日々のほかには
お前が昔好きだったのは気の滅入るような悲しい曲
使い捨てのものしか持っていなかったあの頃
俺とは生きていけないと言ってお前は移って行った
ブルックリンへ

作り物のデザート
車を買った奴に親になった奴
仕事帰りに日用品を買って帰る毎日
いちども橋を渡ったことのない奴だっている

始めた頃には寂しい日々があるだけだった
お前は気の滅入るような悲しい曲が好きだった
使い捨てのようなものしか持っていなかったあの頃
俺とは生きられないと言ってお前は移って行った
ブルックリンへ

時々、夜明けまで横たわったまま考えるんだ
俺たちはどうして自分で嫌だと思うような人間になってしまうんだろう

もう夜に泊めてくれる仲間もいない
夢のなかの浜辺があるだけ
職場の周りをうろつく風変わりな連中ももういない
クイーンズを歩くのは今だって愉快じゃないんだよ

銀行にあるのは血にまみれた金ばかり
どういう訳か大胆になる奴もいる
首都で感謝される兵士たちみたいに
俺にもせめて言葉が見つかればいいのに

ENGLISH


2015年はこれまでにない1年でした。でも、考えてみるとその前の1年もそれまでにない1年でした。その前までの自分の時間は、いつでも自分のもので自分次第でどんなふうにも遣うことができるし、そこから得られる結果も望むがまま、というふうだった。でも、前の前の冬くらいから、物事は少しずつ違ったふうになっていったように思うのです。

ちょうど今から2年ほど前、2014年が始まったばかりの頃、東京にはとても寒い冬が訪れていました。めったとないくらいたくさんの雪がどっさりと積もり、もともと見慣れない住宅街がまったく知らない場所のように見え、電車も人通りも特別なお休みの日のように少なく、街全体がしんと静まり返っている。そんな日が短い間に2回くらいもあった寒い冬でした。その頃、私は長いあいだ暮らした東京の西の方にあるおっとりとした町をしばしば出て行くようになり、外の音が遮断されるように作られた分厚い壁のある小さな場所をよく訪ねていくようになりました。それがこの2年間をこれまでとは違うものに変えたひとつの理由で、そのことについては、当時からよく実感していた。分厚い壁の内側にはとてもいい音で音楽を聴くことのできるステレオシステムがあり、私はそこに2,3枚のCDを置いていました。1枚はその頃リリースされたばかりだったブルース・スプリングスティーン『High Hopes』(2014)で、もう1枚は"Brooklyn"という曲が入った『Fine Arts of Self-Destruction』(2002)というジェシ・マリンのアルバムでした。

今になって分かることだけれど、当時私が分厚い壁のなかで毎日やっていたのは、まさに「自己破壊(self-destruction)」でした。でも、それは破滅的な行為ではなくて、もういちど作り直すための自己破壊であり、だからこそそれは「高度な技術(fine art)」を必要とするものだったように思う。分厚い壁の内側に新しい人生を築いていくためには、どうしても今まで通りの自分だけではやっていくことができなかった。自分は自分のためだけにあり、自分の持つものは何もかも、時間も自由も怒りも喜びもすべて自分だけのものだという生き方は変えなければいけなかった。その時には、自分がやろうとしていることがどれだけの熱心さを必要とするかよく分かっていなかったけれど、それでも、自分が今まで持っていたいろいろなものをこれからは置いてゆかなければならないことは分かっていた。分かっていた、というよりも"Brooklyn"から私はそのことを教わっていたのかもしれない。ひとりきりのジェシの声と寂しさと決意の入り混じったようなピアノの音を耳にするたびにそう感じていたから。ジェシはこの曲を「足を踏み出すということについての歌」だと言っている。そして雪のたくさん降った2月までに既に私は自分が大切か大切でないかよく分からなかったものまで含めてたくさんのものを捨て、もう取りに戻ることのできないところに残してきてしまったのです。

後にしてきたもののこともさっぱりとは忘れられない。ブルックリンへと移っていった女は、橋の向こうにいる男のことを時には思い出しながら生きているのだろうし、男は変わっていった仲間や去っていった女のことを歌っている。時々、"Brooklyn"を冷たい床に立って聴いていた頃と今の距離が掴めなくなることがある。それで混乱してしまって、自分がなろうとしている自分が何なのか分からなくなってしまったりもする。でも気が付けば今はもう2016年。私は何もかもが自分のものではないという状況のなかでたぶん、再び自分を作りつつある。これからの1年間で何もかもが自分のものではないということの意味をもっとちゃんと私自身が理解して、それを今よりも前向きに受け留められるようになれますように。

Bruce Springsteen "Tenth Avenue Freeze-out"

March 06 [Fri], 2015, 13:22
涙が街の地を打つ
お楽しみを求めてうろつくバッド・スクーター
誰も彼もいかした様子で歩いているのに
俺は身動きもできない
みんな脇へどいた方がいいぜ
俺は嫌われ者で
すっかり追い詰められているんだ

10番街は俺を入れてくれない
10番街は俺なんてお断り

俺はワイルドな無法地帯で立ち往生
熱気を残らず吸い込もうとして
夜の闇が訪れ、歩道だけが明るく
立ち並ぶ活き活きとした生の明かりに照らされるまで
安普請のアパートからはトランジスタラジオが大音量で響く
でも角を曲がれば途端に静けさがやってくる
俺は締め出しをくらった10番街へ足を踏み入れた
凍てついた10番街に

俺はひとりきりさ、まったくのひとりきり
<キッド、状況をしっかり把握しろよ>
ひとりぼっちさ、誰もいない
そして家に帰ることも叶わない

アップタウンにあの変化が起き
ビッグ・マンがバンドに加わった
すると沿岸部から街までどこへ行っても
美人が手を振ってくれる
ゆったり座って笑ってやるさ
スクーターとビッグ・マンがこの街を真二つにする時には

10番街からの締め出し
俺が話しているのは
ほかでもない
凍てついた10番街のこと
俺を仲間に入れようとしない10番街
10番街は俺のことはお断りだって

ENGLISH


縁があって、アズベリー・パークに滞在しています。3月に入ったというのに、こちらの容赦のない冬はなかなか終わる気配がなく、今日は朝から夕方まで雪が降り続き、表に停まった黒いセダンがみるみる雪に埋もれていくのをキッチンの窓から眺めているような1日でした。することがない訳ではないけれど、久しぶりに文章を書いてみる気になり、静かな雪の夜にこうしてパソコンの前に座っています。それというのも、今日取り上げた "Tenth Avenue Freeze-out(凍てついた十番街)"について、なにか書かずにはいられないような素晴らしい出来事があったからです。

アズベリー・パークに着いた日、いつも通り(そしてたぶん、多くのブルース・スプリングスティーンのファンがそうするように)、海沿いまで出てひととおりコンヴェンション・ホールからカジノの廃墟まで歩きながら、巡礼の気分に浸っていた時のことです。ワンダー・バーやストーン・ポニーに特別な(神聖なと言ってもいい)気持ちで近づき、表に張り出してあるフライヤーをじっくりと見ていると、ストーン・ポニーの2月のスケジュールの終わりに、「サウスサイド・ジョニー&ジ・アズベリー・ジュークス」と書かれているのを見つけました。サウスサイド・ジョニーとジュークスと、そしてストーン・ポニー!私は決してハードコアなサウスサイド・ジョニーのファンではないし、どちらかというとブルースが大好きで、その縁で出会ったような彼にとっては理想的とはいえないリスナーだけれども、それでもこの3つの組み合わせは心躍らずにはいられないものでした。サウスサイド・ジョニーのことは、プア・フールズという別のバンドとの演奏をティム・マクルーンズ・サッパー・クラブというアズベリー・パークのなかでも割にファンシーな場所で観たことがあったけれど、それとこれとはまったく大違いです。いろいろな意味で歴史の深さがまるで違っている。ジュークスの演奏は、2月27日(金)と28日(土)の2日間。そして、2日目は、「Music of Bruce Springsteen」と題された、ブルースの曲を演奏する夜となっていました。

アズベリー・パークとサウスサイド・ジョニーという組み合わせは私でも観たことがあるくらいだから、決して珍しくはありません。今年の独立記念日の頃にもまたコンサートが予定されているし、この町とジョニー自身がお互いの存在を支え合っているような関係にもあるように思えます。けれども、そのジョニーがジュークスと共に、ストーン・ポニーでブルースの曲を演奏するとなるとこれは大事件です。ジョニー自身が語っているように、若い頃であれば彼だって決してやろうとはしなかった試みであること、そして、ブルース自身が現れるのでは、という期待が否応なく多くの人の胸に膨らんだからです。私が探した時には、金曜日のチケットはまだ手に入ったけれど、土曜日のチケットは500ドルから900ドルくらいまでの値段でオンラインの転売サイトに出ていました。

それでも、サウスサイド・ジョニーとジュークスとストーン・ポニーという組み合わせは特別なので金曜日のチケットだってとても幸せな気持ちで買いました。土曜日に対して、金曜日のショウの位置づけは、ジュークスのレアな曲を演奏するというもので、私はジュークスはあまり詳しくないので、きっと知らない曲が多いだろうと思ったけれど、全然構わなかった。

ストーン・ポニーが1974年2月にオープンした時、経営は全然うまくいかず、大雪のせいで初日の売り上げは1ドルだったとも言われています。もう年が越えられるかどうかも分からないくらい、地を這うようにがんばっていた店でその年の12月に初めてのハウスバンドがストーン・ポニーでの演奏を始め、彼らのおかげでお店はいちどに集客を増やすようになった。その最初のハウスバンド、ブラックベリー・ブーズ・バンドのメンバーのひとりが、サウスサイド・ジョニーでした。彼はその後もずっとこのエリアに留まって、80年代に町が荒廃していくのも90年代に遂にストーン・ポニーがいちど閉鎖になるのも目にしてきた人です。私は2000年代に入ってアズベリー・パークが少しずつ活気を取り戻してきて暫くしてから初めて町を訪れたので、まるで昔からずっと変わらずにストーン・ポニーもサウスサイド・ジョニーもいるような気がしてしまいそうだけれど、変わらずにいるということはそんなにも容易ではない。そして、変わらないと思っているのは気楽な余所者だけで、たくさんのことが少しずつ、着実に変わっている。サウスサイド・ジョニーがブルースの曲ばかり演奏しても良いと思うようになるのと同じように。

だから、知らない曲ばかりでも、彼とジュークスがストーン・ポニーのステージに立っているのを観るのは本当に特別な経験でした。始まりの時間が9時だと知らずに、早々と7時に来ていた私はいちばん前の端っこに立っていたので、目の前にはトロンボーンとトランペットとサキソフォンのホーンセクションがいて、マイクを通さなくても音が聴こえそうなくらいでした。ジョニーはずっと横顔ばかりが見えていたけれど、笑った時の目じりの皴が本当に素敵で最高にチャーミングで、そして格好良かった。66歳だなんて、なかなか信じられないくらいに。"The Fever""Cover Me"やほんのちょっとだけの"Talk to Me," "Where the Bands Are"もあったけれど、ブルースの曲は期待していなかったから、嬉しい驚きでした。

でも、何よりも驚き、また胸を打たれたのがその日のアンコールの最後にまったく予想外に演奏された"Tenth Avenue Freeze-out"です。『Born to Run(明日なき暴走)』(1975)に収められたブルースとEストリート・バンドの自伝的作品とも言われる1曲ですが、きっとその歴史を目の当たりにしていたサウスサイド・ジョニーが、アズベリー・ジュークスとストーン・ポニーで演奏しているのを聴いていると、本当に心を動かされました。クラレンス・クレモンズダニー・フェデリシの精や今の私と同じくらいの頃のブルースやジョニーやスティーヴ・ヴァン・ザントの姿が見えそうな気がした。そして、この小さいけれど特別な町の熱気に満ちた歴史の最後に私もほんの一瞬でも属しているのだと思うと、この上もなく幸運な気がしたのです。ジョニーの歌う"Tenth Avenue Freeze-out"を聴いていると、想像するしかない過去が目の前に見えるようでした。そして、その頃のことがジョニーの胸のなかでどのように思い出されているかを思うと、胸がいっぱいになりました。

Bruce Springsteen "My Love Will Not Let You Down"

October 14 [Tue], 2014, 17:12
夜、布団へ入っても眠れないんだ
頭を駆け巡る考えがあって気になって仕方ない
静けさのなか 自分自身の心臓の音が聞こえる
時は知らないうちにどんどん過ぎていく
身体の奥深くに時限爆弾を抱えているみたいさ
言いたいことを君に伝えなければ
ずっと君を探してるんだよ、ダーリン
どこへ行っても探してるんだ
遂に君を見つけ出した暁には
君が知るべきことはたったひとつだけ
俺の愛は君を裏切らないってこと
俺の愛は君をがっかりさせたりしない

夜、ロマンスを求めて通りをうろつく
だけどいつも半分トランス状態になってつまずくのがおち
初めて会う人の目を見てつながりを得ようとするけれど
連中はあまりに多くの過ぎ去っていった夢から身を守るのに必死
部屋の向こうから音ひとつ立てずに俺を見ている君が見えるから
人を押し分けて君の方へ行こう
君の壁をみんな壊してなくしてあげる
俺の愛は君を裏切らないからさ
俺の愛は君をがっかりさせたりしない

いいかい、じっとしているんだよ、ダーリン
頼むから動かないで
怯むことなくできる約束があるんだ
俺の愛は君を裏切らない
俺の愛は君をがっかりさせたりしないよ

ENGLISH


すっかりこちらで文章を書くことから遠ざかってしまいました。その理由について、書こうか書くまいか、暫くのあいだ考えていたのだけれど、間が空いてしまったことのリハビリも兼ねて、簡単に書くのが良いかもしれないと思い、こうしてパソコンの前にいます。書かない時間が長くなると、どんどん書くことを難しく考えるようになってしまったり、テーマ選びに苦心するようになるので、書けることを書こうと思った次第です。

ただ、文章を書くことから離れた理由はとてもシンプルで、生活に大きな変化があったからです。長いあいだ、自分ひとりで好きなことができる生活を続けていたので、その変化についていくのがやっとという状態が今に至るまでずっと続いている、というのがいちばんの理由です。けれども、その大変化の経験は苦しいものではなく、反対にとても良いものでした。どれくらい良いことか、そしてどれくらいの一大事だったかというと、15歳のとき、初めてブルース・スプリングスティーンをテレビで観たときと同じくらいすごい出来事でした。

今回の大変化をもたらす最初のきっかけがあった時、私はそれが人生を変える出来事だということや掴むべきチャンスであるということがすぐに分かりました。今まで経験してきたこととは違うなにか、特別ななにかがあるという感覚。そして雷に打たれるような感覚。それは一生にいちどあるかないかだと思っていた、ブルースを初めてテレビで観たときと同じ感覚だったのです。ある人はそれを聞いて、「でもブルースは一方的に(私が)入れ込んでいるに過ぎないけれど、今回の場合は現実ではないか」と言ったけれど、そういう問題じゃないのです。これは、あくまでも感覚の問題なのだから。そして、もうひとつは覚悟の問題でもありました。自分自身がその出来事を、そしてこれからの変化を抱きとめる覚悟を決めるか否か。確かにブルースに出会ったときは、まだ15歳だったので何でもできると思ったし、これほどまでに人生の決定要因として効いてくるとは思わなかったところもあるけれど、その後にも逃げ道を選ぶことはできたのに選ばなかった。だから今回も、私がこの感覚に背を向けず、この出来事をしっかり受け留めれば、ブルースのときのように幸福なターニングポイントになるだろうという確信を持つことができたのでした。もちろん、実際にはそんなにも簡単な話ではなくて、強力に背中を押してくれる人がいたからこその決断だったし、道を決めてからも不安になることもありました。でも、もう後戻りすることもない。

この出来事があって、ブルースには一層感謝するようになりました。ブルースに出会っていて、本当に良かったと思いました。今回取り上げた"My Love Will Not Let You Down"は、もともと『Born in the U.S.A.』(1984)のアウトテイクとしてレコーディングされたものでしたが、『Tracks』(1998)まで日の目を見ることのなかった作品です。けれども、1999年からのリユニオン・ツアーでは何度も登場し、『Live in New York City』(2001)では、1曲目という重要な位置を占めています。一見、ラブソングのようなこの曲は、たぶんこのツアーではブルースの決意表明のような役割を果たしたのだと思います。ここで歌われているのは、ロックミュージックに対するブルースのまっすぐな愛情と、それによって何ができるかということ、何を約束するのか、ということではないかと思うのです。そして今回の記事は、書き終えてみると、文章を書くことから離れていた理由というよりは、私のブルースに対する愛情と、それがあったからこそ可能になった今回の大きな変化をこれから大切に抱えていくことの決意を表明したものになりました。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:asbury
  • アイコン画像 職業:大学生・大学院生
  • アイコン画像 趣味:
    ・音楽-ロックミュージック
    ・読書-小説
    ・映画
読者になる
音楽や広くアートや社会科学に関わる英語の文章(記事、エッセイ、物語など)の日本語翻訳のご依頼を承ります。ご要望の方はこちらのメールアドレスまでご連絡をお願いします: deer_and_penguin*yahoo.co.jp (*を@に変えるとメールアドレスになります。)
2016年08月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
最新コメント
アイコン画像かつお
» Bruce Springsteen, Born to Run: Foreword (2016年10月07日)
アイコン画像かつお
» Bruce Springsteen, Born to Run: Foreword (2016年10月07日)
アイコン画像asbury
» Bruce Springsteen "The Ties That Bind" (2016年09月05日)
アイコン画像asbury
» Bruce Springsteen, Born to Run: Foreword (2016年09月05日)
アイコン画像場所が狭いことの例え
» Bruce Springsteen "The Ties That Bind" (2016年08月29日)
アイコン画像kantenbou
» Bruce Springsteen, Born to Run: Foreword (2016年08月18日)
アイコン画像asbury
» Stereophonics "White Lies" (2016年08月16日)
アイコン画像asbury
» Stereophonics "Dakota" (2016年08月16日)
アイコン画像かいたく
» Stereophonics "White Lies" (2016年08月15日)
アイコン画像かいたく
» Stereophonics "White Lies" (2016年08月15日)
Yapme!一覧
読者になる
P R
メールフォーム

TITLE


MESSAGE