月日は百代の過客にして… 

September 11 [Tue], 2007, 12:28
 いざ出発!

 僕のあこがれ、松尾芭蕉。俳句の才能…ではなくて、旅の趣に。

 今は昔、僕が大学4年生になる春のこと、念願の自動車免許を取りました。それまでの僕の行動はもっぱら自転車だったので、まるで世界が変わったかのようでした。今でこそ大型、けん引、大型特殊、大型二輪などの免許を持つ、自称「プロドライバー」ですが、当時はただただ車に乗れるだけで嬉しくて…。

 そんなある日、気付きました。「やばい、このままでは車に頼る現代人になってしまう(もちろん僕は古代人ではない)!」そこで、とにかく趣味の一環として「歩く」ことを始めました。

 ただ歩くだけじゃつまんない。よし、松尾芭蕉のように旅をしよう。とは思ったものの、仙人ではないので僕にも仕事があります。何年も世を捨てて旅に出られるわけではありません。そこで…

 歩けるところまで歩いて、その度に電車で戻って来よう。そして次の機会には、前回の到着地点から歩き始めよう。そうすれば現代版「奥の細道」ができる。つぎはぎだけど…。

 この企画は意外にも長続きし、今現在でも続いています。このブログでは、その行程を「つれづれ旅日記」としてご紹介していきます。回によっては長い距離を歩いた回もありますが、これを読んで、「ぜひこの区間を一度歩いてみたいなぁ」と思ってくれる人がいたら、とても嬉しいです。

 僕は何を隠そうパソコンが苦手です。だから更新はゆっくりになってしまうかもしれませんが、ご意見・ご感想なども是非お寄せ下さい。

 では次回、名古屋市昭和区伊勝町の当時の下宿を出発した、第1回の旅から紹介し始めます。お楽しみにぃ〜。

 *平成の大合併により新市町村が次々登場していますが、この旅日記では旅をした当時の市町村名のまま掲載しています。ご了承下さい。

満腹な名古屋の午後 

September 11 [Tue], 2007, 17:30
第1回 平成10年4月11日 晴れ

   伊勝(愛知県名古屋市昭和区)→高畑(愛知県名古屋市中川区)
          3時間0分  11.3km

 大学時代の下宿があったのは名古屋市昭和区伊勝町(いかつちょう)。近くに四谷通、名古屋大学、南山大学などが密集していますが、その裏手にあたるこの町は緑の多いのどかな所です。

 記念すべき「僕の細道」第一歩はここから始まりました。下宿を出てすぐ隣に伊勝八幡宮という小さな神社があります。その横の一方通行の道を下っていくと、僕の行きつけのお好み焼き屋さん「いかつ」があります(今でもあるのかな)。安くてボリューム満点。この日もここで昼食をとり、満腹状態で出発しました。

 しかし…満腹状態だと歩いてても眠い。しかもこの日は穏やかな天候(少し汗ばむくらい)。ただただ「ぼ〜っ」と歩いていました。名古屋市内だから、空気もきれいというわけではないし、騒音もあるし、車も多いし、でも歩道がしっかりしているということはウォーキング人間にとっては嬉しい限りです。この後何千キロという距離を歩く事になるのですが、歩道の整備されていない道の多いこと多いこと…。

 金山駅を過ぎると、都心から離れ始めていることに気付きます。名古屋市西部の八熊通(やぐまどおり)交差点を過ぎるといよいよ郊外へ向かっている感じがします。この交差点から南へ少し向かうと、僕が大学1年生の頃バイトしていた塾があります。地下鉄の「六番町」駅あたりです。教育者としての第一歩を踏み出した所ということでしょうか。そういえばそこの講師で僕と同い年のN君という青年(風貌・風格は40歳過ぎでしたが…)がいましたが、今は何しているのかなぁ〜。

 八熊通から西進すると交通量は徐々に少なくなります(とはいってもまだ片側2車線道路です)。松葉公園という少し大きめの公園で少年ソフトボール大会が行われていたので、30分ばかり休憩も兼ねて見物していきました。気ままな旅はこういった一期一会がいいですね。

 さらにもう少し進むと、地下鉄東山線の高畑駅に到着します。夕方近くなってきたので、今回は高畑駅を終着としました。余談ですが、高畑にもかつて勤めていた塾があります。

 帰りは高畑駅から本山駅まで地下鉄で帰って来たのですが、歩くと3時間もかかる距離も電車だとたった20分ということを知りました。現代の乗り物のすごさを実感するとともに、「歩く」という時間の中身の濃さにも感動し、この後さらにウォーキングにはまっていくのでした。

 次回は高畑駅を出発し、名古屋市を後にして佐屋へ向かいます。

冬の散歩道 

September 12 [Wed], 2007, 16:34
第2回 平成10年12月9日 晴れ

   高畑(愛知県名古屋市中川区)→佐屋(愛知県海部郡佐屋町)
          14.7km  3時間50分

 前回の歩行から半年以上、卒業論文製作のため、ウォーキングから遠ざかっていました。「遠ざかる」というより、まだ1回しか歩いていないのだから「立ち消えになりかけた」と言った方がいいかも知れません。

 卒論のメドもつき、再びウォーキングに出ることになりました。出発点は4月に歩き着いた高畑駅。とても懐かしい感じがして、歩き始めました。朝の6時10分。かなり寒い。

 高畑駅から西へ向かうといよいよ都会らしさが消えてきます。伏屋橋を渡るとはるか遠くに養老山脈が見えてきます。それにしても冬の朝の空気は冷たいけれど、本当にきれいだ!

 しばらく歩くと…すごい空腹。そう言えば朝ご飯食べてないや。ということで道端の喫茶店に入りモーニングを食べようということに。しかし…。

 ひどい。名古屋のモーニングは素晴らしい、と聞いていたのに、トースト1枚だけ。しかも一見の客だからか、店員の態度も悪い悪い!おしぼり投げつけて帰ってやろうかと思ったくらいでしたよ。怒りをこめて店の名前を書きたいのですが、残念ながら忘れてしまいました。まぁどうせあんな店、もうつぶれている事でしょう!

 とりあえず空腹はおさまり、さらに歩を進めるといよいよ名古屋市を出て蟹江町に入ります。意外に都市だ。学戸交差点で西尾張環状道を横切ると、さらに田園風景が広がり始め、佐屋町に入ります。なんか突然違う空間に来たような、田園風景。

 今でこそ田園風景やら山の風景やら見慣れてますが、この時は初めて歩く田舎道にただただ感動でした。つきあたりの交差点にはJR関西本線の永和駅がありますが、そのさびれ具合(もちろんいい意味でですよ)が最高!当時はまだ「さびれた(いや趣のある)駅」に興味をもっていなかったので素通りでしたが、今なら絶対立ち寄っていたでしょう。

 さらに一本道をひたすら進むと段々と眼前の養老山脈が近づいてくるのが実感できます。雪をかぶった養老山脈は幻想的以外の何物でもありませんよ。

 しかしこの辺りから足に痛みが出始めました。朝早くから歩いたので「今日はどこまで行けるか試してみよう。限界はどのくらいだろう」と思っていたので、意外に早く訪れた限界点に残念な気持ちでいっぱいでした。

 そしてこの時決意しました。少しずつでも距離を増やせるよう足を鍛えていこう、と。

 へとへとになって佐屋駅に到着し、愛知県脱出は次回の旅へ持ち越しとなりました。次回は木曽三川を越えて隣県に入ります。

卒論からの解放 

September 13 [Thu], 2007, 21:18
第3回 平成11年1月10日 晴れ

佐屋(愛知県海部郡佐屋町)→美濃山崎(岐阜県海津郡南濃町)
          15.1q  4時間20分

 卒論提出から2日。開放感満点。最高の気分でウォーキングに乗り出しました。

 とは言っても出発は午後1時20分。軽く昼食をとってからのスタートとなりました。

 名鉄佐屋駅にある駐車場(当時1日500円)に車をとめ、歩き始め。この日は一面の雪景色で、とてもキレイ。国道155号線を横切るとすぐに目の前に大きな橋が現れます。

 余談ですが橋は嫌いです。高所恐怖症なので…。高所恐怖症でない人は「何がこわいの?」と言うかもしれませんが、とにかく怖い。「この橋が今崩れ落ちたら…」とかそういうことを考えてしまうのです。今でもそうです。

 コースに戻ると、最初に渡るのは木曽川。橋は立田大橋と言います。歩いてみて初めて知ったことだけれど、橋の上は凍りやすいんですね。歩道がすべるすべる。しかも坂になっているから、非常に危険です。

 でもとても気持ちいい。橋を歩いて渡る人はほとんどいないから、大声で歌いながら橋を渡りました。単に高い所を歩いているという恐怖感を忘れるために歌っていたのかもしれませんが…。ちなみにこの時歌っていた曲は、石原裕次郎「わが人生に悔いなし」…。

 木曽川を渡り終えると引き続いて長良川を渡ります。こちらは長良川大橋。景色はほとんど変わらず。でも橋の上というのは視界が開けているので飽きませんね。下を見るのは怖いので、かなり間近にせまってきた養老山脈をずっと見てました。この川を渡ると岐阜県海津郡海津町に入ります。

 この長良川と次に渡る揖斐川との間には木曽三川公園があります。ちょっとここで一休み。ウォーキングの大変な所の1つは、疲れて休憩をとり過ぎると逆に歩けなくなってしまうことです。10分くらいゆっくりした後、また歩き出しました。

 次は揖斐川。この橋は油島大橋と言います。そしてなんと岐阜県に入ったばかりだと思ったら、この橋を渡り終わると三重県に入ってしまいます。ここら辺りは3県の県境にあたる所なんですね。左前方には多度大社の大きな鳥居も見えています。ここは三重県桑名郡多度町。

 ちなみに1回のウォーキングで3つの県をまたいだのは、後にも先にもこの回だけです。僕だけかもしれませんが、県境をまたぐ時ってなんかワクワクしますね。

 国道に出て柚井交差点を右折。高架になっていて歩道もなく危険なので、小さなわき道に入りました。すぐに再び岐阜県へ。海津郡南濃町です。

 養老山脈を左手に見ながら長い長い国道258号線をひたすら歩き続けました。いよいよ疲れ始めてきましたが、この国道はとても静かで雰囲気がいい。途中右手にあった小さなゲームセンターでラーメンを食べ、そのままゲームにはまっているといつの間にか外は真っ暗。急いで歩き始めましたが、途中から歩道がなくなりものすごく怖かったです。暗くなってからの歩行は慎むべきだと悟りました。

 右手に駅の明かりが見えてきて、今回の終着地に着きました。近鉄養老線の美濃山崎駅。養老の滝からの清水でおいしいお酒が作られることで有名な土地です。清酒「やまざき」という銘柄(だったかな!?)、皆さんも聞いたことありますよね。

 さてこの日は車へ戻るにも一苦労でした。美濃山崎駅から車を置いた佐屋駅までは電車が通っていないため、近鉄でいったん桑名駅へ。そこからJRで弥富駅へ行き、再び名鉄弥富線で佐屋駅まで戻りました。たった数kmのために3つもの路線には乗るし、3つの県をまたいで歩くし、第3回目にしてなかなか心に残る一日でした。

 次回は一気に20kmの壁を越えて関ケ原まで到着します。

20kmの壁 

September 14 [Fri], 2007, 11:33
第4回 平成11年1月17日 晴れ

   美濃山崎(岐阜県海津郡南濃町)→関ヶ原(岐阜県不破郡関ヶ原町)
          26.9km  6時間10分

 過去3回のウォーキングからおぼろに感じていること。

 「20kmの壁」ってあるのかなぁ。いつも12〜13kmを越えるあたりから足が痛くなるんだよなぁ。

 今回はちょっと頑張ってみようと思い立ち、目標到着地を関ヶ原に設定しました。いつも(当然のことながら)歩く前に事前調査を車でします。距離はもちろん、果てしなく危険な箇所(例えば歩道のない長いトンネルなど)まで調べます。今回の下見では、途中の養老駅まで約13km、関ヶ原まで行くとその倍くらい、と分かっていましたが、さらに養老駅から関ヶ原駅までの間には駅がないということも分かっていました。つまりもし養老駅を越えてからドロップアウトしようと思っても不可能ということです。

 ま、でもバス停はあるし、その時はその時だ、と決意。心の中では関ヶ原を目指し、車は近鉄養老線沿いの駅ではなく、関ヶ原駅の所属する東海道本線との接続駅である大垣駅に置きました。

 大垣駅から電車に揺られ美濃山崎駅へ。朝10時前後ということもあり、車内はガラガラで、濃尾平野をじっくり見渡しながら、ちょっとした旅気分!これから20km以上歩くんだ、という不安を少しでも忘れようとしていたのかもしれません。

 さて今回はずっと養老山脈を左手に見ながら進むことになります。しかし、あまりにも近すぎてその姿はほとんど見えません。ただただ左側に景色が開けないだけです。羽根谷では左手に「さぼう遊学館」というのがあるようでしたが、今回は立ち寄りませんでした。こういった資料館・博物館めぐりは結構好きなんですが、当たり外れが大きいですよね。

 駒野交差点で道は分かれます。直進は大垣へ、左折は県道に入り関ヶ原へ。今回は下見通り左折をして関ヶ原へ向かいました。

 あいかわらず左手には養老山脈、右手には濃尾平野。途中津屋にて、右折してわき道に入りました。茂みの奥には近鉄の美濃津屋駅。ここは周囲に人家もあるので「秘境駅」とは言いがたいですが、なかなか味のある駅です。興味ある人は是非訪ねてみて下さい。

 その先にはいよいよ養老町への境界があります。南濃町に別れを告げ、養老町へ一歩入った所が、歩き始めからの50kmポストになりました。この50kmポストは、ウォーキングの後に車で実測して量っているので、かなり正確なはずです。

 養老町に入るとすぐ、上多度小学校という学校があります。そう言えば南濃町にも下多度小学校というのがあり、これらは前回歩いた三重県の多度と関係があるのかなぁ、とゆっくり歩いていると本当にいろんなことを考える「時間的余裕」がありますね。思索には最高です!

 やっとのことで近鉄養老駅へ。観光地とはいってもあまり大きくはない駅です。しかしさすがにタクシーはちゃんと常駐しています。

 足はまだまだ大丈夫!ここを過ぎるといよいよ駅は関ヶ原までありません。歩ききるしかないのです

 比較的大きな県道に出るとまた民家は見えなくなり、田園が広がります。そして道端にポツンと、精肉工場。「飛騨牛養老ミ〜〜ト」のCMでおなじみの養老ミートです。こんな田舎道にあったんですね。

 さらに養老山脈が途切れると(ここは養老山脈の北端)、今まで隠れていた真っ白な伊吹山が遠く前方に見えました。なんか感動。

 やばい、足が疲れてきた、と思い始めたのは広瀬橋で牧田川を渡る頃。ここから養老郡上石津町に入ります。標識によれば「関ヶ原まであと6q」。頑張れあと1時間半。でも足は限界近し。果たしてたどり着けるのか!?

 まぁこうやって旅行記書いてるんだから到着できた(午後4時到着)のですが、やはり疲れは2〜3日抜けませんでした。でも結局またすぐに旅の続きをしたくなるんですけどね。

 関ヶ原駅からJRで大垣駅の車まで戻りましたが、足がパンパンで大垣駅の跨線橋の階段を上るのに一苦労でした…。でも本当に心地よい疲れってあるんですね。結局「20kmの壁」なんてありませんでした。どんな事でも自分から壁を作ってはだめですね。勉強になりました。

 次回は関ヶ原から西進し、再び県境を越えて滋賀県に入ります。

チカンの出る町!? 

September 15 [Sat], 2007, 11:26
第5回 平成11年1月23日 晴れ

   関ヶ原(岐阜県不破郡関ヶ原町)→醒ヶ井(滋賀県坂田郡米原町)
          14.1km   3時間0分

 足を傷めた前回の大旅行から1週間も経たないうちに、早くも旅の虫がうずいてきました。この頃は大学の卒業も決まり、また4月からの就職も決まっていたので、気分的に生涯で一番気楽だった頃かもしれません。

 関ヶ原から国道21号線を西へ進みます。実は関ヶ原から北上して木之本の方へ向かう計画もあったのですが「道に歩道がない」「駅がない」などの理由で、旧中山道に沿って西へ向かうことになりました。

 国道21号線と言えば、岐阜市内を東西に走る幹線で、バイパス化もされており、交通量の多い国道というイメージがありますが、大垣市以西はめっきり狭くなり、趣のある国道になります。関ヶ原の合戦の際に傷付いた兵士達が血を洗ったことから命名された黒血川を渡る辺りは、正に秘境の一歩手前。夜にはきっと合戦で命を落とした兵士の亡霊たちがさまよっていることでしょう…。

 旧中山道は今須宿に入ります。国道21号線から左側にわき道が分かれ、せっかくなのでこちらを歩いてみました。今では非常に小さな町(というより集落)ですが、中学校や郵便局もあり、なんだか人間のにおいにホッとしました。

 さてこのわき道は、今須宿を過ぎると国道21号線を渡り、(こちらから向かうと)右側を歩きます。線路も渡り、今までよりさらに寂しい集落が続きます。ここは岐阜県と滋賀県の県境になります。

 岐阜県と滋賀県との県境は、愛知県と岐阜県、愛知県と静岡県との県境とは少し違い、あまり大々的には表示されていません。JRの東海道本線も、岐阜県と滋賀県との県境にあたる大垣〜米原間は、他の区間に比べて異常に運行本数が少なくなっています

 これは岐阜県と滋賀県の県境がただの「県境」ではなく、中部圏と関西圏との「圏境」にもなっており、人や物の行き来が非常に少ないことに原因があります。越県(越圏)通勤や通学、通院なんてなかなかありませんからね。

 しかもこの旧中山道沿いにおける岐阜県と滋賀県の県境には大きな山も川もなく、小さな側溝のようなものがあるだけです。歩いていても知らないうちに県をまたいでしまうくらい。道端の説明書きによれば、隣人同士が隣県の県民だったりするそうです。夜寝ながらにして隣県の人(隣人)と話ができる、そんな所からこの辺りは「寝物語の里」と呼ばれているそうです。何だか色っぽい、素敵な名前ですよね。

 寝物語の里を過ぎると、民家はまったく見えなくなり、線路の右側をとぼとぼと寂しく歩くことになります。次の町(集落)までそんなに遠くはないのですが、ここはかなり薄暗くて昼間でもちょっと怖い。ふと、道端の看板を見ると「あなたの後ろにチカンがいます!」

 まぁただの呼びかけ的警告看板なのでしょうが、男としては自分がチカン扱いされているようで、ちょっとムカッときますね。

 次の集落はJR東海道本線の柏原駅の周りに発達しています。この駅は滋賀県に入って最初の駅になります。それほど大きな集落でもないので、またすぐに寂しい一本道に逆戻りです。しかも今度は東海道本線の線路も山の向こうに周ってしまい(山向こうに「近江長岡」という駅があります)、本当の一人ぼっち。

 すると…。またもやさっきと同じ内容のチカンの看板が…。何か本当に濡れ衣を着せられた感覚になってきました。気分悪い!

 梓河内交差点で再び国道21号線と合流します。この辺りは名神高速道路と併走しているものの、やはり非常にさびれた(趣のある)地域です。

 ほどなく山向こうを走っていた東海道本線も右手から合流し、醒ヶ井駅に到着となりました。朝8時から歩き出したので時刻はまだ11時でしたが、車を関ヶ原駅の近くに路駐してきてしまっていたのも気になったので、今回は醒ヶ井駅を終着地とし、二度もチカン疑惑をかけられた今回の旅は終了となりました。

 今回の日記の最後に一言断っておきますが、僕は断じて違法駐車はしていません。教習所で習ったとおり、道幅、交差点からの距離、駐車時間を考えて、もちろん駐車禁止ではない場所に、すべて合法的に駐車しています。念のため。

 次回は米原から南下して彦根市へ向かいます。

ホットミルクセーキの恋しい季節 

September 18 [Tue], 2007, 12:09
第6回 平成11年2月9日 晴れ

   醒ヶ井(滋賀県坂田郡米原町)→高宮(滋賀県彦根市)
          16.5km   4時間0分

 前回の路駐に自信をつけた僕は、今回も関ヶ原付近の田んぼ道に路駐。繰り返しますが、違法駐車ではありません(前回の日記参照)。

 関ヶ原から電車に乗り、醒ヶ井駅へ。朝7時30分、ウォーキング開始!ところが…。

 道を間違えた!朝早くはやはり頭がボーっとしているんでしょうかね。駅から少し進んだ所にある「醒ヶ井養鱒場」への案内板を見て「へ〜っ。醒ヶ井って鱒を養殖してるんだ。醒ヶ井(さめがい)なのにサメは養殖してないんだぁ…」とか考えていたら、いつの間にかそちらに歩を進めてしまっていました(今回の旅の距離にはその分も含まれています)。

 幸いにも5分程で間違いに気付き、正しいルートへ戻ることができました。

 さて、ほどなく歩くと、樋口交差点に到着します。直進は国道21号線、左折は旧中山道です。本来なら国道を歩いてもいいのですが、以前に車で下見をした時この先の国道8号線との合流点に歩道がなかったので、今回は旧中山道に進むことにしました。

 国道からそれほど離れているわけではないのですが、山間にとても雰囲気のある宿場町があります。中山道の番場宿。街道沿いに「番場」と書かれた大きな道標があります。道は広くかなりしっかりしていますが、国道からこちらに入ってくる車は少なくて、ここもちょっとした「秘境」ですね。中山道沿いにはこういったいい雰囲気の「宿場」が非常に多くあります。下手をすると江戸時代の方が栄えていたのでは…という宿場も多いです。

 このような「雰囲気のいい道」はすぐに終わり、米原高等学校の横を通って再び国道へとぶつかります。すでに国道21号線はなくなり、北陸から合流してきた国道8号線に変わっています。この辺りの米原町(現米原市)は、小さい町ながらも交通の要所です。国道だけでなく、鉄道(旧国鉄)もここで東海道本線と北陸本線が合流(分岐)します。その為、小さな町であるにも関わらず米原には新幹線の駅もあるのです(今のところ滋賀県唯一の新幹線駅です)。現在では米原駅以東がJR東海、以北・以西がJR西日本、とJR会社同士の境界駅にもなっています。おかげでJR東海、JR西日本それぞれの駅長が米原駅には存在します。

 ちなみに駅名は「まいばら」ですが、かつての町名は「まいはら」と濁りませんでした。しかし市町村合併の際に誕生したのは、濁った発音の「まいばらし」でした。なんだかややこしいですね。

 2月の琵琶湖東岸は寒い。ここでホットミルクセーキを2本購入しました。1本は今すぐここで飲む用。もう1本はコートのポケットに入れてカイロ代わり。何を隠そう、僕は無類のミルクセーキ好き。しかも「ポッカ」限定。高校時代、廊下のロッカーには着替えではなくミルクセーキが十数本入っていたくらいです。最近ポッカのミルクセーキを見かけなくなって非常に残念です。誰か見かけたら情報を下さい。

 さてこの辺りにはローカルな「近江鉄道」が走っています。米原駅から近江八幡や貴生川を結んでいます。その近江鉄道の鳥居本(とりいもと)駅から再び旧中山道をゆっくり歩く事ができます。田んぼの真ん中、右手に山、左手には山と名神高速道路というロケーションですが、時折趣のある町並み(民家)も並び、ウォーキングの隠れた適路ではないかと思います。

 僕の家族は毎年1回、滋賀県の多賀大社に参拝しています。名神高速道路を利用しているのですが、米原ジャンクションから彦根インターまでが非常に遠いというイメージがありました。でも歩いてみると意外にアッという間(ちょっと言い過ぎかな)。この旧中山道は彦根インターのランプウェイの正に真下を歩けます。

 そして国道と合流。ここは正法寺町。左折すると多賀大社へ向かいます。

 今回はこの交差点を直進し、さらに旧中山道を進みました。国道を横切ってからは雰囲気もガラリと変わり、人ごみの中に入ってしまいました。それもそのはず、大きなスーパーがありました。旧中山道沿いなのにちょっとがっかり…。

 そのすぐ先に近江鉄道高宮駅がありました。この駅も分岐駅になっており、本線から多賀大社駅へ1区間だけ支線が分岐します。今回はここが終着点となりました。ホームで電車を待ちながら、さっき買ってカイロ代わりにしていたミルクセーキ(もちろんもう冷めていますが)で一息。至福のひと時ですね。

 次回ははじめての雪中歩行で旧中山道を進みます。

バレンタインデーの悲劇 

September 19 [Wed], 2007, 14:53
第7回 平成2月14日 雪

   高宮(滋賀県彦根市)→尼子(滋賀県犬上郡甲良町)
          4.0km   0時間50分

 世間はバレンタインデーだというのに、物好きな(世捨て人な)僕は今日もウォーキング!早朝から勇んで車をとばし、滋賀県入り。ところが…。

 彦根インターを下りた辺りからすごい雪。まさに豪雪。チェーンなしでやって来た「怖いもの知らず野郎」は、それでも高宮駅へ向かう。自分の運転テクニックに自信を持ってる奴ほどタチが悪い、っていうのは本当ですね。周囲の車に迷惑をかけながら、何とか高宮駅までやって来ました。

 道路は一面雪。どこまでが道路で、どこが路肩で、どこからが田んぼなのかまったく分からない!しかもノーマルタイヤの為、一度止まると、走り出すのにタイヤが空転し…。

 「今日は引き返そうか」と弱気になったものの、引き返すにも怖いし、第一せっかくここまで来て引き返すんじゃガソリンがもったいないし

 結局、高宮駅付近の道路の路肩(と思われる所)に車を置き、駅までラッセル歩行(ひざまで雪に沈みながら)、で進みました。決して大げさではないですよ。こんな経験初めてしました。

 とりあえず雪は降ってはいないし、歩き始めました。旧中山道はそれほど雪は積もっていなくて、また木々も頭上をおおっていて、雪はそんなに気になりませんでした。それにしてもこの辺りの中山道は再び趣のあるいい道になってるなぁ。

 が、しかし!

 ここで再び雪がチラチラと。しかもアッという間に暴風雪に。やばい。視界が…。そしてさらにコートに雪がどんどん付着。それが融けて水分となりコートが重くなる…。傘に積もった雪もどんどん重くなる。これ以上は無理だ!

 道は犬上川という川を渡ります。頭に思い浮かぶのは横溝正史の「犬神家の一族」。まぁ恐らくは全然関係ないんでしょうけど、この「犬上川」って名前、なんか多賀大社(神様)と関わりがある名前のような気がしませんか。しない人にはしないでしょうけど…。

 雪は相変わらず激しい。「次の駅でストップしよう」と決意した旧中山道のギリギリ彦根市の場所が、スタートからの100q地点となりました。

 ほどなく左手に近江鉄道「尼子駅」。たった4km。時間にしてもたったの50分。でもこんなに長く感じたのは第7回にして初めてでした。ホームで電車を待つこと40分。やっぱり「ガソリン代がもったいないからって無理するんじゃなかった…」という思いでいっぱいでした。

 電車を待つ間に、ホームで小さな雪だるまを作ってみました。あれってなかなか難しいものなんですね。うまく丸くできない…。

 この日は言うまでもなく、帰るのも大変でした。チェーンのないノーマルタイヤは横滑りしまくり。特に対向車が信号待ちしているところでは、「やば!」って場面が幾度も訪れました。それでも今日歩いた距離を測定するために車で尼子駅に向かいました。まださっき作った雪だるまが残っていました。何だかちょっと寂しげでした

 次回は琵琶湖にもう少し近づき、安土へ向かいます。

浮気を生産! 

September 19 [Wed], 2007, 21:28
第8回 平成11年2月23日 晴れ

   尼子(滋賀県犬上郡甲良町)→安土(滋賀県蒲生郡安土町)
          21.8km   5時間0分

 前回の雪による強制終了がよほど悔しかったのか(他人事ではないけど)、またまた10日も経たないうちに滋賀県へやって来ました。しかも今回はまたまた距離を伸ばすために早朝の出発。まだ暗い冬の朝6時ジャストに尼子駅を出発しました。

 当然といえば当然ですが、前回9日前に作った雪だるま(前回の日記参照)は既になくなっていました。まぁ残ってたら怖いですけどね…。

 暗いうちに歩き始めるってのはいいものですね。夕方日が暮れてからとは違って、「これから明るくなってくるんだ」と思うと、暗さに対する恐怖感もありません。そしてようやく明るくなってきた頃には素直に感動できます。「太陽ばんざい!」って。

 清少納言さんは「春は曙」と言っていましたが、「冬も曙」ですよ!

 これが気ままな旅のいいところなのですが、前回とは進路を変えて旧中山道からは外れてみました。国道8号線を軽く横切り(早朝出発の為、ここでコンビニのおにぎりをほおばる)、琵琶湖方面へ進んでいきました。

 宇曽川という(正直あまり知らない川です)川を渡り、順調に歩を進め…、と思ったら今回もとんだ強敵にぶつかりました。前回の豪雪と同じくらい、いやいやそれ以上かも…と思わせるような強敵。それは…。

 慣れない早朝の運動による体の異常、そうアノ腹痛。これは歩く時にはきつい。一説によると走る時にはこの腹痛ってやつはあまりきつくない(意識から忘れられる)らしいです。本当ですかね!?

 実際にはこんなに余裕な思考ができたわけではなく、必死に公園のトイレを探しました。しかし、公園らしきものすらない。ありそうな雰囲気もない。これはヤバイ。草むら&葉っぱか(きたない内容でスミマセン)!?「旅の恥はかきすて」ってことわざが頭に浮かぶ…。

 神様はいました!道路の脇に工事現場があったのです。そこには何と仮説トイレが!正に「地獄で仏」(今回はことわざ多いなぁ)

 しかも早朝のため、まだ工事のおじさん達もいなかったので、ゆっくり用を済ませませた。もしあの日、あそこで工事をしていなかったら、今ごろ地球の環境は今よりもう少し汚れていたかもしれません。

 そんなこんなで見事強敵を倒した後は再び順調に…いくはずだったのですが、今度は迷子。もちろん見つけたのではなく、僕が迷子になったのです。

 この辺りには愛知川(えちがわ)という川が流れています。もちろん琵琶湖に注ぎ込んでいます。愛知県民は「あいちがわ」と読んでしまいそうな川ですが、まぎれもなく「えちがわ」と読みます。ここら辺りは地名も愛知郡(えちぐん)愛知川町(えちがわちょう)です。

 この愛知川の堤防がこれまた舗装もされていないスーパー悪路。そんな悪路に迷い込んでしまい、左手には愛知川、右手にはヤブという砂利道を延々と歩くことになったのでした。河原に捨てられたゴミを不気味なカラスが突っついているし。これでは誰でも不安が募りますよね…。

 何とかここから脱出するヤブの小径を見つけ、広々とした田んぼ道に出ることができました。しかし何だかどっと疲れた気分。さらに今回は次々と魔物が襲ってくるのです…。

 この地域は琵琶湖に注ぎ込む川の名前がそのまま町名になる事が多いらしく、愛知川町の隣は能登川町と言います。JRに能登川という駅もあり、駅のすぐそばに県立能登川高校があります。せっかくなのでどんな高校なのかのぞいていこうと(結局見た目は非常に平凡な高校でした)そちらの道を歩いてみたのですが…。

 道がない!もちろん崖になって道が切れているわけではないのですが、俗に言う「行き止まり」ってヤツ。JRの線路にぶつかって、そこで道はおしまい。

 今来た道を延々と(600mくらいですが)戻るか、危険を承知で線路を横断するか。2つに1つ。今ならきっと線路をまたぐでしょうが、まだ旅慣れしていなかった当時は、泣く泣く元の道へ引き返しました。往復1.2kmのロス(もちろん歩行距離にはこれも含まれています)!

 能登川駅を過ぎると県道沿いは再び民家が見えなくなります。でも民家がなくなる=歩道がなくなる、ということで歩き旅はわき道への迂回を余儀なくされます。県道脇の田んぼ道をトボトボ歩いていると…!何だあれは!?

 遠くから眺めるだけではただの工場か倉庫。しかし近くからゆっくり眺めると、その壁には何とも理解不能な文字が…。

 「浮気工場

 何度見直しても、やはり「浮気工場」。そうか、ここだったのか。世の中の不仲な夫婦の原因を作り出しているのは。この工場を破壊すれば全世界から浮気が消え去るんだ!だってこの工場で「浮気」は生産されているんだもの…。それにしても一体内部はどうなっているのか…?

 後から調べてみると。この辺りは「浮気(ふけ)」っていう地名だったのですね。浮気地域にある工場だから「浮気工場(ふけこうじょう)」。なーんだ。名前に関する謎は解けたものの、結局この工場で何が作られているのかは未だに不明です。

 この後、安土城考古博物館を見学し、再び腹痛に襲われながらも(さっき仮設トイレで済ませたのにぃ)無事安土駅に到着しました。今回は大変な旅だったなぁ。皆さんも旅行中の便意には気をつけてください

 ところで、安土を舞台にした「幻の舟」っていう阿刀田高の小説をご存知ですか。神秘的でなかなかな小説です。あらすじは書きませんが興味のある人は是非読んでみて下さい。

市街地と田園 

September 21 [Fri], 2007, 11:44
第9回 平成11年3月2日 晴れ

   安土(滋賀県蒲生郡安土町)→守山(滋賀県守山市)
          21.5km   5時間0分

 前々回は雪。前回は腹痛。ここのところあまりスッキリした終わり方をしていないですね。今回こそ納得のいくウォーキングになるといいなぁ。

 今回は安土駅に車をとめ(久しぶりに路駐ではありません)、そのまま歩き始めました。JRの線路に沿って歩き始めたのですが、ここで一つ発見がありました。

 電車が近づくと警報機が鳴り出すのですが(当たり前)、この警報機、地元の名鉄のものと比べて異様に大きな音で鳴り始めるのです。ホントに近所迷惑なんじゃ…って思うくらいに。で、しばらくすると突然音が小さくなるのです。鳴り始めは特に注意を喚起する、ということなんですかね。何にしても突然音が小さくなることの方がビックリしました。聞こえないくらいだもの。

 安土から線路沿いにず~~っと歩いていると、いつの間にか隣の駅、近江八幡に到着していました。本当に近いというイメージです。こちらは安土とはまったく違ってそれなりの都会(駅前だけですが)。大型ショッピング店も並んでいて、車も渋滞。

 でも、やっぱり滋賀県だなぁと思うのは、200mも歩くともう田園風景に戻ってしまうことです。別に滋賀県をバカにしているわけでは決してなくて、ただこんなにも市街地と田園が隣接していることに驚きなのです。名古屋とは違うなぁ、と。

 次に目にするのは日野川。近江八幡駅からずーっと直進すると日野川の堤防にぶち当たります。細い細い堤防へと続く坂を上っていくと…。

 いやー何も無い。もちろん景色はちゃんと存在するわけですが、イメージとしては何も無い。ここでの景色を具体的に書くならば、「見えるもの、川、土手、堤防、空、雲、田んぼ、終わり」って感じです。琵琶湖は残念ながら見えませんが、それにしてもこの辺りに住んでいる人たちは、日がな退屈なんじゃないだろうかと想像してしまいます(余計なお世話ですけどね)。

 日野川を渡ると県道から外れて再び田んぼ道を歩きました。いつまでたっても風景が変わらない田んぼ道って、時には落ち着くし、時には疲労が倍増します。今回はまだまだ前者で、遠くになったJRが走っていくのを眺めながら黙々と歩きました。

 道端には桜の木。もちろんまだ咲いてはいませんが、ほんのりと桜色のつぼみらしきものが…。植物に詳しいわけではないので見間違いかもしれませんが、でも桜の木であることは間違いなかったと思います。そうか、先月は雪に襲われていたのに春が近づいてきているんだなぁ。4月からは僕も社会人か…。

 そうこうしながら今回は特に何事もなく野洲駅を通り過ぎ、野洲川を渡って守山駅まで来てしまいました。このまま進めば大津を経て京都へ向かえます。

 ここで考えました。4月からは豊川で教員生活が始まります。果たして遠くまで歩きに来ている余裕なんかできるのか?先の事を考えたら、ここら辺りから豊川へ引き返し、近場を歩いていた方がいいんじゃないか?京都を歩くのは仕事に慣れてからだってまた来れる。

 という訳で、未知なる社会人生活に向けて、今回のウォーキングは守山駅で終了し、次回から少しずつ愛知県に向けて歩きながら戻っていくことになりました

 守山はれっきとした「市」です。名古屋にある守山は「区」ですので、同名市ということではありません(ちなみに全国に同名の町や村は多数ありますが、同名の市は作ってはいけないことになっています)。旧東海道と旧中山道が合流する地点(栗東)のすぐ近くです。

 名古屋から美濃・近江へ向かう旅はここまで。次回からは東海道を通って豊川市に帰ってくる道中を紹介します。
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趣味が老人っぽいと言われる、愛知の「水戸黄門」です。

今日も諸国漫遊へレッツゴー!
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