10月31日、11月1日、勉強記録 

2008年02月17日(日) 20時19分
31日

午前中熟睡(-_-)zzz
月・火の授業はしんどすぎる。

大学からお知らせのメールくる。

生化学の中間テストが14日にあるらしい…(>_<)

ん〜これで11月は週に最低1つはテストがあるなぁ…


午後から髪の毛切りに行って、
ほんまは染めたかってんけど、まぁもうちょっと後に。

そんな明るくないから、3cmくらい伸びてるけど
プリン状態が強調されてるわけじゃないから、まだ大丈夫やと思うょって

美容師さんも言ってたから、まぁいっか。


それから病院行って、麻疹の抗体検査。
やっと行ってきました。

採血だけして終了。結果は1週間後。

抗体なかったらもちろんそのときは予防接種。

風疹と2種混合にするか考え中。

風疹かかったことあるらしくて、別に必要ないかなっていう気はするけど、
まぁ抗体があれば注射することないし…


この時点で既に夜。でもやらなあかんかったことできたから、
充実した日やったかな。

勉強は数学。

数〓の微分と、東進・河合塾の模試のやり直し、
センター数〓Bの勉強です。


1日

数学:数〓微分、河合塾の模試やりなおし、センター必勝マニュアル数〓Bの指数・対数

英語:基礎英文問題精講、東進センタープレ

英語のマーク模試、8割超えてから伸びない。
細かい所がちゃんとできてないからかな…

ってか英語のセンターの勉強なんか…してないゃw
まぁ単語は覚えなおして、文法もちょっとずつやってるけどね。

今年急激に変わりよった問題傾向に慣れないと。

数〓、わからんところあったから弟に教えてもらったw

朝っぱらから悩める今日この頃。。。 

2008年02月13日(水) 19時15分
ん〜っどうしようかねぇ〜(´△`)



コショウしょうしょう悩んでおります@@@



う〜ん・・・・(´△`)



オモチャのことでここまで悩むのもアレなんですけどぉ@@







2台目おね?TA03にしよか、TT01にしよか迷っておるんです(´△`)ん(´△`)んんん〜



TT01お二台目にするとお金かかるんじすよぉ(´△`)



でもTT01ってどんなもんか走らせてもみたい気がしるんですゆぅ(´△`)



まず一台目おどうにかしなさいっっ!!!って感じなんですけどね。・゚・(ノε`)・゚・。ヒーン



どうしましょっっっっっ!!?

なんとなく…その35 

2008年02月02日(土) 10時14分
チョコチョコチョコ〜♪♪♪♪

チョコチョコチョコ〜^^


…ハィ!(笑)私ね〜、ホントにチョコLOVEなんですょおお↑↑↑↑

家にゎチョコがイーパィあるんです。。。

でもね、食べ過ぎて今は…;;

買いに行こうか・・・でもめんどい;。


あっ、そうだ★アーモンドチョコあったんだった♪

食〜べよっと☆★☆

1 

2008年01月19日(土) 21時02分
1

マイブーム 

2008年01月15日(火) 2時29分
最近のガチャガチャはすごい!
リアルです!
1回200円ですが、高くはないと思います。
あるMSが欲しくて子供と一緒にやっています(笑)
なかなか出ないまま数個が溜まってしまいました・・・・。



しかし知人が1発でゲット!!

'''ジオング'''です!
・・・貰いました・・・・・よかった・・・。
でも自分で出せたのならもっと嬉しかったでしょうね〜(笑)
ちょっとしたマイブームです。(笑笑笑)

今日はこっちが終盤に猛攻! 

2008年01月03日(木) 10時12分
っていうかいつでもお互いに点が入りそうだった所をお互いに投手と守備が粘っていったこの試合

こっちは多数の四球に14安打で5点取れたけど9回がなければ10安打で2点とかだし
ハムも11安打で1点。ホントに8回終了時点ではどうなることかと思ったねぇ(−−;)

ランナーを出しつつ幾つものピンチをしのいできた小野、しかし5回1死1・3塁のピンチで
川崎に交代、田中賢に痛すぎる犠牲フライを打たれて「F1−0M」しかし、ここから逆襲が始まる
その裏、「武田勝からサブローが四球を選び」その後すかさず「里崎の2ランで逆転!」
しかしその後の集中打は出ずに「M2−1F」のままお互いにチャンスを潰しつつ9回表へ
早川・福浦・サブローと3連打で無死満塁のチャンスに大チャンステーマを奏でつつバッターは里崎!
ツーストライクと追い込まれボール球だろー・・・って低めの球に
「ロッテお得意のバットを投げつつ当てるだけ(他にも今江とかが良くやる)」が炸裂!
これがレフト前にポトリと落ちて3−1!さらにオーティズが綺麗にセンター前へはじき返し
2点タイムリー!最後はコバマサがきっちり抑えて勝利!
「M5−1F」
満塁や好機でことごとくランナーも進められずにバントミスもあり、ヒットが出てるのに流れは
悪いような雰囲気を、小野と川崎が救ってくれたね!

負けられない試合でタイに持ち込む熱戦を演じた投手達>小野・川崎・薮田・コバマサ

明後日はたぶん(絶対?)
成瀬とダル!どっちが勝ってもおかしくないので余計なミスはしないで頑張ろう!

ある日の電話 

2007年12月20日(木) 1時30分
ある休日の夜、携帯がなった。

着信は『公衆電話』から・・・・・。








「もしもし?」









はっきりいって、誰だかわからない電話だった。







でも、公衆電話からかけてくるのは、昔付き合っていた彼位。

もう時間も経っているから、今更なんで電話かけてきたんだろうと思いつつ、

何気ない話をしてたけど、何となく声が違う感じがする・・・・・。











「あの・・・、誰???」




『あ、○○だけど』








か、彼でした・・・・。

すっかり元彼という先入観があり、彼とは思わなかった。

だって、彼から公衆電話から電話が来るなんて思いもしなかったから・・・。




でも、彼の声がわからないなんて、私どうしちゃったんだろう???




ひたすら謝ったけど、きっと彼はショックだったんだろうなぁ。

一応、言い訳はしたけれど・・・・。





『今日、夜勤で暇だから早い時間に来ないかなぁと思って』





彼が夜勤だということは知っていたけれど、休日の昼間から仕事をしていて

夜は落ちついているみたいだった。






もっと遅い時間に行くつもりだったから、急いで準備をした。

ちょうど電話が来た時には、他の用事の最中だったので

彼に会えたのは1時間くらい後だったけど・・・・。




何だかいつもと違う彼だった。

彼と2人っきりになった瞬間、ぎゅって後ろから抱きしめてくれた。




「どうしたの??何かあったの???」

『ううん、別にそうじゃないけどさ』




彼は、いつもと違ってとても甘えん坊だった。





いつもなら、仕事の話とかするのに、どうしたのかな??







いつもより早く会えたから、すごくゆっくりできて嬉しかったなぁ。







いつも彼は逝った後、大きないびきをかいて寝てしまうのに、

その時は、腕枕をしてぎゅっとずっとずっと抱きしめていてくれた。









久々に2回戦、頑張っちゃいました・・・・(。-_-。)ポッ。。。












きっと、その時は私に会いたい波が大きい時だったのかもしれないな。

この次は、すごく冷たい彼になっているのかも・・・??

夜の小言、、 

2007年12月04日(火) 12時22分
今日もいろいろな「声」が飛び交った。

話す内容は日本社会について真剣に考えようというものであった。

客観的に見て、幻聴だ、頭がおかしいと言われるこの症状で、精神の熟達した大人たちがテレパシー会話というべきもので真剣に日本の今後について語り合っている。

日本人精神の奥深くには、必ず人間が存在し、構成員は否応なく社会の著名人であったりする。

国民の信頼を得て人気を博している著名人は必ず大勢(たいせい)について物事を考え提案して舵取りをするわけであるから、その裏側としてこの日本人精神に付き纏わされることとなる。つまり「見えない声
」「声なき声」を聞き続けなければならない日常が続く。

著名人の名誉であり、宿命であろうか。

今回は古館伊知郎さんが登場して下さった。前にも何度かこの精神世界で出てくださってはっきりとした声を聞かせていただきました。これからも頑張ってください。応援しています。


大人として職業に専念する人は、昼・日常の世界で現実社会の自分の役割に真正面から向き合い、そして夜や休日になって、自分の精神や全体について思考を重ねてバランスを整えていく。

もちろん社会として実際の人間に向き合っているし、精神としても姿の見えない実際の人間に向き合っているのだと思う。

座禅をして自問自答をしていても、それが他に問いかけ他に答を求める行為と大差がなくなってきている。それだけ日本の人間社会に根ざして幹や葉を広げて大成し周りと共存してきたことの証明であると思う。



日本社会と日本精神は表裏一対である。

著名人は社会的成功とともに日本精神を登り詰めて基盤を作っていった。



僕はバカだから仕事せずに妄想だけで登っていっただけでろう。そして滑り落ちて底辺で酒を飲んでいる。自分の価値観は精神的比重が多すぎて空回りしまくっている。


さて自分の話になる。

ここまで「見えない人間のはっきりした声」と向き合い会話してきた。そしてこれがテレパシーであるとか、他人の思考であるなどの、人間との現時確認・証明は一度もできていない。

また、例え証明できたとしてもどうやらこの状態が終わりそうもないこともひしひしと感じている。

人との話しに没頭している時夢中になって仕事している時、他者の声は束の間忘れることができるが、一人になって考えようとするときすぐに人との精神的対話に切り替わる。

これまでの声との問答は日本社会の構成員として役割を果たせ、という漠然とした要求のように思える。


そろそろこの幻聴・テレパシーという分野は理論的感性的に研究し尽くしたと感じている。世界・宇宙の先端、人間の感情や気分の所在のように、永遠のグレーゾーンのように感じる。

今後はこの精神分野を放棄できるならして、実社会で金を稼ぐことに専念していきたい。

それは素晴らしいことなんだと強迫観念を造り上げてでも。欲望を持つこと。

バイバーイ。精神ノートでした。











この状態は
社会的問題

明日勝てばいい 

2007年11月30日(金) 8時27分
千葉ロッテ3−8ソフトバンク

こんなにひどい小林宏之は見れないですね。
ある意味貴重です。
まさか試合開始30分少しでマウンドを下りると誰が予想した?
ソフトバンクファンもさすがにこれは予想しなかったんじゃないかな。
先頭バッターの川崎に2ボールとなった時点で悪い予感はあった。
でももし悪くても川崎を打ち取れればこんなに崩れることはなかったかもしれない。
結果センター前ヒットで宏之もより固くなっちゃったかな。
2年前のプレーオフではそんなに悪い印象はないので次回登板でやってくれるでしょう。

もったいなかったのは3回裏の攻撃。
1点返してなお無死1、2塁。
早川は進塁打で1死2、3塁の場面ですね。
竹原が浅い外野フライ…。
あそこで完全に流れが途切れてしまったと思います。
正直今日は竹原が打のほうで戦犯といわれてもおかしくないでしょう。
昨日はサブローが打てたんですけど、今日は惜しい当たりのセンターフライ。
結果小宮山の続投に繋がってしまったと思います。
もし3−6にでもなっていたら小野か久保の投入もありえたと思います。

まぁでもしょうがないんですよね。
明日勝つしかないんだから。
切り替えが大事ですよ。
明日は成瀬ということで信頼するしかないでしょう。
成瀬で負けたらしょうがない。
今年は成瀬で勝ってきたんだから!!!
何よりも川崎を抑えることが大事。
ソフトバンクのキーマンは松中じゃなくて川崎。
とりあえず1回表の先頭打者を抑えること。
選手を信頼して勝利を信じる。

【初恋の人】 1 

2007年11月22日(木) 17時01分
【初恋の人】 1


今の私は、ぼつぼつ定年を視野に入れながら、老後の事について考えるようになり、
子供達も独立した今、定年後は沖縄か故郷で第二の人生を送りたいと考え始めていた。
 そんな時、中学時代の級友から同窓会の招待状届いた。仕事に追われて5年ごとに開
かれていた同窓会を40年間すべて欠席していたが、今回はなんとしても出席したい気
持ちが強く、出席に○を付けて返信した。

あれから40年の月日が流れただろうか。今でも皆の笑え声が聞こえてくるようだ。
充実した高校生活も卒業式を迎えて、クラス仲間は皆それぞれの道へ進んで行く。進
学する者、就職する者、都会に出る者、私はその都会に出る者の一人となった。
だが皆とは少し事情が違う。自分の意思とは関係なく都会に行かなくてはならない。
父の仕事の関係で、高校卒業と同時に故郷を離れ東京に行くことになり、私がいかに
反対しようとも、親が居なくては自立も出来ない18才の身の上では逆らう術がない。
私には同じクラスに恋人がいた。東京に旅立ちの前夜、私と留美は話し合った。駅か
ら歩いて10分程の所にある海岸前の公園で、夜遅くまで語りあった。波の音が今夜ば
かりは悲しい泣き声に聞こえる。まるで別れのセレナーデを唄っているようだ。離れて
いても心は一緒だ。そう確かに誓いあった筈だった。

二人は互いに初恋であり、ずっと田舎で一緒に居られると思っていたのに、親の都合
で引き離される運命に悩み苦しんだ。別れの朝、私は列車のデッキに立っていた。黒く
長い髪に、少し大きめな眼の留美は涙をいっぱいに溜めて、それでも無理に作った笑顔
がいじらしく、つい私も貰い泣きしてしまった。発車のベルが鳴り私は留美の手を握る
と留美の手は小刻みに震えていた。列車はゆっくりと動き出すと二人の手は離れ、列車
は少しずつ速度を上げてゆく。私は窓から手を振ると留美は手を振りながら、長い黒髪
をなびかせてホームを走り出した。留美はホームの端まで懸命に走っていたが、やがて
留美の姿は見えなくなった。身が引き裂かれるような本当に辛い別れだった。そんな苦
い青春の一ページが今になって甦ってくる。私はいつになく部長の椅子に座り、そんな
事を思い浮かべていた。

 当時を思えば故郷のことなんか考える余裕もなかった。故郷を離れて1年、私が19
才の時に、父は病で倒れあっさりとこの世を去った。留美との文通もそれを境に殆んど
返事も書くことが出来なくなり、それどころか家計が一転して苦しくなった。故郷や留
美を思い出し感傷に浸っていられなくなり、残されたのは私と三才年下の妹と母。大黒
柱を失った家計は私が支えなくてはならない。母に大学を辞めて働くと言ったのだが、
母は折角入った大学を中途退学したら、お父さんが悲しむから大学だけは卒業しなさい
と、母が勤めに出た。そんな母に甘えてはいられなく、学校に通いながら私と妹もアル
バイトをして、なんとか無事に大学は卒業することが出来たが、気がついた時には留美
との交際も終わっていた。儚い初恋は完全に散ってしまった。

 時は経済成長期で、私は条件の良い一流の会社に入ることが出来た。それから数年後、
妹も無事に大学を卒業した頃、私は若くして職場結婚をした。それも年老いた母の為に
母の面倒を看てくれる、嫁さんが必要だったからだ。大恋愛とは行かないが成り行きの
ような結婚だった。だが平凡であるが幸せな家庭を築くことが出来た。就職、結婚、昇
進そして子供が生まれ気がついたら母は他界、妹も結婚して子供がいる。母が他界した
ほかは、特に良い事も悪い事もなく、大した刺激もなく平凡な日々が過ぎて行った。妻
も優しく子供達も、これといった問題もなく育ってくれた。そして50が過ぎた頃、や
っと部長までになったが、それ以上の出世は遠く、それどころか最近は第一線からも外
れ名前だけの役職で会社に居る。

 これも時代の流れだろうか、物心がついた頃はもう戦後じゃないとか、そんな言葉が
良く聞かれ、そして東京オリンピックに湧き、高速道路、新幹線などが次々と出来て、
まさに日本は経済成長の波に乗って、私たち家族にもその恩恵を受けることが出来た。
幼い頃はテレビや車を買うなんて夢の夢だった。それが簡単に手に入る時代になり、
我々の時代が日本の経済を支えたのだと誇りもあったが、いつのまにか団塊の世代と
呼ばれ、それが定年を迎えようとしている。
やがて老齢化と進み、我々の世代が日本経済を支えたという誇りよりも、年金で足
を引っ張る世代へ追いやられようとしている。そして会社でも窓際状態の日々を送り、
流石に第一線を退いたサラリーマンの虚しさを感じていた。最近では仕事の事よりも、
自分のこれからの事ばかり考えるようになっても、当然の成り行きだろう。
P R
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