ダメ教師(1) 市立・遠井野小学校 

2010年07月20日(火) 20時40分
―…3月の半ばを過ぎたというのに、この寒さはどうしたものか。
猛烈な風に乗った吹雪が全身を襲う。
真新しいトレンチコートの襟を手繰り寄せて、俺はゆっくりと息を吐いた。
新調したスーツの足元は、水を含んで重く冷たい。
防水加工を施した皮靴も、長時間溶けだした雪水にさらされたせいで、靴下をじんわりと濡らしている。
(こんなことなら、長靴をはいてくるんだった。)
短く舌打ちをして、歩みを早める。目的地は、もうすぐのはずだ。


『遠井野市立 遠井野小学校』
冗談みたいな名前だが、
正真正銘、これがこれから俺が勤務する小学校の名だ。


△△県、遠井野市。
人口7万人、主要産業は農業。
日本海に面した小さな市で、旧来の村や町との合併を繰り返して今の規模に至る。
かつては城下町として栄えた土地らしいが、今はその面影はなく、
若年層の近隣都市への流出に歯止めをかけられずにいる。
役所は、かつての風情ある城下町の街並みを再現することで、町おこしを図っているが、
躍起になっているのは役人ばかりで、正直あまり軌道には乗っていないようである。


…緩やかな坂道を登りきると、吹雪に交じって潮の匂いが感じられるようになった。
この時期の日本海は荒れる。連日の大シケで、漁師はまともに船を出せていないらしい。
漁がないときの漁師についてくだらない妄想をしているうちに、
吹雪の中からコンクリートの大きな建物が姿を現した。

大層立派な門扉なのだろうが、今は雪に覆われてその姿を認めることは難しい。
校門をくぐる前に、もう一度、深く深呼吸をする。
冷たい空気が肺を満たす。
柄にもなく緊張しているのか、それともこの寒さゆえか、体が小刻みに震えているのに気づく。

「…まぁ、受かっちゃったしな」

半ばあきらめたような足取りで、校門をくぐる。
玄関に面した教務室の窓の向こうで、こちらに気づいたおばさんが、何か言いながら奥に消えていった。



遠井野市立 遠井野小学校。
ここから、俺の教師人生が始まる。


…じんわりと、足元が冷たい。


プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:As-fault
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 血液型:B型
  • アイコン画像 職業:教員
読者になる
2010年07月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる