全ては自分次第 

2006年09月30日(土) 21時24分
私は色々と荒波の人生を歩んできた
最近まで自分の不幸は自分のせいではなく
環境のせいだと思っていた。

このブログの前回、前々回を読まれた方は
誤解されている方もあるかもしれないが
幸・不幸は自分次第だと思っている。
ただ、子供に不幸をしょわせても意にもしない親に自覚してほしいだけだ。
一人でも多くの子供がそんな親の呪縛から解き放たれて欲しい・・・。

最近、ある会話を耳にした。
「人生は、誰が決める?」
問われた思春期の女性は答えに詰まっていた。

人生は自分自身で切り開いていくもの。
当然のことだが
思春期の頃、果たして自分はそう答えられただろうか。
進学や進路にも経済問題や家族関係、色々なしがらみがある。
完全に自由に決められるわけではなかった。
結局、家を出て、自分でやりくりしながら
自分の道を決めた。
自由は 権利だが義務を伴う。
それでも、やろうと思えば可能性は無限大だ。
そのためになら、何の努力も惜しむことはない。

しかし、そう思えた私は幸せだったかもしれない。
何をしたいのかもわからず
何になりたいのかもわからず
何をするべきかもわからず
ただ、じっとしている  
ただ、不満を訴えている人も沢山いるからだ。

自分で決めなくてもある程度人生のレールが引かれて
欲することがなくても手に入ることが多かったのかもしれない。
子供の頃、そんな生活にあこがれたが
その弊害が今、世の中を毒している。

何もないところからのスタート。
ボードゲームの定番、人生ゲームの1本のピンから始めてみませんか?
サイコロを振るのも振らないのも自由。
でも、サイコロを振らなければいつまでもそこから動くことは出来ない。
サイコロの目でどんな人生が開けるか。
プラスでもマイナスでもスタートはスタート。
どんな可能性も、自分次第なんですよ。

間に入る人 

2006年09月30日(土) 1時11分
誰かと誰かを取りもとうとするには
どうするのが一番良いのか。

それは、間に入らないことだと思う。

自分なら一番良い答えが見つかるはず、なんて
おこがましいこと、考えちゃいけない。
結局、馬鹿を見るだけだ。

今日も、間に入る人がいた。
無理やりに割り込んできて、「自分が何とかする」などと
出来もしない約束をする。
本当に二人の間を何とかしたいなら
二人が会うようにセッティングして、後はご自由に、
それがベストなのではないだろうか。

大人になるって・・・ 

2006年09月28日(木) 17時50分
多分、多くの人が 子供の頃に感じていたこと。
「大人になれば」
そして、これも多くの人が体験したこと。
「大人になったって大して自分は成長していない」

子供の頃に かなりフクザツな環境で育ったため
性格が捻じ曲がり、自慢屋になっていた。
しかし、それがどれだけ相手に不快な思いをさせるかなんて
全く気がつかず、いじめられはしたが、それを気付くチャンスが
本当になかった。
大人と呼ばれる年になっても まだ気がつかなくて 
職場になじめなかった。


子供を生み、育てる過程でようやく気がついた。
気付けた私は、まだ幸せだ。
しかし、子育ての大事な時期に私を人任せにし
その後「扱いづらい子」としてしか認識していなかった
私の親は 子供がそんなことに悩んでいたとしても
「性格が悪いお前が悪い」と言わんばかりだった。

私は孤独だった。
孤独は人をさらに悲惨にする。

「沢山傷ついた子は、優しくなる」と 言われてきたが
そうとばかりは言えない。
「傷つきたくないから、良い子の振りをしている」場合だってあるのだ。
私のように。

全ての子供たちが平等に愛され、慈しまれる権利を持っているのに。
今でも悔しくて涙を流す。
そして、自分は誤った道を歩きたくないと思う。

全世界の子供たちが 愛情を感じる事が出来ますように・・・。

鎖をはずして 

2006年09月20日(水) 10時58分
がんじがらめに 育てられたこどもは
大きくなったら きっとそんな親にはならないと確信する。

でも、そんな確信した人でも一部はがんじがらめの
鎖を解き放てないで そのまま 親になってしまう。

私は そんな親の一人だ。
結局、こどもを縛り付けてしまう。
抑圧してしまう。
それは、私が縛られた鎖が 愛情の鎖ではなく
扱いづらいこどもを縛る鎖だったからなのかもしれない。

自分が親になってこどもの色々な局面に対したとき
自分が されてきたことと同じことをしてしまっていることに
気がついた。

だから、鎖をはずして。

わが子よ、ありがとう。
こんな未熟な母を、育ててくれて、本当にありがとう。
あなたは私にそれを教えに来てくれた天使なのか?
人生の教師なのかもしれない。

私は心に壁を作っていた。
世界で一番高い、鉄壁。
ベルリンの壁のように、壊してしまおう。
そして、私の心の中のすみずみまで
飛び跳ねるこどもたちを行き渡らせて 微笑んで見守ろう。
このこどもたちは きっと 私の心を踏みつけたりはしない。

だから 私も こども達も 鎖をはずして
今日の 秋の高い空を 自由に飛びまわりたい。

我慢する女、捨てられる女 そして包み込む女へ 

2006年09月20日(水) 1時32分
子供の頃から、家庭環境が複雑で
我慢する癖がついてしまった。
我慢していると、何をしてもいいと思われてしまった。

親にはそんな気はなかったのだろうが
結果的に捨てられたようなものだった。

それでも気に入られようと、また不必要な我慢をする。
相手は、気付いたのか気付かなかったのか・・・。
相手は気付いても、気付かなかった振りをする。
そして、「あなたが我慢しているなんて知らなかった」
とばかりに、やりたい放題、言いたい放題。
何度も、見捨てられた。

それでも、我慢した。

あるとき気がついた。
「我慢なんかしなくても愛される権利があったのに」
下の兄弟は我慢せずとも、愛されていたのだ。

絶望した。

失望した。

それでも、私は生きていかねばならない。
生きることは義務でもあり、権利でもある。
義務にしか思えないときもあった。
でも、私は生きている。
我慢しなくても愛してくれる家族とともに、生きている。

我慢しなくなった子供を拒絶した、親と兄弟。
我慢している私が全てで、我慢してなくては認められない。
それは、お前ではないと言う。
今更、育児に失敗したという。

それでも、私は生きている。
いつか、判ってもらえる日を夢見ながら。
捨てられても、悲しいかな、親の、兄弟の幸せを祈ってしまう。
お人よしなのかもしれない。

私は、もう我慢しない。
見捨てられる人生は送らない。
だから、人を見捨てることも出来ない。
こんな親でも。
だから許すことも出来ない。こんな親を。
葛藤する。

だから、子供を育てる沢山の人たちに言いたい。
いい子じゃなくても愛してあげてください。
頭が良くなくても、何かいいところがあるはず。
生まれてきた命に優劣はないのです。
全ての子に使命がある。前途がある。

だから抱きしめてあげてください。
私のように心を氷にしないでください。
暖かい優しい言葉で褒めてあげてください。
きっと、その子は何も言われなくても報いようとするはずです。
人の役に立とうとするはずです。

私のような子供が 事件を起こしたり、命を絶ってしまわないように・・・。
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